ハリー・ポッターと慧眼のロックハート   作:海野波香

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遠くにありて

 ホグワーツの忙しさに目を回しながらも、ハリーは少しずつ魔法界のやり方に慣れていった。魔法族は魔法で解決できることをすべて魔法に任せているようだ。シャツのしみを取る魔法、アイロンをかける魔法、洗濯物を畳む魔法……。

 スリザリンの生徒が話していたのを聞いた限りでは、魔法でできることを手で(彼らの言い方を借りるなら、間抜けで愚かなマグルのやり方で)こなすのはひどく滑稽な行いらしい。ハリーにはまだ馴染めない感覚だ。

 それでも魔法が魅力的なことに変わりはない。ハリーは授業についていこうと努力している。大事な友達であるロンは勉強や読書が退屈なものだと思っていたようだが、ハリーに付き合っているうちに調子がではじめたらしく、先日は彼の兄であるパーシーに褒められて恥ずかしそうにしていた。

 何より刺激になったのが、ハロウィンの夜に侵入者(侵入獣と言うべきだろうか)と戦ったハーマイオニー・グレンジャーの存在だ。

 彼女はハリーよりもさらに勉強熱心で、そして少しだけ人とのおしゃべりがうまくいかない子だった。ロンの調子が一番乱れていた日、彼女はロンの逆鱗に触れてしまったのだ。それから紆余曲折あって、3人はいい友達になった。今、談話室で机を囲んでのんびりとおしゃべりをするくらいには。

 

「ハリー、どうしたのさ。そんなにじっと見たって僕らは化けたりしないぜ?」

「ううん、なんでも。手紙の続きを考えてたんだ」

「手紙って、ロックハートさん宛の?」

 

 ハーマイオニーは少しドキドキした様子だった。

 仲良くなってから少しして、ハリーがギルデロイと友達だと知ったハーマイオニーは硬直した。それも、そこそこ長い時間。ハーマイオニーは好きな作家に自分の「くだらない私生活」が伝わっているのではないかと恥ずかしくなったらしい。

 

「そうだ、お菓子食べる? ギルデロイが旅先から送ってくれたんだ」

 

 ハリーがローブのポケットから小瓶を取り出すと、ロンは嬉しそうに頷いた。

 送られてきたのはフルーツのシロップ漬けだ。現地ではリコと呼ばれているらしい。とても甘いので飲み物やパンと合わせるように、と注意書きがされていた。

 事実、リコは恐ろしく甘いお菓子だった。偶然通りがかったフレッドとジョージが炭酸水を厨房からくすねてきていなければ、今ごろハリーたちは水を求めてさまよう砂漠の民になっていたところだ。

 炭酸水を飲み干したロンが小さくげっぷをした。

 

「汚いわよ、ロン」

「おっと失礼。まあでも、すっげえ……どこのお土産だって?」

「えっと、アルバニア。アルバニアってどこだっけ、あのあたり似たような国名ばっかで覚えられないんだ」

「アドリア海を挟んでイタリアの東側。変ね、アルバニアってどこかで聞いたような気がするの」

「そりゃ聞いたことはあるさ、なんたって国だもの」

「そうじゃなくて。ハリー、何か覚えてない?」

「うーん……」

 

 その疑問は翌日の闇の魔術に対する防衛術で明らかになった。授業中、シェーマスがクィレル先生に質問を飛ばしたのだ。

 

「先生は去年アルバニアに行ってたんですよね?」

「え、ええ、そうです。わ、わ、私は旅行がしゅ、趣味なので」

「アルバニアって何があるんですか? なんかこう、エジプトのピラミッドみたいにすごい闇の魔術師の遺跡とか?」

 

 これだ!

 ハリーは確信を得た。クィレル先生はいつもどおりおどおどして質問に答えられないでいる。しかし、もしかすると、生徒には秘密にしなくてはならない何かがあるのかもしれない。そして、ギルデロイは今それを探っているのかもしれない。

 そう思うと、急にクィレル先生への親近感がわいてきて、ハリーは彼の授業を応援したくなってきた。

 授業を終えた後、クィレル先生のことをボロクソにこき下ろすロンとそれに同調するハーマイオニーにこの考えを伝えると、二人もどうやら同意見のようだった。

 

「クィレルもレイブンクロー、ギルデロイもレイブンクローだ。それに、そんなに歳は離れてないだろ? 決まりだな、きっとギルデロイの冒険に相棒として同行したんだ」

「でも、クィレル先生って荒事には向いてない気がするの。だって、一昨年まではマグル学の教授だったんでしょう?」

「その分マグルの戦い方を知ってるのさ。ほら、砲鉄だっけ?」

「鉄砲」

「そう、それ。そういうのとか、あと、格闘技とか。いいよなあ、細い肉体に秘められた鋭利な力!」

 

 ロンがシャドーボクシングのようなそぶりを見せたが、そのパンチがあまりに情けない軌道を描くので、ハリーもハーマイオニーも思わず笑ってしまった。そして、いつの間にかアルバニアの冒険はいかにもありえそうな空想としてハリーの意識から消えていった。

 一方で消えないものもあった。友人であるギルデロイが学生時代にどんな人物であったかを知りたいという探求心にも似た願望だ。彼は自分の過去をあまり語らない人だったが、少なくともホグワーツでレイブンクロー生だったことは間違いない。

