仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW   作:度近亭心恋

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Part4.5

 その時計は、彼女の背丈に対して随分と高い場所にあった。

 

「困りましたね」

 

 虹ヶ咲学園普通科一年、三船栞子は思案顔でそれを見上げた。

 

 時計の高さは彼女の頭より1メートルは上にある。手を伸ばしても全く届かず、爪先立ちをして頑張っても時計の尻に指すら届かない。

 届いて指で押し上げたとして、フックになっている釘から外れて彼女の頭に落ちてくるのがオチだが。

 

 人がほとんどいない夏休みの中登校しての仕事故、周りにサポートを頼むのもすぐには難しそうだ。

 脚立を取ってくるしかないかと、彼女が踵を返したその時だった。

 

「その時計、下ろしたいの?」

 

 見たことのない青年が、栞子の眼前に立っていた。

 

 教師ではない。見ない顔だし、何より若すぎる。

 さりとて服装はいたってラフで、何かしらの仕事でここに来たようにも見受けられない。

 髪も茶がかっていて、ビジネス・シーンにはそぐわないだろうと感じていた。

 

「ええ、そうですが」

 

 さりとて訝しがるのも失礼だろうと、栞子は淡々と返答する。

 

「任せて!」

 

 青年は快活に笑うと時計の方まで歩み寄り、手を伸ばしていとも容易くカコッ、と時計を壁から外した。

 

「はい」

 

 青年はそれを栞子に渡す。……時計一つ渡すだけのことだというのに、随分とまあ良い笑顔だ。

 

「……ありがとうございます」

 

 栞子は軽く礼をし、困惑しながらもそれを受け取った。

 時計は電池が切れているのか、止まっていた。それを直す必要があると、彼女はこれを取る必要があったのだ。

 

「良かった! いやぁ、通りがかったら困ってたみたいだったからさ」

「ご親切に、どうも……。学校関係者の方ですか?」

「関係者というか、なんというか……。スクールアイドル同好会って知ってる?」

 

 スクールアイドル。

 

 その単語を耳にした瞬間、栞子は一瞬ぴくりと反応するが、

 

「……ええ、まあ。校内でのイベントをとても頑張っていらっしゃいましたね、みなさん」

「らしいよね! スクールアイドルフェスティバルか~~、俺も見たかったな~~……!」

 

 らしい、ということはあのスクールアイドルフェスティバルの後から同好会に関わったのだろうか。そんなことを栞子がぼんやりと推察していた時、

 

「みんなの夢が詰まったイベントってことでしょ!? そんなの絶対最高だもんな!」

「……夢が、ですか?」

 

 青年の言葉に、栞子は思うところあるような表情で彼を見た後、

 

「そうでしょうか」

 

 少しばかり物憂げな様子でうつむいた。

 

「夢を見ることが、必ずしも良いこととは限らないのでは」

 

 栞子の言葉に青年は一瞬きょとんとするが、

 

「……そう思う?」

 

 今までの快活な様子から、少しばかり強張った様子で尋ねる。

 

「ええ。夢を見たからといって、必ずしもうまくいくとは限りません。叶うかはわからない……。適性が無かった場合、不幸にしかならないんです」

 

 栞子の胸中には、ひとつの想い出が去来していた。

 

 

「私達三年生は、今日でスクールアイドルを引退します」

「ラブライブ、本選出場は……かなわなかっ、けど……ヒッ」

 

「……おねえちゃん」

 

 彼女の姉、三船薫子はかつてスクールアイドルだった。

 

 薫子は夢を抱き、仲間と切磋琢磨しあい、目標に向けて頑張っていた。

 しかしながら、彼女の三年間の活動の幕切れはなんとも形容しがたい結果で終わった。

 競い合った末の栄光を掴むことは、叶わなかった。

 当時はまだ幼かった栞子も、姉のそんな打ちひしがれた様子は普段が精力的かつ奔放だったからこそ、強く印象に残っていた。

 あの日から栞子は、ずっと疑問に持ち、答えを出せずにいるのだ。

 

 

 夢を見るという、誰にでも出来るはずのことの答えを。

 

 

 流石にそれを言葉にして、見ず知らずの青年に言うのは憚られた。だが青年は、

 

