仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW   作:度近亭心恋

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友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である。
オットー・フォン・コツェブー(1787~1846)


Part4 ココに善意のある限り

「おはようございます!!!」

 

 せつ菜の声に、朝からテンションが高すぎると或人は笑ってしまった。

 強力な協力者を得た次の朝、或人をはじめとする仮面ライダー御一行様は身支度を整えて再び部室に集合していた。或人は着替えも兼ねて昨日のうちに揃えた半袖シャツにハーフパンツ姿で夏の装いだが、一方で不破はスーツだし天津は相変わらずの白一色。ヒューマギアの滅、迅、イズにも変化はない。

 動きやすさと冷え対策でサマーニットを中心にするこれまた夏の装いにした刃が、或人をちらっと見て気まずいな、とばかりに苦笑いした。

 

「それじゃあ皆さん、今日も色々準備なんで……よろしくお願いします!」

 

 侑は場を取り仕切り、一同に声をかける。

 

「俺達の仕事の割り当ては?」

 

 不破が問う。

 

「まあ、こんな感じで」

 

 侑はノートを出し、ページを広げる。そこには或人達から聞いた今後の行動の予定を基に、同好会とライダー一行である程度均等になるように仕事が割り当てられていた。

 

「彼方ちゃんは迅くんと衣装の縫製だね~~……。お裁縫は、大丈夫?」

「これからネット検索して一通りはラーニングする。……よろしく」

 

 迅は意外だという顔はしていたが、いつも通りどこか律義にぺこりと頭を下げた。

 

「愛さんとりなりーは不破さんと今回協賛してくれたお店に挨拶回り! よろしく!」

「よろしく……お願いします」

「おう」

 

 近隣の商店、飲食店にお願いして今回のライブのパンフレットやステージに広告を出し、その代わり広告費を出してもらい予算を集める。

 しずくに教わった演劇部で公演の予算集めによく使われるこのやり方で、スクフェス直後で予算もぎりぎりな今回は余裕を持ってライブが開催できるというわけだ。

 

「不破が挨拶回り? やめておいた方がいいぞ」

「うるせえな刃、じゃあ俺と代わるか?」

「……お前にインターネットを通じてシンクネットのサーバーと本拠地が割り出せるならな」

「……なんでもねえ」

 

 刃は部室に残ってデスクワーク。とは言ってもシンクネットの本拠地割り出しが主な任務なのだから、その実一番大変だ。

 

「じゃあ、私と果林ちゃんが刃さんと一緒だね!」

「……そうね」

 

 エマはいつもの通りの笑みを見せるが、果林は何か思うところがあるのか少し思案気だ。エマと果林は衣装のデザイン、ダンスのフォーメーションの詰めの為、部室に残ることになっていた。

 

「私としずくさんが各部活に案内とスクフェスの時のお礼を渡して回ります! 滅さん、よろしくお願いしますね!」

「……ああ」

 

 せつ菜の相も変わらずでかい声が、淡々とした滅と対照的だ。

 

「そういえば、充電は大丈夫だったんですか?」

 

 しずくは滅を案じるように尋ねた。ヒューマギアのいないこの世界には、当然ながらヒューマギア用の充電ユニットも存在しない。昨日迅がそれを案じていたのを思い出したのだ。

 

「ああ、いや」

「二人は私がなんとか家庭用コンセントから充電できるように調整した。……とても、女子高生に見せられるような絵面では無いがな」

 

 刃はここぞとばかりに技術者としての腕前を発揮していた。

 

「い、一体どんな……」

「いやあ、鼻にね……」

 

 好奇心で再び尋ねたしずくに或人が答えかけるが、

 

「飛電或人ォ!!」

 

 滅が大声でそれを止めた。いや滅そんな声出るの!?と或人が驚いたのは無視し、彼はまた黙りこくって腕を組んだ。

 

「で、俺とイズと侑ちゃんと歩夢ちゃんが曲の詰め……って!? いや待って! 俺曲とか作れないよ!?」

 

 ああいや、と侑は苦笑し、

 

「実質ボディーガードみたいなものだと思ってもらっていいかなって……。私達の仕事を振り分けたうえで、それぞれ皆さんのうち誰かと一緒にいるようにしたんで」

 

 或人に申し訳なさそうにそう言った。

 

「で、でも! 曲の客観的な感想、聞かせてもらったりもしたいです!」

 

 歩夢がフォローを入れる。或人は二人の心遣いを解ったうえで、

 

「了解! 今日(きょう)は! (きょうく)を! 極限(きょうくげん)まで、仕上げよう~~!」

 

 〆にシャレを飛ばした。爆笑する侑を介抱しながら、いやほんと加減してくださいね!?と歩夢のお叱りが飛んだ。

 

「ンなぁ~~に、もうこれで決まりって顔してるんですか皆さん……?」

 

 腹の底からかわいさ少なめの低い声を上げたのはかすみだ。かすみちゃん?と彼方に問われるがそれには答えず、

 

「何で!! かすみんが!! この人と一緒なんですかンもぉ~~~~!!」

「随分な態度だなあ、君は」

 

 かすみと一緒に舞台設営用の道具を集める役目の天津は、いつもの通りの微笑で憤るかすみを眺めていた。

 拒否られるのも無理はない。昨日或人達は、『仮面ライダーゼロワン』の戦いのあらましを語って聞かせた。となれば即ち、

 

「諸悪の根源1000%おじさんと二人っきりはいやですぅ~~!! しず子代わってよぉ~~!!」

「……かすみさん」

 

 しずくはかすみの肩に手を置き、

 

「人生には、乗り越えなきゃいけない壁があるんだよ」

 

 苦笑しながらそう言った。

 

「裏切り者~~!!」

「おじさんだの人生の壁だのと……。いいか? 私は永遠の……」

「45歳でしょ!! 45歳は立派なおじさんだって!!」

 

 かすみの忖度も遠慮も無しのド直球火の玉ストレート。刃がブフッと吹き出し、天津も流石に眼を見開いた。

 

「……まあ、これから仲良くなればいい」

 一度気を取り直して天津はハハッと笑いながらそう言う。かすみはもう言葉も無いと宙を仰いだ。

 

「私のこの澄んだ目を見たまえ。これが信用できない人間の目か?」

 

 天津は双眸を見開くが、

 

「……濁ってる」

 

 かすみが口火を切り、

 

「黄色いですね……」

 

 しずくが苦笑いし、

 

「肝臓悪いんじゃないかしら?」

 

 果林に突っ込まれ、

 

「お酒の飲み過ぎ……?」

 

 エマにまで困り顔で言われてしまった。

 

「……まあ、信用は誠意と行動で獲得するしかないな」

 

 それでもメゲないのが、天津垓だ。

 

「かすみん!」

 

 侑はかすみを呼ぶと、

 

「……ファイト!」

 

 ウインクしてサムズアップを決めた。

 

「侑“せ”ん“ぱ”い“~~……! ウ”オ“オ”オ“ア”ア“ア”──ッ“!!」

「かわいい顔を歪めてまで、私を拒否りたいかい」

 

 天津は是非も無し、とつぶやくが、

 

「かわいい……!? いやそんな言葉で誤魔化され……かわいい……かわいい……まあ! かすみんは? かわいいですけど?」

 

 かすみは少しだけ満更でもなさそうだった。ちょろいな!と愛は言いそうになったが、流石に可哀想な気がして口元を押さえた。

 

「それはそうと、仕事の前にやっておきたいことがある」

 

 不意に、刃がパソコンを取り出した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「繋がる?」

 

 璃奈の問いに、刃はしっ、と指を立てた。

 

「『ザザ……お……ザ……ちょう……』」

「おお!!」

 

 せつ菜が感嘆の声を上げたのも無理はない。

 刃は昨晩同好会からパソコンを借り、元の世界との通信を試みていた。不測の事態ではあったが、とにもかくにも情報と帰る為の手段も検討しなければならない。まずは、元の世界と通信を取ってサポートが受けられるかが重要だ。

 情報系に強い璃奈にしてみれば、こんなどこにでもあるノートパソコンでそんな事ができるのかと思ったが、そこは技術者としての信念を持つ刃のこと、音声のみの通信ではあるが見事な手際でやってのけていた。

 

「『人……長……』」

「異世界と……通信を……!!」

「わかったから! 君は少し黙っていてくれ!」

 

 興奮し通しのせつ菜を刃が叱りつけた時、

 

「『……黙っていてくれとは、私のことか?』」

「あっ!? い、いえ!」

 

 飛電インテリジェンス副社長、福添准が通信に答えていた。

 

「福添さん! よかった無事でしたか!」

「『よかったはこっちの台詞だ! 或人君、いや……或人社長! そっちの様子は!?』」

 

 或人は渋い顔をした。

 

「状況は良くはないです。シンクネットのアジトに直行のつもりが、色々あって……」

「『異世界の様子は?』」

「俺たちの世界とそんなに変わらないですよ。いいところです! 協力してくれる仲間もできたし」

「『……いやバレとんのかい!! ダメだろ君それは!!』」

「す、すいません!! 本当、不可抗力っていうか……」

 

 そこで、画面の向こうの福添はふう、と一息ついた。

 

「『……雷と亡もいる。話があるそうだ』」

「『シャちょう……! ちャんと5体マん足ぶジだろウな!?』」

「『フわはどウですカ? ごりラの事でスカらしん配はいラないでシょうが』」

 

 雷と亡の声は擦れてくぐもっていた。

 

「二人とも大丈夫!? ……というかシンクネットは!?」

「『だカラおれ達の心配ナんかしてるバ合かよ!! かミナリ落とすぞ!!』」

「『……もうオとしテまスガ』」

 

 そのやり取りに、或人は少しだけ安心した。いつもの二人だ。

 そこに、再び福添が割って入る。

 

「『あーいや、すまない。結論から言うと、だ。二人とA.I.M.S.の活躍で何とか事は収まった。奴らの持っていたレイドライザーは破壊、回収され、当人たちは全員拘束。警察に身元照会を行ってもらったが、全員が数ヶ月前から失踪していた行方不明者。恐らく、そっちの世界に移動していた側の信者たちだろうな』」

「でも、どうやってあの襲撃を?」

「『ZAIAと協力してデイブレイクタウンの周りを調査したところ、簡易ゲートがいくつもあった。デイブレイクタウンに近づく人間が少ないのを良いことに、結構な数を少しずつ作っていたと』」

「こっちは苦労して巨大なゲートを作ったのに……」

「『まあ、それは今どうでもいいだろ。結果として二人は、かなりのダメージを負った。それでまともに喋れないんだ』」

 

 音声のみで状況は解らないが、相当なものなのだろうと或人は心苦しくなった。

 

「『君の……君達の無事を祈っている。こっちは任せろ』」

 

 福添とは、社長就任当初は随分とやりあった。

 それは福添が飛電インテリジェンスという会社を愛していたからこそ、遺言だけで何の経験もない小僧っ子に任せる不安があったからこそだと今ならわかる。

 だから今……そういう言葉をかけてくれる福添のことを、信頼できる。こちらも頑張ろうと思えるし、社を任せることができると思えるのだ。

 

