アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。
マーリン勲章勲一等、卓越した大魔法師、ウィゼンガモット最先任魔法戦士、国際魔法使い連盟会長。ニコラス・フラメルとは錬金術の共同研究で賢者の石の生成に携わり、現在はホグワーツ魔法魔術学校で校長を務めている。闇の勢力に対抗する秘密組織不死鳥の騎士団の指導者であり、同時にドラゴンの血の12の効用を発見するなど、研究者としても名を残す。
一貫して魔法界のため、闇に抗するために滅私の活動を続けているように思える彼は多くの魔法族に勇気と知性を讃えられている。しかし、ギルデロイは知っている。彼の冷酷、彼の怯懦、彼の妄執を。
小柄なファッジのために身を屈めて抱擁するダンブルドアの穏やかな笑顔、その何割が真実なのだろうか。
「遅かったじゃないか、アルバス。今日はもう来ないのかと」
「アーマンドは儂にとっても恩師であり、また盟友でもある。それに、ここには素敵な友人たちが集まっておるでな。こんな夜を独り校長室で迎えるなど、もってのほかじゃよ」
「そうだろうとも。ギルデロイくん、紹介するまでもないだろうが、アルバス・ダンブルドアだ」
ギルデロイは最も会いたくなかった、しかし会わねばならなかった恩師に会釈をした。
今夜このパーティーに参加したのは、ルーナの後押しがあってのことだ。ダンブルドアは強大だが、彼の前にひれ伏すだけでは予言の未来を変えることはできない。彼の策に介入する必要がある。
「こんばんは、先生。ギルデロイ・ロックハートです」
「こんばんは、ギルデロイ。ここしばらくも元気にしておるようでなによりじゃ。君の溢れる才気が文筆業と研究業に現れていると儂の中ではもっぱらの噂でのう」
「恐縮です。まだまだ至らないことばかりですよ」
「そのうえ謙虚さまで! クィディッチグラウンドの上にそのスマイルを魔法の光で描いていた少年が、立派になったのう。その大躍進がどこから生じたものか、そこがまさに気になっておったのじゃ」
よくない流れだ。
ギルデロイは周囲に目をやった。多くの賓客がこのテーブルに目をやっている。そうでない者も耳をそばだてているだろう。ギルデロイ単体であれば興味を惹くような存在ではない。しかし、あのアルバス・ダンブルドアと会話している相手となれば話は別だ。
加えて、ダンブルドアはどうやらすでに何かしらの不信感をギルデロイに対して抱いているようだった。理由はわからない。心当たりがないというよりむしろ心当たりが多すぎる。
しかし、意外なところから助け舟が差し伸べられた。
「若さ、もしくは情熱。そうではないかね、アルバス。私の甥にも見習わせたいものだよ、あの子はやんちゃが過ぎる」
「おお、いかにも。ルーファスがどこかへ飛ばしてしまった肖像画を見つけるまで2週間もかかったのう。あるいは消失呪文の才能があるのやもしれん」
「消失呪文か。もう少し落ち着きが出たら私の古巣を見学させるのも手だろうな」
ファッジの甥、ルーファスのことはギルデロイも耳にしていた。ウィーズリー家の三男であるパーシーが愚痴をこぼすくらいには手の焼ける悪ガキらしい。
なんにせよ、話が逸れた。一気に喉の渇きが押し寄せてきたギルデロイはボーイを呼びつけ、水を頼んだ。
「儂にも一杯。それから、ギルデロイ、君にも頼みたいことがあるのじゃ」
「伺いましょう」
「君のご友人について少し話をする時間がほしい。アーマンドに個室を借りてあるから、少し年寄りに付き合ってくれんかな?」
油断した心に差し込んだ手がギルデロイの心臓を撫でた。
グラスを持つ手が震えなかったのは努力の成果そのものだが、表情まで維持できていたかは自信がない。
ともかく、ギルデロイは頷いて、彼の後に続くほかなかった。
ダンブルドアと個室で二人きり。このような対談の席を期待する魔法族がどれだけいるか! パーティー会場の視線を一身に背負ったギルデロイははらわたが震えるような心地だった。
賓客用の休憩室と思われる洒落た内装の小部屋に入って、ダンブルドアはギルデロイに席をすすめた。マホガニーの上品な椅子だ。ここから立ち上がる時、ギルデロイは秘密を守り通せているだろうか。
「それで、友人ですか。幸いにして友人には恵まれているのですが」
「おお、そうとも、君は昔から人と仲良くなる天才じゃった。だからこそ、知恵を貸してほしいのじゃ。クィリナス・クィレルについて」
クィリナス・クィレル。レイブンクロー生で、ギルデロイの1つ下の世代だ。神経質で臆病だが妙に思い切ったことをする癖がある変わり者の後輩を、ギルデロイは少なからず可愛がっていた。
現在はホグワーツでマグル学の教鞭をとっていたはずだが、長らく連絡を取り合っていない。ギルデロイは少々困難を抱えているし、クィレルも付き合いがいいほうではなかったからだ。ただ、彼が気まぐれのように寄越す旅先からの奇妙な絵葉書は嫌いではなかった。
「クィリナスが何か? ホグワーツの問題児たちにとうとうノイローゼでも?」
「もしそうであれば、ホグワーツの労働環境を改善せねばならんのう。というのも、彼は昨年度を丸々休暇にあてておる」
