仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW 作:度近亭心恋
ギルバート・キース・チェスタトン(1874~1936)
「2年間どこに……」「おかえりと言ってあげたい」 山で死んでいた家出少女
8月11日に山梨県○○市××山中で発見された全身やけどで頭部の欠損した遺体の身元について、県警は長野県在住で2年前から家を出たまま行方不明となっており捜索願の出されていた田道巴美さん(21・無職)だと発表した。
巴美さんは長野県の旅館の娘だが2年前の春に家を出て以来行方がわからなくなっており、家族から捜索願が出されていた。
現場では用途不明の機械の残骸、巨大なコンピューターサーバーらしき建物の倒壊したばかりとみられる瓦礫も見つかっており、巴美さんがここで生活していてそれに巻き込まれた可能性があるというのが捜査本部の見解だ。
巴美さんの家族は取材に対し、
「2年間どこにいたのか、何をしていたのか。とにかく知りたい。遺体が見つかっただけでも良かった。今は墓に入れてあげて、おかえりと言ってあげたい」
と辛そうに答えた。
────出典 『毎朝新聞』 令和○○年8月16日号 第3版
☆ ☆ ☆
ナゼ? 国立先端科学研究所の裏の『嘘』と『黒いウワサ』
「麻布さんは変わった人でしたよ。『どこでもドア』作りたいとかいつも言ってて」
(国立先端科学研究所勤務・Aさん)
国立先端科学研究所と言えば、先日何者かの侵入と爆発が起こり、監視カメラの映像から3年前の稀布蘭博士失踪事件において強い関連があると言われていた麻布玲容疑者(38)の姿が確認された事件が記憶に新しい。
その麻布容疑者が3年前まで国立先端科学研究所の所員だったことは当時も報道されたが、麻布容疑者と稀布博士の間の異常な関係性について本誌は取材にて入手した。
────出典 『週刊文秋』 令和○○年8月16日号
☆ ☆ ☆
花発いて風雨多し、という諺がある。
花の咲く季節は風や雨が多く、同じように物語には邪魔がつきもので思うようにならないということだ。
思い返せば、この”物語”にもまた……思うようにならないことが、実に沢山あったと思う。
異世界ってなんだ。
信者の襲撃ってなんだ。
高度1万メートルってなんだ。
流しそうめんの妖精ってなんだ。
スクールアイドルって、なんなんだ。
しかし無事に終わってみれば、それらも全て良い思い出だと思えてくる。
それを語り合える仲間であった虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会とは、別れの言葉を交わせないままだったのだけれども。
あれから5日が経っていた。
飛電或人筆頭仮面ライダー御一行様は、シンクネット信者の襲撃後修復の進みつつあったデイブレイクタウンのほとりのゲートを出口に、”虹ヶ咲の世界”から無事に帰還することが出来た。
あの戦いで生まれた奇跡の力、ゼアワンドライバーとゼアワンプログライズキーを代償として。
彼らがゲートを潜ってこの世界に帰還した途端それは壊れるのではなく粒子化して消えてしまったが、出迎えた雷曰く不完全な転送故に強いエネルギーの負荷が彼らの身体にかかっており、それをすべて受け止めたうえで壊れたのであろうということだった。
最後の最後まで、あの世界での出会いと力が彼らを救ってくれたというわけである。
そこから後はもう大わらわだ。
負傷した面々の治療、飛電本社、ZAIAジャパンへの情報伝達、連絡などでやることが雪崩のように積み重なってくる。福添と亡、雷の出迎えを受け、或人は本社に戻った後夜まで拘束され、家で床に就いたのは夜中の3時のことだった。
福添の「お疲れ様でした。明日はしっかり休んでください」と、きっちりとした”副社長”としての対応もあり、翌日はほぼ一日ぐっすりと眠ることが出来たのだけれども。
そして翌日、出社する前に或人はある場所へと向かった。
数年前に死亡した扱いの枝垂郷太の骨が眠る、霊園である。
考えてみればおかしなものだ。郷太はとっくに死んだ扱いになっており骨もきちんとここにあったのに、その心はナノマシンの肉体に転写されてつい数日前まで生きていたのだから。
