俺が伝説の鬼の名を襲名して良いのだろうか? 作:佐世保の中年ライダー
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
「とまぁ、こんな感じで俺は雪ノ下と由比ヶ浜と小町のお陰で、みんなに面白可笑しく弄ばれ辱めを受けたと云う訳だ。」
あの後、現場からの撤収を前にみんなで僅かな時間だが語らいの時間を持ったんだが、その時間ってのは要するに俺の普段の言動についての暴露大会の様なモノだった訳だったりする。小町と由比ヶ浜と雪ノ下が揃って俺の事を上げて上げて、メッチャ上げたかと思えば下げてくれたりなんかするもんだから、猛士のみんなからの生暖かい眼差しや微笑が俺達に注がれて、マジに俺は恥ずか死しそうになった。イヤ八幡ってばもうお婿に行けない心にされてしまったわ。
「あら、何を言っているのかしら比企谷君。弄んだなどと言われるなんてとても不本意なのだけれど、あの日私達が猛士の皆さんに話した内容に嘘偽りなど、何一つ無かったでしょう。貴方と私達の出会いからの日々を私達は伝えて、小町さんによる追加と補足が事細かになされただけの事よ。」
「そうだよヒッキー。あたしもゆきのんも、ちゃんとヒッキーと出会った日からあった事しか話してないじゃん。ヒッキーのカッコいいところも、ちょっと残念なところもさ、それ聞いて日高さん達も喜んでくれてたし。ねっ、ゆきのん!」
「ええ。」
流石に一年も付き合っていると、連携プレーも磨きが掛かるものなんだろうな。一分の隙もなく理路整然と筋道たてて語る雪ノ下と、語彙には乏しいが多感な感情を露わに語る由比ヶ浜。それは互いの足りない部分を補い合う様な関係と言えば良いのか、はたまた真逆の二人だからこそウマが合うデコボココンビとでも評せばいいのか………まぁ二人の特徴の一部としてデコボコってのは間違った表現では「あーっ!ヒッキーってば、まぁた変な妄想してるでしょうッ!!」ちっ!?何故解ったんだよ由比ヶ浜。
「女子は男子が思っている以上に男子の視線に敏感なんだからね!」
制服の胸元を両手で隠す由比ヶ浜だが、その努力も虚しく彼女の両手では事足りず隠しきれてはいない。
「……………」
その由比ヶ浜の左隣の雪ノ下もまた自分の胸元を見つめながら、両手の掌をペタリと自分で触れて確認している。雪ノ下、持って産まれて来たものはどう足掻いてもしょうが無いところもあるんだぞ、人生に於いて全ての者が満ち足りる何てのは幻想だ。人は自らが持っているモノを創意工夫してブラッシュアップして行くものなんだぞ。多分、知らんけどな。とは内心に言うものの、平塚先生と雪ノ下さんも中々に素晴らしいモノをお持ちだし、雪ノ下も辛いんだろうな。
「何か言いたそうな顔をしているわね比企谷。」
ジトッと殺気をはらんだ様な目を俺に向ける雪ノ下が、冷え冷えとした声で俺にそう言ってくる。それはある種の趣味がある者には、ご褒美になるのかもと思える程の力の籠った眼力だ。
「まぁ、何だ。強く生きような雪ノ下。お互いな………」
少しばかりたじろぎつつも、俺は雪ノ下に対し傷を舐め合う様な言葉を送る。俺も生まれつきのこの腐っただとか評される目のおかけで、コンプレックスや黒歴史は山程抱えている身だしな。まぁそれもカガヤキさんと仁志さんに出会って猛士に入るまでだったけど。うん、人との出会いってのは大事なんだよな。本当に。きっとそれを俺と雪ノ下と由比ヶ浜と一色も、そして雪ノ下さんも実感として感じているだろうな。
そう思いつつ、俺は雪ノ下妹から雪ノ下姉へと視線を向かわせつつ再び回想の海に乗り、航海に向かう。
この場に集ったみんなによる俺の弄くりタイムも終え、俺達は撤収すべく片付けを始める。テントや簡易テーブルをはじめとした機材を折りたたんでは猛士ブランドの
「あの……比企谷君。」
「あのね、ヒッキー……」
少し躊躇いがちな声音で俺を呼び止める雪ノ下と由比ヶ浜。その声に俺は二人を見やると、真剣な眼差を二人は向けている。さっき迄楽しげに小町と共にカガヤキさん達に俺の事を話していた二人のガラリと変わった雰囲気に、俺はさてどうした事かと疑問を抱く。
「あの、比企谷君。正直に言うと貴方の事を知って、私も由比ヶ浜さんも戸惑っているの。」
俯きつつ、ゆっくりと自分の気持を口にする雪ノ下。そして由比ヶ浜も普段の彼女らしい朗らかさが鳴りを潜めた様子で、雪ノ下に続く。
