格ゲー全一Vtuber【完結】   作:難民180301

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大会配信

 人生とは格ゲーである。

 

 対戦相手は現実で、プレイヤーキャラの性能は人によって大きく違う。中には体力バーが画面を突き抜けている壊れキャラもいるし、スティックとボタンが全部利かなくて対戦の体をなさないキャラもいる。現実はあらゆる距離からプレイヤーに不利フレームを背負わせ、理不尽な即死択をかけてきて、プレイヤーはそれに無敵パナシやファジー行動、グラップ、小技暴れなどで対抗しつつどうにかギリギリのところで持ちこたえるばかりのゲーム性なので、バランス調整を放り投げたキャラ差も相まってしばしばクソゲーと称される。

 

 雨音姉妹もまた、そんなクソゲーに択を迫られていた。

 

「どうしよっかこれ……」

 

 初心者大会当日、姉の部屋。そこの主たる姉は、パソコン画面を難しい顔でにらみつけていた。

 

 大会運営には問題ない。参加者全員と連絡が取れ、定刻通りに大会を始められる。壁の向こうでバタバタしている妹から合図があれば配信が始まる。参加者のうち一人だけ遅れていた『るー子に言わせるセリフ』も先刻提出され、準備万端だ。

 

 姉を悩ませている選択肢は、三件のメールだった。この選択肢が有するリスクリターンは、たとえば今日のお昼の献立択とは比べ物にならない重大なものだ。

 

 悩んでいると、壁がノックされる。配信スタートの合図だ。

 

「秒で決めていいやつじゃないよね」

 

 姉はひとまずメール画面を閉じ、妹の配信ページを開いた。現実のいいところは反撃の入力猶予がフレーム単位でないことだ。

 

 まずは目前の仕事をきちんとこなすために、姉は大会運営に取り組んでいく。

 

 

 

ーーー

 

 

 

【るー子カップ】初心者だらけの大会やるわ!【雨乃るー子】

 

「はいどうも、本日の司会兼実況解説の雨乃るー子よ。最初に言っとくけど、配信タイトル見て私のカップ何とか聞いたら怒るから」

 

コメント:

はいどうもー!

るーちゃんのカップ……はっ!?

先読みしていくぅ!

今日は大忙しだなるーちゃん

抽選外れたくやしー

ブロンズ山田:めっちゃ練習してきた! 頑張る!!

 

「姉さんのがもっと忙しいし私も頑張るわ。抽選外れた人は残念ね、またやるからその時お願い。ブロンズ山田さん、健闘を祈ってるわ」

 

 配信画面にはるー子と縮小されたトーナメント表、ゲーム画面が映っている。ゲームモードはプレイヤーランクに関係のないラウンジマッチだ。裏方の姉が参加者たちと連絡を取り合い、進行に合わせてラウンジ部屋に誘導して試合を行っていく手はずである。

 

「えー、男に生まれたからには一度は最強になりたいものでして……んもーじれったい! さっそく一試合目やってきましょー!」

 

 るー子は前口上をぶん投げた。すでに選ばれし十六人の戦士たちは準備万端だ。余計な前置きよりも早く試合が見たい。るー子の言葉通り、画面上に二人の戦士が招かれすぐに戦いが始まる。

 

 初戦は主人公対ライバルだった。お互いに波動拳と中距離の牽制キックを差し合いながら地味な展開が続く。しかしライバルがジャンプ攻撃を敢行したのを契機に、るー子の興奮が頂点に達した。

 

「めくり対空っ! えーらい! ブロンズなのにきちんと距離を見定めてめくりに行ったコバヤシさんもすごいけど、それを落としたブロンズ山田さんもすーっごくえらい! なんでかというとね、めくりジャンプされると相手と位置が入れ替わるから対空コマンドが少し複雑になるし入力タイミングもちょっとシビアになるのよね。それをきちんと落とせるのはとーってもすごいとか言ってるうちに終わったぁ! ブロンズ山田さんの勝ちィ!」

 

コメント:

コバヤシお疲れ

対空精度やべえ

山田ァ! さては地上捨てて上だけ見てるだろ山田ァ!