或人は墓に、郷太の好きだったカルディのマンデリンを供えた。或人はコーヒーの違いはわからなかったが、洒落ていてこだわりの強い郷太は生活が苦しい中でも「コーヒーだけは! コーヒーだけはこだわらせてくれ!」と頼み込んで高いこれを買っていたものだ。一緒に食べるパンはスーパーで30%引きの食パンだったというのに。
こうして墓前で思い出のコーヒー豆を見るだけで、或人の脳裏に色々な思い出が浮かんでは消える。
高校の時の図書館で語らいながらのネタ作り。
文化祭での拙いながらも一生懸命で、足掻いて、もがいたステージ。
客が二人の演芸場でも、いつか売れると信じていたあの日々。
神社にお参りに行った時は、なけなしの100円玉を投げて大真面目に、売れますようにと拝んだこと。
「そんな時代も、あったよな」
全ては、思い出。それらの日々が過去の遺産となり、今の或人を形作っている。
枝垂郷太は、確かに多くの悪意を先導した悪だったのかもしれない。
けど彼にとっては────いつまでも、高校の頃からの友人であり、唯一無二のお笑いの相方なのだ。
最後の最後まで、夢を見ることだけは忘れていなかったこと。夢を捨てたと口にしなかったこと。それだけは、彼が真っ直ぐな想いを持っていた証であると信じたかった。
「……じゃあな」
或人はゆっくりと立ち上がり、墓前で微笑んだ。いつまでも過去に捉われていては、前には進めない。
そして今日のこの日に至るまで、もう一つ大きな進展もあった。
“虹ヶ咲の世界”に行っていたこちらの世界のシンクネット信者達が、かなりの数戻ってきたのである。
例によってデイブレイクタウンのほとりのゲートをZAIA主導で調整して向こうの世界へ再度行けないかと調査していた際、ゲートに反応があり信者達が大量に転送されてくるという大事件。すぐさま警察が動き彼らの身柄は拘束されたが、その供述を得るうちにとんでもない事実がわかってきた。
幹部であるジョンは、あくまで脇から参戦した仮面ライダーセイバーと戦いアバターは消失したのみであり、生き残っていた。そして彼こそが、シンクネットに異世界の存在、そしてその転送技術を授けた存在その人であった。
彼は或人達との戦いが終わりシンクネットが崩壊した後、シンクネット外のSNS等を使い信者たちに呼びかけた。
「『元の世界に戻れる最後のチャンスを僕が作る。戻りたい者はいるか?』」
もう二度と戻れないことを喜び帰りたくないという者、やっぱり家族と二度と会えなくなるのはいやだと帰ることを希望する者など反応は様々であったが、兎にも角にも帰りたいという者達に彼は最後のチャンスを与えることにした。
異世界へのゲートは確かにサーバーごと壊されてしまったが、それを今一度再現できる場所がひとつだけある。
かつて彼が籍を置いていた国立先端科学研究所だ。
彼は信者達を率いてそこに辿り着くと、ゲートを起動し彼らを送り届けたというわけである。
「あの男は、最後に自らのテクノロジーで人を救ったのか……」
事の顛末を聞いた刃は、そう呟いたという。
救った、と言っていいのかはわからない。本来異世界に飛ぶこと自体が不必要なこと、彼らは自分のケツを自分で拭いただけだ。
しかしそれでも、救われた人生が、感情が……確かにそこにあったのもまた事実だった。
☆ ☆ ☆
「ジョン様」
森の中を走る車内で、運転席の線の細い気弱そうな男は助手席のジョン────麻布玲をゆっくりと見た。
「……これから、どうします?」
国立先端科学研究所を襲って凍結されていたゲートを起動しただけでもかなりのやらかしだが、麻布玲は元々稀布蘭失踪事件の重要容疑者として指名手配中の身。国家最重要機密の”どこでもドア”の技術の秘密を知っていることもあって、見つかれば最悪秘密裏に抹殺されかねない。
「とりあえず……」
玲は手にしたカフェオレにくっと口をつけ、
「生きてみるしかないさ」
この世界のどこかにまだ残っている、かつての信者達。
きっとどこかにいる、広い世界を知らずに狭い世界で悪意に捉われている人達。
彼らを救えるのは、かつてそうだった自分達なのかもしれないと。
それが、彼らの禊であった。
今度こそ本当に、”どこでもドア”を作るところから始める。それも良いかもしれない。
「君は逃げてもいいぞ、グラスゴー」
玲は運転席の男に言う。
「……私も、行くところが無いですから」
運転席の男────グラスゴーの本体は、苦笑しながらハンドルを切った。
☆ ☆ ☆
「……何だかな」
不破諫は警察署から出てくると、頭を掻いた。警察で証言を続けている、桜井郷に協力した帰りであった。
