塔より舟へ、聞こえていますか   作:ニューラル・コネクタ

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終幕
序:罪科と忘却


 …穏やかな眠りの中、懐かしい感覚に沈む。

 

 私は永らく、昏睡の中にいた。

 故にこそか、その微睡みの感覚は身に染み付いていたのだろう。自身が再び、その中へ飛び込んだのだと数秒のうちに理解出来ていた。

 

 不思議なのは、焦りや不安がないこと。

 そして〝必ず戻れる〟ことを実感している。

 だが明確な理由など、そこにはない。

 

 そして、私の視界にオフィスのような一室が映る。

 一面ガラス張りの窓に、モノクロの床、そして重く冷たい質感の壁と天井。

 窓から見た外は、霧に覆われている。

 そして霧の中には、蛇の目にも似た光があった。

 

 …知っている。

  私はこの光景を、ここを知っている。

 

「安心するといい、此処は君の見た光景の再現…否、記憶と言うべきか。ここは〝君を招いた者の領域〟ではない」

 

 不意に、老人のような声を聞いた。

 

「君の記憶に伴い、君の精神変調が起きた。

 それに『白鯨(███・█████)』が感化されただけに過ぎない」

 

 かつり、かつりと靴と床をぶつけつつ、その存在は私の前に姿を表した。

 それは声の通り、老いた人であった。

 私と同じ白衣を纏う、老人であった。

 驚く私をよそに、その老人は言う。

 

「だからこそ、無念(わたし)再起(きみ)の邂逅が叶った」

 

 老人は、一枚の写真を私に手渡す。

 …そこに映るのは13のオペレーター。

 だがその殆どにばつ印が刻まれていた。

 

 途端、私を猛烈な目眩が襲った。

 その様を、老人は嗤って見ている。

 私は、その顔を知っている。今まで何度も見てきた黒い喜び、レユニオンが非感染者を殺し、踏み躙った時に見せた「報復」の達成瞬間。

 目眩に姿勢を崩す私へ、老人は一丁の拳銃を私の頭部へと突き付けた。

 

「君は変わった、変わったとも。

 だがそれでどうなる? エンカク、W、何よりケルシー、そしてその他にも君へ怨讐を向ける存在は確固として存在している。

 君のその変調は結局の所、ただの自己満足であり、何も変わってはいない」

 

 それは、私への明確な糾弾だった。

 老人は、私の過ごした時を象徴していた。

 そして、私達は断絶し、分たれたはずだった。

 

 だが、こうして今邂逅している。

 だからこそ、この老いたる人は、私にこう言い続けるるのだ。

 〝あまりにも無責任ではないか〟と。

 〝何故私は止まり、お前は先へ行くのか〟と。

 

「そもそも、君はどう変わる?

 命を駒とし、それを常套化するのに気にも留めなかったのが演技だとでも? ならどうして、私達はこんなにも違うと言うんだ。

 彼女(████)にしても、そうだ。

 私達は結局誰かに背負わせ、一人で全て台無しにしたじゃないか」

 

 この老人の言葉は、滅茶苦茶だ。

 だが、私にとっては何より効く毒の塊だった。

 私は壊れたのに、私は苦しめたのに、私は過ちを犯したのに、私は過去を忘失し、全てを忘れたという免罪符を掲げ、のうのうと生きている。

 …ああ、簡単な話だ。

 とどのつまり〝私〟は自分にすらその無情さと、冷酷さを奮っていた。

 

「たかが勝利のために皆の心を裏切り、信頼を捨て、情を捨て、そして何が得られた? ここには何も無い。何一つとして残されていない」

 

「私の名は〝報復(エイハブ)

 過去の選択の意味を、永遠に君へ問い続ける」

 

「この先に進んでも、君の罪科は消えない」

 

 老人は、私を憐憫の眼で眺め、せせら笑う。

 そして彼は、こちらへ歩み寄る。

 