ブロンズ山田:私は天使にさえ対空を決める者だ

褒められた部分が露骨に伸びてて草

俺も対空練習しよ

 

 二試合先取のペースは速い。防御テクニックよりも攻撃を練習しがちな初心者が多いこともあり、あっという間に一回戦が流れていく。

 

「あーっと投げ捨てるの上級者っぽい! というのも、画面中央で体力リード取ってるのに投げ抜け入力は割にあわないのよね。一回投げ食らったら相手のターン終わりだから、はいまた投げ捨て! もっかい投げられとけ! もっかい! さらにもっかい! あっ死んだ……大丈夫上級者っぽくてかっこよかったわ! えー、コパン男爵さんも相手に合わせて投げ擦るの良かった! 二人とも一等賞!」

 

コメント:

死ぬまで投げられていくぅ!

たしかに投げ捨ては正解になることあるけどww

くっそー投げボタンとVスキル間違えてた

死ぬほどしょうもない敗因で草草の草

大丈夫だまるで上級者のようだったぞ!

 

 るー子はカルチャーショックを受けた。人類が格ゲーの必殺技コマンドをド忘れすることなど考えもしなかったのだ。るー子は現職総理大臣の名前は知らないがコマンドとフレームデータはしっかり暗記しているし、記憶喪失になっても格ゲーと姉さんのことだけは忘れない自信がある。その常識を揺らがした初心者に戦慄を禁じ得なかった。

 

 さて、そうこうしていると最後の一回戦が始まる。

 

「あれ、お嬢様じゃない。珍しいわね」

 

 初心者帯には数少ないお嬢様キャラだった。コマンドがややこしくコンボ難度も高いため、この大会では一体だけだ。主人公、力士、総帥、帝王、ライバル、道着鬼の中に一人だけ混じったお嬢様が異色を放っている。

 

 しかし異色なのは戦法もだ。

 

「オロチオロチオロチ! 他の技を忘れたみたいにオロチだけを擦っていく! 地味にテンコが暴発しない練度は認めるけども! ガードされてマイナ2だからってちょっとやり過ぎよ!?」

 

コメント:

ワンパ戦法www

まるで百貫しかしない力士のようだ(直喩)

こういうのにやられて反撃の大切さを学ぶ

 

 オロチ狂いのお嬢様は勢いで相手を画面端に押し込み、やはりオロチを中心に小技と投げで相手を固め、なんなく勝利した。初心者帯に少ないキャラクターのため、相手が慣れないうちに押しきればかなり強い。

 

 半ば感心しながらプレイヤー名を確認。『NANOOOOO!!!!』である。勢いがるー子のツボに入った。

 

「あはっ、あははははっあはぁ! いいじゃないのいいじゃないの、こういう相手が対応できないうちにグチャらせて勝つのも立派な戦術よ! さあナノォさんを止めるのは誰になるかしら!?」

 

コメント:

うるせぇえwww

さあエンジンかかってまいりました

一体オロチの何がこいつを駆り立てるんだ

フライあがれぇぇ!!

 

 強いと思い込んだ行動を死ぬまで繰り返すのは正しい。

 

 2回戦に進出したプレイヤー、コパン男爵もその戦法を採用していた。密着起き攻めをされるときは必ず最速3フレ小パンを連打して状況をリセットする。そもそも起き上がりに正確な重ねができるプレイヤーはおらず、コパン男爵は文字通り小パン連打で三回戦へ進んだ。いよいよトップ4、準決勝だ。

 

 ここに来て選手たちは飛躍を見せる。

 

「おおっとマッフル選手、タイミングを覚えたのか重ねの精度が上がっている! 基本となる打撃と投げの二択を愚直に繰り返すが、ブロンズ山田が固い! 固すぎる! ──ブロンズ山田、リードを守り切った! あまりにも固い防御だったが、これはもしやヤッているのか……?」

 

