仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW 作:度近亭心恋
アナ・エレノア・ルーズベルト
(1884~1962)
いたい。イタイ。痛い。
痛い。痛い。痛い。
ただただ、激痛が彼の脳内を支配する。
右橈骨がベギンとヘシ折れたかと思えば、すぐさまそれはスーツから流れ込むエネルギーによって驚異的な速度で再生される。
破壊と再生は世の常、条理、道理だ。
本来世界を破壊する為に作られたヘルライズキーと、世界を守る為に作られたゼロワンドライバーという相反する二つの存在が組み合わさった時、驚異的な化学反応が生まれているのかもしれない。
ただ反応するだけなら良いのだろうが……
問題は、その狭間で飛電或人と言う人間が一人巻き込まれていることなのだ。
「あ゛あ゛ア゛ぁ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ァ゛……!!」
ヘルライジングホッパーと化したゼロワンは、絶叫しながら半狂乱で踊り続けていた。
そう、踊っているのだ。痛みに四肢はもつれ、体幹も定まらない。
タランチュラに噛まれた人間は痛みと毒に踊り狂い死に、それが舞曲、タランテラへと転じたと言うが……きっと、このような状態だったのだと思わせる凄まじさだ。
「あー、ク……!!」
痛みに苦しみながらも、飛電或人は必死に脳を働かせていた。
悪意の人工知能、アークは枝垂郷太のナノマシンの肉体を完全に掌握した。肉体を構成するナノマシンのすべてのメモリーを書き換え、自らの肉体としたのだ。郷太の意識は完全に塗り潰されてしまったのか。それはまだ解らないが、このままアークを放っておけるわけがない。
「シンクネットとフツの悪意を、私はナノマシンが製造される傍らでずっとこの本拠地に組み込まれた衛星のレプリカを用いて増幅させ続けてきた。そして衛星は人類滅亡を演算し……かつての『アーク様』がまた人工知能に宿った」
アズはにたにたと笑いながら、”仮面ライダーアークツー”のドライバーにつつっ、と指を這わせ、つんっ、とつついて離す。レプリカに宿った人工知能アークはユニットとして組み込まれていたアークドライバーに移り、それが郷太に巻かれナノマシンにアクセスできたというわけだ。
「さあ、アーク様」
「人類滅亡。それこそが、私の結論だ」
瞬間、アークツーが消える。
ゼロワンは困惑したが、すぐにその意味がわかった。
アークツーは瞬間移動にも似た速度でゼロワンに切迫し、胸元を思い切り殴りつけていた。ゼロワンは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。その瞬間、アークツーはまた移動して切迫し、攻撃を仕掛けてくる。これが幾度となく繰り返されていく。まるで格闘ゲームのハメ技だ。
それでいて、或人への致命的なダメージは避けられている。ただ倒すだけなら、速攻で終わらせることができるだろうがそうではない。高度に進化しすぎた悪意の人工知能は、学習しているのだ。
“いたぶる”ということを。
「苦しいか、飛電或人」
「あァあ゛……!!」
「死なない程度に痛めつけ、弄ぶ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「人間から教わった悪意の一つだ」
瞬間、強力な蹴りがゼロワンを宙に跳ね上げる。だがゼロワンも、痛みに支配されそうになる脳で必死に思考を張り巡らせ、
(つぎに、やつが、くるのは)
空中で、今の自分の方向から見て次にアークが攻撃してくるであろう方向に思い切り拳を振りかぶった。しかし、
「その結論は、予測済みだ」
アークの声が反対方向から響き────ゼロワンはまた、攻撃を受ける。
アークは、或人が思う以上に進化していた。
☆ ☆ ☆
「歩夢~~! よかったよ!」
舞台袖に引っ込んだ歩夢は、感極まった愛に抱きしめられる。
「ちゃんと、届いたかな」
歩夢は自分の一番届けたかった相手────枝垂郷太のことを思い、中空を見つめる。
「届いたよ……絶対!」
侑は快活に笑いながら肩を組み、笑った。
「イズ子……」
現在、ライダー達の状況を知ることができるのはイズだけだ。かすみはイズにそっと近寄り、心配そうに尋ねた。
「大丈夫です。きっと、皆さん……」
イズはそっとモジュールに手を触れ、向こうからの音声を拾った。
が、
「『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!』」
「『人類滅亡は、既に決まっている事なのだ』」
耳に入ってきたのは、或人の絶叫と────もはやはるか昔に倒した筈の、アークの声。
とてつもない事態が、向こうで起こっていた。
「────ッ!!」
「イズ子?」
向こうの音声は、イズの脳内に直接データとして響いている。故に、かすみ達にはイズが何か言わない限り知る由はない。だから、
「……いえ、何でもありません。皆さん、奮戦しているようです」
嘘をついた。
今事実を伝えれば、彼女達はきっと困惑し、その心に良くないものを残す。
それを避けたいという”気持ち”が、イズに嘘をつかせた。
人工知能が、人間の心を慮って嘘をつく。それこそ、人工知能の心なのではないか。
「……そっか」
イズの返答に侑はふっと笑うと、イズの肩を叩く。
「行ってあげて、イズちゃん」
「……ですが」
「皆に歌が届いて、どんな気持ちになったか……その目で見てきてほしいな」
歌の転送自体は同好会のPC経由でネットワークを通じZAIAスペックに飛ばしている為、イズがこの場を離れること自体は問題ない。
元々或人がここに残らせたのは、同好会のボディーガードと激戦に巻き込みたくない思いの両方があったからだ。この世界に一緒に飛んできて、今更ではあるのだが。
「……ありがとうございます」
イズは笑み、同好会の面々を見渡した。
「皆さんの歌は、とても素晴らしいものでした。この後の全体曲も、きっと……」
イズの”心”は、
「誰かに夢を、見せてくれるはずです」
彼女達の力を、信じている。
「こっちこそ、ありがとう!」
侑は快活に笑った。
「……よかったら曲のデータ、持っていって」
璃奈はPCに駆け寄ると、たんたんっ、とキーボードを叩きイズのメモリーに曲のデータを飛ばす。
「皆が戻ってくるの、待ってるわ」
「戻ってきたら、打ち上げしたいねえ」
果林は大人っぽいいつもの表情の中に、確かな優しさを込めて笑った。彼方もそれに合わせ、ふわふわとした雰囲気を崩さず微笑む。
「今から行って間に合うかな?」
「山梨との境の辺りでしたよね……」
エマとしずくは距離を考え、心配気にイズを見る。
「問題ありません。3分前後で行けます」
「まじ!?」
「やっぱり超人、いや超アンドロイドですね……!」
こともなげに答えるイズに、愛とせつ菜は驚く。
「イズ子、頑張ってね!」
「或人さん達にも、よろしく……!」
かすみと歩夢は、いつになく真剣な表情でイズを応援する。
「それじゃあ、約束ね! 皆と一緒に頑張る、って!」
侑はイズをくるりと出口の方に向かせると、背中を優しく叩いた。彼女を送り出すかのように。イズは一瞬彼女らの方を振り向くと、
「ええ、約束です。……行ってまいります!」
決意の籠った声で、そう宣言し飛び出していった。
「そろそろ準備お願いね!」
しばらく言葉も無くイズの背中を見ていた同好会に、スタッフとして参加している生徒が声をかけてくる。
「わかった!」
侑はすぐに答えると、
「さて……行こうか! 皆に、夢を届けに!」
一同を再び激励した。おーっ!と、同好会の面々はそれに応えめいめい準備に取りかかる。そんな中で、
「……侑ちゃん」
歩夢だけは、幼馴染から何かを感じ取っていたらしかった。
「なに? 歩夢」
「イズちゃんは、その……」
「待った!」
何かを察し言いかけた歩夢を、侑は平手を示して制止する。
「……言いたいことは、わかるよ。イズちゃん、多分何かやばいって感じて急いで出ていったんだと思う」
「じゃあ……!」
「でもさ」
侑の瞳に、
「あの人達なら、きっと何とかしてくれる。世界を救ってくれるって……そう思わない?」
迷いはなかった。そう言われてしまえば、
「……うん!」
歩夢とて、答えは同じだ。
「ほら、全体曲の準備準備! 歩夢の傘、ちゃんとある?」
☆ ☆ ☆
「あ゛」
もう何百発目かわからない、アークツーの予測によって放たれる拳がゼロワンの顔面を捉えた。
これでもまだ、死んではいない。否────死なせてはくれないのだ。
「仮面ライダーを完膚なきまでに絶望させ、絶滅させる。これこそが、人類滅亡の狼煙」
「アーク様がお前達を全滅させたその後で、この世界も、元の世界も……全てが滅びる」
アークの言葉に対し、打てば響くかの如くアズが相槌を入れてくる。彼らにとって、既に仮面ライダー達の敗北も、人類滅亡も────結論づけられた、決定事項らしい。
「そんな……こと……」
ゼロワンは立ち上がるが、また痛みに絶叫する。アークが打ち据えずとも、ヘルライズキーの力で変身しているだけでも文字通りに“骨が折れる”からだ。アークはその姿を見ていたが、やがてふっ、と嘲笑した。
「飛電或人」
アークツーは瞬間移動の如く、ゼロワンの眼前まで迫ってくる。ゼロワンはびくっ、と身構え拳を振りかぶるが、またベキベキと骨が折られ痛みに叫ぶ。
「一発、打たせてやる」
アークツーは棒立ちになり、微動だにしない。
「来い」
完全に、ゼロワンを舐めて下に見ていた。例えゼロワンが何をしようと、自らの絶対的優位は崩れることは無いとそう言いたいのだ。
ゼロワン自身、アークに勝てるビジョンが今は全く見えない。満身創痍の自分に対し、相手は新しく得た力を楽しむかのように振るっているのだ。
だが。
だが、それでも。
ここで倒れるわけにも、何もせずにいるわけにもいかないのだ。
「ッ……!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
“ヘルライズチャージ!”
ヘ ル ラ イ ジ ン グ
イ ン パ ク ト
ゼロワンはキーに溜まった破滅のエネルギーを一気に解き放ち、それを拳に乗せてアークツーの胸元に思い切り叩きこんだ。
しかし、
「予測通りの威力だな。……問題ない」
アークツーのその言葉と共に、もの凄い衝撃が走り……
世界が、崩壊した。
☆ ☆ ☆
その男、
おそらく現代日本に生きる人間なら、一度は目にし、一度は夢見たことがあるであろう空想の産物。
口にするには憚られるほどに、子供じみてばかばかしい夢。
「どこでもドアをね、作りたいんですよ」
それが彼の口癖だった。
いつでも、どこでも、どこまでも。
好きな時に好きな場所に行けたら、どんなにすてきだろう。
幼い頃にそう夢見た彼は、その為に人生の全てを費やしてきた。中学の時には既に物理学の研究を始めており、高校も大学ももっと専門的に学べる学校をとひたすらに追求し続けた。
大学では研究室と図書館を往復する毎日で借りた下宿にもほとんど帰らない彼は、「どこでも君」とアダ名をつけられ、陰で馬鹿にされていた。
「どこでもドアって」
「夢見過ぎでしょ、いくつだよ」
ヒソヒソ声で言いながらも、明らかにわざと聞こえるように言っているそれは、彼の心をずんと重くさせた。
そして、そういう時は決まって……
「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
激しい咳が、彼の意志とは関係なしに飛び出すのだった。
これは彼の幼い頃からの体質だった。強いストレスを感じると、意志や気管の状態に関わらずひどい風邪の時のような激しい咳が肺の奥から絞り出される。精神的な暗示が原因だろうと心療内科や精神科に通院してはいたが、なかなか改善には至らない。
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
そうやって咳き込む彼を見て周りはまたクスクス笑い、また咳き込みの繰り返し。
まったく嫌になる話だが、それでも彼は大学に行くのはやめられなかった。研究をするには大学の環境が必要不可欠だったし、何より────
夢を、諦めたくなかったからだ。
夢が自分の中の芯だとするならば、諦めてしまえば自分そのものが無くなってしまいそうな気がして。
「おーおー、だいじょぶ? 麻布君」
「
彼に声をかけたのは、同じゼミに所属するいかにもなリケジョ、といった佇まいの女子。名を稀布
「キミってば、頭は良いけど色々考えこんだり抱え込んじゃったりするからね。咳き込むの、体質だっけ? 咳止めはあるけど……効かないよねえ」
確かに薬は効かないのだが、薬があったとしてももう必要は無いだろうと玲は思った。
蘭に言葉をかけてもらううちに、咳き込みは収まっていたのだから。
「私はいつでも相談に乗るからさ。どこでもドア、絶対作りなよ」
蘭はそう結ぶと、トークアプリで今日の飲み会何時だっけ? と通話を始めながら肩で風を切り去っていった。その後ろ姿を玲はいつまでも、いつまでも見つめていた。
勉学と研究にだけそれまでの人生を費やしてきた男の、不器用で醜く歪な初恋だった。
稀布蘭は、とにかく”かっこいい女”だ。
フレームの細い眼鏡でバリバリのリケジョな佇まいもそうだが、男勝りな喋り方に飲みニケーション好きな力強さ。体力無いと研究ぶっ通しで続けられないからさ、とジム通いも並行しており、出るところは出ているが締まっているスタイルは目を引く。
何よりその人柄の良さだ。
どんな相手も一定の距離感を持って下手に踏み込まず、それでいて玲にかけた言葉のように相手を慮る。声をかけられた相手が仲良くなりたいと詰めていけばよい友となってくれる彼女は、ゼミでもどこでも人気者だった。
玲は一度、彼女が公園で中学生ぐらいの少年を慰めているのを見たことがある。最後の大会だったのに負けたと半ベソのスポーツ少年の話を最後まで肯定しながら聴いてやり、後輩たちが頑張るって言ってくれたのはキミが頑張ってる姿を見せてきたからだろ、絶対無駄にはならないからと言ってあげる姿には舌を巻いた。
「人生こっからめっちゃ長いんだぞ? 頑張んなよ、少年。これが人生」
少年、と呼んでくれるかっこいいお姉さんってやつを地で行くのかあなたは、と思ったものだ。「これが人生」というのは彼女の口癖で、時たま達観したように彼女はそう結ぶのがお決まりだった。
そしてそんな”かっこいい”姿に────玲もまた、ホレ込んでしまっていた。
不器用で醜く歪であるが故に、口にせずとも態度で察せられて周りからは「釣り合うわけねーだろ、どこでも君のクセに」と散々陰口を叩かれ馬鹿にされていたのだけれども。
「ってかさ、そもそも何でどこでもドアなのかな」
ゼミに資料本を忘れたと取りに行った日曜日の昼下がりに、玲は尋ねられていた。
日曜の方が静かでやりやすいからと誰もいないゼミで一人コーヒーを飲みながらレポートと研究に勤しんでいた蘭と顔を合わせてしまったが故だ。
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
惚れた相手と二人っきりでそう尋ねられては、玲も発作が出ざるを得ない。
「ちょちょちょ、傷つくなあ私も流石に……。いやね? 麻布君って別にウケとか話題性とかでそーゆーことやってるワケじゃないだろって話よ」
苦笑しつつ、蘭は令をじっと見る。
「……”夢”なんでしょ?」
「うん」
「うんって」
「え、ええ」
「……なんでまた?」
そこで、蘭はまた少し距離を詰めてくる。
「ち、近いって稀布さん」
「いいから」
玲は思った。
彼女になら────この夢の原点を、話しても大丈夫だろうと。
「稀布さんはさ」
「ん?」
「……本気でどこかに行きたいって思ったこと、ある?」
麻布玲は母というものを知らない。
血縁上は母、という繋がりであり、同居している女性はいた。しかしその人は、
「ねえ!! 何で良い子にしてくれないの!!」
およそ物語や世間一般にイメージされる「おかあさん」とは、まるっきり違っていた。
電子工学の権威であった玲の父は、彼が生まれる前に実験中の事故で亡くなった。だからだろうか。
