【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3 作:たあたん
──東京 中央区銀座
高級ブティックの建ち並ぶショッピング・シティ。
平日休日を問わず大勢の人々でごった返すこの街に、なんの前触れもない惨禍が襲いかかっていた。
「グォアァァァァ──ッ!!」
獣の咆哮とともに暴れまわる怪物たち。粘液を纏った緑と黒のボディに、真っ赤な複眼が爛々と煌めいている。彼らは爪や牙を振るい、思うままに破壊を愉しみ、ときには金品を強奪する。──その姿はことごとく、特異点研究所を襲撃した"未確認生命体"とよく似ていた。
「やめろ!」
管轄のプロヒーローが速やかに現着し、怪物らとの戦闘に入る。各々が鍛えあげた肉体と個性を駆使し、攻撃を仕掛ける。彼らは総じて超常社会の守り手たる存在であり、様々な悪と戦い鎮めてきた実績をもっている。しかし目の前の標的を前に、彼らは困惑していた。
──いったいなんなんだ、こいつらは?
従来の英雄たちが応戦する一方で、所轄署を通して"彼ら"にも出動要請がかかっていた。
「──了解。Gトレーラー出動します」
けたたましくサイレンを鳴らしつつ、警視庁地下駐車場から出動していくGトレーラー。G3ユニットのオフィスであり、有事にはそのまま移動基地として機能する。
そのコンテナ内部では、要請を受諾した玉川主任が装着員に声をかけていた。
「じゃあ心操くん、久しぶりの実戦だ。よろしく頼む」
『了解』
表向き淡々とした声音で頷く心操。彼は既に専用のアンダースーツに着替えを済ませていた。その背後でドアが開き、G3-Xの装甲一式が現れる。それらは心操の身体をことごとく覆っていく。もとより筋肉質だった長身が、人工的に屈強な戦士へと変わる──
「G3−X、装着完了。ガードチェイサーへお願いします」
頷き、スタンバイ状態の専用白バイ──ガードチェイサーに搭乗する。と同時に後部ハッチが開き、外からの風が一気に吹き込んでくる。
「用意はいいか、心操くん!?」
わざわざ大声で確認してくれる玉川は、相変わらずお人好しだと心操は思う。無論その心遣いはありがたい。『大丈夫です』と、デバイスを通した声で応じる。
その答を聞き届け──玉川は再び、声を張り上げた。
「──
ガードチェイサー、テイクオフ。Gトレーラーより発進したマシンは、一挙にスピードを上げ、その巨体を追い抜いていく。G3システムによる使用を前提としているこの白バイは、通常のそれとは比較にならない性能を誇る。サイレンを鳴らしながら進軍するそのさまは、まさに英雄の勇姿。沿道の人々が目を輝かせているのが、肌感でわかる。
(俺はヒーローになれなかった)
(それでも、)
決意を新たに、心操人使──G3-Xは戦場へと駆け抜けていった。
*
戦場となり果てた銀座の街では、ヒーローたちが徐々に劣勢を強いられつつあった。
「うおおおおお──ッ!!」
吶喊するプロヒーローのひとりが、全身全霊の攻撃を放つ。その直撃を受けた怪物はまるで紙のように吹き飛ばされ、爆発炎上するビルの壁に叩きつけられた。
「……やったか……!?」
かなりのダメージを与えたという確信が、彼にはあった。常人相手だったらば即死させてしまうかもしれないほどの一撃。しかし、手段を選んでなどいられなかった。この、惨状を前にしては──
──しかし、
「ウ゛ウウウウウ……!」
「……!?」
粉塵の中から、姿を現した怪物。鮮血に塗れたその身、しかしそれをもたらした深傷がみるみるうちに塞がっていく。
「馬鹿な……!?」
圧倒的な再生能力に、ヒーローはただ呆然とせざるをえなかった。防御力そのものは常人に毛が生えたようなものであったとしても、回復されてしまえば元も子もない。
その精悍な顔に焦燥が浮かんだ直後──背後からも、唸り声が聞こえてきた。
「……!、あ……」
振り向いた途端、焦燥は絶望へと変わる。
怪物、怪物、怪物。同じ姿をした怪物たちが、既に彼を取り囲んでいたのだ。中には血塗れになって呻く同僚のヒーローの首根っこを掴んでいる者までいる。
真紅の殺意が、群れとなって襲いかかる。それらを前に、もはや彼は英雄ではいられなかった。仮面を剥ぎ取られ、ひとりの青年として死を待つことしかできなくなる。
「た……たすけ……」
「グォアァァァァッ!!」
漏れ出したかすかな声がかき消されたのは、幸か不幸か。牙を剥き出しにして迫る怪物が、青年の血肉を貪るまであと数センチ──
──刹那現れた白バイが、怪物の一部を弾き飛ばした。
『ご無事ですか、ヒーロー?』
「!、きみは……」
その姿、当然ながらヒーローたちには見覚えがあった。警察の広報でも大々的に紹介されているのだ。
『あなたは負傷者の救護を。ここは私が』
「ひ、独りで大丈夫か……?」
『なんとか。──早く、行ってください』
有無を言わせぬ言葉に、ヒーローは指示に従った。包囲の一部はまだ生きているのだ、悠長に話している時間はない。
実際、吹き飛ばされた一体を除いた残る怪物の群れは、即座にG3-Xに標的を変えて襲いかかってきた。
「ッ、そいつら、攻撃は効くがすぐに傷を治しちまう!注意してくれ!!」
去り際の助言を、肝に銘じつつ。──彼はガードチェイサーからグリップを引き抜いた。"ガードアクセラー"と呼ばれるそれは、警棒としての役割も果たす。これは系譜上祖先にあたる"トライチェイサー"から受け継がれた要素のひとつだ。
ダイヤモンドを越える硬度のそれで攻撃を防ぎつつ、右拳で殴りつける。G3の倍以上のパンチ力は、敵が怪物であろうとも着実にダメージを与えることができる。
ただ見ればわかるように、敵は複数体いる。場当たり的な戦闘では追い詰められるのはこちらだ。
(飛び道具を持っている様子はない、それならっ!)
