塔より舟へ、聞こえていますか 作:ニューラル・コネクタ
目が覚めた時、病的に清潔な香りが鼻腔を突いた。
咄嗟に飛び起きようとするも、体がうまく動かない。
仕方なしに、私はゆっくりと状態を起こす。
…どうやら、私が眠るのは数時間だけで済んだらしい。
しかし、時計の針はすっかり深夜を指していた。
軽く驚いている私をよそに、扉の方から不機嫌極まった顔をした女性───当然、ロドス医療系最高責任者、ケルシーが入って来くる。
彼女の後ろには何人かの医療スタッフが戦々恐々といった表情を浮かべて、私のいる病室を覗いている。
「…すいませんでした…」
謝罪も足早に出るというものだ。
そして今回の件に関しては全面的に私が悪い。これは愛想を尽かされただろう、と覚悟を決めておく。
しかし私の予想に反し、彼女は次の言葉を発した。
「3ダース」
私はその数に覚えがある。
「あー、その…」
「言うまでもないが、私たちが君の部屋から押収した理性回復剤の総数だ。今日この日をもって、理性回復剤の仕入れを全面的にストップさせてもらう。
……君は自分の立場とアーミヤの状態を理解しているのか? このままでは本当に死ぬぞ」
「返す言葉もございません…」
カルテをばしばしと叩きながら先生が詰め寄る。
彼女の双眸は絶対零度のように冷たく、私はただ猛省する以外無かった。
…ケルシーに隠れて私を見る医療オペレーター達の目は、皆一様にしてまんまるだ。
彼女はそんな彼らの目に気付いたのか、ゆっくり後ろを振り向くと……医療オペレーター達は蜘蛛の子を散らすように退散した。
気を取り直し、彼女は言う。
「…さらに君の薬品の使用を一切禁じる。今の我々にとって、君は要諦とも言える。死ぬつもりなら全て終わってからにしてくれ」
「……………死ぬ、か」
私は自身の右手を、何度か握り直す。
そして彼女の言葉を反芻する。
…いや、反芻せずともわかる発言内容だった。
役目があるから死ぬな、役目を果たせば自由に死ね。そんな所だろうか? 今の私に自殺願望などないが…〝あの夢〟から帰って来た私からすれば、私の末路など手にあるようにわかる…つもりだ。
「…そうだね、私はいつか死ぬ」
「…何を」
すらり、と言葉が出た。
自分でも驚きつつ、しかし続けた。
フラッシュバックする夢の中の記憶を思い、私へ向けられた多くの〝目〟を思い、側にいる彼女の態度を思い、私は一つの結論へと至っていた。
何より、きっと薄々感づいてはいた。
それが、あの夢を得たことで克明化した。
「───誰かの手ではない。自死でもない。
他ならぬ自分の行いの報いを受けて」
それが答えだった。
私の考え得る、私に相応しい結末だった。
…驚いたのか、珍しく目を剥くケルシーを尻目に私はさらに言葉を続けた。
これは補足であり、誤解を避けるための言葉であり、そして何より私の確信の材料だ。
「記憶が戻ったわけじゃない。けど私だって馬鹿じゃ無い。
だが、自分がどんな存在だったのか、それぐらいは周りから感づける」
アーミヤとケルシー、彼女らは近しい立場ながら私への対応の仕方は対極に位置していた。
前者は献身的とも言える対応で、後者はあくまで〝必要〟の域を出ない対応であった。
最初こそその差異に戸惑いこそしたが…他のオペレーターとの関わりでその理由を察せるようになった。
私へ、復讐の意思を見せる者がいた。
その者の話から、私が彼を陥れた、或いは相当に非人道的な手段を以て叩き潰したことを察するのは容易だ。
…それと同時に、納得したのだ。
過去の自分は恐らく、外道なのだと。
「〝自分の生き方は、自分に返ってくる〟
それは記憶の有無に関係なく降りかかる」
「……───」
…私は、ケルシーの顔を見れなかった。
私へ憎悪を抱いてる顔かもしれないし、どうしようもない奴を見る目をしているのかもしれない。
しかし、私は厚顔無恥なことに…彼女へ厚かましい頼み事をするつもりでいる。
「一つ、頼みたいことがある」
「何を…」
「私が道を踏み外した時、私を殺して欲しい」
ぴしり、と空気が張り詰めた。
「まだ寝ていた方が良さそうだな」
「馬鹿なことを言ってる自覚はある、だが君にしか頼めないし、これはきっと必要なことだ」
「何故そう思った? 意識混濁の影響が抜けきってないと言われた方が納得出来るが」
「……頼むよ、先生」
………我ながら、酷く泣きそうな声だった。
「私はまだ死ねない。だが、私が道を外れた時。それは私が死ななければならない時だ。
…今の私は、今の皆に〝あの眼〟をさせたくない」
ギラギラと黒く燃える、あの眼だ。
私への憎悪を抑え、私へ戦果を期待するあの眼。