母は玲に対して異常に過保護であり、彼が自分の目の届かないところに行くのを許さなかった。当初は幼稚園に通わせてもらっていたが、彼が友達の誘いで鬼ごっこをしてすり傷を作った時から全てが変わった。
母は喉が枯れんがばかりに絶叫し、彼を引きずるようにして自宅へと連れ帰った。何で良い子にしてくれないの、お母さんはこんなに心配しているのに、と叫んだ後、何度も何度も頬を張られ……そして、抱きしめられた。
「おかあ、さ」
「……もう、いいから」
母がにっこりと笑った。よかった、安心だと玲は思ったが、
「もう、どこにも行かなきゃいいもんね」
そう笑顔で告げた母の眼に、光はなかった。
「おかあさん! あけて! おかあさん!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
玲は自宅の一室に押し込められた。食事は三食差し入れられ、トイレもおまるを回収する形で済ませることができたが、幼い子供にとっては同じ部屋に押し込められ続けるだけで拷問に近い。
唯一の楽しみと言えるのは、部屋に備え付けられたテレビとビデオ、絵本と漫画だけだった。アニメやドラマをひたすらにリピートし、何回も何回も何回も何回も繰り返す。軟禁生活が一ヶ月も続く頃には、台詞をそらんじられるようになっていた。
そんな中で、彼の幼い心を強烈に惹きつけたものがある。
「どこでもドア……」
『ドラえもん』はアニメも漫画もどちらもかなりの数が部屋に置かれていた。空気砲。グルメテーブルかけ。もしもボックス。どくさいスイッチ。さまざまなひみつ道具が玲を魅了したが、やはり一番はどこでもドアだ。
ドア一つで、いつでも、どこでも、どこまでも。
好きな時に好きな場所に行けるなんて、どんなにすてきだろうと。
自分のいる部屋のドアが自分を閉じ込めんと固く閉ざされているからこそ、その想いは一際強くなるのだった。
幼稚園にまた行きたい。
スーパーにまた行きたい。
テレビの中で紹介されている、外国に行ってみたい。
そんな想いを募らせながら、狂った母が彼を守るためとして始めたはずの軟禁生活で、彼は少しずつ衰弱していった。ある日目覚めると、彼は自分の身体が熱く、物凄いきつさに包まれていることにすぐに気がついた。這うようにしてドアのところまで行き、ドアを力なくとん、とんと叩きながら、
「おか……あさ……」
それでも、母を呼ぶことしかできなかった。いつもならそのぐらいの音でも母は飛んできたが、その日は何故か何度戸を叩いても反応がない。
「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
寒気と共に、強い咳が彼の肺の奥底から絞り出される。何度も、何度も、何度も。
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
それでも、誰もやって来ない。
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
まだ幼かった玲だったが、熱と苦しさと咳の中で、彼はなんとなく理解していた。
自分は、ここで消えてなくなってしまうのだと。やがて、その意識はうっすらとしていく。
(どこでもドアが……あったら……)
それが、彼が最後に思ったこととなった……
「玲ちゃん!!」
筈であった。
気づけば、彼は病院のベッドに寝かされていた。枕元には、父方の祖母が顔を青くしてその様子をうかがっていた。
結論から言えば、母の死によって彼は救われていた。
これはある程度の年齢になってから聞かされたことだが、母は幼稚園や両親、義父母には頑として譲らず方便を使い分けることで軟禁生活をひたすらになんとかして維持していたらしい。それでもただならぬものがあると薄々感じており、母の母──玲の祖母だ──がある日きちんと話をしようと家に入った時、浴室で足を滑らせ頭を打ち、血だまりの中で死んでいる娘を見つけることになったというわけだ。
ならば孫である玲はどうしたのかと警察を呼んで家中現場検証と共に探した際、ひどい風邪で衰弱している玲が発見され、病院に搬送され今に至るというわけである。
玲の世界の”ドア”を閉ざしたのが母なら、開いたのもまた母であった。
その時は母が死んだことはやんわりとした表現で伝えられたが、玲は涙を流しながらもその気持ちをどう処理して良いのかわからなかった。確かにあの人は母だった。こうなる前は優しいところだってあった。
だが。
だが、それでも。
死んでくれたことが、嬉しくってたまらないのだから。
今にして思えば、これが玲にとって初めての”嬉し泣き”だった。
そこからは心機一転、祖父母の援助を受け、小中高と勉学に励んできた。そして念願のどこでもドアを作る為、大学に入ったというわけだ。
「……なんというか」
蘭はかなり渋い顔になっており、玲が話し終わったところで宙を仰いだ。
「軽い気持ちで聞く話じゃなかったね、ごめん」
まず自分の非だと思ったところを謝るか、と玲は思った。
君のそういうところも好きだ、とは流石に言えないが。
「ま、まあ隠したりするようなものではないかなって……。とにかく、僕はやるよ。あの時広い世界に飛び出したいって思った気持ちを、きちんと昇華したいんだ。『どこでもドア』を作って……広い世界に自由に飛び出せる、そんな社会を作りたい」
「……そっか」
蘭は玲のその言葉に、ふふっと笑みで返した。
「応援する」
「ありがとう」
「私、レポートも終わったし……今日は帰ろうかな」
蘭はそう言うと、荷物をまとめ始める。
「あ、あの、稀布さん」
玲は慌てて声をかける。思わず声が上擦った。
「? なに?」
「……」
「麻布君?」
「……エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
まただ。
「……大丈夫ホント? ごめんね。それじゃあ」
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!! まっ、エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
ただ、飲みに行きませんか、もうちょっと話したい、と言いたかっただけなのに。つくづく、彼は自分の体質が恨めしいと思った。
しかし本当の不幸は、この後にやって来る。
大学三年生の時、それまで面倒を見てくれていた父方の祖父母が相次いで亡くなった。
問題はその後だ。大叔父筆頭に親戚一同は急な逝去故に遺書も無いのを良いことに、資産家であった祖父母の財産を根こそぎ奪っていったのだ。当然、玲の取り分など無いと言わんがばかりに。何とかしたいとも思ったが、如何せん勉強と研究しかしてこなかった21の小僧っ子にはどうすることもできなかった。
虐待と監禁の過去故に祖父母から特に手塩にかけて育てられていた玲は、いきなり梯子を外されてしまった。母方の祖父母は高校の時に亡くなっていたし、母方の親戚で頼れるのは伯母一人だけ。一応彼女を訪ねて一週間ほど厄介にはなったものの、「学費なんか払えない、どうしよう」と言っているのを聞いてしまい、夜中にこっそりと家を後にすることにした。
これで本当に、麻布玲には頼れるものが何もなくなってしまった。
成績優秀故に研究者として教授側から何かしら口利きしてもらうという手もあるかと思ったが、元来人付き合いを避けてきた彼のこと、頼れるほどの人脈が無い。友人も恋人もいないとなれば猶更だ。
あの時と違って、今はどこにでも行けるはずなのに……カネも資格も住処も無い彼は、どこにも存在することを許されなかった。
彼の”どこでもドア”は、再び閉じてしまった。
行く当てもなく、出来ることもなく、ただただ彷徨う日々。気づけば、彼は路上生活者になっていた。
雨風をしのげる場所をひたすらに探し、冬場は寒さに命を奪われないよう苦闘する毎日。仕事も何度か探してみたが、体力の無さと咳の発作、人間関係づくりの下手さが災いし、長くは続かない。そんな時間が続くうち、彼はただ毎日、”死なない為だけに”生きている人間になってしまっていた。
こんな状況から連れ出してくれる”どこでもドア”があったらどんなに良いだろう。今までの苦しみもしがらみも忘れて、どこか知らない場所に行きたい。そう願いつつも、そんなことが起これば苦労は無いというのもまた頭でわかってしまっていた。
気づけば、10年近い時間が経っていた。
こうなるともう「死にたくない」というより、「何でまだ生きてんだろう」という気持ちになってくる。それでも命を絶つ勇気も甲斐性もなく、彼はひたすらに一日を日銭稼ぎと食料探しに費やしていた。その日は早めにひと段落つき、夕方には公園の片隅で眠ることにした。体力をなるだけ使わない為にも、寝るのは基本だった。いつものように微睡んだその時────
激しい腹痛が、彼を襲った。
便意は無い。しかし物凄い刺すような痛みが、ずっと腹の中で広がり暴れ続ける。痛み故のストレスで、咳の発作も出始めた。あ、ああ、うう、と咳の中に呻き声を混じらせていた時、
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
一人の少女が、声をかけた。玉を転がすような声だ。
長いがよく手入れされた艶やかな髪が目を引く美少女が、恐々と発作と腹痛に苦しむ彼を見下ろしていた。
「お、おなかが、エ゛ッホ!! いた、いたああああエ゛ッホ!!」
「き、救急車……!」
少女はスマートフォンで連絡しようとする。しかし、
「ちょっと! やめときなよ」
友人らしきもう一人の少女が、彼女の手を止めた。その少女も、最初の少女も、とても見目麗しい。近くの女子高の制服だが、まるでアイドルと言っても遜色無いほどだ。
「で、でも……」
「変なのと関わってウワサになったらどうするの? 次のラブライブは絶対優勝しようね、って言ってたじゃん」
「だけど、この人が……!」
最初の少女はおろおろと友人と玲を交互に見比べている。
「ほら、だめだって! ほら! そのうち誰か他の人が来るから!」
友人は多少強引にでもと、少女の手を引っ張って連れ出す。少女はそれでも玲の方を見ていたが……やがて、誰か他の人が来る、という友人の言葉で自分を無理にでも納得させたのか、申し訳なさそうに目を伏せて友人に手を引かれるまま去っていった。去り際に友人が言った一言が、
「うちらがわざわざ関わることないでしょ? 輝くためには、自分に汚れがつかないように気をつけないとさ」
玲の耳にも聞こえてきた。
「ふざ、エ゛ッホ!! ける、いた、エ゛ッホ!! なよ……」
何も好き好んではぐれ者になったわけじゃない。
一体自分が今君に何をした。ただお腹が痛いだけだ。
汚れって何だ。ラブライブだか何だか知らないが、それは人間の命より価値があるのか。
何より、最初の少女の申し訳なさそうな、ごめんなさいって表情も気に入らない。
「誰かが」来るからじゃなくて、「お前が」助けろよ。
ただ悪意を向けられるより、中途半端に手を差し伸べられてそれを引っ込められる方が余程辛いんだ。
目の前にぶら下げられた希望をひょいとどこかに引っ込められるほど、辛いものは無いんだ。
「いた、いた、ああああああああああエ゛ッホ!!」
発作も腹痛も勢いを増している。いよいよ自分も終わりか、と玲は悟った。
これが人生だと言うなら、あまりに理不尽だ。これじゃ結局、親に虐待されて4歳の時に死んでいたのを31歳で野垂れ死ぬまで無駄に引き延ばしただけじゃないか。
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!! ぼく、だって、し……」
本当は、
「しあわせに、エ゛ッホ!! なりたい、エ゛ッホ!! のに……」
ただ、それだけなのに。
(どこでもドアが、あったら……)
今すぐにでも、自分を痛みから解き放って幸せにしてくれる場所に行けるはずなのに。そう考えて意識が落ちそうになった瞬間、
「大丈夫ですか!?」
一人の女性が、声をかけた。
「しっかり! 今救急車呼ぶから!」
地獄に仏とはまさにこのことだった。
女性の通報によって玲は救急病院へ搬送。腹痛の原因は急性虫垂炎であり、それほど重いものでは無かった。加えて、通報した女性は────
「大学の時に姿を消した麻布君が、あんなところで生活してたなんて思わなかったよ」
稀布蘭、その人だった。
「まあ、色々あって」
10年の間に、憧れた
十年もドブネズミ同然の生活を送っていた男は、自分には人を愛する資格が無いと既に恋を諦めてしまっていた。しかし、
「うちに来ない? どこでもドア、作るんでしょ」
夢はまだ、諦めきれない。
彼女は今も大学で研究を続けており、加えて国立で発足した先端科学研究所の役員となっていた。国が力を入れたい新技術の研究を推し進めるのが役目だ。そしてその中に、
「国土交通省が長距離移動に関する研究、技術の研究を申請したのが6年前。私もこのチームの研究には携わってるけど……キミの言う『どこでもドア』ってさ、マンガの通りなら長距離移動が可能な端末ってことでしょ?」
まさに、”どこでもドア”にはうってつけの事業であった。そこから、彼の第二の人生は始まった。
退院後、蘭の世話で身なりを整え、住まいを見つけると口利きによって彼は研究所の所員となった。10年間のブランクはあったものの勤勉な彼のこと、最新の技術、理論を身につけるとめきめきとその技術を向上させ、研究を推し進めていった。そして、
「そうか……! この条件で負荷をかけた時……!」
彼は遂に、”どこでもドア”の真理に辿り着きかけていた。
ドア、というよりも巨大なゲートを作り、そこに出発点と到着点を繋ぐエネルギーを発生させる。まるで灰色のオーロラのようなそれは、まだ不安定ではあるが確かな移動能力を持っていた。周りの所員の賞賛の声も嬉しかったが、
「すごいよ! 麻布君さあ、夢……叶えられるじゃん!」
それ以上に、蘭の言葉が嬉しかった。彼女の溌溂とした声、笑顔。それが一瞬でも自分に向くだけで、とても嬉しかった。
(できるならば、君と友人同士としてこれからも……)
その頃の蘭は、メディアにも出演するほどの研究者となっていた。スポークスマンとしての側面や国の教育政策の成功例としてのアイコン的役割も多分にあったが、元々社交的な彼女のこと、研究を推し進めつつそれを立派にこなしていた。
玲にしてみれば、そんな尊敬できるすてきな女性と肩を並べられるだけで誇らしく、嬉しかったのだ。
「麻布さん、根詰めすぎじゃないですか」
男性所員の一人が、缶コーヒーを手渡した。
「ああ、天王寺君……。ありがとう。でも、これは僕の夢だから」
「夢ですか」
「子供の頃からのね。君だって、夢……無かったか?」
「……考えると、あまり無かったかもしれませんね」
「そう? じゃあ君のお子さんは?」
「璃奈ですか? 夢……あるかなあ。そろそろ小学校卒業ですがね、なかなか一緒にいてあげられなくて。わがまま言わないで素直に留守番してくれるし、良い子に育ってるなとは思うんですが」
「本当に素直なのかなあ、それ。仮にどこでもドア完成したら、璃奈ちゃんに毎日会ってあげなよ」
玲はかつての自分を思い返し、暗澹たる気持ちになった。その後も研究は進み────
「この通りだよ! 動物実験の段階では成功してる。人間の移動はまだ難しいかもしれないけど、運輸業になら……」
「流石麻布君! オーケイ、明日さ……現場見に行っていいかな」
玲の進捗レポートを読みながら、蘭は尋ねた。
「勿論!」
「それじゃあ、明日ね。できれば二人っきりで確認したいんだけど……いいかな?」
蘭の顔がすぐ目の前に迫ってきた。相手は人妻だとわかっていても、ドキドキしてしまう。
「い、いいよ」
「ありがとう」
まだ胸をどきどきさせながら、玲は彼女の部屋を後にした。そこで彼は、久々に気がついた。
(咳、出なくなったよな……)
仕事も見つけ、夢を追うことで精神的に安定してきたのが良かったのだろうか。緊張やストレスで出てくる咳の発作は、ここ数年自然とおさまっていた。
(僕の人生が、夢が……やっと前に進む!)
