格ゲー全一Vtuber【完結】   作:難民180301

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配信/リアル

雨乃るー子@格ゲーVTuber

格ゲー配信しません

 

 

 

ーーー

 

 

 

「はいみなさんこんにちは。司会者見習いの雨乃るー子です。今日もやってこー」

 

コメント:

やってこー……ん?

ロリ声は酒より効くぜ

司会者とは

今度の大会のやつ?

 

「そうそう、大会のやつ。あ、大会要項改めて貼っておくわね」

 

 いつもの配信とは違ってるー子と背景画像しかない配信画面に、とあるウェブサイトのコピーが貼り付けられる。

 

大会要項

日程2月1日15時〜17時

大会形式:シングルエリミネーション、決勝戦のみ三先、それ以外は二先。禁止コス、ステージなどは公式規定通り。定員十六名。

優勝商品:るー子に好きなセリフを言わせる権利

エントリー条件:エントリー時点でリーグウルトラシルバー以下の方。過去に同リーグを超えていた方でも参加可能です。

備考:1.応募フォームに言わせたいセリフ、シチュエーション等を好きなだけ書き込んでください。

2.応募総数が定員を超えた場合、抽選となります。

 

 るー子がひとまずの目標としていた視聴者とのオンライン大会の詳細である。格ゲーの波が来ている今を逃す手はないと主張する姉の企画を中心に、るー子がいくつか意見を出して決められたものだ。

 

 当日は姉が参加者の誘導やスケジュール管理などの裏方を、るー子が司会者として試合を実況解説しつつ場をつなぐ役割を担う。

 

 ここでるー子は不安になった。実況解説? 場をつなぐ? 格ゲーやる以外の能力を捨ててきた自分がそんなことをできるのか。できるわけない。

 

 そうはいっても大会を開くことは自分で決めたことだし、姉は裏方に集中するため頼れない。そこで司会者として必要なトークスキルを今からでも練習しよう、というのが今回の「格ゲー配信しません」配信の経緯である。

 

「そんなわけで今日は一時間! 格ゲー画面なしで、あなたたちを退屈させないように場をつないでみせるわ!」

 

コメント:

お、おう

勤勉な姿勢はいいこと

えー格ゲーしてよー

るーちゃんから格ゲー取ったらただのかわいい幼女だよ? いいのそれで?

 

「だーれがかわいっ……褒めてんのか煽ってんだか分かんないわよもうっ!」

 

 ジト目になるるー子と加速するコメント欄。しばらくするとコメントたちはるー子の読み通りの話題を振ってくる。

 

 なぜ大会を開くのか、である。

 

「ふっふっふ、よく聞いてくれたわね。答えはずばり、楽しいからよ」

 

 るー子は格ゲーの楽しさをもっと多くの人々に知って欲しい。では格ゲーの楽しさとはそもそも何かと言えば、同じレベルの相手と鎬を削り合う対戦であるとるー子は考える。つまり多数の試合が連なる大会形式とはるー子にとって、格ゲーの楽しさのよくばりセットであり、もっともアピールしたい部分でもある。

 

「あ、でも、ごめんなさい。参加者のみんなには不満があるかもしれないわ……優勝した人にはもっと豪華な景品とか用意したかったんだけど……ごめんなさい」

 

コメント:

は?

最高の景品なんだよなぁ

るーちゃんは妹になるし姉にもなるし母にも娘にも幼馴染にもなれる

不満などあろうはずが

十六名はプレミアが過ぎる

るーちゃんにやらしい言葉を言わせないだけの人生だった

 

「えーっと、ありがとう? でもあんまり変なセリフは姉さんがリテイク出すわよ?」

 

 るー子が不安だったもう一つの点は景品だった。大会というからには百万円とか限定グッズとか出るものかと思いきや「景表法もあるし、身内でワイワイやってる感が薄れるからねー。あくまでご褒美程度に留めるのが安全だよ」と難しい顔の姉が言うので、しぶしぶ今の景品に落ち着いた。るー子に好きなことを言わせる権利である。内容は姉が検閲し、るー子は優勝者が決まるそのときまで知らない。知った際の反応も含めて景品だ。

 

