メイジンの娘 作:アリスとテレス
「微笑ましいものだと思わないか、ゴトウくん」
ゴットン・ゴー似の男としてすっかりキリシマホビーショップの名物店員と化していた
マシュマーに似ていることを意識してか、バラの造花を胸ポケットに飾っているのが、店のエプロン制服と相まって何ともシュールな雰囲気を醸し出していた。
「何がでしょう?」
「あれだよ。見たまえ」
器用に顎で指し示された先を見ると、ビルドルームにいる二人の少女が目に入った。
片方の少女はガンプラの箱を開けながら何かを説明し、もう片方の少女はそれに真摯に頷いている。
開店してからすぐにやって来て、ああしている。
律儀なことに購入レシートを持参して「昨日買ったガンプラをここで組んでも大丈夫ですか?」と訊いてきた姿は、初々しいものがあった。許可は店長が出したので何か言われたらすべて擦り付けよう。
しかし言われて見れば、確かに微笑ましい光景だ。
「とは言え、あまりじろじろと見るものでありませんよ」
「それはそうだが。だが、ガンプラを通して繋がる友情の何と尊きことか!」
ああ、ラマーン様!
などとGPD時代からの最推しであるインド代表ガンプラファイターの名を愛おしげに呟く姿は、認めるのは癪だか中々様になっていた。
「これでも、うちじゃあ女性人気ダントツなんだからなぁ……」
「何か言ったかね?」
「いいえ、何も言ってませんよ」
小さく短い溜め息を吐き出して、ゴトウは箒を持って出入り口の掃除に向かうのであった。
⁎
ランナーやらスナップフィットモデルやらニッパーやらゲート処理やら何やらの説明を織り交ぜながら、カナメはユメノの目の前でガンプラを組み立てていた。
カナメにとっては日常茶飯事のようなもので、説明書を見ずとも組み立てるのは朝飯前であった。
ただ、ユメノは逆にガンプラ素人であるため、できるだけ見ても解るようにと、何時もよりゆっくりと手を動かして組み立てる。
それでも一瞬でも次を迷ったり、一時でも動きが止まったりしないのは、流石二代目メイジンの娘と言ったところだろうか。
「それで、ここをこうして、こっちをこうすると……これで完成」
言って、完成したガンプラをユメノに見せる。
「わぁ!」
それを見てユメノの瞳がキラキラと輝いて、顔面に感嘆の笑顔を咲かせる。
合わせ目消しも塗装もあっという間に終わらせた素組みのジムが、真っ直ぐに立っていた。
「すごい! あんな沢山あったパーツから、こんなカッコいいのができるなんて!?」
「そう? なら良かったわ」
はわぁ~、うわぁ~とあらゆる角度からジムを眺めるユメノを、カナメはまるで小動物を観察するような面持ちで、努めて冷静を装い、素直に褒められた照れを隠す。
他人からこうして褒められるのは、慣れていなかったのだ。
そもそも二代目メイジンの娘として育てらていた手前、父親から褒められた経験すら片手で数えられるほどしかなかったため、どう反応していいのか解らず困惑が先にあった。
世話係のメイドであるクライにも――本人の性格もあるが、素直に褒められた記憶はない。
だから、ユメノの着飾らないその言葉に、カナメは照れというものを無自覚に感じていた。
「あ、でも……」
一通りジムを眺め、いつの間にかタブレット型携帯端末をカメラモードにして激写していたユメノが何かに気づいたようで、申し訳なさげに視線を恐る恐るカナメに移す。
視線を受けて、カナメは頭上に疑問符を薄っすらと浮かべて「何?」と小首を傾げた。
「このジム、わたしが組み立てるはずだったような……」
「――ぁ」
言われて、カナメは思わず細い目を驚きで見開いた。
最初は取り出したランナーと説明書を基に口頭だけで説明するつもりだったのだ。
それが、自分でも無意識に、それこそあまりにも自然に説明しながら組み立て始めていた。
実際に目で見て、触れるという経験を取り上げてしまったという自分の迂闊さに、カナメの眉が八の字に歪んだ。
「ごめんなさい。貴女の初めて手に取ったガンプラなのに……」
「あ、いや、わたしこそ、その、すっかり見惚れちゃってて……大丈夫、気にしないで!」
にへへ、と恥ずかし気にユメノは笑う。
それでも申し訳なさが先立つのがカナメという少女であった。
「……新しいのを買ってくるわ」
「わわわ! 大丈夫、大丈夫だって!」
立ち上がろうとしたカナメを、ユメノは慌てて制止する。
「それに、確かにこのジムは、わたしが初めて買ったガンプラだけど――嬉しいんだ」
