【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3 作:たあたん
関東医大病院では、末子に続いて家長もその場を発とうとしていた。
「お父さん、本当に行くの?」
エントランスにまで出てきた炎司に対し、冬美。彼女が年齢にそぐわぬ不安げな表情を浮かべるのも、無理からぬことだった。
「ホークスひとりに任せておくわけにはいかんだろう。奴にはもっと重要な仕事がある」
自分ともオールマイトともタイプは大きく異なるが、彼とてこの国の柱たるNo.1ヒーローなのだから。
「心配するな。どうせ俺はもう、政治的な動きしかできん。表の人間と会うぶんには、危険もそうはないさ」
「……それでも、あなたは目立つんですから。どうか、気をつけて」
妻の言葉に微笑混じりに頷くと、炎司は外に出た。目的地は既に定まっている。荼毘──燈矢のことはもはや、焦凍が自らの拳で決着をつけるしかない。双方の父としてせめてそれを見届けたい想いはあったが、現実にやらねばならないことを優先するのが彼の在り方だった。
(この事件の根幹を、解き明かさなければ)
決意を込めて、蒼天を仰ぎ見たときだった。
「……ん?」
白と蒼のコントラストの中に、小さな点のようなものが見える。目を細めてみれば、それは四肢をもっていて。その背からは、一対の翼が広がっていて──
──降りてくる。
「!、あれは……ホークス?」
つい一時間ほど前に電話越しにかわした後輩、現No.1ヒーロー。炎司が此処にいることは知っているため、来訪に不思議はない。しかし降って湧いた違和感は、彼の軸足の定まらないような飛び方のせいか。
その理由は、彼が目の前に着地した瞬間にわかった。
「ホークス……!?なんだ、その怪我は!?」
息を荒げる鷹見の衣装は、あちこちが破け血が滲んでいた。頭からも、やはり流血がある。
「ッ、エンデヴァー、さん……」
「!」
それでもなお立ち上がり、歩み寄ってこようという後輩を、炎司は咄嗟に手を伸ばして抱き留めた。
「……スミ、マセン」
「良い。それより、中に入れ。治療を──」
「わかって、ますって……だから、ここに来れば一石二鳥かと……」
息も絶え絶えながら、鷹見はひとつひとつ着実に言葉を紡ぐ。
「俺と、したことが……最悪の可能性を想定してたつもりだったのに……現実は、それどころじゃなかった……」
「落ち着け、ホークス……!治療が先だ!」
彼の怪我はどう見ても軽いものではない。命に関わるかも見目にはわからないのだ。こんなところで、悠長に喋らせているわけにはいかない。
それでも鷹見は、一秒でも早くこの事実を話さずにはいられないようだった。
「エンデヴァー、さん……落ち着いて、聞いてください……。彼、は……
「……あの、男?」
誰のことを指しているのか──炎司の頭脳が目まぐるしく回転する。
そしてその結論が出ると同時に、鷹見は彼が最も伝えたかったのだろうことを口にした。それは彼が落ち着いて聞けと前置きした通り、平静を失っても仕様のない──悪夢のような、真実だった。
*
そんな炎司の長男と末弟は今、仇敵同士となって対峙していた。
「生きてたのか、焦凍」
「………」
荼毘の……兄の声音は、ただただ静かなものだった。嬉しそうでも、忌々しそうでもない。ならばそれ以上のことは判りようがない。彼の姿かたちは原型をとどめぬモノに変容しているのだから。
ならば。
ならば、俺も。
意を決した焦凍が、風を切るように構えをとる。
「変、──身………!」
腹部に現れた黄金の腰帯。そのバックル部を両手で強く押し込めば、中心の"賢者の石"が眩い光を放つ。その煌めきの中で、焦凍の肉体は超人へと変化していく。左腕が劫火に巻かれて赤く、右腕が氷結に包まれて蒼く染まる。そして胴体は、光そのままの黄金の鎧。
オッドアイが虹色の複眼へと変わり、面前の異形を映し出す。
「………」
沈黙のままに、対峙を続けるふたつの異形。限界まで張り詰めた緊迫感を、心操も百も破りにかかることはできない。彼らはもはや、このあとの顛末を見守るだけだった。
そして──張り詰めたものは、舞い上がった砂塵一握で、破裂する。
「──ガァアアアアアアアッ!!」
全身に力を漲らせ、野獣の雄叫びをあげるギルス。それを合図としたように、触手が蠢き出す。高速で迫り、標的を絡めとろうとする──
