俺が伝説の鬼の名を襲名して良いのだろうか?   作:佐世保の中年ライダー

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変化する蜘蛛。

 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM4:09

 はは…参ったなこりゃ、俺と輝鬼さんは互いに対処していた西と東の二体のツチグモが、逃走したことによって接近遭遇を果たしたって訳だ。

 数メートルの距離を置き対峙する二体のツチグモ、見た感じ俺が担当していたツチグモの方が一回り弱位体格が大きい様だが、これは雌雄による個体差なのかそれとも育成環境とか食べた物の違いに拠るものなのか。

 

 …くっそぅッ、その食べたものってのは、罪も無い人や動物達……。

 俺は思わず想像をしてしまった、その光景を、ただ休日に自然の景色を堪能する為にこの山に登った人も居るだろう、或いはもしかすると、ボランティアとかでこの山の環境を守る為の活動に参加していた人も居たかもしれない…。

 

 俺は拳を握り込んだ、俺の肩は身体は憤りにより小刻みに震えている、そしてツチグモ二体もまたプルプルと身を震わせながら互いを見合っている。

 この状況でこれから何が起こるのか、さっき妖姫を喰ったみたいに共食いをはじめるのか、確か以前そう言った前例があった筈だよな。

 

 「っ、そんな物今は考えたって仕方が無いな……輝鬼さん!」

 

 こうなったからには輝鬼さんと共同戦線を張るのが確実な方策だろう。

 俺はツチグモの様子を覗いつつも速攻で輝鬼さんと合流し簡潔に経緯を説明した。

 

 「そうか、そちらも同じなんだな、僕が追って来たツチグモの方もそうだったんだよ。」

 

 俺の説明に輝鬼さんが答える、やはりこの状況は単なる偶然で片付ける事は出来ない様だな。

 

 「どうしますか、このままアイツらが何か行動を起こす前に急いで叩くか、それともいっその事、アイツらもしかしたら共食いとかやるかもだから、その生き残った一体を俺達で片付けるか。」

 

 魔化魍が互いに争い合えば勝った方とて無傷では済まないだろうし、そうなれば後の対処は捗るんじゃないかと思い提案してみたんだが。

 

 「いや以前にもそう言った事例があったんだけど、その後が色々と厄介な事になったらしいからね、ここは……!?」

 

 俺と輝鬼さんが打ち合わせをし、輝鬼さんは相手の出方を待たずに速攻で対処をしようと、そう俺に言おうとしていたんだろうか。

 しかしそう提案する前にツチグモの側に新たな動きがあった、それは。

 

 

 

  南房総市『御○山山中』4月7日 

 PM4:13

 

 「なっ、なんすかアレ、アイツら互いに向って蜘蛛の糸を吐き出し始めましたよ。」

 

 とは言ってとそれは直接に相手へと放っているのでは無く、相手の前方上空へ角度を付けて射出しているんだが。

 そして更には二体が回転しながら周囲へと向けてその糸を吐き出す、それも口とお尻の二箇所から。

 

 「一体、何をやるつもりなんだ……はっ!響鬼っ、あの糸に向けて烈火弾を放つんだ、僕もやってみる。」

 

 そうか輝鬼さんあの糸を焼いてしまおうと言うんだな。

 

 「はいっ、了解っす!」

 

 輝鬼さんと俺は横列に並びたち音撃棒を上方へと大きく構え、先端の鬼石に気を込める。

 

 「はぁーーーーーっ……ハアッ!」

 

 「はぁーーーーーっ……ハッ!」

 

 俺達ふたりほぼ同時に烈火弾と業火弾をツチグモの蜘蛛の糸を焼く為に射出する。

 

 『ボボゥッ、ドシュゥゥ…』

 

 しかし着弾したは良い物の、俺達が放った炎弾はその糸を焼く事なく打ち消されてしまった。

 

 「まっ…マジかよ。」

 

 「これは…予想外だよ、でもだからと手を拱く訳にはいかない、続けて連続で放ってみよう響鬼!」

 

 輝鬼さんの指示に一つ頷いて、俺達二人は再度音撃棒を構え、そして炎弾を放つ、2発、3発、4発と続け様に。

 だがそれは徒労に終わった、俺達が放った炎弾は遂にツチグモの糸を焼く事なく終わり、やがて二体のツチグモによってその場には大凡直径20メートル程のドーム状の蛹室の様な物が型作られた。

 