襲いくる怪物の顔面をガードアクセラーで強かに殴りつけつつ、その反動を活かして後方へ跳躍する。
『Gトレーラー、GM−01を!』
『了解、』
──GM-01X、アクティブ。
右腿のホルスターからサブマシンガンを抜くと同時に、Gトレーラーからの遠隔操作で安全装置が解除される。その銃口が、迫る怪物たちを捉えた。
『ふ──ッ!』
躊躇なく、引き金を引く。放たれた豆粒のような弾丸は、しかし魚群のごとき無数の束となって貫通力を発揮する。実際、怪物のボディは一瞬のうちに穿たれ、その胴体からは鮮血が噴き出した。
「ガァァ……!?」
苦悶の声をあげ、墜落する怪物。その隙に、他の連中に対しても銃弾を撃ち込んでいく。しかし、
「グゥ、オォォォ……!」
呻く怪物の群れは、数秒のうちに負った傷を癒やしていく。先のヒーローから聞いていたから動揺はなかったが、目を瞠るような光景であることに間違いはなかった。
何より、
(こいつらの、この回復力……)
似ている。未確認生命体──そして、クウガに。姿でいえば、後者に近いか。
『心操くん、エネミーを街から引き離すんだ』
『!、了解』
分析はあとだ。市民の避難はおおかた済んでいるが、市街地に被害を出すわけにはいかない。スコーピオンによる射撃を続けつつ、徐々に後退を開始する。その際、空いている左手で挑発の動作を行っておくことも忘れない。
「〜〜ッ」
案の定、煽られた彼らは銃弾を浴びながらも後を追ってきた。人間の行為の意味を理解できる程度の知能はあるようだが、その裏にある意味まで察することはできないようだ。心操としては、いちばん御しやすい相手である。
──ただ、その身体能力は厄介というほかなかった。
「ガァアアアアッ!!」
「ッ!」
コンテナの建ち並ぶ倉庫街の一角。先の挑発が効いてか、怪物たちは揃って猛攻を仕掛けてくる。スコーピオンからコンバットナイフ──ユニコーンに武器を持ち替え奮戦するが、多勢に無勢。小さいながら確実に損傷が増えつつあった。
「──この怪物たちを相手に、単独では厳しいニャ……」
Gトレーラー内で、思わず唸る玉川三茶。ユニットリーダーとして指示を出しつつ、彼はこの状況及び敵の正体について分析をしていた。彼もまた、かつての未確認生命体を想起していたのだ。
(応援が、必要か)
G3ユニットとヒーロー。相手にもよるが、必ずしも良好な関係を築けているわけではない。後者からすれば仕事を取られているようなものだから、おもしろくない人間が出るのも当然だろう。
だが、だからといってつれなくするような者もそうはいまい。何より、ともに戦ってこそ得られる信頼もある。
意を決した玉川は、付近を管轄するヒーロー事務所に向けて無線を繋いだ。
「こちら警視庁、G3ユニット──」
「──玉川さん!」
「!?」
発しかけた声は、それ以上の発目の大声によって妨害された。
「どうした!?」
「熱源が接近しています!──あれ、急に外気温が下がって……?」
「何?」
一体、どういうことか。報告を求めるまでもなく、G3-Xの内蔵カメラの映像がすべてを伝えた。
地面を大波のような氷結が奔り、怪物たちは分断されてしまったのだ。
『!』
玉川たちはもちろんのこと、実際にその光景を目の当たりにしている心操もまた驚愕していた。ただ、懐かしさを覚えてもいた。こういう少し乱暴ではあるが、強力な援護。──そして、接近するマシンのエンジン音。
「あ、あれは……!?」
「おおっ!」
『……アギト?』
燃える真紅の左腕と、冱てる紺碧の右腕──そして、黄金のボディー。"第4号"にも似たその姿はまぎれもない、かつてともに戦った仲間のものだ。
「久しぶりだな、心操」
『轟……もう、良いのか?』
「ああ。──八百万、後方支援を頼む」
「お任せください!」
黄金の二輪──マシントルネイダーに搭乗していたのは、選ばれし者である彼だけではない。彼にとって特別な存在である、八百万百──ヒーロー・クリエティもまた、アギトとともに戦う決意だった。
『フィアンセ同伴かよ』
