メイジンの娘   作:アリスとテレス

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今日も世はなべてこともなかったので初投稿です。


それぞれの家、それぞれの夜

 ユメノ・ツナグが帰宅するころには、時間は既に20時を回っていた。

 

「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」

 

 そう思いながらも、その足取りは自宅ではなく、お隣――シノハラ・ルルの家に向いていた。

 シノハラ宅からは風に乗って肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 匂いを嗅いで、自然とユメノの足取りが軽くなる。

 玄関の前に立ち、インターホンを鳴らす。

 数秒の沈黙の後に「はぁ~い」という柔らかながら透る声が玄関の向こう側から聞こえた。

 インターホン越しに音声で確認しないのは、カメラが付いているからだろう。

 しかも最新のものなので、夜間でもハッキリと見えるという優れものだ。

 玄関が開き、エプロンワンピース姿のシノハラがチャームポイントのベレー帽を頭に被せたまま、ユメノを出迎えた。

 

「おかえりなさい、ユメノちゃん。丁度、ハンバーグできたところだよ♪」

「ただいまですシノハラさん! わたしグッドタイミングってやつ!」

 

 「にへへ」と笑い、靴を脱いで整え、「おじゃましまーす!」と家に上がる。

 短い廊下を進み、右側に取り付けられたモザイクガラス張りのドアを開けば、リビングに繋がっている。

 台所があり、長方形のテーブルがあり、ソファがあり、テレビがあり、パソコンがあり、そしてその隣の棚にはダイバーギアが置いてあった。

 ただ、この時のユメノはまだGBNという単語を知った程度なので、そのダイバーギアが果たしてGBNをプレイするために必須な機材だとは気づいていなかった。

 ユメノとシノハラはそれなりに長い付き合いだ。

 シノハラが家族と離れて一人でこの一軒家で暮らしていることは知っているし、何度も家に上がったこともある。何なら泊まったことも一度や二度ではない。

 だから、いつ見てもユメノとは違った(・・・・・・・・)、生活感に溢れたこの暖かな空間が、好きだった。

 

「何か手伝うことあります?」

「んーん、先に座って待ってていいよ。あ、ちゃんと手洗いうがいをしてからねー」

「はーい!」

 

 言葉に従い、洗面所を借りて手洗いうがいを済ませて、ささっと椅子に座る。

 既にテーブルにはテーブルナプキンが敷かれてあり、その上にナイフとフォークが置いてあった。ただしユメノの側だけ、フォークの代わりに箸が置かれていた。

 シノハラはそこそこに健康志向なので、夜はできるだけ白米などの余計な炭水化物を摂取しないように心掛けているのをユメノは知っている。

 けれど、食べ盛りのユメノのことを考えてか、わざわざ小さな炊飯器を用意して、ご飯を炊いてくれていることも知っていた。だから箸が置いてあるのだ。

 炊きたてごはんの香りがユメノを鼻孔をくすぐり、お腹がくぅくぅと小さく鳴った。

 

「はい、どぉぞ」

 

 シノハラはお盆に乗せて持ってきた料理を並べる。

 ユメノ側にはお椀に盛られた白米の山と、湯気を立ち昇らせた熱々のハンバーグと、しゃきしゃきのサラダが置かれ、シノハラ側にはハンバーグとサラダが置かれた。

 ハンバーグにかかった特製デミグラスソースの甘い香りに、口の中の唾液が零れそうになる。

 

「うっわ、美味しそ~!」

「んふふ。それじゃ、食べよっか。……いただきます」

「いただきま~す!」

 

 手を合わせて食前の挨拶をすれば、ユメノは早速と言わんばかりに箸を器用に使い、ハンバーグを割る。

 熱々のハンバーグの中はしっかりと火が通っており、割れた瞬間に肉汁がどばぁっと溢れでてきた。

 柔らかすぎず、固すぎない程よい弾力の小分けしたハンバーグの肉片をつまみ上げ、デミグラスソースにしっかりと絡め、滴る肉汁に気をつけて口に運ぶ。

 噛むたびにホロホロと崩れ、ハンバーグのいう形に押し込められた肉の濃厚な旨味が口内を満たす。

 そこにデミグラスソースの甘さと、その中にあるほのかな酸味と深いコクが重なり、混ざり合い、ほっぺたが落ちそうなほどの美味たるハーモニーを奏でる。

 シノハラ特性のハンバーグは肉の食感を優先して、タマネギはペースト状のものを使用しているので、ザクリとしたタマネギの食感が邪魔しない点もユメノは好きだった。

 最初の一口はそのまま、二口目からごはんと一緒に食べる。

 白米に肉汁が吸われ、噛みしめればじゅわっとした白米の甘さと合わさってそれだけで箸が進む。

 途中でしゃきしゃきのサラダを挟むことで、油で支配された口内を中和させれば、無限に食べていたいと思うほど、食欲が増すというものだ。

 