「十六名は確かに少ないわねー。抽選で落ちた人には申し訳……んんっ、謝罪擦る、ダメ」

 

 人数ばかりはどうしようもなかった。姉妹二人で捌けてかつ配信が中だるみしない人数となると十六名が妥当だったのだ。小規模でも楽しく競い合う配信にすることで、立ち寄った新規視聴者の心をつかむためにも、やむを得ない判断だった。

 

コメント:

内省できてえらいゾ〜

抽選イコールランダム。つまりきゅーちゃんが混入している

きゅーちゃん混入はマジでありそうww

 

「あの人はないでしょー。いても0回戦敗退よ」

 

 きゅーちゃんこと霧子きゆうはやけにるー子と縁がある。人の多い時間帯のランダムマッチングでなぜかるー子とよく出くわすのだ。抽選をすり抜けていても不思議ではない奇縁だが、上級者であるきゆうが混入することはありえないし、あれば追い出す。

 

 そんなこんなで大会のことを主に話していると、あっという間に一時間──とはいかない。

 

「あれ……まだ二十五分しか経ってない……はいっ、というわけで大会トークが終わっちゃったわけなんですけども、すぅー、さあどうしましょう」

 

 残り時間三十五分。司会者見習いとしてこの時間を小粋なトークで盛り上げなければならない。格ゲーの力を借りず純粋なトーク力を鍛える意図もあるので、格ゲーの話題は封印してだ。

 

 ここでるー子のにわか配信者オタク知識が火を吹く。雑談配信などではコメントから話を広げていく手法をよく見る。るー子もそれに倣いコメント欄を見てみると、身近な話題が目に留まった。

 

:ママの新作読んだ?

 

「『触手の満漢全席』だっけ。読んでないわ。やらしい本っていまいちどこが面白いのか分からなくて。文字さんたちは面白かった?」

 

コメント:

面白かった

公式絵師が一番えげつない同人描いてるの草

あのクオリティ無料公開は豪気よな

ママのSNSから来ました! いつ淫れるんですか!

ママがやらしい件についてコメント

 

「あ、初めまして……なんて読むのこれ? コメントは特に……いつものことだし」

 

 雨乃るー子のデザイン担当、るー子が『ヤツ』と呼ぶ友人は頻繁にやらしいイラストや漫画を公開している。るー子当人は紙上の自分がどんな扱いをされても関係ないと割り切っているし、人の趣味は邪魔しない主義につき問題はないが、ヤツの活動はるー子のデビューを機に活発になっていた。実はるー子デザインの対価に姉から『ウチの妹のエロ同人をいくらでも描いていい権利』を得ていることが理由なのだが、当人の知るところではない。るー子の肖像権はママパパによりめくり跳びKOされているのだ。

 

「ぐう四股、めちゃ四股……? 抜いたって何を……? 待って待って、専門用語言われても分かんないから! この話終わりっ!」

 

「閉廷!」「テンパるーちゃん見てるだけで俺は満足だ」「あたふたしてるのかわいい」「一生あたふたしてていいよ」などとある意味無慈悲なコメントが殺到する。るー子は皮肉にもコメントの通り目を泳がせ手をバタつかせて挙動不審になりはじめた。

 

 すっかり場の主導権を奪われてしまった。るー子は必死で貧相な脳内と勝手に盛り上がるコメント欄に新しい話題を探す。

 

 するとついに救いがもたらされる。コメントに出た「姉さんの話題」にるー子は飛びついた。

 

「姉さん! 姉さんの話をしましょう。姉さんね、この前誕生日だったの!」

 

コメント:

水を得た魚、姉を得たるー子

ほうほうそれで?

続けてどうぞ

 

「それでね、せっかくだから私をプレゼントしてみたの。すっごく喜んでくれたわ!」

 

??

は?

聞き間違いか?

