【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3 作:たあたん
山深くに打ち捨てられた廃工場。とうに人の出入りも失われて久しいはずのそこに、複数の人影があった。それらはひとつを除いて、いずれも未だ成熟しきらぬ少年少女たちのもの。その取り合わせの時点で、罪咎の匂いがするのは思い過ごしではあるまい。まして彼らが皆、こぞって地べたに平伏しているとなれば。
そして彼らが頭頂を向ける先には、場所に似合わぬ豪奢な椅子に腰掛けた男の姿があった。三十路は過ぎているだろうか、すらりとした体躯に蒼い瞳が冷たく光っている。しかし特筆すべきは、その整った顔立ちの大部分を覆う焼けただれた痕だった。
「で……ケーサツの木偶人形とアギトに、完膚なきまでにボコボコにされたって?」
「もっ、申し訳ありま──」
「違ぇだろ」
「ヒッ……!──ごめん、なさい……にいさん」
"にいさん"と呼ばれて、青年は満足げな笑みを浮かべた。ただ、それも一瞬のことだったが。
「お前ら四人は、文字通り血を分けたオレの
「そ……そう、だよ──にいさん。わたしたちは皆、にいさんのために」
「だったら、邪魔者はお前らが消し去ってくれなきゃなァ?」
「……ッ、」
皆、平伏したままぶるぶると震えている。兄と称する男は、子供らにとってこれ以上ない恐怖の対象だった。しかし、強制的に従わされているわけでもない。
「にいさん、──ボクに、もっと血をちょうだい」
決然と顔をあげた銀髪の少年が、臆することもなく言い放つ。
「もっと強くなって……ボクが、アギトを殺す……!」
紅い双眸に浮かぶは、憎悪。そのゆがんだ瞳が、男はたまらなく好きだった。
「来い」
「!」
手招きをされた少年は、ぱあっと表情を輝かせて男に歩み寄った。そのまま男の太腿によじ登り、くたりと寄りかかる。
瞼を閉じた少年の頬を、無骨な手がするりと撫で──
「!?、か、あ……ッ!」
刹那──少年の首筋に、赤黒い触手が突き刺さっていた。どくどくと脈動するそれは、ポンプのように男の血液を少年の体内に送り込んでいく。
「が、あァ、あああああ……!」
「いいぞ……もっと、もっと強くなれ。そして、
尤も、この細い身体が血の滾りに耐えられればの話だが。痙攣する身体を抱きしめながら、男は嗤った。
*
轟焦凍と八百万百は蕎麦屋にいた。隣合って座り、自身らも蕎麦に口をつけつつ、その視線はテーブルの向かいに注がれている。
そこには、まだ中学生になるかならないかという年齢の少年の姿があった。よほど空腹だったのか、麺をバキュームカーのように一気呵成啜っている。海老の天ぷらに至っては、つゆもつけずにむしゃむしゃと貪っているありさまだ。
ふたりは思わず顔を見合わせた。そして、このような状況へと繋がる経緯を思い返していた。
──陸上防衛隊を名乗る一団。彼らは合流したG3ユニットの面々、そして焦凍らまでもを客人として誘った。
前者は、その招待を受け入れることにしたらしかった。むろん親睦を深めるためではなく、存在するはずのない"
焦凍とて関心がないわけではなかったが、"荼毘"と関係があると思われるあの怪物たちの行方を追うほうが先決だった。何より、G4──水城少尉及びヘリから降りてきた女性司令官。彼らからは良くない気を感じたのだ。これは他人に上手く説明できない、アギトに目覚めた者独特の感覚だ。
そういうわけで、百とともに街を流している最中だった。──かの少年に、出会ったのは。
「おっさん、あんた金もってんだろ?ちょーっち貸してよ、痛い目見たくなかったらさぁ……!」
彼はそのような、学芸会じみた台詞で中年男性を脅迫していたのだ。左手でごうごうと炎を燃やし、その言葉が口先だけでないことを如実に示していた。
「おい、何してる?」
「あ?──!」
鋭い目つきのままに振り向いた少年は、途端にぎょっとした表情を浮かべた。長身に、細く見えるが決して華奢ではないしっかりとした身体つきの若者。何より左目の周囲を覆う火傷痕に、父親譲りの鋭い瞳が少年に強烈な威圧感を与えていて。
「火遊びは感心しねえな」