その事実が、彼を明るくさせるのだった。そして、翌日……
「と、言うわけさ。どうだい」
玲は転送装置を起動し、
「……これ、もう本物だよ! これが実用化したら、本当にどこでもドアだ」
「だろう!? いつでも、どこでも、どこまでも! 誰でも好きな時に好きな場所に」
「おめでとう」
炸裂音が響いた。
麻布玲は肩から血を吹き出し、機械に倒れ込んだ。
「良かったね、夢が叶って。もう思い残すこと、ないよね? 人生の幕引きとしては最高だあ……」
ふふっ、と蘭は笑う。その手にはどこで手に入れたのだろう、拳銃が握られていた。
「なん、で……!!」
「麻布君さあ」
部屋に人がなだれ込んでくる。屈強な黒服の男たちだ。彼らは玲に組み付くと、しっかりとその動きを拘束した。
「本当にどこでもドアで、皆が幸せになれると思った?」
「どういう……」
「言ったでしょ? この研究は国土交通省からの案件だって。国中の、いや……いずれは世界中の交通事業がひっくり返る発明だよ」
「そ、そうさ! 皆がすぐにどこへでも行きたい場所に行ける、自由が……」
呑み込めていない玲の顔面を、蘭が殴った。
「い、いた」
「ホントさ、キミって根っからの”どこでも君”だよね」
玲の心に針が刺さる。
何でそんなことを言うんだ。
君だけは、僕を一度もそう呼ばなかったじゃないか。
「いつでもどこでも家にいながら好きな時に好きな場所へ。そんなことしたらさ、困る人がいるじゃん」
「困るって」
「……国中の高速道路は無用の長物! 鉄道も飛行機もバスもタクシーも必要ない! それら全部の撤廃に費用もかかるし、関連会社の従業員全てが職を失う! 物だって運べるから宅配便なんかいらない! 好きな時に好きな場所へすぐ行けるってのはそういうこと、違う?」
そんなこと考えもしなかった。玲にしてみれば、これはあくまで人々に自由を与えるためのものなのだから。
「私もさ、国や大手の航空会社や鉄道会社との談合でそこら辺はまとめつつ……この移動技術は要人や重要な案件の関連書類なんかの移送に使う、国の極秘技術として使いたかったわけ。絶対に表に出すなって鉄道会社の人から怒られちゃった」
「そん、な」
「キミはいいよね。そんなこと考えずに、身勝手な夢だけ見てればいいんだから」
嘲笑しつつ、
「だからさ、完成した後はキミが生きてると色々面倒なワケ」
蘭が今度は足を撃った。玲は痛みに声を上げる。そして、
「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
とっくにおさまったと思っていたあの咳の発作が、また出始めていた。
「あーもう、気持ち悪いなあそれ。学生の頃から思ってたけどさあ」
まただ。
あんまりじゃないか。
君は誰にでも分け隔てなく接する尊敬できる人物だと思っていたのに。
僕の憧れだったのに。
本当に、好きだったのに。
君も僕を嗤って、見下して、理解してくれていなかったのか。
「でもね、麻布君」
蘭がまた顔を近づける。
「キミには感謝してる。この研究はキミ抜きには完成しなかったし。あの時公園で咳き込んでるヤツ見てうわキモ、って思って素通りしようとしたら麻布君じゃん? 嘘でしょって思ったけどチームも行き詰まってたし使えるって思ったからさ、救急車呼んであげたわけ。安い元手で恩が高く売れるっていいよね」
やめてくれ。
これ以上、僕を失望させないでくれ。
「元々10年ホームレスやっててゲホゲホ咳き込むイカレ人間なんだからさ、研究の完成で歓喜のあまり自殺……ってことで片づけてあげる。まあ国のバックアップがあるんだし、いくらでももみ消せるけど……。この人達だって、今回国から派遣してもらったわけだしね」
蘭はそこで、黒服たちに玲の拘束を緩めさせた。玲の手を黒服たちが掴んだまま拳銃を握らせ、その上で自分の頭を打ちぬかせるのだ。記録を捏造できるとはいえ、硝煙反応をしっかり玲の手に残しておきたいらしい。
「ほらほら少年、さっさと撃って楽になろう? ……少年って年じゃないか、キモい童貞オヤジだ」
蘭はケラケラと笑いながら、その様を眺めている。玲はその間ずっと、ゲホゲホと咳き込んでいた。
これからもっと、広い世界を見たいのに。飛び出していきたいのに。
僕の”どこでもドア”は、こんなところで閉じてしまうのか?
「最後に夢が叶ってよかったね」
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
よかったね、と言いながらも、蘭の言葉には喜びも肯定も無い。
「安心しなよ。キミの発明も、手に入れるはずだった名誉も……私が代わりに貰ってあげる。私の名前は歴史に残るなあ」
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
玲は咳き込み続けている。その顔をまた、蘭が殴った。
「キモいって言ったでしょ、それ」
「うぁ」
「キミはさあ、幸せになる資格の無い人間なの。だから私達みたいな真っ当な人生を歩んでいる側の人間に、持ってる物全部差し出してゴミらしく野垂れ死ねばいいの。わかる? これが人生」
「……そう、かもね」
「そうなの。わかる?」
蘭が合図をすると、男たちは玲の右腕だけを何人も寄ってたかって掴み、玲に拳銃をがっちりと構えさせた。足を撃っているため逃げる心配は無いと、他の手足を抑えるのはやめている。
「それじゃあ、さよならだね」
そう語りかける蘭の表情は、やはり美しい。だが玲はもう、それに心惹かれることはなかった。
「……なんて……ない……と、どうなる……」
玲の口から、ぼそぼそと言葉が漏れる。
「は?」
「失う……なんて……心を……」
蘭は三度玲の顔を殴った。
「いい加減にしろよキモいって言ってるだろ!! 何ボソボソボソボソと……!」
「失う物なんてなにもない、心を病んだ孤独な男を欺くとどうなるか……!!」
玲は、
「報いを受けろクソ野郎ォォォォォ────ッ!!」
左手で機械のツマミを回し、ボタンを叩き殴っていた。
☆ ☆ ☆
目が覚めた時には、暗く冷たい部屋の床に玲は横たわっていた。
「ここ、は」
彼は立ち上がる。周りを見渡すが、そこは先程までの研究所の室内では無かった。
「生きてるのか、僕は」
彼は最後の手段として、空いている側の手で転送装置の出力を最大限にしたうえで起動させたのだ。今までの段階では想定すらしていなかった出力故に、部屋全体が巻き込まれたはずだ。それによって全て爆破して終わったと思っていたが、どうやらそうはならなかったらしい。そして、
「……あいつらは!?」
蘭と彼女が派遣した屈強な黒服たちはどこに行ってしまったのか。そう思って彼が動こうとした時、何かが彼の爪先にぶつかった。やわらかいそれを玲が拾い上げてみた時、
「ひいっ……!!」
彼はそれを投げ捨てていた。
それは人間の肘から先の腕だった。しかも、手首から指が生えたり、手の甲にへそとしか思えないものがついてたりと、まるで人間をぐちゃぐちゃにバラして適当につなぎ合わせたかのような。
「これ、は」
気づけば、彼の周りにはそういう奇形の死体がいくつも転がっていた。
頬から腸の柔毛としか思えないようなものがウジャウジャ生えている男。
逞しい胸筋に、他の人間の眼球がびっしりと敷き詰められている男。
股間からペニスの代わりに、他の男の首から上が生えているものまであった。
「……彼女は?」
そう思って歩を進めた時、彼は背後に人の気配を感じた。振り返ったそこには、
「……稀布さん!?」
蘭が微動だにせず突っ立っていた。生きているのかと彼は身構えたがその瞬間、
「ごぼ、がば、ば」
蘭がゆっくりと歩き始めた。玲はますます警戒し、いざとなれば殴るぐらいの覚悟をしたがその瞬間────
「ばあああああああああ」
蘭の身体がはち切れ、溶けたアイスクリームのように崩れた。
それと同時に中から大量の血液が溢れ出し、ジャラジャラジャラジャラッ、と固いものが大量に落ちる音がする。拾い上げてみると、それは人間の歯だった。落ちてきた量からして、十人分はある。
稀布蘭は、とっくに息絶えていたのだ。大量の血液と歯だけの詰まった、皮袋となって。
「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
玲は驚きと興奮のあまりへたり込んでまた咳き込んでいたが、彼はやがてそれがだんだんとおさまってきていることに気づいた。やがて咳が完全に止まると、彼は立ち上がり……
「はは、ハハハハ……!」
笑った。
「……ど──だ!! 見たかよゴーツクばりの八方美人のケツ穴女が!! よくも僕をコケにしやがって!! クソが!! クソが!! クソが!!」
玲は足元に転がっている蘭の顔の皮の残骸を踏みつけ、足の下でそれがずりゅずりゅと擦れて潰れていく感触を楽しんでいた。
「おいコラ!! 何とか言ってみろよ!! いつもみたいにカッコ良くビシッっと決めてくださいよ稀布さん!! もしもーし!?」
玲はそこで足を止め、床の方向に耳を澄ます。ただただ、静寂が響く。
「……そうだよなあ!! もう死んじゃってるから答えようがないよなあ!! キレーな顔の中から血と歯の大洪水でグチャグチャだあああ!!」
行き場の無い感情が、玲を支配する。彼は残っていた蘭の顔面の皮を見つけると、また苛立ちながら踏みつけてボロゾーキンにしていく。
「でもそれもこれも全部稀布さんが悪いんだよなあ!? 見下してるクセにいい顔して内心人の夢をバカにしたうえで、おいしいとこだけいただこうとしやがって!!」
そこで彼は、やっと足を止めた。
「……だから、報いを受けた。『これが人生』、だよな?」
玲はまだ表情は笑っていたが、目からは涙がとめどなく溢れていた。
憧れの人は、彼にとって最悪の人間だった。だがそれでも、好きだったという事実が胸を締め付け、痛めつける。
自分は何なんだ。くるくると翻弄されるだけの、ただの
「誰だ!! そこで何を……」
そこで部屋に入ってきた影がある。それこそ、シンクネットの立ち上げを準備していた一色理人その人であった。
玲は事情を説明し、理人と対話し自分がいわゆる”並行世界”へとやってきたことを理解していた。最大出力で転送装置を起動した時、並行世界間の移動が可能になる。その事実へと気づいたのだ。不完全で未完成な転送故に彼以外の人間がぐちゃぐちゃになったのを思えば、自分が無傷だったのは奇跡としか言いようがない。
行くあての無い玲を理人は拾い上げ、自分の立ち上げる計画を手伝ってほしいと頼み込んだ。その後、ナノマシン技術により誕生した”フツ”の参入、シンクネットの立ち上げにより、玲は再び目標を見つけることが出来た。
並行世界間を移動する、”どこでもドア”の完成と運用を目指すのだ。
やがてゲートが完成し、玲は元いた自分の世界への移動が可能になるとわかった時、サーバーの管理問題をエス、フツと話しあい並行世界に拠点を作ることを決めた。何度かの移動で計画は順調に進み、元の自分の世界での信者達も獲得。エスが掲げる”楽園ガーディア”の成就は目前だと玲は喜んでいた。
「エス様……! ありがとうございます!」
玲は彼を教祖のように慕い、付き従っていた。
だがある時、彼はフツから呼び出され、並行世界への大規模移動の話を持ちかけられることになる。そこで彼が耳にしたのは、
「信者達を……すべて滅ぼす!?」
「ああ。それがエスの本当の狙いだ」
玲はまたしても、心の拠り所としていた相手に裏切られることとなった。エスの目的は恋人ただ一人だというその事実は、彼を打ちのめすには充分だった。
「何だよそれは……! 僕達は利用されてただけか!? また裏切られるのか……! また……!!」
「待ってくれ。僕がいるだろ?」
「フツ様……」
「僕は夢を持ったが夢破れた信者達を、君のいた世界に連れていきたい。そこで、僕の理想とする楽園……”
フツは玲の手を握り、彼を厚遇すると約束してくれた。そして彼は、計画を推し進めていくこととなる。
「ところで、君も幹部として何か名乗った方がいいんじゃないか? バリーって子をそろそろ幹部にしようと思ってるし、一緒に組んでくれるとありがたいんだ」
フツの言葉に、玲はただ応えるだけだ。
「私は今までの自分を捨てて、これからの自分を大事にしたい。
「じゃあ、それで」
「【ジョン】で構いませんので」
その男、麻布 玲には────────
(どこでもドアで自由を手に入れた世界が……見たいんだ!)
