【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3   作:たあたん

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Chapter:16

 

 関東医大病院では、末子に続いて家長もその場を発とうとしていた。

 

「お父さん、本当に行くの?」

 

 エントランスにまで出てきた炎司に対し、冬美。彼女が年齢にそぐわぬ不安げな表情を浮かべるのも、無理からぬことだった。

 

「ホークスひとりに任せておくわけにはいかんだろう。奴にはもっと重要な仕事がある」

 

 自分ともオールマイトともタイプは大きく異なるが、彼とてこの国の柱たるNo.1ヒーローなのだから。

 

「心配するな。どうせ俺はもう、政治的な動きしかできん。表の人間と会うぶんには、危険もそうはないさ」

「……それでも、あなたは目立つんですから。どうか、気をつけて」

 

 妻の言葉に微笑混じりに頷くと、炎司は外に出た。目的地は既に定まっている。荼毘──燈矢のことはもはや、焦凍が自らの拳で決着をつけるしかない。双方の父としてせめてそれを見届けたい想いはあったが、現実にやらねばならないことを優先するのが彼の在り方だった。

 

(この事件の根幹を、解き明かさなければ)

 

 決意を込めて、蒼天を仰ぎ見たときだった。

 

「……ん?」

 

 白と蒼のコントラストの中に、小さな点のようなものが見える。目を細めてみれば、それは四肢をもっていて。その背からは、一対の翼が広がっていて──

 

──降りてくる。

 

「!、あれは……ホークス?」

 

 つい一時間ほど前に電話越しにかわした後輩、現No.1ヒーロー。炎司が此処にいることは知っているため、来訪に不思議はない。しかし降って湧いた違和感は、彼の軸足の定まらないような飛び方のせいか。

 その理由は、彼が目の前に着地した瞬間にわかった。

 

「ホークス……!?なんだ、その怪我は!?」

 

 息を荒げる鷹見の衣装は、あちこちが破け血が滲んでいた。頭からも、やはり流血がある。

 

「ッ、エンデヴァー、さん……」

「!」

 

 それでもなお立ち上がり、歩み寄ってこようという後輩を、炎司は咄嗟に手を伸ばして抱き留めた。

 

「……スミ、マセン」

「良い。それより、中に入れ。治療を──」

「わかって、ますって……だから、ここに来れば一石二鳥かと……」

 

 息も絶え絶えながら、鷹見はひとつひとつ着実に言葉を紡ぐ。

 

「俺と、したことが……最悪の可能性を想定してたつもりだったのに……現実は、それどころじゃなかった……」

「落ち着け、ホークス……!治療が先だ!」

 

 彼の怪我はどう見ても軽いものではない。命に関わるかも見目にはわからないのだ。こんなところで、悠長に喋らせているわけにはいかない。

 それでも鷹見は、一秒でも早くこの事実を話さずにはいられないようだった。

 

「エンデヴァー、さん……落ち着いて、聞いてください……。彼、は……()()()は……ッ」

「……あの、男?」

 

 誰のことを指しているのか──炎司の頭脳が目まぐるしく回転する。

 そしてその結論が出ると同時に、鷹見は彼が最も伝えたかったのだろうことを口にした。それは彼が落ち着いて聞けと前置きした通り、平静を失っても仕様のない──悪夢のような、真実だった。

 

 

 *

 

 

 

 そんな炎司の長男と末弟は今、仇敵同士となって対峙していた。

 

「生きてたのか、焦凍」

「………」

 

 荼毘の……兄の声音は、ただただ静かなものだった。嬉しそうでも、忌々しそうでもない。ならばそれ以上のことは判りようがない。彼の姿かたちは原型をとどめぬモノに変容しているのだから。

 

 ならば。

 

 ならば、俺も。

 

 意を決した焦凍が、風を切るように構えをとる。

 

「変、──身………!」

 

 腹部に現れた黄金の腰帯。そのバックル部を両手で強く押し込めば、中心の"賢者の石"が眩い光を放つ。その煌めきの中で、焦凍の肉体は超人へと変化していく。左腕が劫火に巻かれて赤く、右腕が氷結に包まれて蒼く染まる。そして胴体は、光そのままの黄金の鎧。

 

 オッドアイが虹色の複眼へと変わり、面前の異形を映し出す。

 

「………」

 

 沈黙のままに、対峙を続けるふたつの異形。限界まで張り詰めた緊迫感を、心操も百も破りにかかることはできない。彼らはもはや、このあとの顛末を見守るだけだった。

 そして──張り詰めたものは、舞い上がった砂塵一握で、破裂する。

 

「──ガァアアアアアアアッ!!」

 

 全身に力を漲らせ、野獣の雄叫びをあげるギルス。それを合図としたように、触手が蠢き出す。高速で迫り、標的を絡めとろうとする──

 

「──ふっ、」

 