 起き攻めが鋭くなったマッフルに対し、山田は攻めのすべてをしのいでみせた。異様な防御力にコメント欄は「不正か?」「オートガードだろ」などとにわかにざわつき、試合の合間にリプレイとキーディスによる検証が行われる。

 

 しかしるー子の意図する『ヤッてる』とは、もちろん不正などではなかった。

 

「あーっ! なんとブロンズ山田選手、ガードしつつ投げ抜けを入力している! 遅らせグラップだぁぁぁ! え、レベルたっか」

 

 遅らせグラップとは、起き攻めされる際一瞬だけガードを入力してから投げ抜けを入力するテクニックである。成功すると打撃重ねはガード、投げには猶予いっぱいの投げ抜けが成立する鉄壁の守りだ。中級者以上ならともかく、初心者大会で見ることになるとは思わず、るー子は素で驚いた。

 

コメント:

疑って悪かった

山田ごめーん!

ブロンズ山田:いいよ

ていうかるーちゃんがネタバラシしたら、山田さん不利になるんじゃ……

今更じゃね? 参加者全員に塩送りまくってるし

 

 一方、オロチ連打のお嬢様も負けていない。相手が不利フレーム後に小パン暴れしかしないのを見てとり、不可避の戦法を押し付けにいった。

 

「コパン男爵ダウンっ、受け身はまだ難しかったかぁ! 小パン暴れでどうにか追い払うがおおっと!? お嬢様が小足投げ連携! 有利2フレからシステムを味方につけて、絶対当たる当て投げだぁー! だーからレベル高いってば」

 

 コパン男爵のアイデンティティ、小パン暴れをピンポイントで潰しにかかる当て投げだ。投げ抜けシステムがある以上ハメではないが、相手の戦術に突き刺さる強力な手札である。男爵は結局最後まで投げぬけを入力することなく、自分の個性と心中しオロチお嬢様が決勝へ進出した。

 

「すっごく簡単に言うと、プラス2か3フレからの投げは必ず小技暴れを潰せるの。5フレ打撃と2択にすると楽しくておすすめよ。最後まで自分の戦術を信じて投げられまくった男爵に敬礼! あなたの勇姿は小パン暴れ学会にずっと語り継がれると思うわ!」

 

コメント:

マジでずっと暴れしかしなかったの草

あまりに潔い死にっぷり

無敵とかジャンプとかあるだろうにwwww

学会(一人)

 

 さて、そうして最後の決勝戦に進出した二人が対峙する。ブロンズ山田の主人公と、NANOOOOO!!!!の気狂いお嬢様。お互い初心者らしい雑さはあるものの、トレモに裏打ちされた手堅い戦術を武器にここまで来た準中堅の実力者だ。相手に対応する前に終わる二先よりも若干長い三試合先取ともなると、どちらが勝ってもおかしくない。

 

 選手とるー子の喉のため、十分間の休憩が挟まれる。

 

 水を飲みコメントを見ながらぼけっとするるー子だが、ふいにスマホが振動する。通話アプリに姉からのメッセージが入っている。

 

『この大会が終わったら大事な話がある』

 

 改まって何の話だろうか。文字を打つのも面倒で、画面向こうの壁をトントン叩いて返事とする。

 

 すぐに十分が過ぎ、画面の前に戻ってマイクをオンにする。

 

「はいというわけで決勝戦! 数が多く対策を立てられやすい主人公と、操作が割と難しいお嬢様でここまで来た二人よ。正直勝負の予想がつかないわ。栄えある第一回大会の覇者はどっちか、この一戦ですべてが決まる! 気合入れてっ、やってこー!」

 

コメント:

やってこぉおおおお

やってこおお

るーちゃん絶対某実況者意識してるwww

うおおおお

意地とプライドと萌えが懸かった一戦

 

 一試合目。お互い様子見などするはずもなく、お嬢様はやっぱりオロチ連打。それに対し主人公は跳んだ。跳んで跳んで跳びまくった。

 