「よろしくお願いします!」

 

 或人がそう言ったところで、福添はまた何か言おうとしたようだったが……通信は切れた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……切れたか」

 

 福添は複雑な表情をした。傍らでは、いつもの通り山下三造専務と秘書ヒューマギアのシエスタが、その様子を見守っている。

 そして、

 

「よく頑張ったな。二人共」

 

 福添は今までにないほど優しい表情で、亡と雷を見た。

 二人は既にスリープモードに入っていた。それもそうだろう。

 首から上だけの状態で喋っていた亡も、上半身と左腕、顔は右半分しか残っていない状態で喋っていた雷も、相当しんどかったはずなのだから。

 無理もない。あれだけの軍勢を殆ど二人で相手をし続けていれば、こうならない方がおかしいぐらいだ。福添自身、警察と共に現場に駆けつけた時にその姿に絶叫し二人の名を呼んだほどなのだから。

 既に修理の手筈は整えられているが、社長室の通信システムに或人達からのアクセスがあるようだと解った瞬間、二人はどうしても会話がしたいとここに運び込むよう希望したのだ。

 それはこの世界を預かった者の責任として───最後までやり遂げ、しっかりと伝えたいという二人の矜持なのだろうと福添は感じていた。だからこそ今、彼は二人を誇りに思うのだ。

 

「二人を、同じヒューマギアとして誇りに思います」

「なんと、立派な……」

 

 シエスタと山下も、その姿に感じ入るものがあったようだった。だが福添は、

 

「こらこら! 今から二人共きっちり修理するんだから、そんな最期の時みたいな台詞を吐くんじゃない!」

 

 勇敢に戦ったヒューマギアの再興を、誰よりも早く信じてくれていた。

 

「……必ず、帰ってくるんだぞ」

 

 そして、飛電或人と仮面ライダーのことも。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「やはり通信が安定しないな……」

「ならば、やはり我々だけで何とかするしかないな」

 

 切れた通信に渋い顔をする刃を見て、天津もふむと考える仕草をした。

 

「そういえば、なんだけど」

 

 ここで或人が、ライダー達に向かって声を上げた。

 

「皆、『フツ』って知ってる?」

「何だ、そりゃ」

 

 不破は知らねえなと首をひねりながら答えるが、

 

「『フツ』……!?」

 

 意外や意外、璃奈が目を丸くして驚いていた。

 

「りなりー知ってるの?」

「う、うん……。『フツ』って言えば、そのシンクネットの管理人……の、はず。ネットじゃ有名」

 

 璃奈の意外な一言に、刃は早速この世界のシンクネットのページにアクセスし詳細を読み込んだ。

 

「『管理人の言葉』……。確かに管理人の名前は『フツ』とあるな」

「エスじゃなくて?」

「エス?」

 

 早速管理人の詳細を調べた刃に或人が反応する。シンクネットの管理人と言えばエスの名がまず出てくるのは当然だろう。だが、璃奈がエスの名に首をかしげたのを見るとエスの存在はこの世界では知られていないらしい。

 

「だとすると、僕達の世界のシンクネットをエス、こっちの世界のシンクネットをその『フツ』が管理してたってことか」

 

 迅が得心してつぶやく。

 

「要するに、そいつが親玉だってことだろ? ぶっ叩いて終わりにしようぜ」

「な、なんだか単純(シンプル)な考え方ですね……」

 

 脳筋思考の不破に、しずくは困惑気味だ。

 

「フツ、か……」

 

 或人はシンクネットを支配するその男のことが、非常に気になっていた。狂信者たちをあれだけ心酔させるほどの統率力は、只者ではない。

 何より、或人と戦ったエスがあれだけの哀しみを秘めていたからこそ────フツにもまた、シンクネットを率いるだけの何か大きな事情があるのではと感じられてならないのだ。

 そんな或人の表情を、侑は気になって見つめてはいたが……

 

「それじゃあ、手分けしてやることやっていきましょう! 皆、自分の仕事でわからないとこある?」

 

 声を上げ、行動開始を促した。一同は口々に大丈夫、わかってるよと返していく。各人が散っていき、先に確認した通り刃と果林とエマが部室に残った。侑と行動する予定の或人は、先に部室を後にしていく。

 

「それじゃ、私も……」

「侑」

 

 部室を出ようとした侑に、果林が声をかけた。

 

「ちょっといい?」

「何ですか、果林さん……」

 

 言い終わるか言い終わらぬかのうちに、果林は侑をぐいっと廊下に連れ出し、距離を詰めた。

 

「ち、近いですって」

「……私にはわからないわ」

「何が……?」

「いくら何でも、こんな映画みたいな話を簡単に飲み込み過ぎじゃないかってことよ。皆もだけど……」

 

 果林の言葉も最もだ。

 ゼロワンの手を侑が取った時から、このとんでもない事態は始まったと言っていい。あの時の侑の行動も、今この現実を受け入れている状態も……メンバーの中で人一倍理性的かつシビアな視点を持つ彼女には、簡単には承服できかねるものだった。

 

「あの人達を信用できる保証が、どこにあるの?」

「だって……」

「だって?」

「守って、くれたじゃないですか。せつ菜ちゃんのことも……皆も!」

 

 それはその通りだった。

 あの切迫した状況で、自らの腕に刃を受けるほどの覚悟。それだけの覚悟を以て、飛電或人は戦いに臨んでいるのだとそう解ったからだ。

 

「それは、そうだけど」

 

 しかしそれだけでは、と果林が言いたくなるのもまた然りだ。

 

「あと、夢……かなって」

「夢?」

「イズちゃんが言ってたんです。『夢を守る為なら、或人社長は決して倒れたりしません』って」

「それって……」

「誰かの夢を守りたいって人なら、信じてみたいっていうか」

 

 その一言に、

 

「そうよね。侑ならそう考えるわよね」

 

 果林は納得したようだった。

 高咲侑は、いつだって誰かの夢を応援し、共に歩んできた。そうすることで自分の道を見つけたいと思っていたのもあるが……何より、誰かの夢の力になれるのが、たまらなく嬉しいというのもあった。自分自身の音楽への道という夢を見つけた今も、それは変わらない。

 そんな彼女が、誰かの夢を守る人を信じてみたいと言うのなら……まずは、その気持ちを信じてみることにしよう。

 それが果林の結論だった。

 

「解ったわ。今は、侑のその結論を信じてみる」

「ありがとうございます!」

「いいわよ、お礼なんて。頑張りましょ」

「はい!」

 

 侑は笑顔になり、先に出ていった或人を追って駆けていった。果林はその後ろ姿をしばらく見ていたが、やがてふいっと部室の中に戻っていった。

 

「果林ちゃん、侑ちゃんと何話してたの?」

 

 疑いや邪心の無いエマに問われ、果林は少々困惑する。

 

「えっと……」

「すまないな。我々も信用に足るよう、努力するつもりだ」

 

 えっ!?と思わず声が出た。刃は画面から目も離さず、それだけ果林に告げたのだ。

 

「聞いていたんですか……?」

「いいや。だが、昨日から見ていて君は人前でしっかり自分の意見を出していくタイプの人間だと解ったからな。そんな君がわざわざ外に出て彼女と二人きりで話すような内容と言えば……彼女に対して特別な用があったか、今この部屋にいる人間に聞かれたくない内容かのどっちかだ」

 

 刃は相も変わらず画面から目を離さず、すらすらと言ってのける。

 

「君たち二人は学園で寮生活だったな? 仲間としても友人としても随分と信頼していると見受けられた。そんな君達の間柄で、聞かれて答えて言い淀むとなれば……『私に聞かれたくない何か』があるのではと思ってな」

「……聞かれたくない何かだと解っていて、あえて言うんですね」

「こういう事はなあなあにするより、はっきり言語化しておいたほうがいい」

 

 随分とはっきり言う人だ、と、果林は自分の普段の姿も忘れて刃のその佇まいに圧倒されていた。しかし彼女とて、吞まれっぱなしになるのはなんだか面白くない。さりとてそれを態度に出すのも子供じみていると色々考えた結果、彼女は少しばかり黙ってしまっていた。

 

「ふ、二人共……」

 

 そんな空気を察したのかエマが取りなそうとするが、

 

「なんて、な」

 

 刃が先に切り出した。流石に手を止め、二人の方をしっかりと見据えている。

 

「少し大人げなかったとは思う。ただまあ、我々は本当にこの世界と、私達の世界に起こりうる惨事を防ぎたいと思っているだけだ」

 

 そう語る刃の表情は、今までで一番真剣だ。

 

「今回協力してくれた君達の一宿一飯の恩。あいつの言葉に倣うようで癪だが……それに報いるためにも、せめて信頼に足る存在になれるよう尽力するつもりだ」

 

 言葉遣いはいちいち堅苦しく形式ばっている。だがその言葉には……何と言えばよいのか、信念のようなものが感じられた。その雰囲気を感じ取ったこともあり、

 

「私こそごめんなさい。異世界だの、変身だの、テロだの……」

 

 果林もまた、

 

「解らないことに、怯えていたのかも知れないわ」

 

 歩み寄るための努力をすることにした。

 普段は決して弱みを人に見せない彼女が、「怯えていた」と口にするほどに。

 

「……そうか」

 

 刃は果林のそんな心を肯定するかのように、ふっと静かに笑った。果林も思わず、ふふっと笑みを返してしまう。大人っぽくてステキと評され、自身もそれに応えるよう研鑽する。それが朝香果林の誇りであり、矜持だ。そんな彼女にとって、刃の本物の“大人の女”の余裕は───とても魅力的に見えた。

 

「よかった!」

 

 エマは二人の間の緊張が解けたのを感じ取り、いつもの通り全てを包みこむような笑顔を見せた。

 そこからはもう、互いに全力だ。

 刃は変わらずネットワークを通じてシンクネットの本拠地の割り出しに勤しみ、果林とエマは衣装の細かいデザインを決め、続いてダンスのフォーメーションを詰めていく。そうしている間に、時間は正午を回っていた。

 

「……そろそろ一休みするか」

「お昼だね!」

 

 エマは嬉しそうに返した。今日の昼食は各々の進捗に合わせて各自取ることになっている。三人は食堂に向かい、そこで席を並べることにした。そこで果林は、

「う~ん! おいしい!」

「ボーノだよ~~……!」

「嘘でしょ……!?」

 

 またしても圧倒されることとなった。

 

「ざるそばに唐揚げの盛り合わせ、なかなかだったな。学食にしてはレベルが高い」

 

 刃はそれらをぺろりとたいらげており、満足気だ。

 

「ニジガクの学食はなんでもおいしいよ! 卵かけごはんもよかったら……!」

「あ、あのねえエマ……」

 

 いくらなんでも今あれだけの量を食べたのだから、と果林はたしなめようとするが、

 

「いいな! いただこうか」

「いや、いけるんですか!?」

 