 私は、肩を掴まれる。

 爪が食い込まんとする程の力だ。私を意地でもここに繋ぎ止めようとする意思そのものだ。

 事実、情けないことに私の足は今に止まりそうになっていた。意識をこの部屋にとどまらせ、楽になろうと逃げ出そうとしている。

 

「さぁ、ここで明日を終わりにしよう。最初から、私達に方舟へ搭乗する権利などなかった。少なくとも、自らの手で〝彼女〟の血を浴びた時から」

 

 …しかし、だ。

 

「…いいや、私は明日へ行く。この世界の夜明けの為に、ロドスという名の船を漕ぐ。

 道半ば倒れようと、この身を竜骨とし糧となる」

「…邁進する力、それは元々私達に備わっていた。だが、どうだ? それを気の向くままに使い、進むことに躍起になり、結果はご覧の有り様だ」

 

 糾弾ではない、認めさせようと、屈服させようと老人は必死に弁舌を振るう。

 哀れとも言えない。私はまだこの老人に勝利したとは到底言えず、私と彼の戦いは始まってすらいなかったからだ。

 

「私の…私達の周りに誰がいる? 既に記憶はない、残ったのは罪科と喪った痛みと、消えない報復の念のみだ。もう私達のそばに誰も居ない、君は永遠に一人、罪を償うことしか出来ない。

 勝利を運ぶ? 良いだろう、だがそれでは結局、君は封じたはずの過去に食われるだろうがね」

 

 確かに、そうだ。確かに私達は記憶という時間を喪い、それ故に孤独となったとも捉えられる。だがしかし、そうではない。そうではないのだ。

 過去の罪科を繰り返さない為に、私の隣に立ってくれる人がもういるはずだ。

 例えそれが私の願いから構築された独りよがりだとしても、彼女は私を止めてくれると、私と共に並び立ってくれると頷いた。

 信頼によるものではない。

 だがそれが何だと言う。そうであったとしても、そもそも私は孤独ではない。

 

「───それは実質誰もいないに等しいのではないか? あくまで契約の範疇であり、君自身のそばに寄り添う者ではないのではないか?」

「それ、は」

 

 だが、そうだ。

 私はこの時この瞬間、眼前の老人の言葉を少しでも正しいんじゃないのかと、受け入れてしまった。

 そうと決まれば、早かった。

 

 私の意識を激痛と倦怠が襲う。

 痛みに苛まれながらも、私は目を閉じようとしていた。

 私は過去に埋もれ、そのまま目を閉じようとしてしまっている。あまりにも無責任だと、頭の中で理解しながらも、来たる意識の暗闇に抗えなかった。

 

 不意に部屋の扉から、コンコンとノックの音がする。

 ノックの後には、ひどく不機嫌な声が響いた。

 

 〝───随分と奇妙な夢だな、此処は〟

 

 …あり得ない、現象ではあるはずだ。

 そもそも、私の夢でしかないはずだ。

 だがもし、もしも私の夢が共有されていたのだとしたら───なんとも酷い話ではないだろうか。

 

 〝…誤解がない様に言っておくべきだった。

  私は過去の君と、今の君を同一視していない。でなければ、私はとっくに君へ報復を行なっている。

 だが私はそうしなかった、私には約束があるからだ〟

 

 約束? と上擦った声で私は問うた。

 

 〝その約束は、今は未だ話す時ではない。

 だが思い出せ、そして振り返れドクター。

 最初に君の手を握ったのは誰で、君と約束したのは誰なのか、そしてその者達には、何人の人がついて来たのか。

 そして君自身、これまでどれ程の道のりを歩き、どれほど多くの人々が君の指揮を信じたのかを

 私を、私達を裏切らないでくれ〟

 

 …そう、そうだ。その通りだ。

 私は、私だけはそれを忘れてはならなかった。

 罪を犯した私を、引っ張り出してくれたのは誰だ? 私の能力を買い、頼ってくれたのは誰だ? …アーミヤ、それこそロドス・アイランドの皆だ。

 そう、今の私には彼等がいる。

 例え最後に嘲笑われ、殺されようが、今この時だけであろうが、彼等は確かに私のそばに立ってくれているのだ。

 

