「ただいま…」
目が覚め隣を見ると、カナヲ姉さんが僕の腕を握ってくれていた。
眠っている横顔からは疲労を感じる、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
声を聞きたい、話したいことが沢山あるが起こすことはできない。
負担をかけてしまう、寝ている時間だけでもゆっくりと休んで欲しい。
この部屋は重症の人が運ばれる場所だが、隣に置かれているベッドの上は綺麗な状態のまま保たれていた。
静かだった鼓動は速くなり、冷や汗が出てくる。
全てが夢だったのかもしれない、嫌な考えが何度も脳裏をよぎる。
まだ本調子ではない体をそっと起こし、握ってくれていた手をゆっくりと離す。
華奢な背中に毛布をかけ、出来るだけ音を鳴らさないように部屋を後にした。
内臓が完治していない状態で走ったせいか、呼吸が少し苦しい。
他の病室を探し終えると、不思議と訓練場の方へと足が動いていた。
近づくにつれて、竹刀と竹刀の当たる音がどんどん大きくなっていく。
履物を履くのも、呼吸が苦しいのも忘れ訓練所の中が見える下窓の元へ走った。
「煉獄さん
悔しいです…」
目の前に靄がかかっている、拭っても視界は晴れない。
頬を強くつねると痛みが襲う、この痛みが現実だと証明してくれる。
「俺も同じだ…
だがどれだけ泣き言を言っても時間は止まってくれない
前を向き、生きていくしかない」
三人が向ける眼差しは昔と何も変わっていない、憧れの炎を見る瞳は星のように輝いている。
継子にしてもらいたかった、共に戦いたかったと話してくれた時の悲しそうま顔は今でも忘れられない。
「助けられるように強くなろう
心配しなくていい、俺が必ず導く」
成長を見届け、また共に戦いたかったと思う。
今度こそ杏寿朗さんのようになりたいと、成長していく姿を見届けてあげてください。
「煉獄さん…
よろしくお願いします」
鮮明に焼きついた憧れの炎が、記憶の中だけでなく手の届く所で導いてくれる。
何も心配することはない、強く逞しい人たちだと知っているから。
傷の心配はあったが、四人が共に稽古する姿から目を離せなくなっていた。
邪魔しないためにも声はかけない、いや外からこの光景を見られるだけで僕は本当に幸せなんだ。
────
手の中にあった温もりがなく、急いで目を開けるが離さないように握っていた腕はない。
少し肌寒いかと思い掛けた毛布は私の背中に掛けられている。
真菰さんが傷だらけの夜去を担いで帰ってきた時は頭の中が真っ白になり、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
私は側にいることしかできない、目を覚ました時寂しくないように声をかけてあげたかった。
それすらもできなかった自分に苛立ちを感じる。
「何処なの夜去…」
思い当たるところは探したが姿はない、先程までの苛立ちが不安へと変わり恐怖へと変わり始める。
私にとって夜去を失うということは、何よりも恐ろしい。
訓練場に近くで庭にある足跡に見つけ、無事を願いながら足跡を辿る。
最近は炭治郎たちが炎柱様と稽古をしていた、安静にしないといけない四人は姉さんによく怒られている。
でも今はカナエ姉さんも、しのぶ姉さんも外に出ていていないので思う存分稽古に励んでいると思う。
足跡の終わりに、蝶屋敷の入院着を着た最愛の弟の姿が見えた。
両足を抱え込むように座り、訓練場の中を覗き涙を流しながらも笑っていた。
その表情を見れるだけで、私は幸せだ。
「夜去」
名前を呼ぶと慌てるように振り向くと、しばらく両手で顔を覆い下を向いた。
隣に座り一緒に訓練場の中を覗く、少し私からしたら見慣れた光景だが夜去には違って見えるのかな。
我慢しなくてもいいのに、声を押し殺して泣く夜去を強く抱きしめた。
「カナヲ姉さん
杏寿郎さんいますよね…」
「うん
夜去が守ったんだよ
