塔より舟へ、聞こえていますか   作:ニューラル・コネクタ

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破:悪矛盾

 現れた戦地は、廃墟に塗れた残骸の都市だった。

報復(エイハブ)〟の指揮通りに動く敵兵は、皆一様にして一人の男へと、ただ最期に残る者へ殺意を向け続け、死してなおその双眸は憎しみにとらわれていた。

 

 それらは、生を羨む生きた屍の群勢だ。

 その憎悪は、あくまで生者に向けられたもの。皮肉なことではある。確かに彼らは記憶領域より溢れ出た存在であろうと、一度死に落ちればこうなる。

〝報復〟の対象などどうでも良くなる。

 ただ〝生きる命〟へ嫉妬し、お前も同じようになれと、そう嘯き引き摺り込もうとする。

 

 Dr.イシュメールは、それらを見て〝私と同じ(結局は私)〟だと思い知った。

 己より分たれた〝過去〟の側面たるエイハブは、失った時間と自らと同じ停滞者を求めた。

 記憶を喪い生まれた〝現在〟そのものであるイシュメールは、真実と贖罪、そして役割の遂行を求めた。

 

 自分が止まったのだから、お前も止まれ。

 記憶の有無に関係なく、責任を果たす。

 二人の対立軸はそこにあった。

 

 過去を求めるか、未来に手を伸ばすか。

 結局は〝自身との戦い(新たな戦術の更新)〟だ。

 この戦役に勝利を収めるための要因は単純明快。

 それは「オペレーターを大事にすること」

 効率よく切り捨て、切るべきカードを切る。確かにそれも立派な戦術の一つではある。

 だがそれではいずれ限界に到達する。そしてイシュメールは既にその答えに辿り着き、袂を分かった。

 故にこそ、今彼が相対するのは未練がましい亡霊に過ぎない、そう捉えても良い。

 

 今こそ己を否定する戦いの始まりだ。

 今度こそ過去に対し言ってやるべきだ。

「〝私達〟は過去の後悔に耽るのではなく、過去を握りしめ未来を作るのだ」と。

 

「先鋒オペレーターは固まって相互連携を。狙撃オペレーターは飛行ユニットを優先的に狙撃しつつ支援射撃。

 前衛と医療オペレーター到着まで僅か…時間は稼げる、あとはどう配置するか…」

 

 軍勢が、来た。

 まるで火砕流のように、何もかもを飲み込もうとなだれ込んできた。ほとんどが歩兵的存在ではあるが、中には術師や武装戦闘員のような存在が紛れ込んでいる。

 

 ドクターことイシュメールは先ず最低限の迎撃体制を整え、医療オペレーターを配置し、そこから陣営を広げていく。相互連携の体制を整えようとしていた。

 だがあまりにも敵の動きが早い。こちらの事情を一切顧みず、半ば奇襲にも等しい形で襲いかかって来る。

 だがそれは、ドクターにとっては予測済みだった。

 

「ドクター、伏せろ」

「…ああ、予想通りだ」

 

 砲撃が、降る。指揮官への直接的な攻撃など、さして珍しい話ではない。だが余りにもあからさまだった。

 憎悪そのものを叩きつける、ともすれば子供が取るような振る舞いとも言えるその攻撃。ドクターは痕跡を眺めつつ、また居場所を変えた。

 ケルシーは先行して、行先の安全を確認。問題がなければサインを出し、ドクターもまた歩みを続ける。

 記憶の構成体とも言える未だ出撃していないオペレーター達も、彼の背に追随した。

 

「……まぁ、私を優先的に殺しにくるだろうな。私を殺せばそれで勝てるんだから」

「つまり君の土俵だということだ。狙われながらの指揮は慣れているだろう?」

「おかげさまでね。前衛は突撃。狙撃、術師オペレーター総員は前衛の道を開け。先鋒は退却、そちらに向かった重装オペレーターと交代、私達と合流を。

 ───〝報復(エイハブ)〟を討ち取りに行く」

 

 ケルシーと軽口を交わしながらも指揮は滞り無く進む。

 イシュメールの思考に、陰りはなかった。淡々と、しかし焦らず慎重に自身の盤面を固める。

 

「…段々読めて来たよ。

 やはりエイハブは、私以外眼中に無い。どこまでも私を止めに来る。潜伏タイプの敵数がやたらと多い。

 だが余りにも杜撰だ、兵が来たルートを辿れば…奴がどの辺りを移動しているか絞れる」

 

 ばさり、と一枚の紙が広がる。市街に張り付いていたぼろぼろなポスターの裏紙だ。

 そこには、インクがわりに灰を用いた市街地図が簡易的に記されていた。

 

「……まさか移動中にそれを書いたのか?」

「〝ここ〟じゃPRTSの支援も受けられない。なら自分でやるしか無い。大雑把なのは我慢してくれ、要地は抑えてある」

「その判断力を普段から発揮して欲しいものだが」

「なら老眼鏡の支給を頼む」

「………」

「い゛っ゛だぁ゛!? 普通今蹴る!?」

 

 どうやら歳の話は彼女にとって禁句だったらしい。軽い冗談のつもりだったのだが、と思いつつすねをさすりながら、ドクターは地図を指でなぞる。

 それは潜伏型が使ったルートだ。その全ての開始点は、注目すると均等な距離が置かれており、その移動する点にドクターは注意を向けていた。

 

 おそらく、エイハブも移動しながらこちらを狙っている。可能であれば挟み撃ちの形にしたいのだろうが、そのための壁とも言える奴等は絶賛足止めを食らっている。

 だがそれはイシュメールにとっても同じことだった。

 

