第8話
それから、数日の時が流れた。
拓海は、手に入れたストレイジによる魔法の特訓を兼ねて、海鳴市やその周辺で起きる犯罪と戦っていた。
凶器を持っている者も少なくなかったが、いずれもバリアジャケットやラウンドブロッカーを貫通には至らず、よき練習相手となった。
運良く他の転生者が介入してくる事もなく、拓海は少しずつ実戦経験を積み重ねていった。
だが。
「………Cランク?」
『はい、Cランクでございます』
リリカルなのは世界の魔導師には、大体の強さに合わせてSS、S+、S、S-、AAA+、AAA、AA+、AA、A+、A、B+、B、C+、C、D、E、Fのランクが存在する。
たとえば、「A´s」で明らかになった時点では、「なのは」と「フェイト」がAAA。
当然、SSに近づくにつれて強力かつ強大な魔導師であるが、
拓海のランクは、その中でのCランク。
リリカルなのは内で例えると、「StrikerS」の「キャロ」と同じランクだ。
………「無印」の時点で(描写的に)一番弱く見られている「ユーノ」ですらAランクである事を考えると、その弱さが解るだろう。
ストレイジが神様から聞いた話では、転生者の多くは、劇中で最強クラスであるなのは以上の力を持っている。
その中で、Cランクでやっていけるかと思うと………。
「結構、強くなったと思ったんだけどなぁ………」
『エースへの道はリリカル遠いでございますな』
「いや、別にエースになりたい訳じゃないんだけどね」
とはいえ、流石の海鳴も常に犯罪が起きている訳ではない。
訓練量を増やしたくても、相手である犯罪者の数は限られてくる。
とはいえ他の転生者や、現時点の地球での魔導師であるなのは達を相手に戦う訳にはいかない。
どうしたものか。
そんな事をストレイジと話ながら、通学路を歩いていると。
「拓海おはよーッ!」
「あっ、セント!」
後ろから走ってきたセントに声をかけられた。
その隣には、アリサの姿もある。
「聞いたか?昨日また出たらしいぜ、謎のヒーロー!」
セントのみならず拓海の周りでは、この所海鳴を犯罪から守っているという、謎のヒーローの話題で持ちきりだ。
「昨日は銀行強盗を捕まえたんだって!」
「素顔を隠し、町の平和の為に戦う正義の味方!あこがれちゃうなァ~!」
いくらエリートのお嬢様お坊っちゃま学校に通ってるとしても、アリサもセントも小学生。
やはり、謎のヒーローには憧れるものである。
「そ、そうだね………あはは」
けれども、拓海はそんなに乗れていない。
当然だ。
その謎のヒーローは、拓海なのだから。
魔法の特訓であるという理由は置いておいて、素顔を隠して犯罪者を相手に戦う拓海は、何も知らない市民達からはヒーローとして見られていた。
日本的な価値観からすれば違和感を感じるだろうが、アメコミのヒーローは犯罪者やテロリストを相手にする事が多く、あれに似た感覚だと言えば分かりやすいか。
確かに、ヒーロー願望が完全に無いと言えば嘘になる。
が、拓海は別にヒーローになるつもりはない。
そもそも魔法の特訓を始めたのも、自分の身を守る為だ。
けれども、ヒーローとして尊敬されるのは、嫌な気分ではない。
自然と、笑みが溢れてしまう。
そこに
「朝から能天気だな?雑種」
そんな楽しい朝に冷や水をぶっかける声が飛んで来る。
見れば校門の前でこちらを睨んでいる男子が一人。
鎌瀬だ。
あれから、鎌瀬が再度襲撃してくるような事は無かった。
が、自分の攻撃を受けて死ななかった事を不愉快に思っているらしく、事ある事に、拓海にネチネチと絡んでくるようになった。
「そのヒーロー気取りもそうだ、犯罪者を生かしておいて、そいつがまた誰かを傷つけたらどうするんだろうか?」
何故自分の攻撃を受けて死ななかったかと問い詰められた拓海は、咄嗟に件の謎のヒーロー………鎌瀬は拓海が変身してる姿という事には気づいていない………に助けて貰ったと返した。
