【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3 作:たあたん
次男の案内により、轟炎司は篤志少年の病室を訪れていた。
「………」
そこは個性の都合等で他の患者から隔離する必要のある者のために設置された特別棟の一角で、広い個室にぽつんと置かれたベッドの上で彼は白い顏をして眠っていた。轟家では何かと緊張している様子だったが、こうして瞼を閉じている姿は年齢通りのあどけない子供だった。
「……アギトだなんだって、言うけどさ」夏雄が不意につぶやく。「フツーの子供だよ、この子。……焦凍だって、俺たちの弟のままだ。何も変わらない」
「夏雄……」
アギトは、超人──個性よりヒエラルキーの上位にある力をもつ存在なのだと、これまで炎司は考えてきた。ある意味、人間がより神に近づいた姿なのではないかと。
しかし夏雄は、そうではないと言う。アギトであろうと、悩み苦しみ足掻きながら、この世界で生きていかなければならないことに変わりはない。その中で愛する者を得、手を取りあって生きていくことだって、できるはずだと。
その言葉に是も否も返さず、ただ胸中で静かに噛み締めながら、炎司は眠る少年の傍らに腰掛けた。
「──篤志くん、」
相手が深い眠りの中にいるとわかって、静かに声をかける。しかしその途端、篤志の表情がわずかに歪んだ。瞼がぴくりと動き、一瞬強く瞑られたあと……徐に開いていく。
「!」
「………」
茫洋とした瞳で、周囲をきょろきょろと見渡す。まずここが何処かを把握しようというのだろう。
それがひと段落すると、今度は傍らの炎司たちに視線を注ぐ。内心に燻る不安を吹き消すように、夏雄が声をかける。
「篤志くん、大丈夫か?……俺たちのこと、わかるか?」
「………」小さく頷いたあと、「夏雄さん、エンデヴァー……」
ふっと緊張が解け、苦笑をかわしあう親子。その様を不思議そうに見上げる篤志に、炎司が努めて優しい声をかける。
「何があったか、覚えているか?」
「……はい」
自身の身体に異変が起き……それから異形へと変わるまでに、あっという間だった。焦凍とよく似た姿……あれが、アギト。
ヒトを超えた存在とはどういうものか──今となっては、身をもってわかった。しかしそこに、強大な力を得られるのだという高揚感はなかった。あるのはただ、自分が自分でなくなるかもしれないという恐怖。
それを誤魔化そうにも、歴戦のつわもの相手に隠し通せるわけがない。
「怖いのか、自分が自分でなくなることが」
「………」躊躇いがちに、頷く。
「万能の力を、得られるとしてもか?」
その問いに、瞳を揺らす篤志。力をもつことを喜べない己に、罪悪感を覚える。──何故なら己の憧れた目の前の男は、純粋なまでに力を求め、社会の柱たらんとした英雄なのだから。
しかし相手の反応は、篤志が恐れたものとはずっと異なっていた。
「ならばきみは、真の意味で英雄になれるかもしれないな」
「えっ……?」
微笑む炎司。かつてのエンデヴァーとは別人のように穏やかで……しかし強さと誇りを、より強く感じさせる表情。
「力を振るうことは、誰かを傷つけることと表裏一体だ。それは巡り巡って自分に帰ってくる。取り返しのつかない結果を、招くことだってある」
そのときになって後悔し、慟哭してももう遅いのだと、炎司は身をもって知っている。
「力の恐ろしさに思いを致すことができるなら、きみには英雄の素質がある。俺は、そう思う」
「エンデヴァー……」
身を起こした篤志は……気づけば、その双眸から涙を流していた。滲む視界。しかし憧れの英雄の姿を少しでも記憶に焼きつけたくて、懸命に目元を拭う。
「俺、おれ……っ、個性が、炎で……。だからずっと、あなたみたいになりたくて……!」
「……うむ」
だが強大すぎる力を、子供の篤志は持て余した。感情が昂ぶると個性の暴走を招きかねないからと、常に冷静でいることを両親から言いつけられていた。対してふたつ年下の弟は、さほど危険のない個性の持ち主であることも手伝ってのびのびと育てられた。甘えん坊の彼を間違いなく篤志は愛していたのだけれど、今にして思えば心のどこかで疎ましく感じていたのかもしれない。
あの日──些細なことがきっかけで、それが爆発した。家族を相手に激昂して……それがそのまま劫火となって、家を焼いた。家族、もろとも。その中心にいた篤志は、耐火性のある身体のために無事だったというのに。
「俺っ、おれが……みんなを殺した……。おれのせいで……っ」
「………」
しゃくりあげる篤志の肩にそっと手を置いたのは、夏雄だった。
「後悔、してるんだろ」
「………」
「だったら、二度と力の使い方を間違えない。……そう、自分に誓えば良いんだよ」
そうだよな、と、父に問う。他ならぬ彼だって、過ちの果てに再び歩み出した。失ったものはもう還らない。それでもヒトは、希望も絶望も抱えて生きていくしかないのだ。
そうして嗚咽を洩らし続ける篤志の脳裏に──不意に、稲光が奔った。
「!!」
「!、どうした?篤志くん!」
