【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3 作:たあたん
荼毘、そして彼のつくり出した怪物の手から逃れ、心操人使と八百万百は廃工場の片隅に潜り込んでいた。
『……とりあえずは、撒いたか……』
「そのよう、ですわね……」
だが、危機が去ったわけではない。Gトレーラーへの出動要請の連絡も、スマートフォンに電波が入らずできていない。
(……奴の能力か?)
知る限り、荼毘自身の個性にそのような効力はないはずだ。──ただ、焦凍もそうだが、アギト化により個性とは異なる……言わば"超能力"に近いものを発揮することもあるようで。
とにかく、向こうが自発的に気づいてくれない限り、救援は望めないのだ。
「まさか、荼毘のほうから来るなんて……」
『……あんたを狙ってきたんだろう。それも、あの怪物の仲間にしようとした』
「……!」
そう、荼毘は憎き弟の恋人を自分の眷属にしようとしたのだ。命を奪うだけでは飽き足らず、その尊厳までもを徹底的に破壊しようと。
そうまでして彼が焦凍を憎悪する理由を、心操はほんのさわりしか知らない。……知ろうと知るまいと、その感情自体を否定するつもりはないけれど。
『とにかく、早くこのエリアから脱出しよう。生身の俺とあんただけじゃ、心もとない』
「……そうですわね。でも、いざというときは──」
言いかけた百を、心操は手で制した。
『それは言うな。俺もあんたも……両方無事じゃなきゃ、ミッションは失敗だ』
「!、心操さん……」
そうだ──彼だってプロフェッショナルだ。その"いざというとき"は、守り守られる関係であれば良い。
「ふふ……また、悪い癖が出るところでしたわ」
『別に、悪かないけどさ』
ともかくと立ち上がり、周囲の状況を窺いながら一歩を踏み出すふたり。
──刹那、工場の壁を突き破るように怪物の群れが現れた。
『ッ!?』
決壊したダムのように溢れ出してくるそれらは、心操たちに逃げる間隙を与えない。あっという間に包囲されてしまう。
『……どっちにしろ、突破口を開かなきゃならないらしいな』
とはいえ、心操のもつ武器は拳銃ひとつ。百は丸腰だが、彼女の個性ならあらゆる武器を生み出すことができる。実際、駐屯地での戦闘では荼毘の配下である少女相手に一対一で戦い、勝利を得たという。
ならば、
『八百万、俺がコイツらを引きつける。その隙にコイツら全部、ブッ飛ばせる武器を造れ』
「!、引きつけるって……この数では……」
何せ、包囲されている状態なのだ。安全な後方などない。彼らのうちどれか一匹でも百に目をつけたら、その時点で作戦は失敗だ。いや、それ以前に心操が──
「いくらなんでもっ、無茶ですわ!」
『だが、それしかないだろ!』
心操とて、上手くいくとは思っていない。しかしばらばらに戦ったところで、各個撃破されて終わりだ。
どうすれば良い、どうすれば──ふたりの思考が纏まるのを待たず、怪物たちの一部が奇声をあげて襲いかかってくる。
『ッ!』
覚悟を決めつつ、一矢報いるべく拳銃を構えたときだった。
無造作に積まれた木箱やドラム缶などを撥ね飛ばすようにして、蒼い車体のトレーラーが突入してくる。それは怪物たちをも容赦なく轢くと、心操たちの面前で停車した。
『!、Gトレーラー……!』
表情を輝かせる心操と百。と同時に後部ハッチが開き、桃色の頭が覗く。
「心操さん、お待たせしました!」
『発目……!』振り向き、『八百万、3分……いや150秒でいい。ここをもたせてくれ』
「その程度でしたら、お安い御用ですわ!」
百の二つ返事を受け、心操はコンテナに飛び乗った。ハッチが閉まっていく。させてなるものかと──実際にそのような思考があるかは不明だが──襲いかかってくる怪物の群れを、百は不敵な表情で迎え撃った。