「うん。ヒッキーが私達が知らない所で、みんなを守ってあんな怪物をやっつけてたなんてさ。本当にビックリしちゃったよ。」
「………そうか、スマンかったな二人共。驚かせただろうし、怖かっただろう。」
俺だって、初めての魔化魍ってかツチグモの童子と姫と遭遇した時は肝が潰れる思いを味わったし、二人の気持ちはよく解る。だからもし彼女達がその恐怖から俺を否定したとしても、それは仕方の無い事だ。
「そんな事は、いいえ驚いた事は事実ね。けれど貴方が私達に謝る必要なんて何処にも無いでしょう。むしろ私達は貴方や猛士の皆さんに感謝しなければならない立場よ。」
「えっと。うん確かにさ、あのバケモノは怖いって思ったけど。でもバケモノと闘ってるヒッキーはカッコ良かったよ。だからあたしも、ありがとうって言わなきゃね。」
「そうか。」
しかし二人の口からは、そんな俺を否定する言葉など
「うん。ヒッキーが時々学校を休んだり早退していたのって、普段から今日みたいにバケモノ退治をしてたんだよね。ありがとうヒッキー、あたし達を守ってくれて。」
「それでなのだけど比企谷君、私達に何か貴方のサポートが出来ないかしら?私も貴方や猛士の皆さんの様に、いえ何だったら私達も猛士に協力したいと思うのだけど。」
正直俺はこの二人の言葉に何だか救われた様な気持を抱いていた。そして二人から猛士への協力まで申し出られたのだが。
「ありがとう。雪ノ下も由比ヶ浜も……だが、その気持ちだけありがたく頂いておくわ。」
俺としては、雪ノ下と由比ヶ浜をこちらの世界にあまり深入りさせたくないのが、正直な気持ちだ。だから俺はそう言ったんだが、どうも二人は納得がいかない様だった。
仕方が無いなと、俺はカガヤキさんと仁志さんとの出会いの経緯を話すことにした。あの忌々しい黒歴史と言える、俺の告白の件から始まるクラスメイト達からの嘲笑や中傷。
そんな事に嫌気が差して一人になって全部を捨て去りたいとまで思ってしまう程に、人間に絶望しかけていた事を。そんな時に出会ったカガヤキさんと仁志さん、そして猛士のみんな。
危険な世界に身を置くからこそなのか、おおらかで暖かく、ささくれた俺の心を優しく包みこんでくれる様な懐の深い、そんな為人の人達が集った集団(そんな人達に囲まれて何時しか俺は、学校の連中との事なんぞ些細な事だと思える様になっていた)猛士ってのはそんな人達ばかりだけど、それでも多大な危険を伴う世界である事に変わりはないし、何が起こるのかは分かったモノじゃ無い。
「だからまぁ、そんな訳でな。俺は正直に言って雪ノ下と由比ヶ浜と出会えた事を、悪く無いなと思っているんだ。だから俺は、出来ればお前達には俺の日常に居て欲しいって思っている。こんな事を生業にしている俺達鬼にとって、何気ない日常ってのが何物にも変えられない価値ある物みたいなモンなんだ。」
人に自分の本心を正直に話すって行為に馴れてない事もあってだろうが、俺はあまりにもそれが照れ臭くて、ガシガシと頭を掻きながら言葉を結び斜に構えた状態から二人に目を向けた。
「いやぁそっかぁ。じゃあヒッキーはあたし達と一緒に居る事が嬉しいんだ、えへへ。」
「そうなのね。私達の存在が貴方の日常の、言わば象徴と言う事なのね。フフフ。」
夏の日差しにも負けない、とびっきりの眩しい笑顔を二人は俺に向けてそんな事を言うが、誠に遺憾ながら俺にはそれを否定出来ない。誠に遺憾ながらな、大事な事なので二度言ってみた。何ならもう一度言っても良い程だが、クドくなりすぎるから自重する。
「えっ……ああ、まぁ俺の一番は当然やっぱり小町だが、雪ノ下と由比ヶ浜もな。」
「うわっ!我が兄ながら、それは無いわぁ。其処は結衣さんと雪乃さんだって言いなよ。全くこれだから
お兄ちゃんは………はぁ……」
そしてお約束の小町のセリフ。
〜雪ノ下陽乃〜
思えば初めてだったな。母さん以外の人に頬を引っ叩かれるなんて。ザンキさん(今は財前君にその名を譲ったから財津原さんだけど)に打たれたあの時、全ての非は私にあるって事は理解していたけど少しだけザンキさんに反感を覚えた事は、あの頃の私の精神の未熟さの現れなんだろうけどね。
だけど、私の目をしっかりと見据えて物事の道理を真摯に説いてくれたザンキさんに、私は責任を背負う大人の男性の厳しさと同時に不器用な優しさを感じてた。
「お嬢さん少し良いだろうか?」