 「輝鬼さん…こんなの見た事ありますか、俺カガヤキさんの元に『と金』して居た時から合わせてこれでツチグモと出くわすのは三度目ですし、何なら先代とカガヤキさんと出会った時の分を含めりゃ四度なんですけど、こんなのって聞いた事無いっすよ…。」

 

 俺の質問に輝鬼さんはゆっくり首を横に振った、十年近くの時を鬼として活動している輝鬼さんなら、或いはこんなイレギュラーな事態も経験しているかと思ったんだが、どうやらその輝鬼さんでもこんな事は初めての経験らしい。

 ここで因みに言っとくと『と金』ってのは鬼に弟子入りした者の事だ。

 猛士って組織は各役職の名を将棋の駒に見立て呼称している、支部を預かる指揮者を『王』、鬼のスケジュール管理その他デスクワーク従事者を『金』、みどりさん達技術開発部の人達が『銀』、そして俺達鬼が『角』ってふうにな。

 その他『飛車』『歩』と言った役職もあるんだがその解説は何れ機会があればな、って毎度ながら俺は誰に説明してんだよ。

 

 「どうしますか、このまま様子見に徹するかそれとも…。」

 

 こう言った場合、やはり一緒に経験豊富なベテランが居るんだから、その人に対処法を伺うのがベターな選択って物だろう。

 輝鬼さんの様に沈着冷静で思慮深い人と共にあるのならな、その真逆な人と中るのならまた選択肢も変わって来るんだろうけど。

 

 「そうだね、こんな事態は初めての事だしデータ収集の為に少しだけアレを攻めてみようか。」

 

 輝鬼さんはそう言うと、蜘蛛の糸のドームに近付く、そして気合いの声を発して構えると鬼面の口部を開き。

 

 「!!」

 

 ドームに向けて鬼幻術鬼火を放った。

その口部から発せられた炎は、ほんの僅かではあるが、ドームの表面を焦げ付かせた。

 

 「おお…ちょっとだけど効果がありましたね。」

 

 俺は輝鬼さんの成果に感心し、それに続いて俺も鬼火を発し輝鬼さんの様にドームを焦げ付かせたが、輝鬼さんのそれに比べると若干威力が弱いのか、その範囲は輝鬼さんの八割ってところだ。

 これは俺がまだまだ鍛え方が足りないって事の証明か、こいつは帰ったら鍛え直さなきゃだな……はぁ。

 

 「だけどこれでは決定打にはならないね。」

 

 「…っすね、ところで輝鬼さんはコレをどんな物だと思いますか。」

 

 今までに前例の無いツチグモ二体による巨大ドームの作成とその中に閉じこもったツチグモ。

 更にはその糸が俺達の攻撃をほぼ受け付けない程の強度と硬度を持っていると来たもんだ。  

 通常のツチグモの糸なら俺達の炎で焼く事が出来るの、この糸のドームはそれが敵わない。

 

 「そうだね、まず一つはあの二体のツチグモが雄と雌だったとしたら、あの中で交尾をしているのかもしれないね。」

 

 「……………。」

 

 えぇ何それ、二体のツチグモがナニをナニする為に即席で自分達専用のラブボを拵えたって事なの……おえっ!

 

 「二つ目は、あの二体が中で互いに闘っているって可能性かな、僕達に邪魔をされない様にあのドームを作って心置き無くやり合っているのかも。」

 

 「…まさか勝った方が負けた方を喰らって、強化種にでも進化するとかって事ですかね、えっとちょっと違うッスけど蠱毒でしたっけ何かそんなのがあったと思うんですけど、それと似た感じなんすかね。」

 

 蠱毒って確か毒を持った虫を大量に集めて、壺の中に投入して最後に生き残った虫の毒を用いて暗殺とか呪術に使ったたとかだったかな。

 

 今回とは状況は違えど以前にも別種の魔化魍同士でやり合ったって事例があったよな、だとしたらかなり厄介な事になるかもだよな。

 

 「三つ目はあのドームが蛹室である可能性かな。」

 

 蛹室ってのは、昔親父に聞いた事があったよなカブトムシとかクワガタが幼虫から蛹、そして成虫に変態する過程で蛹状態の時に自分の身を置く空間を作るとかだったかな?

 まぁ俺は虫とか勘弁だからあんま真剣に聞いてなかったけどな。

 

 「昆虫は成長の過程でその身を変態させていくんだけど、うーん、だけど厳密には蜘蛛は昆虫では無いからその線は薄いかな。」

 

 俺が聞いた話は蝶だったかな、確か蛹の状態の時に一旦自分の身体を蛹の殻の中でドロドロに溶かしてから、成虫の身体を作り上げるとか……マジキモっ!

