俺が伝説の鬼の名を襲名して良いのだろうか? 作:佐世保の中年ライダー
〜由比ヶ浜結衣〜
「ふう。」
「お疲れ様です仁志さん、響鬼も初めての夏の魔化魍討伐きちんと果たせた様だね。」
「ああ、輝鬼も助っ人ありがとうな。」
「うす、輝鬼さん仁志さんありがとうございます。」
鬼になったヒッキー達が緑色の河童みたいな化け物を全部やっつけ終わり、ヒッキー達は顔だけ元の姿に戻って(ヒッキーとカガヤキさんって人は身体の色が青っぽくなってるけど)お互いを労っている。
そんなヒッキー達の姿をあたしは何だか張り詰めていた気持ちが、ふっと萎びたみたいなって言うか気が抜けた感じで眺めていたんだ。
「お兄ちゃん!」
そうしているうちに小町ちゃんがヒッキーの所へ駆けだしてヒッキーに抱きついた、ヒッキーも抱きついて来た小町ちゃんを優しく抱き止めて頭を撫でてあげている、優しく声を掛けてあげながら。
「もうカッパも居ないからな安心しても良いと思うぞ小町、けどまぁもうちょい警戒はしてなきゃだけどな。」
「うん。」
あたしはそれがちょっと羨ましいなって思っちゃったけど、でも微笑ましくも思ったんだ。
それからヒッキー達はみんな揃ってあたし達の方へと歩いて来て、トドロキさんとザンキさんにも労いの挨拶を交わして、それからヒッキーはあたしやゆきのんに目を合わせると何だかちょっと戸惑ってるみたいな感じで。
「まぁ、そのな。」
何だか何時もの様にヒッキーのちょっとブツブツって感じの喋り方で頭をゴシゴシって掻きながら言いにくそうに声を出した。
その時あたしは何かすっごくホッとしたんだ、さっきまで赤い鬼になってあんなに怖そうな化け物と戦ってて、ヒッキーが何か遠い人になっちゃったみたいに思ってたから。
「あのさ、えっとねヒッキー、さっきのヒッキースゴイカッコよかったよ、何か正義のヒーローって感じで………その……」
ヒッキーはあたし達に何か言いたかったんだろうけど、きっと何て言えば良いのか分かんなかったんだろうなって、だからあたしは。
でも結局あたしも何を言えば良いのか分かんなくて、あたしの言葉は尻すぼみになっちゃって。多分、ううんホントは『ありがとう』か『お疲れ様』とか言えば良かったんだと思う、鬼の人達がさっきやってたみたいに。
「スマン、怖い思いをさせてしまったか。」
なのにあたしがそれを言えなかったからヒッキーにスマンなんて謝らせちゃって、あたしはすごく胸が苦しくなって。
「何故貴方が謝るの、貴方は私達を助けてくれたのでしょう。比企谷君貴方が突然変異した事には驚いたけれど小町さんから聞いたわ、貴方達が人知れず怪異から討伐しているのだとね。」
でもゆきのんが、話せなくなったあたしに代わってヒッキーに話してくれて、あたしはゆきのんが話してる横で頷いて心の中で『そうだよヒッキー』って言ってたんだ。
「だからね、比企谷君私達に謝ったりなどしないで、寧ろ私達は貴方達に心から感謝をしなければならないのよ。」
ゆきのんはスゴイな、あたしが上手く言え無い事をキチンとヒッキーに伝えられるんだから、そしてちゃんとゆきのんはヒッキーや他の人達に。
「比企谷君、そして皆さん危ないところを助けて頂いて本当にありがとうございます。」
ちゃんと綺麗な姿勢で頭を下げてお礼を言って、あたしもつられる様にゆきのんと一緒にお礼を言う事が出来て、改めてヒッキーの顔を見るとヒッキーってばちょっと頬のところを赤くして照れちゃってて何かスゴい可愛かったな。
カガヤキさん達が駆け付けてくれたお掛けでカッパの討滅は思いの外早く完了したし、小町も雪ノ下も由比ヶ浜もついでに雪ノ下さんも無事に済んだし、鬼の姿になった俺を二人に異質なモノとして拒絶されてしまう可能性もあるかもと思っていたが、二人はそんな事はせず寧ろ助けられた事に謝辞まで示してくれて俺は漸くせいしんてきにホッと一息吐けた。
「さて、日高達は着替えもしなければならないし一度野営地に戻るとしようか。」
「そうですね、イブキの方も順調ならイッタンモメンの討伐も終わっている頃でしょうし、雪ノ下さんのお嬢さんとも少し話をしなけりゃですからね。」
年長組の二人が今後の方針を固め俺達も当然それに従う流れとなったんだが、問題は小町達をどうするかって事だよな。
