メイジンの娘 作:アリスとテレス
『えぇ~!? ユメおねーちゃんガンプラ知らないのっ!? 今すっごい流行ってるんだよ!』
なんて親戚の子に言われてしまえば、気にならないわけがない。
言われたその日のうちにちゃちゃっと調べてみたが、ハッキリ言ってよく解らなかった。
単純に情報量が多すぎるし、ガンプラの元であるガンダムについてもそれは同じだった。
「つまりはロボットの模型みたいなものかなぁ?」
タブレット型携帯端末をテーブルの上に放り、自室の『人類を堕落させる罪なるソファ』という物騒な商品名のビーズクッションに身を埋めながら、ユメノ・ツナグは「はふぅ」と息を吐き出す。
ガンダムだけでも色んな形状のものがヒットするし、だからといって何をどう絞って検索していいのかもよく解らないので、とりあえず『白い奴がガンダムで、緑だったり赤いのはジオン』という結論に落ち着いた。
「よっし! 何はともあれまずは行動あるのみ!」
ビーズクッションの誘惑よりも好奇心が勝り、思い切り立ち上がると、タブレット型携帯端末を手に取り、近場のホビーショップをサーチする。
表示された『キリシマホビーショップ』という名を確認し、ドタドタと慌ただしく余所行きに着替えると、飛び出すように家を出る。
「あっ!」
「あら」
外に出たところで、丁度帰宅したのだろう玄関の前に立っていたお隣の美大生のお姉さん――『
緩やかなウェーブを描いた黒灰色の長髪とベレー帽がチャームポイントな、顔つきがどことなく猫っぽい雰囲気のお隣さんで、年上のお姉さんだ。
「ユメノちゃんこんにちはわ~」
「シノハラさんこんにちわ! 今お帰りですか?」
チャーミングな微笑みを浮かべて手を振るシノハラに、ユメノも快活な笑顔で手を振り返した。
「そうなの~。ユメノちゃんはこれからお出かけ?」
「はい! ガンプラを買いに行くんです!」
「そぉなの? ユメノちゃんもついにガンプラデビューかぁ」
感慨深そうに頷くシノハラを見て、ユメノはそういえばと口を開く。
「シノハラさんも、ガンプラ好きなんですか?」
「うん。好き!」
「それだったら、あの、参考にしたいのでオススメとかあったら教えてほしいなーなんて」
その言葉に、シノハラは指先を顎下にあてがい「う~ん」と考える。
彼女がどこまで好きなのかはユメノには解らないが、悩むということはそれだけ色々なオススメがあるのだろう。
それはともかく眉尻を下に曲げて長考するシノハラの姿は真っ直ぐな姿勢とスタイルの良さも相まってあまりにも美しかったので、答えが出るまでその姿を目に焼き付けることにした。
「色々あるんだけど、やっぱり私の一番のオススメはぁ……鉄血のオルフェンズかなぁ?」
「てっけつのおるふぇんず?」
「うん、そう。鉄血のオルフェンズ! 細身なフレームに重圧な装甲を合わせた姿がとってもカッコよくてぇ、ビームみたいなものがほとんどなくてね、物理でガーンって殴るのがとっても素敵なの! 金属がひしゃげるたり砕ける音とかも綺麗で、うっとりしちゃう!」
「へ、へぇ~……」
可愛い顔で妙に物騒なことを語る年上のお姉さんに、流石にちょっと引きつつも、鉄血のオルフェンズというガンダムシリーズの名前を記憶しておく。
文字だけだと正直あんまり解らないが、とりあえずタブレットで調べながら現物を見れば何とかなるだろうと考えて、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます! あ、そろそろ行かないと!」
「ガンプラ、ううん、ガンダム好きなってくれると私も嬉しいなぁ~」
「ご心配なく。ちゃんと好きになってくるので! あっと、そうだシノハラさん!」
「なぁに?」
「今日の晩御飯、わたしハンバーグが食べたいなって!」
「ハンバーグかぁ。うん、いいよ、任せて!」
「やったぁ! それじゃあ、いってきまーす!」
「いってらっしゃーい♪」
笑顔で目的地に向かって走り去っていくユメノの背中を見送りながら、シノハラはニィッと笑う。
「そっかぁ。ユメノちゃんが……嬉しいなぁ。GBNもやってくれるかなぁ」
小さな笑い声を零しながら、自宅の玄関を開ける。
最後にもう一度、ユメノが進んでいった道を横目で見やり、それから一言、呟いた。
「どんなのを好きになってくれるかな? 楽しみだから……久々に配信でもしちゃお~っと!」
⁎
「う~ん、駄目だぁ……」
キリシマホビーショップに着いて、いざガンプラ探しに挑んだユメノは、ものの数分で音を上げた。
タブレット片手に調べながら探してはみたはいいが、ガンダムのガの字も知らないユメノにとっては多少造形は違えど、どれもこれもガンダムに思えてならないのだ。