「まあ、そういう気持ちになることもあるんじゃない……かな」

 

 否定も肯定もせず、ただその感情を反芻することで受け止めていた。

 

「すいません。見ず知らずの方に」

「いやいや気にしないでって。俺の方こそ、なんだか」

 

 互いに相手の信条に踏み入りすぎたかと、謝りあってしまう。お互い、根本的に人が良いところがあるのだ。

 

「こう、さ」

「はい」

「夢を見る時というか、その夢に向けて頑張ってる時って……夢に向かって、『飛んでる』って感じなんだよ」

 

 急に例え話を始める青年に、栞子は軽く首をかしげる。

 

「夢に向かって飛んで、そこからながく、なが~~~~く飛び続けるためには、やっぱりながい、なが~~~~い助走がいるっていうかさ」

「はあ」

「だから、今はその為の助走ってことで」

「はあ……?」

 

 この青年はわかっているのだろうか、と思った。

 そもそも適性が無いのに夢を見ることの問題を自分は話したのに、この青年は夢を見ることを前提として話をしている。

 

 だが……ある意味で、羨ましい。

 夢を見ることを、疑いなく素晴らしいと思えるというのは。

 

「夢への助走(ジョソー)に必要なのは……心の栄養、情操(ジョーソー)教育だぁ~~! はい! アルトじゃ~~~~……ないと!!」

「は?」

 

 思わず低い声が出た。

 

 意味がわからない。そこでふざける意味がわからない。

 青年も流石にスベった自覚があるのか、じとっとした目の栞子を相手に気まずそうな表情になった。

 

「あ、いや……とにかく! 夢を見たくなったらさ、いつでも見ていいと俺は思うよ!」

「いえ、ですから……私は夢とか、そういうのは。私は皆さんの適性にあったサポートができれば、それで」

「それが本当に、やりたいこと?」

「……!」

 

 虚を突かれた。

 夢。

 やりたいこと。

 本当にやりたいこと、それは……

 

「……ええ、それがやりたいことです」

「そっか」

 

 本当の気持ちは、やはり出すべきではない。この想いは、胸にしまっていく。

 それでいい。それで、いいんだ。

 

「時計の件はありがとうございました。それでは、これで」

 

 栞子は頭を下げると、青年の前から去っていった。

 

「なんか、な」

 

 青年────飛電或人は、名も知らぬ少女の気を張って無理をした姿に、思うものがあった。

 もっと肩の力を抜いて、やりたいことをやってみればいいのにと。彼女には本当にやりたいことがあるのは、何となくわかるだけに。

 

「まあ、俺のこーゆーとこが『夢夢夢夢うるさい』って言われるんだろうなあ」

 

 余計なおせっかい、押しつけがましさ。それでも、つい言わずにはいられない。

 心からの笑顔を、見せてほしいから。

 苦笑しつつ、或人は同好会の部室へと足を運んでいった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の夏休みライブへの準備は、順調に進んでいた。ライブまであと四日。その間に、異世界からやってきた仮面ライダー御一行様と同好会は、随分と親睦を深めていた。

 

 刃と果林、エマ。

 不破と愛、璃奈。

 天津とかすみ。

 迅と彼方。

 滅とせつ菜、しずく。

 或人とイズと、侑と歩夢。

 

 仕事の割り振りの関係もあるが、この組み合わせはなんというのだろう、相性がいい。自然と会話が続き、理解を深めていった。

 さりとてこの組み合わせだけで行動しているわけではなく、

 

「助かった」

「いえ、同好会の皆さんにもよろしく伝えてください」

 

 学内の人間とも、少なからず関りがあった。

 

「学内設備使用の承認申請はこれで全部だったな」

 

 滅は生徒会副会長に確認をとる。

 

「ええ。申請は随分前に出してもらってますが、ハンコのやり取りだけ必要でしたので」

「不便なものだな」

 

 人間は、とその後にうっかり付け加えそうになり、滅は口をつぐんだ。ヒューマギアがいない世界というのを忘れそうになるほどに、この世界に馴染みかけているなとも同時に思う。

 

