「よもや、よもやだ」
横を見るが溝口少年はいない、真菰と一緒にいた夜去もいない。
鬼の血気術にかかり眠ってしまうなど柱として不甲斐ない、穴があったら入りたいくらいだ。
眠っている間に不思議な夢を見た、それはどこか懐かしく暖かくて哀しい夢。
二人の少年と稽古をする夢だった、一人は弟の千寿郎、もう一人は誰かわからなかった。
今どれほど思い出そうとしてもその少女のような少年にだけ靄がかかっている。
それでも一つだけわかる、あの子は俺にとって千寿郎と同じくらい大切な存在だということだ。
三人で稽古をする幸せな日々がずっと続くと思っていた、でも次に見たのは弟たちが涙を流している姿。
隣でどれほど声をかけても届いていないようだった、俺は二人を置いて遠くへ逝ってしまったんだと悟った。
何も出来ずに、寄り添い涙する二人を見ていると一生消えないとさえ言った心の炎が消えかけた。
「千寿郎、二人で強くなろう
約束しよう、杏寿郎さんのように弱き人、助けを求めている人を助けれるぐらい強くなるって」
聞き覚えのある声で親方様と同じように心に響く声だったことは今でも覚えている。
久しぶりに涙が流れた柱なのに情けなく号泣していたんだ、最後に俺が泣いたのは母を失った日だった。
「うん、約束するよ
兄のように強くなる」
俺は二人の憧れの存在になれたんだ、道標になれたんだと思うと自分がほんの少しだけ誇らしかった。
母に胸を張って頑張れましたと言えるような気がした、そして消えかけていた心に今まで以上に熱く強い炎が灯ったんだ。
二人に触れることは出来ないが何度も頭を撫で抱きしめた。
そして俺の想いであり願いを二人に贈った、俺の言葉が届いていたかはわからない。
「心を燃やせ
歯を食いしばって前を向け
後ろを向きたくなっても俺が背中を押すだから、安心して前を見て進み続けろ」
例え伝えなくとも俺の自慢の二人の弟であり継子は自分の歩むべき道を力強く進んでいくはずだ。
それでも二人が心配だった俺はしばらく側で見守ることにした。
でもその必要はなかった、何故なら俺がいなくとも千寿郎ともう一人の少年は手を取り合い共に稽古をしていたからだ。
何度も折れ絶望していた、でも諦めなかった自分の弱さを受け入れそれに抗おうとしていた。
涙を流していた日は数え切れない、でも俺のようになろうと言い努力するふたりを見ると目頭が熱くなっていた。
二人のそんな姿が自分のことのように誇らしかった、誰が何と言おうと俺の自慢の継子であり大切な弟だ。
「杏寿郎さん」
夢の中で俺の名前を呼んでいた少年と似た声が後ろから聞こえる。
「僕では乗客の皆さん全員を守れません
これは杏寿郎さんにしか成し得ないことです」
夢の中で千寿郎と共にいた少年は…いや、そんなはずない。
夜去は俺たち柱より遥かに強い、それなのに俺たちを憧れの眼差しで見ていることをずっと不思議に思っていた。
俺にしか成し得ないか…不思議と勇気が湧いてくる。
母が言ったくれたように人々を助けたい、二人の弟の憧れの存在であるためにも俺は自分の責務を果たす。
「ありがとう夜去
俺に勇気をくれて
後方五両は必ず守る、真菰と夜去は前方を頼む」
真菰もすぐに目を覚ますだろう、必ず守り抜いてくれると仲間を俺は信じている。
────
目が覚めた時は列車の中が肉肉しくなり、鬼の匂いで満たされていた。
隣にいた夜去の姿がない、辺りを見渡してもどこにもいない。
私が探しに行かないと、何処にいても絶対に探しだす。
一人にはさせないと決めた、ずっと隣にいると約束をした。
「真菰さん」
振り向けば私の探していた人、相棒であり人生でただ一人の想い人が立っていた。
心臓の音を聞くために夜去のか弱い胸に飛び込んだ、心音が私に大丈夫ですと訴えかけている。
「心配した」
「僕は大丈夫です
笑顔で蝶屋敷に戻らないといけません、自分の足で必ず戻ります」
夜去は私の背中を優しく撫でてくれた、とても安心するずっと抱きしめていたい。
少しの時間で変わった気がする、細い腕からは何か強い意志が感じとれる。
「恥ずかしいです…そろそろいいですか?」
顔を見ればいつものように頬を紅く染めている、何も変わってなどいなかった。
それにしてもまた綺麗になった気がする、どんな夢を見たのか気になるな…
「今は離してあげる
でも任務が終わったらまた抱きしめさせてね」
何も言わずにただ首を縦に振る夜去は珍しく素直で、いつも以上に愛おしかった。
「僕と真菰さんは前方にいる乗客の皆さんを守ります
行きましょう」
夜去は私の手を取り走り出した、この手が私は大好きなんだと改めて思った。
乗客を守りながら夜去に起きていることを聞いた。
列車が鬼になっているとは信じ難いけど、この内装の変わりようを見れば信じざるを得ない。
炭治郎君と伊之助君が鬼の首を探し、煉獄さんは後方五両にいる乗客を一人で守っている。
そのお蔭で私たちは鬼の攻撃から容易に乗客を守ることができていた。
夜去は見ると何かに備えているように思えた、それに遥か先を見ているように思える。
