【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3   作:たあたん

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「轟焦凍の…ブラックジャック!」テレレレ~




Chapter:2

「元気そうで良かった。別荘地で暫く療養することになったって聞いて、心配してたんだ」

「……尾鰭がついてませんか、その話?」

「ま、そんなモンだよね。人のウワサなんて」

 

 ししし、と笑うホークスこと鷹見啓悟。プロヒーローとしては小柄なことも手伝ってか、三十路の域に達しているというのに少年のような笑顔である。

 

 焦凍は今、彼とともに別荘近くの遊歩道を散策していた。無論、百には少し待っていてくれと言い含めて。──トップヒーローが訪れたとあって彼女は複雑な面持ちであったが、何も言わず承諾してくれた。

 

 ただ……焦凍の父と親しい割に、鷹見はのんびり回り道をする性格である。いやむしろ、対照的だからこそあの燃ゆる太陽のような男の傍に居られるのだろうか。翼を溶かされ、墜ちることもなく。

 分析ともいえないような取り留めもない思考を収めて、焦凍はわずかに低い位置にある鷹見の顔を見下ろした。

 

「それで、用件は?」

「きみの顔を見に、じゃダメかな?」

「仮にもNo.1ヒーローに、そんな理由で来られても困ります」

「仮にもかぁ」

 

 「自覚はしてるけどね」と、鷹見。"平和の象徴"オールマイト、そしてその背中を追い続けてきた灼熱の王エンデヴァー。やはり対照的ながらその戦闘能力でもってわが国の守護神たりえたふたりのヒーローの後に据わったのは、元々No.3だったこの男──ホークスだった。ただ、彼には先代先々代のような華やかさはなく、敵連合で二重どころか三重スパイをやっていたような"影""裏方"じみた経歴の持ち主。彼がNo.1でいられるのはその敵連合のような"巨悪"が不在ゆえであると世間では言われているし、彼自身もまったくその通りだと認めている。実際、未確認生命体事件にあたっては彼ではなく、一度は引退した身のエンデヴァーがその中心を担うことになったのだから。

 

「きみにだけは知らせるなと、エンデヴァーには釘を刺されてる」

 

 不意に告げられた言葉は、彼の行動とは明らかに矛盾しているものだった。しかし冗談の類いでない、真実であることは、彼の神妙な表情が証明している。

 

「それでも俺は、きみに伝えることにした。きみには知る権利がある……そのうえで判断すべきだと、俺は思ったんでね」

「……?」

 

 

「──きみの、家族の話だ」

 

 

 鷹見はそう告げて、一枚の写真を焦凍に手渡した。監視カメラの映像なのだろうか、天井から地面を見下ろすような不鮮明なフォトグラフ。──蒼い炎があちこちに燻る中、背を向ける異形の怪物が映っている。

 

「……これは……」

「三週間前、国防省管轄のとある研究所を襲撃した怪物……"未確認生命体"だ」

「……!」

「といっても、きみたちが退治してきた"グロンギ"とイコールではない。便宜上、そう呼称されているだけさ」

 

 その"未確認生命体"と、家族になんの関係があるのか。──訊くまでもなく、嫌な予感が心胆を寒からしめた。思い当たる出来事が、たしかに存在していたのだ。

 

「表には出ていない情報だけれど……"荼毘"が刑務所から脱獄したその日、同じ怪物が所内で目撃されている」

「……ッ、」

 

 やはり、そうか。"荼毘"──死柄木弔とともに敵連合やその後継組織の中核を担ったヴィラン。父や自分に並々ならぬ執着を見せたかの継ぎ接ぎの男は、死闘の中でその正体を明らかにした。

 

──哀しいなあ、轟焦凍。

 

「……それで、その襲われた研究所というのは」

「………」

「……ホークス?」

 

「──"特異点"研究所」

 

 特異点──世代を経るごとに個性が複雑かつ強大化していく現象。その容量の膨張に身体の進化が追いつかず、常人には力の制御が困難となる。ある時期の焦凍が、そうであったように。

 

「日常生活を送ることが困難なほどの強力な個性をもった子供たちを集め、その原因を調査研究する……そういう施設だ、表向きはね」

「……まさか、人体実験が行われていたとか?」

 

 訊くと、鷹見は「ははは」と空疎な笑い声をあげた。真剣な質問だったのだが。

 

「今どき、そこまで無体なことはできんよ。まァ、普通の子供より幾分自由を制限されるのは確かだけどね。親から引き離され、訓練めいたことをやらされ、施設からはめったに出られない。人権意識はまァ、薄いだろうね」

「………」

 

 鷹見の表情に翳が差したのを、焦凍は見逃さなかった。ただ、それも一瞬のことで。

 

「そしてその子らは、今回の事件で野に解き放たれてしまった」

「と……荼毘が、連れ去ったんですか?」

「おそらく。行方を追ってるが、現状手がかりすらない。その後三週間、何も起きていないけど……このままで済むとは、誰も思ってない」

「……ええ」

 

 不意に鷹見が立ち止まる。林道が拓け、眼下に街が現れる。彼の切れ長の双眸が、眼光鋭くその全体を見据えていて。

 

 

「止められるのは、きみしかいない」

 

 

 風に吹かれた言葉は、それに負けじと鮮明に響いた。

 