「それにしても!」

「?」

「同好会のお手伝いってことは、せつ菜ちゃんと一緒なんですよね!? いいなあ~~!!」

「……ああ、そうだな」

 

 事務的な今までの態度から随分と急に素を見せたなと、滅は困惑する。

 

「中川会長もせつ菜ちゃんのファンらしいんですよ! 今度は是非会長と一緒に会わせていただければと」

「……! ああ」

「それでは、お疲れ様です!」

 

 副会長に挨拶をされた後で、滅は自分の中に湧いた感情を自問する。

 

 あの副会長は、せつ菜のファンでありながら「中川会長」が「優木せつ菜」だとは気づいていないのだ。

 

 彼女が鈍いのか、はたまたせつ菜の隠し方が上手いのか。その両方なのかもしれない、とも。

 

 兎にも角にも、それは滅が踏み込むことではない。

 せつ菜はこの事実を秘密にしたがっているし、副会長に事実を伝えてもすぐには信じないだろう。それは彼女らの問題だ。時間が経てば、解決することもあるだろう。

 ただまあ、あれだけのはしゃぎ方を見せた副会長が、実は一番近くにいた生徒会長が「優木せつ菜」だと知った暁には、相当に良いリアクションを見せてくれるだろう、と考え、滅は……

 

 ふっ、と笑った。

 

 彼は知る由もない。その感情が────

 

 

 “おかしみ”だということを。

 

 

☆ ☆ ☆

 

「ちょっと待て不破! ビッグマックが5つしか入っていないぞ!」

「ああ? お前と俺と社長とエマと高咲、5つで十分だろうが」

「『ブレードランナー』みたいな返しをするな! ビッグマックは最低3つからだろうが……!」

「お前のやべえ食欲は勘定に入れてねえよ……」

 

 不破と刃は、昼食買い出しを担当しマクドナルドから学園に戻る途中だった。

 夏場の昼食といえば、冷たい麺類かあえての肉でスタミナと相場が決まっている。

 昨日は流しそうめん同好会に便乗してお相伴に預かった形のため、今日はスタミナをつけようと満場一致で決まったのだ。

 盛夏のことで14人分のハンバーガーを持って歩くだけでも、汗が噴き出す。おまけに不破はこの状況でもスーツの為猶更だ。とにかく部室へと彼らが急いでいた時、

 

「ちょっと」

「ああ?」

「学園の関係者?」

 

 金髪の少女が、不破に声をかけた。

 

「関係者といえば関係者だが……。一時的にだが」

 

 刃が少女の言葉への返答を引き取る。

 

「ちょうどよかった。食堂への行き方、わかるかな」

「それなら……」

 

 刃は行き慣れた食堂への道を少女へと教えてやる。少女はありがとう、と返した後、一瞬不破が持っているマクドナルドの袋に目をやった。

 

「McDonald's……」

「なんだオイ、やらねえぞ」

「いらないよ、ボクは飢えた犬じゃないから。Statesのサイズに比べたらコッチのは全然だし」

 

「飢えた犬はむしろ不破だな」

「何だとコラ」

「それにしてもさあ」

 

 少女は廊下の窓から、外を見渡す。

 

「寂しいところだね」

「今は夏休み中だからな。学期が明ければ、夢を持った生徒で溢れたいいところ……らしいぞ」

「らしい、って」

「ああ、いや」

「夢かあ」

 

 少女は刃の言葉を反芻した後、宙を仰ぐ。

 

「夢なんて、見てもしょーがなくない?」

「そう思うか?」

「なりたい、やりたい、やらなきゃ、とかそういう気持ちってさ、自分をいつか押し潰すよ。それでもやらなきゃってなるなら、他の道を探すとか、こう」

「……何かあったのか?」

 

 刃に問われ、少女ははっとなる。つい相手のペースに乗って、余計なことまで喋ったと頭を振る。

 

「どうしたんだよ」

 

 不破が問う。

 

「なんでもない!」

 

 少女の整った顔立ちに、険がこもる。

 

「君の過去に何があったかは知らない。興味もない」

 

 刃は淡々と返す。

 

