仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW   作:度近亭心恋

5 / 11
人は人に捨てられたりなんかしない。自分が自分を捨てることしかできないよ。
吉本ばなな(1964~)


Part5 カレこそが教祖で仮面ライダー

 夕日が差し込む放課後の教室に残っているのは、一人だけだった。

 

「飛電、まだ残ってたのかよ?」

 

 教室の扉を開けて、入ってきた影がある。一人の男子生徒だ。

 

「あ……ああ、【  】君。ちょっとね」

 

 教室に残っていた生徒──高校一年生、16歳の飛電或人は、入ってきた男子生徒を見て照れくさそうに頭を搔いた。

 

「何やってんだ?」

「……進路希望調査。先生に、もっとちゃんと考えろって言われちゃってさ」

「何て書いたんだよ」

「『皆を笑顔にする仕事がしたい!』って」

「抽象的! アバウトすぎだろ!? アバウト村の村長さんかよ! ああ、いや……」

 

 そこで男子生徒は思い返し、

 

「村長っていうか、社長だろ? お前ん家あの飛電インテリジェンスなんだからさ。当然、後継いで社長コースでしょ」

「ああ、いや……家の方は色々あって」

 

 或人は複雑そうな表情を見せる。

 

「何か俺まずいこと言った? 折り合いが悪いとかなら……」

「そういうんじゃないけどさ。まあ……社長は無いよ。高校まではじいちゃんに頼んでお金出してもらってるけど、そこから後は独立したいなって」

 

 幼少期にデイブレイクで“父”である飛電其雄を喪って以降、飛電或人は家から距離を置くことを念頭に生きてきた。結局最期まで、“父”を笑わせられなかったという彼の懊悩は相当なものだったのだ。

 

 人工知能も、人間も、心は同じはず。

 その心に訴えかけて、笑顔になってほしい。

 

 それを為すには、飛電インテリジェンスという巨大な資本、力に頼るのではなく……飛電或人という人間一人の力で為さねば意味はない。反抗期というのも多分にあったが、彼はそう思っていた。

 

「とにかくさ、皆を笑顔にしたいわけだけど……これが悩むんだよな~~!! だってパン屋さんなら、おいしいサンドイッチで皆を笑顔に出来るだろ? バスの運転手さんでもお客さんを笑顔に出来る。農家になって市場の人や、その野菜を食べる人を笑顔にするってのもアリだし……笑顔の為ってなったら、夢の選択肢広がりまくりでさ!」

「……そりゃそーだろ。仕事って究極的には、その結果として誰かの利を生みだすものなんだから」

「マジレスやめて!」

 

 或人は苦笑しつつ、改めて進路希望調査の用紙に向き直った。

 

「だからさ、とりあえず『皆を笑顔にする仕事がしたい!』って書いたわけなんだけど……」

「まあ、俺が先生でも怒るわそれは」

 

 男子生徒はおどけて肩をすくめた後、

 

「だったらさ。もっと直接的に、人を笑顔にする!ってとこ一点狙いでいけばいいんだよ。パンが焼きたいわけでも、バスが運転したいわけでも、野菜作りたいわけでもないんだろ? 一番やりたいのは、他人を笑顔にすること。それが答え」

 

 真面目な表情でそう言った。

 

「でも、そんな仕事って」

「あるだろ? とびっきりのが」

 

 男子生徒は或人の目を見たまま、

 

「実はさ、俺……お笑い芸人になりたいんだよ。俺と一緒に、コンビ組まないか?」

 

 真剣な声色で、切り出した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……」

 

 飛電或人は言葉を失っていた。

 目の前にいる“仮面ライダーザナドゥ”に変身した人物を、彼は“知っている”。

 

「……っ」

 

 何か言おうとしても、言葉が出てこなかった。

 何を言えば良いというのだ。何を。

 

「……」

 

 上原歩夢もまた、言葉を失っていた。

 あの仏様のような柔和な笑みの、温厚な男が。自分の過去の失敗を語った時に、とてつもない哀悼の表情を見せた男が。

 世界を破滅に導くという“シンクネット”の教祖、“フツ”だと言うのだから。

 

「三人に挑発に行かせたついでに様子を見にきたが……真っ先に顔を合わせるのがお前とはな」

「挑発……!?」

 

 何とか或人が絞り出した声にも、ザナドゥは何も答えなかった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「チョーハツってどのぐらいやればいいのかな? 髪伸ばせって?」

 

 バリーはスラッシュアバドライザーを弄びながら、けらけらと笑う。

 

「……それは、長髪」

 

 ミンツは必要以上に言葉を発したくないとばかりに、ぼそりとそれだけ言った。

 

「どうでもいい会話は慎め。今はただ、フツ様の期待に応えるだけだ。我々を……」

 

 ジョンは宙を仰ぎながら、

 

「本当に導いてくれる、“教祖”のために」

 

 救いを求めるかのような表情で、呟いた。

 虹ヶ咲学園の校門に向け、彼らは一歩一歩踏み出していく。そして、

 

「実装!」

「変身!」

 

“ランペイジガトリング!”

“シェイディングホッパー!”

 

 その内面をさらけ出すかのような異形へと姿を変え、校門の中へと踏み込もうとしたが、

 

「おらっ!」

 

 先頭を立って駆け出したジョン──ランペイジレイダーに叩きこまれた強烈な蹴りで彼が倒れ伏したことで、勢いが止まった。

 

「誰の許可で学園の中に入ろうとしてんだ、コラ」

 

 不破だ。後ろに刃と天津を引き連れつつ、彼は険しい目で三人を見やった。

 三人はそれぞれZAIAスペックを着けている。天津は今回の作戦用に、連携が取れるよう全員分のそれを持参していたのだ。

 

「きたきた、正義の味方気取りのいや~~な連中が……」

 

 スラッシュアバドンは辟易したように声を上げる。

 

「邪魔」

 

 ショットアバドンはただただ、それだけ呟く。

 

「随分と……」

 

 ランペイジレイダーは腕のガトリングを構えると、

 

「早いじゃないかァ!!」

 

 ガトリングヘッジホッグの能力を発動し、威力を高めたガトリングを撃ち放った。三人はぎりぎりのところでそれを避けると、

 

「変身!」

 

“SHOT-RISE! Ready-GO! アサルトウルフ!”

“──────No chance of surviving.”

 

“SHOT-RISE! ライトニングホーネット!”

“──────Piercing needle with incredible force.”

 

“PERFECT-RISE! When the five horns cross,the golden soldier THOUSER is born.”

“Presented by────ZAIA.”

 

 それぞれ、戦闘態勢を整えた。

 

「こっちは手がかりも無しにひたすら一週間近く毎日毎日毎日調査のし通しだ。突然通信状況に変化があると思って調べてみれば、学園の近くに反応あり。……私達をわざとおびき寄せようってハラか?」

 

 バルキリーは探りを入れるかのように声を張る。迅速にかけつけることができた、というよりは、なるほどわざとこの場に来るように情報を与えられたといった印象だ。

 

「……生徒の避難状況は?」

 

 サウザーはバルカンに聞く。

 

「滅と迅が屋上から校内中物体認識で探索をかけてるが……おっ!」

 

 バルカンが答えていた時、滅と迅から生徒の避難状況のデータがZAIAスペックに転送されてきた。幸いにして夏休みの夕方のこと、殆どの生徒が帰宅しており、部室棟に数人、職員室に数人といったところらしい。今回のライブ会場となる講堂も設営は終わっており、最終確認の生徒がこれまた数人。生徒が多くいる学生寮までは、だいぶ距離がある。

 

「……騒ぎになる前に、終わらせるぞ」

 

 バルカンは決意するようにそう言うと、ランペイジレイダーへと向かっていった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「来いよ」

 

 ザナドゥは自分から仕掛けようとはせず、或人の覚悟を試すかのように声をかけた。

 或人は苦悩するかのように、もう一度ザナドゥを見た後……

 

「……あああああああああああああああああああッ!!」

“Everybody,JUMP! AUTHORIZE……!”