撤収の準備を終えたザンキさんが私のところへと歩み寄り、静かな声音で私に声を掛けて来た。うわっ、何だろうまさに今思い出していた人から話し掛けられて、私ったら柄にも無くドキドキしちゃって心拍数が跳ね上がってるのが、自覚できる。
「………はい。」
急なお声がけに私は胸のドキドキを抑えられず、でも落ち着かなきゃと自分に言い聞かせながらゆっくりザンキさんへと顔を向けて、ザンキさんに返事を返したんだけど。
先刻、今回の件の事情聴取を受けた時も思ったけど、この人スゴイ端正な顔立ちしているなって改めてそう思う。年齢はおそらく四十代だろうな、そして多分ウチの両親より少し歳下かな。何故かそんな事を私は考えてた。う〜ん、男性に対してこんな事を思うなんて初めてだな、私ってばどうしたんだろう。
「さっきは申し訳無かったね。君を叩いた事は、常識的にも赦されざる行為だろう。しかも他所様のお宅のお嬢さんに手を上げたんだ。君がそれを赦せないのならば、法的に訴えてもらっても構わないよ。どんな刑罰でも受ける事は覚悟しているからね。」
「まぁそうでなくとも、それに今回の件に付いては俺も何らかの責任を取らなければならないし、事によっては猛士から身を引くよ。」
私が、これまでに感じた事の無い未経験な感情故なのか、どうにも自分でもままならない気持ちを持て余していると、ザンキさんは真摯な態度を崩す事なく謝罪の言葉を紡ぐ、そんなザンキさんの低音の声までもが心地良く感じちゃうなんて、参ったなぁこんな気持を初めてだよ。
何て事を考えてた私だけど、改めてザンキさんの言葉を咀嚼してソレを理解するに連れ、自分の心が急速に凍えて行ってしまう。
だって、私はそんな事なんてちっとも考えてなんていないんだもの。ザンキさんを訴えようなんて、そんな気持ち塵程にも。言うなればザンキさんは、今回の私の我儘による犠牲者でもあるんだから。だから私はザンキさんを訴えるなんてそんな事は否定しなきゃ。
「いいえ……そんな。」
けれど、常に私からは考えられない程に私の口からは上手く言葉が出てこず、何とか絞り出した言葉も何処か辿々しい。参ったなぁ、中学生の頃から両親に着いていった社交の場で
それだけ、ザンキの決意とその言葉が私の心に重く伸し掛かっているのかな。
「だか、これだけは分かってほしいんだが改めて言わせてもらうよ。あまり行き過ぎた好奇心は自分の身の破滅を招く事になるだろう。その事を踏まえて、これからの君の人生をより良い物としてくれるのなら俺としても嬉しいがね。」
そんな状況に、更にザンキさんは私を思い遣る言葉を掛けてくれて。私は何時しか、自分の瞳から一雫の涙が流れ落ちるのを知覚する。
参ったな、こりゃもう本当に参ったよ私。こんなのもうさ、本気になるしかないよね。
「あの、ザンキさんでしたよね。どうか今日の事はお気になさらないで下さい。元を辿れば、明らかに非があるのは私なんですから。」
ザンキさんの私に対する謝罪と責任を負うって決意だけど、そんな事してもらっちゃ困るよ。静ちゃん以外で初めて、私の中の闇に真正面から向き合ってくれた人なんだから。
だから私は、これからの私を見ていて欲しいって心からそう思ったんだよ。その思いを込めて私は更に自分の思いをザンキさんに告げる。
ああもう……何か、我ながらチョロいなぁ。
雪ノ下さんがあの時を思い起こして僅かな自嘲気味に『我ながらチョロいよね』と結ぶ。そんな雪ノ下さんに女性陣からの生温い視線が向けられていて、俺は思わず。
「まぁ、確かにチョロいですよね雪ノ下さんは。あの時雪ノ下と由比ヶ浜は気が付かなかったみたいだったけど、まぁ俺は密かに目の前でチョロインが爆誕する瞬間に立ち会うなんて、またとないイベントを愉しんでたがな。」
そう言ってしまった。
そして、沈黙と共に向けられる女性陣からの非難の篭った目線が一斉に俺に向けられ。
「……うわぁ。今のはちょっと無いと思いますよ、せんぱい。」
「本当に。まだ姉さんの話も終わっていないのに、そんな無粋な茶々を入れるなんて私も今の言葉は擁護出来ないわよ。」
「そうだよね。そう言うところがヒッキーの悪いところなんだよ!」
「うんうん。最近の君はちょっとお調子に乗り過ぎだとお姉さんも思うぞッ!コレはもう、年長者としてはしっかりと指導をしてあげなきゃいけないかな。」