異世界への転送、活動。それらはなかなかに信憑性が乏しいところがあったが、今や異世界組の幹部の唯一の生き残りとなった郷の証言でだいぶ捜査が進みつつあった。異世界での事件の証拠が少ないこと、未成年であることから郷自身も難しい立場にあるし、これからの人生も平坦では無いだろう。
「でも、これは僕が決めたことだから。最初から、最後まで」
不破から見た彼は、前だけを見て、突き進んでいるように見えた。夫と子供を失って途方に暮れていた郷の母が、泣きながらその生存を喜んでくれていたのもその一端だろう。
滅亡迅雷.netの活動は回り回って、一人の純粋な少年に悪意と業を背負わせてしまった。けれど、世の中とはそういうものだ。何が人の支えになりプラスになるかわからない。何が人を傷つけマイナスになるかわからない。不破は最後に、郷にこう伝えた。
「滅のことは、許さなくていい」
「……ずっと、そのつもりだよ」
どんなに今、誰かを守る為に戦おうと喪った命という事実は変えられない。
その事実を飲み込んで、生きていかねばならないのだと。
「不破」
「どうだった?」
近くにまで来ていたらしい、滅と迅がやって来る。
「まあまあだ。今回の件だと司法取引の対象にはならねえし厳しい道だが……あいつが選んだ道だ」
「そうか」
滅は思うところがあり、目を伏せる。
一度本気の想いで拳と憎しみをぶつけられただけに、彼は自身の罪を今一度自覚していた。それでもヒューマギアの自由のため、悪意と戦うため────今は、彼も生きていくしかないのだけれども。
「僕も力になるよ。……”お父さん”」
父を喪った少年は何を思うのだろうか。迅にとっても、郷の存在は非常に大きなものだった。
「よし! ……とりあえず、俺も生きていくしかねえ」
不破諫、只今絶賛無職真っ最中。
いや……”街の平和を守る仮面ライダー”として、彼は今日も肩で風を切って歩いていく。
☆ ☆ ☆
「やはり難しいのか?」
「0%とまでは言いませんが」
天津に問われ、亡はいつも通り淡々と答える。
今回の事件の証拠集めの為にも、ZAIAの所有しているゲートでの異世界への再渡航は必然であり、天津はこの一件の責任者を任されていた。しかし、
「オーロラが生まれない……」
ゲートはもう、異世界への扉の役目を果たすことは無かった。
「原因としては、並行宇宙との座標のズレだ」
雷が苦々し気に呟く。
理屈で言えば、このゲートはそもそも並行宇宙同士を繋げてその間を移動できるようにするものだ。これまでは並行宇宙同士の座標をこのゲートで噛み合わせることでそれを可能にしていたが、シンクネットが度々移動を繰り返していたこと、そして今回の一件で郷太が無理矢理にゲートを調整して宇宙を繋げてしまったことで、あれ以降こちらの世界から向こうへと干渉できなくなってしまったのだ。何度再計算しても、その結果は変わらない。
「向こうの世界からはまだ干渉はできるでしょうが、それももうすぐ無理になるでしょう」
亡はそう分析した。
だからこそ、向こうの世界にいたジョンもそれをわかった上で信者達を送り返すことを決めたのだ。
「それは、残念だな」
天津はそう呟いた。
残念。そう、”残念”だ。
業務上の責任、仮面ライダーの力を持つ者としての役割というのも勿論ある。だが、それ以上に……
天津垓は個人的な感情として、中須かすみに、あの同好会の面々に、もう一度会いたかった。
夢というものを侮蔑し嗤っていた自分が、夢を守るのもひとつのあり方と思わせるきっかけの一つをくれた、彼女達に。
それはきっと彼だけでなく、あの世界に飛び、彼女達に出会った一行共通の想いだ。
「俺らもちょっと気になってはいたんだよな」
「ええ。その『スクールアイドル同好会』について証言する姿が……とても、楽しそうでした」
出会ってない雷と亡にも、その想いは波及していく。
☆ ☆ ☆
「いや~~……。今日も忙しかった……」
「お疲れ様でした」
最後のメールを打ち終わり送信すると、どっかと椅子に体を預けた或人にイズは微笑んだ。
あの事件の事後処理も勿論あるが、ヒューマギア関連の事業も活発であり社長承認の必要な稟議がばんばん飛んでくる。何より、一番の新プロジェクト────ゼアに代わる新衛星の打ち上げが、本日可決した。今まで以上にヒューマギアの通信を広げ、より多くの人間の手助けとなる一大プロジェクトだ。