「…ああ、いるさ、いたんだよ、ここに。

 此処にある余りにも多くのもの、その全てが私にとって『信頼出来る仲間』だ。

 それは彼女だって、例外じゃない」

「………私は貴女をもっと賢いと思っていたよ、ケルシー女史。どうやら私の買い被りだったようだ」

〝私も彼も、君の無為な心中に付き合うつもりない。

 ───過去と今が衝突するならば、私は今に肩入れすると決めている〟

「…そうか」

 

 ならば、と言いながら老人が指を鳴らす。

 すると、部屋の中へケルシーの姿が現れた。

 

「…私の夢ならそれで良いんだがな」

「…どうやら二人して同じ夢を見たようだ」

「そう、二人の知見は正しい。君達は塔の頃より『此処(ロドスの骨)』を知っている。だからこそ、今回の共鳴が起こったのだ」

 

 ぶわり、と老人の背後に複数の兵士が現出する。

 しかし、私達の背後にも見知った顔のオペレーターが現れていた。

 

「この夢から出たいのだろうが、しかし私はそれを許可しない。どうしても、と言うならば。後悔と挫折に満ちるであろう明日の夜明けが見たいなら、君達は私を葬らねばならない」

 

 此処から出たくば、私を殺せ。

 実にシンプルなルールが提示される。

 互いの指揮能力がぶつかり合う時が来たのだ。

 怯えは、無い。後悔も無い。だが決意はあった。

 

「……私は、私を否定し続ける。

 お前は自らを〝報復(エイハブ)〟と名乗った。

 なら私も名乗らねばならない」

 

 かつり、かつりと私は靴と床をぶつける。

 そうして老人の前に立つ。

 私は、私達の持つ本来の名を告げた。

 

「私はDr.〝最後に残る者(イシュメール)

 過去の清算も終えず、消えることを良しとしない。私は私の意思で過去と相対し、私の意思でケジメをつける。

 お前に道案内される筋合いはない」

 

 それが明確な宣戦となった。

 〝報復(エイハブ)〟は両手を広げ、私達を嘲笑う。

 

「最早〝私達〟は分かっていない。自分がどこに向かうべきかを。 いまさら前に進めば良くなると思うのか?

  いいや、違う。明日も〝私達〟を待ってるのは後悔だ。

 愚かな悪霊にはお似合いの末路なのだよ」

 

 舞台が部屋から戦場へと入れ替わった。

 それはおそらく私の知る最近の記憶の再現であり、彼が指揮する兵の多くも私の知る軍勢であった。

 …その全ては、きっと私の記憶以上に強固かつ凶悪な存在となるだろう。

 

 だが、私のそばに現れた皆の姿も、それと同じのはずだ。

 これらは私の記憶の持つ彼等との信頼の証であり、譲ることのできなかった記憶。

 その全てが、私の知る彼等に等しい力を持つはずだ。

 ならば勝機は必ず存在する。

 

「───Mon3tr」

 

 ケルシーの脊椎より、竜を模したモノが現れる。

 それは万人の想像を遥かに越すほど強力な存在だ。

 

「…何をしている、早急に指示をくれ。

 私は君に期待しているんだ、此処で二人仲良く共倒れなど、私は御免だぞ」

「…それは私も同じだよ」

 

 私は一歩前に出て、戦場と敵の動きを俯瞰する。

 深呼吸を一回、鼓動と心を整える。

 そして、私は声と意地を張った、

 

「───状況を開始する!」

 

 それが、私と過去の殺し合いの始まりだった。

 




███・████…逆さにするとマッコウクジラの骨格に見える…見えない? 本作のドクターの名前はそこから引っ張ってイシュメールです

番外編

  • 全てが終わった後のドクターの日記
  • 全てが終わった後のケルシーの日記
  • 全てが終わった後のアーミヤの日記
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