「ただな。過去は乗り越えられるし、そこを自分の糧にして、もっと強い自分になれる」

「きれいごとだね」

「そうだな。けど、そういうのも悪くない。これは人生の先輩からの老婆心と思って聞いていてくれ」

 

 そこで、

 

「いいか!」

 

 不破がずいと割って入った。

 

「俺みたいに、過去が丸ごと無くなった人間だって世の中にはいる」

「……はあ?」

「そうじゃないなら、自分の中にあるモンから新しい自分を作っていけばいい! そんだけだ」

 

「……日本人ってさ、皆そんなにおせっかいなワケ?」

「こいつが人一倍のおせっかいなのは、そうだな」

 

 刃は苦笑しながら不破の肩を叩く。

 

「ただまあ、私もだが」

 

 苦笑したまま、刃は少女を見据えた。

 

「ところで、君こそ今日はどうしてここに」

「次の学期から留学。下見にわざわざ連れてこられただけで結構疲れてるのに、連れ(・・)とはぐれちゃってさ」

「そうか」

「ありがとう」

 

 色々とぶっきらぼうな少女ではあったが、最後の礼ぐらいはきちんと言える良識は持ち合わせていた。頭を下げると、背を向けて食堂の方へと向かっていく。

 

「君、名前は?」

「ミア。ミア・テイラー」

「ミア!」

 

 刃は、

 

「この学園は、きっと良いところだと思うぞ!」

 

 自分でもガラにも無いと思いながらも、そう声をかけずにはいられなかった。

 若さゆえに荒唐無稽、愚直。

 しかしそれゆえに、純粋で真っ直ぐな夢。

 そんな感情が溢れているこの学園は、きっと彼女の助けになるだろうと、そんな気がしたのだ。

 

「……どうも」

 

 ミアは淡々と返すと、踵を返し去っていく。

 

「少しでも、良いことがあるといいがな」

「ああ。ところで刃」

「何だ」

 

 

「お前らさっき、何の話してたんだ?」

 

 

「……はあ?」

「お前ら二人で、()()()()()()なんか言ってただろ」

 

 そう。

 先程まで、不破を除いてこの場では英語で会話が繰り広げられていた。

 そして不破には、その内容が理解できていなかったのだ。

 

「いやお前、過去がどうこうとか途中で……!」

「言ってることはわかんねーけど、落ち込んでるみたいだったから活入れてやっただけだ」

 

 それでいてあの偶然の一致かと、刃は驚いたような呆れたような表情で不破を見る。

 

「そんな語学力でよくA.I.M.S.の隊長が務まったな」

「ンだとお?」

「まあ、彼女もお前の言葉の意味は理解していたみたいだぞ」

「そうか」

 

「おせっかい、だとさ」

「上等だ。おせっかいでも何でも、言わないよりマシだろうが」

 

 まあお前はそういう奴だよなと、刃は苦笑しながらマクドナルドの袋を振った。

 

「早く行くぞ。ビッグマックが待ってる」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「お疲れ様です。えっと……」

「迅だよ」

 

 よろしく、と迅は頭を下げる。

 

 近江遥は、この夏場に随分とまあ洒落こんだスーツを着ているなと目の前の長身の青年を見上げる形で考えていた。

 暑くないのだろうか、とも。

 

「これ、東雲学園からの差し入れです。皆さん頑張っているみたいなので」

「ありがとう」

 

 遥からアイスが詰められた袋を受け取ると、迅は軽く微笑んだ。

 

「お姉ちゃん、また無理してないですか?」

 

 遥にとってはそれが気がかりだった。彼方はどうにも一人で頑張りすぎるきらいがある。

 以前の一件以降家事を分担したりとお互いに改善してはいるが、それでも背負い込みすぎやしないかと懸念したくもなるというものだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 迅は淡々と、しかしある種の信頼を込めてそう返す。

 

「大切な人がいるから無理はしない。それはわかってるって」

「そう、ですか?」

「うん」

 

 遥には、目の前の青年がどういう人物なのか知る由もない。同好会の準備を手伝ってくれている大人のうちの一人としか聞かされていない。

 

 だが。

 だが、それでも。

 この青年は、彼方のことを多少なりともわかっており、また、わかろうとしてくれているのだとその笑みが感じさせてくれるのだ。

 