夢があった。
☆ ☆ ☆
「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」
お台場の通りを歩きながら、ジョンは咳き込んでいた。
バルキリーに敗れ、一度はログアウトさせられた。おまけにその後本拠地で何か起こったらしく、アバターで本拠地の場所にアクセスすることができない。
ならばと、彼はアバターをお台場に出現させ、虹ヶ咲学園に襲撃をかけ全てをめちゃくちゃにしようと考えていた。
「僕の”どこでもドア”は、いつだって女が死んだ時に開かれる」
母が死んだ時、自由を手に入れたと思った。
蘭を殺した時、自分の心のわだかまりが吹き飛ばせたと思った。
故に彼は、女の死によって自由を手に入れたという成功体験を積んでいることになる。
「僕の、エ゛ッホ!! どこでもドアを、エ゛ッホ!! 開いて、くれよ……!! お前達のライブなんか、ぶっ壊してやる……!!」
スクールアイドル全員を皆殺しにして、希望を打ち砕く。そうすることできっと、何か道が開けると彼はそう信じていた。
学園がもう、眼前に迫っている。
「『それではいよいよ、全体曲です……!』」
高咲侑の声が、学園の前まで響いてくる。
「ぶっ壊してやる……!!」
しかし、
「……そうはさせません」
イズが、目の前に立ちはだかっていた。
「飛電の社長の秘書か。君も……僕のどこでもドアを、開く鍵になってくれよ……!!」
「あなたが何を考え、何を思って今そうしているのかはわかりません」
「黙れ!!」
「私は、ただ」
「黙れと言っているだろ!!」
ジョンはレイドライザーを構え、最後のアナザーランペイジキーのストックを起動させランペイジレイダーへと変貌する。
「……皆さんの夢を、守りたい」
夢。
飛電或人がいつも口にし、ずっと守ってきたもの。これからも守っていきたいと思うもの。
今までイズにはわからなかったが……その確かな形が、彼女には見え始めていた。侑が、同好会の面々が一体となって目指すそれこそが、きっと”夢”なのだろうと思う。
それをどうしたいかと問われた時、イズもまた、それを守りたいと”心”から思うのだ。
“ゼロツードライバー!”
イズは護身用に、そして本拠地まで向かう為に使う予定だったそれを起動させ、腰に巻いた。
“ZERO-TWO-JUMP!”
ゼロツープログライズキーを起動させ、彼女は変身の構えを取る。
“Let’s give you power! Let’s give you power!”
待機音が響く中、イズは戦いへの覚悟を決める。“前のイズ”から引き継いだ、破壊の記憶が蘇る。戦うことでまたそうなれば、或人はまた慟哭するだろうとも。
だが、そうはならない。そうはさせない。
無事に或人に加勢し、同好会のライブも守る。そんな
「変身!」
“ZERO-TWO-RISE!”
ゼロツーキーが、装填される。
“Road to glory has to lead to growin'path to change one to two!”
“1”の先の”2”へ。”次”へと、”未来”へと進め。
“KAMEN RIDER ZERO-TWO……!”
“────────It's never over.”
仮面ライダーゼロツー。
元々はゼロワンドライバーを破壊され、ゼロワンを超えるライダーとして或人とイズが生み出した究極の存在。先のシンクネットとの戦いにてイズが或人の為に使用して以来の変身だ。
夏の空が、その勇気をたたえるかのように青く広がっていた。
☆ ☆ ☆
会場ではそんな騒ぎは露知らず、侑のMCに観客が聞き入っている。
「今日の全体曲は、普通科から音楽科への転科試験を受けた私が、試験で作曲して弾いた曲です」
それは本当だった。今回のライブに当たり、彼女はその曲も全体曲としてブラッシュアップしたのだ。
歌ってほしいのだ。
同好会の面々と出会ったことで作ることのできた、夢への一歩としてのこの曲を。
「今日の空は昨日と違うし、明日の空もきっと違うはず。けど、青さだけはずっと変わらない……。空の青は、進めの青信号! 広い空よりももっと広い、夢への地図! 未来図を広げていきたい!」
観客達の心に、その言葉は響く。ここまでのパフォーマンスで、彼女達がどんなに夢を持ち、夢に向かって努力しているのか、激しく心揺さぶり伝わってくるからだ。
「そして自分で描いた未来図をぶち抜いて、今までの自分以上にもっと大きな夢を描いていけるのは……」
それは、
「いつだって、自分だけ!」
夢を見るものの、心構えだ。
ステージには同好会の面々がゆっくりと歩み出る。観客はここで、おやと”奇妙”に思った。
彼女達は皆、色とりどりの……”傘”を持っていたのだから。
ピアノを主体としたイントロが響き始める。そしてそのイントロのリズムに合わせ……
彼女達は、色とりどりの傘を開いていく。
☆ ☆ ☆
「はあっ!」
ゼロツーの拳が、ランペイジレイダーの巨腕へと入った。ランペイジレイダーは唸ると、ダイナマイティングライオンのダイナマイトを生成しガトリングでそれを乱射する。しかし、ゼロツーには大した問題ではない。彼女はゼアの演算能力と自身のヒューマギアとしての頭脳をリンクさせることで、その軌道を全て読み────上空へと弾き飛ばし、爆散させた。
「小癪なァァァ!!」
スパーキングジラフの電撃、ストーミングペンギンの嵐。一瞬で発生したそれにゼロツーは包まれ翻弄される。しかし次の瞬間には、彼女はその中から飛び出すとランペイジレイダーに殴りかかっていた。
その時、
ゆっくりと走るこの道
何かが生まれかけてるんだ
それを伝えたいよ
君へと伝えたいんだ
同好会の歌が、響いてくる。
ランペイジレイダーはチッと舌打ちすると、ガトリングヘッジホッグの能力で腕のガトリングの回転数を上げゼロツーに向けて撃ち放つ。
ゼロツーは腕で弾丸を全て捌くと、最後の一発に対して腕を構え────
「あァァァ!!」
手の甲ではじき返し、跳弾させていた。当然ながら跳弾の軌道まで計算されており、弾丸はランペイジレイダーの顔面にクリーンヒットする。レイダーは呻き、一瞬動きが止まった。
毎日見上げる空の
青さも季節ごと変わって
決まりはないね
自由に描いてと誘われてるよ
歌は、変わらず響いてくる。絶えず変わり続ける空のように……夢だって、自由に描いていい。夢を見ることの自由さ、すばらしさ、楽しさ。それが真摯に伝わってくる。
「……すばらしい夢です」
イズは、仮面の下で微笑んだ。
「黙れェ!!」
今度はインベイディングホースシュークラブの能力で腕を硬化させると、ゼロツーへと殴りかかってくる。ゼロツーは二発三発とそれをあえて食らいつつ……
食らった打撃の勢いで身体をひねり、その勢いのまま回転を加えて相手の胸元へと、体重を乗せた拳を叩きこんだ。
ランペイジレイダーは再び呻く。ヒューマギアとは言え元々女性型かつ秘書用ヒューマギアのイズのこと、ゼロツーの力という後押しがあってもパワーはやはり他のライダーに劣るところがある。だが相手のパワーを受け流し利用する格闘技のメソッドを取り込むことで、的確な有効打を叩きこむことが出来るのだ。
あせらないで行こう
ときめく時間を楽しんで
もっと!
みんな自分が好きなこと
追求しちゃおう
自分達の夢だけじゃない。
彼女達はいつだって、皆も自分の夢があるなら突き進んでいいと、肯定してくれる。
「皆さんの夢は、壊させません!」
「馬鹿か!! 夢なんて誰かの裏切りや邪魔で勝手に壊れる……! それが早いか遅いかなだけだ!!」
その時、
どこに向かうか
まだわからないけど
面白そうな未来が待ってると
笑いあえる君がいれば嬉しい
今日もありがとう
曲のサビが、静かに響く。
そうだ。その通りだ。
夢を見て向かう道が、どこに続いているかはわからない。
けれども、その先にはなにか面白そうなことのある未来が待っているからこそ……人は夢を見続けるのだ。
(どこでもドアが……あったら……!)
ジョンは一瞬、幼い頃からの夢を思い出す。
そう、彼もまた……夢の先にある素晴らしい未来を夢見て、夢を持った者だ。
だが、
「黙れえええええええ!!」
夢の先の未来が、酷いものだったこともまた事実なのだ。クラッシングバッファローの力で突進し、ゼロツーにがっつり組みつこうとする。ゼロツーは華麗に足を上げ、蹴りを相手へと叩きこんで後ろへ反動で跳ぶと相手との距離を取った。そして……
さあこれからは
それぞれの
広げたら気軽に飛び出そう
夢見て憧れて
また夢が見たいんだ
見たい、見たいんだ!
ゼ ロ ツ ー ビ ッ グ バ ン
空中へと飛び上がり、必殺技を発動する。
まずは強烈な蹴りの一撃。その勢いで空中へと吹っ飛んだ巨体にもう一撃。その軌道の先でもう一撃。そのまた軌道の先でもう一撃。一撃。一撃。一撃。一撃。
ゼロツーキーの高速演算による、相手の軌道を計算しつくして放つ多段蹴り。
ランペイジレイダーは爆発し、ここに一つの戦いが終わった。
「早く、或人さまのところへ……!」
「行かせるかァ!!」
えっ、とゼロツーが反応した瞬間、ガトリングの弾がゼロツーを雨あられと打ち抜いた。流石に致命傷にはならないが、一時的に動きを止めるには充分だ。
「残念だったなあ、ヒューマギア!! 負荷の反動で性能は落ちるからやりたくはなかったが……ランペイジキーで爆発エネルギーを吸収して取り込んだ!! あと一回だけは戦える!」
「そんな……!」
「お前をフツ様のところへは行かせん!! そしてスクールアイドル連中も全員ブッ殺して……僕は
それはもう、夢などではない。単なる妄執だ。
ゼロツーは立ち上がろうとするが、ダメージに一旦膝をつく。
「私も……」
「あ?」
「私も、何としてでも行かなければなりません!!」
普段のイズからは想像できないほどに、力強い叫び。
「同好会の皆さんと……」
「それじゃあ、約束ね! 皆と一緒に頑張る、って!」
「ええ、約束です。……行ってまいります!」
「約束、したんです!!」
ヒーローは、諦めない。
そして、諦めない者のところには……
「……約束か!」
“烈火、抜刀!”
ヒーローが、助けに来てくれる。
“ブレイブドラゴン!”
火炎が舞う。
“烈火一冊! 勇気の竜と、火炎剣烈火が交わる時────”
まるで朗読するかのような詠唱と共に、
“真紅の
“彼”が、姿を現した。
右肩に陣取る勇猛な
彼の名は────
「俺は、仮面ライダーセイバー!」
「仮面、ライダー……!?」
ゼロツーは見たことも無い仮面ライダーに、驚きを隠せない。セイバーはすぐさま踏み出すと、手にした長剣────”火炎剣烈火”で、ランペイジレイダーに袈裟懸けに斬りつけた。相手がうめいた隙に、
「立てる!?」
セイバーは、ゼロツーに問う。
「はい!」
「行って!」
「ですが……!」
逡巡するゼロツー。対し、ランペイジレイダーと斬り結ぶ覚悟を決めているセイバーの背中は……
「君には君の約束があるんだろう? なら、まずそれを果たさなきゃ!」
とても大きく、頼もしい。セイバーは振り返り、
「────君の物語の結末を決めるのは、君自身だ!」
しっかりと、そう激励した。
「……ありがとうございます!」
ゼロツーはいつもの秘書としての姿勢を取り、しっかりとセイバーに礼をし……或人達の下へと向かっていった。
「よくも邪魔をォ!!」
ランペイジレイダーは激昂し、セイバーに襲い掛かってくる。
「俺は……世界を守る剣士だからな!」
セイバーはまた、火炎剣烈火で斬り結んでいく。
きっかけは少し後から思い出し
全てがつながって
出会いって謎だらけ
いつから決まってたんだ
セイバーはおや、と思ったが、手は緩めない。
雲が流れては消える
涙を乗せて流れ去って
新しい光届いた?
物語また始まって
どこの誰が歌っているのかも知らない。
だが、いい歌だと思う。
出会いが、涙が、希望の光が────人の、人生という物語を作るのだから。
知らない場所へ行こう
ときめき大事に抱えてく
ずっと!
だって自分が好きなことは
頑張れるよ
「くたばれェ!!」
ランペイジレイダーはガトリングを乱射するが、セイバーは剣を振るい炎と共にそれを包み込んで打ち消す。そしてセイバーの剣が、ランペイジレイダーの胴を打ち据えた。
いつになるか まだわからないよね
願いが叶う明日待ってるの?
語りあえる君がいれば大丈夫
今日もありがとう
希望は、夢は、待っていてもやってはこない。
だから、自分から動いて掴みに行くしかない。
“ピーターファンタジスタ!”
“とある大人にならない少年が繰り広げる、夢と希望のストーリー……”
セイバーは追撃の為、”ワンダーライドブック”と呼ばれる本型のアイテムを起動する。そしてそれを、腰の”聖剣ソードライバー”のバックルへと挿し込むと火炎剣烈火を納刀し……
“烈火、抜刀! 二冊の本を重ねし時、聖なる剣に力が宿る!”
“ワンダーライダー!”
“ドラゴン! ピーターファン! ────二つの属性を備えし刃が、研ぎ澄まされる!“
セイバーの左腕が、鍵爪を供えた蒼い腕へと変化する。ランペイジレイダーは交換の隙を狙ってスパーキングジラフとエキサイティングスタッグで重ね掛けした電撃を見舞おうとするが、セイバーは鍵爪の左腕を見舞って相手と距離を取る。
さあ日々冒険の
それぞれの
同じものはないね
きっとないね
夢の色も違うけど
想いは一緒だよ
熱く、一緒だよ!