 

 ゼロワンドライバーを巻き、現状使える最大戦力の“メタルクラスタホッパープログライズキー”を起動させた。

 

「変身!!」

 

 絞り出すかのような声で叫ぶと、

 

“METAL-RISE! Secret material! HIDEN-METAL! メタルクラスタホッパー!”

“──────It's High Quality.”

 

 或人の身体を無数の機械バッタが群体(クラスター)となって覆いつくし、銀色に輝く“仮面ライダーゼロワン メタルクラスタホッパー”へと変わる。

 

「ああっ!」

 

 ゼロワンはすぐさまヒューマギアの善意によって出来たプログライズホッパーブレードを構えると、それでザナドゥに斬りかかる。ザナドゥはこれを避けようとはせず、

 

「……ぶれているな」

 

 胸元で敢えて受け、その太刀筋から或人の心情を読み取っていた。ゼロワンは加えてアタッシュカリバーを呼び出し二刀流で切りかかっていくが、それらは大したダメージになっていない。或人の心の迷いが、そのまま出てしまっているのだ。

 

「こっちも行かせてもらうぞ」

 

 ザナドゥはそう言うと、

 

「カンタカ!」

 

 手を虚空にかざし、無からバイクを生成した。オフロード車をベースにした、まるで息づく馬のような威圧感のあるそれ──“マシンカンタカ”に彼は跨ると、エンジンをふかす。そしてアクセルをかけると、後輪が勢いよく回転し……

 

 パワーの塊のようなそれが、ゼロワンに飛びかかってきた。

 

 ゼロワンは身の危険を感じ、瞬時にボディの飛電メタルから機械バッタ──”クラスターセル”を飛ばして鋭利で粗削りな鉄柱を作り上げると、それでカンタカの前輪をがっしりと受けた。

 前輪とクラスターセルがぶつかった反動で、ザナドゥを乗せたままカンタカは後方へと弾き飛ばされる。だがザナドゥはハンドルに力を込め、車体に体重を乗せて後輪で見事に着地し、オフロード車特有の強靭なサスペンションでその衝撃を殺した。それどころか、反動で車体は再びゼロワンへと飛びかかってくる。

 

 ゼロワンは今度もクラスターセルでそれを受けたが、敵もさるもの。今度は後輪でクラスターセルに飛びかかり、後輪のもの凄い勢いの回転によってガリガリとそれを削り取らんとする。ゼロワンはもう一つクラスターセルを作り、運転しているザナドゥを狙ったが……

 

「甘いぞ」

 

 ザナドゥは既にカンタカを捨て、空中へと飛び上がっていた。ゼロワンが反応する隙も無く、見舞われた飛び蹴りが胸元を捉えている。

 

「うあぁっ!!」

 

 ゼロワンは後方に蹴りの勢いのまま飛ばされ、コンクリートの壁に激突した。

 

「変わってないな、お前は」

 

 ザナドゥは倒れ伏したゼロワンの方へと歩み寄ってくる。

 

「感情にのまれて、いつも大切なものを見失う。ロジカルさのかけらもない」

「そっちこそ……」

 

 ゼロワンは大きく息を吐きながらも、諦めてはいないという様子でザナドゥに顔を向けた。

 

「?」

「変わってないな」

 

 ゼロワンの短い一言。ザナドゥは首を傾げたが次の瞬間、

 

「……!! あ“あ”あ“!!?」

 

 背中を食い破られる感覚に、絶叫した。ザナドゥの背中には──

 

 大量のバッタが蠢いていた。

 

 それはメタルクラスタホッパーのボディを形成する、クラスターセル達だった。メカバッタの群体ではあるが、彼らはまるで本物のバッタのように蠢き、ザナドゥの身体を蝕む。食らいつくさんと、貪りつくす。

 

「なん……だとォ!!」

 

 ザナドゥにとってこれは想定外だったようだった。だが彼はすぐに体勢を立て直すと、背中から大量の蓮の花を咲き乱れさせ、バッタ達をすべて振り払った。

 

「やっぱ、変わってないみたいだな。頭が良くて、いつもむずかしいこと考えてるけど……たまに周りが見えなくなる」

 

 ゼロワンは立ち上がりながら、ザナドゥに声をかける。

 

「変わってない……? 変わってないだと!?」

 

 ザナドゥは初めて怒りに声を震わせながら、

 

「これが!! 変わってないとでもいうのか!!」

 

 食い破られた背中を、一瞬で修復した。あまりの光景に、見ていることしかできない歩夢もヒッと短い声を上げた。

 

「……だよな」

 

 ゼロワンは、それを予想していたようだった。

 

「今のお前は、ナノマシンの集合体なんだな。……エスと同じように」

「その通りだ」

「だって、お前は……」

「言うなァ!!」

 

 ザナドゥは叫び、瞬時にゼロワンにパンチを叩きこむ。

 

「世界は変わるんだ……! 皆が夢を見られる世界に!」

「お前は一体、何をしようとしてるんだ!?」

 

 ゼロワンは問うが、

 

「……答える必要は、無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドライバーから流れ出したエネルギーが、再び咲き乱れる無数の蓮の花を描き出す。そして、ひときわ大きな蕾がゼロワンを包み込み……

 

 

ザ ナ ド ゥ

 

 

イ ン パ ク ト

 

「はあああ──っ!!」

 

 ザナドゥの蹴りが蕾に叩きこまれ、砕け散るかのようにして”開花”する。ゼロワンは爆発と共に多大なダメージを受け、変身解除されて或人へと戻ってしまった。

 

「或人さん!!」

 

 歩夢は絶叫する。ザナドゥはその姿を、一瞬悲しそうに見つめた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「アバターでイキッてる連中の割には……やるじゃないか!」

「それはど~~も!」

 

 スラッシュアバドンのスラッシュアバドライザーと自身のサウザンドジャッカーを鍔迫り合わせた後、天津は力を込めて後ろに飛びのいた。

 元来シンクネット信者──仮面ライダーアバドンの戦闘と言えば、個々の能力はそれほどでもないが数に物を言わせた蝗害そのものの戦い方だったはずだ。だが強力なレイダーに率いられたこの二人のアバドンは、それなりに戦闘の経験をしてきた不破、刃、天津でも手こずるほど卓越した個人での戦闘スキルを備えている。

 

「キーの性能か? 飛電或人のシャイニングホッパーに相当するプログライズキーのようだからな」

「ボク達自身が強いからに決まってるでしょ! 大体このキーが出来たのはあんたのお陰じゃないか、天津垓」

「何……!?」

 

 サウザーは驚き、一瞬動きが止まる。

 