「フィアンセではねえ……まだ」
『まだ、ね』
つい皮肉めいた口調になってしまうのは、心操の悪癖である。……嫉妬めいた感情が多分に含まれていることも、否定はできないが。
「グウゥゥゥ……!!」
並び立つ両雄に対し、怪物の群れは怒り心頭だった。爪と牙を露に襲いかかるかと思われた彼らは、刹那、思わぬ行動をとった。
怪物のうち一体が、その両手から白銀の糸を放ったのだ。それはたちまち蜘蛛の巣のような形状へと変わり、アギトとG3-Xに喰らいつく。
「な……!?」
「ッ!」
驚愕を露にしつつも、アギトが咄嗟に前面に出た。右半身から氷壁を生み出し、糸の到来を防ぐ。しかしその代償──と言えるほどのものかは微妙なところだが──として、氷は粉々に打ち砕かれた……否、"切断"された、というべきか。
それを皮切りに、怪物たちは爪や牙から、まったくばらばらの能力による攻撃に切り替えはじめた。ある者は腕をドリルのように回転させて襲いかかり、またある者は毒々しい色の植物を繁らせて毒の花粉を撒き散らす。また、ある者は──
『轟、いったん距離をとれ!ッ、こいつら……!』
「……ああ」
この力──"個性"か?生まれてからこのかた超常社会に生きる者にとって、それは肌でわかる独特の感覚だった。未確認生命体──グロンギの怪人たちと、異形型の人間の識別もまた、当初は特にそういう側面があった。それゆえ、社会的な問題も発生したわけだが……。
距離を置いて敵の攻撃をかわしつつ、アギトが打って出た。まず、"右"からの氷結を奔らせての反撃。しかし既に三度目である。敵もパターンを察知しはじめているのか、あっさりかわされ、あるいは"個性"と思しき特殊能力によって防がれてしまう。
だが、その程度は折り込み済みである。アギト──轟焦凍の能力は、冷気を操るだけではない。
「ふ──ッ!」
間髪入れずに左手をかざし──放つは、劫火。
「!?」
これには完全に虚を突かれた形の怪物たち。四匹のうち三匹が焔に呑み込まれ、その灼熱に悶える結果となった。
そして、残る一匹も。
『GG−02、アクティブ!』
「!?」
G3-Xの手にしたランチャー砲──"サラマンダー"の砲火を浴びて、同様に吹き飛ばされてしまった。
「グァ……アア……!」
「グウゥゥゥ……!」
累々と積み重なり、呻く怪物たち。疲弊してはいるが、その傷はすぐに治ってしまうのだろう。悠長にしてはいられない。
『やおよろ……クリエティ。急いでこいつらを拘束してくれ』
「承りましたわ」
百が自らの身体から鋼鉄の枷を生成する。彼女の個性──"創造"によるものだ。あらゆる非生物を生み出すことのできるその能力は、かつて未確認生命体事件においてもひと役買ったことがある。
両雄に護衛されつつ、怪物の群れに歩み寄っていく百。──しかし彼らは、敵の反撃などの予想しうるものではない要因により、その歩を止めることになる。
"それ"に気づいたのは、プロペラ音の急速な接近からだった。
「!」
つられて頭上に目を遣る三人。果たしてそこには明らかにこの戦場に滞留するヘリコプターの姿があって、
──そこから、人型のシルエットがなんの躊躇もなく飛び降りてきた。
当惑する一同の前で、それはずしりと音を立てて着地を遂げた。その重量を明らかにするように、踏みつけたコンクリートが粉々に砕け散る。
『な……!?』
「……!」
状況そのものより──ただその姿が、彼らに驚愕を与えた。暗灰色のボディ、冷たく光る蒼い複眼。色こそ異なるが、姿かたちはG3-Xに酷似していた。
「あれは……!?──発目くん!」
Gトレーラーの玉川は、隣に座るGシステムの開発者に呼びかけたが──彼女から応答はなかった。
発目はめったに見ないような唖然とした表情で、モニターを凝視している。その顔を見れば、彼女の関与の有無など一目瞭然だった。
「……なんだ、おまえは」
訊いたのは、アギトだった。元No.1ヒーローを父にもつ、自身もプロヒーローであり、何より未確認生命体関連事件においても非公式ながら前面に立って戦った身である。警察についての情報は療養中でも入ってきていて、それゆえこのようなエクイップメントが配備されていないことには確信があった。