*
ふと我に返った轟焦凍は、自らが暗闇の中にいることに気がついた。
(俺、は……)
荼毘の一撃で心臓を貫かれ、倒れた。この、どう見ても現実ではない空間は……まさか、死後の世界だろうか。
死──何度もその危機には直面してきたけれど、いざ現実のものとなると不思議と気持ちは凪いでいた。自分はまだ死ぬわけにはいかないのだと、頭ではわかっているのに。
(八百万、親父……みんな、)
自分の死後、彼女らはどうするのだろう。──憎い自分を手にかけ、本懐を遂げた長兄は、それに飽き足らず暴走を続けるのだろうか。
だが、その可能性を憂いてもどうにもならない。思わずその場にしゃがみ込もうとした焦凍は……刹那、不思議なものを見た。
「……?」
遥か彼方に、星のように煌めく光の塊。怪訝に思っていると、それはどんどん近づいてくる。
そしていよいよ間近に迫ったとき──そのディテールを認めて、焦凍は目を見開いていた。
「……篤、志?」
光に包まれたそれは、篤志とまったく同じ姿かたちをしていた。……いや、顔や体格は同じだが、首から下をすっぽり包む衣服はいっさい飾り気のない純白だった。そして何より、穏やかで大人びたその表情。
「おまえ……本当に、篤志か?」
「………」
彼は、何も答えない。にもかかわらず、焦凍は警戒心を抱くことができなかった。その佇まいに、害意はまったく感じられなかったから。むしろ──
篤志と同じ姿をした少年は、焦凍に向かってやおら手を差し出してくる。その行為の意味は知るところではない。ただ誘われるように、焦凍は手を伸ばしていた。
指と指が触れ……そして、がっちりと掴む。その握力の強さに驚いたけれど、そんなものは序の口に過ぎなかった。
焦凍と繋がれた篤志の身体から、再び眩い光が放たれたのだ。驚愕とともに、視界が真っ白に染まっていく。
(これ、は……)
光に包まれながら、焦凍はようやく悟った。これは……これは、篤志の──
──焦凍……!
耳に届いた呼び声は、焦凍の意識を一挙に浮上させた。
「焦凍……!」
目を覚ました焦凍の視界を占めたのは真白い天井と、こちらを固唾を呑むように覗き込む家族の姿だった。
「みん、な……」
「しょ、焦凍……」
「焦凍ォオオオオオオオ……!!」
今となっては懐かしい叫びだった。歳を重ねたせいか病院という場所柄遠慮したのか、心なしか声は潜められていたが。
──不思議なことに、目覚めの直後から焦凍の身体は驚くほどに軽かった。生死の境を彷徨っていたはずなのに、痛みも何もない。入院着を捲ってみれば……傷さえも、見当たらなかった。
「……どう、なってんだ?」
余程強力な、治癒の個性をもつ医師がいたのか。しかし目覚める前に見たあの夢は、いったい──
「……焦凍、」冬美の声。「あなたが助かったのはね……篤志くんの、おかげなの」
「篤志、の?」
別室にて、篤志はそれこそ死んだように眠っていた。ぴくりとも身じろぎしない彼には今、夏雄がついている。それで次兄の姿が見えないのだと、焦凍は合点が行った。
「篤志が、何を……?」
「………」
「!、まさか……」
身体に漲る、不思議な力。夢の中に現れた篤志の姿をした光の化身。──誰に告げられるでもなく、焦凍は悟った。
「篤志は……アギトの力に、目覚めたのか」
「!」
「そしてそれを、俺に託した。……そうなんだな?」
説明されずともすべてを言い当てた息子に戸惑いながらも、炎司がはっきりと頷いた。
「そうだ。彼はおまえのために、自らが超人に至る可能性を捧げた」
「なら俺は……あいつのぶんまで、頑張らなきゃだよな」
「……うむ」
二度目の首肯には、一瞬の葛藤があったけれど。それでも焦凍は、ただ実際の行為のみを受け止めた。
ベッドから立ち上がり、畳まれていた衣服を手にとる。