「おっとバッタ戦法! お嬢様の対空手段が少ないのを見抜いたかブロンズ山田! もはやスティックを上に入れっぱなしとしか思えない跳びっぷり、対するお嬢様はそれに構わずオロチ連打! この二人には何が見えているのか、虚空に向けて殴る蹴るの暴行を加えていく! 真面目にやれ!」

 

 バッタ主人公とオロチお嬢様。生物学的に考えて当然勝つのはオロチだった。ジャンプの出掛かりにオロチがヒットし、主人公がダウンする。受け身をとったが密着不利だ。

 

 しかしブロンズ山田の防御は固い。

 

「抜ける抜けるっ、打撃と投げ択をものともせず遅らせグラップを決めていく! この鉄壁を崩すにはシミーか垂直しかないぞ、どうするお嬢様──あ、やば、言っちゃった」

 

 なるほど、という声が聞こえてくるようだった。

 

 幾度目かの起き攻め時、お嬢様が不意にジャンプ攻撃。主人公は遅らせ入力による投げスカモーションが漏れており、もろに攻撃を受ける。

 

「あーっとしかしコンボできない! このお嬢様まさか本当にオロチしか練習していないのか!? またしてもオロチとバッタが飛び回る地獄絵図になってしまったぁー!」

 

コメント:

絵面www

こいつらは一体何と戦っているんだ

お互い決勝戦で緊張しまくってると予想

でもお嬢様強いよ、言われたことすぐ実践できてる

手に汗握らない緩みきったキャットファイト

 

「ブロンズ山田、ここまで弾を撃たないのはどうしたことか? 飛ばれるのが怖いにしてもある程度割り切りが──撃っていく! まるでこの配信を見ているかのようだ! 狂ったように発射される弾がお嬢様を蜂の巣に変えるぅ!」

 

 双方に実況の名目でアドバイス()を送りまくるー子。二人はスポンジのようにるー子の助言を吸収し、実践するたび動きが洗練されていく。オロチとバッタという骨子となる戦法は変わらないものの、起き攻めや有利状況での読みはラウンドごとに鋭くなって、取りつ取られつの互角な試合が展開された。

 

 そうして迎えたフルセットフルラウンドの末、最終ラウンド。

 

 お嬢様は画面端で死に体だった。

 

「この主人公容赦がない! 死にかけの女の子に対し無慈悲にも波動拳をぶっかける凶悪犯がここにいる! もはや対空などどうでもいい、跳べるものなら跳んでみろと言わんばかりの波動拳、波動拳っ! さあお嬢様、CA削りも見えてきたこの状況をどう凌ぐかぁー!?」

 

 体力は主人公が有利、ゲージもお嬢様が2本に対し主人公は2.8本といったところ。

 

 これまでブロンズ山田は対空をよく出していた。その印象があるからこそ、お嬢様は起死回生のジャンプ攻撃をためらっているのだ。ブロンズ山田は跳べるなら跳んでみろ、ただしこっちには対空があるぞ、と駆け引きを仕掛けている。

 

 これに対しNANOOOOO!!!!の出した答えとは──

 

「んーっ! ん、んんーっ!?」

 

 弾抜けである。

 

 オロチ、ではなくEXテンコと呼ばれる飛び道具無敵の必殺技。弾をすり抜けたお嬢様の掌底が主人公を天高く打ち上げ、さらにもう一度テンコを発動し追撃。主人公は帰らぬ人となった。

 

 唖然とする実況のるー子、加速するコメント欄。

 

 しばしの絶句の後、るー子は全視聴者の思いを代弁した。

 

「そこはオロチ使いなさいよ!?」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 閉会式。配信画面からゲーム画面が消え、フリー素材の運動会画像を背景に壮大なBGMが流れている。

 

「NANOOOOO!!!! さんには一本取られたわね。それまで一回も使わなかったテンコをあそこで使うなんて誰も思ってなかったわ。ブロンズ山田さんはすごく頑張ってた。大会通して対空よく出てたし、遅らせグラまで習得してたもの。原人狩りにだけ気をつけて、よかったらこれからも続けてほしいわ」

 

コメント:

お疲れえええ

ブロンズ山田:ありがとうございます! もっt精進します!