 ノッてきた刃の健啖っぷりに三度驚かされる。あの細い身体のどこに、と彼女はまじまじと刃を見た。果林の方はと言えばカロリーコントロールを密にしているため、食堂に来てはいたが今日も手製のサラダとグリーンスムージーだ。……正直言って、刃の唐揚げの食べっぷりに自分も頼みたくなるのを必死に抑えたのだが。

 

「卵かけごはんをいただこうか」

 

 刃は食堂のカウンターに立ち、注文を始めていた。

 

「それから……」

「それから!?」

 

 果林の驚愕の声をよそに、

 

「カレー大盛四枚、よろしく頼む」

「……!!」

 

 最早言葉を失った果林を置いて、エマは駆け寄った。

 

「待って! ここの食堂の大盛は本気の大盛なんだよ! 四枚なんてとてもじゃないけど……。悪いことは言わないから、二枚にしておいたほうがいいよ」

「いや、二枚でも食べ過ぎよ!!」

 

 私ってこんなにツッコむキャラじゃないわよ、と果林は内心頭を抱えた。

 

「いいや。大盛四枚、よろしく頼む」

「ご、強情だね……。食べられる?」

「ああ、食べるとも」

「じゃあ……刃さんに大盛四枚!」

 

 エマもカウンターに声をかけた。やがてカレーの準備ができると、刃は一枚、二枚とあっと言う間にそれらを胃の腑の中に収めていく。エマの言った通りニジガクの食堂のカレーは「本気の大盛」だが、そんなことはお構いなしだ。

 

「卵かけごはんも最高だな! 良い卵を使っている……。黄身のボリュームが違うな」

「流石だね! そうなんだよ~~!」

 

 あれだけの炭水化物を摂るなど、と果林は想像しただけでぞっとした。頭脳労働でエネルギーが要るから? などと考えを巡らせるが、それに意味は無い。

 刃唯阿はただただ本当に、食べることが好きだからだ。

 

 

「美味しい~~! やっぱ遊園地のラーメンは最高だな!」

 

「天丼!?」

「これは食べなきゃならないのだ」

 

「やっぱホットドッグは食べないとな!」

 

「やっぱスイーツは別腹だな!」

 

「よし。……うどんを食べよう」

「このタイミングでか!? このタイミングで!? また!? 主食に行くのか!?」

 

「よし、〆にピザを食べるぞ」

 

「ここまでがワンセットだ。二周目いくぞ?」

 

 

 そのすさまじさを知るのは、休日一日ひたすらに付き合わされた不破ただ一人なのだけれども。

 

「何だか……」

「意外、だったか?」

 

 果林の言葉を、卵かけごはんを綺麗にたいらげた唯阿が先読みしてみせた。

 

「え、ええ。いっぱい食べて、嬉しそうで……そういう一面もあるのね、って」

「社長と出会ったばかりの頃にも言われたな。寿司を食べていただけなんだが……『テンション高っ!』と驚かれた」

「……わかる気がするわ」

 

 苦笑した果林を見て、

 

「……私も、そんなに出来た人間では無いからな」

 

 刃はぽろりと、本心をこぼした。

 

「ZAIAから技術顧問として出向していたことやその後の顛末は社長が今回の事態について説明する時に少し話してくれたが……あの頃の私は、本当に酷いものだった」

 

 刃唯阿は本来技術者でありながら、AIMSへの出向を終えた後は天津に連れまわされ、半ば秘書や雑用係のようなポジションに置かれていた時期があった。レイドライザーのデモンストレーションとして自らファイティングジャッカルを使い、レイダーに変身していたのもこの頃だ。

 ヒューマギアはあくまで道具であり、使い方次第だと言ってのけた自身が道具のように使われる。

 さりとて会社組織のこと、なかなか強く反抗もできずずるずると使い潰され、そこから抜け出す選択をすぐには取らなかったこともまた事実なのだ。

 

 

「私に夢は無い。……でも、信念がある。技術者としての信念が」

「なんだと?」

「テクノロジーは……人に寄り添ってこそ意味がある!」

「私に言っているのかァ!!」

「あんたは!! テクノロジーで人の夢を弄んだ! 私は……私はあんたを絶対に許さない!!」

 

 

「知らないのか? 『想いはテクノロジーを越える』……らしいぞ!」

 

 

「……これが私の辞表だ」

 

 

 最終的に少しばかり肉体言語的な”辞表”を突きつけて退職したものの、この時のことは彼女の人生にとって変えようのない事実として残り続ける。

 刃唯阿は許せないのだ。

 誰よりも何よりも、そんな情けなかった自分そのものが。

 

「大人だって、そんなにかっこいいものじゃない。私はだめな……」

 

 刃がそこまで言いかけた時、

 

「そんなこと、言わないで」

 

 エマが、刃の手を強く握った。

 

「君……」

「すごく、辛かったんだよね。でも、自分のことをそんな風に言うのは……よくないと思う」

 

 年上相手ではあるが、刃の気持ちを慮るその優しさ。だが、いや、”だからこそ”……

 自分を卑下しすぎた刃に、エマは少し表情を強張らせている。

 

「しかしだな……」

「間違わない人なんて、いないよ」

 

 刃の手を握る力が、少し強まる。

 

「だから、気にしすぎないで?」

 

 そこでエマは、

 

「ねっ」

 

 表情をほどき、いつもの優しい笑みをいっぱいに刃に向けた。刃は少し戸惑ってはいたが、やがてすっ……と涙が一筋垂れてくるのがわかった。

 

「あっ!? い、いや、これは違う!」

「『大人だって、そんなにかっこいいものじゃない』んでしょう?」

 

 慌てて取り繕う刃に、果林が優しく言い添えた。

 

「かっこ悪い、って思うときもあるだろうけど……受け止めてくれる相手は、ここにいるわ」

 

 果林もまた、ふふっと優しく微笑んだ。

 刃が弱音を吐いたのは、自分たちが”大人の女性”として少し羨望と期待の目を向けたこともあってだろう。そして、それを口にさせたのは……エマの優しさが、彼女の心を解いたからなのだろうとも。

 辛い時や、一人で抱え込んでしまいそうな時に……

 

 

「……ビビってるだけよ」

「我ながら、情けないったらないわね。こんな土壇場で、プレッシャー感じちゃうなんて」

「ホント……みっともない。あんな偉そうなこと言ったくせに……。ごめんなさい」

 

「そんなことないですよ!」

「大丈夫だよ、果林ちゃん」

「……だいじょうぶ」

「私達が、いるじゃん」

「そうですよ。ソロアイドルだけど、ひとりぼっちじゃないんです」

 

「なんで……そんなに優しいのよ……!」

「わかるでしょ? そんなの、聞かなくったってさ」

「果林先輩! ほら、タッチですよ! かすみんのエネルギー、わけてあげます!」

 

(仲間だけど……ライバル)

(ライバルだけど……仲間!)

 

 

 仲間が心を(ほど)いてくれることを、彼女は知っているからだ。

 

「すまない」

 

 刃は平静を取り戻し、今までで一番良い笑顔で二人を見た。

 

「それにしても、君があそこまで親身になってくれるとはな」

 

 エマのふわっとした雰囲気と人柄を感じ取っていただけに、今度は刃が意外だったと返す番だ。

 

「このコをただ優しいだけの子と思っちゃだめよ? 相手の心に寄り添おうと思ったら……」

 

 

「……きて!」

「ちょっと、一体何なの?」

「今日、私につきあって。おねがい」

 

「前に言ったの、覚えてる? 私、『観てくれた人の心をぽかぽかにするアイドルになりたい』って。でも、私は一番近くにいる果林ちゃんの心も温めてあげられてなかった。そんな私が誰かの心を変えるなんて、無理なのかもしれないけど……」

「果林ちゃんの笑顔、久しぶりに見たよ!? 私、もっと果林ちゃんに笑っててほしい! もっともっと、果林ちゃんのこと知りたい!」

 

「……いいんだよ、果林ちゃん。どんな果林ちゃんでも、笑顔でいられれば……それが一番だよ!」

「だから、きっと大丈夫」

 

 

「どこまでも真っ直ぐなのが、エマよ」

「果林ちゃん……!」

「そういうところに、私達皆助けられてるわ」

 

 まさしく自分が救われたからこそ、果林はふふっと笑った。そしてそれに呼応するように刃も笑い……またしても、エマが全てを包み込むかのようににっこりと笑った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 かすみの表情は憤っていた。

 

「もう少し日当たりの悪いところで作業にしないか? 紫外線は老化を促進させるし肌をがんがんと……」

「いいから! さっさと運ぶ!」

 

 天窓から西日の差し込む明かり取りのされた開放的な倉庫で、天津とかすみは放送機材や養生テープなどの設営用具の入った段ボールを集めていた。放送部の管理するぶんなどもあり彼女らは手伝うと言ってくれていたが、基本的にスクールアイドルの舞台はスクールアイドルが作るもの。今回機材を集めて、明日以降演劇部、放送部らの知恵を借りつつ設営をするが、準備の段階までは彼女らの仕事だ。

 

 肉体労働は性に合わない、夏場は日傘が無いと肌が、とごちゃごちゃ言いながらも、天津は何だかんだで付き合ってくれていた。珍しくジャージやスニーカーに着替えて動きやすそうな服装になっていることからもその気概が窺える。……相変わらず、白一色で統一してはいるが。

 

 かすみは正直、彼と何を話せばよいのかわからずにいた。

 

 飛電或人達仮面ライダーの戦いの全ては昨日聞かされたが、それを聞いてしまえばこの男と二人きりになりたくないと考えるのは至極当然だ。

 衛星アークに悪意をラーニングさせ、不破や刃の人生を翻弄し、或人から一度は飛電インテリジェンスを奪い、滅亡迅雷.net以下ヒューマギア達を使い潰してきた男。正直に言って、何故今この場所にいるのかが不思議なぐらいだ。

 

「それにしても、スクールアイドル……とはな。学生の自己演出するアイドル、か」

「なんですか? バカにするんですか?」

 

 かすみはつっかかる。そもそも天津のファーストインプレッションが、ライブへの不安を抱える自分の言葉を遮って1000%だのなんだのと言った人、なのだから全ての元凶云々以前に印象が悪い。

 

「バカにする? 何故?」

「えっ……?」

 

 意外にも、天津はわからないという顔で聞き返した。

 

「だっ……だって! かすみんがライブできるんですか、って言った時……」

「発言を遮ったことに関してはすまないと思う。だが、私たちが1000%の確率で事を収める……。それは揺るぎない事実だ」

「でっ……でも!」

「でも?」

「誰かの夢を! 壊してきたんでしょ!?」

 

 喉の奥につかえたようなその気持ちを、かすみはようやく吐き出すことができた。

 

 そう。そうなのだ。

 

 天津垓を信用できない一番の理由は、誰かの夢を笑い、踏みにじり、心を縛ってきたこと。そしてその為に、アークという悪意の器を作ったとなれば猶更だ。

 天津は一瞬押し黙るが、

 

「その通りだ」

「は? ……はあああああ~~~~っ!?」

 