「あんたのそのサウザンドジャッカー、かの有名な“お仕事五番勝負”の時には随分とプログライズキーのデータを集めたんだってねえ? 当然ながら……」

「シャイニングアサルトホッパーのデータ!」

「そのとーり!! あんたがサウザンドジャッカーを通じてZAIAのものにした技術はぜ~~んぶ! 野立のおっさんを通じて僕達シンクネットがいただいちゃってるからねえ!」

 

 要するに、

 

「またお前のせいかァ!!」

 

 バルキリーはランペイジレイダーの攻撃をいなしつつブチギレていた。

 天津垓の行動は、巡り巡って悲劇や苦難を引き寄せる。もはやそういう星の下に生まれてきたのだとでも言われなければ説明がつかないのではと言いたくなるぐらいだ。

 

「よそ見をするなよ、お嬢さん!」

 

 ランペイジレイダーはストーミングペンギンの力を自身のガトリングに付与し、回転させることで竜巻を発生させる。生まれ出た竜巻は瞬く間にバルキリーを巻き込み、流石のバルキリーもこれにはダメージを受けていた。

 

「ちゃんと僕だけを……見ていてくれないと」

「気持ち悪いぞ、狂信者!」

 

 バルキリーは荒く息を吐きながら体勢を立て直す。しかし、

 

「狂信者……狂信者ねえ」

 

 ランペイジレイダーは動きを止め、物悲しそうな声を出した。

 

「十把一絡げにして簡単に言ってくれるがね。私達の気持ちを考えたことがあるかい。破滅願望に取りつかれて、救いを求めるしか無かった私達の気持ちが」

「……無いな。自分達が辛かったら世界を巻き込んでも良いのか? それこそエスの想いに比べれば……」

「その前提がそもそも間違いだ!!」

 

 ランペイジレイダーはここで、初めて怒声を上げた。

 

「世界を巻き込んだのはあいつも同じだ!! 恋人の為の理想郷? 電脳世界の楽園?」

 

 一度吐き出せば、もう止まらない。

 

「ふざけるな!!」

 

 止まらない。

 

「その世界に連れて行かれた市民たちの誰が、連れて行ってくれと頼んだ!? 世界を自身のエゴに巻き込んで、私達のように本気で救いを求めた人間の心も利用したあいつの……どこを肯定できるというんだ!!」

 

 止まらない。止まらない。

 それはかつて────否。今この瞬間も、救いを求めている彼の心の叫びだった。

 

「それは……」

 

 バルキリーは言い淀む。好きな人に幸せになってほしい。エスが……一色理人が抱いていたその想いに嘘はないし、美しいはずだ。

 その過程で踏みにじられる、幾多の想いから目を背ければの話だが。

 

「死ね」

 

 ランペイジレイダーは感情のトーンを落とし、無慈悲に言い放つ。ファイティングジャッカルの力でファイティングジャッカルレイダーの専用武器たる大鎌、テリトリーサイズを生成すると、彼はそれを思い切り振りかぶり、バルキリーの胸元を抉った。バルキリーはぐあっ、と声を上げ、切りつけられた勢いのままに後方へと倒れ伏す。

 

「死ね。私達の楽園を邪魔すると言うのなら」

 

 ランペイジレイダーはテリトリーサイズを構え、倒れたバルキリーに追撃を食らわせようとした。だがその瞬間、彼の顔が爆発する。

 

「その辺にしとけよ……!」

 

 バルカンはアサルトウルフの強烈な銃撃でランペイジレイダーを撃ち、牽制せんとしていた。しかし、今度はバルカンの背中に火花が走る番だ。先程までバルカンと交戦していたショットアバドンが、これ幸いと後ろから撃ってきたのだから。

 

「後ろから撃つのにも遠慮なしかよ……!」

「……当然。その方が効率的でしょ」

 

 ショットアバドンは鈴を鳴らすかのような声で、無感情にそう返す。

 

「そうかよ。前を向いて生きられねえような奴らのやることは違うな」

「……!」

 

 バルカンのその言葉が何か気に障ったのか、ショットアバドンは再び何発もアバドライザーを撃ち放つ。バルカンは鬱陶しそうにそれを受けていたが、

 

「不破ぁぁ!! 後ろだああああ!!」

 

 バルキリーの大絶叫が響いた。その声にビクッとしたバルカンが後ろを向こうと首を傾けるうちに……

 

 

 バルカンの首を刈り取らんと、大鎌を振りかぶるランペイジレイダーの姿が映った。

 

 

 目に映った時には、もう遅い。

 今からでは、間に合わない。

 バルカンにできることは、何一つ……

 

 

「……何をやっている!!」

 

 再び、もの凄い勢いの叫びが響き渡る。同時に、ガギィィンと不快を覚えるレベルで大きな金属のぶつかる音も強く響いた。

 そう、バルカンにできることはあの状況で何一つない。しかし────

 

 滅には、別だ。

 

 刀でランペイジレイダーのテリトリーサイズを受け、バルカンの首が胴体と泣き別れするのを彼は見事に防いでいた。

 

「ごめん! 遅くなった!」

 

 上空から声が響き、同時に火炎弾が二人のアバドンとランペイジレイダーに直撃する。迅だ。

 生徒たちの居場所を確認した二人は、人的被害が拡大しないことを確認するとこの場に馳せ参じたというわけだ。

 

「助かったぜ」

「礼などいらん。気をつけろ」

 

 バルカンの言葉にも素気ない滅。兎にも角にも、戦う準備が整ったかと思われた時……

 

「見つけた……! 見つけた、見つけた……」

 

 ゆらりと立ち上がり声を発したのは、

 

「見つけたァァ!!!」

 

 ショットアバドンだった。無感情で淡々としたミンツのあの姿からは考えられないほどに、彼女は怒声を発し、すぐさま銃を撃ち放つ。その攻撃は全て、

 

「滅を狙ってるのか!?」

 

 迅は困惑しながらも下降し、滅とショットアバドンの間に割って入る。

 

「悪いけど、滅はやらせ……」

「邪魔をするなァ!!!」

 

 迅が言い終わる前に、ショットアバドンは肉迫すると邪魔者は消えろ、消えろ、消えろと言わんがばかりの勢いで銃をほぼゼロ距離で乱射する。あまりの相手の勢いに、迅は成す術もなく撃たれるがままだ。

 

「やめろ!!」

 

 滅は自らが撃たれるのも覚悟で、刀を二人の間に滑り込ませて無理やり距離をとらせ、ショットアバドンに向かい合う。

 

「貴様、なぜ……」

「壊れろ!! 悪魔!!」

 

 ミンツの怒りは頂点に達していた。アバドライザーをトンファーが如く振りかぶり、滅に直接殴りかかろうとする。当然ながら手練れの滅のこと、刀で相手の動きを抑えつついなしていくが、ショットアバドンはそれすら意に介さず、アバターの身体がどうなろうと構わぬとばかりに攻撃を続ける。

 

 ただ、滅を倒したい。それだけが目的かのように。

 

「おい、てめえ……!」

 

 バルカンはショットアバドンを抑えようとするが、

 

「邪魔だって言ってるだろ!!」

 

 強烈な蹴りが、バルカンの腹に見舞われた。バルカンは予想外の攻撃に、尻餅をつく形で地面に倒れ伏した。

 

「そこまでして、俺を滅ぼしたいか」

「当たり前だ!! 人の命を奪いながら、のうのうと生き延びている……悪魔め!!」

 

 滅の問いに、ショットアバドンは攻撃の手を休めないまま殺意を剥き出しにして叫んだ。その言葉に、滅も一瞬動きが止まる。

 

「やりすぎだ。これでは挑発の度を越えている……」

 味方であるランペイジレイダーすら呆れてそうため息をつくと、

 

”パワーランペイジ!”