今回の件雪ノ下さんからは事情聴取をしなくちゃならないが、小町達三人は雪ノ下さんに連れてこられただけだし、謂わば被害者ポジにいる訳で。
「あの宜しければ私達もご一緒しても構わないでしょうか。」
「あっ、あたしも一緒に行ってもいいですか?」
俺としては雪ノ下達には駐車場で待っていてほしいところであるんだが、当の雪ノ下と由比ヶ浜は決意を込めた真剣な眼差しを仁志さんとザンキさんへ向けて同行を望む。
「あの、あたしはこのまま何にも知らないって何かやだし、だからヒッキーや皆さんの事もすっごい気になるし、それに何で陽乃さんが今日ここに来たのかも知りたいし。」
「いや、けどまだ魔化魍は全部片付いたって訳じゃ無いんだし、一旦この近辺から離れた方が良いと思うぞ雪ノ下も由比ヶ浜も。」
拙く言葉を詰まらせながらも自身の思いを俺達に伝える由比ヶ浜の懸命さに、俺も頭では二人がそう望む理由は理解出来てはいる。
二人は知りたいんだ、俺の事を知って理解したいと思ってくれているんだと、きっと彼女達は識った上で拒絶では無く俺を受け入れてくれようとしているんだと。それでもこれ以上彼女達を巻き込みたくは無いと思うのは俺の我儘だろうか。
「いやぁ、でもさお兄ちゃん、もし魔化魍がまだいるんだったらやっぱり魔化魍退治の専門家のお兄ちゃん達と一緒に居たほうが安全じゃないかって小町は思うんだけどな、そうですよね皆さん。」
その様に逡巡している俺を見かねたか小町がすかさず提案し、二人はその提案に頷くと真摯な眼差しで俺を見つめてくれていて、これはもう逃げられんと覚悟を決めるしか無いよな。
「まぁ確かにそうなんだろうってのは俺も解っちゃいるんだけどな、うんそれに第一俺が側にいれば小町に悪い虫が近付くのを阻止できるしな、うん。」
ボンと左掌を右手側部で叩く、警察の人たちが検問してくれているから不届き者が駐車場に居る訳ゃ無いんだけどな。
「うわ、お兄ちゃんそれはポイント低過ぎだよ、そこは雪乃さんと結衣さんの名前を出さなきゃだよ。」
オーマイガッ!俺の親愛の情と言う名の鏃は小町のハートの表皮を貫くことなく表面に弾かれてしまった様だ、解せん。
カッパが現れた溜め池から俺達が設営した野営地までは、小町達に合わせて歩けば多分三十分は掛かるだろう(小町達は登山用の装備を身に付けている訳じゃ無いってのがその理由なんだが)その道程も九割を過ぎ、もうそろそろ野営地が視界に捉えられそうな辺りだ。
「ふう、小町ちゃん達も疲れただろうけど、後もう少しで着くからちょっとだけ辛抱してくれよ。」
「野営地には斬九郎も居るし多分もうイブキさんも帰っているでしょうしね、飲み物とちょっとした食べ物があるし着いたら少しゆっくりしよう。」
仁志さんとトドロキさんが道中に疲れの見える小町達を気遣い声を掛けると、小町と由比ヶ浜は多少疲れが感じられる声音で返事をし、雪ノ下さんはまだ余裕を感じさせる声音で返し。
「はぁ、はぁ、ごめんなさい比企谷君……。」
そして基礎体力の無い雪ノ下はもう既にグロッキー状態で、その身を半ば俺に預けている始末だ。
「しょうが無いよな、雪ノ下は体力が無いし、第一普通のスニーカーじゃ山道を歩くのはきついだろうしな。」
俺は雪ノ下の手を引き出来るだけ彼女に負担を減らすべく支えて歩きつつ、彼女がその事を負い目に感じない様に自分なりには言葉を選んだつもりなんだが。
「本当は比企谷君がさっき言った様に私達、駐車場で貴方達の帰りを待っていた方が良かったのでしょうけれど。」
項垂れ気弱な面を見せる雪ノ下に内心ドギマギとさせられている俺ガイル、何時も強気な雪ノ下にこうまでしおらしくなられると俺としてもちと対応に困るしな。
「野営地はもう直ぐ其処だしな今更だろう、だから気にするな。」
「それにほら言ってる内にもう目的地も見えて来たぞ雪ノ下。」
俺が雪ノ下にそう告げると彼女は進行方向に目を向ける、彼女の目にもまだもう少し距離はあるがテントやテーブルと言った野営設備が視認出来た様で、小さく吐息を吐く。
まぁ身体の疲れと共に気持ちも折れそうになっていたところに、終点が見えて来たんだから安堵もしようってものだろう。
「そのようね、ありがとう比企谷君もう大丈夫だから手を離してくれても平気よ。」