それでも目が二つあれば大体ガンダムで、一つ目はガンダムじゃないと学習できたのは大きな一歩だろう。中には二つ目じゃないけどガンダムというやつもあってややこしいのだが。
「折角オススメ教えてもらったけど……」
シノハラのオススメである鉄血のオルフェンズのガンプラコーナーも見てはみた。
確かにカッコいいと彼女が語った理由に頷けるぐらいには、ユメノにはロボットに対する理解はあった。
ただ、それで「これ!」とピーンと来るものがなかったのもまた事実だ。
申し訳ないなーと罪悪感を抱きつつも、それならいっそ店員に訊こうかと思い至る。
レジの方向を見れば、そこには大柄で、太い眉ときっちり切り揃えた短髪が特徴的な男性店員がいた。
入店した際、明るい声音でユメノを迎えてくれた人だ。ネームプレートには『
ユメノは知らないが、彼はこのキリシマホビーショップでゴットン・ゴー似の男として、今この場にはいないマシュマー・セロ似の店長の『
「うう~ん、でもどういったものが欲しいかも曖昧なのに、そのまま訊いても迷惑だよね……」
小首を傾げて「どうしよっかなぁ」と唸るユメノの目の前で『GBNブース』と掲げられた自動ドアが開いた。
思わずそこに目を向けると、ユメノは一瞬、呼吸を忘れた。
何故なら、そこからすらりとした長身痩躯の、黒髪の美少女が現れたからだ。
あまり外に出ていないであろう白みが強い肌に、半目でやや吊り上がった目尻、細く長い眉にまつ毛。
そして、何よりも顔がダントツに良い。クールな雰囲気と合わさって、その姿にユメノは釘付けになっていた。
美少女はそんなユメノに気付くこともなく、横を通り過ぎていく。
店内のガンプラを軽く見ていたが、欲しいものが見つからなかったのだろう、そのまま店を出ていった。
ハッと我に返ったユメノは振り返ると、ドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えながら、先ほどの美少女を追って足早に店を出た。
その前に、視界に入ったガンプラを「とりあえずこの
幸い、美少女はまだ店を出てすぐ近くにいたことに、ホッと胸を撫でおろす。
美少女は何事かを考えているのか、ブツブツと呟いてたが、そんな姿もまたサマになっていた。
どう声をかけようかとか、何て言おうかと考える前に、ただ『友達になりたい』という願望が先走って、気が付けば「あの!」と声を投げかけていた。
声が届いたのだろう、美少女は顔を上げ、ユメノを見た。
改めて間近で彼女を見て、ユメノは心臓が跳ね上がったような感覚を抱く。
身長はユメノよりも一回り高い。やや面長ながらも美しく整った輪郭はもはや美術品であるとさえ思えてしまう。
……これが、一目惚れってやつかぁ!
あわあわと美少女に必死に声をかける最中で、ユメノはそんなことを思考の片隅で自覚していた。
だから、彼女にお友達になりたい理由を訊かれた時には――
「一目惚れです!!!!!!」
そう迷わずに答えることができたのだ。
⁎
結果的に友達になることができたのは確かだ。
どうしようかと考えていた美少女――フタシロ・カナメは、ユメノが購入したガンプラを「ガンダム」と言ってを見せた瞬間、友達になることを受け入れてくれた。
しかも、手まで握ってくれたのだ。これにはだらしなく鼻の下を伸ばしてしまうのも仕方のないことだ。
何て幸福なのだろう。
その時は、そんなことを呑気に考えていたのだが――
「それで、これが陸戦型ガンダムの頭部をジム頭に変えたもので、見た目はジムだけど分類はガンダムよ」
ユメノは現在、カナメに引っ張られてやってきたビルドブースで講義を受けていた。
実際に買った商品をその場で組み立てできるというこのブースは、キリシマホビーショップが支持を受ける大きな要因の一つとなっているようで、その充実ぶりはかなりのものであった。
何より見本としてクリアケースに飾られたガンプラの群は、素人目から見てもすこぶる完成度の高いものだと解るほどだ。
カナメはそこに飾られたジムシリーズとガンダムシリーズのガンプラを交互に指し示しながら、登場作品や武装についても解説していく。
最初は興味津々で聞き入っていたのだが、初日で詰め込むにはあまりにも膨大な情報の洪水に、ユメノの脳みそはすっかり茹で上がっていた。
それでも何とかついて行こうと頑張れるのは、単純に澄ました顔で解説を続けるカナメの姿を美しいと思っていたからである。
「えーっと、結局全部ガンダムじゃないの?」
「そうね。確かにジムは簡易量産型ガンダムとも言えるわ。けど、一般的にはやられメカとしての印象が強いのが普通ね。悔しいけれど特にそういった印象を強く与えたシーンとしては、ファーストガンダムに出てくるシャア専用ズゴックに貫かれるシーンが有名で――」