「んんん~!」

 

 至福の時間だ。

 そんなユメノをまじまじと見つめ、シノハラは優しい微笑みを浮かべていた。

 以前、ユメノは自分の顔を見てどうして笑っているのかと尋ねたことがあるが、その理由は「美味しそうに食べるユメノちゃんが可愛くて」という、こっちが恥ずかしくなるものであった。

 そんなことを思い出してしまい、傾けたお椀で表情を隠すようにしながら、残りのハンバーグも味わうことを忘れずにひょいひょいと胃の中に落としていく。

 

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでしたぁ♪」

 

 手を合わせて食後の挨拶をすれば、すっかり完食したお皿がそこにあるだけだった。

 満たされて少し膨れたお腹をポンポンと叩きながら、シノハラが淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。

 一通り落ち着いてきた頃になって、シノハラが先に口を開いた。

 

「それで、どうだったの? 好きになれた?」

「んー、ああ言った手前、申し訳ないけど、まだちゃんと好きになれたわけじゃないかなーって」

「ふぅん」

「あ、でもね、好きなれるって確信はあるんだ! 今日買ってきた。あの、ジムっていうガンプラ一つについても、沢山のバリエーションがあって、それだけ歴史があるって知っちゃったから!」

「ほんと!? よかったぁ!」

「それとね! わたし、友達もできたんだ!」

「――お友達?」

 

 お茶を飲みかけていた手をピタリと止め、シノハラは楽しそうに喋るユメノをじぃっと見た。瞬きもせずに。

 

「うん! カナメちゃんて言って、さっきのジムについて色々教えてくれたんだよ!」

「へぇ……どういった感じでお友達になったの?」

「わたしの一目惚れ!」

「――うん?」

 

 瞳を輝かせ、身を乗り出してそんなことを告げたユメノの言葉の意味が一瞬理解できず、きょとんとした表情のまま、小首を傾げた。

 彼女の口から友達になるまでの経緯を聞くと、シノハラはお茶を一気に飲み干し、ゆっくりと頷いた。

 

「そっかぁ。それは、ちょっと妬いちゃうなぁ」

「えー、でもシノハラさんは、わたしからすればお姉ちゃんみたいで、何と言うか、お母さん代わりみたいな――あ、そうだ! お手紙きてる?」

「ううん、今月はまだきてないよ」

「えぇ~」

 

 シノハラの答えにユメノはがっかりして腰を下ろした。

 不定期ではあるが、時々ユメノの両親から手紙が届くのだ。

 どういうわけだかユメノ宛ではなく、シノハラ宛に、だが。

 かつて大事な請求書ごとずっと新聞を積んだままにしていたユメノよりは、シノハラのほうがしっかり管理してくれるだろうということを見越しているのだろうか。

 

「もうちょっとくらい手紙くれる頻度あげてもいいと思うんだけどなぁ」

「きっと忙しいんだよぉ」

「それでもさー! 見境ない医師団だか国境なき石炭だか何だか知らないけど、実の愛娘を置いてかれこれ云十年だよ!? シノハラさんいなかったらどうするつもりだったんだろ?」

 

 ユメノの両親は今、日本にはいない。

 『境界なきクラフト団』と呼ばれるボランティアチームの参加し、世界各地を飛び回っている。

 当初はユメノも連れていく予定だったらしいのだが、前日に風邪を引いて寝込んでしまったことで、仕方なくシノハラに預けて、先に旅立ってしまったのだ。

 それからかれこれ現在まで、こんな暮らしを続けている。そういうことにしている。

 正直、シノハラはユメノの両親を快く思っていない。

 ボランティア活動による世界支援などと、いかにも素晴らしい表現ではあるが、それで実の娘を置いて行っていい理由にはならないと考えているからだ。

 お隣さんとして長い付き合いではあるが、それでも身近な一人よりも遠くの大勢を躊躇なく選べてしまうあの二人に、言いようのない気味の悪さを感じていた。

 ……でもそれは、(シノハラ)のエゴなんだろうなぁ。

 だから、シノハラはユメノのことを支えようと決心したのだ。何があっても味方であろうと決意したのだ。あんな両親のようにしてはいけない、と。

 目の前で実の親に対する愚痴を零すユメノに、内心では複雑な心境を抱きつつ、しかしそれを決して表に出すことはなかった。

 でも少し、親代わりだと、お姉ちゃんみたいだと――彼女の家族として認識されていることに、一抹の嬉しさを抱いていたのも確かだった。

 