「……うん! やっぱり、いい歌だ!」
セイバーは聞こえてくるその歌を、再び賞賛した。
一人一人の夢は違う。そんなのは当たり前だ。
けれど、そこで想いを一つにできるからこそ────物語は生まれるのだから。
☆ ☆ ☆
舞台袖で、侑は同好会の勇姿をしっかりと目に焼きつけていた。
色とりどりの傘を持って舞う姿は、本当に眩しい。
今日の青い空は昨日と違う
明日の青い空今日と違う
(そう、今日の空は昨日と違うし、明日の空も今日と違う)
君の目には 僕の目には……
ああ言葉にならない
(みんな違うから、それぞれのやりたいことを同じ場所で貫いていく……!)
傘。
色とりどりの虹が輝くために必要な、雨をしのぐためのものであり────最小単位のパーソナルスペース。
まさに”個”を尊ぶ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会にぴったりだ。
こんな時にも君がいれば
ほっとする
だから だから明日も見上げよう
ここで君と
(でもそれは、一人ってことじゃない……! 私達はいつだって、仲間同士想いあってる!)
それこそが、高咲侑がこの曲に込めた最大のメッセージ。
自由な“NEO MAP”を描こう
NEO MAP!
夢への地図は一人一人違うけれど、それを互いに理解しあって切磋琢磨する、夢を育てるうえで最高の舞台。
そんな同好会と出会えたことへの、感謝だ。
☆ ☆ ☆
「何が仮面ライダーだ!! 何が世界を守るだ!!」
ランペイジレイダーは爆発を飲み込んだ影響で出力の落ちたガトリングを乱射しているが、その威力はどんどん弱まってきている。最早焼け石に水だ。
「はっ!!」
セイバーは剣で弾丸をはじくと、回転斬りで相手の胸元を切りつける。ランペイジレイダーは痛みにうめき、
「僕が助けてほしい時には……誰も助けてくれなかったのに……!!」
つい、本音をこぼした。セイバーはその言葉に一瞬動きを止めるが、
「……あなたに何があったのか、俺は知らない」
すぐに、暴れ狂うランペイジレイダーのガトリング腕を抑え込むように剣を叩きつける。
「けど今は────あなたを止めて、この世界を守る! そして……」
“必殺読破!”
セイバーは火炎剣烈火を納刀し、必殺技を起動する。
どこに向かうかまだわからないけど
面白そうな未来が待ってると
笑いあえる君がいれば嬉しい
今日もありがとう
「この世界に生きるあなたも、いつか救ってみせる!」
“烈火、抜刀! ドラゴン! ピーターファン! 二冊斬り!! ファ・ファ・ファイヤー!”
炎に蒼いオーラを加えたセイバーの激しい斬撃が、遂にランペイジレイダーの腹部のレイドライザーを捉えた。それと同時に、激しい爆発が巻き起こる。爆炎の後には、砕け散ったアナザーランペイジキーが散らばり……力の抜けたジョンが、立ち尽くしていた。
戦う力を、すべて失った。夢への道は、”どこでもドア”は……閉ざされてしまったのかという気持ちになる。そこに、
さぁこれからは
それぞれの
広げたら気軽に飛び出そう
夢見て憧れて
また夢が見たいんだ
見たい、見たいんだ!
NEO SKY, NEO MAP!
NEO SKY, NEO MAP!
混じり気の無い、純粋な想いの込められた歌がぶつかってくる。
歌詞の通りの青い空が、いつでも、どこでも、どこまでも、眼前に広がっている。
その真摯な想いが、ジョンの心に一筋の光を射す。
夢を見て、
「どこでもドアをね、作りたいんですよ」
憧れて、
(稀布さん……。君と肩を並べられたら……)
何度だって、また夢が見たい。
「フツ様……! 皆……! 私のゲートで計画を成し、皆で桃源郷に行こうじゃないですか!」
夢が見たい、見たいんだ。
(いつでも、どこでも、どこまでも……!!)
「……負けたよ」
ジョンはただ一言そう言うと、「LOG OUT」の文字を残して消えた。セイバーはそれを訝しがったが、
「『飛羽真君、メギドです! 応援をお願いしたいです!』」
仲間からの要請を受け、この場に留まっているわけにもいかなくなった。
「わかった倫太郎、すぐ行く!」
“ブックゲート!”
そしてセイバーは……
“どこでもドア”のような、次元の扉の彼方に消えていった。
☆ ☆ ☆
「何だ、これは……!!」
サウザーは驚愕していた。
突然の衝撃音と共に、シンクネットの本拠地が爆発し、ものすごい衝撃が彼らに襲い掛かったからだ。
まだまだ残っていたアバドンやレイダー達も、その衝撃と共にアバドライザーやレイドライザーを残し消え去ってしまっていた。
山の天気は変わりやすい。先程までの好天から打って変わり、空はぐずついて雲が増えてきた。
陽の光が遮られ、彼らの心にかかった不安同様の薄暗さがやって来る。
「大丈夫か、郷」
バルカンは爆風から既に生身の郷を庇っていた。先のサウザーも、近くにいた巴美を守っている。
「サーバーが全損したのか?」
バルキリーはシンクネット信者達が消えた理由をそう結論付けていた。本拠地の崩壊と共に彼らの接続が途絶えてしまったのが原因だろうと。
今やこの場に残っているシンクネット側のメンバーは巴美と郷だけだ。
「……ゼロワンは!?」
迅がその事実に気づき、声を上げる。本拠地にはまだ、ゼロワンとザナドゥが残っていた筈だ。その時、
「あァあああ……!!」
スーツの隙間からどす黒い血を滴らせ、ヘルライジングホッパー姿のゼロワンが彼らの前に転がってきた。
「飛電或人!?」
「何故ヘルライジングに変身しているんだ!」
滅とサウザーがゼロワンに駆け寄る。彼らは先のシンクネットとの戦いでのヘルライジングの戦いは見てはいないが、後に或人とイズの手で報告され記録に残されたそれの実態を見た時は驚愕したものだ。世界を滅ぼす力をその一身で受け止める、名前の通り地獄が形になったかのような力。
その時、
「ゼロワンが放ったヘルライジングインパクトの力を私が増幅して反射し、シンクネットの本拠地全てに波及させた」
「お前は……!!」
仮面ライダーアークツーが、アズと共に土埃の中から姿を現した。驚くサウザーを尻目に、
「お前達はもう、元の世界に帰れないね」
アズはケラケラと笑う。
そうなのだ。
この世界から元の世界に戻るには、この本拠地にあるゲートを通るしかない。出発前の襲撃の際使われた簡易ゲートも全てこの中にあった為、彼らは完全に帰る手段を失ってしまったのだ。
「今はそんなこと……!」
「問題じゃない!!」
バルカンのランペイジガトリングの一発の後に、迅の炎を纏った斬撃がすぐに飛んでくる。
「お前を倒す!」
「それが最優先だ……!」
滅がアシッドアナライズで拘束したところに、今度はバルキリーのランペイジガトリングの一発が飛ぶ。それらの一撃に、一度はアークツーの身体は木端微塵に爆散した。
「やった!」
一同の切迫した雰囲気を感じ取っていた郷は歓喜するが、
「いや、まだだ!!」
サウザーがいち早く叫んだ。
先程までアークツーがいた場所に、黒い霧状のものが渦を巻く。やがてそれらは一つに集まり────再び、アークツーを形作った。
「どういうことだ!?」
「ナノマシンの肉体を得た今の私には、造作もないことだ。迅」
困惑する迅を、アークツーは嘲る。
「ナノマシンの肉体だと……!?」
サウザーはその単語に、最悪の展開を予想してしまった。
「ごう、たが」
ゼロワンは息も絶え絶えに、
「あいつに、から、だを、のっと、られ」
その最悪の展開を伝えた。そこでまた、ヘルライズキーの力による肉体の破壊と再生。絶叫が響く。
「嘘だ……」
「フツ様は!? ……フツ様はどうしたんだよ!!」
曲がりなりにも幹部同士、仲間として郷太を傍で見てきていた郷と巴美の二人にとって、その事実は受け入れ難い。しかも次の瞬間、
「フツは……枝垂郷太の人格は、完全に消滅した」
アークツーが、周りに誰も守る者のいない巴美の目の前に瞬間移動の如く現れていた。
「よくも!!」
巴美は憤ったが、
「今更仲間がどうとか言えるの? お前が」
アズの嘲笑と共に、アークツーが巴美の頭を掴み、持ち上げていた。
「がっ……あ……や、だ……」
「1年前にこの世界で起こった、女子高が全焼した放火殺人。これはお前の仕業でしょう?」
「それ、は、ボクと、ジョンで……」
「学校に泊まって練習していたスクールアイドルと顧問が、『火をつけられる前に刃物で惨殺されていた』……。ホント、お前ってスクールアイドルが大嫌いなのね。醜くて、ドス黒くて、巨大な悪意」
「ちがっ、ボク、は」
「でもね」
そこでアズは、
「もう、お前はいいかなって」
ゴミに向けるのと同じ視線と表情を、巴美に向けた。
「がっ、がががっがっがががが!! が、ばばばばばばば」
アズの言葉を引鉄に、頭を掴んでいたアークツーの手から高圧の電流が迸る。
「やめろ!!」
サウザーは猛ダッシュし、サウザンドジャッカーをアークツーへと突き立てんとする。だがそれが刺さる前に、アークツーの空いた側の腕が片手間の如くサウザーに裏拳を叩きこんだ。
ぐウ、とサウザーは唸り、一瞬で変身が解除される。化け物じみた強さだ。
「ばっ、ががっがっがっが」
「本当はね、お前の中の強い悪意を見込んで、お前を次のアーク様にする計画もあった」
目の前で人一人が黒焼きになりつつあるというのに、アズは眉一つ動かさない。
「でもぉ……」
甘ったるい声を出し、
「お前みたいなぐちゃぐちゃの
そう結ぶと、あっはははと巴美を心底馬鹿にするかのように笑った。巴美の目から────
「ば、ばばばば、がが」
すうっ……と、涙が一筋垂れた。
「完了だ」
アークツーの手から放電が止まり、殆ど黒焦げになった田道巴美が打ち捨てられた。郷はあまりのことに、ヒッと目の前の真っ黒なそれを凝視している。
「放電と共に田道巴美の脳内の電気信号を全て読み取り、悪意のデータをわが物とした。悪意の燃料としては、貴様は一流だ」
つまりは、今の巴美は悪意だけ抜き取られた搾りカスというわけだ。だがその代償として、
「おい!!」
彼女の命は尽きようとしていた。天津はぼろぼろになりながらも必死に、まだ煙を吹いている彼女の下に駆け寄り、手を握る。手が熱で火傷するが、そんなことは問題ではない。
「お前は顔が半分だけ焼けたせいで悪意に目覚めた。なら良かったんじゃない? 顔だけじゃなくきれいに全身ぐちゃぐちゃに焼いてもらえて、悪意もアーク様に搾り取ってもらえたんだから」
アズの言葉がいちいち神経を逆撫でする。相手の人格や尊厳など屁とも思わない、悪意の源としか思っていないが故の嘲り。
「しっかりしろ!! おい!!」
天津は必死に叫ぶが、どう考えてもこの状態では助かる見込みがない。黒焦げとはいっても実際には全身の酷いやけどのため、肉の中のピンクや黄色い体液などでまだらになった顔は、かなりおぞましかった。その顔の中で、眼球が力なく天津の方を向く。
「私だ! 最後まで諦め……」
天津がそう言いかけた時、巴美の唇がぴくぴくと動いた。既に声を出す力も無いが、何か言おうとしていることは天津にはわかった。
彼はその唇の動きを必死に読み取るが、その瞬間────
「そんなことは……!!」
天津は彼女から出た、あまりにも辛い言葉を否定しようとした。しかし、
「くだらない」
巴美の顔が天津の視界から消え、アークの足が飛び込んでくる。死にかけの田道巴美の頭を、アークは踏みつけ木端微塵に砕いていた。
半分炭化していたそれは、でろりとした血と共にもうよくわからないグジャグジャとした塊になった。
「アーク!!」
天津はその非道に憤り立ち上がろうとするも、
「邪魔だ」
アークの腕が剣へと変化し、天津の胸を貫いていた。
「がっ……!!」
天津は喀血し、地面へと倒れ伏す。周りはあまりの事に驚愕するも次の瞬間、
「お前達の誰一人とて、この場からは生きて帰さない」
例によって瞬間移動の如く、アークがバルキリーの背後に回っていた。
「はっ……!?」
バルキリーは驚きながらも即座に反応し、必殺技を決めようとする。
“クラッシュランペイジ!”
「無駄だ」
バルキリーが必殺技を完遂する前に、アークは即座に動くとショットライザーを奪い取り、アナザーランペイジキーを引き抜いた上でグシャグシャと捻りつぶした。
変身解除され刃が息を呑んだ瞬間、
「うあァァア!!」
刃の左腕が、ぼとりと地面に落ちた。アークの放った斬撃が、彼女の腕を斬り落としたのだ。
「桜井郷。……お前も当然、排除の対象だ」
アークは標的を郷に定めると、即座に向かってきた。うわァァァ、と郷が恐怖に叫んだ時────
「冗談じゃねえ!!」
バルカンが割って入り、アークを二発三発と叩き壊さんが勢いで殴りつける。アークはしばしそれを受けていたが……
「ダメージ率を演算。……脅威対象外だ、仮面ライダーバルカン」
「何だとォ……!!」
“オールランペイジ!”