「ああ、憂さ晴らしの放浪癖が出ましたか」
「それが、今回は目的があってのことのようなのじゃ。アルバニア。彼が旅先としてアルバニアを選ぶ理由に何か心当たりはないかね?」
アルバニア。バルカン半島南西部に位置するその国は、この1991年にアルバニア共和国と改称するなど、改革の真っただ中だ。マグル学を指導する上で現在の欧州情勢を見てくるという判断は間違いではない。
しかし、妙にクィレルらしからぬ動きだ。彼はハープ奏者でもあり、文化人を自負していた。荒事が嫌いな男だ。
「クィリナスがアルバニアで興味を持ちそうなところといったら、ブトリント遺跡でしょうね。多くの文明が欲した都市であり、魔法的にも強い意味を持つ儀式場ですから」
「ブトリント遺跡、なるほど。そういった儀式場でなされる魔法としてはどのような魔法があるかのう」
「真っ先に思いつくものとしては死者の蘇生でしょう。アスクレピオスの神殿があります」
「ふむ、ふむ。ありがとう、非常に価値のある情報じゃ。もうひとつよいかの」
「ええ、お役に立てるのでしたら」
ダンブルドアは鷹揚に頷いて、広間から持ち込んだグラスの縁を指でなぞった。
「死者の蘇生を最も強く望む者と言われて、君は誰を思い浮かべるかね」
「……我々の世代にとっては決まりきった答えかもしれませんが、闇の帝王の信奉者、または彼自身でしょう」
ギルデロイは自身の臆病さを自覚している。
近年最も強大だった闇の勢力、それを率いた闇の帝王を恐れない理由はない。多くの魔法族が彼の消滅に歓喜した。もちろんギルデロイも喜んだ。しかし、今のギルデロイは闇の帝王が消え去ってなどいないこと、それどころか数年以内には蘇ることを知っている。
ダンブルドアが小さく嘆息した。
「おお、ギルデロイ、君ほどの若者であっても名を呼ぶことができないとは、奴は深い傷を残していったようじゃのう」
「奴を過小評価していないだけです。東洋には名に力を帯びさせる呪法がある。奴の貪欲さと尊大さを考えればあるいは」
「ふむ。随分とヴォルデモート卿について詳しいようじゃな、ギルデロイ」
ダンブルドアの静かな瞳に引力を感じて、ギルデロイは咄嗟に顔を背けた。
間違いなく開心術だ。日夜を問わず閉心術の鍛錬を積んできたギルデロイをもってしても、回避する以外の対抗手段がない。さらに悪質なのは、ダンブルドアの行為を証明する手段がないということだろう。
ダンブルドアが杖を抜いた音がする。部屋を防音状態にしたようだ。
「こちらを見るのじゃ、ギルデロイ」
「その必要がありますか?」
「魔法界が再び闇に覆われれば、君の友人たちも傷つくことになる。そうではないかね?」
「彼らは私の秘密が暴かれることにも傷ついてくれる優しい人々です」
「それほどの秘密があると?」
「ええ。それに、私はあなたほど闇の帝王を恐れていない」
己が口走った言葉を理解してから、ギルデロイは震えをごまかすように続きを吐き捨てた。
「私はトム・リドルを恐れてはいない。私が恐れているのは彼の力だ。あなたは彼個人を恐れている。違いますか?」
「ギルデロイ……その知識には驚かされてばかりじゃ。しかし、君は一体」
昔からダンブルドアには少々懐疑的だった。ギルデロイにもその程度の頭はあったのだ。
ホグワーツの図書館から闇に属するあらゆる知を奪い、対抗手段に付随する形で断片的な情報をのみ提示する。並のレイブンクロー生なら誰しもこの判断を恨んだ。知はただ知だ。光・闇と善・悪は同一の軸ではない。
知は力。ギルデロイは闇の帝王が何者で、どこから来て、どこへ行ったのかを調べた。英国魔法界は狭い社会だ。死喰い人とされた名門とその当主が卒業した年代を辿り、いくらかの聞き取り調査をすれば容易にその正体を知ることができる。そして、おそらくその正体こそがダンブルドアの恐れる何かだ。
ここで彼を攻撃する意味はない。ギルデロイの頭の中で冷静なアドバイザーが指摘した。ギルデロイは大きく息を吐いて、席を立とうとした。
「幸いなことに、私もおおむねあなたと目的を同じくしている。つまり、闇の帝王が真に無力化されることを強く望んでいる」
「君を信用して、協力しろと?」
「たまには対等な協力者がいたっていい。違いますか?」
ダンブルドアは立ち上がった。
彼に消し飛ばされるのではないかと一抹の不安が生じたが、むしろダンブルドアは少し疲れたような笑顔を見せて、ギルデロイに握手を求めた。
「なんとも、若さとは恐ろしいのう。すっかり言い負かされてしまった」
「ハリーのおかげです。闇の帝王が帰還するのならば、彼が危険な目に遭わない理由がない」
もちろん、ギルデロイはハリーが危険な目に遭うことを知っている。
「おお、そうじゃ。本当であれば君には引っ越しを頼むつもりじゃった」
「本当であれば、ということは」
「彼から大きな友達を奪うのはなかなか骨が折れそうじゃ」
ギルデロイは頷いて、当然ですと返した。
それから二人は個室を出て、ベリー酒を何杯かおかわりした。お土産を包んでもらい、あれも持っていけ、これも持っていけと押し付けるディペットに挨拶をして、ラブグッド家に着くころには精神的疲労が吐き気すら呼び寄せている。あるいは酔いだろうか。
窓明かりが温かい。