「便りがないのは元気な証拠って言うでしょ? 遠くでもちゃんとユメノちゃんのことを想ってるよぉ」

「むぅ~、そうかな?」

「そうだよ。絶対そう。そうでなくちゃ――ん、そうだユメノちゃん、今日も泊まっていく?」

「え、いいの!?」

「もちろん! 何なら毎日泊まったっていいんだから♪」

「にへへ、じゃあお言葉に甘えて……っと、シノハラさん」

「うーん?」

「もし知ってたらでいいんだけど、後でGBNについて、ちょっと教えてくれない?」

「いいよぉ~」

「ありがと! よし、お皿洗うの手伝うね!」

 

 腕まくりをして、食器を台所に運ぶユメノの背中を見つめるシノハラの横顔は、どこか申し訳なさそうで、そして虚しそうであった。

 

 ⁎

 

 ユメノと別れて、フタシロ・カナメもまた自宅に帰っていた。

 彼女の家は一般的な一軒家よりもそれなりに大きく、広かった。ある種の豪邸、あるいは屋敷と言ってもいい。

 複雑で美しくデザインの鉄格子の門戸があり、左右には長く大きな花壇があり――それが玄関までの通路となっているほどだ。

 世が世なら誰もが羨むであろう豪邸は、しかし今ではその幽玄さは鳴りを潜め、近所の子供からは幽霊屋敷と恐れられるまでに寂れていた。

 鉄格子の門戸は大半が錆び、花壇は枯れ果て、家の壁面には蔦が這って侵食していたのだ。

 到底、二代目メイジンの娘であるカナメが住んでいいような状態ではなかった。

 だが、彼女はそんなことを気にはしない。

 生きていく中でそれらは彼女の生活圏に何ら影響を与えないからだ。影響がないのならば、わざわざ気にする必要もない。

 

「ん? おー、おかえんなさい、お嬢」

 

 門戸をくぐると、花壇の縁に腰を下ろして座るメイドの姿があった。

 ボサボサの青みがかった黒髪、肌は色白で目に隈を作り、黒縁のアンダーリムの眼鏡をかけても誤魔化せないたるんだ目付きはいかにも不健康を体現したと言ってもいい外見をしている。

 口から紫煙を燻らせているあたり、煙草でも吸っていたのだろう。

 メイドという服だけを着たやさぐれ者は、しかしカナメが気を許す数少ない人物でもあった。

 

「えぇ、ただいま蔵井(クライ)さん。――こんな時間に煙草?」

「メイドたるもの、主人のお帰りを待つのも勤めなので。煙草はそのついでですよ。つ・い・で」

「嘘が下手ね。別に外で待っている理由にもならないのに」

「お嬢だからバレたって構いやしませんよ」

 

 クライと呼ばれたメイドは気だるそうに立ち上がると、半分まで吸った煙草を地面に落とし、それを足で揉み消しながら「ヒッヒッヒ」と不気味に笑う。

 

「一応、訊いておきますけど、夕飯どうします?」

「必要ないわ。いつもので十分だから」

「……そっすか。あたしゃ、もう少し夜風にあたっていきますんで」

「そう。あまり長居はしないでね」

「へーへー。解ってますって」

 

 ボリボリと頭を掻きながら、クライはカナメを顔を見て目を細めた、

 

「お嬢、何か良いことでもあったんですか?」

「……わかるの?」

「そりゃまぁ、お嬢の顔、嬉しそうですし」

「本当に?」

「ほんとーほんとー。いったい何年、一緒に暮らしてると思ってるんですか」

 

 完全に火が消えたかを確認しながら、クライはまた不気味に笑う。

 カナメが小さい頃から、このメイドはだいたい傍にいてくれた。 

 父親がどういった経緯でクライを雇ったのかカナメは知らないが、不貞腐れたように文句を言いつつも、何かと身の回りの世話を焼いてくれたり、時には仕事をサボタージュしてまでガンプラの制作やバトルに付き合ってくれたりするクライに、カナメは主従関係よりも、どこか悪友めいた関係として気を許していた。

 

「友達」

「はい?」

「友達が、できたの」

「へぇ、そりゃあ……おめでたいことで」

「笑わないの?」

「そうする理由がありませんので」

 

 肩を竦めて二本目を吸おうとして、そこで一度カナメを見て火を点けないまま口に咥える。

 

「貴女のことだから、てっきり笑うものかと」

「あたしにも分別くらいはありますよ」

「そうだったわね。忘れてたわ」

「まったく、ひでぇ言い方ですわな」

「お父さんは?」

「今日はまだ帰ってきてませんよ。あの人もあの人で忙しいようで」

「そう。ありがとう」

 