山田は頑張ったよマジで

初心者大会でお嬢様見るとは思わなかった

テンコ!(迫真)

そこはオロチで心中やろ

つーか誰もツッコんでないけど、オロチ狂いの初心者ってもしかして

 

「じゃあ最後に、優勝者のNANOOOOO!!!!さんに景品を贈呈するわよ。えーっと」

 

 優勝景品、雨乃るー子に好きなセリフを好きなシチュエーション設定で言わせる権利だ。

 

 るー子はモニター横のメモ帳を手に取り、付箋を確認する。事前に姉が検閲しておいた、参加者たちが希望するセリフ、シチュエーションだ。これを優勝者個人に向けてしっかり読み上げることで、小さな初心者大会は終わりを迎える。

 

 優勝者とは別のページもパラパラめくってみると、ものすごく詳細なシチュエーション設定や台本並みのセリフが目に入り、るー子は申し訳ない気持ちになる。いつかまた大会を開こう、と決めた。

 

 そうこうして優勝者の希望セリフにたどり着く。

 

 内容を把握した刹那、るー子は音を立てて立ち上がった。

 

「馬鹿な……NANOォ! 貴様ァ!」

 

 親の仇を見つけたような形相でモニターとカメラに迫る。

 

「貴様もしや、あやつの手先か!?」

 

 何かを察するコメントたちの中に、憎いアイツの名が現れる。

 

霧子きゆう:クックックおバカめ! 今更気づきおったか!

 

 るー子は愕然としてメモ帳に視線を落とす。そこには、『霧子きゆうを全力でえらい、すごい、天才などと褒め称える』とあった──

 

 

 

ーーー

 

 

 

 時を少しさかのぼり、決勝戦直後。

 

 フレンジーフレンズ事務所内の大型モニター前にて、蛇と犬がじゃれ合っていた。

 

「やったやったやったぁぁあ! やり遂げたの、成し遂げたのよキューちゃんっ!」

「ぐえ……」

 

 狂喜乱舞して絡みつくのは大蛇院ナノ。お嬢様キャラでオロチを連発することに生きがいを感じている格ゲー初心者だ。一方、強い力で絡みつかれているせいで苦しげにうめいているのは霧子きゆう、昇天芸が最近板についてきたマスコット的狂犬であり、ナノのセコンド兼コーチでもある。配信していない今は犬と蛇ではなく普通の女の子なのだが、事務所内ではバーチャルに徹せよという方針に沿っているためやはり蛇と犬だ。

 

 苦しそうなきゆうに気づき、ナノは慌てて細腕の力を緩める。

 

「ご、ごめんなの」

「い、いいですよ。きゅーも嬉しいです、よく頑張ったです! 教えたカイがあったですよ!」

「ヒャハハッ、きゅーちゃんが嬉しいなら大蛇院も嬉しいの!」

 

 大蛇院ナノことNANOOOOO!!!!が初心者大会の告知に気づき、ダメ元で応募してみたのは一週間前のことだった。まさか抽選を通るとは思わず取り急ぎ大会当日の予定を空け、どうせ出るなら上を目指すかと寮で練習を始めた。

 

 きゆうに相談することはなかった。面倒くさい構ってちゃんモードに入ったナノは、きゆうの方から声をかけてくるまでこれみよがしに格ゲーを練習してアピールに徹した。その苦労はほどなくみのり、きゆうに構ってもらうことに成功する。

 

『ナノも格ゲー始めたでーす? きゅーで良ければいくらでも教えるですよ!』

『その言葉を待ってたの! 大蛇院をオロチだけで世界大会勝ち抜けるくらい強くしてほしいの!』

『相変わらず無茶苦茶言うですねぇ!?』

 

 過大目標に難色を示すきゆうだったが、大会要項と景品を知るなり目の色を変えた。

 