「特異点の……さらに向こうへ。──"アギト"へと進化したきみにしか」

「……俺は、」

「わかってる、きみが以前のように戦えないことは。だからこれは、俺個人の考えだ」

 

 正式な要請ではない──今回の一件にどのように関与するのか、あるいは関与しないのか、それを決めるのは焦凍自身なのだと、鷹見はそう言っている。そこに焦凍の父への遠慮があるのかどうかは、判然としないけれど。

 

「今ここで結論を出す必要もない。心が決まるまで、ゆっくり考えてくれ。今回くらいは、俺たち大人が踏ん張るからさ」

 

 焦凍の肩をぽんと叩くと、鷹見は翼を大きく広げた。その身体がふわりと宙に浮かび上がる。

 

「じゃ、できればまた東京で!」

 

 そう告げて、彼方へ飛び去っていく。──よもや東京から文字通り飛んできたわけでもあるまい。ただ、彼ならそれくらいやりかねない。形は違えど、No.1ヒーローはみな常人には思いもつかないような無茶をするものだった。

 

 

 *

 

 

 

 その後の焦凍の一日は、鷹見の来訪が幻だったのではないかと思われるほど今までと変わらないものだった。筋力トレーニングをして、百とふたり夕食を食べて、入浴を済ませ──ベッドに入る。

 

「………」

 

 しかし天井を見つめる焦凍の心は、既にこの地から離れつつあった。

 

(燈矢……にいさん)

 

 荼毘を名乗るヴィランの、ほんとうの名前。死んだはずの、いちばん上の兄。

 彼が悪に堕ちたのは、第一には父の、そして第二には焦凍のせいだった。傷ついて傷ついて傷ついて、その傷のぶんだけ、他人を傷つけることしか考えられなくなった男。

 

 ゆえに焦凍は、彼を打ち負かすしかなかった。消えない傷をまたひとつつけるとわかっていて、拳を振るった。そして、過去の亡霊として封じ込めた。

 しかし現実に彼は、弟と同じ異形となって甦ろうとしている。彼が何をしようとしているのか。それは取り返しのつかないことではないのかと、焦凍の中には確信があって。自分が、このまま安穏とはしていられないことも。

 

──そのとき、不意に響いたドアノックの音が、彼の意識を鮮明に引き戻した。

 

「轟さん、まだ起きていらっしゃいますか?」

 

 控えめな声。「ああ」と返事をすると、やはり遠慮がちに扉が開いた。

 

「……失礼します」

「………」

 

 まずい、と思ったのは、百を憎からず思っていればこそだった。夜の寝室に、ひと組の男女。ふたりの間を阻むものも、ここにはない。

 

「どうした、八百万?眠れねえなら、コーヒー飲むか?」

 

 だから、あえてそう訊いた。話したいことがあるなら、場所を移せばいい。それだけで間違いは起こらなくなる。

 しかし百は、「こちらで」と穏やかな、しかし有無を言わせぬ口調で言い切った。ベッドの脇の安楽椅子に腰掛ける姿に、焦凍は言葉もない。

 

「轟さんこそ、眠れないのではありませんの?」

「……俺は、」

 

 明確に答える代わりに、焦凍はゆるゆると身を起こした。百はきっと、昼間のホークスの来訪を気にかけている。

 

「……過去のこと、家族のこと。自分にしか決着がつけられないとしたら、おまえはどうする?」

「ホークスさんと、そんな話を?」

「例えばだ」

 

 百は少し考え込むそぶりを見せた。しかしそれは答に悩んでいるというよりも、焦凍の言葉の裏側を探っているのだろう。──口止めはされていない、むろん部外者に聞かせたくない話なのだろうが。

 ややあって、百は微笑とともに口を開いた。

 

「もしそうなら、戦いますわ」

「!」

「轟さんも、そうしたいのではなくて?」

 

 百の言葉に、胸のうちに秘めた炎が燃えあがるのを焦凍は感じていた。──そうだ、社会が脅かされようとしているとき、何より救けを求める声がそこにある限り、決して無関係ではいられない。それが、ヒーローというものだ。

 

「……ありがとな、八百万。俺、明日東京に戻る」

「……わかりました。でも、少しだけ準備の時間をくださる?」

「!、準備って……おまえも来るつもりか?」

「当然ですわ」

「……今回の件は、俺や親父に責任がある。おまえを巻き込むわけには──」

 

 そのときだった。不意に視界がぐるりと反転して、気づけば焦凍はベッドに縫い付けられていた。

 

「ッ、八百万……?」

「わたくしだって、ヒーローです」

 

 今さら述べるまでもない事実。しかしその言葉に、焦凍ははっとさせられた。

 

「"アギト"の力には及びもつかないかもしれない。それでもできることはありますわ、必ず」

「八百万、俺は……」

「轟さんの、力になりたいんです。同じヒーローとして……八百万百として」

「………」

 

 焦凍は己を戒めたが、百の潤んだ瞳はそれ以上に魅力的だった。女性ながらに自分とそれほど丈の変わらぬしなやかな肢体を、そっと抱き寄せる。百は笑みを浮かべてその行為を受け入れた。月明かりが差し込む中で、ふたりは静かに唇を合わせるのだった。

 

 

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