 

 「でもそれって通常の昆虫での事っすよね、けど魔化魍なら案外そう言う事をやっててもおかしくは無いかもですよ、いやキモいからあんまり想像したくないっすけど。」

 

 「うん、何せ前例の無い事だからね」と輝鬼さんが俺の発言を受け一言、それから再度蜘蛛のドームを見やる。

 輝鬼さんとしては、鬼火でも焼き尽くせないツチグモのドームの状態に一旦攻撃を止め静観するつもりなのかもな。

 

 「そうっすね、けど此処はもう一丁やってみますかねっ!」

 

 俺は続けて再度音撃棒烈火に気を込めて鬼石に炎の剣を発現させ、一気に上方から振り下ろした。

 

 「ハアッ!」

 

 鬼棒術烈火剣、炎の剣で以てドームを斬りつける。

 それにより蜘蛛のドームにほんの少し切り目が入り、そこからそこそこの量の液体のような物がドロドロと流れ出てきた。

 まぁそれもほん十数秒程の時間ではあったのだが、その後その液体が痂のように固まり、それがより強固で堅牢な外殻的な物になったんだがな。

 

 「……マジかぁ………。」

 

 ハァ、結局俺の攻撃は徒労に終わった様な物だったのかな。

 

 「仕方が無いね、此処はツチグモが出て来たところで対処するしか無いかな、良いかい響鬼、いつツチグモが動き出すか判らないからね、気を引き締めつつもここは一旦一息つこうか。」 

 

 「うす。」

 

 輝鬼さんの提案により俺達はごく僅かな時間だけ気を抜いた、闘いの最中張り詰めていた精神を少しだけ弛緩させ、その後再びツチグモが動き出したときの為に改めて行動出来る様に精神を集中、その時がいつ来ても良い様に蜘蛛のドームを再度監視する。

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM4:28

 

 あれから五分程が経っただろうか、此れまで妙な沈黙状態にあったツチグモのドームの様子に変化が訪れた。

 

 「輝鬼さん…なんかアレって揺れてませんか。」

 

 小刻みにふるふるとツチグモのドームが揺れている、これはおそらくあの中で遂にツチグモが行っている何かが終わりを迎えようとしていると見て間違いは無いだろう、ないよね。

 

 「だね間違い無いと思う…響鬼用意は良いね、何時でも動ける様に準備出来ているよね。」

 

 「…はい!」

 

 並び立っていた俺達だったが、ツチグモのドームの様子を確認すると互いに左右へと移動し、距離を置き臨戦態勢へと移行する、因みに俺が左側だ。

 

 「………。」

 

 「………。」

 

 その身は両の手に音撃棒を携え、軽く腰を落として若干左脚と左腕を前に。

 その心は何時何が起ころうとも対処してみせると堅く決意、しかし熱くなりすぎず冷静さを失わずだ。

 ツチグモのドームの揺れは先程よりも大きくそして激しくなっている、これはもう間もなくその時が訪れるって事の証なんだろうな…。

 

 『ビシッ…ビシビシビシィィッ!』

 

 その激しい揺れによりツチグモのドームを構成する糸による外郭の至る所に亀裂が走り、やがて…。

 

 轟音と共にそれは弾け飛び四方八方に飛び散り、俺達から視界を奪う。

 

 「響鬼ッ出て来るぞ!」

 

 「はい輝鬼さん!」

 

 飛び散ったドームの残骸はやがて万有引力の法則に従い地へと落下してゆく、それにより次第に顕になってゆく、二体のツチグモであった何かの姿も少しずつ視認出来始める。

 

 次第次第に顕になりゆくツチグモの成れの果てはその場でカサカサと小刻みにその身を揺らしていることが、その未だ見えない全貌なれども薄ぼんやりとしたシルエットから確認出来る、やがてその薄いシルエットも徐々に鮮明さを増して来た………。

 

 「なっ、何じゃそりゃ!?」

 

 先ず確認出来た所から説明せねばなるまい……いや誰にだよ。

 そうだなその大きさは俺が追っていた方のツチグモの目算で1.5倍と言ったところかな、大きな腹部の後尾部を空へと向けてまるでその巨体っぷりをアピールでもしているかの様だ。

 まぁそこまでは良いよ、いや本当は良くないんだけど魔化魍だからしょうがないだろう、しかし………。

 

 「輝鬼さんこれって、何か…。」

 

 「うん…何と言うか、双頭の蛇ならぬ双頭の蜘蛛!?かな…。」

 