 

「ごめん、声小さかった? 私を誕生日にプレゼントしてみたの。すっごく喜んでくれたわ! なんか頭が痛いとか言ってたのは心配だったけど、今はもうピンピンしてる」

 

 コメント欄は困惑とクエスチョンマークで満たされた。たまに話の筋が飛ぶのは、るー子も自覚している悪いクセだ。

 

 ちょうど時間もあるので、事の次第を一から語ることにした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 雨音(あまね)姉妹は欲しがらない。

 

 姉は欲しいものを自分で手に入れることを是とする。中学時代はお年玉とお小遣いを元手に父のパソコンからひそかに少額投資をはじめ、増えた資産で欲しいものを買い漁った。高校時代は趣味のモデリングに熱中しつつアニメや漫画にのめり込み、大学に入るとバーチャル沼にはまってひたすらグッズを渉猟した。いつだって欲しいものは自分で手に入れる性格で、「他人からもらうものは愛だけでいい」と豪語する。

 

 一方、妹の瑠雨も似たようなものだった。姉と格ゲーがしたい、格ゲーがうまくなりたい格ゲーの腕前をほめられたい。有形の欲求はほぼない。

 

 故に雨音家において、誕生日にプレゼントを送る慣習はなかった。誕生日のイベントといえば夕飯が豪華になってデザートにケーキが追加されるくらいのものだ。

 

 しかし今年の瑠雨は姉に誕生日プレゼントを狂おしいほど送りたくてしょうがなかった。

 

「姉さんに感謝したいぃぃい……この気持ちを伝えたいいいぃ……」

 

 ひとえに感謝しているからだ。一度は格ゲーをやめようとした自分を引き止め、こんな世界もあるんだと教えてくれた。姉がいなければ今の楽しい配信者生活はなかった。感謝せずにいられようか、いやない。とっておきのプレゼントをもってありがとうを伝えたい。

 

 いても立ってもいられなくなった瑠雨は、思い立ってすぐに前ステした。

 

「ねーえーさん」

「なーに?」

「何か欲しいものなーい?」

「時間と金」

「形あるもので」

「金は形あるよね?」

「んもーこの雨音・屁理屈・姉さんっ!」

「理不尽っ!?」

 

 前ステを止められたため瑠雨は慌ててバックジャンプした。どうせならサプライズでプレゼントを渡してびっくりさせたい。前ステしすぎると感づかれてしまう。

 

(なーんて思ってんだろうなーこの子は)

 

 が、後で聞いたところこの時すでに姉は感づいていたらしい。万事目端の利く姉が自分の誕生日と瑠雨の奇行から推理するのは難しいことではなかった。この時点でサプライズ計画は破綻していたのだ。

 

 だがしかし──結果的には瑠雨はさらにその上を行った。

 

「姉さんって何が欲しいと思う?」

「うーん」

「ちょっと聞いてんの」

 

 高校の教室。絵描きが得意な友人に相談してみると、友人は心ここにあらずといった様子でうなっていた。

 

 瑠雨に肩をゆすられようやく目を合わせる。

 

 目の下にクマが出来ているのを見つけ、瑠雨はひとまず友人を優先した。

 

「……どーしたの、締め切りでも近いの?」

「実はそうなの……今度るーちゃんの触手モノを描くんだけどね」

「は?」

「スタンダード型、イボイボ型、口腔型、繊毛型、どれにしようか決まらなくて」

「はぁ……」

 

 瑠雨はそっち方面の知識に疎い。やらしい本の題材にされているのは分かるが、どうせ瑠雨本人が読むことはないので、気軽に言ってのけた。

 

「悩むくらいなら全部でいいじゃない」

「全……っ!?」

 

 友人は顔を真っ赤にして手で鼻を覆い、もう一方の手で親指を立てた。恍惚とした表情を見るに問題は解決したのだろう。

 

 瑠雨は改めて悩みを語る。

 

「うーん、るーちゃんから貰うものなら何でも嬉しいと思うよ?」

「だからっていい加減に用意するのは違うでしょう」

「そっかぁ……でもあの人なんでもできちゃう人だしなぁ」

 

 二人はそろって頭を抱えた。何か、姉が自力で入手できずかつ貰うと嬉しい物質的なプレゼントはないだろうか。

 

 ここで天才的閃きに至ったのが、友人である。

 

 いそいそとスマホを取り出す友人に首をかしげる瑠雨。

 

「何か思いついたの?」

「あの人、るーちゃんのこと大好きだよね」

「ええ」

「じゃあこれ! これやってみよう!」

 