 

 ランペイジガトリングキーのチャネルをパワー、スピード、エレメントのうちから”パワー”に合わせ、

 

“ランペイジパワーボライド!”

 

 パワーに優れたの三体の力を開放し、強力なパワーのオーラによる遠隔全方位攻撃で全員を吹っ飛ばした。全員が強力なオーラによる攻撃をまともに食らい、変身が解除される。

 

「崇高な私達の目的を忘れるな……」

 

 倒れ伏した一同を見下ろしながらランペイジレイダーも変身を解除し、ジョンへと戻る。そして彼は、通信を起動した。

 

「……フツ様」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「そうか。ミンツには僕が言っておくよ」

 

 倒れ伏す或人を見下ろしながら、ザナドゥは悠々と通信を受け会話していた。挑発組はひと悶着あったが、自分達の存在を誇示してきた。それだけわかれば十分だ。

 

「それじゃあ」

 

 ザナドゥは通信を切ると、

 

「お前には、俺は止められない。俺の……俺達の、夢はな」

 

 倒れ伏す或人を見下ろしながら、変身を解除しそう告げた。

 

「……どうして?」

 

 或人を介抱しつつ、歩夢はフツを見る。

 とても、悲しい視線を向けながら。

 

「どうして、夢を見ているのに……! こんな酷いことができるの!?」

 

 歩夢の腕の中の或人はぼろぼろだ。“夢”を持って行動していると宣言する、ザナドゥの攻撃によって。

 

「夢のために誰かが傷つくなんて、そんなのおかしいよ!」

「……わかっていないな!! 本気で夢を、目的を果たそうとするなら、誰かとぶつかるのは避けられない。誰も傷つけずに夢を叶えたいなんて、考えが甘いんだ」

「そんなこと……!」

 

 歩夢が次の言葉を探していた時、

 

「歩夢!!」

「侑ちゃん!?」

 

 息を切らして駆けつけた侑が、歩夢の名を呼んでいた。それを見たフツは目を伏せ、

 

「……君には、決してわからないさ」

 

 それだけ告げ、去っていく。

 

「ま……て……」

「或人さん!?」

 

 歩夢の腕の中で、或人は必死に声を出そうとしていた。

 

「あらぁ? 新しい”アーク様”に、随分とやられたみたいね」

 

 突如、或人に声をかける者がある。

 一体いつの間に現れたのか、一人の少女が歩夢と或人の傍に立っていた。

 

「イズちゃん……?」

 

 歩夢たちの方に駆けてきた侑は一瞬そう言いかけるが、その人物がイズでは無いことを瞬時に理解した。

 

 イズとは違う、長い髪。

 イズとは違う服装。

 そして、イズなら決して見せないような邪悪な笑み。

 

「私はアズ。悪意があるところに現れる、アーク様の使者……」

 

 “アズ”の返答に、侑は身構える。

 或人達から聞かされた話によれば、アズはアークの使者として立ち回り、オリジナルのアークが破壊された後も悪意に呑まれた器の“次のアーク”となった者の前に現れ、その悪意の解放を促すとのことだった。

 シンクネット事件の少し前には自らの中にある仮面ライダー達への憎しみによって自ら次のアークとなり、“仮面ライダーアークゼロワン”として或人達と戦ったこともあると聞く。

 そんな相手がこの場にいるということは、ただ事ではない。

 

「そんなに怖い顔しないでよぉ、今日はただ”アーク様”と一緒に挨拶に来ただけなんだから」

「アーク様……?」

 

 歩夢は或人の肩を抱きつつ、アズを恐々と見る。

 

「そ。フツこそが次の“アーク様”……。人間の悪意の坩堝」

「あの人が、悪意の……!?」

 

 歩夢にはやはり信じられなかった。

 確かに彼は或人を、ゼロワンを徹底的に叩きのめすほどのすさまじさがあった。だが、どうしても……

 戦いの前に見せたあの悲しい顔が、忘れられなかったからだ。

 

「それじゃあ、ネ」

 

 アズはケラケラと笑いながら、手を振り去っていく。侑と歩夢は逃がしてはまずいのではと思いつつも、恐ろしさの方が勝って動けなかった。何より”奇妙”なのは────

 アズの服装が、”パーカーの上にジャケットを羽織ったスタイル”だったことだ。

 

「ま……て……」

 

 或人は必死に声を出す。

 

「ごう、た……」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 シンクネットのサーバー兼本拠地の薄暗い一室で、帰りついたフツと三人の幹部は語り合っていた。

 

「ミンツのせいでしょ?」

 

 バリーは咎めるようにそう言う。傲岸不遜で他人を慮らない彼ではあるが、流石に今回の言葉は的を得ている。最初から挑発目的で自分達の存在をゼロワン達にアピールするのが主ではあったが、それにしてもミンツの独断での暴挙が状況をややこしくしたことは否めないからだ。

 

「私達は”夢”の為に戦っているんだぞ。あのような醜態……」

 

 ジョンもそれだけ言うと、ミンツをじろりと睨んだ。

 

 ミンツは押し黙っている。

 何を言うでもなく、何をするでもなく。

 ただただ、何かを恨むかのようにじっとりとした目つきで、押し黙っている。

 

「まあまあ」

 

 フツは相も変わらずの仏様のような笑顔で周りを宥めながら、腰を落としミンツよりも目線を下にして、

 

「君の夢は、なんだったかな? 確か、ヒューマギアを……」

「……ヒューマギアを全て破壊する。ヒューマギアは人間を傷つける、人類の敵」

「そうだね」

 

 そこでフツは、一際にっこりと笑いミンツの肩を叩きながら立ち上がった。

 

「君達は、いや、この世界に集まった信者達は……悪意の坩堝たるシンクネットの中で、夢を抱いていたのにそれを打ち砕かれて悪意に呑まれた人間ばかりだ」

 

 フツは悲しそうに宙を仰ぐ。

 

「勿論、僕もね。だがもう心配はいらない。君達の祈りによって、夢を見る人間が皆、夢を叶えられる桃源郷(ザナドゥ)の扉が開く……。いよいよ、明後日が本番だ」

「我々が撤退の際、しっかりと告知を行っております」

「ありがとう」

 

 ジョンに笑みを見せ、フツは再びミンツを見た。

 

「君は、君の夢の為に戦っている。それはとても素晴らしいことだ。ヒューマギアを滅ぼした世界を作りたいんだろう?」

「ヒューマギアは……」

「?」

「私の家族を……奪った!!」

 

 絞り出すかのようなミンツの叫び。そこでフツは、また悲しい顔を見せた。

 

「そうか……」

 

 フツはミンツと目線を合わせ、

 

「君が、君にとっての桃源郷(ザナドゥ)に導かれますように」

 

 優しく、そう言った。

「行こう」

 

 フツの先達で一同は部屋を出ると廊下を歩いていき、やがてコンサートホールのような大きくて厚い扉で遮られた部屋へとその扉を開け入っていった。

 そこは、人間の情念、執念、怨念の集う場所。

 フツ達が入っていった場所は10メートル以上はある高いステージとなっており、その下は円形のコンクリート張りの巨大なホールが広がっていた。そしてそこには、数多くの信者たちのアバターが集い、祈りを捧げ続けている。

 

「ラクラメソシヤー……!」

「メランコンカー……!」

「ラクラメソシヤー!」

「メランコンカー」

 

 英語でもフランス語でもない、まるで火星語とでもいったような奇妙な呪文を唱えながら、信者たちは祈りを続けている。

 誰もが夢かなう世界を夢見て。

 自分達にとって理想の、桃源郷を夢見て。

 

「諸君!」

 

 フツはステージから、集った信者たちに檄を飛ばす。

 

「このまま祈りを捧げていけば、明後日には私達の理想郷が完成する! 世界の命運は、夢を見る君達の気持ちにかかっているというわけだ!」

 

 おおおお、と鬨の声が上がる。

 

「皆で(カルマ)多きこの世界から旅立ち……行こうじゃないか! 魂を、高次の段階(ステージ)へと引き上げようじゃないか!」

 

 また、鬨の声だ。

 

“────XANADU the KAMEN RIDER.”