私へ報復の感情を抱くオペレーターの眼。
…私は恐らく、あれを産んでしまった。
それはどうしようもない過ちだ。
「…納得はしよう。だが私にその役割を求める理由はなんだ?」
「私が君を信頼しているからだ。それ以外の理由は無い」
…奇妙な話だが、冷たくあしらわれた方が信頼出来る、というパターンがあり、私にとって彼女がそうであった。
記憶を失い、過去を喪失した私に多くの人が良くしてくれていた。
だが、肝心な所は誰もが伏して隠した。
そうともなれば少しの、しかし小さな疑念も生まれる。
その点、彼女は最初からこちらへ〝過去の私〟がどんな存在だったかを十二分に感じさせてくれた。
必要ならば私を消すだろう、その確信が出来る目を向けていた。
「…私は君を信頼していないし、君も私を信頼する必要もない。それは今も変わらない」
「必要がないだけか。
なら、勝手に信頼するのは構わないな。
……怖い顔をしないでくれ。医者を信頼できなくなったら、それこそ終わりだ。
医者としての能力のみを信頼するのは論外だ」
ぎり、と手を強く握り締める音がする。
眼前の医者は、何かに堪えるように自分の手を血が出んばかりに強く固く握りしめていた。
私はそんな彼女を見なかったことにし…最後の一言を告げる。
「何か一つだけに目をやれば─── 私は心を無くす」
夢が、再び来る。
夢の中で見た私と瓜二つの顔と声を持つ彼は、間違いなく私自身であり、彼は勝利にのみ目を奪われた。
恐らく元はたった一人の邁進、たった一人の人間が、何かを履き違え間違えそして道を踏み外し…やがていつしか
人の命を駒として見て、それを顧みない者へと。
「……………………」
私は、医師の言葉を待った。
沈黙は嫌になる程痛かったが、しかし答えを急かせる立場では無い。
正直な話、殴られてもおかしくないし、愛想を尽かされてもおかしくない。
今この場で真におかしいのは私だった。
それでもケルシーは私をどこまでも冷静に見つめ、一つ大きなため息ともに結論を出す。
「わかった、飲もう」
意外だった。
何かを言わんとする私を阻むかのように、彼女はどさりと寝台に腰を下ろし、独り言を呟くかのように言葉をこぼす。
「…〝もしも〟を追い続けるのは疲れた。
……日を追うごとに、傷は痛みを増してくる」
もがくような、声が聞こえた。
…私は、また選択を誤ったのかもしれない。
そもそも彼女は、過去の私が憎かったのか?
それとも、恐れていたのか?
今はもう、答えを知ることなど出来ないだろう。
そう思う私をよそに、ケルシーは眉間を揉みながら私の方へ言葉を放り投げる。
「お互いで細かい区分を決めるぞ、早めに終わらせて身体を治すことに専念しろ」
…彼女は、どこまでいこうとも医者なのだろう。
「…───どうして、こうも違うんだ」
そんな小さな言葉は、聞かないことにした。
◇
後日、ロドスの廊下を二人の男女が歩く。
ドクターは完全に回復したのか、しかし予断を許さないのかその横にケルシーが付き添っていた。
男は歩きながら再び、白衣を纏う。
フェイスガードを被り、バイザーを起動させる。
フードを被り、過度に顔を隠した。
ドクターが再起動した瞬間だ。
「…言っておくが、理性回復剤はしばらく禁止だ。
とは言え、そちらに過剰なほど仕事を回したのはこちら側のミスだ、謝罪する」
「受け取ろう。私も君を恐れ、相談の一つも持ちかけなかったのが悪いところだった」
「…恐れていた? 君が?」
「ああ、正直滅茶苦茶怖かった。理由がわからないのに冷たくされたらひどく傷つく、ひどい時は顔を合わせる日だけでも引き篭もろうか、なんて考えたくらいだ」
「…───」
「どうした?」
「…いや、現状の不満を言えるのだな、と」
「………昔の私は機械か何かか?」
ロドス・アイランドの廊下を二人が歩く。
在りし日の姿、そこに欠落はある。
だけど、新たに出来たものがある。
「では、お互いに復習だ」
「私はケルシーとその腕を信頼する」
「私はドクターを信頼しないが、その能力を信頼する」
「「そして好悪は別とする」」
「そしえ私が道を踏み外せば、君が私を止める」
「しかしその誤ちが〝君〟を繰り返す場合に限る」
ここまで話し、互いに〝それで良い〟と頷いた。
そこにはこれまでと違い、奇妙な距離ではあるが歩み寄りが確かにあった。
聞こえているだろうか。
舟から塔へ、遅くながらも応答する。
怪物は生まれません。まだ安らかなまま。
彼を追い詰めない限り、きっと。
彼が間違えない限り、きっと。
▶︎メッセージを送信しました
▶︎送信件数:1件