「……嬉しい?」
「うん。正直さ、あの時、わたしは店を出たカナメちゃんの追いつきたいって一心で、その場にあったジムをろくに確認もしないまま買っちゃって、『これだ!』っていう運命的な感覚で選んだわけじゃなかったから、そんな調子で選んだこの子を自分の手で組み立てるの、何だか悪いなってちょっと思ってるところがあって……だから、不粋な気持ちのままで組み立てられるよりも、カナメちゃんの真っ直ぐな、熱い想いを込めて組み立てられたほうがいいのかなって思ってたりして……」
「別に。ただ少し、夢中になってしまっただけよ」
「うん。それでも、ありがと、カナメちゃん!」
ユメノから視線を外し、そっぽを向く。
不慣れとは、こうも度し難いものなのかと、じんわりと熱を宿した指先を握る。
確かに彼女にガンプラの醍醐味を伝えたいという想いはあった。
けれど所詮、ガンプラはガンプラ。極端に言えばただの模型――娯楽の玩具でしかないのだ。
そんなものに想いを込めるというものは所詮はビルダーの幻想でしかなく、無為で、無意味以外の何ものでもない。
ガンダムシリーズにおいて兵器が兵器であるように、ガンプラもまた戦って勝つための道具でしかないのだ。
勝利を至上とするのならば、解りやすい強さを指標とするのならば、そんなものはこそぎ落とすべき余分な脂肪でしかない。
そんなカナメの思想とは裏腹に、ユメノのストレートで正直な言葉は、彼女の感情を伴って耳朶を震わせた。
慣れない心地に、脳内では別の話題を漁っていた。
「……GBN」
「うん?」
「GBN、そういえば教えてほしいって、言ってたわよね?」
「ああ! そうだった!」
ポンと手の平を叩いて、ユメノは大きく頷いてみせた。
「にへへ、実は昨日、自分で調べたり、お隣さんから教えてもらったりしたんだ!」
「そう。それならある程度は説明を省いても良さそうね」
「そこはバッチリ! わたし、こう見えて記憶力は良いほうだと自負してるんで!」
「でも、ガンプラはそれでいいの? やっぱり新しく買って作ったほうがいいんじゃない?」
視線がジムに注がれる。
GBNではガンプラの性能は作り込みによって左右される。
一昔前に流行ったガンダムのテレビゲームや携帯ゲームでは『やられメカ』として名高い量産機たちも、作り込みによっては素のままでもガンダムに勝てるのだ。
さらに言えば基本的に原作の設定に縛られることもないため、最初から性能が低いということもなければ、ザクがビームライフルを使用したり、マンロディがビームサーベルで斬りかかることもできる。
発想の数だけ、ガンプラは自由なのである。
(だけど)
カナメはジムを横目に、思う。
確かにジムは汎用性に富んだ機体だ。バリエーションも多い。
ただ、それでも今のジムではあまりにも決定打に欠けるのも事実であった。
決して出来映えが悪いということではない。むしろ、素組みにしてはかなり良いほうだとさえ自負している。
それでも、だ。
アナザーガンダム系列のガンプラが幅を利かせる昨今、特殊な機能も装甲もない、平々凡々といったスタイルのジムでは、完全な初心者のユメノには厳しいだろう。
それは言いかえれば、余分なものがないからこそ扱う者の技量を反映する正直なガンプラとも言える。
無論、そういった面であればファーストガンダムやデュエル、AGE1といった最新技術の粋が結実したガンプラのほうが、より最適だろう。
だから、ユメノにはもっとしっかりと、自分自身で「これだ!」と思ったガンプラを選んでほしいと思っていた。
そんなことを言いたげなカナメの表情をジッと見てから、ユメノはジムを優しく手に取った。
「ううん。それでも、わたしはこの子がいい! 確かに選んだ動機は雑だったかもだし、結局はわたし自身まだガンプラ組み立ててないけど、最初はこの子がいいんだ。――なんたってカナメちゃんがわたしのために作ってくれた同然だもん!」
「……そう。なら好きにするといいわ」
「うん! そうする!」
ユメノはにんまりと丸く笑って、カナメと一緒にダイバーギアを受け取り、GBNブースへ向かっていった。
そんな二人の背中をさり気なく見送りつつ、ダイバーギアを渡したマシマは、腕を組みなおし――
「ガンプラに咲く二輪の華か。フ、やがてくる繁忙の騒がしい未来を見据えて、荒みかける私の心には、特に染み入る……」
そんなことを呟き、自分に酔った勢いで咥えた造花の薔薇の不味さに咳き込むのだった。
次回、GBN回。