 パーシーと仲のいいレイブンクロー生のペネロピー・クリアウォーターに尋ねると、意外なところにギルデロイの名前が残っていた。

 

「週刊シレークス?」

「そ。レイブンクローの寮内新聞ね。勉強会の告知とか、論文の紹介とか、新作パズルの宣伝とか。初代編集長がゼノフィリウス・ラブグッド。その相棒で取材担当だったのがギルデロイ・ロックハート」

 

 差し出されるままに受け取った今週号に目を通す。細かい文字が所せましと詰め込まれた紙面上には難解な言葉が飛び交い、レイブンクローという寮の性質を強く感じさせた。

 バックナンバーが図書館にあるというので、ハリーたちはそれを求めて図書館へ向かった。司書のマダム・ピンスは生徒の探し物にあまり協力的ではない。それでもハリーがお願いすると、資料庫から古ぼけた紙束を取り出してくれた。1978年10月。週刊シレークスの創刊号だ。

 表紙を飾る写真が動いている。今よりもさらに若々しく落ち着きのないギルデロイが白い歯を輝かせてこちらに手を振り、その隣にはカメラを少しも意識していないような様子で斜め上の何かを見つめる男性が座っている。この人がゼノフィリウス・ラブグッドだろう。

 ページを傷めないようそっと開く。意外にも、このころの週刊シレークスは今よりもカジュアルで、ペチュニアおばさんが読むような週刊誌から常識を抜いて奇抜さを足したような内容だった。

 

「『水中人とケンタウロスが結んだ密約を追う』、『フリットウィック先生はゴブリン銀を扱えるのか?』、『新生物発見か? しわしわ角スノーカックのトラッキングレポート!』ね……これって、なんていうか」

「すっげえ面白い。そうだろ? 考えてもみろよ、あの変わり者のラブグッドとハンサムなギルデロイが二人で肩を寄せ合って書いてたのがこれだぜ?」

「ええ、まあ、そうだけど、私が言いたかったのは……待って、この編集長のことを知ってるの?」

 

 ハーマイオニーが表紙を指さすと、ギルデロイが指の示す先へと体を動かした。このころの彼は本人が語っていたとおり、少し目立ちたがり屋だったようだ。そして、それを意にも留めない様子の編集長はギルデロイの振る舞いに慣れていたらしい。

 

「そりゃ知ってるさ。うちの近所に住んでるラブグッド家の父親で、『ザ・クィブラー』の編集長」

「『ザ・クィブラー』って?」

「この創刊号のノリをもっと濃く煮詰めた感じの雑誌だよ。世界中の魔法界から胡散臭い噂を集めてるんだ。ビルがたまに読んでるけど、パパはあんまり好きじゃないみたい。誠実なメディアじゃないって」

 

 実際、創刊号の記事はあまり誠実そうではなかった。インタビュアーのギルデロイはどこか軽薄だし、さも周知の事実のように書かれている情報はそのほとんどが編集長の空想であると、そのように指摘するメモが挟まれている。ハリーはこのメモの筆跡に見覚えがあったが、どこで見たかは思い出せなかった。

 なにはともあれ、ハリーはこの雑誌を読んだことを手紙に書こうと決めた。

 

 

 

 親愛なるギルデロイへ

 

 お元気ですか? 先日はお土産をありがとうございます。とても甘くてびっくりしました。

 レイブンクローの上級生から週刊シレークスのことを教えてもらって、創刊号を読みました。あのころのあなたは今とは違う雰囲気ですね。少しびっくりしました。

 編集長のゼノフィリウス・ラブグッドという人は、今も雑誌を発行しているそうですね。その人とは今も仲良しなんでしょうか。

 そういえば、この間あなたについて面白い話がありました。去年、闇の魔術に対する防衛術を教えているクィレル先生が旅行でアルバニアに行っていたそうです。あなたと先生がアルバニアの魔法遺跡を探検したのではないかと僕たちの中で盛り上がりました。クィレル先生をご存知ですか? ターバンを巻いた、少し吃音のある人です。

 それから、呪文学のレポートでハーマイオニーが意見を聞きたいということだったので、彼女の手紙を同封します。自分で送るのはまだちょっと恥ずかしいそうです。

 

 ハリーより

 

 

 

 親愛なるハリー、

 

 手紙をありがとう。君が元気で何よりだ。私はおおむね健康だが、少し次回作の構想に行き詰っている。また今度、君の素敵な意見を聞かせてくれ。

 週刊シレークス、懐かしい名前が出てきたものだ。恥ずかしながら、あのころは若さの洪水が多くの水害を招いていたよ。ゼノフィリウスとはそのころからの付き合いで、今も仲良くしている。彼の娘のルーナが来年ホグワーツだから、君は先輩になるね。

 ミス・グレンジャーには手紙を受け取ったと伝えてほしい。返信は直接送るよ。彼女ともよい友達になりたいと思っている。もちろん、ロンともね。

 クィリナス・クィレルの話題を飛ばしたことに気づいているだろうが、これについてはちょっとしたサプライズがある。来週末を楽しみにしていてくれ。

 

 ギルデロイ・ロックハートより

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