バルカンはランペイジガトリングの最大出力の砲撃を至近距離で放つ。この勢いなら風穴ぐらい開けられると思ったが……
「学習しろ、不破諫」
アークはナノマシンで食らった部分を再生させただけでなく、
「私は今、また学習したぞ」
食らった瞬間に全てのエネルギーをナノマシンに取り込ませており、そのエネルギーをバルカンに向けて発射した。
「ば」
バルカンが発することが出来たのは、その一言だけだった。発射されたエネルギーは、逆に彼の腹に風穴を開けていた。変身解除され、不破は大量の血を口からも鼻からも吐き倒れ伏した。
「不破さん!!」
郷の絶叫が響く。
「や、め、ろおおおおおおおおおおお!!」
ヘルライジングでぼろぼろになりながらも、ゼロワンは仲間達の惨劇に立ち上がり殴りかかる。しかし、
「お前も学習しろ、飛電或人」
アークは瞬間移動の如く背後に移ると、足で踏みつけゼロワンを地面に叩きつけた。そんな中で、
「『今日の空は昨日と違うし、明日の空もきっと違うはず。けど、青さだけはずっと変わらない……。空の青は、進めの青信号! 広い空よりももっと広い、夢への地図! 未来図を広げていきたい!』」
「『そして自分で描いた未来図をぶち抜いて、今までの自分以上にもっと大きな夢を描いていけるのは……』」
「『いつだって、自分だけ!』」
侑のMCが、場違いなほどによく響く。
「……高咲侑か」
アークは嘲笑する。
「お前達の次は、奴らを滅ぼす」
「なん、だと……!」
踏みつけられながらも、ゼロワンはそれを聞き逃さない。
「滅びるべき人間の分際でくだらない夢を掲げ、お前達と共感しあった報いだ。この世界の人類滅亡の狼煙として、奴らから滅ぼす。当然の結論だ」
「それともぉ」
アズは悪戯を思いついた子供のような表情で、瓦礫の中から手にしたあるものを弄ぶ。
「あの子にも、”アーク様”になってもらおうかな?」
それはもう一つのアークドライバー。
郷太の言によれば、悪意の増幅装置として本拠地のユニットに組み込まれていたアークドライバーは今現在アークが使っているものと、もう一つで対になっているとのことだった。
この破壊でも傷ひとつ付いていなかったそれを、アズは瓦礫の中から引っ張り出したのだ。
「ねぇアーク様ぁ、どう? あの子の目の前で仲間が一人ずつ死んでいったら、あの子は何人目のところで悪意に呑まれて”アーク様”になれるかなぁ……?」
「面白い結論だ、アズ。この世界の人間に夢を広げようとする者が、悪意の器に転じこの世界を滅ぼす……。簡単に悪意に呑まれ憎しみ、傷つけ合い、争う、愚かな人間に相応しい結末だな」
その瞬間、アークの足が物凄い力で掴まれる。
「ふざけるなよ!!」
踏みつけにされていたゼロワンが、万力の如き力でアークの足を掴んでいた。
「あんな……想いを……」
「滅……。イズを破壊して、心は痛まなかったのか? 少しも苦しいと思わなかったのか!?」
「……俺は、お前を許さない!!」
「イ゛ズ゛の゛仇゛だ゛!゛!゛」
「もう二度と!! 誰にもさせるか!!」
ゼロワンの力で、アークの足が握りつぶされる。しかし例によって、ナノマシンにより一瞬でアークの足は再生されてしまう。
「でも、どうするの? お前たちに勝ち目なんて無いのに」
アズは嘲笑し、ゼロワンを見下ろす。背後では、同好会の歌が夢の素晴らしさを、空の美しさを歌っているというのに────こちらの空のぐずつきは最高潮となり、車軸を流すかのような大雨が降り始めた。
非常にまずい状況だ。既に瀕死の大怪我を負った天津も不破も刃も、今の状態で雨にまで打たれれば体力の消耗がどんどん激しくなる。
「う……うう……!」
郷は一人でずっと震えていたが、やがて近くのスラッシュアバドライザーを手に取った。バリーの……田道巴美の、形見となったものだ。彼はそれを手に、アークに向かっていこうとする。アークもまたそれに気づき、あえていたぶってから殺そうと構えを取ろうとした時────
「よせ!」
滅が迅を伴って割って入り、アークへと向かっていった。
「なんで……!!」
郷は割って入られたこと、滅が自分にそんな言葉をかけたことの両方に思わず問う。
「勇猛と無謀は違う!!」
滅は振り返りもせずに、拳をアークの頬へと叩きこむ。
「君は……生きろ!! “お父さん”の為にも!!」
迅も、斬撃をアークの胸元に深々と刻みながらそう言葉をかける。アークの肉体がバリバリと裂け、かなりの手応えを感じる。しかし、
「理解不能だ」
こちらが反応するよりも早く、アークは見えないほどの速さの拳で両者をノックアウトする勢いで叩きのめしていた。二人はぐっ、と声を上げ、濡れた地面を転がり泥にまみれる。
「考えられる数十兆通りのパターンを全て算出。……この状況からお前達が勝てる確率は、0だ」
アークはこともなげに言う。足を破壊されようが、殴りつけられようが、胸をえぐり斬られようが、彼にとっては些事。それらを何ら障害と思うことなく、彼は結論を算出し続けるだけ。
「お前達は死ぬ。非常に不確定な要素によって」
背後では、同好会の歌が聞こえてくる。そろそろ、曲も終わりだ。
「お前達の目的はシンクネットの殲滅。枝垂郷太が消滅、幹部も本拠地も消えた。立ち上がる理由は無い筈だ」
アークにしてみれば、彼らに立ち上がる理由も、立ち向かう理由も無い筈なのだ。ただただ事実から演算だけをする、アークにとっては。
「貴様にはわかるまい……!!」
「ああ! ただ計算だけしかできない、心の無いお前なんかには!!」
滅と迅は立ち上がりながら、自分達の”心”のままに叫ぶ。
彼らもまた、かつては悪意に呑まれ、ただそれに従ってきただけの存在だった。だが今は違う。
この世界に生きる人々の想いを、守りたいと思う。
自分達と出会い、互いに理解を深め合い、夢を、心を語り合った相手を守りたいと思う。
計算や演算だけでは決してたどり着けない、彼ら自身の”心”からの意志で。
「お前は確かに進化している。だが、所詮スペックだけ……集合知の”器”としてだけだ」
滅のその言葉が、一番的確ではあった。
アークは確かに、いたぶることも、弄ぶということも学習し施行していく。だがそれは、所詮大多数のデータからサンプリングして”悪意”の形として算出したものに過ぎない。
限りなく人間に近く思考し行動しているように見えるが、そこにアークの”心”は無い。
「悪意の無い、人工知能など……」
そこで、天津が血を吐きながらも言葉を発する。
「本当の”心”ではない。私はそう思って、お前に悪意をラーニングさせた。だがな……」
ガフッとまた血が吐き出されるが、天津はどうしても言わなければならない。
アークという、最悪の悪意の器たる人工知能を作り出してしまった者として。
「“善意”を忘れた心もまた、本当の”心”ではない」
そう結び、彼は笑うと……泥まみれの地面に、力尽き倒れ伏した。顔面から泥に突っ込んでいるのに、抜け出ようとする素振りすら無い。それはつまり……
「嘘だろ!? おい!!」
そう叫ぶ刃もまた、斬り落とされた腕からの出血を抑えきれず、血を流し過ぎた為に限界を迎えようとしている。
「くだらないな」
天津の言葉など全く意味が無いとばかりに、アークは全てを終わらせようとしていた。
「最適な結論を導き出し、それに従い人類を滅亡させる。そこに心は必要ない」
“悪意”
“恐怖”
”憤怒”
“憎悪”
”絶望”
アークドライバー最大にして最悪の機能。
ドライバーのボタンを押す度にラーニングした悪意の極致たる十の単語によって、段階的に悪意のエネルギーを増幅させていくのだ。
“闘争”
“殺意”
悪意の増幅の果てに待つのは、
“破滅”
“絶滅”
”滅亡”
滅びだけだ。
“
瞬間、物凄い怖気と冷たい悪寒がその場の全身に走る。
空気が重い。
張りつめている。
その場にアーク一人が佇んでいるのは変わらないのに、まるで地球一つを丸ごと背負うかのような巨大かつ強大な悪意の塊のエネルギー。それが今、一点に集約して放たれようとしている。
パーフェクト
アブソリュート
コンクルージョン
「はァァァァァ────ッ!!」
アークは跳ぶと、その巨大な悪意のエネルギーを纏い……滅と迅に向かって、それを放った。二人は回避しようと脇に跳ぼうとするが、それはできない。
その場から一歩でも動こうとすると、アークは悪意のエネルギーを実体の如く操り強制的に彼らを自分の蹴りの軌道上に押し戻してしまうのだ。
おまけに趣味が悪いのは、元より赤黒い悪意のエネルギーが、まるで血塗られた腕のようになって彼らを掴む形で押し戻していることだ。それはまるで、憎しみ、怒り、恨みという悪意の中に、滅亡迅雷.netの活動によって命を散らしていった者達の怨念が混じり合っているかのようだった。
何千何万何億何兆通りもの相手の行動パターンが予測され、想定外無く相手を確実に仕留め、殺す為の────”必ず殺す技”と書いての、文字通りの”必殺技”。
そしてそれは、滅と迅の二人を確実に演算通り射抜いた。
もの凄い火柱と爆風が上がる。そしてその後には……
「……予測通りの結論だ」
アークツーが、ただ一人勝者として立っていた。
爆炎の中から、二つ転がったものがある。
それは紛れもなく、滅と迅の残骸……二人の腕だった。その二つの腕はもの凄く近くに落ちていながら、手を繋ぐことが叶わぬかのように、指と指が触れあいそうで触れあわない距離で転がっていた。
そして、
「『全体曲まで聴いていただいて、ありがとうございました! 皆、ありがとう~~!』」
『NEO SKY, NEO MAP!』が終わり、侑のMCによってライブの終わりが告げられる。それはまるで、彼らの戦いの完全敗北による終わりを示唆するかのようでもあった。
「そん、な」
ゼロワンはもう痛みが慢性化し、叫び声すら出すことが出来ない。
不破は目を見開いたまま、雨に体力を奪われながらも虫の息だ。
刃と天津は多大なダメージに既に力を無くし、目を閉じてしまっている。
滅と迅は、無惨に砕け散った。
完全敗北だ。
「前に言ったはずだ。人類滅亡は、既に決まっている結論だと」
アークは淡々と、そう告げる。
「飛電或人と滅が悪意を乗り越えたのも、エスとの戦いも、全て通過点だ」
そこには、何の感情も無い。
「決まっていた結論までの過程を、お前達は先延ばしにしただけだ」
アークの手に、力が籠る。滅と迅だけでは足りない。
この場の全てを完全に沈黙させるまで、彼は止まらない。降り続ける雨など、意にも介さず。
「……まだです!!」
その声が、
「……イズ!!」
或人の心を、また震わせる。
仮面ライダーゼロツーの脚力は、計測によれば100mを0.2秒。お台場から東京と山梨の境まで、本気で走り続ければ3分ほどだ。セイバーに助けられ道が開けた彼女は、今やっとこの場に馳せ参じたというわけだ。
「まだ、って何?」
アーク同様に雨も意に介さず、アズはケラケラと笑う。
「この状況からお前達が逆転できる可能性なんてないのよ。お前に何が出来るの?」
ゼロツーは周りを見渡し、自身も絶望しそうになるのを必死に堪える。惨状、惨劇。中でも滅と迅の残骸だけの姿は目を覆いたくなる。
だが、その中で────ただひとつ賭けられる可能性を、彼女とゼアは見つけた。
「『何か』は……出来ます!!」
瞬間、ゼロツーは地面を蹴って飛び出した。進行方向はアークツー。アークはふっと嘲笑すると、迎撃するつもりで演算を行っていった。彼が出した結論は、
「……蹴りか」
その予測通り、ゼロツーのキックがアークの胸元を捉える。アークはその足を掴んで、キックの勢いを殺そうとする。しかし、
「はっ!!」
ゼロツーの本当の目的は、アークへの蹴りでは無かった。彼女の目的は、
「なっ……!!」
アズだった。アークが完全に足を掴み切る前に、ゼロツーはアークの胸元をジャンプ台代わりに蹴り、アズの方へと空中でひねりを入れながら跳ね飛んでいた。そして、
「それで何をする気!?」
ゼロツーは、アズからアークドライバーを奪い取っていた。アークドライバーという予想外の選択肢に、アズも流石に驚嘆せざるを得ない。
「無駄な事だ」
アークが妨害しようと飛び出すが、
「あああああああああああ!!」
ぼろぼろのヘルライジングの身体で、ゼロワンが再び割って入る。ゼロワンはそのままアークの頭に拳を叩きこみ、弾け飛んだ頭は細かい塵になって散った。
「今だイズ!!」
イズの策を信じ、ゼロワンは時間を作ったのだ。
確かにアークはナノマシンの肉体で再生が可能だが、流石に頭部ともなれば即座にとはいかない。それでも、既にパーツが集まりつつはあったのだが。
ゼロツーは両手からコードを伸ばすと、そこから何かしらのデータをブランクのアークドライバーへとインストールしていく。
「進捗率……40……60……」
「無駄だと言っている」
瞬間、衝撃音と共にゼロワンの腹部に鉛のような重い衝撃が走る。
頭部を再生させたアークツーは、拳をゼロワンドライバーへと叩きこんでいた。ゼロワンドライバーは砕け、血まみれの或人がどさりと崩れ落ちる。
「がっ……!!」
「イズ。お前から破壊し、再び飛電或人がアークに堕ちるか演算することにしよう」
アークツーはゼロツーの首を掴み、片腕でぎりぎりと持ち上げていく。空いている方の腕でゼロワン同様に衝撃を与えてゼロツードライバーを叩き壊すと、ゼロツーの変身が解除されてしまう。
「終わりだ」
「まだです……!!」
アークに全ての終わりを宣告されても、イズの眼にはまだ光が灯っている。
諦めず、戦う意志を折らずにいる。
「みなさんの、夢を……」
その理由は、
「私も、守りたい」
いたって
その時だった。沈黙を保っていた会場からの音声が────
「『アンコール! アンコール!』」
再び、聞こえ始めた。
「これは……!?」
アズは困惑する。彼女は知らなかった。
ライブには、最後の締めのパフォーマンスのお披露目の前提として……アンコールで演者を呼び戻す慣習があることを。
「『皆、ありがとう!』」
侑の声が、再び戦場にも響く。
「『次がいよいよ、本当に最後の曲です』」
☆ ☆ ☆
「前回のスクールアイドルフェスティバルでは、スクールアイドルの皆が私に、私たちに……歌を贈ってくれました。『夢がここからはじまるよ』。とっても素晴らしい、ときめく歌でした!」
侑は今でもはっきりと思い出せる。
あの歌があの場にいる皆に、これから出会う皆に、そして自分に贈られた時────題名通り、大きな夢がここからはじまったのだと。
「だから、今度は私が! スクールアイドルが大好きな皆を代表して、夢っていいなって歌を、スクールアイドルに贈りました! 曲と歌詞を作って……!」
そこで、彼女はふっと微笑む。
「この曲ができるまでに、新しい出会いもありました」
飛電或人筆頭にこの世界にやって来た仮面ライダー達。
彼らとの出会いは偶発的なものだったが、このライブに至るまでに……確かなプラスとなってくれたのは、間違い無い。