「それじゃあ」

 

 遥は小さく礼をし、迅に笑みを見せると去っていった。

 

「……あの子が、遥ちゃん」

 

 迅はその背中を見送りながら、彼女に託された彼方の気持ちへと想いを馳せていた。

 

 あの小さな背中に、彼方の大きな想いが乗せられている。そして、彼女自身の抱く夢も。

 誰かが誰かを想う心。

 彼方と話してヒューマギアの自分が滅に抱くそれを、そして人間の彼方が遥に抱くそれを。

 その相手である彼女を目の当たりに出来たのは、迅にとって得難い体験だと思った。

 

「人間とヒューマギアの境目、か」

 

 かつて飛電或人は言った。

 

 

「俺は道具だなんて思ってない……!」

「思ってるだろ!! 夢のマシンだって言いながら、お前はヒューマギアを壊し続けてきた!」

「俺は……! ヒューマギアだろうと人間だろうと、関係なく戦ってきた!」

 

「俺にとって、ヒューマギアと人間の境目なんて無い」

 

「嘘つくな……!」

「嘘じゃない! 俺は……ヒューマギアに育てられたからな」

 

 

 人間とヒューマギア、まったく同じとは言い切れない。そんなことはありえない。だが、一つだけ同じだと信じられるものは────

 

 

 心だ。

 

 

 誰かを想い、誰かに想われる。

 それだけはきっと変わらないと信じられると、迅はこの出会いで確信していた。

 

「あ、やばい! アイス溶ける!!」

 

 まあ僕は食べられないけどね、と再び人間とヒューマギアの違いに苦悩しながら、迅は笑って同好会の部室に走っていった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「〽せかーいでいちばーん、ワンダーランド……」

 

 天津垓は白いジャージ姿で、誰もいない廊下でひとり、台車を転がしていた。

 ステージの準備用の荷物を載せて、講堂へと運び込んだ帰りだった。

 作業は順調。思わずゴキゲンでかすみの曲を口ずさんでしまうほどには。

 

「昼はマクドナルドだったな」

 

 流石に45歳ともなると、あれはキツいのだ。刃の健啖っぷりなどは傍から見ていて脂のキツさを想像してウップとなってくる。

 

 その点、昨日の昼食はなかなかに楽しかった。流しそうめん同好会のお相伴に預かり、「流しそうめんの妖精」として歓待されながらの昼食。

 

 さっぱりしていて爽快なのどごし。

 流しそうめん同好会が独自に作った、旨味のバランスのとてもよいツユ。

 香りの良いネギ、ミョウガといった薬味。

 思い出すだけであの旨味が口の中に広がってくる。

 

「まあ、チキンクリスプが楽しみと言えば楽しみだが」

 

 それはそれとして、きっと同好会の面々と囲むマクドナルドも楽しいだろうと、彼は歩を進めた。

 その時だった。

 

「ミアったら、どこに行ったのかしら?」

 

 廊下でひとり、少女がきょろきょろと周りを見回していた。高校生ぐらいだが、学校の生徒だろうか。

 だが、夏休みに学校に来たにしては随分と……何というのだろう。

 

 “オーラがある”。

 

 化粧品のパッケージのような品のある薄桃の髪は美容院で整えたばかりのようにバッシリと纏まっていたし、しっかりとメイクもしている。学校に何かしに来る恰好ではない。

 私を見て、と言わんがばかりのアピールが力強い。

 

「君」

 

 天津は思わず声をかけていた。

 

「なあに?」

「どうかしたのかな」

「ちょっと連れと学園を見に来たんだけど、はぐれちゃったのよ」

 

「そうか、待ち合わせ場所などは」

「決めてないわ」

「困ったな」

「困ったのよ」

「誰かに連絡するしかないか……」

「ところで」

「うん?」

 

 ここで天津は、少女が自分を怪訝な顔で見つめていることに気づいた。

 

「あなた、学校の関係者?」

 

 冷静に考えればそうだ。

 

 女子高の廊下でバシッと白いジャージで決めた男が一人で台車を転がしていれば、そうもなるだろう。

 教員や事務職員にしては髪のセットが決まりすぎているし、香水の匂いまでするとなれば猶更だ。

 