炎柱様の未来、家族の笑顔、そして炭治郎たちの心も」
皆を守るために、一人で朝まで戦い続けていたことを聞いた時は胸が苦しかった。
二度と一人で戦わせたくない、夜去が傷つくのに私は耐えられない。
「よかったです…」
頭を撫でていると、落ち着いたのか体を預け眠ってしまった。
まだ安静にしていないといけない、早く病室へ運びゆっくり休ませよう。
黙っていなくならないでと、次に目を覚ました時に怒らないといけない。
どれだけ心配したか、私にとって夜去がどれほど大切な存在かわかって欲しい。
何よりも先に言わないといけない、言葉を忘れてしまっていた。
「おかえり夜去」
────
「しのぶさん
杏寿朗さんたちはどうですか…?」
やれやれとため息が溢れる、自分が一番重症なのにも関わらずいつも四人の容態を聞いてくる。
安静は必要だが四人の怪我は治っている、でも夜去は内臓まで傷ついていたこともあり今も満足に動けない。
そして前のように呼吸を何度も使えない体になった、このことは心配をかけたくないという夜去の願いで誰にも話していない。
「四人とも元気、少し大人しくしてほしいくらい
それに比べて夜去は…」
四人が元気だと聞き嬉しそうに笑う、もっと自分のことを心配してほしい。
屈託なく笑う、愛らしい姿を見ると私も強く言えなくなる。
でもカナヲから黙っていなくなったことを聞き、一度は私と姉さんで怒っている。
私たちの言葉は届いていると思う、なので今日は何も言わないであげよう。
「元気です」
少し頬を膨らませ、拗ねたように言う姿は可愛く、可笑しい。
張り詰めていた心が和むのを感じる。
「だから
会いに行きたいです…
元気になり、心の準備をして会いたいからと四人を拒んでいた。
それも全て相手を想ってのことで、夜去の優しさだと知っている。
「今日じゃなくても
明日も明後日もあるから…」
病室の前に来ても中に入ろうとしない、私の後ろに隠れ中を覗いている。
手は冷たく震えているいるのに、首を横に何度も振り私の提案を断った。
外から見守るつもりだったが、今の夜去を一人では行かせられないと感じた。
「私も診察があるから
一緒に行ってもいい?」
申し訳なさそうな顔をするので、額を痛くないように優しく叩いた。
弱いところを見せてほしい、私は夜去の強いところばかり見たくない。
────
「また稽古に行くんですか?」
「胡蝶か…
うむ、そのつもりだ!」
もっと強くならないといけない、今の自分では隣に立ち戦うことさえできなかった。
いつもより声色が明るい、気のせいだろうか。
「もう少し待ってあげてください」
困ったように笑い言った、珍しく背筋の凍る笑顔ではないことに驚きを隠せない。
帰ろうとする見舞いに来てくれた千寿郎を呼び止め、言われた通り待つことにした。
「体は…もう……大丈夫ですか?」
胡蝶の背後から弱々しい声が聞こえる、誰かがいる気配は感じなかった。
声を聞いただけで涙が出そうになる、お館様と同じで胸が温かくなる声。
「すっかり元気だ」
未だ体中に包帯が巻かれている、自分が一番酷い怪我なのに俺たちの心配をしている。
嬉しそうに笑う姿は、太陽に照らされ神々しいまである。
眩しく目元に手を持って行くまで自分が涙していることには気が付かなかった。
「夜去
……本当にすまなかった」
結果として誰も死んではいない、それでも上弦の鬼と戦うべきなのは柱である俺だった。
希望の若い芽を摘ませないためにも、柱として前に立たないといけなかった。
「謝らないでください」
傷だらけの姿を見て、申し訳なさと後悔が波のように押し寄せてくる。
謝罪の言葉しか浮かんでこなかった。
「僕のお願いを、一つ聞いてください
それで全部なしです」
「胡蝶…
本当にあんなことでよかったのだろうか…」
俺が自分を責めないように、言ってくれたことだと知っている。
何もできない自分に落ち込む、最愛の弟の心さえも夜去は照らした。
友達になってくれませんか?