 表情を変えることなく、すぐさまその事実を認めた。

 

「誰かの夢を踏みにじったくせに、なんでそんなに平然としてられるんですか!! 信じらんない!!」

 

 誰かの心を縛ること。それはかすみにとって、一番許せないことだ。

 

 

「でもっ……! こんなの全然! かわいくないです!!」

「熱いとかじゃなくて! かすみんは、かわいい感じでやりたいんです!」

 

「かすみんには、一番大切にしたいものがあって……だから、スクールアイドルがやりたくて」

「それはきっと、皆もそーなんですけど……やりたいことは、やりたいんです。けど、人にやりたいことを押しつけるのはイヤなんですよ」

 

 

 自分達の大好きを伝えたいからこそ熱さを求めたせつ菜に、自分のやりたいアイドルへの気持ちを縛られているような気がした。だからこそぶつかり、一度は同好会がばらばらになりかけた。

 自分のやりたいことをやる。極める。その為には、相手のやりたいことも認める。

 皆がやりたいアイドルをやるように、中須かすみは、“かすみん”は──────

 

 

 世界で一番、かわいいアイドルでいたい。

 

 

 その気持ちを何よりも大切にしたいと思っている。それを考えれば、他人の夢を壊してきた、とあっさりと認めてしまうその姿勢が信じられないのも無理はない。

 

「イズ子みたいなヒューマギアに、心や夢はいらないって……! 言ったんでしょ!?」

「ああ」

「……!!」

「人工知能に心はいらない。ましてや青臭い夢など……ヒューマギアどころか、人間にすら要らないとそう思っていた」

 

 天津は動揺するでも取り繕うでもなく、己の行いを省みていた。

 少年時代の天津垓には、“友”がいた。

 1984年発売の飛電インテリジェンス製人工知能搭載犬型ロボット、”ドッグギア”のひとつ、”ONLY ONE!”。少年時代の彼は、買い与えられたそれに“さうざー”と名をつけ、友のように接していた。しかし、

 

 

「おとうさん! また100点だよ!? すごいでしょ!」

「……垓。100点で満足するな。1000点を目指す男になれ」

 

「こんな点数を出して恥ずかしくないのか……!」

「ごめんなさい……」

「こんなものに、現を抜かしているからだ!」

 

「もう、誰の助けもいらない」

「……ぼくだけの力で、1000点取ってみせる!!」

 

 

 父である天津一京の教育の結果、垓はさうざーを自らの手で捨てた。

 友などいらないと。

 己の力だけで誰にも頼らず、“1000%“の存在になると。

 その結果としてZAIAエンタープライズジャパンの社長にまで上り詰め、1000%の男となったわけだが……そこに、真の幸福は無かった。

 人工知能の心を信じようとしなかったのは───かつてそれを信じ、さうざーを友と呼んだからこそだ。人工知能の心を、夢を認めてしまえば……

 

 

 自分は、心からの友を捨てた存在だと認めてしまう事になるのだから。

 

 

「大人になっても、心のどこかでは信じていたのかもしれない。……だから、アークに悪意を与えた」

「いっ……意味わかんないです! なんでそこで、悪意を……!!」

「衛星アークには人類の叡智が詰め込まれていた!! ヒューマギアを統括し、人々に希望を与える為の善意の結晶!! 人間の美しい面の歴史とヒューマギアに与えるべき善意のデータが全て!! 全てだ!!」

 

 天津は年甲斐もなく叫んでいた。

 

「……飛電是之助は私に言った。『善意を宿した人工知能に芽生えた心が、人類の夢になる』と」

 

 どうしようもなく、悲しい顔で。

 

「私はそれを疑ってしまった。そんなものは本当の心じゃ無いと、そう思ってしまった」

 

 天津の飛電是之助への敬意は、間違いなく本物だった。だからこそ彼は、尊敬する人の掲げた理想に疑いを持つことに苦しんだ。しかしそれでも、

 

「善意しか持たない、悪意を学んでいない“心”だなんて……“心”じゃないと、そう思ったんだ」

 

 その信念に、突き動かされたのだ。

 

「だから私は、アークに人間の醜い部分を、悪意を学ばせた。あの時すでに、信じていたのかもしれない……。人工知能に、心は宿ると」

「だからって……!」

「ああ、そうだ。その結果が悪意の結晶、アーク。私の行動が怪物を産み出した。そして私はそれを利用してきた」

 

 自分に向けられたかすみの軽蔑と敵意の眼差しも、今の彼には当然と受け入れることができる。

 天津が過ちを犯したのは、人工知能との別れからだった。飛電インテリジェンスを掌握しながらも衛星アークの復活により思うようにいかなかった時、衛星ゼアは彼にあるものを与えた。

 かつての彼の友、“さうざー”の意志を継ぐ人工知能搭載犬型ロボットを。

 天津は困惑したがさうざーの所作を見るうちに──────彼の心になつかしく、あたたかいものが広がっていくのがわかった。

 

 

「こんな私なのに、そばにいてくれて……ありがとな。……ごめんな」

 

 

 誰にも頼らない。そう思って孤独に生きてきたからこそ、誰かと、何かと心から対峙し、自分を見つめることが出来なかった。だが、さうざーが再び彼に寄り添ってくれたことで……天津垓は、自分の心と向き合うことが出来たのだ。

 

 

「心の底から許せなかった……。君のことも、ヒューマギアのことも」

「青臭い夢ばかり掲げる経営が、許せなかった。その理由は他でもない……」

 

「私が飛電インテリジェンスを、愛していたからだ!!」

 

「アークを倒すぞ! 我々二人の手で!!」

 

 

 天津を再び変えたのもまた、人工知能の存在だった。

 或人の前で本心を吐露して以降、彼は変わった。自らの犯した罪と向き合い、まさに1000%の誠意を尽くす。

 それが、今の天津垓だ。

 

「許される為でも無い。誰かに褒められる為でも無い。私はただ、自分の過ちを償う。私自身がそうしたいから……1000%の誠意を、尽くしている」

「……調子良すぎじゃないですか、それ」

「かつての私は間違っていた。だがそうしていた時、私自身は間違っているとは思わなかった。今は確かに、さうざーと再び出会って考えを変えたが……そうしている自分が、やはり間違っているとも思わない。影響を受けて考えが変わることはあれど……」

 

 天津は一際真剣な顔になり、

 

「いつだって、自分を疑わない。それだけのことだ」

 

 自分の考えを真正面から伝えた。今まで訝し気に聞いていたかすみだったが、

 

「自分を、疑わない……」

 

 その一言には、思うところがあった。

 

 

「どんな素敵な同好会でも! 世界で一番かわいいのは、かすみんですからね!」

 

 

 自分のやりたいアイドルを、かわいいと信じた自分を貫く。周りとぶつかることはあれど、そこに迷いはなかった。

 自分が信じた自分を、疑わない。

 何もかもが違う二人だが……ただその一点だけは、繋がっている。

 

「ふ────ん……」

 

 かすみは自分の中の気持ちを整理するかのように、長く伸ばしてそう言った。

 

「それで?」

 

 背の高い天津は少し体をかがめ、かすみと目線を合わせながらそう返す。

 

「それで、って……」

「さっさと運ばないと、終わらないんじゃなかったのか?」

「んなっ……!」

 

 確かにそうだが、こういう話をした後でそんな事務的な話に戻るか!?という感想が湧いてくる。何だろう。普通に性格が悪い。

 

「言われなくても運びますよ!」

「それがいい。かわいい女の子に似合わない埃っぽい肉体労働など、早めに終わらせるに限るさ」

「……!」

 

 この流れでかわいいと褒めるか?と思いつつも、やはり悪い気はしない。自分を疑わず信じているが、他者からの純粋な評価は嬉しいに決まっている。

 何よりその言い方が、方便などではない天津の純粋な言葉としての面を感じさせるのだ。かすみは少し考えた後、

 

「はい、これ」

 

 近くにあったそこそこ重い段ボールを天津に渡した。

 

「……おっと! 少し重いな」

「……なぁぁ~~に言ってるんですか! さっさとやらないと今日中に終わらないですよ!」

 

 台車を引き、天津が持った段ボールを乗せられるように持ってくる。

 かすみの表情は、笑っていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「おお~~、やるねえ迅くん……」

 

 目の前で繰り広げられる針と糸との人間ではありえないスピードのダンスに、彼方は感心していた。

 作業の必要から裁縫について検索しラーニングした迅は、目にもとまらぬ速さで衣装を縫い合わせていく。あっという間に、璃奈、せつ菜、かすみの衣装を仕上げてしまっていた。

 

「ラーニングさえすれば簡単さ」

 

 手を休めず、迅はそう返す。

 

「いやあ便利だねえ……。ヒューマギア、一家に一台は欲しい!って感じだね」

 

 彼方のその何気ない一言に、

 

「……そういう言い方は、やめてくれないかな」

 

 迅の手が止まった。

 

「えっと……」

「ヒューマギアは、道具じゃない」

 

 賢い迅のこと、彼方に悪意が無いことは重々わかっている。

 だがどうしても、ヒューマギアを道具のように捉えた言い回しにはNOと言いたくなるのが彼だ。ヒューマギアの心を誰よりも信じ、全てのヒューマギアに自由を与えたいと願う彼だからこそ。

 

「ご、ごめんね……」

「……僕の方こそ」

 

 しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。そして、

 

「ねえ。迅くんは、ヒューマギアを救うために戦ってたんだよね」

「ああ」

「それは、どうして?」

「どうしてって……」

 

 迅は少し考える。ヒューマギアを救う。それは彼にとって、絶対の信念だ。だが、その根源にあるものは何なのか。そう考えてみると、

 

「僕自身がヒューマギアは自由であるべきだと考えて、そうしたいと思っているからってのもある。けど……」

「けど?」

「滅に、教えられたからかもしれないな」

 

 迅はどこか嬉しそうにそう言った。

 

「滅さんに?」

「滅は、僕の“お父さん”だからね」

「……はい?」

「”お父さん”なんだ。僕の」

 

 それから迅は、昨日は戦いの歴史だけ伝えたために端折った自分と滅の関係を語って聞かせた。

 

 滅は元々、幼児教育のために造られた“父親型”のヒューマギアだった。

 だがデイブレイクの際に衛星アークによってハッキングされた彼は暴走の首謀者として君臨し、結果として実験都市の爆発という惨劇が巻き起こった。衛星を止めようとした或人の父であるヒューマギア、飛電其雄の爆破工作と、飛電のヒューマギア工場の桜井工場長の自爆による暴走の抑止が重なった結果である。

 衛星アークは、ヒューマギア達に悪意を媒介させるための“教育者”として父親型だった滅を選び出した。

 ただただ“アークの意志“に従い操られるままだった滅は、人類と戦う自らの仲間として、一体のヒューマギアを創造させられた。

 

 それが迅だ。

 

 アークは滅に迅を“教育”させ、一度は迅の前で破壊されることでシンギュラリティを促せと命じたほどだった。結果として迅は憎しみ、哀しみといった色々な要素からシンギュラリティに到達したものの、ゼロワンには敵わず一度は破壊された。