 これ、と言ってスマホ画面を指し示す。そこにはクリスマスのイラストが表示されている。雨音瑠雨のバーチャル配信体、雨乃るー子が全裸の上に赤いリボンを巻きつけて局部だけを隠している扇情的な絵だ。公式絵師のイラストとしてすでに何回も保存され、一部は匿名掲示板にも出回っている。

 

 この絵を通して友人の言いたいことはつまり、「るーちゃん自身がプレゼントになることだ」である。

 

 もちろん冗談だった。紙面と現実はごっちゃにしてはいけない。

 

「なーんちゃって──」

「あんたやっぱ天才だわ。ありがとー!」

「えっ」

 

 が、瑠雨は本気にした。

 

 瑠雨は姉が自分を大好きでいてくれることを知っているし、瑠雨もまた姉が大好きである。そして姉は物質的なプレゼントは欲していない。じゃあ瑠雨自身がプレゼントになればいい。フレーム単位の決断であった。

 

 引き止める友人を無視して瑠雨は最寄り駅のショッピングモールに突貫。アパレル関係の店を探し当て、スパチャで稼いだ金を惜しげもなく使い大量のリボンを購入したのち、結び方を少しずつ勉強して姉の誕生日に備えた。

 

 そうして誕生日当日。

 

「ハッピーバースデー──」

「いやー、二十五にもなって恥ずかしいや。あれ、瑠雨?」

 

 食卓でケーキを囲い、ろうそくに火を灯し照明の落ちたタイミングで、瑠雨は計画を実行した。

 

 セーター、シャツ、キャミにショーツ、靴下まで暗闇の中で全部脱ぐ。幼い人形のような身体にはあらかじめ真っ赤なリボンがぐるぐる巻きにされている。雨音瑠雨プレゼント・フォームである。

 

「瑠雨、どこにいったのかな?」

 

 照明がついたとき父と母は石のように固まり、姉は首をかしげた。姉は背後に立つクリーチャーの存在をまだ知らない。

 

 しかし絶句する両親の視線を追って、ゆっくりと振り返り──思考が停止した。

 

「お誕生日おめでとう! はい、プレゼント!」

「……」

 

 満面の笑みを浮かべる妹に熱いハグをされても、固まったまま。むしろそのせいで余計混乱し、たっぷり五分後に初めて立ち直ったのは、「は、羽織るもの持ってくるわね」といって席を立った母親であった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「と、いうわけ。姉さんったら、嬉しすぎて挙動不審になっちゃってかわいかったなぁ。こういうの『てぇてぇ』よね。どう、感動した?」

 

コメント:

ヒェッ

狂気を感じる

あのイラストは確かにエロいが、リアルでやるのはやべえ

姉さんもそらキョドるわ

私自身がプレゼントになることだ

急に理性カッ飛ぶのコワイ

ホラーかな?

創作だと言ってくれ

 

「創作ならもっと面白い話創るわ。んもー、素直にてぇてぇ言いなさいよ。いつもの素直さはどこいったの」

 

 コメントたちはなぜか震撼しているが、きっと照れ隠しなのだろう。瑠雨は姉に最善の方法でありがとうを伝えられたと信じている。姉がその確信の深さを察して「どこで教育を間違えた?」と今も全力で困惑していることなど想像だにしていない。

 

 どこにでもあるありふれた姉妹の仲良し話をしていると、もう一時間が経とうとしていた。偉大なる格ゲーの力を借りず場をもたせる練習は成功だ。本番は初心者たちの試合による盛り上がりもあるから、練習で培ったトークスキルを駆使すれば司会も務まるだろう。るー子は自信を深めた。

 

 こうしてトーク練習と格ゲー配信をこなしているうち、目標達成の日は着実に近づいてくる。

 

 強いプレイヤーを前にしたような心地よいドキドキとワクワクを胸に、るー子は心からその日を待ちわびるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 しかしるー子は知らなかった。

 

「クックック、首を洗って待ってるがいいでーす……」

「ヒャハッ、三下臭いの!」

「いひっ」

「だーれが三下だこの蛇ィ!」

 

 明るい未来に通じる道の陰で、巨悪がうごめいていることを──


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