「チッ……関係ねーだろ!おっさん!」
「!」
生まれて初めておっさん呼ばわりされて、焦凍が思わず鼻白んだときだった。
「ひぇええええ!!」
情けない声をあげて、脅されていたほうのおっさんが逃げ出していく。「待てや!」と追いすがろうとする少年、その左手が劫火を蒔こうとするのを認めて、焦凍は素早く跳んだ。
「がッ!?」
首根を掴まれ、少年の痩せた身体はいとも容易く地面に引き倒された。
「い、痛で……ッ!は、なせよ……おっさん……!」
「……おっさんじゃねえ、まだ24だ」
二度目は流石に癇に障った。少年が抜け出せないように腕を背中に回させがっちりと拘束していると、後方から「轟さん!」と呼び声がかかった。
「何がありましたの?その子は……」
「八百万……。ああ、実は──」
そのときだった。「ぐうぅぅぅ」と、遠雷のような音が響いたのは。
「ん?」
「えっ……」
少年の頬がみるみる紅潮していく。自分もよく鳴らす音ということもあり、焦凍は程なくその正体に気づいた。
「もしかして……腹、減ってんのか?」
「ッ、しょうがねーだろ!昨日から、何も食べてないんだから……」
「………」
看破されて抵抗の意志が失せたのか、ぐったりと力を抜く少年。家出でもして、所持金が尽きたのだろうか。それで恐喝に走ったと。理由は訊いてみないことにはわからないが、困っている人がいるなら手を差し伸べるのがヒーローの務めだ。
「……とりあえず、どっかでメシ食うか?」
「!」
首だけ振り向いた少年の目が、露骨に期待の輝きを放つ。ともあれ怪物の捜索から脱線することになるのは、間違いなさそうだった。
──そうして、現在。
蕎麦を完食した少年は、明らかに満足を御しきれない表情を浮かべている。その様子に微笑ましさを感じつつ、焦凍は訊いた。
「美味かったか?」
「……まぁまぁ」
「そうか、良かった。……その代わりってわけじゃねえけど、質問して良いか?」
「………」
少年は口を尖らせつつ、「好きにすれば」と応じる。努めてぶっきらぼうに振る舞おうとする姿は、最も印象深い同級生のひとりを想起させた。
「じゃあ……名前は?」
「……篤志」
「篤志か。なんで恐喝なんかしてたんだ?家は?」
「………」
答えない。ただ、そのやんちゃそうな顔立ちに深い翳が差す。
「俺たち、こう見えてヒーローなんだ。特別な理由がねえなら、おまえを警察に保護してもらって、帰さなきゃならない」
「ッ、嫌だ!」弾かれたように顔を上げ、「もう、あそこには戻りたくない……!」
ぶるぶると震える痩せた身体。それは叛骨ではない、明らかに怯懦だ。解れかけた心が一挙に硬化していくさまを見せつけられて、もとより口下手な焦凍は言葉を失った。しまったと思うが、間違ったことは言っていないという自負もあって。
「つらい思いを、なさったんですのね?」
と、そう優しい声をかけたのは百だった。
「そういうことでしたら、話は別ですわ。あなたの身柄は暫くわたくしたちでお預かりします。あなたの意に沿わないことはしないとお約束します……もちろん、犯罪行為は見逃せませんけれど」
「……ウソだ、そんな……。そんなことしたって、あんたらになんの得もないじゃないか!」
「損得ではありませんわ」
穏やかに、しかしきっぱりと百は告げた。
「困っている方を助けるのは、ヒーローとして当然のことです。──そうですわよね、轟さん?」
「……ああ」
少年──篤志は信じられないものを見るかのように目を丸くしている。彼の生きてきた世界は、それだけ荒んだものだったのかもしれない。しかし同時に優しくもあるのだと、時間をかけて知ってもらいたいと思った。
*
「いったいなんなんですッ、アレは!?」
招かれた駐屯地内で、発目明はおよそ今までに見せたことのないような怒りを露にしていた。
「防衛軍が、G4システムを運用しているなんて……!アレは──」
「封印されたはず、ですか?」
「……!」
妖艶な笑みを浮かべて発目の言葉を先取りしたのは、深海理沙大尉と名乗る女性自衛官だった。発目や心操と同年代にもかかわらずの高い階級。純粋な軍人ではなく、元々研究畑にいたのを防衛軍がヘッドハンティングしてきたのだろう。ちょうど、発目がそうであるように。