話を遮ってみたものの、今度は別の話題にシフト――というか脱線し始めた。
クールな見た目なのに語りだすと止め処ないギャップに思わず「ふふふ」と笑ってしまう。
講義を受けて既に2時間近く。外はすっかり暗くなっていたが、それよりも今はもう少しこの時間を過ごしていたいと思うユメノであった。
「――解ったかしら?」
「ん、まぁ、大体。解ったような気がするけど……」
「けど?」
「途中から初心者に教えるにはかなりマニアックな内容だったんじゃないかなーって」
恐る恐る述べた感想に、カナメは細い目を小さく見開いた。驚愕したのだろう。
それから眉尻を下げてしょぼんとした雰囲気になり、頭を小さく下げた。
「――ごめんなさい。つい熱が入ってしまったわ」
「いやいやいやいや! 私としてもタメになったと言うか、そのジム一機についても奥深い歴史があるのを知れたって言うか、少なくともジムはガンダムだけどガンダムじゃないってことは解ったから!」
「ガンダムだけどガンダムじゃないというのは厳密には違うわ。さっきも説明したけど、正確にはガンダムを基とした廉価版ガンダムみたいなもので――」
「わわわ、ストップストーップ! 解った! それは解ったから!」
流石にもう一度あの長々とした解説を受ける気力はなかった。
慌てて解説しだすところを止めると、カナメがハッとして申し訳なさそうな顔になったを見て、そんな表情もまた可愛いとは思いつつも、新しい話題を探す。
「あ、そういえば、カナメちゃん、GBNブースってところから出てきたよね?」
「ええ、出てきたけど」
「あれってどういう場所なの?」
「自前のガンプラをスキャンして、実際に乗り込めるゲーム、というやつね」
「なにそれ!? すっごく楽しそうじゃん!」
ガバッと立ち上がり、カナメを手を取る。
カナメは握られた手と、瞳を輝かせるユメノを戸惑ったように交互に見ていた。
「ねねっ! わたしにもそのGBNってやつ教えてよ!」
「それは、構わないけれど」
「うんうん! あ、でも今日はもう遅いから、明日! 明日はどう!?」
「良いけれど……」
「じゃ、決まり! また明日、ここに来るね! あとあと、ガンプラの組み方とか教えてほしいなって!」
「えぇ、それくらいな」
「やったぁ! あ、それと――」
手を握ったまま、ユメノは花のような笑顔を浮かべる。
「色々教えてくれてありがとう!」
正直、よく解らない部分もあったものの、ガンダムという作品がどれだけ人気で、その長い歴史を歩んできたのか、そこから生まれたガンプラと区別されるプラモデルがどれだけ人気なのか、知ることはできた。
何よりもカナメがそれほど夢中になれるものに、自分も夢中になってみたいという思いが、ユメノの中で大きく膨らんでいた。「好き」になれるという確信があった。
感謝の言葉を受けたカナメは少し間を開けてから、照れを隠すように顔を下に向ける。
「それなら……良かったわ」
「うん! わたしもカナメちゃんに会えて、友達になれて良かった!」
「――そういうの、あまり公共の場で言うものではないと思うのだけれど」
「ふふーん! それくらいで物怖じしないのがわたしの強みなのです!」
「それ、本当に強みなの?」
「もっちろん! じゃあ、また明日ね!」
「あ」
するりと握った手を離し、ガンプラの入った袋を手に取って出ていくユメノを見て、どこか名残惜しそうな視線で、カナメはその背中を追っていた。
それから、まだ彼女の温もりが残る手に視線を落とす。
不思議な感覚だった。カナメが過ごしてきた日常に、急に入り込んできた非日常のようなものだ。
強引なところもあったが、嫌な気持ちはしなかったのが自分でも意外だとカナメは思う。
もしも嫌ならば、明日はここに来なければいいだけなのだから。
「友達、ね」
今まで過ごしてきた年月の中で、知っていながらも必要はないと思っていた。
それが今日、いきなりできたということに、カナメの口角は本人も知らずのうちにわずかに上を向いていた。
また明日、ここにまた来よう。そう心に決めて。
・キリシマホビーショップ(出典『GBN総合掲示板』より)
豊富な商品ラインナップやビルダールームがある大手ホビーショップ。
GBN筐体の他にGPD筐体も現役で稼働しているのが最大の特徴とも言える。
・フローレンス工業(出典『お嬢様はピーキーがお好き』より)
射出成型機の開発・生産を担う大手企業。
キリシマホビーショップの支援も行っており、店名の由来は社長夫妻の娘の名前であると言われているが、あくまで噂程度のものなので真偽は不明である。
単純に名前が被っただけのものに尾ひれをつけたものだと思われる。