頭を抱えて苦悶する篤志。その身にアギト化に伴う異変が起きているのか──父子は万一の事態を恐れたが、そうではなかった。
「焦凍……が……っ」
「……何?」
よもやと心臓が跳ねる。──刹那、炎司の携帯電話が鳴って。
『あなた、来て!焦凍が──!』
「──!」
それは、篤志の暴走以上に恐れていた事態だった。
*
関東医大病院での出来事など知るよしもなく、八百万百は心操人使とともに荼毘の捜索を続けていた。
『こちら、警視01心操。"未確認生命体"の捜索状況を報告されたし、どうぞ』
『こちら警視06、現在のところ──』
心操と同様、警邏を行っているパトカーから次々と報告が飛んでくる。その殆どが収穫なきものだったが、中にはそれらしき姿を目撃したという情報もある。ハンドルを握りながら、その真贋を判断するのが心操の仕事だった。
その様子を傍らに見つつ、
「心操さんは、すっかり警察官ですのね」
『……どういう意味だ?』
「あっ、決して悪い意味ではありませんわ。G3の装着だけでなく、捜査の勉強もされていますの?」
『そりゃあ、最初は交番勤務だったしな。警察官としての基本は、そこで叩き込まれた』
学生の身ながら大勢の警察官やプロヒーローを抑え、G3の正規装着員として選任された──そのことにやっかみを受けることも覚悟していたのだけれど、実際には警察学校で多くの友人を得ることができたし、任官後も悪意をもって接してくる人間はほとんどいなかった。ただそれは……自覚するところではないけれど、心操自身の人柄によるところが大きい。風貌こそぶっきらぼうで冷めた印象を与えるけれど、そのひたむきさと誠実さはその一挙一動を見ていれば容易くわかることだ。先入観なく心操と接した人間で、悪印象をもつ人間は皆無に等しいのだった。
「心操さんも、プロフェッショナルですのね」
『まだまだ至らないことばかりだけど。……でも、プロなのはあんたもだろ?』
「わたくしこそ……至らないことばかりですわ」
焦凍とともに戦っている中で……その大きな力の隔たりから、無力感を覚えることは一度や二度ではなかった。ただ、それでもかつてとは決定的に違う。自分のすべきことを冷静に見据え、行動することができるようになった。ただ、
「ただ……こんなときでも落ち着いていられる自分が、怖いと思うこともあります」
『……そうだな』
己の感情の揺らぎを抑えて、任務に邁進する──プロフェッショナルのあるべき姿だと言われれば、確かにその通りだ。
しかしその果てにあるのが、水城史郎の云う"死を背負う"ことなのではないかとも思う。私を完全になくしてしまえば、それはもうヒトではなく社会の部品にすぎない。──ヒーローだって警察官だって……軍人だって、人間だ。ヒトとして当たり前の心は、持っていたって良いはずだ。
『多分、どこかで折り合いをつけなくちゃいけないんだと思う。……少なくとも、それが怖いと思う自分は居ていいんだ』
複雑な想いを抱えつつ──沈黙を見計らって、心操は再び無線をとる。きっと戦場に帰ってくるであろう焦凍。彼に無理をさせないためにも、一刻も早く荼毘を見つけ出さなければ。
しかし、そんな彼の想いに反して、無線機から返ってくるのはノイズばかりだった。
『こちら警視01、応答を。──………』
「どうしましたの?」
『……無線が変だ、繋がらない』
「……?」
怪訝な思いにとらわれるふたり。──それは。転変の予兆にすぎないことだった。
次の瞬間、ガシャンと頭上から轟音が響く。何かが落下してきた?この開けた道路で?驚愕とともに浮かんだ疑念は、幸か不幸か即座に解消されることとなる。
「──ガァアアアアアアッ!!!」
『!?』
咆哮とともに、逆さ吊りの状態で前面に姿を現す"怪物"。その爪がフロントガラスを突き破り、心操は咄嗟に急ブレーキを踏んだ。
「心操さんっ!?」
『ッ、大丈夫だ……!それより、出ろ!』
咄嗟にパトカーから飛び出すふたり。開いたドアは次の瞬間、いとも簡単に切断されてしまった。
戦慄しつつも、踵を返そうとしたふたり──しかしそこには、恐るべき光景が広がっていた。
「ガ……アァ、ア……!」
「グオォォォ……!」
──両手の指では数えきれないほどの怪物の群れが、ふらふらとこちらに迫っている。
『こいつら、いつの間にこんな……!』
前後を見渡しながら、心操は違和感を覚えた。その姿は、荼毘の"弟妹"だった少年少女らのそれと確かによく似ている。ただよく見れば角が短く、身体が時折ぼこぼこと隆起と沈下を繰り返している。その唸り声もまた、よくよく耳を傾ければ苦しんでいるようにも聞こえて。
「──結婚前から浮気かよ。いいぜもっとやれ」
「!」
場にそぐわない茶化すような声に振り向けば、そこには継ぎ接ぎの男の姿があった。ガードレールに寄りかかるようにして、けたけたと嘲っている。
「……荼毘……!」
「おいおい、そこは"お義兄さん"だろ?オジョウサマのクセに、躾がなってねえんじゃねーの?」
「──焦凍の代わりに、俺が躾けてやるよ」
言うが早いか、荼毘の手元から赤い触手が飛び出す。それは弾丸のような速度で百に迫ってくる。逃げられない──!