平静を失っている彼女に代わり、玉川が口を開いた。
「……いずれにせよ、G4システムは我々警察が研究していたものです。それを貴方がた防衛軍が実装している、経緯は是非ともお聞かせ願いたい」
「経緯だなんて、随分硬い言葉をお使いになるのね」
一転して婀な口調と態度をつくると、深海はポットを手に立ち上がり、玉川のカップに茶を注いだ。しかしそれは、相手との物理的距離を詰めるための行動だったのだろう。そのまま玉川の隣に腰掛け、両手を使って優しく右手を包み込む。
「……!?」
ほとんどネコそのままの顔かたちがコンプレックスの玉川は、悲しいかな異性に対する免疫があまりなかった。対する深海は、冷たい印象ながらもモデルかと見まごうほどの美女である。自身が四十の大台に乗った中年であることを忘れ、どぎまぎしてしまうのも無理はなかった。
「あまり目くじら立てずに、仲良くしましょう?──
「!、何……?」
その言葉が何を示唆しているのか、茹だりかけた頭でも推察はできた。
(流出は……上同士で話がついているのか?)
積極的な協力なのか、それとも事後の黙認なのかまでは今の話だけではわからないが。
しかし玉川が思考を深めるより先に、発目が地の底を這うような声を発した。
「……上がどうとかじゃありませんよ。恥ずかしくないんですか、他人の研究を掠めとるような真似をして」
彼女らしからぬ挑発と軽蔑の言葉。それでもなお、深海は笑みを寸分さえ崩さない。
「私も研究者の端くれですから、最初から最後まで自らの手で創造したいという気持ちはあります。しかし真に必要なのは研究者としてではなく、我が国を守る自衛官としての誇りです。国防のために、手段は選びません」
「ッ、だからって……あれは、G4は──!」
「──"死を背負う鎧"、なんだそうだ」
目の前の男が放った言葉に、心操人使は色を失っていた。
「アレは従来のGシリーズを遥かに凌駕する性能と引き換えに、装着者の肉体を極限まで酷使する。最終的には筋肉も骨も内臓もずたずたに壊され、死に至る」
「………」
この男は、何を平然と恐ろしいことを言っている?心操は身震いした。これが深海の発言なら、やはりぞっとはしつつもマッドサイエンティストの類いとして理解はできただろう。
しかし彼──水城はG4の装着員だ。今言ったような非業の死を、自分自身が遂げるかもしれないというのに。
「とんでもない兵器を考えたモンだなあ、きみの同僚は」
へらりと崩した相好は、柔らかい顔立ちであることも手伝っているのだろう、海のむこうにいる親友を想起させた。彼がもっていた"救済"に対する頑迷なまでの信念。それが行きつくところまで行ってしまったような狂気を、この男からは感じる。
『……だからG4は、構想段階で封印したんです。性能は若干落ちても、安全性の高いG3のチューンナップに方向性をシフトした』
「らしいな。装着者の生命を、守るために」
『……ええ。それでも、戦場では命懸けです』
壊れた声帯に代わって声を発してくれる、喉のデバイスに手をふれる。声も手足も、代替となるモノがないわけではない。だが、命だけは。それを失ってしまったらもう、"生きる"ことはできなくなる。もう、二度と──
「そうだな」
やはり他人事のように、水城は応じた。
「街で犯罪者を相手に戦うなら、それでも十分だろう」
『………』
「だが……我々の相手は国家、あるいはテロリスト。強大な敵だ。我々の行動ひとつひとつに、日本国民一億の命が懸かっている」
だから、手段は選ばない。国家の安寧のためなら軍人ひとりの命など、無にも等しい──自らがその立場でありながら、水城はなんの揺らぎも迷いもなくそう言った。
「国家のため、自らの身を犠牲にして戦う。それこそが俺の……いや、俺たちの喜びだ」
「………」
その狂気に、しょせん常人である心操は圧倒された。目の前にいるやさしげな顔つきの青年、彼の前にはどんな言葉さえ通用しないだろう。化け物を相手に、説得などなんの意味もなさないのだから。