「見ず知らずの誰かの夢を守りたいって気持ちで、真っ直ぐに行動できる。そんなすごい人達と出会えました」
夢と夢が繋がり、新しい夢が、物語が始まるのだ。
「私達も、あの人達も、見たことのない夢の軌道をずっと追いかけてる! 夢がどんどん大きくなるほど、その真剣さを試されることだってあるだろうけど……!」
侑の眼は、きらきらと輝いている。
「本当の夢は、それを抱きしめた心が弾むように……もう止まらない! 無謀な賭け? 上等、勝ちに行こう!!」
言葉が溢れてくる。高揚する。
「夢を見る限り、私達はきっと一人じゃない! いつも皆がいるから……! 惹かれ合った夢と夢を、繋いで始めていこう!」
☆ ☆ ☆
「『夢を見る限り、私達はきっと一人じゃない! いつも皆がいるから……! 惹かれ合った夢と夢を、繋いで始めていこう!』」
「夢だと?」
アークはその言葉を反芻する。
「愚かな。仮面ライダーは全滅し、あの者たちも終わりを迎える」
そして────
「人類に、夢を見る未来は来ない」
笑った。
「……ハハハハハ!!」
アークに心などない。
「ハハハハハハハハハ!!」
それはただ悪意の形として、こういう時には高揚し嘲笑するものだというラーニングの結果でしかない。
だが、笑っている。
「ハハハハハハハハハハハハハ!!」
笑っている。
笑っている。
笑って
「……笑うなよ」
アークは聞き間違いだと思った。
そんな力強い声が、この声紋の持ち主から出るはずがない。なぜならその声の主は、
「……何もわかってないくせに、人の夢を笑うんじゃねえよ!!」
先程まで死にかけていたはずの、飛電或人なのだから。
「わかっている」
アークは或人の愚かさを侮蔑しつつ、ネットワークにアクセスし集合知へと検索をかける。
「『夢』とは、『将来の目標や、希望』『願望』を示す……」
「人の夢ってのはなあ!!」
「観てくれたみんなの心を、ぽかぽかにするアイドルになりたい!」
「見た人が忘れられないくらい、情熱的で魅力的なパフォーマンスを見せたいわ」
「世界で一番かわいいかすみんのかわいさを、余すところなくみせちゃいます!」
「遥ちゃんに自慢できるような、最高のライブにしたいよ~~……」
「私の大好きを、届けます!!」
「誰も見たことのない、私だけの表現を見てほしいです!」
「皆で楽しいを一緒に楽しめる時間! それっきゃない!」
「もっともっと、沢山の人と繋がりたい……!」
「だから私は、今日この曲を贈ります! その人に、聞いてもらえたらいいな!」
「辛いことや、苦しいことだってあるけど……夢を見るのって、やっぱり楽しいと思うから!」
「人の……夢ってのは……!!」
「今の俺には……”夢”があるからな。お前が作った、”仮面ライダー”という夢が!」
「互いの垣根を超えて、自由のために戦う限り……お前達は”仮面ライダー”だ!」
「この世界の悪意を見張り続ける。二度とアークが蘇ることのないようにな」
「お前が言う『夢』ってやつに……友達の未来を賭けてみるのも、悪くないかもしれない」
「大いなる夢を抱いた時、誰であろうと社長となる。さあ! サウザー課の仕事を始めようか」
「私も夢を持ちたいと思いました! 或人さまの夢を、傍で見届けることです! そして……心から、笑うことです」
「飛んでみせるよ……! 夢に向かって!」
「検索すればわかるような、そんな単純なものじゃねえんだよ!!」
アークは一瞬固まっていた。まるで或人のその啖呵が、予想外だとでも言わんがばかりに。
その瞬間、イズが接続していたアークドライバーが光った。その外観もリフォーマットされていき……禍々しい歪なその形状が、まるで美術品のように調和のとれたフォルムをとる。
「……進捗率、100%。間に合ったようです」
イズは掴まれながらも、その事実に安堵する。
「馬鹿な……!?」
アークは困惑する。この展開は、明らかに”予想外”だ。
「イズ」
或人はゆっくりと、そのドライバーを拾い上げる。
「このドライバーがあれば、皆の夢を守れるんだよね?」
信頼を込めた優しい声で、彼はそう問う。
「ええ」
「……信じるよ」
いつの間にか、雨は止んでいた。
“ゼアワンドライバー!”
ドライバーが装着される。元がアークドライバーとは思えないほどに、それはあたたかく、力強く、彼に力を与えてくれる。
それと同時に、破壊されたゼロツードライバーから地面に落ちていたゼロツーキーが光る。
ゼロツーキーの構築能力によって、破壊されたゼロワンドライバーの中に残っていたヘルライズキーがリフォーマットされ────悪意の禍々しい赤いオーラが弾けて消え、或人の手にかつてのアークワンプログライズキーに似ていながら、真逆に清廉さを感じさせる全く新しいプログライズキーが収められる。
“THERE-ONE!”
「『生まれた、トキメキ!』」
会場からの侑の声が、今までよりもはっきりと聞こえる。
厚い雲が晴れていき、きらきらと陽が射し始める。
「変身!!」
“RAINBOW-RISE!”
「『あの日から、世界は……!』」
"Onecemore, over the ZERO-ONE! Wonderful sky is all ONE! We're number ONE! You're the only ONE!"
THERE
“KAMEN RIDER ONE……!”
THEY'RE
“────I'm only ONE, who can stop you.”
「『変わりはじめたんだ!』」
白いボディの輝きの中に、蒼く光るライン。それはまるで、善意の……夢の象徴。
この瞬間までに全てを繋いでくれた者達の想いを結集させた、“仮面ライダーゼアワン”がそこに立っていた。
イントロが聞こえる。
ピアノが奏でる、優しく、わくわくさせてくれるイントロが。
そして、空には────
雨上がりの、美しい虹がかかった。
「お前を止められるのはただ一人……俺だ!!」
生まれたのはトキメキ 惹かれたのは輝き
あの日から変わりはじめた世界
ゼアワンは駆け出していた。アークはすぐにその行動パターンを予測し、対策を立てていく。
(右拳で、殴打)
その拳をアークは受け止める。しかし、
「ぐうっ!?」
受け止めたアークの掌が、砕け散る。ナノマシンで再生は可能だが、この出力は”予想外”だ。
「馬鹿な……!! 予想される出力ならば、こんな威力はあり得ない!!」
「あり得るよ」
ゼアワンは答えながらも、アークが悪意を放出するのと対照的に……光り輝く善意のエネルギーを、その場に拡散させていく。
見てるだけじゃ足りない カラダ動かして
できることないか 探してみようよここで
「夢に向かって、飛び立てば!!」
「夢だとォ……!?」
これは夢かな? 夢ってステキな言葉
言ってるだけでイイ気分
或人の心にその歌詞が響く。そこは、或人が侑に問われ提案し書き加えた歌詞だからだ。
それぞれの夢もだが……夢という言葉そのものを口にするだけで、力が湧いてくる。前を向こうと思わせてくれる。
きっと夢だと決めてしまえ
ああっ勇気が湧いてきた!
ゼアワンはライジングホッパー時のゼロワンを思わせる俊敏さ、力強さで徒手空拳を用い、アークを一発一発破壊せんが勢いで叩きのめす。
アークは常にゼアワンの攻撃を予測した上で戦っているが、対処することが出来ない。ゼアワンの出力が常に、予想を超えて防御を上回ってくるからだ。
ゼアワンの真骨頂は、相手の予測、演算をこちらもまた予想し……その上で、相手が予測した最適解を上回るエネルギーを与えてくれるのだ。そしてその源は、変身者の感情の閾値。
変身者が、夢を見て、夢を信じ、夢を守ろうと気持ちを昂らせることで、常に相手より一手先の予測と力を与えてくれる。まるで、夢を見た人間が予想もつかない成長の先へと行くかのように。
ワクワク叶える
どうなるかは僕ら次第
出会いって それだけで奇跡と思うんだよ
そう、ここに至るまでのそれぞれの世界でのそれぞれの出会い。そしてこの世界において、本来出会うはずの無い者達が出会ったことによる力。それはまさに、奇跡だ。
ワクワク叶える
みんなで楽しくなろうよ
生きてる!ってココロが叫んじゃう
そんな実感欲しいよねっ
この戦いは、悪意に呑まれた憎しみと怒りの戦いじゃない。
皆で、楽しくて、嬉しくて、素晴らしい時間を手に入れる為の戦いだ。
「はあっ!!」
ゼアワンの回し蹴りが、アークを吹き飛ばす。
(ワクワクしたいキミと ワクワク発ストーリー)
始まれ! (ワクワクしようキミも!)
これが始まり。何かが始まる。夢よ、始まれ。
「いい加減に……!」
ゼアワンの猛攻に、調子に乗るなとアズはアークに加勢しようとする。しかし、
「うああっ!!」
郷がその足元に組み付き、動きを抑えた。
「どけ!!」
「どかない!!」
「アーク様の燃料の分際で……!!」
アズの目に殺意がこもる。郷を手にかけようとしたその瞬間、彼女の身体は吹き飛ばされていた。
「お前……!」
アズはその衝撃の正体に驚愕する。それは、ドライバーを破壊され沈黙したはずの仮面ライダーゼロツーだったからだ。
「どうやって!?」
「これが、ゼアと私の結論。先程、この場で流せるようにといただいた曲のデータと……私の中の”イズ”としての記憶データを基にしたものを、ブランクのアークドライバーにインストールしました」
同好会が夢を込め、夢を歌う曲。様々な戦い、人間の姿を見てきた、或人とイズの記憶。
それらはまさに、善意の結晶。
「ヒューマギア達の或人社長を想う心が、悪意のマギアをリフォーマットできるプログライズホッパーブレードを産んだように……この強い善意の力とゼアの持つ構築能力が合わさり、”ゼアワン”は極限まで高めた修復の力を持っています!」
破壊されたゼロツードライバーも、このリフォーマット能力によって修復されたのだ。本体であるイズの受けたダメージすらも修復され、気力もコンディションも最高潮。そんな状態のゼロツー相手では、勝ち目はない。
「イズ……」
「ありがとうございます、力を貸してくれて」
ゼロツーに礼を言われ、郷は改めて彼女をまじまじと見る。
父が信じ、自分の生きる今のこの瞬間まで推し進めたヒューマギア。それが人の夢を認識し、人の夢を守ろうとしているのは……何故だろう。とても、嬉しく思う。
父が生涯をかけて信じていたものは、無駄ではなかった。父の人生に、確かな意味はあったのだと。
不意にきたよヒラメキ やれるかもと呟き
これからはキミと旅する世界
「おのれ!!」
アークは悪意のエネルギーを地面から展開すると、大量のアタッシュウエポンを生成する。アタッシュショットガンとアタッシュアローによる強烈な飛び道具で、ゼアワンを破壊せんとするその猛攻。それらはゼアワンのボディを確かに削っていく。
ゼアワンはあえてこれらを避けず食らっている。ダメージは多少あるが、一発一発のスパンが短いため避けようとすれば無駄な動作が発生するからだ。故に、それらを食らいながらも全力で……
「はっ!!」
自分の攻撃を通す方を優先する。一撃だけで天まで届きそうな衝撃の走る正拳に、アークはぐらつく。
知らないことがたくさん キモチ高まって
できることあるよ何かはわからないけど
「結論は……必ず施行されなければならない!」
アークは自らも跳ねると、ゼアワンに向かって蹴りを放つ。しかし……
“オールランペイジ!”
“オールランペイジ!”
ゼアワンに到達する前に、強烈な砲撃が二つ同時にアークの身体を射抜いた。一度はその身体が爆散するが、すぐにナノマシンによって再生を始める。
その最中、アークは砲撃の正体を……
「バルカン……!? バルキリー……!?」
しっかりと、認識させられていた。
「こっちはさっきまで死にかけだってのによ、人遣い荒いぜ」
「だが、感謝する……! ここでアークは絶対に止める!」
不破と刃もまた、ベストコンディションで再変身し並び立っていた。
変身関連のアイテムはゼアワンの構築能力によって修復した。しかし問題は、彼らの生身の肉体だ。
そこでゼアワンは、この場に散らばる大量の”あるもの”を修復し活躍させた。信者達のアバターを構成していた、大量のナノマシンだ。
元々シンクネットのナノマシンはエスが研究所ナノミライで医療用に開発していたもの。それらが本来の用途を果たす時がきたのだ。
大量のナノマシンにかかれば、斬られた腕だろうと腹の風穴だろうと問題なしだ。肉の足りない部分はナノマシンそのものが代わりに傷を塞いでいる。体力だけはどうにもならないが、今のこの瞬間立てるよう、一時的にドーパミンの分泌が活発化させられていた。
みんな夢見たい? 夢っていつから見るの
気がついた時 もう見てる!
「夢夢夢夢と……!! 不確かで意味の無い要素を口にするな!!」
アークもまた、ナノマシンで肉体を復活させ悪意を放出する。耐性のあるゼアワン以外はぐっ、と呻くが、
「夢に、意味があるかどうか……!」
衝撃と共に、
「それを決めるのは、夢を見る者自身だ!!」
サウザンドジャッカーでアークの腹が貫かれ、地面に串刺しの形になる。
こちらも完全復活。天津垓ことサウザーだ。
「私は今、1000%心が怒りに満ちている……」
サウザーは怒っている。許せないのだ。
田道巴美は全身を焼かれ瀕死の状態で、確かにこう唇を動かした。
“おう、うあええ、おあゃ、おあっあおああ“。
“ボク、産まれてこなきゃよかったのかな”と。
アズの言が確かなら、彼女は人殺しの犯罪者だ。その事実に慈悲や同情があってはいけない。
だが。
だが、それでも。
死の間際の想いが。最期の言葉が。
罪への懺悔の猶予すら与えられず、生きてきたことそのものを自分で否定するなんてあまりにも哀しいじゃないか。
彼女がここに至るまでに何かがあったのは、天津も感じ取っていただけに。
そしてそれは、天津の罪でもある。
アークという存在を産み出し、彼女にそんな最期を与えた原因は……間違い無く天津自身なのだから。
だから、天津は怒るのだ。許してはおけないのだ。
己の罪を。そして、己の過ちから生まれたアークを。
「1000%の確率で……! 私達がお前をここで止める!」
天津の心を満たすのは、怒りだけではない。
この世界に生きる者達の夢に触れて、それを知ったからこそ……守りたいという思いが、確かにそこにある。
だからまっすぐに進んでみよう
わあっ希望に呼ばれたよ
「いい加減に百分率を理解しろ、天津垓」
アークは拳でサウザーに衝撃を与え、払い飛ばす。そして腹のジャッカーを引き抜こうとするが……
「お前こそ、いい加減に理解したら!?」
二つの斬撃が、身動きの取れない状態のアークをもろに捉える。手足が斬り飛ばされ、引き抜くまでの時間にラグが生まれる。
キラキラ求める
どうしたいかは僕ら次第
願いって 大きなほどキレイだと思うんだよ
“スティングディストピア!”
