『渇いた風が心通り抜ける 溢れる想い連れ去って欲しい』
いつもは寒いダジャレを言ったりしてユーモアに溢れる可愛い彼女だが、壇上に立てばその雰囲気は百八十度変わる。
『君だけを想う気持ち 伝えられる勇気が私にあれば 切ない夜にさよなら出来る』
圧倒的な魅力で観客を魅了する。最前列にいる熱心なファンですらサイリウムを振ることも忘れて歌声に聴き惚れるほどに。
『優しい風包まれてく あの雲を抜け出して鳥のように like a fly』
そこは、もはやライブ会場ではなかった。彼女が作り出すその空間は現実とはまた別の新たな世界であった。
今この瞬間、この場所で、彼女にしか作り出せない世界だ。
「まったく、あれがつい一昨日酔い潰れてた人とは到底思えないよな」
舞台裏からでも伝わるオーラに気圧されつつも、一昨日日本酒を呑んでべろんべろんに酔っ払ってた彼女を思い出してしまう。あの酔っ払いが一度ステージに立てばこんなにも変わるものなのか。もしくは変われるからこそ彼女がトップアイドルであり続けられるのか。
……いや、これを言っても「私はいつでも私ですよ。お酒好きの私もアイドルの私も、同じです。何も変わったつもりはありません」とか言いそうだな。
彼女ははっきり掴めないふわふわとした性格なのに、そういうところでは確固たる自我を持っている。本質的な部分でブレずに、どんな時でも彼女たりえるという点が他のアイドルと一線を画す要因なのだろう。
「ふふっ、その通りですよ。流石プロデューサー、私のことはお見通しなんですね」
「そうだろうそうだろう。なんせ僕の最初の担当アイドルなんだか……ってどぅええええええええ!?」
気がつけばライブは終わっていたらしく、彼女は既に目の前にいた。蒼と碧の特徴的なオッドアイが僕を見つめる。急に大声を出した僕に少し驚いたような顔をしているが、そりゃ急に目の前に現れたんだから驚くのも当然だろう。
高垣楓。
僕の前にいるアイドルの名前だ。
日本で最大手である346プロ一番の人気アイドルである彼女は、つまり日本一有名なアイドルといっても過言ではないだろう。それまでの、アイドルといえば華やかでキラキラしてなければならないという価値観を初めて壊した、いわば今のアイドル時代を作った先駆者でもある。
彼女の持つ独特で不思議な雰囲気が従来のアイドルと比べて大人びていて魅力的でありながら、笑った顔はまるで少女のような可愛さがありMCでは毎回欠かさずオヤジギャグを言うという、良い意味でちぐはぐしている人柄に惹かれた人も少なくないだろう。
そして何と言っても彼女はシンデレラガール総選挙で一位を獲り見事にシンデレラガールに輝いた、名実を共にしたトップアイドルである。
あと余談ではあるが僕が初めてプロデュースしたアイドルだ。そして今なおその関係は続いている。
「楓、いつのまに……。ってそれより今僕の心読んでなかった!?」
「それを言うならプロデューサーだって私の考えることなんてお見通しじゃないですか。これぞ以心伝心ってやつですね」
「いやぁ僕のはあくまで予想だったけどさっきの楓のは明らかに読心術かなんかでしょ」
たしかに僕達の付き合いは長いから表情からある程度考えてることを察することは出来るだろうけど、さっきのは流石に的確すぎないか?