 対するアギトは、最小限の動作でそれをかわしてみせた。さらに追いかけてくる触手を蹴りつけ、弾き返す。

 その勢いのままに、彼は愛機に飛び乗った。白銀だったそれは色と形状を変え、黄金と赤を基調とした(スーパー)マシンと化している。

 名をマシントルネイダーというが、これはかつて焦凍の大師匠にあたる老人がつけた名前だった。

 

 いずれにせよ、マシントルネイダーはアギトの手により走り出した。そのスピードをもって、敵の触手を滑らかにかわしながら迫っていく。

 そして、

 

「グ……!」

「ッ、」

 

 その突撃に、堪らずうめくギルス。しかし彼は撥ね飛ばされることなく、その場に踏みとどまってみせた。ただマシンの嘶きに合わせ、着実に後退させられてはいくが。

 

「こんなモンで……ッ、捕まえたつもりか……!」

 

 唸るギルスは、その身から蒼炎を噴出させる。燃え盛る炎の熱を感じながら、アギトもまた己の個性を発動させた。右……いや、左。つまり、火炎を。

 

「ははっ……とち狂ったか焦凍!?てめえのとろ火が、俺の炎に勝てるワケねえだろうがぁ!!」

 

 劫火がさらにその勢いを増す。確かに、その火力は兄のほうが上だ。同時に母の体質を受け継いでしまったから、火力が増せば増すほど彼自身の身体が傷つく──今までは。

 しかしそれは、人間の身体であったからだ。今の彼は"ギルス"──超人に至っている。人間だった頃に芽生えた力が、今の彼を蝕むはずがなかった。

 

「俺は最強だ……!俺こそがエンデヴァーの最高傑作なんだ!──焦凍、てめえを殺して……それを証明する!!」

 

 本気だった。ゆえに焦凍に勝ち目はない。そう、確信していた。

 だが、

 

「……俺だって、今までの俺じゃない……!」

 

 焦凍──アギトがそう声をあげた。刹那、ギルスにとって予想だにしないことが起きた。

 彼の炎熱の勢いがにわかに増し、蒼炎を押し返したのだ。

 

「──ッ!?」

 

 その勢いに押し負け、ついに吹き飛ばされるギルス。すぐさま態勢を整え直し着地するも、その生体装甲の一部が黒く焦げていた。

 

「てめえ……!」

「………」

 

「──救けられたんだ、俺」

 

 篤志に……いや、それ以前からずっと。もう指折りでは数えきれないほどの人々に自分は救けられ、支えられてきた。

 

「今度は……今度こそ俺が、あんたを救ける!」

「──、」

 

「生意気言ってんじゃねえッ、人形の分際で!!!」

 

 激昂したギルスが、再び迫る。今度は触手でも蒼炎でもない、拳を振り上げて。

 迎え撃つアギトは対照的に、静謐そのものだった。やおら姿勢を整え、左の拳を引いていく。

 

 そして──ぶつかりあった。

 

「……!?」

 

 刹那引き起こされた事象にギルスは、否、居合わせた面々すべてが驚愕した。

 

──光が、あふれ出している。

 

 かちあった衝撃で割れた拳の亀裂から。それはやがて腕、全身にまで広がっていく。ついには薄暗い廃工場一帯が、真白い閃光に覆われてしまった。

 そうして何秒、何十秒が経過したか。ようやく光が収まっていき、アギトの姿が露になる。

 

「!?、おまえ……なんだ、その姿は……?」

 

 ギルスが当惑の言葉を吐いたことからわかるように──アギトの姿は、先ほどまでとは明らかに様変わりしていた。

 左右それぞれ赤と青に分かたれていた両腕、そして胴体までもが白銀に染まっている。肩や六本の角は、鮮烈な赤に。そしてオルタリングの輝きもまた、黄金から高貴なる紫へと姿を変えていて。

 

──篤志から受け取ったアギトの力が焦凍自身のそれと混ざりあい、さらなる進化へと至った。"光輝への目覚め(シャイニングフォーム)"、そう呼ぶにふさわしい姿。

 

「轟さんが……」

『進化した、のか……』

 

 見守るふたり──とりわけ心操人使の脳裏には、今はもう日本にいない親友の姿が浮かんでいた。彼もまた戦いの中で力を得続け、その果てに"凄まじき戦士"となって最後の戦いに臨んだのだ。

 焦凍もまた、それに匹敵する高みに昇ろうとしているのか。

 

「………」

 

 静かに立つアギト・シャイニングフォーム。その無防備ともとれる姿に、ギルスの怒りは頂点に達した。

 

「──殺す!!」

 

 目にも止まらぬスピードで、再び襲撃にかかる。それに対し、彼は如何にして対処するつもりなのか。もはやこれがヒトの戦いでない以上、百も心操も固唾を呑んで見守るほかなかった。

 

「死ねぇ、焦凍ォォォ!!!」

 

 右脚を振り上げたギルスの、踵の棘が再び心臓を喰らわんと迫る──

 

「──ッ!?」

「………」

 