その為か、鎌瀬は謎のヒーローに対しても悪く言うようになった。
間接的に自分を悪く言われてるような物なので、拓海も少し凹んでしまう。
「その犯人は警察に突き出してるだろうが、何の問題がある」
そんな鎌瀬に、セントが拓海を庇うように睨みを効かせる。
「………行こうぜ」
「う、うん」
今だにこちらを睨んでくる鎌瀬を無視し、セントとアリサ、拓海は学校へと向かう。
『(………何だか嫌そうな人でございますね)』
「(ああ、そして………あいつも転生者だ)」
ストレイジから見ても失礼に見えた為か、念話で愚痴る。
「………雑種共が」
スタスタと進む拓海達を、鎌瀬は憎たらしそうに睨んでいた。
今日は拓海の苦手な英語の授業があった。
今世を含めて39年生きた拓海であるが、英語は前世の頃から苦手。
とはいえ、テストに出る為に無視も出来ず、拓海は必死に取り組んだ。
そして、お昼休みの屋上にて。
「………それじゃ、もう一度シミュレートするわよ」
「おう」
「うん」
アリサを中心に、セント、拓海、そして今日は珍しくなのはとすずかが集まり、何やら会議をしていた。
アリサもそうだが、すずかもなのはも近くで見ると可愛らしい。
前まではあまり注目していなかった拓海だが、改めて、美少女アニメで主役を張れるだけの逸材だなと感心していた。
「いい、よく聞きなさいよセント」
「お、おうっ」
が、今回は彼女達は関係ない。
今回の会議は、セントの為の物だ。
セントも、気合いを入れて聞いている。
「シミュレートって………プレゼント渡すだけだよね?」
「何言ってんのよなのは!!」
その時、なのはが不意に溢した一言に、アリサが思わず立ち上がる。
「セントの一世一代の告白なのよ?!そんな適当でいいわけないじゃない!!」
「ご、ごめん………」
アリサの気迫に若干引きつつも、きちんと謝るなのは。
なるほど、「リリカルなのは」の主人公なだけはあり、素直でいい子だ。
………だが、その年頃の女の子としては異常な恋愛感情への鈍感さは、どうにかするべきではないだろうか。
「リリカルなのは」の客層を考えると、そうも行かないだろうが。
この後の事をただ一人知っている拓海は、頭の中で呟くのであった。
この屋上会議の理由。
それは、なんとセントに好きな女の子ができたという事だ。
確かに、セントは聖祥大というお嬢様お坊っちゃま学校に通ってはいるものの、メンタル的には一般的な小学生男子だ。
色語彙沙汰よりも、自分が出るサッカーの試合や、アニメや漫画、ゲームの話題に夢中な、そんなホビー少年である。
そのセントから「好きな子が出来た」と聞かされた時は、アリサも拓海も何かの冗談かと思った。
だが、セントの態度や真剣さから、それが嘘ではない事は一目瞭然であった。
そもそもセントは冗談は言っても、嘘を つくような人間ではない。
協力を申し出たのは勿論アリサ。
原作者が「恋愛のドロドロが嫌だ」という事から恋愛沙汰は避けられるリリカルなのはだが、
彼女は年相応に色語彙沙汰への興味はあるようである。
「じゃあ、まず私を相手だと思ってプレゼントを渡す練習!」
「おうっ!」
緊張しているのか、セントもさっきから「おう!」としか言ってない。
アリサとセントは立ち上がり、対峙する。
まるで、荒野の決闘がごとき空気が流れる中、ゴクリと息を飲んで見守るなのは、すずか、拓海、そしてブレスレットのストレイジ。
『(………これ、告白の練習でございますよね?やけに緊張感があります)』
「(それだけ真剣なんだよ)」
そんな、念話による拓海とストレイジのやり取りの後、セントは。
「………ごめん、アリサが相手だと全ッッ然緊張できねぇ」
「それどういう意味よォ?!?!」
セントが根をあげ、アリサが怒り、なのはとすずかと拓海はズッコケた。
告白の練習は昼休みが終わるまで続いたが、最後までグダグダっぷりは続いたとさ。
告白は今週の土曜日。
こんなんで果たして上手くいくのだろうか………。