「比企谷。教師としての立場は置いてだね、流石に私も今の君の言葉は一人の女性として、とても擁護は出来ないな。済まないがね。」
一色を皮切りに一斉に浴びせられる、ヤン艦隊のそれと比しても引けを取らない、俺に対する一点集中砲撃。それは物理的ダメージをも
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いマジ怖い。女子怖い。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。女子マジ怖い。
「ねっ……ねぇゆきのん、陽乃さん。これってさ、ちょっとやり過ぎたんじゃ………」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。女子マジ超怖い。
「そうかもですね。せんぱいってば、さっきから”怖い“しか言ってませんし、しかもカチカチって歯がぶつかってるっぽい音もしてますよ。まあ私から見ても、雪ノ下先輩とはるさん先輩の迫力はハンパなかったですから。」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………
「そっ……そうね。流石に私もやり過ぎてしまったと、今の比企谷君を見て反省しているところよ。」
「あははは……う〜ん。こりゃ本当にやり過ぎたかなぁ。」
怖い怖い怖い怖い怖い………
「ふむ、コレはどうにかして比企谷の正気を取り戻させなければならない様だね。」
怖い怖い怖い……
「どうするのよ。静ちゃん!?」
「君達世代はもう記憶も朧気だろうがね、昔のブラウン管テレビは電波の受信状態が悪い時は衝撃を与えることで直っていたんだよ。」
「という訳で、ここは一つ。」
はっ!?殺気!!
何やら殺気を感じて自分の右側方に目を向けてみれば、右手を大きく振り上げた状態で手刀を構えた平塚先生が立っていたのだが。この人は一体俺に何をしようとしていたのだろうか。
「なっ、その体勢から一体何をしようとしているのでせうかね。平塚先生……」
ちょっと目に力を込めて、俺は平塚先生に疑問をぶつけてみると、今にも振り降ろそうとしていた様な手刀のやり場に困っているのか、その指がヒクヒクとしている。
「ぬっ!?おお比企谷、どうやら正気を取り戻した様だね。いや良かったよ、うむ。」
そして、取り繕った様に俺を気遣うような事を言うのだが、そのポーズが示しているモノは一つだろう。
「……はぁ、もう一度聴きますが平塚先生。その振り上げた手刀で何をするつもりだったんすかね。」
「いや、これはだね。ウチのテレビの調子が良くないのでね、帰ったら気合を入れてやろうと、練習を兼ねた素振りをだね。」
「イヤイヤ、今時ブラウン管テレビも無いでしょうが、せめてもう少しマシな言い訳を考えて下さい。」
テレビ放送がアナログからデジタルへと移行して、もう既にかなりの年月が経っているのにこの先生と来た日にはもう、ため息しか出ないわ俺。
平塚先生の暴挙から
「成る程です。それが先輩達が鬼の存在とせんぱいが鬼だって事を知った経緯なんですね。理解しましたけど、ついでにぶっちゃけて聞きますけどはるさん先輩はどうして鬼の弟子になれたんですかね?はっきり言ってはるさん先輩のやらかしって普通に考えて、かなりヤバイ事ですよね。」
其処には投下された一色からの、雪ノ下さんへの疑問。まぁ一色の疑問は尤もだろうな、あの時の雪ノ下さんのヤラカシは関係各所に多大な迷惑を掛けてしまう行為だしな。
「まあ、うん。そうだね。あの後さ私達みんな、ヒビキ君達と一緒に支部長にその件も報告する為にたちばなに連行されてね。」
そう。魔化魍の討伐を終えた俺達は雪ノ下さん達を伴いたちばなへと帰着すると、予め事の顛末をザンキさんと仁志さんが電話連絡で大まかに済ませておいた為、其処にはたちばなのメンバーの他に雪ノ下の両親もが俺達の帰還を迎えてくれたんだが其処で。
「陽乃ッ!!」
帰着早々にたちばなの暖簾をくぐって入店してきた雪ノ下さんの姿を見留た雪ノ下母が開口一番に雪ノ下さんの名を呼びながら彼女に掛けよると、バシーンと甲高い音をたてて雪ノ下母の平手が雪ノ下さんの頬を打ち据えた。
「ッ………母さん……」
「貴女という娘は、何と言う事をしでかしてッ!貴女は自分がしでかしてしまった事の大きさを自覚しているのですか!?」
「ごめん……なさい……母さん、私は……」