「……うん、いい機会だ」

 

 ガシ、とイシュメールはフェイスガードを掴む。

 バイザーを切り、フードを外す。

 顔は未だ影でよく見えないが、素顔がそこにある。

 

「…何をするつもりなんだ?」

 

 古くから、第三者とは顔がない観測者だ。

 ドクター、指揮官は常に戦場でもロドスでもそう在り続けた。必要な時を除き顔を隠し、ただ皆を眺め続け時に必要な指示を出すだけだった。

 だが足りない、それでは過去に届かない。

 

「アナログは時にデジタルより強しってね」

 

 にやり、と悪童のように男は笑った。

 

 

  ───

 

報復(エイハブ)〟とは何者か、それを語る時において、オルターエゴという言葉の解説は外せない。

 オルター・エゴとは、別人格、異なる自我の事を指し、また哲学においては他者の持つ自我という意味で使われる。

 

 意図的か、それとも予想外の事態か、どちらにせよ記憶を失ったことで、ドクターことイシュメールは新たな顔とも言える「新たな自我」を手に入れた。

 感情の起伏が大きい愉快な指揮官。それこそが今のドクターに他ならなかった。

 

 では喪失した記憶と、それを伴った人格は何処へ行くのか? 脳から完全に消えたわけではない。心因性の記憶喪失の患者の中には、記憶の復帰が起こるケースも存在している。

 ドクターの記憶喪失が心因性か、それとも異なる要因かはともかく、失われたものは、ドクター自身の奥底に吹き溜まっていた。

 それが噴出した存在こそ、エイハブ本人だ。

 

 彼の願望を一言で表すならば。

 〝自分は進めなかったからお前も止まれ〟だ。

 後悔と共に駒を切り捨て続けても、仲間を駒と割り切っても、結局心を壊し機械と化しても、それでもなお彼は先に進めなかったドクターそのもの。

 だからこそ、彼は何処までもイシュメールに執着した。

 機会に恵まれ、責任を果たせる彼自身に。

 

「…煙幕か」

 

 彼と、彼の率いる者達は暗澹な煙の中にいた。

 エイハブが手を挙げると、一斉にサーマルゴーグルを装備し、一斉に周囲へと散開する。

 エイハブ自身も、ゴーグルをつけ、拳銃を右手に握った。

 

「小癪な策に頼るかね? 些か想定が甘いのではないか?」

 

 動く温度の影が、見えていた。

 人型のそれは、緩やかに移動を続けている。

 バレていないと思っているのか、と老人は嘲笑し、率いられた者達へと「殺せ」と支持を下した。

 そこからはあっという間だった。

 弓が飛ぶ、弾丸が飛ぶ、アーツが飛ぶ。

 あたり一体が吹き飛び、煙がさらに吹く。

 常人であれば即死、それはドクター自身も例外ではない。

 

 だが、かちゃり、と音がした。

 煙の中から吹き飛んだ、フェイスガードが転がった。

 そこには血がベッタリと付着しており、所々が歪んでおり、バイザーは見事なまでに砕け散っている。

 

「…?」

 

 だが、エイハブは訝しんだ。

 猛烈な違和感が彼を襲い、それが彼の思考に空白を作った。

 それこそが明確な敗因だったのだ。

 

「Mon3tr、照射!」

「先鋒、Mon3trと共に突撃!」

「───…! しまった…!」

 

 煙の中から、竜を模した化け物と、僅かなオペレーターが猛威を振るう。

 完全な不意打ちだった。

 抵抗する間も与えらないままエイハブの率いていた兵が鎮圧され、老人も瞬く間に拘束される。

 呆気に取られた老人の視界には、煙が晴れゆく景色が見えていた。そこには腕から血を流すイシュメールと、Mon3trを脊椎に戻すケルシーの姿があった。

 

「……なるほど、結局、耄碌した老人は終わるしかないということか」

「老人? 姿こそそうなのだろうが、それでもお前は私だろう?」

「はっ、お前は私などではないよ」

 

 その発言でケルシーが目を剥いた。

 

「その腕の血でわかった。君は私などではない。

 君は私がしない選択を、考えもしないことをした、だからこそ何度でも言おう。

 過去(わたし)は、現在(きみ)ではない」

「…どうやら私は過去にすら嫌われたようだ、しかし器は一緒だ。責任から逃げる理由にはならないだろうさ」

 

 悲しげな目をしながら、イシュメールは自嘲する。

 

「…最後に一つ聞かせてもらおう

  ───〝テレジア〟を覚えているか?」

 

 ケルシーは、殺気で色濃く染めた目を向ける。

 老人は微塵も臆さず、しかし嘲笑う素振りもなく、真摯な双眸でケルシー眺めながら、本当に平坦な声色でこう言い放った。

 

「それを私に求めても意味が無い。

 君の怨讐との折り合いは、それこそ隣の彼へ求めるべきだ。

 どうあれ、記憶は必ず甦る」

「…そうか」

 

 カチャリ、とケルシーが老人へ銃を向ける。

 引き金を引くだけで、この奇妙な夢は終わる。

 この記憶が残るどうかは、定かではないが。

 しかし、不意にケルシーの手から銃が引き剥がされる。そうして、勝手に引き金が引かれた。

 

「…君がやることじゃない」

 

 銃を咄嗟に奪い、老人へ放ったのはドクター以外にいなかった。

 

「…自分の不始末は自分でつける、か?」

「………そうかもな」

 

 そうして、夢が終わった。

 

 

 

 

番外編

  • 全てが終わった後のドクターの日記
  • 全てが終わった後のケルシーの日記
  • 全てが終わった後のアーミヤの日記
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