 

 フツはザナドゥへと変身すると、サウザンドジャッカーを生成しステージの中心にある直方体の祭壇へと、宝刀を奉納するかの如くゆっくりと置く。そしてそれに、ブランクのプログライズキーを挿し込んだ。

 

 否が応でも思い出されるのは、エスが行ったヘルライズキーの生成。

 あの時は創造の力と衛星ゼアを内蔵したゼロツーキーが信者たちの悪意を変換する役割を果たしていたが、今回はそれを必要としていない。

 ゼアの代わりに、悪意の坩堝となるものが存在するからだ。

 

 信者たちが祈りを捧げるホールは円形であることは前に述べたが、その天井には……

 

 

 デイブレイクタウンの底に沈んでいるはずの、衛星アークが鎮座していた。

 

 

「素敵よ……。”アーク様”」

 ホールの中で信者たちに紛れながら天井の衛星アークを見上げ、アズはほくそ笑んだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 あれから丸一日が経っていた。

 幸いにして騒ぎは広がらず、学内にも世間にも連中の存在を知る者はいない。物音にかけつけた警備員が持ち場に戻るまでの間に、校門の監視カメラの映像をとても公にはできないような方法で抹消した刃の尽力あってこそではあるが。

 しかしながら、状況は決して良いとは言えなかった。

 連中がこの学園や歩夢のことを知っていた以上、また仕掛けてこないという保証はないのだ。何より不破達の前から立ち去る時、幹部のリーダーであるジョンはこう言い残していった。

 

 

「明後日の正午、世界が変わる。私達は夢叶う桃源郷(ザナドゥ)へと導かれ……魂が高次の段階(ステージ)へと引き上げられるのだ」

 

 

 連中が明後日──昨日の話なのでもう明日だ──の正午、何か事を起こすのは間違いない。わざわざ宣言した辺りにも、「止められるものなら止めてみろ」とでも言いたげな意思が感じられた。加えて、

 

「このキーを残していったのも、私達に特定の材料を与えるためだろうしな」

 

 夕日が差し込む同好会の部室に集まった一同の前で、刃は首を鳴らしながらシェイディングホッパーキーを振ってみせた。昨日撤退する際、連中はプログライズキーとライザーを残していった。それもきっと、わざとだ。

 前回のシンクネット事件の際には残されたクラウディングホッパーキーが本人特定の材料となったことを考えれば、残していくのは愚策。これをわざわざ残す辺りにも、挑戦的な態度が透けて見えた。

 

「サーバーの位置は特定できたけど……罠、だと思う」

 

 刃を手伝った璃奈は、相も変わらずの表情の少なさだが……そこには真剣さが感じられた。

 

「けど、行くしかねえだろ。見え見えの罠だろうが何だろうが、今できることはそれだけだ」

 

 不破は璃奈の肩をぽん、と叩いてからそう言った。

 

「でも……」

 

 しずくは少し躊躇ってから、

 

「明日の正午って、思い切りライブの時間ですよね……?」

 

 その事実を口にした。

 そうなのだ。明日のライブは11時開場からの12時開演。丸被りだ。

 世界を救う為には、何としてでもサーバーのある本拠地に向かわねばならない。本拠地はほとんど東京と山梨の境目と言ってもいいほどの山奥に密かに森が切り払われて建造されていたこともあり、明日の早朝には赴かねばならないのだ。

 

「……私達がこの世界に来たのは、連中の企みを阻止するためだ」

 

 天津が立ち上がり、

 

「スクールアイドルのライブを見る為じゃない」

 

 最年長者として、現実をぴしりと突きつける。そんな言い方があるか、とも思える言い草だが、

 

「たとえ、見てくれなくたって……かすみん達のライブ! 1000%の力で、守ってくださいね!」

 

 今はもう、互いに何をすべきか。何を言いたいか。わかりあっている。

 それでも、ひひっ、といたずらっぽく笑って返したかすみの目元には、少しだけ涙が浮かんでいたのだけれども。

 

「何でかしら? 世界が終わるかもしれない、っていうのに……ちっとも怖くないわ」

「皆さんがいるって思うだけで、凄く心強いです!」

 

 果林もせつ菜も、全幅の信頼をおいている。

 

「とりあえず今夜は前夜祭と、皆の無事を祈ってご飯食べようよ!」

「賛成!」

「何作ろうかなぁ」

 

 愛とエマ、彼方は意気投合し、きゃいきゃいとはしゃぐ余裕すら見せている。

 

「ご飯だってさ、滅」

「……まあ、座には加わろう」

 

 ヒューマギア故に飲食のできない迅と滅も、彼女らの気にあてられたかのように笑みを見せていた。

 この場に揃うほとんどの人間が明日を迎えるにあたり、胸に希望を抱いている。

 ……飛電或人と、上原歩夢を除いては。

 

「或人社長? どうされましたか」

 

 イズの問いにも或人は答えず、

 

「……皆、明日は頑張ろう」

 

 感情のこもっていない声でおざなりにそう言うと、ふらふらと部室を後にしてしまった。

 

「社長……?」

 

 不破が怪訝な顔でその背中を見ていたが、

 

「私! ちょっと行ってきます!」

 

 侑が真っ先に飛び出していった。

 

「……侑ちゃん!」

 

 そして、歩夢も。

 

「私も、おともいたします」

 

 最後にイズがゆっくりと歩いていき、部室の戸は閉まった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 或人はふらふらと昨日歩夢がフツと語らったベンチのところまで歩きつくと、そこをしばらく見つめていた。

 昨日確かに、あの男はこの場所にいたのだ。それに対して何を想うのか。或人はただただ、哀しい顔をしてぼうっと突っ立っていた。

 

「或人さん」

 

 つん、と背中をつつかれ、或人は振り向いた。侑が何かを察したかのように、真剣な表情で後ろに立っていた。

 

「侑ちゃん……」

「聞かせてくれませんか?」

「何を……?」

「あの人……。“フツ”のことを」

 

 或人はびくっと身構えるが、すぐに目を逸らした。

 

「言えないよ」

「……どうして?」

「これは、俺とあいつの問題だから。それより、今は皆の夢を守るために……」

 

 そこで侑はたたっ、と回り込み、屈んで下から或人の落とした目線と無理やり目を合わせた。

 

「皆の夢を守る人が、そんな顔してちゃ駄目だと思うんです。……辛い顔、してますよ」

「俺は……」

「歌詞を考えてくれた時に、夢って良いよな!って話す笑顔が、とっても素敵だった」

 

 侑はそこで、少しだけ笑みを見せた。

 