夏の夕暮れ時の時刻、事が事だけに早めに閉店したと思われる店内に娘を叱責する母親の声が響き渡る。
きっと俺達よりも早くたちばなへと到着した雪ノ下夫妻は、おやっさんに謝罪をしていたんだろうな。
雪ノ下さんを引っ叩いた雪ノ下母は雪ノ下さんの両手を掴み、涙ながらに説教をかます。
「雪ノ下さん、落ち着いて。お嬢さんもザンキ君にしっかりと注意受けたでしょうから。取り敢えず、此処は一つ娘さんの話も聞いてみましょう。」
「そうですよお母さん。娘さんも十分に反省していますから、ちょっと落ち着いて話をしましょう。」
そして雪ノ下母がもう一度雪ノ下さんに手を上げようとしていたところを、おやっさんと仁志さんが押し留め聴取が始まる。
「それでな、改めて別室でザンキさんと仁志さんが雪ノ下さん達を伴って、おやっさんへと報告を行っている場に、俺達は立ち合わなかったから其処での詳しい話は知らないんだよな。」
ペットボトルのお茶を一口啜ってから俺は一色に、あの日の事後報告には関わらなかった事を告げると。
「へぇ、そうなんですか。」
何とも気の抜けた様な、或いは話に関心が薄れてしまったかの様な気のない返事で一色は相槌を打つんだが、元はと言えばお前が関心を持ったから俺達は長々と話を続けていたんだがな。全く『女心と秋の空』なんて言葉もあるが、一色のこの気の変わり様は秋の空に対してさえも失礼なレベルでの変わり様過ぎるんじゃないか。と一言二言苦言を呈したいところだ。まぁ、面倒臭いからやらないけどな。
「うん。あたし達はヒッキーやカガヤキさんと一緒にお店で、日菜佳さんにお茶とお菓子をごちそうになって、話が終わるのを待ってたんだよね。ゆきのん。」
「ええ、お出しして頂いたお茶もお茶請けも、とても上品な味わいで感動してしまったわ……あら、私とした事が由比ヶ浜さんのペースに乗せられてしまった様ね。」
「もう!ゆきのん自分で乗って来たんじゃんッ!」
それに、お茶請けだのお茶だのと言い出した所を見るに、由比ヶ浜と雪ノ下の二人も話に飽きが来ている様だしな。まぁ尤も話は、後はどういう形で雪ノ下さんが鬼になる道を選んだかと言う事くらいだし。もうこのまま時間まで雪ノ下と由比ヶ浜のゆるゆり展開を眺めてるのは俺的にも本も……と、そこは敢えて言うまい。
「まぁ、ぶっちゃけ聞きますけど雪ノ下さん。結局あの後は雪ノ下さんのご両親と雪ノ下さんがおやっさんに謝罪して、警察や猛士本部や関係各所へは一部欺瞞工作をしての報告をって事で手打ちってところですかね。」
ちょっとした簡単に推察して導いた自分なりの結論を俺は口にし、その解答を雪ノ下さんに求める。もう昼休みもの残り時間も少ないし、このお題も最終局面だしザッと纏めるにも当事者の雪ノ下さんの口から言ってもらうのが手っ取り早いからってな。
「おっ!流石ヒビキ君だね。だいたいそれで合ってるよ。まあ欺瞞工作まではやってないけど。」
俺のアイデンティティでありトレードマークのアホ毛を、ウリウリ、ツンツンともて遊びながら雪ノ下さんがお姉さんムーヴをかましながら宣う。だから、そう言うのは辞めていただきたいものだ。連動する様に凍える様な視線が俺に突き刺さってくるのだから。
「ヒビキ君が言う様にさ、両親と私とであの時の件を支部長に謝罪するのと一緒にね、両親や支部長に日高さんと財津原さんにも、以前から私が抱え込んでいた精神的な闇の部分とかを素直に包み隠さず全部話したんだ。」
それまでとは一転し、雪ノ下さんは穏やかな表情と声音で語ると、その様子を見ていた平塚先生が
「………陽乃。」
「ありがとう静ちゃん。静ちゃんはさ
「ああ、まあ何と無くだがね。君は入学当初から、君が見せる表面的なモノの裏に隠れている陰をね。私が生活指導の役割を与えるている事もあるが、まあ私個人としても君のその様な陰の部分を解放昇華させてあげたいと常々思っていたんだが、私の力不足故にそれは叶わなかったのだが。」
「ありがとう静ちゃん。私もね付き合ってみて静ちゃんがそんな人だって解ったからさ、だから私ってば結構初めっから静ちゃんには懐いてたんだよねぇ。」
ふむ、二人の会話からも見て取れるが、互いにそれなりに信頼し合っているんだな。まぁ雪ノ下と由比ヶ浜の様にゆるゆり展開は期待出来ないだろうが。あぁ、いやこのふたりだと”ゆる“では無く“ガチ”になりそうだと思うのは俺の気の所為か?