しかし楽しそうに笑う彼女を見ているとそんなことは些細なことのように思えてくる。本当、この笑顔はずるい。つくづくそう思う。
「なんだか今日はいつもより良いライブが出来た気がします。プロデューサーが見ててくれたおかげかもしれませんね」
「はは、それは光栄だなぁ」
「……プロデューサーが忙しいのは分かっていますけど、たまには見に来てくださいね。じゃないと私、プロデューサーのお仕事に嫉妬しちゃうかもしれません」
少し顔を赤らめて口を尖らせながらそう言う楓。とても可愛いけどその言葉は僕の心に突き刺さった。僕としてはアイドル達のライブは他のどんな用事を差し置いてでも応援に行きたいものだけど、他のアイドルの仕事を疎かにするわけにはいかない。
そんなこんなでここ数回、楓のライブに行けていなかったのだ。申し訳ないと思っていたが、本人から言われるとより一層心が抉られる。
「うっ、ごめん。僕の要領が悪いばっかりに……」
「いえ、こちらこそからかいすぎてしまいました。ごめんなさい。それにプロデューサーが頑張ってること、私はよく分かっていますから」
花が開くような笑顔を見せる楓。その笑顔を見るだけで全てが報われたような気持ちになる。同時に明日からも頑張ろうという気持ちが湧いてくる。本当昔から楓には救われてばかりだ。
「じゃあ今日は久しぶりに予定が空いてることだしこの後ステーキでも食べにいかないか?」
「わぁステーキ! 素敵ですね、すてーきだけにっ」
「言うだろうとは思ってたけど、ほんと言わないと気が済まないんだな!?」
そんなこんなで久しぶりに予定が合った僕達は、楓のCD販売やらライブ後イベントを終わらせた後焼肉屋に行くことにした。
イベントは終わったと言うのに楓を引き留めようとするスタッフやマスコミの波から楓の手を取って抜け出したのは自分でも驚いた。どうやら僕はどうしても今日は楓と一緒に食べたかったみたいだ。
「ふふふ、なんだか駆け落ちみたいでどきどきします」
「それ本気で恥ずかしいやつだからやめて」
店に着いた僕たちが話すのはたわいもない内容だ。楓は酔っぱらうと気分良く色々話をしてくれるから一緒に飲んでいてとても楽しい。
僕は担当アイドルは隔てなく信頼しているけど、特に楓には付き合いが一番長いこともあって他の子には言ってないことも気兼ねなく話せる。
こういう関係をなんていうのだろう。ただのアイドルとプロデューサーという仕事上の関係のような事務的なものではなく、恋人にも引けを取らないくらいの距離の近さでありながら、お互い恋愛感情は無いからそれも違う。
楓に聞いてみると一瞬陰りを見せたが、直後には微笑んで
「私たちは言うなれば『戦友』です。私もプロデューサーも、昔は今のように強くありませんでした。そんな中お互い支え合って困難を一緒に乗り越えてここまでやってきたんです。これを戦友と言わずとして何というのでしょう」
なるほど、と思った。たしかに戦友というのは僕たちの関係を表すのにふさわしい言葉だ。毎日が戦いの連続だった昔を思い出しながら僕は頷いた。
その後案の定酔っ払ってしまった彼女を家まで送り届けたのは言うまでもない。
そうして僕は、昔はよくこうして二人で飯食いに行って作戦会議とかしてたなーと懐かしみながら楓との時間を楽しんだ。
「…………」
その一部始終をじっと見つめる少女の存在に気づかずに。
◆◇◆
まゆの様子がおかしい。
僕がそう気づくのにそう時間はかからなかった。
「じぃ〜〜」
「…………」
「じぃ〜〜〜〜」
「……どうしたの? まゆ」
「! いえ、なんでもありません。失礼します!」
「あ、ちょっと待って……」
まゆはそう言うとぴゅーんと部屋から出て行ってしまった。
とまあこのように、見つめてくるけど僕が話しかけたら逃げていってしまうのだ。
更に昨日までは僕が部屋に入ったら、既に部屋で待っていて僕が入ってくるのを待っているのに、今日は机の上に弁当が置かれているだけだったのだ。こんなことは今までに一度も無かった。
もしかしたら僕はまゆに嫌われてしまったのかもしれない。しかしいくら思い返しても心当たりがない。昨日の朝は普通に接していたから原因があるとすれば昨日の午後だろうけど、その時間僕は楓と過ごしていただけだ。まゆに嫌われるようなことをした記憶はない。
まゆは人より独占欲が強いため僕が他の子と話していると嫉妬することも多いけど、その場合僕を問い詰めたり、むしろ他の子に負けないように積極的にアピールしてくることがほとんどだ。だからこんな消極的で、何かに迷っているような彼女を見たのは初めてだった。
「……やっぱり放っておけないよな」
僕はそう呟き、デスクに書類を残したまま部屋を飛び出した。
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