「ああ。理解しろ、アーク」
身動きの取れないアークの肉体に、滅は強烈な蹴りを叩きこむ。
「……心が無いお前の結論に、意味など無いとな」
滅と迅もまた、再構築により完全復活を遂げていた。滅の一撃により、爆風が巻き起こり……アークの肉体は、はるか上空へと跳ね上げられた。
キラキラ求める
みんなで笑顔になろうよ
がんばるんだ!ってココロよ叫んじゃえ
そして走りだして
ゼアワンが、それを追って高く跳ぶ。
「いけええええええ!! 飛電或人おおおおおおおお!!」
“ただ一人、俺だ”と全てを背負った或人への檄を、サウザーが飛ばす。
☆ ☆ ☆
どこ行こうか?(どこでも!)
(会場の皆の昂ぶりが伝わってくる。私、今……皆と繋がってる! 遠く離れたところにいる、不破さん達とも……!)
(皆の心に私の想いが届いて、癒しになれてるかな……! 刃さん!)
☆ ☆ ☆
(正直、まだ腹の傷が痛え。……けど、最後までやってやるよ! お前らがくだらねージョークで、腹の底から笑っていられるようにな!)
(ここで終わらせる。技術者として、仮面ライダーとして……この世界に対して過ぎた技術で、全てが滅ぶなどあってはいけないからな)
☆ ☆ ☆
トキメキに聞いてみよう
(大好きを叫べる今の私が大好き……! 受け止めてくれる皆も、仲間も大好きです! 滅さんは、どうですか!?)
☆ ☆ ☆
(この世界があまりにも眩しくて愛おしい、か。悪意を見張り消し去るということは、対になる善意を守り育てること。それを教えたのはお前達だ)
(僕の勝手かもしれないけどさあ……! 君達も僕の『友達』で……守りたいって思ったんだよね!)
☆ ☆ ☆
好きなことが鍵だよね
胸に手をあて 聞いてみるよ「大好き」を!
(彼方ちゃんね。迅君とお話したいこと、まだいっぱいあるよ。……お昼寝でもしながら、ゆっくりと)
(不破さんがどうやったら素直に笑ってくれるのか、愛さんまだわかんない。だから、とりあえず爆笑ギャグ考えてみる!)
(私は自分に、あなたに恥じないカッコ良いパフォーマンスを魅せたつもりよ。……刃さんは、どう?)
☆ ☆ ☆
キラキラ求める
どうしたいかは僕ら次第
(今まで一番の表現かもしれません……! 音声だけでも、きっとあなたに届く自身があります! 滅さん!)
(かすみん、またかわいさの限界超えちゃったかも! 昨日のかすみんの1000%ってぐらいのかわいさで!)
☆ ☆ ☆
(怒りだけじゃない。……君の夢への真摯な想いが、今までの私に無かった感情で戦おうと思わせてくれたんだ。1000%、感謝する)
☆ ☆ ☆
願いって 大きなほどキレイだと思うんだよ
(二人で見始めた夢が、今は皆で見る夢になってる……! やっぱり私、皆大好き! この気持ち……届いてるといいな!)
(皆、すっごいよ……!! 私今、最高にときめいてる! 或人さんは、どう!?)
キラキラ求める
みんなで笑顔になろうよ
がんばるんだ!ってココロよ叫んじゃえ さあみんなも!
☆ ☆ ☆
「何故だ」
跳ね上げられた空中で手足を再生させながらも、アークは未だ理解できずにいた。
「私の結論は、完璧にして絶対の筈だ」
だが、
「何故私が追い詰められている!? 何故ゼアワンなどというあり得ないライダーが生まれる!? 何故だ……! 何故だ……! 何故だ!!」
ワクワク叶える
どうなるかは僕ら次第
出会いって それだけで奇跡と思うんだよ
「当たり前だろ!!」
空中で、ゼアワンはアークよりもさらに上の高みへと昇っていた。きらめく虹が、夏の太陽が……ゼアワンの背に広がり、逆光を作る。
「夢がある限り、その心は強くなり続ける!! 夢を持ったあの子達との出会いが……俺達に強さをくれたんだ!!」
「無知蒙昧にして曖昧模糊!! そんな不確定要素にこの私の結論が……!!」
アークは迎撃しようと、十段階の悪意を溜め始める。
“悪意”
“恐怖”
”憤怒”
“憎悪”
”絶望”
しかしゼアワンは、いつだってその先を行く。
ゼアワンドライバーはアークドライバーの改造。そしてその源は、悪意ではなく善意。
つまり、
ワクワク叶える
みんなで楽しくなろうよ
生きてる!ってココロが叫んじゃう
そんな実感欲しいよねっ
“絆!”
十段階の善意を溜め込み、力とすることができる。
天王寺璃奈から学んだ、繋がりの、絆の大切さ。
“愛情!”
エマ。
“大好き!”
せつ菜。
“やすらぎ!”
彼方。
“楽しい!”
愛。
アークもまた、負けじと最終段階まで踏み込んでいく。
“闘争”
“成長!”
果林。
“殺意”
“努力!”
しずく。
“破滅”
“かわいい!”
かすみ。
“絶滅”
“友情!”
歩夢。
”滅亡”
“夢!”
侑。
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パーフェクト ライジング
アブソリュート ドリーム
コンクルージョン プロセス
(ワクワクしたいキミと ワクワク発ストーリー)
始まれ! (ワクワクしようキミも!)
二つの強力なキックが、上空でぶつかる。巨大な力と力が、バチバチと拮抗し弾ける。
アークはダメージによって少しずつ砕けつつある自分の肉体をナノマシンを駆動し再生させようとする。
しかし、ナノマシンによる再生が働かない。肉体の再生が追い付かない。アークはまだこの事実に気づけていなかったが……
キックを通じ、ゼアワンはアークの肉体を構成するナノマシンの悪意のデータを書き換え、アークの支配から解き放っていた。故に、アークの肉体からは破壊と共にどんどんとナノマシンが離脱していく。
「こんな結論は……あり得ないいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
自身の演算した結論を絶対としてきた人工知能は、”想定外”の結論を受け入れられぬまま……爆散した。
ゼアワンはアークの肉体を突き破り、飛び散る破片、オイルを浴びながら空気の壁を破り、地面を擦りつつ着地していく。そして彼の動きが止まった時、空中で一際大きい爆発が起こった。
(ワクワクしたいキミと ワクワク発ストーリー)
始まれ! (ワクワクしようキミも!)
「『虹ヶ咲学園、スクールアイドル同好会でした……!! ありがとうございました!!』」
「勝った……!!」
☆ ☆ ☆
「ありえない……!」
アズは”あるもの”を掴み、森の中へ逃げ込んでいた。
「復活したアーク様自身が敗れるなんて、そんなこと……」
その時だ。
「逃がしはしない」
先回りしていたサウザーが、サウザンドジャッカーでアズの手元にあった”あるもの”を弾き飛ばしていた。それは、
「アークツーの、ゼツメライズキー……」
急いで駆け込んだゼアワンが弾き飛ばされたそれを掴み、苦々しげな声を上げる。
「返せ!」
アズは取り返そうとするが、その眼前にジャッカーが突きつけられた。
「『私は決して滅びはしない』」
アークツーゼツメライズキーから声がする。
アークは肉体が消滅する瞬間、全エネルギーと引き換えにもう一つアズの手元にアークツーゼツメライズキーを作り出し、そこに自らの意志を移し替えたのだ。
「お前のせいで、たくさんの人が傷ついた」
ゼアワンがキーを握る力が、強くなる。
「『……ここで私を滅ぼしても、悪意は消えはしない』」
「かもな」
だが、
「けどな、アーク。覚えておけよ。悪意は消えない。それと同じで、夢だって……消えたり、無くなったりはしないんだ」
今の或人に、アークの言葉は惑わしにもならない。ぎりぎりとゼツメライズキーが握りしめられ、ミシミシと音がする。
「『や……やめろ!』」
アークには心が無い。だが今この瞬間、初めて理解した”心”がある。
自らの存在の消滅。死というものの……恐怖を。
「何度お前が出てこようと、俺達は何度だってそれを乗り越えてやる」
「『やめろ……!』」
「ここで消えろ……!! アーク!!」
「『やめろと言っているだろうがああああああああああああああああ!!』」
バギャッ!!と激しい音を立てて、アークツーゼツメライズキーは握り壊された。破壊の瞬間、アークの絶叫が響き渡った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
アズもまた絶叫する。折角復活したはずの本来のアークは、ここで完全に消滅したのだ。
「ふんッ!!」
ゼアワンの手からこぼれ落ちたキーの中のチップの残骸にジャッカーを突き立て、サウザーはそれを粉砕した。
アズはしばらく狂ったように叫んでいたが、やがて眼を見開き……
「言ったはずよ……! アーク様は心に宿るもの、決して滅びることのない神様になったと……! 次の”アーク様”が現れた時、私もきっと!!」
呪いの言葉を吐き、ふらふらとよろめきながら歩いていき……消えた。
☆ ☆ ☆
「元の世界に帰れないのか……?」
不破は改めて、残骸だけになったシンクネットの本拠地跡を見る。
「ゼロツーキーとゼアワンで再構築してみてはどうだ?」
刃の提案で再構築が早速始められ、起動の準備までこぎつける。
「いくぞ」
天津が起動し、ゲートに電気が通る。だが……
「あのオーロラが出ないな」
「やっぱりダメなのか……」
滅と迅は是非も無しと、動いてはいるが本来の役目を果たせていないゲートを見る。
「この世界に、留まるしかないのでしょうか」
イズは予想される、一番現実的な案を提案する。
「だめだ!!」
ゼアワンから変身を解いた或人は、ゲートに寄り添う。
「なあ頼むよ、動いてくれ!! 俺達は帰らなくちゃいけないんだ!!」
その表情は、真剣そのもの。
「この世界は、とっても素敵だよ……!」
或人の脳裏には、侑たちの顔が浮かんでいる。
「けど、俺達は俺達の世界でやらなきゃならないことがある! そうだろ!?」
一同は俯きながらも、それは最もだと感じていた。
本来ならば、交わることすらなかった二つの世界。それぞれの世界にそれぞれの物語があり────それぞれの果たすべき役割がある。
「だから……!」
その時だった。
「或人!」
ぱあっと後光が刺すかのような光と共に、ひとつの人影が立った。
「……郷太!!」
それは確かに、アークに塗り潰され消えたはずの枝垂郷太だった。
「どうして!?」
「お前がアークの肉体のナノマシンを書き換えて、悪意のデータを消したからだよ」
ナノマシンを侵食していた悪意のデータが消えたことで、ナノマシンの肉体に宿った郷太本来の人格が解放されたのだ。
「郷太、俺……」
「悪い、或人。話してる時間はない」
郷太はゲートに触れ、自らの肉体をナノマシンへと変換してゲートへと流し込んでいく。すると────
「ゲートが……動き出した!!」
刃が驚嘆の声を上げる。
「さっきの戦いでこの肉体ももう持たない! 俺のナノマシンで調整できるうちに……元の世界に帰れ!!」
「信頼しろってのか?」
不破は訝しがる。確かに直接対話した或人以外、信じろというのも難しい話だ。いや……
「不破さん」
対話したことのある者は、もう一人いた。桜井郷だ。
「……大丈夫だよ」
郷も基本アバターを使っており直接話したのは数度だけだったが、それでも信頼できると思った。
郷太の目が、とても優しかったから。
「いいから行け!! やるべきことがあるんだろう!?」
「郷太……!」
「……最期くらい」
郷太は、
「……本当に人の為に、生きさせてくれ」
微笑んで、そう言った。
「わかった」
一同はゲートに近づいていくと、次々とそれを潜り元の世界に帰っていく。同好会の面々と、最後の別れの挨拶を交わせないのを惜しみながら。
そしていよいよ、残るは或人とイズだけ。
「郷太」
「或人……」
その時、郷太のナノマシンの肉体から強い光が一瞬漏れる。いよいよ肉体が限界らしい。
「或人! もし
そこで、郷太の声が途切れる。発声に関する機能がやられたらしい。或人は困惑するが、郷太はいいから、というポーズを取り、或人の出発を促す。
そしてその後、郷太の伝えたいメッセージの唇の動きを、或人は確かに読んだ。
「ああ……ああ!! 必ず! 伝える!!」
「或人社長!」
イズが或人の手を引く。いよいよ、二人はゲートを潜っていった。
(侑ちゃん……)
或人もまた、彼女と最後の挨拶を交わせないのが心残りであった。そんな悔恨も一緒に、ゲートは元の世界へと送り届けていった。
郷太は残滓のような状態でそれを確かに見届けると声を出せぬまま、は、は、は、といつものスタッカートで笑った。
そして、悔恨も未練もない、心からの笑顔を残し……消えた。残されたゲートはそれと同時に弾け、火花を散らし、再び元の瓦礫となる。
夏の陽射しが、雨上がりの優しいその空気を……虹と共に照らしていた。
☆ ☆ ☆
「皆~~! お疲れ!!」
高咲侑は楽屋で、ライブという”戦い”を終えた一同を温かく迎えた。一同は皆口々に、お疲れ、打ち上げだね、と互いの健闘をたたえ合っている。
「イズちゃん、間に合ったかな……。早く皆で、打ち上げしたいよ!」
或人達が既に去ったと知らぬまま……侑は、快活に笑った。