 ニヘラっと笑んだクライに、カナメは軽く手を振って、玄関へと向かう。

 その背中が家の中へ完全に消えるのを確認してから、クライは煙草に火を点ける。

 

「お嬢に友達、ねぇ」

 

 感慨深そうに呟き、クライはフゥッと吐いた紫煙が夜風に攫われていく軌跡を目で追う。

 その表情は嬉しそうで、ほんの少し寂しそうでもあった、

 

 ⁎

 

 夜食、と称したエナジーバーと、大好物であるクライが作ったゆで卵の入ったパックを抱え、風呂上がりのカナメは自室に戻っていた。

 ハリー・オードを彷彿とさせる星柄にストライプの独特なデザインの寝間着を着た彼女は、その澄ました顔と相まって妙なギャップがあった。因みにこの寝間着はカナメのお気に入りでもある。

 自室はカナメ一人が使うにはあまりにも広い空間であった。

 作業用の机とベッド、小さな洗面台と最低限なものを備え、残りはすべてガンプラを飾るためのコレクションラックのディスプレイケースで埋め尽くされていた。

 ゆで卵を齧りつつ、カナメはそこで一つの豪奢なディスプレイケースに目をやる。

 金縁で彩られたそれは、他のケースとまったく異なる形状で、特注品であることを窺わせる。

 その中には、一体のガンダムタイプのガンプラが収納されていた。

 ロールアウト風に彩られたそのガンプラは、カナメが父親から誕生日に贈られた大切なものであり、同時に彼女を縛る鎖のようなものであった。

 それは二代目メイジンが作り上げた伝説のガンプラにして、表舞台に出ることのなかったもう一つの御座。

 カテドラルガンダム。その原型(オリジナル)である。

 

「いつかきっと……」

 

 認められてみせる。

 確認するように内心で呟き、今日のことを思い出す。

 ユメノ・ツナグ。

 変わっていたが、あの真っ直ぐな瞳は何故か嫌いにはなれなかった。

 

「友達……」

 

 それがどういうものかは、薄らぼんやりと知識にあるだけだった。

 自分には関係のない概念だと、必要のない存在だとさえ思っていた。

 それが出来たのだということを思い出し、奇妙な感覚を抱く。

 ……お父さんは不要なものだと言っていたけど。

 極端な人だから、単純に否定をしたわけではないと思う。

 もしも、友達というものが自分にとってプラスになるのなら、それは良いことなのだ、とも。

 ……でも、それがマイナスとなったら?

 簡単だ。切り捨てればいい。それだけだ。それだけのことなのだ。

 だからそれまでは友達でいよう。そういう関係こそが、最も適当に違いないと考えて。

 

「――明日はどういう風に教えようかしら」

 

 多分、彼女も彼女で色々調べてはくるだろう。

 それでも憶えられなかったこと、まだ知らないことを、どうやって教えてあげようかと思い、カナメは無意識にほほ笑んでいた。

 

「……」

 

 クライに言われた言葉を思い出し、カナメはむにぃっと頬を押し上げたり下げたりして、表情を確かめてみる。鏡に映った自分の顔を見ながら。

 

「なるほどね」

 

 こんな感じかしら、と指先で押し上げて作ったぎこちない笑みを見て、一人で何かに納得するのだった。

 こうしてユメノとカナメ、それぞれの一日が終わりを迎え、また新しい一日がやって来るのであった。




・シノハラ・ルル(篠原・瑠々)
 鉄血のオルフェンズが好きな美大生。
 ユメノ・ツナグとはお隣さんで、それなりに付き合いは長い。
 欲しいガンプラが買えるまで遠出まですることがあり、時おりシーサイドベースにも足を運んでいる。
 負けず嫌いで我慢強い性格。鋼のメンタルでかなりのスタミナの持ち主。
 一人称は『私』『(自分の名前)』 二人称は『貴方/貴女』など。
 GBNのプレイヤーでもあり、ダイバーネームは『ルルハラ』。
 Gチューバーでもあり、かつては『ノーミスソロで高難度ハシュマル討伐するまで頑張るる』配信を行い、小休止を挟みながらも約13時間も挑戦を続けたというエピソードがある。

・クライ・メイカ(蔵井・明一)
 フタシロ・カナメの屋敷で住み込みで働く不健康そうなメイド。
 カナメが小さい頃から既に働いている。
 どういった経緯で二代目メイジンと知り合い、メイドとなったかは不明。

・カテドラルガンダム(ロールアウトカラー)
 二代目メイジンがスペアパーツを用いて密かに作り上げていた二機目のカテドラルガンダム。
 カナメの誕生日に贈らたガンプラで、現存する二代目メイジンのオリジナルガンプラである。
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