「折角、夢について語り合ったんですから。……一人で、抱え込まないで」

 

 或人はまた黙り込んでいたが、やがてふらふらとベンチに腰を下ろした。すぐさま、侑がその隣に腰掛ける。

 

「どこから話したらいいのかな」

 

 或人はかすれ声でそう言う。

 

「まず、あの人が誰から……じゃないかな。知り合い、なんですよね?」

 

 侑に促され、或人は息を整えると、

 

「あいつは────枝垂(しだれ) (ごう)()。俺の高校時代の同級生で、友達で……」

 

 取るに足らない自らの昔話を、

 

「お笑いの、相方だったんだ」

 

 ゆっくりと、語りはじめた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 飛電或人には、芸人時代相方がいた。このことを知る者は少ない。

 

 或人自身このことはあまり積極的に話す方ではなく、”前のイズ”に一度話したことがあるぐらいだ。ホッピングカンガルーキーがロールアウトした際に、人間とヒューマギアの漫才コンビ、“ヒューマギア人間”のボケ担当、天丼ボケ太郎が暴走させられた事件があったことは前に述べたが、暴走の前、或人は河原で練習するボケ太郎を見ながら昔を懐かしんで語ったのだ。

 

 

「懐かしいな~~……。俺も昔コンビ組んでたから、こういうところで練習してたんだ」

「相方さんは、お笑い芸人を辞められたんですよね」

「うん。いつも一緒にいる仲間のはずだったんだけど……最後まで俺のギャグを認めないで、出てっちゃってさ」

 

 

 枝垂郷太は、或人とは高校で同じクラスになった頭のいい少年だった。

 

 いつも小説、実用書、新書、と種々の本を読み漁り、コンピュータやインターネットにも明るい。さりとてナード気質かと言えばそんなことはなく、明るくはきはきとして見た目もさわやかだ。当時は眼鏡をかけていたがそれもフレームなしの細いレンズで、どことなくインテリヤクザと言っても差し支えないようなスゴ味があった。

 

 そんな彼が、クラスではあまり目立たない方だった或人と友人になり、夢を追うようになった。

 

 たまたま放課後の教室で進路希望調査に悩んでいた或人の「人を笑顔にする仕事がしたい」という想いを汲み取り、自分の夢であるお笑い芸人を一緒に目指さないかと提案してきたのだ。

 それからの三年間は、もう夢中だ。郷太がネタの方向性、台本を考え、或人は持ち前の明るさとリアクション力でそれを表現していく。文化祭では二人で漫才を披露するのが、毎年恒例になった。

 

 

「ど~~も~~! アルトでーす!」

「どうもどうもー! ゴウタでーす! 二人合わせて……」

 

「『アル』『ゴ』リズムです!」

 

 

 二人の名前を合わせて、なおかつ「笑いを導き出す計算式」として名付けたコンビ名が、「アルゴリズム」。もちろん郷太の命名だ。郷太の持つ幅広い知識とユーモアのセンスに裏打ちされた、ウィットに富んだ漫才、ショートコントは、なかなかに笑いを取っていた。

 

「なんだかなあ。俺、郷太に頼りっきりで何もできてないっていうか」

 

 二年生の文化祭の後に打ち上げ兼反省会として二人で行ったファミレスで、或人はメロンソーダで喉を潤してからそう言った。

 

「ンなこと無いって。或人みたいにグワーッと声出したりリアクション取ったりするのは俺にはできねえ。或人の体を張った表現力がなきゃ、俺のネタは完成しないんだよ」

 

 アイスコーヒーを飲みながら、郷太は笑ってそう返す。

 

「何より或人とは『呼吸』が合う。何も言わなくても俺がここ!って思ったタイミングで台本通りの台詞を台本以上の良い表現で返してくれるんだからな、ビビッちまうよ」

「……そう?」

「中学の時にも何度かコンビ組んでみたけど、なかなか『呼吸』の合うやつまではいなかったからなァ。もうこりゃ運命ってやつだよ」

「運命ィ!? そりゃちょっとオーバーじゃない!?」

「まーそのぐらいお前には感謝してるってこと! 自信持てよ」

 

 頼りっきりだと思ってしまうほど優秀な郷太にそう言われると、或人もなんだか自信がわいてくるような気分がするのだった。

 

「それはそうと、そろそろ本気で進路考えなきゃだけど」

 

 或人はグラスを置いて、ポテトを二、三本取りながら言う。

 

「本気で、って……俺は最初からお笑い一本だけど」

 

 郷太は真剣だ。

 

「やっぱり?」

「やっぱりって何だよ」

「いや、郷太は頭良いし……大学とか行かないのかなって」

 

 そう言われて、郷太は宙を仰いだ。

 

「難しいとこなんだよな。もっと勉強したいってのは確かにある。良い笑いってのはハイコンテクストなものだと俺は思うから、その為には前提知識としての教養は多ければ多いほど良いしな」

「……つまり?」

「勉強すればするほど良いネタが作れる、ってコト」

 

 は、は、は、と息をスタッカートで切るような独特の笑い方。そう笑った後、郷太はまた真剣な目を向けた。

 

「でも、芸人として現場で芸をやりながら学べることってのは間違いなくあるからな。知識をつけるための勉強は、それと並行しながらでもできると俺は思う。最終学歴に関しては気になることもあるが……」

「あるが?」

「俺は実家が太いから」

 

 或人はずっこけた。

 郷太の家、枝垂家は元は華族の家柄であり、彼の曾祖父の代までは随分と羽振りが良かったらしい。戦後の華族制度廃止により随分と生活の在り方も変わったが、郷太の祖父は太宰治の『斜陽』もどこ吹く風と、持っていた土地を高度経済成長期の波に乗せて随分と転がして大金を得た。

 郷太の父もバブル景気の際には弾ける前に見切りをつけることのできた傑物であり、今でも都内に土地をいくつも持っている。郷太が子供の頃にはリーマン・ショック以降の景気悪化の煽りを随分と受けはしたものの、都内の土地転がしといくつかのマンション経営で安定した収入を得ているのが現状だった。

 

「失敗したら実家に転がり込むって、ちょっと調子良すぎない? 親御さんとしては大学行ってほしいんじゃないの?」

「全然。もう話してるけど郷太は好きにしなさいってさ」

「そうなの? 親御さんも寛大だなあ」

「違うさ」

 

 そこで郷太は、寂しそうな顔を見せた。

 

「父さんも母さんも、俺に期待なんかしちゃいなんだ。一番目の兄さんは父さんの後を継ぐために土地ころがしに励んでるし、二番目の兄さんは今大学生だけどベンチャー企業始めるって……。ひたすらお笑いの研究してる俺なんか変わり者扱い、ハナクソ同然だよ」

 

 或人も複雑な表情になった。或人自身は両親がいない為、時たま他人の親子の関係が羨ましくなる時もある。ひとつ屋根の下の下に住まう親子でありながら希薄な関係であるそれは、或人にしてみれば理解の前提が抜け落ちていた。

 

「ただまあ、俺もネットには強いしな。二番目の兄さんの会社のサイト運営はちょっと手伝ってるし……いざとなったら、そっち方面でサポートさせてくれって話もした。郷太は賢いから無茶して家に迷惑かけることも無いだろうし、好きにしなさいとも」

 

 郷太は少しずつ生気を取り戻し、また夢について語る時の顔になっている。

 