「まずは雷たち宇宙部門に頑張ってもらわないとなあ」
「宇宙と言えば」
そこでイズは、
「並行宇宙への渡航は、やはりもう厳しいとのことです」
或人の業務中に雷達から届いたメッセージを要約し伝えた。
「……そっか」
或人は天津同様に、残念そうにその事実を受け止めた。
「刃さんがやってた通信みたいなのも?」
「宇宙同士の座標がズレ始めていて、こちらの世界からは厳しいと」
「うーん……」
或人にとって一番の心残りは、彼女達に別れを告げられぬままあの世界を去ってしまったことだった。加えて、郷太から受け取った歩夢へのメッセージもある。
必ず伝えると、約束したのに。
郷太の墓前に謝りに行かなければいけないかもしれないと或人が考えていたその時、
「『あっ、映った! 映ったよみんな!!』」
────最後の奇跡が、幕を開けた。
☆ ☆ ☆
「……で、これは何だ」
「見てわからないのか?」
飛電の社長室に入った途端困惑する刃に、天津はパーティー用の安っぽい紙製の三角帽を被せた。
「パーティーに決まってんだろ」
不破はいつもの仏頂面と低い声だが、同じく三角帽のうえに鼻眼鏡の為にシュールな絵面が展開されている。そして、
「『あ、刃さん来た!』」
「『待ってたわ』」
社長室の壁のモニターの向こうで、エマと果林が彼女の到着を喜んだ。
「ああ。……また会えたな」
流石の刃も、彼女達には微笑まざるを得ない。
「『このネットワークの繋げ方、教えてくれてありがとう』」
璃奈に礼を言われ、刃はなに、と彼女の方を見た。
「ちょっと待て、私は教えてないぞ?」
「『学園に刃さんの名前で通信方法のメモが届いていたんですが……。今日のこの日のこの時間にこの方法で通信してみろ、と』」
せつ菜に言われ、刃はまた困惑する。
「私だってあんな形で去ることになるなんて予想してなかった。通信方法のメモなんて……」
そこで刃ははたと気がつき、近くのパソコンを借りるとこの通信のネットワークにアクセスしその中の隠しファイルを見つけ開くと……
「あの男……!」
そこにはこう書かれていた。
信者達の転送はうまくいっただろうか。
君達の世界に、彼らが無事帰ることができたことを祈っている。
そしてこの世界と君達の世界の繋がりが切れてしまう前に、最後の会話でも楽しんでほしい。
夢を、忘れずに。
刃の名を騙ったことには渋い顔になるものの、ジョンは最後に最高の置き土産を残していってくれた。確かに或人達の世界からもう干渉はできない。だが、虹ヶ咲の世界から干渉することはあと少しだけ出来る。それを活かして、彼は同好会にプレゼントとしてその方法を授けたのだった。
「……まあ、感謝するしかないな」
こういう芸当ができるあたり、ジョンもまたシンクネット側の技術者なのであろうと刃は推測していた。テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味がある。その想いが、確かに今のこの空間に活かされていると感じていた。だって────
「本当悔しかったんだけどさ、どうしてもこの世界に戻る為にはあの場で帰るしかなくって……」
「『彼方ちゃんは怒ってるぞ~? 折角作ったピザ、結局あの日は10人でシェアして食べちゃったぜ……』」
何度も謝る或人に、怒ってると言いつつも笑っている彼方。
「私のおすすめの洋酒も今日は用意した。流石に度数1000%とはいかないが……」
「『やっぱり肝臓悪いんじゃないかしら?』」
「『飲み過ぎないでね……』」
天津のドヤ顔を突っ込みつつ流している果林とエマ。
「『イズ子はさあ、かわいいんだからこう、もうちょっといっぱい笑って……。ま、まあ? かすみんの方がかわいいけど?』」
「ええ。……とても、かわいいと思います」
「『本気で言ってるぅ?』」
実はそれなりに仲が良さそうな、かすみとイズ。
そんな時間をもう一度作ることができるというのは、間違い無く人に寄り添ったテクノロジーなのだから。
「『はーいはい! それじゃあ刃さんも来たことだし……夏休みライブの打ち上げ兼! 仮面ライダーありがとう&お疲れ様パーティー、始めたいと思います!』」
侑の音頭で、一同は画面越しに乾杯! とグラスを掲げ、刃が到着するまでに準備した料理を口にしていく。同好会の面々もこの日の通信に合わせて料理を準備しており、それぞれの世界でそれぞれの料理を楽しんでいた。