『奴に好きなセリフを言わせる権利……ほほう、なるほどなるほど』

『きゅーちゃん?』

『ナノ、喜ぶがいいです。お前が優勝する未来が今確定したです』

『ほんと!? きゅーちゃんすごいの!』

 

 それからというもの、きゆうはナノに様々な技術を仕込んだ。といっても比較的コンボ難度の高いお嬢様キャラだったので習得率は半分にも満たないが、どうにか初心者に効きそうな2フレ有利からの投げと、オロチをミスしない技術は身につけることができた。

 

 それらの努力が、優勝につながったのだ。

 

「でもEXテンコ弾抜けは教えてなかったです。最後はナノの才能ですね」

「やってないの!」

「へ?」

「テンコなんてやってないのよ! オロチで自決しようとしたら手が滑ってグチャグチャになったの!」

「『やってない』現象出たぁ!」

 

 やってないとは。技が出た後にその入力を「やってない」と言い張るゲーマーの伝統芸能である。やってないと主張する行動の大半は実際やっていると言われている。

 

 テンコとオロチのコマンドは酷似している。土壇場の状況で散華を試みたナノが、偶然その場の最適解であるEXテンコ弾抜けを誤入力したとしても不思議はない。

 

「ま、運も実力のうちでーす。ナノはすげーですよ」

「ヒャハッ」

 

 後ろから抱きついてくるナノの頭を優しく撫でるきゆう。個人用の狭い配信スタジオに、上機嫌なナノの笑い声が響く。

 

 ここで終われば努力が実った美談だろう。しかしそうはいかない。

 

 きゆうは配信用の高スペックPCを立ち上げ、配信ソフトではなくブラウザを起動。因縁のアイツの配信ページを開いた。

 

『馬鹿な……NANOォ! 貴様ァ!』

 

「え、何なの!?」

 

 ちょうどアイツ、るー子は優勝者の希望するセリフを知ったところのようだ。きゆうは嬉々としてコメントを書き込む。

 

『貴様まさかあやつの手先か!?』

『クックックおバカめ! 今さら気づきおったか!』

『大蛇院はきゅーが鍛えた!』

 

 明らかに狼狽しているるー子とほくそ笑むきゆうを前に、ナノは眉をひそめる。

 

 ナノは景品のセリフを空白で提出し、盛り上がりに欠けるからと運営にリテイクを受け、練習に集中するためきゆうに再提出を任せていた。

 

「そういえば、例のセリフ言わせるやつはきゅーちゃんに任せてたの。なんて言わせるの?」

「この霧子きゆうを言葉の限りを尽くして褒め称えさせるのですよ!」

「は?」

 

 ナノは目が点になった。

 

 構わずきゆうは、恍惚として続ける。

 

「あの血のにじむような力士対策を水の泡にされた屈辱……訳の分からん瞬獄とかいう体力強盗でボコボコにされた苦しみ……その他もろもろ積み重なった恨みの数々、ここで晴らさせてもらうです!」

「……」

「はーはっはっは! 大して強くもないし人間的にも優れてないきゅーを褒め称える恥、とくと味わうがいいのでーす!」

「恥を知れなのよ」

「いだだだだ!?」

 

 後ろから抱きついていたナノは器用に手足を絡ませ、きゆうにコブラツイストをかけた。

 

「ぎぶぎぶぎぶ!」

「この大蛇院を代理戦争(イチャイチャ)のコマに利用するとはいい度胸なの! このままシメて畜生道にぶち堕としてくれるから覚悟しやがるのよぉー!」

「ぐえぇぇえ!?」

 

 狂犬の肋骨が軋む間も、るー子の配信は進んでいる。

 

 ナノの頭によぎった抽選を疑われる恐れは杞憂だった。るー子のリスナーたちはきゆうがランダムマッチングでなぜかるー子とよく巡り合う奇縁を知っているので、代理初心者たるナノが抽選を通っていたことに得心できる。自称業界一持ってる犬の面目躍如であろう。

 