「……親父、お母さん、姉さん。俺、行くよ」
「!」
「燈矢兄を、
「焦凍……」
その微笑は、戦場へ赴く覚悟を決めた戦士のもの。──そう、これは取り戻すための戦いなのだ。焦凍も、燈矢も大事な家族。ふたりにもはや戦う道しか残されていないとしても、それが憎しみに彩られた殺し合いでないのなら。
「──椿先生と夏雄にも、ちゃんと挨拶していきなさい」
冷の言葉は、何より焦凍の背中を押すものだった。
*
歪な怪物の群れは、結果としてGトレーラーに一歩も近寄れずにいた。
クリエティ──八百万百が自らの個性で創り出したガトリング砲が細かな弾丸をばら撒き、その度に地面に無数の火花が散る。その焔に呑まれた者は大きく吹き飛ばされ、不完全な肉体ゆえか回復もままならないのだった。
「ッ、はぁ、はぁ……っ」
この戦況をたった独りで保っている百だが、加速度的に疲労が累積していた。彼女の個性は己の肉体を原資に非生物を生成する。ゆえに大量の弾丸を必要とするガトリング砲などの場合、それだけ消耗も速いのだ。
無論終わりの見えない戦いならば、このような戦法はとらない。だが、百の役割はあくまで時間稼ぎ。ならば多少無茶をしてでも、この場を保たせる──
「ガァアアアアッ!!」
「!」
と、百の攻撃がわずかに緩んだところに、怪物たちが殺到する。流石にもう限界か。
それでも、百に危機感はなかった。脳内でのカウントが間違っていなければ、既に150秒が経過したはずだから。
──そして、怪物の群れに火花が散った。
「!」
反射的に振り向く百。自身が背に守っていたGトレーラー、一度は閉じていたハッチが再び開き……そこに、蒼き鋼鉄の戦士が仁王立ちしていた。
『待たせたな、八百万。交代だ』
「心操さん……!」
その藤色の髪も、瞳も。心操人使という存在を表すすべてが、G3-Xという鎧に覆われていた。
彼はそのままトレーラーから飛び降りると、左手にスコーピオン改、右手にデストロイヤーを構えて突撃した。百のおかげで、当初より弱っている個体が多い。これならという自信が、彼にはあった。
実際、怪物の群れはこれまでに戦った少年少女らの変身体より明らかに弱い。外見の不完全さが、その動きにも現れている。
(……こいつら、どうして)
同じように荼毘の血で変質させられたのなら、何故こんなにも違うのか。与えられた血の量か……それとも、受け入れる器の問題か。
『どっちにせよ──こいつらは、倒すッ!』
とどめを刺すのは避けるにせよ、行動不能にまでは追い込まなければ。心操に躊躇はなかった。チェーンソーの巨大な刃を振りかざして敵の接近を阻み、距離を保ったままスコーピオンの弾丸を叩き込む。相手が不完全態の群れであるゆえに、かの少年たちのように何度も起き上がってくるということはなかった。
それでも数が多く、包囲されている状況。前方に注意を向けすぎれば背後が疎かになる。
──そこに不意打ちを仕掛けんとした怪物たちは、百のガトリング砲で吹っ飛ばされた。
『八百万……!』
「背中がお留守ですわよ……心操さん」
『……悪い、助かった』
これ以上百を疲弊させるわけにはいかない。とはいえ、敵の数も当初と比べると明らかに目減りしている。G3-Xのバッテリー残量はまだ余裕がある。
総合的に判断して、この場は切り抜けられる──そんな希望を抱いた矢先、
蒼炎が、一帯を呑み込んだ。
『!?、──八百万っ!』
咄嗟に百を庇い、廃材の陰に滑り込む。しかし蒼炎の主ははじめから、彼らを狙ってなどいなかった。ただ、場を整理できればそれで良かったのだ。
整理──役に立たない怪物たちが、焔に巻かれていく。
「あーあ。やっぱそのヘンの人間に血ィ分けてもダメだな」
『……!』