「それは?」
「『糸玉みたいなシュマンツ・ストリングス・チーズに、ウィリー・ウォンカのチョコレート! 日本でも売ってるんだね~~』」
不破に問われ、エマは買ってきたそれを前ににこにこしている。糸状のチーズを手繰って食べる前者は、ワインに合いそうだなと不破は気になっていた。
「『あの、そちらの麺は?』」
「ここに来るまでに何か料理も持ってこいと言うからテイクアウトで買ってきた。『全中華』の汁なしタンタンメン、美味いぞ」
しずくの問いに、刃は丼を見せた後啜っていく。タンタンメン特有の辛味と刺激を想像しただけで、しずくの口中にも旨味への期待で唾があふれる。
「よーし! 俺も『梶善』のお弁当取り寄せたし、早速……」
「或人社長は、こちらです」
イズが皿をすっと差し出す。それは、
「いやゆでふきのとう!? 何で!? なんでまたゆでふきのとう!?」
「健康第一です」
「いや俺もごちそうを……!」
「まずは、ゆでふきのとうです」
イズは有無を言わさず、にこっと微笑む。
「『まあ或人さん、うちにいる間も結構ジャンクなご飯の食べ方してましたからね』」
「『朝からポテトチップスは、だめ』」
せつ菜と璃奈に突っ込まれ、いやそれはさあ、と弁解するも、兎にも角にもゆでふきのとうを彼は口にしていった。
「ちょっと待て、それをわざわざ用意したのか!?」
「『当然。流しそうめん同好会に頼んで借りてきたよ、この【そうそう】たる【メン】バーの為に! ね、流しそうめんの妖精さん!』」
愛に言われ、天津は我ながらあの一件を思い出して苦笑いする。もっとも流しそうめんをしようという約束を結局流しそうめん同好会と果たせなかったと考えれば、粋なはからいではあるのだが。
「食事の話っていつも盛り上がってるねえ」
「わからんな。だが……」
滅と迅は画面の向こうを見つつ、
「『かすみちゃんのコッペパン、やっぱり美味しいわ』」
「『ふっふっふ……。今日のは自信作です! 一段と美味しいと思いますよ、果林先輩!』」
「『彼方ちゃんも今日は腕によりをかけて作っちゃったぜ~~!』」
自分達には解らずとも、彼女達の確かな幸せがここにある。その光景に、彼らはふっと笑った。
そんな中で、まだ一人話に入り切れていない者がいる。
「……歩夢ちゃん」
或人は、画面越しに声をかける。
「『その……』」
歩夢はその先を言えずにいる。怖いのだ。
「……郷太のこと、だよね」
「『ええ……』」
歩夢は怖くて聞くことができなかった。この場にいない枝垂郷太が、どうなったのか。その顛末を聞くことが怖かった。
「郷太は、消えたよ」
それでも、言わないわけにはいかない。逃げることは出来ない。事実は、変えられない。
そこから或人は、ゆっくりと一連の戦いの顛末を語って聞かせた。
皆の歌声が、本当に力になったこと。
アークの復活、そして激戦。
ゼアワンの誕生という奇跡。
そして……枝垂郷太の、最期を。
歩夢は途中から泣いていた。これが泣かずにいられるだろうか。
枝垂郷太は、夢を捨てていなかった。その素晴らしさに気づいていた。『夢への一歩』を聴いて、泣いてくれたほどの純粋さが、確かにあったというのに。これから、或人と夢を追っていけたかもしれないのに。
誰かと一緒に見る夢という点が自分にとって他人事とは思えなかった歩夢にとって、その事実は受け止めなければならないにしてもあまりに大きすぎるものだ。
「それからね」
或人は泣いている歩夢を慮りつつ、
「郷太から、歩夢ちゃんに伝えてくれって言われたんだ」
☆ ☆ ☆
「或人! もし
郷太の声は出なくなったが、彼は唇の動きでそれを或人へと確かに伝えた。
急な状況にして、時間もない故に手短で簡素な言葉。
それでも郷太は伝えたかった。
大切な相手と見る夢を、諦めないでほしいと。
そんな想いを込めた歌を、自分に聴いてもらえたらいいなと言ってくれたこと。
その想いへの、ありがとうを。
「ああ……ああ!! 必ず! 伝える!!」
☆ ☆ ☆
その言葉に、歩夢は一番強く涙した。最期の最期に、自分が向けた想いを受け取って理解してくれたこと。けれど、もうそれ以上想いを紡ぐことは出来ないこと。色々な想いが胸に溢れて、止まらない。
途中から、侑はずっと歩夢の傍に寄り添い肩を抱いてあげていた。
「郷太、最後に笑ってたよ」
或人は優しく、そっと言い含めるかのように伝える。