「ああ」

「本当に?」

「私のこの澄んだ目を見たまえ、これが信用できない人間の目か?」

「濁ってるわ。黄色い」

 

 そう言われ、天津は閉口し彼女を見た。

 

「スクールアイドル同好会の、手伝いをさせてもらっている者でね」

「スクールアイドル同好会!?」

 

 少女は歓喜と驚きの混じった声で、大仰に反応する。

 

「あ、ああ」

「本当に!? きゃあっ! ラッキーだわ! 同好会に縁がある人と会えるなんて!」

 

 随分な喜びようだと天津は思った。

 

「君もスクールアイドルか?」

「私? ええ、まあ……スクールアイドルといえば、そうね」

「ほう」

「正確には、これから、ね」

「これから?」

「新学期に留学して、この学園で鮮烈なデビューを飾るの! ランジュの凄さを、皆に見せてあげるわ!」

 

 そう語る少女────ランジュと言ったか────の声は弾んでいて、これからの活動を心待ちにしているといった様子だ。

 まるでサンタクロースが来るのを楽しみに待つ、子供のように。

 

「なら、同好会の部室に案内しよう。今ならちょうど全員揃うはずだ」

 

 えっ、とランジュは歓喜の表情で天津を見るが、その後すぐに考えこみ……

 

「……いいわ。今日はやめておく」

 

 それを拒否した。

 

「なぜだ?」

「今日はまだ下見に来ただけだし。どうせならしっかりと手続きして、ランジュのパフォーマンスも見せてあげられる状態で会いたいじゃない?」

「なるほど」

「楽しみだわ……!」

「やはり、同好会に入部を?」

 

 天津は至極当然とばかりに聞くが、ランジュの答えは、

 

「どうかしらね」

 

 意外なものだった。

 

「なぜだ? そこまで言うからには同好会に入るものと思ったが」

「まだわからないわよ。同好会の皆は大好きよ? でも……」

 

 そこでランジュは、目を伏せる。

 何か、思い出したくない暗いなにかが浮かんできたかのように。

 

「考えが合うとは、限らないから。仲良くできるかもわからない」

 

 そう吐き出した彼女の表情は、先程までとの自信満々さと打って変わって物憂げだった。

 

「考えが合わなければ、仲良くなってはいけないのか?」

「……はあ?」

 

 天津の意外な一言に、今度はランジュが驚く番だ。

 

「そんなことは些細なことだ」

「些細な……そんなわけないでしょ!?」

「確かに、考えが合わないことはあるかもしれない。それで今、仲良くなれないということも」

「ほら!」

「だが」

 

 天津はそこで、

 

 

「……これから、仲良くなればいい」

 

 

 渾身のドヤ顔で、ランジュを見た。

 ランジュは呆れて物も言えないといった様子だったが、

 

「まあ、いいわ。ありがとう、拜拜」

 

 苦笑しながら天津に軽く手を振ると、あてどもなく去っていった。少し、自分の弱さを見せ過ぎたかという反省の色を見せながら。

 連れとはぐれていたんじゃないのか?と思いつつ、その後ろ姿を天津はただじっと見つめていた。彼女に何があったのかはわからない。知る由もない。

 

 だが。

 だが、それでも。

 彼女はきっと、これから何があったとしても乗り越えられるだろうという確証だけは得ていた。

 スクールアイドル同好会という素敵な場所に、感じ入るものがあった彼女ならば。

 

「さて、と」

 

 天津は再び歩を進めた。

 同好会と、マクドナルドが待っている。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 山中にあるシンクネットのサーバーを擁した本拠地の祈りの間で、”フツ”は眼前に控えた三人に笑みを見せていた。

 

「それじゃあ、明日は学園に。挑発して軽く戦闘に持ち込んだら、こっちの予定を伝えてプログライズキーでも何でもいいから、ここに辿り着けるだけの情報源を与えてくるといい」

「かしこまりました」

 

 ジョンはうやうやしく礼をする。

 

「でも、そんなことしてわざわざこっちに来させるメリットあります? 何も無しに秘密裏に済ませたいっていうか」

 