状況に見合わぬ軽い口調で言い放ちながらやってくる、痩身の人影。袂を分かった父と同じ碧眼には、世界に対する侮蔑がくっきりと刻み込まれていた。
「しょうがねえから、俺がツブしてやるよ」
へらへらとした表情に、紛れもない殺意がこもる。心操は反射的に銃口を突きつけた。常人とは明らかに異なる相手の異様さに、本能的な恐怖を覚えたと言うよりほかになかった。
そして放たれる、無数の弾丸。それらはすべて荼毘の胴体に吸い込まれ、
──弾かれた。
「!?」
袖口から飛び出した巨大な触手が、弾丸をことごとく無用のものとしてしまう。その光景は、到底現実とは思えないもので。
「遊んでやるよ。……変身……!」
荼毘の姿がぐにゃりと歪み、ぬるついた翠の肌をもつ異形の怪人へと変わる。碧から赤へと変わった巨大な複眼が、真っ直ぐに標的を射抜く。──"ギルス"。彼自ら、称した名前。
ギルスはそのまま、目にも止まらぬ勢いで突撃してくる。
『ッ!』
効果は薄いとわかっていても、棒立ちでいるわけにはいかない。心操はひたすらスコーピオンの引き金を引き続ける──結局、ギルスの背から生えた触手がすべてを弾き飛ばしてしまうのだが。
そして彼は、ギルスと接敵した。
「ハハハハァッ!!」
『ぐ……ッ!』
その光景は当然、G3-Xのデュアルアイ越しに戦場を離れたGトレーラー内でも目撃されていた。
「なんてことだ……GM-01もGS-03も通用しないなんて」
あの
(万が一血を注ぎ込まれたら、心操くんも……)
現状、ギルスにその素振りはない。だがいずれにせよ、G3-Xが劣勢を強いられていることは事実。心操の奮戦で持ちこたえてはいるが、既に各部の損傷を知らせるアラートが鳴りはじめている。
「……"GX-05"が、完成していれば……!」
固唾を呑んで戦闘を見守る発目が独りそんなつぶやきを漏らすのと、ギルスの拳がG3-Xの胴を捉えるのが同時だった。
『──がぁッ!!?』
大量の火花を散らし、吹き飛ばされるG3-X。そのまま廃材の山に背中から突っ込んだ彼は、一瞬呼吸ができなくなるほどの苦痛に襲われる。大量の粉塵が舞い、その身に纏わりついた。
「こんなモンだよなァ、警察の木偶人形なんざ」嘲いつつ、「……さァて、出てこいよ。義妹チャン?」
「……ッ、」
心操に指示されて身を潜めていた百は、迫りくる声に唇を噛んだ。消耗している自分では、心操の支援をしようにも足を引っ張りかねない。当然、単独で挑んで勝ち目もあろうはずがない。
「トモダチ見殺しにしていいのか?──ヒーローなんだろ、おまえ」
「……!」
その言葉は何より、彼女の心の急所を突くものだった。
刹那、百は立ち上がっていた。恐怖に震える手足を叱咤し、毅然とギルスに対峙する。
「そう怖がるなよ、取って喰おうってンじゃない。むしろ、その逆さ」
「………」
「俺の血を受ければ、おまえも超人になれる。そしたら焦凍とお似合いじゃないか、なァ?」
触手を蠢かせ、高らかに言い放つギルス。
対する百の答は、いつ何どきであろうと不変のものだった。
「クソっくらえ、ですわ……!」
「!、……あァそう」
「じゃ、今度こそ死ねよ」
足首の棘が鋭く伸びる。同時に跳躍するギルス。焦凍の胸に風穴を開けた一撃は、死に神の鎌のごとく百の命を刈り取ろうとしていた。
『八百万、逃げ──』
動けない心操が、せめてもと声を張り上げようとしたときだった。──鋼の馬の嘶きが、辺りに響き渡ったのは。
「!」
跳び上がったホイールの一撃を横から受け、ギルスは撥ね飛ばされた。
それを為したのは、白銀のカウルをもつオートバイ。それは砂塵をたてながら着地してみせた。
「──待たせたな。八百万、心操」
「……!」
フルフェイスを取り去り、火傷痕の残る顔が露になる。それは間違えようもない、生きた轟焦凍のものに違いなかった。