塔より舟へ、聞こえていますか 作:ニューラル・コネクタ
…今はいつで、此処がどこなのかは分かりません。
なので挨拶は省かせて頂きます。
私は、████
このメッセージ音声は二十七段階に分けて暗号化し、ロドス・アイランドの幾つかの端末に届くよう設定してあります。
送信機はデッドマンスイッチで私と直結されています。このメッセージが届いたということは、私は既に死んでいるのでしょう。
恐らくは、チェルノボーグで没している可能性が高いです。
───だからこそこのメッセージが、過去の彼を、ドクター████を知る者に届いていることを祈ります。
私の事は…さほど重要ではないでしょう。
信頼性を求めるなら、『deadman』という名を調べて下さい。
この名前は、確かに登録されていますから。
…私は今のロドス・アイランドの前身にあたる組織に在籍し、その頃から彼の下にいました。
当然、彼が行ったことも、彼が作り出した地獄も
その全てを、私は浅ましい幸運とともに見てきました。
すべての人が、彼をみな平等に怪物というのでしょう。
それは、私も事実だと思います。
彼は正しく怪物であり、魔王のようでした。
彼はどこまでも冷静に、かつ貪欲に勝利を求めていましたから。
私達を平等に駒として扱い、駒として使い切りました。まるでカードを切るかのように。
…彼は怪物です。皆そう言いますし、事実です。
では、───怪物はどのように誕生したのでしょうか?
私達は、その明確な理由と経緯を知りません。
第一、彼は生来の怪物などではありません。
そうであれば、彼は慕われなどしない。
唐突ですが…勝利とは得難く、それでいて甘美です。
彼は卓越とも言える指揮能力で、私達にそれをもたらしてくれました。
いや、もたらしてしまったと言うべきでしょうか。
私達は「次を」と彼に求めました。
何もおかしいことではないと思うでしょうが…
…それこそ、正しく狂気だったのでしょう。
私達は、忘れていました。
私達がやっていたのは“戦争”です。
人が、人が死ぬんです。
人の死は、取り返しがつかない。
その中で、延々と彼に勝利を求めました。
…研究者だった筈の彼に。
皆が彼の優れた力を賛美し、何より期待しました。
「彼なら勝利をもたらすだろう」「最後までやり遂げるだろう」「彼の指揮に間違いはないだろう」と、延々と暗黙の信頼を与え続けていました。
信頼は…時としてかつてない重圧になる。
私達は、そんな些細なことを致命的なほど見落としていました。
私達は何故、ああも残酷だったのか。
またどうして彼も、ああ残酷になれたのか。
…彼は…ドクターは、████は、
決して強い人とは言えないのでしょう。
けれど中途半端に強かった。
ボロボロな中身を「理性」で隠す事は出来ました。
一見冷静に振る舞えては、いました。
…だけど、日に日に壊れた中身は漏れ始めた。
それが、バベルが終わる頃の“彼”なのかもしれません。
内面ではずっと苦しんでいたかもしれない。
自己嫌悪で泣いていたかもしれない。
理性を薬理的に保つのは建前で、
その実、過剰摂取で死のうとしていたのかもしれない。
…結局のところ、それを知るのは当人ばかりではあります。
ただ私にわかるのは…時折ケルシー女史や「彼女」、そして皆にも奇妙なジョークを言ってはおどける、ひょうきんな変わり者が…勝利の都度、少しづつ消えていった事だけです。
頼みがあります。
わたしには、やりきれませんでした。
ですが、ですがあなたなら…出来てあって欲しい。
それをしても、ドクターが戻るとは思えません。
でも、…大事な、大事な事なんだよ。
彼を指揮者の座から遠ざけろ。
ドクターにもう二度と私達の、戦場の指揮を取らせるな。
ドクター本人のためにも、ロドスのためにも。
もう、彼を休ませてあげて欲しい。
彼を…研究者に戻してやって欲しい。
もう、もういいだろう。
また彼を怪物に戻さないでくれ。
また彼に命を奪わせないでくれ。
また彼の心を潰さないでくれ。
また彼を、魔王にしないでくれ。
頼む、…───私の命の恩人を…、先生を…これ以上、殺さないでくれ。
番外編
-
全てが終わった後のドクターの日記
-
全てが終わった後のケルシーの日記
-
全てが終わった後のアーミヤの日記