「うむ、だが結局は君の抱えていた陰を解き放ってくれたのは、猛士の皆さんやその財津原さんと言う方なのだろうな。はぁ、結局最後は良い殿方との出逢いが女の心を変えるかッ!嗚呼ッ、私も出逢いが欲しいッ!!」
グッと拳を握りしめ切々と訴える平塚先生の言葉には、もうマジで切実な重い思いが溢れ出ている。この人の場合はなぁ、人格も見た目も良いのに性格があまりにも男前過ぎるんだよな。だが生徒としてはちょっとだけ願ってあげるとしようか、どうぞ平塚先生に良い出会いがあります様にと。
「まぁ、平塚先生の魂の叫びはこの際置いといて、雪ノ下さんには話のまとめに入ってもらいたんですけどね。」
『アハハそうだね』と雪ノ下さんは平塚先生に慈しみの目を向けつつ苦笑いで俺に応えると、少しわざとらしく咳払いを一つ。
「両親と一緒に一通りの謝罪を済ませた後にね、改めて私から願い出たんだよ。」
そして、雪ノ下さんはオチャラケた態度を引っ込めて真剣な面持ちで語り始める。
「あの件はただ謝罪をした程度では赦されるものじゃ無いだろうってね。それはさ、関係各位に対してもだけど雪乃ちゃんやガハマちゃんと小町ちゃんに対してもね。」
「だから、私はその償いをちゃんとした形として示すって意味も込めて願い出たんだよ。鬼としての修行を受けたいって、そして修行を終えて鬼として独り立ちした暁には、私もヒビキ君達と同じ様に世の中の人達の暮らしを護る役目に就きたいって。だからザンキさ、財津原さんに私を弟子にして下さいって。」
成る程な、雪ノ下さんは財津原さんに弟子入りを願ったのか、それは俺も知らなかった。しかし当時もう既に財津原さんは、現役を退いて十年以上経っていたしな、その後雪ノ下さんがアワユキさんの弟子になってる事からも断られたんだろう。
「でもね、財津原さんは言ったんだよ『生半可な覚悟では鬼の役目は務まらない』ってさ、そう言って断られたんだよ。」
「まぁ、そりゃそうでしょうね。普通に考えても。」
あの雪ノ下さんのヤラカシは自らの好奇心や悦楽の為に引き起こした様なモノだしな、それを知ってりゃ責任ある立場の人なら疑いの目で見られるのも当然だ。
「うん。でも私として決意は本気だって事を知ってほしくて何度も頭を下げてお願いしたんだよね。それを見て支部長と日高さんも財津原さんに口添えしてくれて、財津原さんも折れてくれたんだ。」
「だけど、ヒビキ君も知っての通り財津原さんほもうずっと前に現役引退してるからって事で、それなら同じ女性のアワユキさんの弟子にって事でどうかって、支部長に提案されたんだよ。」
そう言う事だったのか、まさかおやっさんが雪ノ下さんをアワユキさんの弟子になる事を勧めたって訳だったのか。まぁ確かに雪ノ下さんも言った様に、財津原さんは引退して長い時が経っているし、ならば現役の人に師事するのが道理ってものだろう。しかし雪ノ下さん的には意中の財津原さんの弟子になりたかったんだろうな。
「うん。でもさ、後日って言ってもその翌日なんだけど、支部長のはからいでアワユキさんとの面談の場を設けてもらってね。それでアワユキさんの人柄に触れて、ちょっと生意気かも知れないけど私、この
「アワユキさんってヒビキ君も知ってるだろうけど、自他共に厳しい人だけどさ、でも本質は猛士メンバーの御多分に漏れず優しくて慈しみの深い人なんだよね。それにちょっとツンデレ属性も有って、可愛いんだよねぇ。」
「そうっすね。良く知ってますよ俺も、アワユキさんのカガヤキさんに対する接し方とか見てても。」
雪ノ下さんが言うアワユキさんツンデレキャラ発言に俺が同意しカガヤキさんの名を出すと、雪ノ下さんもニッコニコで首を縦に振って『だよねぇ!』と相槌を打つ。そして俺も、時々厳しいお言葉も頂戴する事もあるんだが、基本修行中に何かと気を遣ってもらってたし。その際にちょっとツンとしてるけど優しいお言葉も頂いて、俺はアワユキさんの事をちょっと意識していた時期もあったしんだよな。