「家を出たら、よほどのことが無い限り援助だって要らないって言ってるしな。……或人は?」

「俺?」

「高校出たら独立するって言ってたけど……どうする?」

 

 郷太の真剣な目の真意が、ようやくわかった。

 或人はにかっ、と笑うと、

 

「当然! 俺も高校出たら、お笑い一本! つまり……」

 

 呼吸を整えて、

 

「俺にコンビを続けさせてくれよ、郷太!」

 

 夢を、打ち明けた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「二人で、夢を追いかけようとしたんですね……」

 

 そこまで聞いた侑は、ある一つの相似性を感じていた。

 似ていたのだ。自分と、歩夢の関係に。

 そもそも上原歩夢がスクールアイドルを始めたのは、自分の表現したいものを侑に見てもらいたかったからだった。自分の夢を、一緒に見てほしい。そんな想いを伝え、二人はスクールアイドルとそれを応援する人を始めたのだ。

 

「うん。あの頃の俺達は、二人でならなんだってできるぜーって感じがしてた。世界はとても広くて、厳しいのに……自分達二人の世界で、この世界を埋め尽くすぐらいのビッグバンを起こせるんじゃないかって思ってた」

「それで、高校を出た後は?」

「小さな事務所に入ってコンビ活動を始めたんだよ。なけなしのお金で同じスーツを初めて買って、同じ形の蝶ネクタイ作って……でも同じ靴まで買うお金は無くて、いつも掴みのギャグにしたんだよな」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「いやーまずまず! じゃない?」

 

 芸を終えた二人は、楽屋で話し合っていた。

 

 二人がコンビを組んでから、一年が経っていた。あまり仕事が入ってくるほうでは無かったが、二人はショッピングモールのイベントや、小学校のイベントに出たりといったひとつひとつの仕事を大切にこなしていた。足りないお金はアルバイトで賄っていたがそれでも都内のことで安アパートしか借りられず、高校時代まででは考えられなかったような貧しさの中で二人は体当たりにぶつかっていっていた。

 

 今日の仕事は小さな演芸場での前座枠。この後に来る大物の為に場を温めなければならず、木端のような仕事とは言えおろそかにできない内容だったため、そこそこの手ごたえがあったのは正直ほっとしたぐらいだ。

 

「そうだな。俺としてはもう少しイケると思ったが……。次のM-1に出るまでに、また練っておかないと」

「去年は散々だったからなあ……」

「お前がアドリブでつまんないギャグ入れたからだろ」

「ごめん! ……いやでも、俺としては結構いいセン行ってると思ったんだよあれは!」

「時事ネタや芸能ネタ入れてハイコンテクストに仕上げてるネタに、ダジャレなんて比較的ローコンテクストなネタ入れたら浮くだろって」

 

 郷太がそう返した時、或人はだんだんと真剣な表情になっていた。

 

「……何だよ」

「郷太、俺さ」

「ああ」

「俺達の漫才って、このままでいいのかな……って、ちょっと思うんだよ」

 

 或人のその言葉に、

 

「はぁ?」

 

 郷太は思い切り虚を突かれたという顔で返した。

 

「いや、さ……お客さんの顔、見た?」

「顔? いやまあなんとなく……。全体的に見て、なかなか笑いが取れてる方だったと思うが」

「でもさ! 全体的に、じゃなくて……一人一人は?」

「何だよ、何が言いたいんだ」

「お客さんの中でさ、外国の人と子供だけ笑ってなかったんだよ」

「それが?」

「俺は『みんな』を笑顔にしたいんだ。だから……笑えない人がいるなら、何か変わらなきゃって」

 

 そう言われ、郷太はハッと吐き捨てるように息を吐いた。

 

「あのなあ。前にも言ったろ? 良い笑いってのはハイコンテクストなものなんだって。子供や外国人に日本の文化体系の奥底まで調べ込んで盛り込んだ俺達の……俺のネタがわかるわけねーんだ。このままでいい」

「でも! それじゃあ『みんな』は笑顔にできないだろ!?」

「だから『みんな』を笑わせる必要はねえんだよ! わかる人にはちゃんとわかってんだから!」

「……」

「じゃあ或人、お前ならどんなネタやるんだよ。『みんな』を笑わせられるネタってやつ、考えられんのか?」

 

 言われて或人は少し考えこむが、

 

「爆笑『ギャグ』をやるには……今までと『逆転(ギャクテン)』の発想で、やらなきゃなあ! 『笑顔』で皆、『ええ顔』だぁ~~!!」

 

 今とあまり変わらないセンスのギャグを、披露した。

 

「……馬鹿にしてんのかよ」

「してないって! 郷太みたいなネタは俺にはできないけど、これから……」

「これからも何もあるかよ! ダジャレなんてローコンテクストで品性を感じないギャグなんかやれるか!!」

「でも、わかる人だけがわかる笑いってのは……!」

 

 食い下がる或人。その姿に、郷太はしばらく考えた後で大きく息を吐いた。

 

「俺達、やりたいことが違ってたのかもしれないな」

「え?」

「元からお前はお笑いがやりたいわけじゃなかった。ファーストにあるのは『みんなを笑顔にする』ってこと。考えたら、それさえ出来ればパン屋でも何でもいいって言ってたもんな」

「いや、それは……」

 

 言い淀む或人を見た郷太は悲しそうな顔をした後に、

 

「俺達、コンビ解散しよう」

 

 そう告げた。

 

「解散!? 解散って……」

「はっきりしただろ。お前はみんなを笑顔にしたい。俺はハイコンテクストな笑いを追求したい。やりたいことのベクトルが違ってたんだ。このまま続けても、いつかどこかでまた齟齬が出るだけだ」

 

「だからって解散は無いだろ!?」

「人生の時間は有限なんだ! ずれのある状態でずるずる続けても時間を消費するだけだ」

「だからネタの方向性を調整していってさ……」

 

「お前のセンスで方向性がどうとか言える口か!」

「……そんな言い方無いだろ!!」

「ダジャレ、顔芸、体を張ったネタ……。そういうのは緻密な文脈の末にエッセンスとして出されるから価値があるんだ。それ単体で出されるものに、俺は魅力を感じない」

 

 言いながらも、郷太はもう楽屋の荷物をザカザカと鞄にまとめてしまっていた。

 

「お前のギャグセンスでやるってんなら、俺はそれを認めない」

 

 早足で戸口に向かうと、靴に足を通している。

 

「郷太……」

「じゃあな。……今まで楽しかった」

「俺は……!」

 

 或人はその背中に、

 

「一人ででもお笑い続けるよ! お客さんが笑ってくれると嬉しいってのを教えてくれたのは、郷太だから!」

 

 最後にそれだけは伝えたかったと、呼びかけた。

 

「勝手にしろよ。お前のセンスでできるならな」

 

 郷太は振り向かず、楽屋を後にしていった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「私がこういうこと言うのは生意気かもしれないですけど」

 

「うん」

 

「二人共悪いですよ、それは」

 

 侑は遠慮無しに、思ったままをぶつける。

 

「……だろうね」

 

 或人にもそれはわかっていた。だからこそ、今のこの状況が身に応えるのだ。

 

「郷太さんがメインでネタ考えてたなら、郷太さんを納得させるだけのネタを考えてから郷太さんにそれを伝えるべきだった。でも郷太さんも、そこでいきなり解散だ!ってなったのは結論が早すぎるっていうか……結果論ですけど」