三人で一緒に稽古がしたいです
「幸せそうな、あの笑顔が答えだと思いますよ」
両腕で目元を覆う、夜去がここにいなくて幸いだ。
こんな自分の情けない姿を見てほしくない、どんな時も格好いい姿だけを見ていてほしい。
「お人好しすぎますよね…」
夜去の話をする時、いつも顔を紅潮させる。
色恋に疎い自分でもわかる。
「胡蝶も惹かれてるんだな」
「なにを……
はい…どうしようもなく…」
いつもの冷静さが嘘のような慌てぶりだ。
もやもやとした気持ちはあるが、素直に応援したいと思った。
後ろに倒れ込み天井を見上げる。
自分が死んでいたらと考えると体の震えが止まらない。
幼い弟にどんな思いをさせていただろう、息子に先に旅立たれる父の気持ちはどれほどのものか。
「稽古にいかないと」
成長を見届けたい後輩ができた、もう一度父とわかり合いたい、何より夜去と千寿郎の笑顔をこの先も見守りたい。
今は生きたいと、死にたくないと強く感じる。
だからと言って自分の信念を曲げ逃げるつもりはない、俺には母との大切な約束があるから。
「あまり無理はしないでくださいね」
守る存在でありたい、いつの日か夜去をこの手で救いたい。
瞳を閉じると、優しい母の姿が浮かんだ。
美しく、強く、心優しい母は誰かを連想させる。
「そういうことか…」
だから心奪われ、惹かれてしまうんだな。
天にいる母に新たな約束を誓い、竈門少年たちが待つ訓練場へと急いだ。
────
任務を終えて、数日ぶりに蝶屋敷に戻った。
藤の家で休むことなく家路を急いだが、すっかり真夜中だ。
顔を見たかった、任務の間も夜去が気がかりで仕方なかった。
蝶屋敷に中へ入ろうとした時、ふと見上げると屋根の上で満月に照らされる人影が見えた。
「こんな姿で会えないよ…」
高鳴る胸を手で押さえ、身だしなみを整えるため浴室へと急いだ。
こんな私でも、夜去には綺麗な姿を見てほしい。
「夜去」
驚き屋根の上から転げ落ちそうになるから、私まで慌てて隣に駆けつけた。
「カナエさん…
おかえりなさい」
隣に腰を下ろし自分の鼓動の大きさに気がつく。
夜風に当たり肌寒いはずなのに顔と体は驚くほど熱い。
「ただいま
私がいない間も大人しくしてた?」
涙を浮かべながらも、幸せそうに今日の出来事を聞かせてくれた。
夜去をこんな風に笑顔にできる人が心から羨ましい。
「カナエさんと初めて話した日も満月でした」
「そうだったね…
何かあった?私に聞かせて」
「隠し事はできませんね」
下を向いたまま、震える自分の手を抑えている。
例え私に話せなくても、少し嫌だけど他の誰かには相談して欲しい。
一人で抱え悩み、苦しむことが一番いけないことだから。
「あの人はきっと多くの人を殺し、喰べています
それでも僕は救いたい、長い長い暗闇から解放してあげたい
これは鬼殺隊の一員として、持ってはいけない感情ですよね」
悲しそうに話す夜去の姿は、夢の話をした日の自分のようだった。
私以外の人に相談できるはずがない、誰かには相談してほしいと思っていた先程の自分を恨んだ。
鬼のために苦しみ悩み涙を流せる人、私の愛しい人は強くどこまでも優しい。
「多くの人から間違ってると言われ、軽蔑されるかもしれない
でも途方に暮れている人を救いたいという夜去の想い
私は間違ってるって絶対に思わない」
ぼろぼろと涙する夜去を胸に抱き寄せた。
他の人には理解できない想い、受け止め支えてあげられるのは自分だけなんだ。
例え鬼殺隊士の皆を敵に回しても、私だけはずっと味方。
「僕に救えるでしょうか…」
「大丈夫、大丈夫だよ」
誰にも話せず溜め込んでいたと思うと心が痛む。
今日だけ夜去の姉でありたい、絶対に離れない一人にさせない。
「一緒に歩いていこ」
鬼を救いたい、鬼と仲良くなりたい、似た夢を持った二人。
同じ道を歩めることが嬉しい、夜去が心折れそうになった時は私が支えるんだ。
鬼殺隊士が鬼を救うという奇跡を、私はずっとずっと信じる。
「ありがとうございます」
やっぱり私は夜去が狂おしいほど好きで、心から惹かれている。
全てが終わる日までこの先も想いを隠せていられるだろうか。
まずは今日を姉として姉として乗り越えよう。
日常回を少し書いてもいいですか?三人との日常もあります
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イーオ
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ヨロシクナイ