▶︎件名:[止めてくれる存在]
▶︎受信者:[過去]
一区切りなのであとがきです。
本作中のケルシー先生とドクターについて諸々語ろうかと。
Untitled worldでも流して読んで♡
先ずはドクターについて。
過去の彼は「バベルの悪霊」とまで呼ばれ、その指揮能力は戦争そのものを操作していると評される程に卓越、いやさ超越していました。
そんな過去の彼ですが周りからは「気味が悪い」だの「殺戮マシーン」だの辛辣な評価を貰っています。エンカクやWからは「記憶戻ったら殺されんじゃねぇのこれ」ってレベルです。マジで何しでかしたアンタ。
ただここからは憶測なのですが、作中の他のオペレーターや、イベントでのテレジア関係から「最初からそうだった」訳ではなさそうなんですよね。
ロドスエリートオペレーターAceは記憶喪失前のドクターを知る人物であり、かつドクターへ友好的な態度を示し、同じくScoutは「ドクターが戦争に感化され、殺戮マシーンになってしまったのならば、結果的にドクターが戦争に加わることを望んだ我々は過ちを犯していたのではないか」とロドスやドクターを憂う内容の手紙を遺しています。
これらから、私の中でドクターの解釈は以下のようになります。
通常ドクター/悪霊と化したドクター
喜怒哀楽の激しい人/そんなものはない
自分の身体への興味が殊更薄く、良くも悪くもオペレーターやスタッフに心を過度に許す/勝利しか見ていない
何だかんだ一人で背負いそうになる/全て一人で背負ったし、誰にも背負わせなかった
ちなみに、本作で彼が体を壊してまで働き、意識を落とした先に邂逅し殺したのは「過去の思考パターンのアバター」をイメージしました。そのため、あの時点で「バベルの悪霊」としての作戦指揮能力は喪失、或いは意識の奥底、二度と目覚めるのが奇跡と言えるほどの所まで沈められた感じ。
ではなぜ「過去の思考パターン」を沈めたのか、それは「scoutさんの言う殺戮マシーン」ではこの先破綻すると、長年の経験からの直感で算出したから〜とかそんな理由
万が一が起こらないように無意識下で「過去の自分」を完膚なきまで封じるために、アバターというわかりやすい「打破すべきもの」まで作り「バベルの悪霊の戦争操作」は「封印」され、新しく「ロドスのドクターの指揮能力」が「更新」された感じ(自動指揮みたいな)
お次、ケルシー先生
公式からの断片情報じゃ何もわからん(真顔)
アビサルも絡んでそうだし本当に何????
いやホント過去にドクターと何があったんですかね? 救出作戦の際の棄権票は納得出来るんですが(石棺の存在、時期、かつ天災とかその他諸々)
ただ何かあったとしたら「テレジア」関係か、バベルの悪霊時代のドクター、或いはその両方じゃないかなぁと。
アーミヤ関係で何かあったとしたらそもそもアーミヤを任せてもらえない感じするし、悪巧み中でおそろのヴィランスマイルする訳ないし…と思うので。
相当年数生きているっぽいし、割と感情がぐちゃぐちゃで感情もヘビーなのでは? と思います。
多分ラストはケルシー先生の章なんだろうなぁと思いつつ。
今作では今回の最後にあるように[止めてくれる存在]として書きました。過去のドクターを知り、信頼しないようにし、信頼を求めず、冷静だからこそ「悪霊」を封じる要石として、最後の防御機構として、再びドクターの横に立ちます。
メッセージを聞いた彼女ですが、
去来したのは「もしも」ばかりでした。
もしもそうしていたら、もっと違う未来が見えていただろうか、ということばかりで、その全ての中に〝彼〟がいました。
今度は「もしも」を願わないように、過ちを繰り返さないようにドクターの側に在ります。例えもうかつての三人になれずとも。
以上ですん。
ちなみにもうちっと話は続くんじゃよ
P.sわしはドクケルすこです。クッソ重たくて複雑で、お互いに信頼が芽生えなくて、でも微かに、しかし本当に心の距離を近づける感じだったり、お互いに呪いを背負わせそうな感じのやつが特に好きです
イメソンは「私とワルツを」と「バッドパラドックス」です
番外編
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全てが終わった後のドクターの日記
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全てが終わった後のケルシーの日記
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全てが終わった後のアーミヤの日記