まぁ、アワユキさんの想い人が俺の師匠のカガヤキさんだって事は直ぐに察せたから俺も、アワユキさんに対してその気になって『黒の歴史をまた1ページ』と積み重ねる事にならずに済んだんだが。
「さて、陽乃の現状を知る事も出来たし、比企谷と雪ノ下達との関係も良好だと確認も出来たし、私個人としても教職員としても正直安心したよ、猛士と言う組織の人達は本当に真っ当な人格を持った人達の集まりなのだな、陽乃。良かったな。」
「フフ、早いものだな。もう今夏には君もとう二十歳になるのだな。陽乃、君が二十歳になった暁には共に盃を酌み交わそうではないか。」
「うん。私も、やっぱり静ちゃんは私にとって、恩師って呼べる人だと改めて思えたよ。ありがとう静ちゃん。約束だよ静ちゃん、夏には一緒に飲みに行こうね!それからヒビキ君、これからも雪乃ちゃん達の事ヨロシクね!」
少しばかり、何時ものちょっとオチャラケた調子の素の雪ノ下さんに戻して平塚先生に応え、そして俺にも雪ノ下さんはウインクを決めて、まるで雪ノ下達の事をを託すみたいに言うのだった。まぁ雪ノ下さんも千葉の姉であり俺とはシスコン仲間だからな。そして俺もこの奉仕部に席を置く部員なのだ。
「うす。まぁ雪ノ下さんも半徹夜でお疲れでしょうから。ゆっくり休んで下さいよ。たしか、夜ふかしはお肌の敵とかって言葉もありましたしね。」
彼女の依頼、しかと受けよえ。
「アハハ、全く君のそのちょっと捻ねた、気遣いの言葉も変わらないねぇ。けどあんまり婉曲なセリフは相手に拠っては通じない事もあるんだから。たまには、ストレートな言葉で伝える事も大事だったりするんだぞ!って、まあ私が言えた事でも無いかな。」
雪ノ下さんに不本意にも捻くれ認定を受けたのだが、心外である。何故なら俺ほど欲求に忠実な男も存在しないだろう。何せこの部室で俺は毎日の様に展開される雪ノ下と由比ヶ浜とのゆるゆり的スキンシップを眺めては北叟笑み、最近はその中に一色も加わってたシチュエーションを妄想したりと……何か今のって我ながら、キモ過ぎるな。
「大丈夫よ姉さん。比企谷君のそう言った為人は私も由比ヶ浜さんも承知しているのだから。その辺りはこれから確りと矯正して行くわ、ねえ由比ヶ浜さん。」
「うん!もちろんだよゆきのん。ヒッキーの事はあたし達がちゃんと面倒見てあげなきゃね。」
「ちょっと待って下さい先輩方!私だけ除け者にしないで下さい。当然ですけど、私もせんぱいの躾に参加しますからね。そして最終的には私がせんぱいをいただ…」
「おまっ、ちょっ、ちょっと、待ってもらおうか、お前達!」
雪ノ下に由比ヶ浜ときて、そして一色と次々に何やらそら恐ろしく不穏当でそして、黙って受け入れてしまえば俺の将来がお先が真っ暗になりそうな事をしゃべくる三人の言葉を俺は制する。
「お前ら、何を恐ろしい事言ってんだよ。矯正だの躾だのと一体俺の事を何だと思ってんの?まさか愚連隊だとか政治的思想犯とか思ってんじゃないだろうな。」
「全く、貴方はちっとも自覚が無いのね。私達が少し目を離せば次々と……何と言ったかしら、たしか小町さんが言っていたのだけど。そうだわ、たしか一級フラグ建築士と言っていたわね。」
なん………マジかよ小町のヤツ、何て事を雪ノ下達に吹き込んでやがるんだ。ってか一級フラグ建築士ってのは何だよ、俺の何処をどう見ればそんな称号を押し付けてくれちゃってんの。こうやって俺の不名誉が雪ノ下や由比ヶ浜はもとより、たちばなのみんなにも伝播していくんだよなぁ。もう止めて、俺のメンタルはズタボロだよ。