「──ふっ、」
対するアギトは、最小限の動作でそれをかわしてみせた。さらに追いかけてくる触手を蹴りつけ、弾き返す。
その勢いのままに、彼は愛機に飛び乗った。白銀だったそれは色と形状を変え、黄金と赤を基調とした
名をマシントルネイダーというが、これはかつて焦凍の大師匠にあたる老人がつけた名前だった。
いずれにせよ、マシントルネイダーはアギトの手により走り出した。そのスピードをもって、敵の触手を滑らかにかわしながら迫っていく。
そして、
「グ……!」
「ッ、」
その突撃に、堪らずうめくギルス。しかし彼は撥ね飛ばされることなく、その場に踏みとどまってみせた。ただマシンの嘶きに合わせ、着実に後退させられてはいくが。
「こんなモンで……ッ、捕まえたつもりか……!」
唸るギルスは、その身から蒼炎を噴出させる。燃え盛る炎の熱を感じながら、アギトもまた己の個性を発動させた。右……いや、左。つまり、火炎を。
「ははっ……とち狂ったか焦凍!?てめえのとろ火が、俺の炎に勝てるワケねえだろうがぁ!!」
劫火がさらにその勢いを増す。確かに、その火力は兄のほうが上だ。同時に母の体質を受け継いでしまったから、火力が増せば増すほど彼自身の身体が傷つく──今までは。
しかしそれは、人間の身体であったからだ。今の彼は"ギルス"──超人に至っている。人間だった頃に芽生えた力が、今の彼を蝕むはずがなかった。
「俺は最強だ……!俺こそがエンデヴァーの最高傑作なんだ!──焦凍、てめえを殺して……それを証明する!!」
本気だった。ゆえに焦凍に勝ち目はない。そう、確信していた。
だが、
「……俺だって、今までの俺じゃない……!」
焦凍──アギトがそう声をあげた。刹那、ギルスにとって予想だにしないことが起きた。
彼の炎熱の勢いがにわかに増し、蒼炎を押し返したのだ。
「──ッ!?」
その勢いに押し負け、ついに吹き飛ばされるギルス。すぐさま態勢を整え直し着地するも、その生体装甲の一部が黒く焦げていた。
「てめえ……!」
「………」
「──救けられたんだ、俺」
篤志に……いや、それ以前からずっと。もう指折りでは数えきれないほどの人々に自分は救けられ、支えられてきた。
「今度は……今度こそ俺が、あんたを救ける!」
「──、」
「生意気言ってんじゃねえッ、人形の分際で!!!」
激昂したギルスが、再び迫る。今度は触手でも蒼炎でもない、拳を振り上げて。
迎え撃つアギトは対照的に、静謐そのものだった。やおら姿勢を整え、左の拳を引いていく。
そして──ぶつかりあった。
「……!?」
刹那引き起こされた事象にギルスは、否、居合わせた面々すべてが驚愕した。
──光が、あふれ出している。
かちあった衝撃で割れた拳の亀裂から。それはやがて腕、全身にまで広がっていく。ついには薄暗い廃工場一帯が、真白い閃光に覆われてしまった。
そうして何秒、何十秒が経過したか。ようやく光が収まっていき、アギトの姿が露になる。
「!?、おまえ……なんだ、その姿は……?」
ギルスが当惑の言葉を吐いたことからわかるように──アギトの姿は、先ほどまでとは明らかに様変わりしていた。
左右それぞれ赤と青に分かたれていた両腕、そして胴体までもが白銀に染まっている。肩や六本の角は、鮮烈な赤に。そしてオルタリングの輝きもまた、黄金から高貴なる紫へと姿を変えていて。
──篤志から受け取ったアギトの力が焦凍自身のそれと混ざりあい、さらなる進化へと至った。"
「轟さんが……」
『進化した、のか……』
見守るふたり──とりわけ心操人使の脳裏には、今はもう日本にいない親友の姿が浮かんでいた。彼もまた戦いの中で力を得続け、その果てに"凄まじき戦士"となって最後の戦いに臨んだのだ。
焦凍もまた、それに匹敵する高みに昇ろうとしているのか。
「………」
静かに立つアギト・シャイニングフォーム。その無防備ともとれる姿に、ギルスの怒りは頂点に達した。
「──殺す!!」
目にも止まらぬスピードで、再び襲撃にかかる。それに対し、彼は如何にして対処するつもりなのか。もはやこれがヒトの戦いでない以上、百も心操も固唾を呑んで見守るほかなかった。
「死ねぇ、焦凍ォォォ!!!」
右脚を振り上げたギルスの、踵の棘が再び心臓を喰らわんと迫る──
「──ッ!?」