雪ノ下は微笑んでその身を微かに俺と離して、疲れは感じさせるが一人歩み始めた。全くあと少しなんだから無理しなくても良いんじゃないかと思うんだが何せ意地っ張りだからな雪ノ下は、まぁ勿論それを口には出さなかったがな。
さて雪ノ下の事は一旦置いて、雪ノ下が俺から離れて直ぐの事だが俺は左掌に柔らかく掴まれる感覚が生まれた事に気が付く、それは。
「うぅ、ヒッキー今度はあたしの番だよ。」
左隣を歩いていた由比ヶ浜が俺に近寄り左掌を由比ヶ浜の右掌で握っていたからだった。
「ふわっ、鬼の身体って何かちょっとトゲドゲっぽいけど、ちゃんと暖かいんだね。」
俺の手を取り、まじまじっと由比ヶ浜は見ながら関心頻りって感じで感心していて、何か文章が変異種並みに変になってるが其処はまぁ勘弁してくれ。
しかし流石によく知る女子に己の手を取られ弄られるってのは、思春期男子には何だか来るモノがあってだな、段々と小っ恥ずかしさが鎌首をもたげてしまい。
「ちょっお前、何してんの?」
それを振り払うためにも由比ヶ浜には離れてもらいたいんだが、それは何故かと言うとだな。
鬼に変身すると闘いに適応する為に身体が一周り大きくなるんだが、そのせいで俺と由比ヶ浜の身長差が普段よりも差が付く、そうすると俺が近距離から由比ヶ浜を見る為には結構見下げる形になる、此処まで言えばお解りいただけるだろう。
そう、由比ヶ浜の胸部に乗っかったお山をモロに見下ろす形になってだな、しかも今は夏で衣服も薄手になっていて……いやもう語るのはよそう。
「えっ、いやさヒッキーさっき迄ゆきのんとくっついてたから、今度はあたしの番かなって。」
あのですね由比ヶ浜さん『何言ってんのそんなの当たり前じゃん』みたいにすまし顔して言わないでいただけないでしょうかね、どうか思春期男子の生態に気遣いを願いたい。
〜雪ノ下陽乃〜
「みんな疲れたでしょう、良かったら麦茶でもどうッスか。」
カッパと呼ばれる魔化魍を比企谷君達が討伐し終え、私達はその比企谷君達が設営した野営地へと招かれた。あいにくと人数分のチェアが無いって事で財前君って名の鬼の見習い生が用意してくれたシートに腰を下ろした。
「ああ、どうもありがとうございます山道を歩いて来ましたから喉も乾いていますし、ありがたくいただきますね。」
私達四人分の麦茶を用意し、それを差し出してくれた財前君に満面のスマイルを作って感謝を告げると、彼は顔を赤らめながらみんなに渡してくれた。
どうやら彼は女性の扱いに慣れていないみたいだね、そんな態度が私にはちょっと可愛く思えた、比企谷君もそうだけど若い世代の猛士の関係者って結構初心な男子が多いみたいだね。
「イブキさんはまだ戻って来てないんですね。」
いただいた麦茶を口に含みながら私は比企谷君達の会話にそれとなく聞き耳をたてる。カガヤキさんと呼ばれたかなりハンサムな人がどうやらイブキって人の帰りが遅い事を訝しく思ってかそう口にする。
「ああ、確かにイブキにしては時間が掛かり過ぎている様だな、何か不測の事態でも起こったのか。」
それを受け多分この遠征の責任者だと思われるあの凄くダンディなザンキさんって人が推論を述べると。
「イブキさんが向かったダムは此処からならあまり距離は離れて無いっすよね、何なら俺ちょっと様子見に行ってきますよ。」
比企谷君がみんなに様子見に行くと申し出る、前に何度か会った事があるけど比企谷君って何だかやる気無さげで面倒臭がりな感じがしてたんだけど、意外にも鬼としての役割には積極的なんだなと私は少し驚いていた。
「そうだな、ヒビキの言う通り様子見に行った方が良さそうだな、どうですザンキさん此処は一つヒビキに行ってもらいますか。」
「そうだな、何方にしろこの状況では誰かがイブキと合流した方が賢明だろうしな、ヒビキすまないがひとっ走り行ってくれるか。」
「分かりました、それじゃあちょっと行って来ますよ。」
「ああ頼む、だがヒビキさっきひと仕事終えたばかりだし喉も渇いているだろう、麦茶の一杯でも飲んでから向かうんだ。」
「うす、そうですね、じゃあそうさせてもらいます。」
「ちょっと待って下さい日高さんザンキさん、俺もヒビキと一緒に向います。」
比企谷君がどうやらもう一件の魔化魍討伐の様子見に行くことになった様だけど、ギター(の様な武器なのかな)を携えたトドロキって人が同行を申し出て、日高さんとザンキさんはどうするべきか考えているみたいだね。