 バリーはアバターではなく、生身の肉体────田道巴美で出席していた。

 長いウィッグで隠した左顔面の暑さに、顔をしかめている。汗腺まで焼けているから汗もかけないのだ。

 

「……目の届かないところにいられるより、目の届くところで足止めしたいってことですよね」

 

 ミンツ────郷はぼそりと、しかし的確にフツの意図を汲み取り口にする。

 

「そういうことだよ。流石だ」

 

 フツはまた微笑む。

 

「目の届かないところで好き勝手やられるのが手痛いのは、皆もヴィンスの一件でよくわかっているだろう」

「あー……」

 

 巴美はその名前に、ますます顔をしかめた。

 

「まあ、それを言われると」

 

 でもなあ、と言いたげな彼女に、

 

「期待してるよ」

 

 フツは歩み寄ると、彼女のウィッグの下の焼けた肌と素肌の境目の辺りに、優しいキスをした。

 

 巴美はあっ、と声をあげるが、すぐに目を潤ませてフツを見る。

 彼女の焼けた素顔を、この男は知っている。ここに来てしばらくは隠していたが、ある時偶発的に見られてしまった。

 だが彼は驚きこそすれ、彼女の事情を全て聞いたうえで辛かったね、苦しかったね、と彼女の苦しみに涙を流してくれた。

 

 あの時から思ったのだ。わかってくれるのはこの人だけだ、と。

 この人にだけは、何があってもついていこうと。

 

「……はい!」

 

 その瞬間だけ、彼女は恨みつらみも邪心も忘れて、無邪気に返事をすることができた。

 

「ヴィンス……。あの裏切者の話は、ちょっと」

 

 ジョンは思い出したくもないといった様子だ。

 

「そういえば、ここの開かずの部屋って」

「そう! あそこで裏切り者のヘンリエッタとロキシーをバラバラにして骨から肉を剥いで、死体を処理したんだよォ」

 

 事情をよく知らない郷に、巴美はひひひ、と笑いながらにじり寄る。

 

「もうすっごい臭いでさあ……。死臭が抜けないから開かずの部屋にしたけど、夜中になると声がするとかしないとか~~……」

「やめてよ!!」

 

 本気でビビっている郷の反応を面白がるように、巴美はケラケラと笑った。

 

「とにかく、明日は頼むよ? 僕も学園の方には行ってみる」

「フツ様はどーするんですか?」

 

 巴美の問いにフツは一瞬表情を曇らせた後、

 

「……会っておきたいヤツがね、いるんだ。会えないほうがいいけど」

「何スかそれ」

「ちょっと、ね」

 

 沈黙が訪れる。そこで、

 

「それでは、今日はもう。おやすみなさいませ」

 

 ジョンが年長者として、その場を収めた。

 

「おやすみ。よろしく頼むよ」

「おやすみー」

「おやすみなさい」

 

 フツ、巴美、郷がそれぞれ返事をし、その場は解散となる。

 

「……或人」

 

 フツの、意味ありげな一言を残して。

 夜が来る。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 朝が来る。

 

 夏の太陽は、すぐに高く昇ってくる。

 朝の6時頃にはもう煌々と太陽は輝き、力強い陽射しが街中を照らしていた。

 虹ヶ咲学園の部室棟にも窓を突き抜けて陽が差し込み、夏の暑さを運んでくる。

 

「……う、ん」

 

 その陽射しと、タイマー設定して一時間前にクーラーが切れた部屋の暑さに、或人は目を覚ました。起き上がり、彼は窓から外の様子を覗う。

 今日も、快晴。

 

「今日は、何かわかるといいなあ」

 

 ライブ二日前。

 そろそろシンクネットの一件も片付けて、ライブをゆっくり鑑賞してから元の世界に帰りたいものだ。

 

「〽ほーしいよ~……。すーなおなーひとーみでー……。きみが~みた~……ゆめならー……」

 

 突然聞こえた天津の寝言での歌声に、或人は思わずその方向を二度見してしまっていた。

 やっぱり好きなのか、『君は1000%』。

 

 男連中はこの部屋に雑魚寝、滅と迅も部屋の隅で充電してスリープしている。

 こうやって共同生活していると、なんだか合宿みたいだと或人は少々不謹慎ながらわくわくしてしまっていた。

 