 真相を知って草と驚愕が止まらないコメント欄に、るー子は苦い顔を向けている。

 

『なーんか気に入らないわ。いや褒めるところがないとかじゃなくって、むしろ逆よ? あの人すごいところいっぱいあるから。気に入らないってのは、言われて仕方なく褒めるみたいに思われることね。ま、いいけど』

 

 おや、ときゆうはアバラの痛みも忘れて顔を上げた。目を丸くしたナノと顔を見合わせる。

 

 期待していた反応と違う。もっとるー子が嫌がる中無理に言わせる流れになるはずだったが、るー子はなぜかまんざらでもなさそうな微笑を浮かべている。

 

『きゅーちゃんは素直ないい子なの』

 

 だしぬけに、るー子は語りだした。

 

『この状況ならこうするだろうなって私が思ったら、その通りに行動する。この前こうやって倒したから、こんな風に対策してるよなって思ったらほんとにそう対策してる。そうそう、きちんと負けた理由考えて、毎回勉強してるの。配信忙しいのに時間を使ってくれてる。私のために。そういうところが──えらいし、最高だし、すごいなって思うわ』

 

 ナノはブラウザを閉じた。熱っぽいるー子の言葉が途切れ、しんとした沈黙がスタジオに落ちる。

 

 しかし時すでに遅し。きゆうは情けないほど緩みきった笑顔で赤面している。

 

「えへへ……そんなに褒められちゃ……照れるですよぉ」

「きゅーちゃーん?」

「いだだだ痛い痛いけど嬉しいですえへへへへ」

「このっ……!」

 

 コブラツイストの力を上げるが、今のきゆうにはアーマーがついている。これを割れる必殺技をナノは持っていないので、技を解いて正面からきゆうに向き合い、ほっぺたを両手で挟んでぐにぐにし始めた。

 

「他所の女にデレデレするのはやめるの! フレンジーフレンズ血の掟に違反しているのよ!」

「えへっ、へへへへぇ」

 

 きゆうに効果はなかった。成り行きですっかりネタキャラになってしまったきゆうは、率直な褒め言葉に飢えていたのだ。褒められると誰でも嬉しいのは真理である。

 

 すっかりのぼせ上がったきゆうが平生に戻るのは、ナノが寮の自室にきゆうを連れ込み、抱き枕にして眠った翌朝のことである。いまだ四人しかいないフレフレはみんな仲良しだ。

 

 こうして雨乃るー子主催の初心者大会は、フレフレの刺客たる大蛇院ナノの勝利に終わったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「はー……」

 

 配信を終えたるー子こと瑠雨は放心状態だった。機械的に席を立ち、隣の姉の部屋に向かう。大切な話とやらを聞きにいくためだ。

 

 瑠雨は燃え尽きていた。配信当初に決めた方針通り出来る限り多くの視聴者に格ゲーの楽しさを伝えたつもりだし、事実大会には定員を超える初心者たちのエントリーがあった。姉によると、コメントだけでなくネット上の意見の大半が好意的に配信を捉えているらしい。そしてついには目標にしていた大会も開き、無事にやり通した。この次は何をするべきか? そう考えると、しぜん瑠雨の口からは気の抜けたため息が出てしまう。

 

 だがしかし、人生は格ゲーである。

 

 対戦相手のぶっ壊れキャラ、現実は腑抜ける暇を与えてくれない。

 

 瑠雨はフラフラとした足取りで姉の部屋に入る。

 

「姉さん、お疲れ様ー」

「お疲れ、瑠雨。喉大丈夫?」

「平気平気。それより大切な話って?」

 

 直截に用件を告げると、姉は「これ」と言ってPC画面を指し示す。姉の業務用メールアドレスの受信トレイだ。

 

 近づいて見てみると、瑠雨は目をまん丸に見開いた。

 

『差出人:小林

件名:フレンジーフレンズ二期生募集のご案内』

 

『差出人:ボイドストリーミング人事部

件名:ボイスト四期生募集について』

 