「『……歩夢の気持ち、届いてたんだよ。わかってくれたんだよ』」
侑も優しく、歩夢の気持ちを理解しながら語りかける。
枝垂郷太は、最後に満たされて、感謝を告げて逝った。
辛くはあるが、最後に満たされたというその事実は救いでもあった。
「『わ゛た゛し゛……』」
歩夢は涙声になりながらも、
「『こ゛れ゛か゛ら゛も゛、゛が゛ん゛ば゛る゛か゛ら゛』」
はっきりと、そう宣言した。
どんなに辛くても、事実は受け止めて生きていくしかないのだ。
大切な人と見る夢。仲間と見る夢。ファンと見る夢。それはずっと変わらない。そこに枝垂郷太が果たせなかった、大切な人と見る夢の時間を自分が果たすという想いも加わった。
上原歩夢は、またひとつ夢への一歩を進めた。
「郷太も、きっと応援してるよ。勿論俺もね!」
或人はそこで、自分も郷太の事を思い出しつつ涙が出そうになりながら────にかっと、笑ってみせた。
「『……お腹すいちゃった』」
泣き疲れた歩夢は、近くのテーブルを見る。
「『じゃあ歩夢が持ってきてくれたパン、食べようか! 花咲川のやまぶきベーカリー……! 歩夢の従妹のおすすめだっけ?』」
「『その友達がすっごい好きなんだって。チョココロネが美味しいよ! 隣で売ってたハンバーグ定食みたいなパンは、流石にちょっと買えなかったけど……』」
歩夢はチョココロネを口にする。涙のしょっぱさの後だからだろうか、甘みが引き立つ。
人生も、それと同じだ。
☆ ☆ ☆
「『良い曲だったよ』」
「ありがとうねえ」
迅に言われ、彼方はふふっと微笑む。
「ヒューマギアは、夢って見るのかな? 寝て見る方の」
睡眠と優しい夢を歌った『My Own Fairy-Tale』の芯の部分まで伝わっただろうかと、彼方は問う。
「『わからないな。僕の記憶には無い。けど……』」
迅は自身の記憶を反芻しつつ、
「『君が幸せそうだった。あの時はそれで十分だと思う』」
「そっか」
「『けど、いつか……ヒューマギアも、そっちの夢も見られたらいいな』」
「できるといいねえ……!」
互いの違いは必然。だが、理解しあえば……こんなにも、優しく、あたたかい。
「お互い大切な人の為にもさ、ほどほどにお休みを取りつつ頑張ってこう!」
「『……ああ!』」
☆ ☆ ☆
「『う~ん! おいしい!』」
「ボーノだよ~~!」
「やっぱり食べるのねえ」
画面越しに食べあう刃とエマを見ながら、果林は苦笑する。
「『まあ折角のパーティだ、遠慮せずにほら』」
「そうそう! 果林ちゃん、歩夢ちゃんがパンと一緒に買ってきてくれたコロッケ、おいしいよ!」
「コロッケ……」
エマに差し出されたコロッケは、冷めていても美味しそうだった。夜の上に炭水化物はなかなかにギルティだと思ったが、
「……おいしい」
はぐっ、とかぶりついたそれは、本当に美味しかった。
「『たまには、いつもと違う自分になって見るのも悪くないさ』」
刃が笑いながらそう言う。
「どんな果林ちゃんでも、笑顔でいられれば……それが一番だから!」
エマも笑いながら、コロッケの最後のひとかけらを胃の腑へと収めていった。
「……ほんと、敵わないわ」
どんな自分も自分だと認めるのには、勇気がいる。
しかしその勇気を、この二人から確かに彼女は貰っていた。
「……よ~~し! 折角だから今日は食べちゃうわよ! かすみちゃん、コッペパンもらうわ! それからしずくちゃんがお取り寄せしてくれたあやかほし饅頭も……!」
「『思い切りが良すぎる』」
刃の苦笑を、エマはにこにこと見つめていた。
☆ ☆ ☆
「『私があなたの度肝を抜いてあげる』……!」
「せつ菜さん、流石に上手いですね!」
「『上手いのか』」
せつ菜が最近のお気に入りのアニメの真似をしているのを、しずくと滅は見ている。
「侑さんもこのアニメの真似は上手いんですよ! 『一昨日おいで』、って言い方にはぞくぞくしました!」
「私も今度貸してもらえます?」
「もちろん! しずくさんの好きな映画も貸していただけると嬉しいです!!」
大好きと大好きの交錯。
己の感情を、あるがままにさらけ出せる。
そんな場も必要なのだ。
「『……これからも、お前たちはそのままでいろ』」
「もちろんです! でも、『このまま』より……もっと先へ! 更に成長していきますよ、私達は!」
「これからも見たことのない私達を見せられる高みへと、登っていくつもりです」