「でもその通りだよ。俺達は二人共、結論を急ぎすぎた」

 

 或人はまた、目を落とす。

 

「あの時何か出来ていれば、今こんな風にはならなかったんだ」

「それで、その後郷太さんは?」

「しばらくお互いにピン芸人をやってたんだけど、そのうち芸人をやめたって話が入ってきた。俺は何で!?って思ったけど、今さら何を話せばいいんだって思うと連絡も取れなかった」

 

 そこからは或人一人でピン芸人として頑張る日々が始まった。そして是之助が亡くなり、滅亡迅雷.netが本格的に活動を開始。或人のゼロワンとしての戦いが幕を開けるわけだ。

 

「お仕事五番勝負が終わって、飛電を出ていった時……俺は郷太に連絡を取った。今の俺のことを全部話して、あの頃は未成年だから飲めなかった酒でも飲んで……また頑張るよって話したかった」

 

 しかし、そこで彼を待っていたのは恐ろしい事実だった。

 

 枝垂郷太は、或人とコンビを解散した一年ほど後に亡くなっていたのだ。死因は不明だったが、一人暮らしのアパートで彼の部屋に小火が起きており、遺体の損傷が激しかったらしい。

 

「えっ?」

 

 侑は珍しく、恐怖したように青ざめる。

 

「じゃあ、昨日ここにいたのは……?」

「恐らくだけど、ナノマシンで身体を作ってるんだ」

 

 かつてシンクネットの教祖だったエスは、自らの肉体を捨てナノマシンの身体へと自我を移し、その身体で或人達と戦った。残された肉体は後に発見され世間では死んだ扱いだったことを考えると、郷太にも同じことが起こったと考えると説明がつく。

 

「何で、そんな……」

「わからない」

 

 或人は頭を掻きむしった。

 

「わからない! わからない! わからない! 郷太が何でああなったのかも、何をしようとしてるのかも、俺がどうすればいいのかも……!!」

 

 その時だった。

 

「あのっ!」

 

 二人の後ろから、話をずっと聞いていた歩夢が声をかけていた。

 

「歩夢?」

「今からでもいいから、止めてあげてほしいです!」

 

 困惑する侑にも答えず、歩夢は絞り出すように伝えた。

 

「止める、って……」

 

 或人は困惑していた。勿論仮面ライダーとしてこの企みを止めるのは大前提ではある。だが歩夢の言葉には、それ以上のものが込められていると肌で感じるのだ。

 

「二人の夢が、すれ違ったままなんて……」

 

 そう言う歩夢の目からは、

 

「きっと、悲しすぎるから」

 

 すうっ、っと涙が落ちていた。

 

 侑が二人の関係に自分と歩夢との相似性を見出したように、歩夢も感じていたのだ。自分と侑が、すれ違いそうになってしまった時のことを。

 一緒に自分の夢を見てくれると言ったはずの侑が、いつの間にかみんなの夢を応援したいと願うようになっていた。せつ菜の姿にときめいたことをきっかけに始めたスクールアイドル故に、自分よりもせつ菜の方をより応援したいのではないかと思ってしまっていた。

 

 決定的だったのは、侑が音楽を始めたことだ。

 

 偶然の産物とは言え、せつ菜が知っていた筈のそれを、歩夢は知らなかった。自分の知らない侑がいる。それは彼女にとって、ただただ恐ろしかった。

 侑がいよいよそのことを歩夢に話そうとした時には、彼女はもう限界に達しかけていた。

 

 

「あのね、歩夢に話そうと思ってたことがあるんだ」

「ただ、自分でも自信が持てなくって……もっと弾けるようになってから、って思ってたら時間経っちゃってさ」

 

「……それって、ピアノのこと?」

 

「だったら、どうしてせつ菜ちゃんには教えたの? 私には言えなくて、せつ菜ちゃんには……」

「え? 何でせつ菜ちゃんが出て……」

「せつ菜ちゃんの方が大事なの!?」

「……違うよ」

 

「歩夢に伝えたかったのは、もっと先の事。私ね、夢が出来……」

「いやっ!!」

 

「聞きたくないよ……。私の夢を一緒に見てくれるって、ずっと隣にいてくれる、って……言ったじゃない……!」

「私、侑ちゃんだけのスクールアイドルでいたい……。だから……」

 

「私だけの、侑ちゃんでいて」

 

 

 理屈や感情だけで語れるほど、世の中は整っていない。

 

 どうしようもないほどの感情に突き動かされてとってしまう行動というのは、あるものだ。

 

 その場は我に返って収まったものの、歩夢もまたどうすればいいのかわからないままでいた。翌日以降は平静を取り繕っていたものの、わからないことだらけだ。

 

 ただただ、離れたくない。

 

 それだけは事実だった。

 そこで彼女の背中を押してくれたのは……他でもない、せつ菜だった。

 

 

「私がスクールアイドルを始めたのは、皆の為じゃないんだ。見て欲しかったのは、たった一人だけだったの」

「……侑さん、ですね」

「だけど今は変わってきてて……こんな私を良いって、応援してくれる人がたくさんいて……その気持ちが嬉しくて、大切で……」

 

「今は私の大好きな相手が、侑ちゃんだけじゃなくなってきて……本当は私も離れていってる気がするの。でも……」

 

「私も、我慢しようとしていました。大好きな気持ち……。でも、結局やめられないんですよね」

「……始まったのなら、貫くのみです!」

 

 

 初心を思い出させられた。

 そうだ。

 始まった大好きな気持ちを、やりたいという気持ちを止めてはいけない。我慢してはいけない。それこそが、上原歩夢の夢の原点。

 駆け出していった歩夢を待っていたのは、侑と……歩夢のファンが作ってくれた、歩夢のフラワーロードのステージだった。黄色のガーベラ──花言葉は、「愛」──で彩られたそれは、とても可愛く、美しかった。

 

 

「侑先輩が作った花もあるんですよ!」

 

「きれい……。花言葉は……」

「『変わらぬ想い』。それだけは、変わらないってこと」

 

「『みんな』……大好き!」

 

 

 侑だけでなく、応援してくれる皆のことも“大好き”と言えた。こうして気持ちを伝えたことで、二人はまた夢に向かって進んでいくことができたのだ。

 そして何より、侑が贈ったローダンセの花にはもう一つの花言葉がある。それは……

 

 

 “終わりのない友情”。

 

 

「あの人、言ってました。『二人の夢が、道がすれ違った』『僕は一人だ』って。すごく、悲しい顔で」

 

 歩夢は何故、あの男がここまで気になるのか或人の話を聞いてやっとわかった。

 

 自分も、そうなるかもしれなかったからだ。

 

 だからこそ、フツを止めたい。或人にちゃんと話しあって、止めてほしいと思えるのだ。

 

「郷太……」

 

 歩夢の真剣な態度に、或人も喝を入れられた。

 

「郷太さんに向き合ってあげられるのは、きっと或人さんだけですよ。私も、或人さんに止めてあげてほしい」

 

 侑も後押しする。

 或人の目に、もう迷いは無かった。彼はすっくと立ちあがり、

 

「待ってろよ、郷太」

 

 決意するように、

 

「お前を止められるのはただ一人……俺だ!!」

 

 聞き慣れたはずの、しかし今までとは重みの違う一言を口にした。

 

「……或人社長」

 

 木陰ですべてを聞いていたイズは、

 

「私も、お手伝いいたします」

 

 優しく、微笑んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。