しばらくすると凄まじい断末魔と共に列車が傾き始めた、鬼の首を斬れたことが私たちにも伝わってきた。
そして横転するまでは一瞬の出来事だった。
砂埃がすごく夜去が見つけられない、名前を呼んでも返事が返ってこない。
一度落ち着き耳を澄ますと夜去の話し声が聞こえてきた。
「泣かないでください
足に少し木片が刺さっただけです、僕は全然大丈夫ですよ?」
「私は自分が幸せになるために、貴方を夢の中で殺そうとしたんですよ
他の乗客を守るのでさえ精一杯だったのに、なぜ私のことまで庇ってくれたんですか…」
「明日を生きたいと、もう一度戦ってみようと思うと言ってくれました
その言葉が本当に嬉しかったんです」
「それに僕は貴方たちの幸せを願ってます、このくらいさせてください」
助けられた女の子は涙を流し夜去に抱きついていた、少し長くないかと思ったけど今回だけは許そうと思う。
誰だろうと関係ない助けを求めている人が助ける、私の愛した人は馬鹿がつくほどお人好しで優しい。
「それに大切な人と約束したんです…」
「貴方たちならきっと大丈夫です
僕はそろそろ行きますね」
夜去に助けられた人全員が心配して此処にいて言っている、いつもなら何を言われても歩みを止めない、でも今の夜去はこの場から動けなかった。
怪我をしている人たちが心配で置いていけないからだ。
「そんなに血が出てる足でどこに行こうとしてるの!?」
「真菰さん…
行かないと、救いたい人がいるんです……」
この人たちのようにいかないでと私も言いたい、体を押さえつけてでも引き止めたい。
夜去を押さえようと思えば私の細い体でも可能だろう、でも今の私は相棒として送り出してあげたいという気持ちが勝っている。
「必ず私の隣に帰ってきて
それが約束できるなら怪我した足を出して!」
慌てたように怪我をした足を出す夜去の姿が可笑しくて場違いなのはわかっているけど笑ってしまった。
刺さった木片を抜き、いつも手放さずに持っているお母さんから貰った形見の手拭いを足に巻いた。
お母さん私のこの世で一番大切な人を守ってください、何度も夜去の無事と私の想いを大切な手拭いに込めた。
「大切なものですよね…
ごめんなさい」
「うん
夜去と同じくらい大切で大好きな人から貰ったものなの
私もたくさん願いを込めた、きっと夜去を守ってくれる」
「ありがとうございます
本当に僕は真菰さんに支えてもらってばかりですね、隣にいてくれないと何もかもダメです」
太陽のようのような笑顔を私だけに見せて言ってくれた、この笑顔を見て心奪われない人などいない夜去は本当にずるい。
私だけがこの笑顔を知っていると思うと嬉しさが込み上げた、それと同時に溢れそうになった涙を必死に堪えた。
「そうだよ!
泣き虫な夜去を支えて、受け止められるのなんて私だけだからね
大切にしないとダメだよ?私が夜去を旦那さんとして迎えてあげよっか?」
「真菰さんの言う通りです…
ずっとずっと前から貴方は僕にとっての大切な人です、それはこれから先も変わりません」
その言葉が嬉しく両の手で火照る顔を隠した、今はまだ見せてあげない。
こんな言葉を何も気が付かずに言ってくる、嫌になるくらい鈍感な人。
「もっといい人が真菰さんにはいます
僕はやめておいてください」
そんな風に言わないで私には夜去しかいないんだから。
いくら突き放してもダメだから、この夢だけは誰に何を言われようとも絶対に諦めない。
「絶対に諦めないよ?
覚悟しててね」
「行ってらっしゃい夜去」
弱々しい背中を力一杯押したと同時に堪えていた涙が溢れ出してくる、地面に雨のようにぼたぼたと落ちている。
夜去は何歩か歩いた所で立ち止まり後ろを振り向こうとした。
「後ろを見ることは絶対に許さない
前だけを見なさい明月夜去」
誰よりも優しいから、涙を流している私を見れば胸を締め付けられるような思いをする。
自分の選択を後悔してしまうかもしれない、私は夜去に自分の思いのままに進んで欲しい。
私が受け止め支えるから、何度挫けても手を差し伸べる。
夜去の歩んだ道を落ちた血が示している。
本当は声が出るほど痛いんだよね、どれだけ一緒にいたと思ってるの。
でもそれを我慢してでも守りたい人がいるんでしょ、私は背中を押す選択肢以外選べないよ。
夜去の歩いたところだけ明るく見える、暗く寒い夜を照らす一筋の光のように思えた。
この光を消せる者は絶対にいない、朝までこの光は続いているような気がする。
夜去の名前に込められた想いがわかった。
地を揺らすほどの衝撃と共に風に乗って血の匂いが漂ってくる。
夜去の向かった方からだ、今は無事を祈ること信じることしかできない。
私にできることをしよう、怪我をしている乗客の手当てと避難を行うんだ。
生きて夜去
私の最愛の人
日常回を少し書いてもいいですか?三人との日常もあります
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イーオ
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ヨロシクナイ