「『そうか』」
相変わらず言葉少なな滅。
だが……
「笑ってますね」
「笑ってくれていますね」
彼は、笑っていた。
「『……笑っていない』」
流石に言及されると、気恥ずかしいのだけれども。
☆ ☆ ☆
「『想いを伝えることって難しい、とか、話さなきゃもったいないとか……なんだか、随分とストレートにあの場に刺さってきたんだよ。ありがとな』」
「どういたしまして!」
「……何かが繋がったのなら、うれしい」
不破の珍しくストレートな礼に、愛と璃奈は喜びを隠しきれない。
そこに、璃奈が見つけ生徒会の”お散歩役員”に収まることで校内を謳歌している白猫、「はんぺん」がニャーオゥ、と擦り寄ってくる。
「『はんぺん……!』」
不破は渋い顔になる。あちらの世界に滞在していた一週間の間に、不破とはんぺんは相性が悪く、はんぺんの機嫌が悪くむずがるので不破は璃奈に「はんぺん接触禁止令」を交付されてしまったのだから。
「ほら」
璃奈ははんぺんの胴をやさしく持ち、みょーんと伸びた柔らかい身体を不破の方へと向けた。
「画面ごしなら平気かな?」
愛はどうだ?とその様子を見るが……はんぺんはフシ──ッ!!と唸ると、璃奈の手をすり抜けドアの隙間から廊下へと飛び出していった。
「……残念」
璃奈にしてみれば、不破とはんぺんにも仲良くなってほしかったらしい。相変わらずの”無表情”だが、その仕草から落胆しているのだということは、今の不破にははっきりと読み取れていた。
「『まあ、落ち込むなって。ありがとよ』」
「でもでも、猫が懐かないなんて不破さんも『【ねえ、こ】まる』ってならない?」
不意の愛のダジャレに、不破はボフッ!?と堪える。
「『はんぺん』ってば、『なんべん』顔合わせても懐かなかったからな~……」
「ちょっ……おい……!」
「もしかしたら『猫』だけに『【キャッ!】と』驚いてるのかもだけど!」
「ぐっ……ふっ……」
そこで、不破の視界に璃奈が入った。彼は一瞬の沈黙の後……
「『……っハッハッハッハッハ!! グあ────ッハッハッハッハッハ!! はんぺんが、なんべん……! ハハハハハハハハ!!』」
我慢するのをやめて、大爆笑した。
背後で或人のえええええええええ不破さんがギャグで笑ってるゥゥゥゥゥゥゥ!?との声が聞こえてくるが、お構いなしだ。
「……やったあ!! 不破さんが笑った!!」
「やっぱり、笑えるなら笑ってたほうがいい」
「『……ああ! その通りだぜ、本当にな!』」
くだらねージョークで腹の底から笑っていられる。
ずっと抑えてきたが……相手の心を解き、自分の心に従う彼女達を見ていると、これからはそういう生き方もありかもしれないと思えてきた。
故に、不破は笑ったのだった。
その後調子づいた或人に、傍らでギャグを連発されしばらく笑い通しになってしまったのだけれども。
☆ ☆ ☆
「『うーむ、飛電の社長室から見る夜景はやはり素晴らしい……。このウィスキーとも1000%マッチしていて……』」
「かっこつけ」
パーティの中一人ごちる天津に、かすみはじとっとした視線を向ける。
「『まあそう言うな。世界で一番かわいいのが君なら、世界で一番かっこいいのは私だ』」
「一緒にしないで!!」
かすみはそう言いつつも、世界で一番かわいい、をさらっと肯定して言ってのける天津の存在は、やはり悪い気はしない。
「……ライブ、どうでした?」
「『戦いながらではあったが……良いものだったと思う。あいつらの中にも、心動かされた者がいたはずだ』」
「そう!?」
「『ああ』」
天津にしてみれば、そこで救えたかもしれない命をひとつ取りこぼしてしまったのだけれども。彼がそのことを思い出し一瞬暗い顔になった時、
「なに悩んでるんですか!」
かすみの強さが、真っ直ぐに飛んでくる。
「かすみんには戦うとか、社長の責任とか、そーゆーのはわかんないけど……今こうやって生きてるんだから! 失敗しちゃったことも、うまくいかなかったことも……全部受け入れていかなきゃ!」
強いな、と天津は思った。
世界で一番かわいいアイドル。それを自称しやり通そうとする強さの根幹は、こういうところにあるのだろうと思わせてくれる。
「『ああ……ありがとう。セ……』」
「1000%! かすみんに感謝しちゃっていいんですよぉ!」
かすみは台詞を先取りすると、ウインクを決め……
「ね、おじさん!」
「『私は永遠の24歳だぁ!!』」