 

 

「こんなことで……負けるか……! 僕は、僕達は……! 人間を滅亡させるんだ!!」

「どうして!? 人間が何をしたっていうんだ!」

「……そんなこと知らないよ! 滅からずっと、そうやって教えられてきたんだから!!」

 

 

 アークの意志に操られていた滅。

 そんな滅に教育された迅。

 どちらにも、本当の“自分の意志”はまだ無かった。

 

 その後、ZAIAによって迅は衛星に依存しない完全自律型のヒューマギアとして復元され、復活した滅、合流した亡や雷と共に滅亡迅雷.netを真に結成。衛星アークが仮面ライダーとなり、滅亡迅雷すら使い捨てようとするアークを相手に、事態は「打倒アーク」へと転がっていく。

 そんな中で、迅はずっと付き添ってきた滅の、“心”の乱れを見抜きつつあった。

 一度はアークを倒すも、滅自身はアークを離れてなお“人類滅亡”を掲げ対峙する姿勢を崩さない。そんな滅の“心”の奥底にあるものは何なのか。当初は疑惑に過ぎなかったそれは、滅がイズを破壊したことによって確信へと変わった。

 イズを破壊され、滅への怒りと憎しみによってアークとなった飛電或人。

 滅を破壊せんが勢いの或人の猛攻の前に迅は飛び出し……再び、破壊された。

 

 

「迅……! 迅! なぜだ? ……なぜ俺を庇った!?」

「滅。……本当は恐れてたんだろう? 自分の中に、芽生えた“心”を」

 

「そんな滅の“心”を、失いたくなかったんだ。たった一人の……」

 

 

「……“お父さん”、だから」

 

 

 ヒューマギアに自由を与え、彼らの心を守りたいと思った迅。

 そんな彼が一番守りたかったヒューマギアは、“お父さん”である滅だったのだ。

 そしてアークとの戦いが終わった今も、滅と共に歩んでいるのがその証でもあった。

 

「……そっか」

 

 彼方はいつものようにふわっと優しい微笑みで、話し終わった迅を受け入れた。

 

「滅さんのこと、大事に思ってるんだね」

「ああ」

「世界でたった一人の、家族だもんね……」

「そうさ。ヒューマギアは皆、僕の友達だけど……“お父さん“は世界にたった一人、滅だけだ」

 

 そこで、彼方はふふっと笑った。

 

「何だよ?」

「彼方ちゃんもね、そういうのわかるんだ。すごく。……すっごく」

 

 近江彼方には、妹が一人いる。

 

 近江遥。

 彼方とは違い都内の東雲学院に通うが、彼方は普段より彼女のことを人一倍、姉として大切に想ってきた。家庭の事情で二人になることが多かったのも、それに起因するのやも知れない。

 彼方はアルバイトも、家事も、学業も、スクールアイドル活動も、いつも、いつでも全力で心血を注いできた。加えて、同じように東雲学院でスクールアイドルを頑張る遥の応援も。それだけエネルギーを使う生活もあってか、学内では時間さえとれればよく眠っている、という面が他の生徒に印象づいてしまったものである。

 そして同好会が形になってきた頃、遥が一度同好会を見学に来たいと言い出した。彼方は大喜びでそれを迎え入れ、同好会の面々もスクールアイドルのレベルの高い東雲から見学ということで盛り上がったものの……遥の真意は、別の所にあった。

 

 

「私……お姉ちゃんが忙しすぎて倒れちゃうんじゃないかって心配で……それで、今日見学に来たの」

「そうだったの?」

「でも、今日のお姉ちゃんは疲れなんて感じさせないくらい元気で、楽しそうで……すごく嬉しかった。いつもは私を優先してくれたお姉ちゃんが、やっとやりたいことに出会えんだーって」

 

「今のお姉ちゃんには、同好会がとても大事な場所だってよくわかったの。……だから私、決めたよ」

 

「私、スクールアイドル辞める」

 

 

 青天の霹靂だった。

 

 これ以上彼方に無理をさせ続ければ、彼方はいつか倒れてしまう。アルバイトも、家事も、勉強も、スクールアイドルも全て頑張っているのだから。その原因が自分にあると考えた遥は、彼方に負担をかけたくないとスクールアイドルを辞めると決断した。

 

 遥のために頑張ってきたことが遥を心配させ、遥の夢を阻もうとしている。

 これ以上皮肉な事があるだろうか。

 

 彼方は悩んだ。悩んだ。悩んだ。

 

 自分が遥の重荷になるのなら、逆に自分がスクールアイドルを辞めようかとすら思った。だが周りに諭され自分の気持ちを整理していくと……それもまた、できない話だった。

 自分のスクールアイドル活動が、本当に楽しくて、嬉しくて……同好会は、やっと見つけた居場所なのだ。

 だが姉として、遥の大切なものも守りたい。

 仲間達はそれを応援し、肯定してくれた。それを後押しにして、彼方は遥に自身のパフォーマンス──新曲、”Butterfly”を披露し、自身の想いを伝えた。

 

 

「あのね。二人共同じ想いなら、お互いを支え合っていけると思うの」

「支え合って……」

「これからは家のこと、いっぱい手伝ってね? お互い助け合って、スクールアイドル続けていこう?」

 

「二人で、夢を叶えようよ」

 

 

 互いが互いを想うが故に起きたこの一件は、そうして円満に幕を閉じた。

 

「遥ちゃんのためなら、何だって、どれだけだって頑張れちゃうんだよね」

 

 彼方はえへへ、と笑った。

 

「……大事に、思ってるんだな」

「そういうこと。だから、迅くんのそういう”気持ち”がわかるんだよ。おんなじだな、って」

 

 迅の”心”は、その瞬間満たされたかのような気持ちになった。

 自分も迅も、大事な家族を想う気持ちは同じだと言ってくれるのは……つまるところ、ヒューマギアの心を、気持ちを理解してくれたのと同義であるからだ。“人”と“ヒューマギア”ではなく、“近江彼方”と“迅”として、彼方はそう言葉をかけてくれた。

 ヒューマギアのいないこの世界故に、思わず一家に一台、などと言ってしまうこともあるだろう。

 知らないのだから。

 だが一方でヒューマギアのいない世界であるからこそ、話していけば偏見や先入観のハードルは低く、越えることも容易かった。

 二人は今、お互いを知ったのだから。

 

「ありがとう……!」

 

 迅は今日一番のいい声で返した。しかし一方で彼方は、

 

「よし、これで今日はおしまい! 疲れたので……彼方ちゃんは……すやぴしま~~す……」

 

 作業を終えるとゆっくりと瞼を下ろし、眠りについた。

 

「……え?」

 

 迅は困惑するが、やがてすうすうと彼方の寝息が聞こえはじめる。

 

「いや、この状況から寝る!?」

 

 困惑を隠せなかったが、それでも危ないからと彼は彼方の周りの裁縫道具をささっと片づけ──

 

「……お疲れ様」

 

 冷房で冷えないよう、近くにあったタオルケットを肩からかけてあげた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 桜坂しずくは挨拶を終え、今一度頭を下げた。

 

「ミステリーファイル研究同好会さん、ありがとうございました!」

「いえいえー、こちらこそ。ライブ楽しみにしてます! ところで……」

 

 ミステリーファイル研究同好会部長はしずくの後ろの、

 

「そちらの男の人は?」

 

 滅を手で示した。見慣れない男性が挨拶回りに来ているスクールアイドル同好会と一緒にいる光景は、かなり違和感がある。

 

「ち、ちょっとした知り合いで……! 今回のライブの為に色々と手伝ってもらっている方です!」

 

 しずくは取り繕う。流石に、異世界からやってきたアンドロイドですとは言えるわけがない。

 

「そういうことだ」

 

 滅は解っているのかいないのか、それだけ答えて後はいつもの仏頂面だ。

 

「それからミステリーファイル研究同好会さん、こちらの資料ありがとうございました! とっても興味深かったです! 哀しいというか、不気味なというか……」

 

 せつ菜はバインダーファイルを手渡した。

 

「興味があればまた貸しますよぉ? 私のおすすめはやっぱり宇宙開発が引き起こした哀しい犠牲の事件、『氷の死刑台』事件なんですけど……」

「是非!」

 

 喜色満面のせつ菜を相手にしつつ、部長はその『青い血の女』という題のついたファイルを、書棚の『吸血地獄』と『光る通り魔』の間へと戻した。書棚には他にも、『死神の子守唄』『ゼウスの銃爪(ひきがね)』『闇に蠢く美少女』など、おどろおどろしいタイトルが並んでいる。

 

「そういえば桜坂さん」

「はい?」

「今日、生徒会長って学校に来てるかな?」

「……はい!?」

 

 部長の不意の問いに、しずくとせつ菜は揃って困惑の声を上げた。

 

「いや、秋からの予算案をそろそろ出そうかと思って生徒会室に行ったら来てたっぽい痕跡があったからさぁ……。まあ急ぎじゃないけど、こういうの早い方がいいじゃない?」

「そ、ソーデスネー……」

 

 急にせつ菜はドギマギし始める。それが、

 

「どうした? 生徒会長は、おまe……」

 

 滅には不思議だった。昨日の会話からすれば、せつ菜こそが生徒会長のはずなのだから。

 

「わーっ!! わ“──ッ!!!」

 

 せつ菜が大声で叫び、しずくはすぐさま後ろから飛びついて滅の口元を押さえていた。

 

「何!? いや急に大声出したりして……」

「な、なんでもないです! もし中川会長に会ったら、是非とも伝えておきますね!! それでは!!」

 

 滅に飛びついたまま、二人はミステリーファイル研究同好会を慌ただしく後にしていった。

 

「何をする!?」

 

 部室から出た後で、しずくから口元を解放された滅は憤った。

 

「私が生徒会長だってことは、内緒でお願いします!!」

 

 せつ菜は滅の勢いにも怯まず、ずいと顔を近づけた。

 

「……わからん。会長と言うなら生徒は当然知っている筈だろう」

「この学校の生徒会長は」

 

 しずくは苦笑いしながら、

 

「『中川菜々』さんなんです」

「……? じゃあお前は」

「『今』の私は『優木せつ菜』。『生徒会長』の私は……『中川菜々』、といったところですね」

 

 これこそが普段は校内にその姿を見せず、放課後やライブになると姿を現すという「放課後のスクールアイドル」、優木せつ菜の真相だった。

 

 生徒会長を務める、三つ編みに眼鏡の勤勉な生徒会長、中川菜々。彼女は放課後の時間だけ、衣装を纏い、髪型を変え、眼鏡を外し──勇猛果敢に大好きを叫ぶスクールアイドル、優木せつ菜へと“変身”するのだ。

 

「或人さんが普段は『飛電或人』だけど、“変身”すると『仮面ライダーゼロワン』になるようなものだと思っていただけると……」

「成程。しかし、何故そんなことをする必要がある?」

 