「G4システム、これよりオペレーションを開始する」
"G4"──問いに答えたとはいえないが、それが名の断片と言うよりほかなかった。そのまま彼のもとには、ヘリコプターから巨大なオブジェクトが投げ落とされた。成人の胴体ほどもあるそれは、四基ものミサイルランチャーを装填している。この超常社会においてはかえってお目にかからない大仰な武装に、青年たちは度肝を抜かれた。
「八百万、心操!」
ふたりに呼びかけ慌てて背に庇ったアギトは、分厚い氷の壁を展開することで爆風に備えた。
同時に、ミサイルのうち一基が躊躇なく発射される。逃げ出そうとする怪物たちだがもう遅い。
刹那、着弾したミサイルが焦凍のそれを凌駕するほどの劫火を撒き散らした。凄まじい熱と突風が発生し、氷壁に隠れているアギトたちに襲いかかる。
「────」
百がおそらく悲鳴をあげているが、轟音にかき消されてしまっている。当然熱に弱い氷壁はみるみるうちに溶け崩れていく。ふたりの"仮面ライダー"は、彼女に害が及ばぬよう懸命に守護し続けるほかなかった。
やがて、刹那が永遠にも思えるような経過の果て、ようやく爆風がやんだ。
「……ッ、」
「あ……轟さん、心操さん。ごめんなさ──」
『気に……するな』
アギトもG3-X、背中から白煙が立ち上っている。ただ前者は文字通り超人の肉体であり、後者は強化装甲を着込んでいる。彼らのダメージよりむしろ、標的とされた怪物たちだ。
彼らの放った攻撃が個性であるとするなら、彼らは人間なのではないか。そんな彼らが砲弾をまともに浴びて、木っ端微塵になっていたら。今さらながら、身を挺してでもG4を名乗る鎧の戦士を止めるべきだったのではないかという後悔がよぎる。
しかし彼らの危惧とは裏腹に、爆風のむこうには四つの人影があった。いずれも倒れ伏してはいるが、五体満足、わずかに身じろぎもしている。
そして炎と煙とが晴れたとき、面々は別の衝撃を受けることとなった。
「な……!」
「……子供?」
人間、どころではなかった。いずれも十代前半か、半ばほどの少年少女たち。まだ細い肢体は、彼らが庇護されるべき存在であるという印象を本能に訴えかけてくる。先ほどまで暴れていた怪物たちの正体が、そのような存在だったなんて。
一方の"G4"には、まったく感情の揺らぎがないようであった。
「被験体No.7,12,15,21と確認。拘束します」
「!」
少年たちに迫るG4。その機械的な所作に危険な匂いを感じたアギトが、思わず「おい!」と呼び止める。果たして彼は立ち止まり、冷たい碧眼をこちらへ向けた。敵対と友好、いずれにも振り切れぬ、しかしどこか冷ややかな空気が辺りを支配する。
──そのときだった。強烈なプレッシャーがあらゆる思考を吹き飛ばし、アギト……焦凍の背を、これ以上はないほどに粟立たせたのは。
「────、」
言葉を発するより、身体が動くより早く、蒼炎が彼らと少年たちの間を分けた。劫火がぶわあと天高く燃え盛り、彼らの視界を阻む。
それも一瞬のこと。まるで刹那の夢まぼろしのごとく、炎は跡形もなく消え去る──そのむこう側にいた、子供たちもろとも。
「………」
「今のは……まさか、」
焦凍はもちろん、百もまた、その炎に思い当たるところがあった。ゆえにふたりは、茫然と立ち尽くすことしかできない。
一方でG3-X──心操は、彼らに背を向けていた。彼が見るのは、自らと瓜二つの装甲戦士の姿。
ややあって、彼は頭に手をかけた。後頭部が展開し、装甲が外れる。露になったのは、何処にでもいるようなごく平凡な青年の顔。
「協力、感謝する」
意外な言葉だった。先ほどまでの非人間的な挙動が嘘のように、穏やかな笑みすら浮かべている。
「……あなたは、一体?」
「ああ……失敬」
「──日本国防衛軍陸上部、八王子駐屯地所属。水城史郎少尉」
見事な敬礼を見せる青年の背後に、ロゴマークのあしらわれたヘリコプターが着陸した。