「………」
しかし──棘がアギトを穿つことは、なかった。
オルタリングから飛び出した光の塊が、ギルスの足を受け止めていたのだ。
いったいなんだ、これは?疑問に意識が逸れたところで、アギトの拳がギルスの鳩尾あたりを捉えた。
「がッ!?」
呻き声とともに、よろめく。その姿を虹色の瞳で捉えつつ……アギトは、光の中に封じられたモノを掴みとった。
──"それ"は、シャイニングフォームと同じ白銀と赤に彩られた剣だった。二本の柄が繋がれ、S字型に折り曲げられている。
アギトの手に渡ったことで、"それ"──シャイニングカリバーは覚醒したかのように薙刀状に広がった。
「………」
「ッ、クソが……!」
友人のひとりを思い出させるような罵声とともに、ギルスが触手と蒼炎を差し向けてくる。にわかに顕現した光輝の刃を警戒したのだろう、その程度の冷静さは未だ残されていたらしい。
しかし、
「ふ、」
わずかに洩れる吐息。と同時に……一瞬、ほんの一瞬のうちに、光が軌道を描いていた。
「グァ……!?」
ギルスが苦痛に呻く。──触手の先端が、すっぱりと切り落とされていた。そればかりか、蒼炎までも刃の一閃により消散させられていて。
「………」
それをこともなく為したアギトは、いよいよ標的を定めて前進を開始した。対するギルスは……本能的に、後ずさりをしていて。
──勝てない。確かに、そう思ってしまったのだ。
「ふざけるな……!」
彼は怒りを露にした。目の前の弟に、不甲斐ない思考に至った自分自身に──そしてそれらをつくり出した、この世界そのものに対して。
「殺す殺す殺すッ、ウオオオオオオオオッ!!!」
己の中に芽生えた恐怖を押し殺し、ギルスはなりふり構わぬ特攻に打って出た。それは敵の間合いに入ることを意味するのだが、今の彼に防御や撤退といった消極的な対応はありえない。やるか、やられるか……ふたつにひとつ。
一方のアギトは、シャイニングカリバーを分離し双剣へと変えた。姿勢を低くし、構える。ギルスが、迫る──
「は──ッ!」
「……!」
ギルスの突起がアギトに、アギトの聖刃がギルスに突き立てられた──
「………」
焦凍は再び、暗闇の中に立っていた。二度目の、それもつい先ほど体験したできごとだ。戸惑いはない。
そして彼の目の前には、白髪の少年が膝を抱えるようにして蹲っていた。
「……にいさん、」
一歩を、踏み出す──と、少年がその姿勢のまま声をあげた。
「うるさいッ、来るな!!」
「………」
一瞬、立ち止まる。──気づけば焦凍の目線は、随分と低くなっていて。ただそれゆえに、しゃがみこんだままの少年──燈矢の身体が震えていることに、気づいてしまった。
「……伝わってくるよ。燈矢兄の苦しみ、悲しみが」
それはアギトに覚醒した者同士にしかわからない感覚だった。心の壁が完全に取り払われ、一時的にひとつに溶けあった状態とでもいうのだろうか。
だから焦凍がそうであるように、燈矢にもまた、焦凍の想いが余すところなく伝わっているはずだった。信じるまでもなくそう感じて、焦凍は彼に歩み寄っていく。
「……何もわかってなかった、燈矢兄のこと。いや、わかろうともしてなかったんだ」
「……やめろ……」
「でも、これからは俺……がんばるから。もう二度と、あきらめたりしない」
「やめろ……!」
「……にいさん、」
「やめろって言ってるだろッ!!」
語気の強さに反して、
──燈矢は、泣いていた。
「……たすけて……焦凍、」
「……うん」
彼はもはや、泣きじゃくる独りぼっちの子供でしかなかった。そんな兄に、焦凍はそっと手を伸ばす。寄り添い、抱きしめる。
もはや相容れることなどないと思われていた兄と弟の心は今、溶けあい、ひとつとなった。
ふたりが心のうちで見聞きし感じたことは、現実には一瞬の出来事でしかなかった。
光の刃にその身を切り裂かれ、その場にがくりと膝をつくギルス。やおら倒れ伏した身体が縮み、もとの人間の姿へと退化する。
「………」
アギト──焦凍も、同じだった。紫色に輝くオルタリングが光を失う。人間の姿に戻った彼もまた……折り重なるようにして、横たわった。
「轟さんっ!?」
『轟……!』
堪らず駆け寄った百と心操。ただ……ふたりが目にしたのは、無残とは対極にある光景。
手と手を重ね、寄り添いあうようにして眠る兄弟の姿だった。