 別段驚いた様子もなく、滅はいつもの調子だ。

 

「私の家は、両親が厳しくて……テレビやマンガは禁止だし、当然スクールアイドルも……」

 

 生徒会長という役職は、そんな彼女の境遇にとってはぴったりだった。

 両親は成長の一環として、リーダーシップを養うためにやってみてはどうかとそれを望み、せつ菜──菜々自身も、「期待されるのは嫌いではない」。そしてこれは幾ばくか不純ではあるが、生徒会長を務めていれば、スクールアイドル活動をする過程で帰りが遅いのも、休日の外出も生徒会の仕事があると言えば誤魔化せる。家で禁止されている漫画やライトノベルを、こっそり生徒会室に隠しておくこともできる。自宅のクローゼットに少し仕舞ってはいるが、その程度では自身の“大好き”を満足させるには足りないのだ。

 

「ただまっすぐに、『菜々』のわたしで大好きなことを、大好き!って言えたらそれが一番良いんだと思います。でも、そう簡単には……。だから、私は私の心をさらけ出せる『私』に変身するんです。それが、『優木せつ菜』!」

「心、か……」

 

 滅はその単語に、何か思うところがあるようだった。彼は少し考えた後、

 

「今のミステリーファイル研究同好会で、挨拶回りは最後だったな」

「? ええ」

「同好会に戻る前に、行きたい場所がある。案内してくれ」

 

 滅に求められるまま、二人は校舎の中を案内していった。

 

「この階段だな」

「ええ……それにしてもペースが……あっ!」

 

 案内の途中で、しずくは声を上げた。

 

「お疲れ様、しずく」

 

 しずくが兼部している演劇部の部長が、廊下の反対側から歩いてきたからだ。

 

「部長……! さっき部室に挨拶に行ったらいないから、今日はいらっしゃらないのかと」

「ちょっと次の公演に向けて戯曲集探しをね。ちょうどいいや、『夕日のような朝日をつれて』と『また逢おうと西郷(せご)どんは言った』、どっちがいい?」

「な、悩みますね~~……! マルサン舞台にキャンディボックスですか!」

「ポリエステル360°も入れるか迷ったけどねえ。私はクラリーノ・ヨンドロヴィッチ好きだし」

 

 演劇人特有のサブカル臭全開の会話が繰り広げられている。滅はそんな二人の様子を、何やら思うところがあるかのように見つめていた。

 

「また今度の部の会議までに決めてきますね」

「おーけい、それじゃあよろしく。決めてこないなんてノンノン、だからね?」

 

 それだけ言うと、演劇部部長は上機嫌で去っていった。それじゃあ、としずくが音頭を切り、三人は階段を昇っていく。そして辿り着いたのは、

 

「わあっ……! 屋上ですね!」

 

 しずくは扉を開け、夏の陽射しに熱せられた潮風をぶわっと浴びながら声を上げた。

 

「もう、なんだか懐かしいですね……」

 

 せつ菜にとって、ここは印象深い場所だ。

 自身の“大好き”を貫こうとして同好会を行き詰まらせ、身を引こうとしていたせつ菜。そんな彼女の正体が生徒会長だと知った侑が彼女を呼び出し……

 

 

「私が同好会にいたら、皆のためにならないんです! 私がいたら、”ラブライブ”に出られないんですよ!?」

「だったら……! だったら、ラブライブなんて出なくていい!!」

 

「ラブライブみたいな、最高のステージじゃなくてもいいんだよ……! せつ菜ちゃんの歌が聞ければ、十分なんだ」

「スクールアイドルがいて、ファンがいる。それでいいんじゃない」

 

「……期待されるのは、嫌いじゃありません」

「ですが、本当にいいんですか? 私の本当のわがままを……“大好き“を貫いても、いいんですか?」

「もちろん!」

「……! わかっているんですか? あなたは今、自分が思っている以上に……」

 

 

「『すごいこと』を、言ったんですからね! どうなっても、知りませんよ!?」

 

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会ッ……! 『優木せつ菜』でした!!」

 

 

 せつ菜がスクールアイドルとして新しい一歩を踏み出したうえで、同好会に戻ってくるまでのやり取りを交わしたのが、まさにこの屋上だからだ。

 

「今日は、お前達とずっと一緒にいた」

 

 滅はフェンスの方まで寄り、校内にまばらに見える部活動中の生徒を見ながら呟く。

 或人との戦いを終え、滅亡迅雷.netとして悪意を見張り続ける過程で、滅はよくビルの屋上などに佇んでいることが多い。それは高所から人間を見渡すことによって、より多くの人間の心の状態を知ることができるからだ。

 

「部活や同好会の挨拶回りとして、沢山の人間を見てきた」

「ええ」

「……どの人間も感情が一定の閾値を越えて、その心が喜びに溢れていた。状態をスキャンすればわかる。さっきの女だってそうだ」

 

 屋上を選んだのは、この学園の生徒の心の状態を今一度確認したいからだった。滅は二人に向き直る。

 

「この学校にいる人間は皆だ! 勿論、お前達も……!」

 

 せつ菜としずくは少し戸惑いながらも、滅のその真剣な様子に圧倒されている。

 

「大好きを、心をさらけ出すと言ったな。お前達は、何故そんなに心に従って生きられる!? 何故だ!?」

 

 滅にとって、“心”とは重要な概念だ。

 迅は滅が自らの中に芽生えた心に葛藤し、恐怖しているのを見抜き、或人の手から滅を庇った。迅が爆散した後、アズは滅に接触し……或人と同様の“次のアーク”として、“絶滅ドライバー”と“アークスコーピオンプログライズキー”を授けた。

 

 

「今、あなたの心にあるのは……迅を喪ったことへの、“哀しみ”と、“怒り”」

「あなたにもあったのよ……。“心“が」

 

 

 悪意の器、アークとしてしての姿、仮面ライダー滅 アークスコーピオン。

 その姿でアークワンとなった或人と戦い抜き、そして──────

 

 

「迅は……迅は俺の息子だった!! それを奪ったのはお前だ!! 家族を奪われて……怒らない奴がどこにいる!?」

「ああ……その通りだ!! その怒りを! その哀しみを……お前はもうわかってたはずだ!! ……滅ぃ!!!」

 

「お前には……」

「“心”が、あるんだから」

 

「本当は怖かったんだ! 俺の中から湧き上がるこの……“俺を邪魔するワケのわからないもの”が!!」

「それでいいんだ……!」

「だから憎かった!! こんなものを教えた人間が!!!」

 

 

 自身の中にあった、“心”への戸惑いを、恐怖を。

 吐露した。

 

 心とは何か。何故こんなにも胸がざわめき、衝動があふれ出るのか。

 滅は、知りたいのだ。

 

「……自分の心に従って生きられる人間なんて、そんなにいないですよ」

 

 しずくはふふっと笑い、滅の右隣に立った。

 

「しかし、お前達は……」

「私も、ちょっと前まで滅さんみたいなものだったのかもしれません」

 

 桜坂しずくは、幼少の頃より少しばかり人と違った趣味があった。昔の映画や小説が、大好きだったのだ。

 しかしながら、そういった趣味を持っている者は周りに一人もおらず……理解してもらえたこともなかった。そういった体験を少しずつ積み重ねていくうちにしずくは……“本当の自分”と向き合うことが怖く、さらけ出すことが出来なくなっていった。

 

 

「そのうち……他のことでも、人から『違うな』って思われることが怖くなって……だから、演技を始めたの」

「『みんな』に好かれる、良い子のふりを。そしたら、楽になれた」

 

「私……やっぱり、自分をさらけ出せない! それが、役者にもスクールアイドルにも必要なら……!」

「私は!! どっちにもなれないよ!!」

 

「表現なんて、できない……。嫌われるのが、怖いよ……」

 

 

 演劇部の舞台での主役抜擢。

 それは部長から、「自分をさらけ出す役どころ」故にスクールアイドルとしても活動しているしずくだからこそと見込まれてのことだった。

 だが、自分をさらけ出すことへの恐怖を抱えていたしずくはその役のポテンシャルを引き出すことはできず……一度、再オーディションを行うとまで言われてしまった。

 そんなしずくの“心”を、

 

 

「ンなぁぁ~~に……甘っちょろいこと言ってんだぁぁ──っ!!」

「嫌われるかもしれないからなんだ! かすみんだって、こぉ~~んなにかわいいのに、ほめてくれない人がたくさんいるんだよ!」

 

「しず子も出してみなよ! 意外とガンコなところも、いじっぱりなところも、ほんとは自信がないところも、全部!」

「それ、褒めてない……」

「もしかしたら、しず子のこと好きじゃないって言う人もいるかもしれないけど……!」

 

「私は!! 桜坂しずくのこと、大好きだから!!」

 

 

 中須かすみが、受け止めてくれた。

 

 自分の中の全てを受け止めて、そしてさらけ出す。かすみの言葉で勇気を貰ったからこそ、それは出来た。

 舞台で再び主役の座を射止めることができたし、かすみは時々しずくの趣味に合わせてくれたりするようになった。オードリーならグレゴリー・ペック、と即座に出てくるだけの知識があるのが、その証拠だ。

 

「自分の中でぐるぐるもやもやした気持ちは、心は……誰かが受け止めてくれると、意外と答えが出たりするのかなって」

「誰かが、か……」

 

 滅にも、それはわかる気がした。彼もまた、

 

 

「そんな滅の“心”を、失いたくなかったんだ。たった一人の……」

「……“お父さん”、だから」

 

 

「絶対に、乗り越えられる……! “心“があるってわかったんなら!! だって……」

「俺達は、“仮面ライダー”だろ……!」

 

 

 自分の“心”を受け止めてくれた相手は、確かにいたのだから。

 

「心があるから、悩むんです。心があるから、苦しくなる時だってあるんです」

 

 せつ菜も、滅の左隣に立つ。

 

「大切なのは、その苦しさとどう向き合うか。どう受け止めるか。そうやって乗り越えて……自分の“心”を自分のものにしていく。滅さんにだってできますよ! “心”があるんだから!」

「俺の、心……」

 

 滅は、自分の胸に手を当てる。

 

「心があるから、楽しいんです。心があるから、嬉しくなる時だってあるんです」

 

 しずくが言葉をかける。

 

「せつ菜さんの言う“大好き”が、この学園には溢れています」

 

 しずくは先程の滅と同様に、フェンスから学園を見渡した。

 

 トレーニング中の運動部。

 資料を運んでいる文化部。

 それから、それから。

 

 見渡すだけでも、夏の陽射しの下、たくさんの“大好き“が……”心“が、輝いている。

 

 滅とせつ菜も、同じようにしてそれらを目の当たりにしていた。三人はしばし見つめていたが、

 

「この世界も……やはり、捨てたもんじゃないな」

 

 滅が、ぼそっと呟いた。その口元は……少しだけ、微笑んでいるようにも見えた。

 

「でしょう? この世界って、とっても眩しくて……愛おしい! 私、“大好き”です!」

 

 せつ菜は、今日一番の良い笑顔でそれに応えた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「よっし! このお店で終わりだね」