「うんうん。それそれ!小町ちゃんが言ってたもんね。ほんとヒッキーってば、放っといたら直ぐに女の子と仲良くなるよね。生徒会長の城廻先輩も何となくそんな感じだし、保育園児のけーちゃんもさ『大っきくなったらはーちゃんのお嫁さんになる』とか言ってたし、最近だといろはちゃんもだし。ウチのママだって
「なっ、イヤ……ちょっ…」
由比ヶ浜によって更に畳み掛けられる暴露話の様なソレは、俺のマインドダウンの呪文を重ね掛け程の威力を発揮した。つか城廻会長との接点なんてそれ程多く無いし、けーちゃんに至っては年明けのイベントで保育園との交流の時にちょっと遊んだくらいだろう。まぁその後も時々けーちゃんの姉の、川何とかさんと一緒に買い物している時に会ったりしたが。後、由比ヶ浜のトコのママさんに関しては、俺には何の責任も無いだろう。クラスメイトで部活仲間の親御さんなんだし、失礼な受け答えなんぞ出来無いだろう。
「うわっ!?マジですか。入学式の時にお見掛けしましたけど、生徒会長さんっておっとり癒やし系の美少女って感じの方でしたよね。その人に意識させた上に、更に挙げ句幼女に人妻までその毒牙にかけたって言うんですか!これはヤバいですね本当に。」
「ええ、そうなのよ一色さん。だからこそ比企谷君は私達が監視していなければならないのよ、それこそ牢獄に投獄してでもね。」
「イヤ………本当に、何言っちゃってだよ雪ノ下!ってか今のそのセリフは、言っちゃってるってより“逝っちゃってる”と言い換えた方がしっくり来る位怖いよ!しかも牢獄に投獄とか俺って、やっぱり犯罪者扱いなのかよッ!?」
「ええそうよ。だから貴方がこれ以上罪を重ねない様にする為にも、牢獄に捉えておかなければね。最低でも二十七年程、出来ればその生涯をずっと、終身刑として私がずっと見ていてあげるわ。」
「怖ッ!!雪ノ下マジ怖ッ!」
「てか最低二七年とか、俺は何か政治思想犯なのかよ!?反アパルトヘイト運動の闘士かよ!」
「あっ!ゆきのんズルいッ!あたしだってヒッキーの事監視するんだからねッ!」
「そうですよ。抜け駆けは許しませんからね雪ノ下先輩ッ!それに最終的には私が頂いちゃいますから、由比ヶ浜もですけど、人生は割と長いと言いますけど二十歳をすぎればあっと言う間だとも聞きますから、早めに身の振り方を考えた方が良いと思いますよ。」
三人の女子の姦しい言い争う姿を俺は若干涙目で見ていたが、彼女達の誰が勝者となったとしても俺に待つ未来は………と、そんな三人から俺は目を逸らす。そして俺は口ずさむ、偉大な闘士の生涯に思いを馳せて。まぁぶっちゃけ現実逃避なんだがな。
「Free Nelson Mandela♪」
「おッ!ヒビキ君ってば、その歌知ってるんだ、ヨシ!それじゃあ最後にお姉さんが特別に伴奏をしてあげるよ!」
そう言って雪ノ下さんは、自分が預かっている訓練用の音撃管を取り出すと、言葉通りに伴奏を始める。流石は文武百般何でも御座れの才媛だな。その伴奏も完璧だ。
「Free.free.free.free.free.Nelson Mandela♪」
その伴奏の元俺は歌う。
「Free Nelson Mandela Txenty‐one years in captivity
shoes too small to fit his free His body abused but his mind isstill free …………………♪」
俺の人生の未来の解放を希求して切々と。 と、まぁそんな感じで雪ノ下と由比ヶ浜に、俺が鬼だと知られた日の出来事の顛末と、雪ノ下さんが鬼の道を目指した切っ掛けとの話はこんな所だな。
楽曲引用 THE SPECIAL AKA Free Nelson Mandela
これにて回想編終了です。