「またまた~~!」
親子ほども年の離れた二人。そこに、奇妙な友人関係が生まれていた。
☆ ☆ ☆
楽しい時間は、あっと言う間に過ぎる。
夜中に近づく頃、ジョンが事前に伝えていた通信の刻限がいよいよ迫りつつあった。
「あと、10分か」
或人は時計を見ると、名残惜しそうに呟く。
「『もう二度と通信は出来ないのかしら?』」
「『たぶん。向こうの話によると、宇宙同士がずれているらしいし……』」
果林の問いに、璃奈は残念そうにふるふると首を振る。
「『じゃあ、いよいよだね』」
侑は覚悟の決まった据わった瞳で、一同を見渡す。
「……二つの世界は、もう二度と交わることは無いかもしれませんが」
イズはそれに返すように見渡しながら、
「二つが交わったという証は、確かにここにあります」
自身のメモリーの中から、あの日もらった曲を流していた。
『NEO SKY, NEO MAP!』。改めて、本当に良い曲だと思う。
曲に耳を傾けつつ、彼らは最後の言葉を交わしていった。そして、いよいよ残り時間は3分となる。
「『仮面ライダーの皆さん、本当にありがとうございました! 私達の世界を、守ってくれて……!』」
「こちらこそありがとう! 皆のおかげで、俺達夢を守ろうって思いがより強くなったっていうかさ……!」
侑と或人は、互いの健闘を称え合った。
「あれ? なんだろなあ……。画面が『にじ』んで見えないや……。『ニジ』ガクだけに! アルトじゃ~~……ないと……!」
「『あっはははは!! あれ? おかしいなあ……。私も笑いすぎて、涙が、ほんと、とまん、な』」
言葉を交わしつつ、もう本当に二度と会えない、最後の別れだとわかると……やはり、辛いものだ。
一同の中にも、涙する声が少しずつ聞こえてくる。
あと、1分。
「……やめだやめ!! 最後の最後に泣いたまま終わるのはつらい!!」
或人は涙声になりながらも、無理矢理にでもにかっと笑う。
「『……ホントですよね!! 涙の雨を流して、笑顔の虹を見よう!!』」
侑も涙を抑えきれないが、ひひっと応えるように笑った。
あと、30秒。
「最後に……!」
「『うん、最後に……!』」
あと、10秒。
二人は目を合わせる。
あと、5秒。
そこで、確かに二人の声は重なった。
その言葉の後の笑顔を互いに見つめ合ったまま……通信は、切れた。
☆ ☆ ☆
「……切れちゃった」
侑はふうっと力を抜き、椅子に体を預けた。
「侑ちゃん」
今、ひとつの大きな節目に立った幼馴染へと、歩夢は声をかける。こういう時に声をかけてあげられるのは、やはり彼女だ。
その時、歩夢は侑のスマートフォンが光っているのに気づいた。パーティに夢中で気づかなかったと、侑はそれを見る。
そこに、
「『普通科 二年 高咲侑様』……『転科試験結果のご連絡』!?」
大きな夢への道しるべが、やってきていた。
書類でも通知されるだろうが、学内メールでも知らせてくれるのが先進的なニジガクらしさだ。
侑は文面を読んでいくうち……
「わあっ……! わあああ……!!」
ぱあっと、今までで一番明るい笑顔を見せた。
夢が、ここからはじまるのだ。
☆ ☆ ☆
「本当に、お別れしちゃったんだなあ」
或人はただの壁になったモニターを、まじまじと見る。
「ですが、私達の中には……」
「わかってるって、イズ。俺達が覚えている限り、この想い出は……永遠だからさ」
或人は立ち上がると、
「さあ! 出会いと別れで成長して、ここからが成長した俺達のゼロ! そしてまた……イチからのスタートだぁ~~!! ゼロワン、だけに! はいっ!」
「アルトじゃ~~~~、ないと!」
「イズぅ!」
イズが的確かつしっかりとしたタイミングで合わせてくれたことに、或人は歓喜する。その様子を、一同は笑いながら見つめていた。
☆ ☆ ☆
本来ならば交わることすら無かった、ふたつの
これからも、彼らは、彼女らは……夢を見て、突き進んでいく。
決して平坦な道では無いだろう。
けれど、進んでいく。
夢を見るのは、楽しいから。
その先のどこに向かうかなんてまだ分からないけど、きっと面白そうな未来が待っている。
夢ってステキな言葉を口にするだけで、イイ気分になって勇気が湧いてくる。
描いた地図を、未来図を広げて……時にはぶち抜いて、もっともっと上に行こう。
キミの夢に向かって────────高く、飛べ!
and more……?