 しかし──棘がアギトを穿つことは、なかった。

 オルタリングから飛び出した光の塊が、ギルスの足を受け止めていたのだ。

 

 いったいなんだ、これは?疑問に意識が逸れたところで、アギトの拳がギルスの鳩尾あたりを捉えた。

 

「がッ!?」

 

 呻き声とともに、よろめく。その姿を虹色の瞳で捉えつつ……アギトは、光の中に封じられたモノを掴みとった。

 

──"それ"は、シャイニングフォームと同じ白銀と赤に彩られた剣だった。二本の柄が繋がれ、S字型に折り曲げられている。

 アギトの手に渡ったことで、"それ"──シャイニングカリバーは覚醒したかのように薙刀状に広がった。

 

「………」

「ッ、クソが……!」

 

 友人のひとりを思い出させるような罵声とともに、ギルスが触手と蒼炎を差し向けてくる。にわかに顕現した光輝の刃を警戒したのだろう、その程度の冷静さは未だ残されていたらしい。

 しかし、

 

「ふ、」

 

 わずかに洩れる吐息。と同時に……一瞬、ほんの一瞬のうちに、光が軌道を描いていた。

 

「グァ……!?」

 

 ギルスが苦痛に呻く。──触手の先端が、すっぱりと切り落とされていた。そればかりか、蒼炎までも刃の一閃により消散させられていて。

 

「………」

 

 それをこともなく為したアギトは、いよいよ標的を定めて前進を開始した。対するギルスは……本能的に、後ずさりをしていて。

 

──勝てない。確かに、そう思ってしまったのだ。

 

「ふざけるな……!」

 

 彼は怒りを露にした。目の前の弟に、不甲斐ない思考に至った自分自身に──そしてそれらをつくり出した、この世界そのものに対して。

 

「殺す殺す殺すッ、ウオオオオオオオオッ!!!」

 

 己の中に芽生えた恐怖を押し殺し、ギルスはなりふり構わぬ特攻に打って出た。それは敵の間合いに入ることを意味するのだが、今の彼に防御や撤退といった消極的な対応はありえない。やるか、やられるか……ふたつにひとつ。

 一方のアギトは、シャイニングカリバーを分離し双剣へと変えた。姿勢を低くし、構える。ギルスが、迫る──

 

「は──ッ!」

「……!」

 

 ギルスの突起がアギトに、アギトの聖刃がギルスに突き立てられた──

 

 

「………」

 

 焦凍は再び、暗闇の中に立っていた。二度目の、それもつい先ほど体験したできごとだ。戸惑いはない。

 そして彼の目の前には、白髪の少年が膝を抱えるようにして蹲っていた。

 

「……にいさん、」

 

 一歩を、踏み出す──と、少年がその姿勢のまま声をあげた。

 

「うるさいッ、来るな!!」

「………」

 

 一瞬、立ち止まる。──気づけば焦凍の目線は、随分と低くなっていて。ただそれゆえに、しゃがみこんだままの少年──燈矢の身体が震えていることに、気づいてしまった。

 

「……伝わってくるよ。燈矢兄の苦しみ、悲しみが」

 

 それはアギトに覚醒した者同士にしかわからない感覚だった。心の壁が完全に取り払われ、一時的にひとつに溶けあった状態とでもいうのだろうか。

 だから焦凍がそうであるように、燈矢にもまた、焦凍の想いが余すところなく伝わっているはずだった。信じるまでもなくそう感じて、焦凍は彼に歩み寄っていく。

 

「……何もわかってなかった、燈矢兄のこと。いや、わかろうともしてなかったんだ」

「……やめろ……」

「でも、これからは俺……がんばるから。もう二度と、あきらめたりしない」

「やめろ……!」

「……にいさん、」

「やめろって言ってるだろッ!!」

 

 語気の強さに反して、

 

 

──燈矢は、泣いていた。

 

「……たすけて……焦凍、」

「……うん」

 

 彼はもはや、泣きじゃくる独りぼっちの子供でしかなかった。そんな兄に、焦凍はそっと手を伸ばす。寄り添い、抱きしめる。

 もはや相容れることなどないと思われていた兄と弟の心は今、溶けあい、ひとつとなった。

 

 

 ふたりが心のうちで見聞きし感じたことは、現実には一瞬の出来事でしかなかった。

 光の刃にその身を切り裂かれ、その場にがくりと膝をつくギルス。やおら倒れ伏した身体が縮み、もとの人間の姿へと退化する。

 

「………」

 

 アギト──焦凍も、同じだった。紫色に輝くオルタリングが光を失う。人間の姿に戻った彼もまた……折り重なるようにして、横たわった。

 

「轟さんっ!?」

『轟……!』

 

 堪らず駆け寄った百と心操。ただ……ふたりが目にしたのは、無残とは対極にある光景。

 手と手を重ね、寄り添いあうようにして眠る兄弟の姿だった。

 

 

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