『株式会社マッド企画部

件名:スポンサード契約のご検討』

 

「将来の話をしよう」

 

 姉妹は画面を見ながら、肩を並べて話し合う。

 

「上2つはスカウト。うちに所属して企業勢配信者になりませんかって内容。特にフレフレの方は偉いさんから直々の誘いだよ。下のはオファーね。うちがスポンサーになるのでプロゲーマーとして大会を周りませんかって内容。他にもいくつか似たようなのはあったけど、会社の規模と実績とで絞り込んだのがこの3つ」

 

 姉が画面から目を離し、瑠雨を見つめて「どうする?」と問いかける。

 

「法人様の力はすごいよ。もちろん制約も多いけど、案件もコラボもやりやすいし、経験と人脈もできる。活動の幅が間違いなく広がる。3つ目のスポンサード契約はちょっと毛色が違うけど」

 

 聞かれた方の瑠雨はというと、ものすごく驚いていた。スカウトされたことにではない。人生の岐路に立ってもまるで揺らがない自分の気持ちにだ。

 

 瑠雨は自室にこもって格ゲーをやりこみ、たまに姉をいじめることができればそれだけでよかった。逆に言えばそれ以外のことを半端に済まそうとしていた。だからプロゲーマーになろうとも思わなかったし、格ゲーを続ける道を自力で探ろうともしなかった。

 

 だが瑠雨は変わった。欲望のままにプレイするのではない、プレイを通して多くの人に格ゲーを知ってもらう配信の楽しみを知った。格ゲーを楽しみながら他の人にも楽しんでもらう道を知った。

 

 だから瑠雨は、みんなが楽しくなれる選択肢を選ぶ。

 

「ま、すぐに決められることじゃないか。今日は休んで明日からゆっくり──」

「決めた」

「はっっや!? 常時フレーム単位か!?」

「当たり前でしょ」

「当たり前なの……?」

 

 メールを見てから回想して決めるまで大体25フレ。瑠雨はためらいなくぴっと画面上の一点、進むべき道を指差す。フレフレからの勧誘メールだった。

 

 格ゲーの面白さをもっと広く伝えるには、配信を今よりも面白くするのがいい。そのための経験や人脈を得るためるー子は企業勢の戦場に吶喊する。自分の『好き』を全面に押し出すだけの個人的活動から、ときに相手を尊重し受け入れる社会的活動へ足を踏み入れていく決意がある。

 

 そして何より、るー子には姉とは別にボコボコにしたいプレイヤーが出来た。そのプレイヤーのそばに潜むことも考えての選択だった。

 

 半ば予想していた答えに姉は相好を崩した。

 

「もうちょっと迷ってもいいよ?」

「迷わないわ」

 

 瑠雨は断言した。

 

「アケコンを捨てたあの日にね、私は一生分の猶予フレーム使い果たしたの。だからもう迷わない。いきなり不利背負わされたって、突然ガー不技で体力ドットになったって、迷わないし逃げ出さない。だって私たち(・・)は──」

 

 格ゲー全一Vtuberだから。

 

 姉は不意にこみ上げた涙をごまかすために、瑠雨を強く抱きしめた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 格ゲーの得意なVtuberがいる。

 

 個人勢から始まった彼女はとある企業に所属し、それまで以上の活躍を見せた。狂犬や蛇とじゃれ合ったり、最推しの配信者をコラボ中に格ゲーでボコボコにしたり、人生とは格ゲーであるとか訳の分からん哲学を語ったり、別のタイトルに手を出したりまた大会を開いたり。マネージャーの姉に支えられ、様々な方面と絡んで多くの爪痕を残していった。

 

 個人勢時代よりも幅広くなった彼女の活動を、迷走と詰る層もいる。

 

 ただ、彼女を初期から追う古参の文字たちはそろってこのように口を揃えるという。

 

「格ゲー面白そう」

 

 格ゲーは、見るのもやるのも、面白い。

 

 

 












満足したので完結です。
おまけ一個投稿します。
読んでくれてありがとうございました。

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