『ッ!』
しかし、既に身構えていた心操が迅速に動いた。懐から拳銃を抜き、触手があと数十センチにまで迫った瞬間、躊躇なく発砲する。弾丸がめり込んだことで触手の狙いが逸れ、パトカーの車体に突き刺さった。
『逃げるぞ、八百万!』
「!、は、はい!」
脱兎のごとくその場から走り出すふたり。対する荼毘は嘲るような笑みを浮かべたまま、ゆっくりと歩き出す。怪物の群れを従えるその姿は、さながら蝿の王のごとき邪悪なものであった。
*
集中治療室は、恐慌と言うよりほかない状態を呈していた。
椿をはじめとした医師たちがベッドを取り囲み、玉のような汗を飛ばしながら蘇生措置を試みている。しかしそのベッドに横たわる当事者たる青年は、ぴくりとも身じろぎせず瞼を閉じたままだ。
「焦凍……っ!」
ガラス一枚隔てた廊下で、母娘は身を寄せ合うようにして見守っていることしかできない。焦凍を連れていかないで。せっかくひとつになろうとしている家族を、壊さないで。
願いもむなしく、状況が好転する様子はない。
「冷、冬美!」
と、そこに炎司と夏雄も駆けつけてくる。状況を知らされた彼らの顔色も真っ青だったが、男としての矜持で、妻や姉の身体を精一杯受け止める。──今はそれ以外、意味のあることは何もできない。
一方でガラスの内側にいる椿は、措置を主導しながら、懸命に呼びかけを続けていた。
「轟ッ、戻ってこい!今おまえが死んじまったら、誰が世界を守る?また緑谷と爆豪に、命がけの戦いをさせる気か!?」
常人では敵わない恐るべき怪物に、その身ひとつで立ち向かった青年たち。その一方はヒーローですらない、ただの学生で──それでも彼は伝説を塗り替え、傷つきながらも世界を守りきった。
今、未知の脅威から人々を救えるのは──超人アギトたる、轟焦凍をおいて他にはいないのだ。
だが、こちらの呼びかけに対し、焦凍からはなんの反応も返ってはこない。三年……いや四年前、未確認生命体第18号によって死に瀕した緑谷出久の姿を思い起こす。あのとき、彼は体内の霊石の作用によって奇跡的な蘇生を遂げた。──そう、奇跡だ。あのときの緑谷のように、命を繋ぎとめる保証などない。
「轟……!」
椿の表情に、今まで抑えていた焦燥が浮かぶ。また自分は、死にゆくものに対し何もできないのか。本分が既に死したものを検める監察医であるとしても、これでは──
そのとき、だった。
「篤志くんっ!?」
部屋の外から少年の名を呼ぶ声が響いたかと思うと、小柄な影が飛び込んできて。
「!、おまえは……」
焦凍と同様、アギトになろうとしている篤志少年。この集中治療室に現れた彼は、椿らを押しのけるように焦凍の手をとった。
「おい、何して──」
「……俺なら、焦凍を救けられるかもしれない……!」
「!、何?」
焦凍の危機を感じとったそのとき、篤志の脳裏には天啓ともいえる閃きがあった。焦凍を救けるための、唯一絶対の方法。
それはある意味取り返しのつかないものだったけれど……篤志はもう、覚悟を決めていた。
「……焦凍。"俺"を、まかせたよ」
そして、彼の身体は光を放った──