 うん、ですよね他に形容の仕方が無いですよね。

 蜘蛛の糸のドームから顕れた元二体のツチグモだった物の外見的特徴は、その腹部は二体で共有しているのだがその先端に向けて作られた頭胸部は途中から二股に別れ頭部が二つある……文字で書くとアルファベットのYの字の様になっている。

 まさに輝鬼さんが言うように双頭の蜘蛛って呼称がピタリと当てはまる。

 

 「……何か、フュージョンに失敗したっぽい感じか……な?」

 

 なんて感想を俺は抱いてしまった、それだけこの融合したツチグモ進化系?融合体が歪に見えるからなんだが。

 

 「響鬼、左右から仕掛けてみよう!」

 

 輝鬼さんがそう提案する、勿論俺はその意見に従うつもりだ。

 

 

 「了解っす輝鬼さん!」

 

 輝鬼さんに返事をて直ぐにツチグモ進化系融合体(仮)へと向かい走る。

 それを助走とし俺は直ぐ様ツチグモ進化系融合体(仮)の背の上へ登ろうとジャンプした。

 だがそれは失敗に終わった、何故ならその巨体からはとても想像が出来無い程にツチグモ進化系融合体(仮)の脚の動きが速く、ジャンプした俺はツチグモ進化系融合体(仮)の脚に叩き落とされてしまった。

 

 「ぐはぁっッ!?」

 

 ツチグモ進化系融合体(仮)の脚捌きはまるで鞭を撓らせるかの様に速く振りぬかれ俺の身体を捉えた。

 その結果が今の地へ身体を叩き落されたって状態だ…まさかあんなに速いなんて思っていなかったからな、これはマジで予想外だったわ。

 でもまぁ、きちんと受け身も取れたしさしたるダメージは負ってはいないけどな、だから平気平気!別に強がりなんかじゃ無いんからな。

 

 「タァッ、ハァッ、セィ!響鬼大丈夫かい!?」

 

 音撃棒でツチグモ進化系融合体(仮)の脚を捌きながら輝鬼さんは俺の心配をし声を掛けてくれる、それでもスキを作らずに対処し続けられるんだから、流石だよな。

 

 「はい大丈夫っす!」

 

 俺は返事を返しながら素早く立ち上がる、もう一度ツチグモ進化系融合体(仮)に立ち向かう為に。

 どうでも良いけど、ツチグモ進化系融合体(仮)って呼称は長ったらしくて面倒臭いな、ここはツチグモ融合体と呼ぶ事にしよう…うん。

 

 「つってもただ闇雲にさっきと同じ事やっても、同じ事になるかもだよな。」

 

 なら俺が出来る事は、相手を観る事だな、ツチグモ融合体の動きを観察する。

 現状一つ解ったこ事は取り敢えず一つだな、それは至近距離ならツチグモ融合体は蜘蛛の糸を吐き出せ無いって事だ、現に今ツチグモ融合体の脚元にいる輝鬼さんに対してヤツは糸を吐く事をしていない、いや出来ないのか。

 

 融合する前、ドームを形成する為に糸を吐いた時はその口とお尻の二箇所から吐き出していたのに、一体何故なんだ。

 

 「ハッ、セリャァ!」

 

 俺も今は輝鬼さんと同じ様に、近距離からツチグモ融合体の脚による攻撃を捌きながら観察を続けているんだが、そこに俺は何か違和感の様なモノを感じている………何がだ、俺は何に対して違和感を?

 

 「セイ!ヤア!」

 

 「たぁッ!はぃ!…………!?」

 

 俺は今魔化魍の左側の脚を捌き、輝鬼さんは逆方向の右側、ふと何となくだが感じたそれを確認する為俺は輝鬼さんに声を掛けた。

 

 「輝鬼さん、すいませんけど俺は一旦離れます。」

 

 「響鬼……何か気付いたんだね、解ったよ少しくらいなら大丈夫、問題無いよだから安心して見極めて!」

 

 「はい!」

 

 輝鬼さんの許可も得た、俺はツチグモ融合体の脚を捌きつつ、そのスキを見つけると素早くその場から離脱。

 ツチグモ融合体から十メートル程の距離を離れてその真正面へと立った。

 真正面からツチグモ融合体の状態を観察する、監察してヤツから感じた違和感の原因を探る。

 

 何処だ、俺は何処に違和感を……暫し俺はジッとツチグモ融合体を見つめ、漸く思い至った。

 

 「そうか……そうだよな、輝鬼さん!解りました。」

 

 俺は輝鬼さんに応える、さぁて此処からは此方のターンだぜ。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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