「……がんばった」

 

 愛と璃奈にはそれなりに活気があるが、

 

「そうか」

 

 不破は相変わらずの仏頂面だ。

 

「も~~! 不破さんはちょっとは笑った方が良いって!」

「おかしくもねえのに笑えるかよ。挨拶回りはお前らがやってんだから、問題ないだろ」

 

 そーゆーことじゃなくてさ、と愛は頭を掻いた。

 

 元々一回目の挨拶回りは不破達がこの世界にやってくるまでに済ませており、今回の目的は刷り上がったパンフの頒布と広告の確認のためだ。故に不破が何をすれば良いかと言えば、パンフや資料を持ってもらう荷物持ち程度の役割になる。

 基本的には愛たちの後ろで控えていたが、「そっちのでかい兄ちゃんは?」と聞かれながら挨拶回りをする羽目に相成ったというわけだ。基本的に仏頂面のうえにガタイが良く身長(タッパ)がでかいとくれば、挨拶回りにしてはどことなく威圧感が強くなる。

 

「よ~~し! 愛さん自慢のギャグで、不破さんを笑わせるしかないね!」

「!?」

「意外と笑ってみたら、『ふわふわ~~』とした笑顔だったり? 『不破』さんだけに!」

 

 ブフォッ、と不破が息を漏らしかける。早くも爆笑しそうになっているが、必死に堪えているのだ。

 

「折角だから笑顔で『愛』さんと『挨』拶回りしようよ~~! 『笑顔』って、とっても『ええ顔』だよ!」

「やっ……フハッ……やめろ……!」

 

 顔を真っ赤にして必死に堪える不破の手を、

 

「ねえ」

「あ……あん?」

「なんで、おかしいのに笑わないの?」

 

 璃奈が握って、その顔を見つめて聞いてきた。

 

「なんでって……」

「おかしいんなら、面白いなら、笑えるなら……笑ったほうがいいと思う」

「って、言ってもな」

「……私には、難しいことだから」

「りなりー……」

 

 表情を変えずに訴えかける璃奈。だが愛には、璃奈のその心情が痛いほどわかる気がした。

 

 天王寺璃奈は、表情に乏しい。

 

 幼い頃から両親が共働きで、一人でいることが多かった故なのだろうか、自分の中の感情を表情に出すのが難しいのだ。いつもきょとんとしたような、すましたような、あっさりとした無表情。

 しかし、彼女自身はとても“感情豊か”だ。ただ、それを表に出せないだけ。

 気兼ねなく話しかけてくれた愛を切っ掛けにして同好会に入り……“繋がり”を得た彼女だが、さらに多くの人と繋がりたいという想いは常にあった。そんな意気込みとして、彼女はゲームセンターでのソロライブを決めた。

 

 

「今回は、『できないからやらない』は……ナシだから」

 

 

 ライブに向けて努力し、研鑽していく璃奈。いよいよライブが近づいてきた日、彼女は話しかけてきたクラスメイトにライブのことを伝えようとした。しかし……

 

 

 窓に映った、自分の表情を見てしまった。

 

 

 感情に乏しい、愛想の無い表情。

 笑っているのか怒っているのかもわからない、自分の表情を。

 

 

 一度は全てを諦めかけた。自分は、変われないのだと。

 

 

「歌でたくさんの人と繋がれるスクールアイドルなら、私は変われるかも、って」

「でも……! みんなは『こんな事で』って思うかもしれないけど、どうしても気になっちゃうんだ! 自分の表情が……!」

「『ああ、だめだ』『誤解されるかも』って思ったら、胸が痛くて……ぎゅうう~~……って……! こんなんじゃ……このままじゃ……!」

 

「私は、皆と繋がることなんてできないよ……。ごめんなさい……」

 

 

 そんな彼女の気持ちを、仲間が受け止めてくれた。部屋で一人、段ボールの中に閉じこもったままの彼女を。そこで、璃奈は思いついたのだ。

 自分は自分のまま、自分の表情を、気持ちを伝えてくれる、“璃奈ちゃんボード”を。

 

「不破さんには不破さんの生き方があるんだと思う。でも笑えるなら、笑ったほうがいい。璃奈ちゃんボード、『ぷんぷん』」

 

 少し咎めるような表情のボードを出されて、不破は面食らった。

 

「……なるほど、な」

「ごめんなさい」

「謝るなって。俺だって別に、笑いたくないわけじゃねえ」

 

 少しばかり、宙を仰ぐ。

 

「なんだろうな。少しばかり張りつめすぎてて、誰かの前で笑うとか……今更なんだかなってなってるのかもな」

 

 不破諫の人生は本来、“普通でつまらない”程度のものだった。

 

 普通の家庭、普通の生い立ち、普通の生活。

 しかしながら、彼はAIMSの隊長として仮面ライダーとなる過程で……それを覆された。ショットライザーで変身する為には脳内にチップを埋め込む必要があるが、彼はそのチップを埋め込む過程で、「暴走したヒューマギアが中学校を襲い、ヒューマギアに殺されかけた」という、ヒューマギアを憎むための記憶を刷り込まれたのだ。

 

 

「ヒューマギアは、残らずブッ潰す……!」

「俺がやると言ったらやる! 俺がルールだ!」

 

「ヒューマギアは人を傷つける……人類の敵だ!!」

「ひとつ残らず……ブッ潰す!!」

 

 

 それを指示したのが、やはり天津垓。彼に偽りの記憶を明かされた不破は、激しく動揺した。しかし彼には……既に、憎しみに代わるアイデンティティがあった。

 

 

「よく聞け……ZAIA! 俺は変わった!! あの記憶は、もうどうでもいい! 俺にはなぁ! 憎しみなんて、もういらない!! 今の俺には……」

 

「”夢”があるからな。お前が作った、”仮面ライダー”という夢が!」

 

 

「今の俺には職がねえ。いざって時の保障もねえ。先行きは正直結構不安だ。あるのは、仮面ライダーって“夢”だけ。けど……」

 

 不破は璃奈の目を見て、

 

「あの頃とは違うからな。もう少し、気張らないでやってみる」

 

 少し笑みを見せながら、そう言った。

 

「先行きがわかんないと、ちょっと不安になること……あるよね。決まった答えなんて、ないだろうし」

 

 不破の言葉に、愛もどこか感慨深げだ。

 

「けど……」

 

 愛と璃奈がスクールアイドル同好会に入った直後、同好会では一人一人がソロアイドルとしてステージに立つという方向に決まりつつあった。個々がやりたいアイドルをやろうと言うのならば、それは当然の選択肢ではある。しかしながら、ソロアイドルはいざという時、グループ全体でカバーしあうことはできないという弱点もあった。

 

 “個”は、“孤”にもなりえるのだ。

 

 思い悩むというほどでもなかったが、愛はどうすればいいのかとずっと考えていた。

 

 

(正解がひとつなら、わかりやすいよね)

(スポーツにはルールがある。でも愛さん達の目指すスクールアイドルにはそういうのは無くて、自分ひとり)

(愛さんだけで、どんなスクールアイドルがやれるのかな? 愛さんの正解って……何なのかな?)

 

(こんなこと、今まで考えたことなかったよ)

 

 

 先行きが見えない。答えは何なのか。

 そんな時に、エマに同好会に入ってくれてよかった、楽しそうにしている愛ちゃんのおかげで皆の笑顔が増えている、と何気なく言われ……愛は気づいたのだ。

 

 

(そんなことでいいんだ……!)

(誰かに楽しんでもらうことが好き! 自分が楽しむことが好き!)

(そんな『楽しい』を、みんなとわかちあえるスクールアイドル……! それができたら、アタシは未知なる道に、駆け出していける!)

 

(『みち』だけにっ!!)

 

(皆と一緒……! ステージは、一人じゃない!)

 

 

「自分の中に、なにかひとつでも芯があるなら……きっと、大丈夫だよね!」

「……ああ」

 

 不破はまた、軽く笑みを含ませて返した。

 

「じゃあまずは……不破さんを笑わせるところから!」

「!? おい!」

「……不破さんボード、『にっこりん』」

 

 不破の眼前に、スケッチブックが突きつけられる。

 デフォルメされながらも不破のいかつさが隠しきれていないのがある意味特徴を捉えてはいるが……

 

 はっきりと、笑った不破が描かれていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「どうかな?」

 

 新曲を弾き終えた侑は、或人の方を見て感想を求めた。或人は、

 

「すごく良かった! なんかこう、一気にぐわーってテンションが上がるっていうか……夢が見たくなる曲だよ、これは!」

「よかった!」

「イズも、良かったよな? どう?」

 

 或人はイズを見やる。だが、

 

「……わかりません」

 

 イズは、少し困ったという顔をしていた。

 

「音楽は、今の私には……あくまで、音階とリズムの組み合わせでしかないので」

 

 ヒューマギアに心が宿るか、感情があるか。

 それは結局のところ、人間から見て人間らしいか、という人間主体のものなのかもしれない。少なくとも今のイズは、耳にしたものを「音楽」ではなく……「音」として理解していた。

 

「そっか……」

 

 歩夢は少し残念そうな顔をする。

 

「ですが、いつか……或人社長のギャグと同じように、侑さんの『音楽』を……楽しめるようになりたい」

 

 イズはそう言い、にっこりと微笑んだ。それを聞き、侑はよし! と立ち上がる。

 

「それが、イズちゃんの夢だね!」

「夢……。そうか、これが……イズの夢なんだ!」

 

 或人も嬉しそうに立ち上がった。

 

「きっと夢ですよ……! 夢!」

「いいよなあ~~! 夢! 夢を見る皆の笑顔!」

 

 高咲侑は、夢を見る人が好きだ。スクールアイドル同好会に入ったのも、元より夢を追いかけている人を応援したいから。

 

 

「自分の夢は、まだ無いけどさ……夢を追いかけてる人を応援出来たら、私も何かが始まる。そんな気がしたんだけどな」

 

 

 誰かの夢への情熱を傍で応援出来たら、きっと自分の夢も見つかる。そしてその通りに、彼女は音楽の道という夢を見つけたのだ。

「誰かの夢を傍で見ていると、自分も勇気が貰えるんだよ。俺も……わかるなって」

 

 

「私は……! 私も、夢を持ちたいと思いました! 或人さまの夢を、傍で見届けることです! そして……」

「心から、笑うことです」

 

「私が飛電インテリジェンスを乗っ取り、ヒューマギアが笑える世界を創る!」

「そんな世界では……或人は笑えない。俺の夢は……」

「俺が笑い、或人が笑う世界だ」

 

 

 人間とヒューマギアが手を取り合い、一緒に夢を見られる世界。

 実現には多くの壁があるだろうが……何故だろう。できる気がしてくるのだ。

 

 人間も、ヒューマギアも。沢山の夢を見て、今を一生懸命に頑張っているのだから。

 

「歌詞も夢を応援する曲にしたいんですよ! ほら、こんな感じで!」

 

