『私ね、アイドル目指してるんだ!』
赤のリボンがよく似合う少女がいた。彼女はいつも笑っていて、幸せを体現しているようだった。
『私、■■くんのことが好き! でもアイドルって恋愛禁止なんだ〜……。でもでもっ、私はどっちも叶えたい! どっちか片方だけなんて嫌だもん。だから約束! 私がトップアイドルになって日本中のみんなをハッピーにしたら、私の告白受け取って下さい!』
彼にとって、世界とは冷たいものだった。モノクロで、冷淡で、なんの価値もない。生まれた時からそれは決まっていて、どうしようもない運命に見舞われていた。
しかし、彼女がいるだけで彼の世界は鮮やかに、鮮明に、輝かしいものに変わった。
『けほけほっ。あ、ごめんね。気にしないでっ! ほら、病は気からって言うでしょ? 私頭も良くないし体も強くないけど、前向きなことだけは誰にも負けないよっ! 病気なんかに絶対負けないんだから! ……だからそんな心配そうな顔しないで?』
彼にとっては、彼女が全てだった。自分の空っぽの人生に生きる意味を与えてくれた初めての人だから。
彼女は、他人も家族も自分の命すら無価値だった彼に人生で唯一光を照らした存在だった。
『げほっ、ごほっごほっ! っはぁ、はぁ、はぁ……。もう、そんな顔しないでよ。ほら私は元気だから! ……って流石にもう言ってらんないか。たはは……』
だから彼女が消えてしまうと思った時も彼は迷わなかった。
彼女がいなければ今の自分は生まれてなかったのだ。彼女は無だった彼に色んなことを教えてくれた。彼にとっては彼女こそ全て。ならば彼女が消える時は自分も一緒に消えよう。その覚悟に一切の逡巡はなかった。
『あ、分かってると思うけど、私が死ぬなら自分も死ぬ〜っていうのは無しだよ? ぜ〜〜ったい無しだかんね! え、なんで分かったかって? ……ふっふっふ、■■くん検定世界一位の私を侮っちゃダメだよ!』
だからこそ、それを拒否された時はこれまでに無いほど困惑した。彼女のいない世界なんて何の意味もない。しかし彼女の望まないことは絶対にしたくない。もしかして彼女は、またあのモノクロの世界に、何もなかった空の自分に戻れと言ってるのだろうか。
『私ね、信じてもらえないかもしれないけど今すっごく幸せなんだ! 生まれつき体が悪くて十六歳で不治の病にかかっちゃったとしても、今こうして君が隣にいてくれている。それだけで幸せだなって思えちゃうんだ。えへへ、我ながらちょろすぎるかな?』
彼は神を憎んだ。
彼女こそ報われるべきだ。誰よりも幸せを素直に喜び、誰よりも明るく楽しそうで、誰よりも人を幸せに出来る。そんな彼女は、きっと誰よりも人生を謳歌するべき人間だったはずだ。少なくとも自分のような人間が生きて、彼女が死ななければならないなんて絶対に間違っている。
彼は神を呪った。
喉が潰れるほど叫び、目から血が吹き出るほど恨んだ。
しかしそれと同じくらい神に願った。自分はどうなってもいいからどうか彼女だけは助けてください、と。理性では全く信じていない神に毎日欠かさず懇願した。
それでも、彼女が救われることは無かった。
『覚えてる? あの雨の中、君が私を助けてくれた日。私はきっと、あの日から今日までずっと幸せなんだ。アイドルにならなきゃって切羽詰まってた私にとって君の存在は、まるで雪雲が晴れた後の……太陽のように……って、やっぱり私にはこういうのは向いてないなぁ。たはは。え、君も初めて会った日から私のこと好きって思ってくれてたの!? 嬉しい! やっぱりあの出会いは『運命』だったんだよ!』
満開の花のような笑顔を見せる彼女。残り時間は僅かだというのに未だに決心出来ない彼にとって、それはいっそ残酷と言っていいほどの綺麗な笑みだった。
『あのね、■■くん。私こないだ何も後悔はないって言ったけど、実は一つだけ後悔があるんだ。それはあの約束を守れなかったこと。アイドルになってみんなを笑顔にして、君と結ばれて私も幸せになる。半分は叶ったから満足しようと思ったんだけど、どうしても割り切れなくてさ』
その約束は彼にとって一番大事なものであり、同時に彼を縛る呪いでもあった。彼女一人いれば他はどうでも良かった彼にとって、アイドルになるという彼女の夢は邪魔でしかなかった。同時に、それこそが自分に光を与えた彼女の一番の夢だったから全霊で応援したいものでもあった。
『げほっげほッ!! ……だからね、君には私の代わりにみんなを笑顔にして欲しいんだ。いや、君にアイドルになって欲しいんじゃなくて、プロデューサーの方! ……私に出来なかった、日本中を笑顔にするトップアイドルの夢。君に託してもいいかな?』
それは一度も弱音やわがままを言わなかった彼女の、唯一のお願いだった。今にして思えば自分がいなくなった後、彼が元の空の人間にならないためのものだったのかもしれない。
どちらにせよ、その一言が彼の人生を大きく変えたのは事実だ。
『……嬉しい、な。最期の瞬間まで君と一緒にいられるなんて……。ねぇ、最後に一つだけ、言ってもいいかな?』
溢れ出そうになる涙を必死に堪えて頷き、一字一句聞き逃すまいと彼女に近づく。
すると彼女はその顔を捉えて口づけした。
『んちゅ……。大好きだよ、■■くん。ありがとう……』
それが、泣きながら笑っていた彼女の最期の言葉だった。彼はその日のことを一日たりとも、いや、一瞬たりとも忘れることは無かった。
彼女を失った彼は、しかし元の空っぽの人間に戻ることは無かった。彼女の一言が今この一瞬も彼を生かし続けている。
『お願い! 私の夢を、夢で終わらせないで!』
______だから彼は。いや、『僕』は……
「あ、プロデューサーさん。おはようございます」
「うん、おはよ……って何!? この部屋中いっぱいの薔薇は!?」
「うふふ、これはまゆのプロデューサーへの気持ちです。受け取ってください♡」
今日も今日とて担当アイドル達のため、莫大な量のデスクワークと死の格闘を繰り広げるのであった!
面白ければ高評価、ブックマーク、感想! お願いします!!