「向こうが何か不測の事態だった場合、イブキさんの管、ヒビキの太鼓、そして俺の弦と揃っていれば大抵の状況に対応出来るでしょう。」
トドロキさんがそう訴えると、日高さんとザンキさんは『確かにな』と呟き、二人はトドロキさんを比企谷君と共に向かわせる事に決めたみたい。
「それじゃあトドロキ、お前もヒビキと一緒に向かってくれ。」
「了解っす、皆さんは小町ちゃん達の事をお願いします。」
「ああ、小町ちゃん達の事は俺達に任せてくれ、ヒビキもな。」
「うす。」
「あっ師匠麦茶っす、喉を潤してから行って下さいッス。」
「おおっ、すまない斬九郎、ありがたくいただくよ。」
およ、今財前君ってトドロキさんの事を師匠って呼んだよね、ははあん成る程ねぇ、今の二人のやり取りから察するに猛士の鬼ってどうやら師弟制度を取っているみたいだね。成る程成る程。
「小町、雪ノ下と由比ヶ浜も、すまんが俺は少しこの場から離れるけど、出来るだけ早く戻って来るからちょっと待っててくれるか。」
「うん、分かったよお兄ちゃん気を付けてね。」
「ええ、待っているわ比企谷君、貴方の帰りを。」
「うん、あたしも待ってる、頑張ってねヒッキー。」
比企谷君が出立を前に小町ちゃん達には声を掛けて、三人は各々比企谷君に応える。
全くさ、出会ってからほんの数ヶ月に過ぎないってのに三人ともすっかり固い絆で結ばれてるみたいな雰囲気を醸し出して、なぁんかお姉さんとしてはあんまり面白く無いぞ。
「それから雪ノ下さんも、くれぐれも大人しくしといて下さいよ。」
およ、比企谷君ってば最後に私に釘を刺してしたよ、うん私ってば信用無いなあ。まあしょうが無いんだろうけどね猛士の人の立場からすると私がやらかした事はさ。
小町達にも断りを入れて、俺はトドロキさんと共にイブキさんの様子を確認に行べく動き出す。
「気を付けてな二人共、イブキの事だから大丈夫だとは思うが、何せ今回の件はかなりイレギュラーな事態だからな。」
「ああ、ザンキさんの言う通り何が起こっているのか不明瞭だしな、気を付けて行ってきな、シュッ!」
「ヒビキ、向こうではイブキさんやトドロキさんの指示を確り聞くように良いね、トドロキさんヒビキをよろしくお願いします。」
残留組の皆さんにありがたい忠告を受け俺とトドロキさんは、イブキさんが向かったダムの方へと向け出立しようとしていた時だった。
その時突如としてこの地が微かに震え、そして大気を震わす程の巨大な咆哮が周囲に木霊した。
「何だッ!?」
「何があった!?」
この周辺に異変が起こった事は明らかだが、その異変が何を発端にしているのかが不明であり皆周囲を警戒するが、その原因は直ぐに俺達全員が知るところとなる。
「皆さん、アレっすよ、アレを見て下さいっス!!」
財前さんがソレに逸早く気が付き上空を指差していた、財前さんが指し示すその方向は俺達が向かおうとしていた、イブキさんがイッタンモメンの存在が確認されたダムの方角だった。
その指差す先の空、此処からの距離は千数百メートルと云ったところだろうか、その空には比較的低空と思われる空を不規則に泳ぐ様に飛び回る巨大な姿があった、と言っても距離が離れてるからそんなに大きくは見えないんだがな。
「なっ、アレ何か変っすよ、資料で見たイッタンモメンにも見えるんすけど、大分形が違うっス。」
個人で用意していた物なのか、財前さんが双眼鏡を使い空を飛ぶ巨体を確認し、その観察結果を教えてくれた。
「ああ、イッタンモメンで間違いは無いんだろうが、アレはおそらくイッタンモメンの変異種か若しくは強化種だろうな、そうかだからイブキが討伐に梃子摺っているんだろうな。」
肉眼で見る俺達には細部までは確認出来ないが、財前さんが言う様に確かにシルエットがイッタンモメンとは違う様に見える。
「予定変更だ、俺と日高、斬九郎はこの場に留まり小町ちゃん達の護衛を務める。カガヤキ、ヒビキ、トドロキは至急イブキの応援に行ってくれ、どうも奴は此方に近付いて来ている様だしな。」
ザンキさんの指示により現役組三人でイブキさんの応援へと動く事になった、やれやれこの事態カッパの討伐へ向かう前に俺が言ってた事が案外現実に起こってるのかも知れないな。
出来ればそんな事態にはなって欲しくは無いんだが、果たしてどうだろうな、あぁ面倒臭せぇ〜っ。