 侑はできかけの歌詞を見せた。或人はそれをじっくりと読み込んでいく。

 

「なるほど……なるほど! これは……」

「ここのBメロのところが、まだちょっと悩んでるんですけど」

「……! じゃあさ!」

 

 或人はシャーペンを借りると、そこに先程聴いたメロディにあわせ、歌詞を書きこんでいった。

 

「夢っていいよな、ってのをそのまま伝えてみるの、どう?」

 

 侑はしばらくそれを読み、フンフンとメロディを再確認した後……

 

「これ……良いですよ! 言葉選びも良い、これに決定!!」

「よっしゃ!!」

 

 二人はそこで笑った。

 

「……二人は、よく似ているのかもしれませんね」

「イズちゃんもそう思う?」

 

 イズと歩夢は、夢について語り合う二人を見てそう言葉を交わした。

 

 夢を見る人を応援する、高咲侑と飛電或人。

 そしてそんな二人をそれぞれ見守ってきた、上原歩夢とイズ。

 

 互いに、とても良く似た組み合わせだったのだ。

 

「よ──っし! この曲で、夢について歌い上げよう!」

「応援するよ! (ゆめ)を見たなら……だれでも、『有名(ゆーめー)』人ってね! はい! アルトじゃ~~、ないと!」

 

 そこでまた大爆笑だ。ちょっとお!と咎める歩夢を、イズは見守っていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 時間が経つのは早いものだ。一日、二日と日数が経ち……いよいよ、ライブ二日前となった。

 シンクネット本拠地の割り出しは、なかなかに時間がかかっていた。敵の動きも全く無く、決め手として探し出すにはまだ情報が足りない状態だ。市中に出て情報収集等も行ってみたが、今だ手掛かりはつかめない。

 

「この調子なら、明後日のライブは大丈夫そうだね」

 

 夕方、部室に集まった一同を侑は見渡しつつ言った。

 

「あいつらがこのタイミングを確実と狙ってくる可能性はあるし、油断はせずにいこう」

 

 或人は楽観視せず状況を考えつつも、笑顔で同じく一同を見渡す。

 

「不破さん見ててよね! 愛さん達ぜったい、楽しさ全開のライブにするから!」

「皆さんと繋がれたら……嬉しい」

 

 愛と璃奈の真剣な眼差しを、不破は受け止めている。

 

「見せてみろよ、お前らの夢」

 

 そう言う彼の表情は、以前よりもずっとやわらかい。

 

「スクールアイドルとやらに興味はない」

 

 滅はそう言いつつも、

 

「だが、お前達が“心”をどう表現するのか……。それには興味がある」

 

 そう淡々と彼女らに告げた。

 

「……ええ! 見せてあげますよ、私達の“大好き”を!」

「表現に期待をしているのなら……きっと、ご期待に添えると思いますよ?」

 

 せつ菜としずくは不敵に笑う。

 

「彼方ちゃんがどんなライブするのか、気になるでしょお?」

「気になるかは置いておいて……見届けさせてもらうよ」

 

 彼方と迅は、互いに自分のペースを崩さない。

 

「準備は万全のようだな」

「あったりまえですよ! なんたってかすみんのかわいさは……1000%!ですからね!」

 

 かすみは、天津からだいぶ悪い影響を受けている気がしてならない。

 

「刃さんの心も、ぽかぽかにしてあげられたらいいな……!」

「目が離せないくらい、魅力的なステージになるわよ。必ずね」

「ああ。頑張ってくれ」

 

 刃はエマと果林に、珍しく笑みを見せている。

 

「夢で溢れるライブ、楽しみにしてるよ! 皆の夢はなに?」

 

 

「観てくれたみんなの心を、ぽかぽかににするアイドルになりたい!」

 

「見た人が忘れられないくらい、情熱的で魅力的なパフォーマンスを見せたいわ」

 

「世界で一番かわいいかすみんのかわいさを、余すところなくみせちゃいます!」

 

「遥ちゃんに自慢できるような、最高のライブにしたいよ~~……」

 

「私の大好きを、届けます!!」

 

「誰も見たことのない、私だけの表現を見てほしいです!」

 

「皆で楽しいを一緒に楽しめる時間! それっきゃない!」

 

「もっともっと、沢山の人と繋がりたい……!」

 

 

 皆は思い思いに、ライブにかける意気込みを……夢を語っていく。

 

「いいね……皆、素晴らしい夢だよ!」

 

 或人は満足げだ。

 世界は違っても、こんなにも……夢を見る人の表情はいきいきと輝くのかと、そう思えるからだ。

 

「歩夢は?」

 

 侑は歩夢の方を見やった。

 

「私は……」

 

 意外にも、歩夢はしばし考えこんだ後、

 

「わ、私! 飲み物買ってくるね!」

 

 部室を飛び出していった。

 

「歩夢……!?」

 

 侑は驚いて、開かれた扉を見つめていた。

 

「いや、歩夢ちゃん一人はまずいって! 俺行くよ!」

 

 或人は慌てて、歩夢の後を追った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……なんでだろう」

 

 部室を飛び出したまま学園の近くの川岸まで走ってきた歩夢は、そこでやっと足を止め、ぼそりと呟いた。

 夢について問われた時、他の皆は随分とするっと言語化できているなと驚いたものだ。

 

 今の上原歩夢には、夢が無いのではない。

 

 たくさん、ありすぎるのだ。

 

「侑ちゃんのため。同好会の皆のため。応援してくれる皆のため。それに……」

 

 歩夢はベンチに腰を下ろし、

 

「私も、皆の夢を応援したいのかな……」

 

 やっと、何とか手掛かりのようなものを掴むことが出来た。

 

「素晴らしい夢だね」

 

 突然、右隣から声がした。歩夢はびくっとその声の方を向く。そこには、

 

「やあ。また会ったね」

 

 それは年若いが、少々分不相応にも見える顎髭を蓄えた男。ド派手な赤のアロハシャツ。バリバリにツーブロックにした髪。両耳のピアス。

 あの騒ぎを治めた男が、傍らに座っていた。

 

「あ……あのっ……!」

「ごめんね、驚かせちゃったかな? 上原歩夢ちゃん」

「何で……私の名前……!」

「おいおい、君はスクールアイドルだろ? 君、自分が思ってる以上に有名だよ」

 

 そこで歩夢は、あ、ああと思い直し、息を吸ってから男をまじまじと見た。

 恰好こそ遊び人のそれだが、男の表情にはそういった人間特有の軽薄さや自信に溢れた横柄さは感じられない。柔和で包容力のある、安心する笑み。

 

 まるで、仏様だ。

 

「この間は、ありがとうございました」

 

 まずはお礼を言わねばと、歩夢はぺこりと頭を下げた。

 

「何だか困ってるみたいだったからね。あれで信じちゃう皆もどうかとは思うけど……」

 

 は、は、は、と、息を区切るようにして男は笑った。そして、

 

「それより……今の話、本当かい? 『誰かの夢を応援したい』って」

「え、ええ……」

「僕も今、誰かの夢を応援する活動をしているんだ。だから、気になってね」

「夢を、応援する……?」

 

「夢を追いかけている人を応援出来たら、僕も何かが始まる。そんな気がするんだ」

 

 その言葉に、歩夢は目を見開いた。

 

「私に、何か手伝えることありますか?」

「おっ、乗り気かい?」

「ええ。その言葉、侑ちゃんとおんなじだなって」

「侑ちゃん?」

「あ、私の幼馴染で……」

「幼馴染……」

 

 そこで初めて、男の表情が少し曇った。

 

「私、侑ちゃんと一緒に夢を見たいって思って……二人の道が違っていくんじゃないかって思ったけど、それを乗り越えて……今は二人で、みんなで……夢を追いかけてるんです!」

 

 ぱあっと笑いながら言う歩夢。だが対照的に、男の顔はさらに曇った。

 

「そうか……」

「あ、えっと……ごめんなさい! 何か気に障りましたか?」

「いや、いいんだ。僕の個人的な問題さ」

 

 男は歩夢から目をそらし、地面の方に視線を移した。

 

「……僕にもね、そういう相手がいたんだ。二人で、一緒に夢を追いかけようって」

「そうなんですか?」

「二人なら、何だって出来る気がした。こいつとなら一緒に夢を追いかけていけるって、そう思ってた」

「思って『た』。その人は?」

「二人の夢が、道が……違っていってしまったのさ。だから、僕は今一人だ。君も……気をつけた方がいい」

「私は……! そんな風には、って言うのはよくないけど、侑ちゃんとはそうはならないです!」

「どうかな」

 

 露悪的な返しに、歩夢はむっとした。男はそれを見て、おっと、と思い直したようだった。

 

「すまないね。いい年して、自分の失敗を思い出してムキになってたかもな」

「いえ、私こそ……。今からでも、その人と仲直りしたりできないんですか?」

「無理さ」

「どうして?」

 

「手遅れなんだ。もう、色々とね」

 

 男はまた、は、は、はと乾いた笑いを返した。そこに、

 

「あーいたいた! 歩夢ちゃん、一人で出歩いたら……」

 

 侑を見つけた或人が駆け寄ってきた。しかし、

 

 

「……え?」

 

 

 歩夢の隣の男を見て、或人は固まってしまった。歩夢はどうしたんですか、と声をかけるが、或人は棒立ちのまま動かない。それどころか、膝ががくがくと震えはじめていた。

 

「……逢いたくなかったよ。お前とは」

 

 男はゆっくりと立ち上がり、或人に向き合った。

 

「ウソだ……」

 

 或人の口から、かすれた声が漏れた。

 

「久しぶりだな」

「ウソだ……」

「……或人」

「ウソだ!!」

 

 或人は恐怖するかのように、絶叫した。

 

「私は、『フツ』」

 

 男はそう名乗ると、

 

“ザナドゥドライバー!”

 

 ゼロワンドライバーによく似たドライバーを取り出し、腰に巻いた。

 驚く歩夢。もはや言葉を失った或人。

 

 陽射しは傾き、オレンジと紫が混ざり合った夕暮れ空。周りの音が聞こえないぐらいに不気味な静寂の後、

 

“XANADU!”

 

 男──“フツ“はプログライズキーを取り出し、起動させた。ザナドゥドライバーのレバーを押し、変身モードを起動させる。

 

 瞬間、辺りに花が咲き乱れる。

 空間を全て埋め尽くすほどの──────蓮の花。

 

 その光景は、まるで極楽浄土だ。

 

「……変身」

 

“PROG-RISE!"

 

 プログライズキーが装填されると同時に、一際大きな蓮の花のつぼみがフツを包み込む。それこそが、“ザナドゥプログライズキー”に格納されたライダモデルだ。そして、それが“開花”すると同時に……

 

"ARK! Dash! Dream! Delusion!"

 

Illustration by 皿田(@saradaver)

 

"────XANADU the KAMEN RIDER."

"The dreamer who believe in success our shangri-la."

 

 

「夢見る人を皆、夢叶う桃源郷(ザナドゥ)に導く……」

「それが私、"仮面ライダーザナドゥ"だ」

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