 意見を違えたところから出会った不破も。

 対立に対立を重ねた天津も。

 憎しみあい、殺しあった滅と迅も。

 

 今はひとところに、一緒にいる。不思議なものだ。

 

 今日の始まりはここからだろうか。

 いや────きっともう、始まっている。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「今日もいい天気ですね」

 

 夏休みでも栞子はきっちりと早起きをし、既に身支度を整えたうえで窓の外を見ていた。

 

 昨日は学校での仕事があったが、今日はオフだ。何をしようか。

 本を読むのも良いかもしれない。先日本屋で平積みされていたので買ってみたハードカバー、『ロストメモリー』はなかなかに面白そうだ。

 彼女の緑がかった黒髪を、陽射しが輝かせる。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ZZZ……。う、ン」

 

 煌々と輝くカーテン越しの陽光に、ミアは顔をしかめつつ眠い目を擦った。

 昨日はランジュが部屋に来て、遅くまで曲の打ち合わせで大変だった。曲自体はとっくに出来上がっているが、ランジュはブラッシュアップに余念がない。

 

 ここまでやっているのだ。『Eutopia』は、きっと最高の曲になるだろう。

 明日には帰国だ。もう少しだけ、寝るとしよう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「良い天気ね~~!」

 

 カーテンを必要以上に元気一杯に開きながら、ランジュは全身で朝陽を浴びていた。

 昨日はミアの部屋で熱く曲の打ち合わせを交わした。よりブラッシュアップして、二学期のデビューは最高のものにしたい。

 明日には帰国だ。明後日の夏休みライブに日程を合わせられなかったのは残念だが、留学すればチャンスはいくらでもある。

 

「……楽しみだわ」

 

 今日もいっぱい、力を出しきってみよう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「朝、か」

 

 ナノマシンの肉体となったフツ────郷太にとって、睡眠など疑似的な営みに過ぎない。

 だがそれでも人間らしさを失わない為なのか、日光に反応して起きるという人体の基礎のようなことはそのままにできているのだった。

 

 太陽が輝く。

 夢を照らすかのように、しっかりと。はっきりと。

 

桃源郷(ザナドゥ)は、近い」

 

 今日のこの日が陰る頃が、勝負の時間だ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「早いな、イズ」

「ええ」

 

 刃が同好会の部室に入っていくと、イズがテーブルを拭いているところだった。

 

「皆さんが部室に来る前に、と思いまして」

「それがいいと思う。私も助かった」

 

 ありがとうな、と声をかけ、刃はコンビニで買ってきた朝食の詰め込まれた袋を脇に置き、PCを立ち上げる。

 

「今日こそシンクネットの本拠地が割り出せれば良いんだが……正直これ以上手掛かりが無いことにはな」

「敵に繋がるアイテム等があればよいのですが」

「それも難しいだろうな。向こうからこっちにでも来てくれれば、話は別だが」

 

 二人は早速今後の対策を話し合っている。その時、

 

「そこで聞いたんだよ、『あなた、どうして赤い洗面器なんか頭に乗せて歩いてるんですか?』って。そしたら……あれ?」

 

 侑が、歩夢を伴って部室に入ってきた。

 

「おはようございます」

「おはよう! 早いね!」

 

 イズの礼に、侑は嬉しそうに挨拶を返す。

 

「今日もいい天気でさ、準備がはかどりそう!」

「暑そうだけどね……」

 

 歓喜する侑に、歩夢は苦笑しつつ自身も窓の外を見た。

 

 確かに、とても気持ちのいい陽射しだ。

 これからの自分達の歩む夢への道を、照らしてくれるかのような。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 誰にでも平等に、太陽の光は降り注ぐ。

 

 彼らがどんな道を歩くのか、それは彼ら次第。

 ここから先の彼らの道は、きっと”別の物語”が教えてくれる。

 

 

 僕らを照らす光が、ここにある。

 

 

 だから、どんな時も────────

 

 

Part4.5 夢がボクらの太陽さ




人と出会ったおかげで、自分とも出会えた。
谷川俊太郎(1931~)
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