【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3 作:たあたん
彼らが"そこ"にたどり着いたときには、既に夕暮れも宵闇に染まろうとしていた。
「こ、ここって……?」
「俺の実家だ」
家というにはあまりに広大な敷地と邸宅に、篤志少年は言葉を失っているようだった。
「きょうから暫くはここが宿だ。来い、八百万も」
「………」
「ええ、お邪魔いたしますわ」
気後れする篤志に対し、この屋敷で生まれ育った焦凍に劣らず勝手知ったる具合の百。両腕を失った焦凍の介助を買って出た関係で、彼女は頻繁に轟家に出入りしていたのだ。「まだフィアンセではない」と焦凍は──照れもあって──否定したが、既に許婚として認められているも同然だった。
実際、
「ただいま……」
玄関を開け、遠慮がちに声をかけると、廊下の奥からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてくる。そうして程なく、柔らかな純白に、ところどころ赤が混じった長髪の女性が飛び出してきた。
「あっ、おかえり焦凍!百ちゃんも」
「冬美、姉さん」
轟冬美。少年時代から一貫して何かと世話を焼いてくれる、焦凍の姉である。
「いきなり帰ってくるっていうからびっくりしちゃったよ。お母さんは張り切ってごちそう作り出すし、夏くんまで慌てて帰ってきちゃうんだから」
「夏兄、帰ってきてるのか?」
一昨年結婚し、一児の父となった次兄・夏雄。
反面教師のおかげか随分な子煩悩ぶりを発揮していると耳にしたが、そんな彼までが、自分の帰宅を聞いて駆けつけているとは。正直あまり大ごとにされても困るのだが。
「あっ、その子が電話で言ってた子?」
「ああ……、──篤志、挨拶しろ」
「……どーも」
憮然としつつも、篤志は小さく会釈した。焦凍からすれば及第点にもならない挨拶だったが、冬美は朗らかな笑みを浮かべた。
「焦凍の姉の冬美です。大したものはないけど、ゆっくりしていってね」
腰をかがめて、視線を合わせる。忘れていたわけではないが、彼女は教職に就いている。少年の扱いなら焦凍よりよほど手慣れているだろう。
実際篤志は、朗らかな冬美の応対に幾分か警戒心を解いたようだった。心なしか頬が赤いことに気づかないふりをするくらいには、焦凍も大人になっていた。
*
現No.1ヒーロー・ホークスこと鷹見啓悟はとある喫茶店を訪れていた。そこは文京区、茗荷谷駅近く。大学通りから少し住宅街に入ったところにある洒落た二階建ての建物で、"喫茶ポレポレ"の看板が控えめにその存在を主張している。
乗ってきたスクーターを店の傍らに駐輪し──このプライベートの移動手段の地味さもNo.1ヒーローらしからぬ一因である──、"本日貸切!"と貼られた店のドアを開ける。からんころんとドアベルが鳴り、様々な調度が賑やかな店内が目に入った。
へぇ、と鷹見は喉を鳴らす。それらは東南アジア風から中東風、西欧の歴史を感じさせるものまで様々だったが、不思議と無節操とは感じなかった。常連の幼なじみによるとここの店主は元冒険家で、いずれも旅先で収集してきた物なのだとか。
ただその店主の姿は、店内のどこにもない。その代わりに天井から、プリクラを引き伸ばしたような妖しげな写真が吊り下げられている。
「マスターなら取り込み中ばい」
「!」
と、ちょうど死角から響く少年めいた声。覗き込めば、そこには声から想像される通りの小柄な姿があって。
「や、お久しぶり」
「……駿、」
森塚駿。かつて未確認生命体との戦い、その最前線に立った警察官であり──鷹見啓悟の、幼なじみであった。
「きさんのこぎゃん店しっとーっちはね。喫茶店っち、どげんしぇメイド喫茶かいなんかだっち思ったんに」
「あんなぁ、僕ばってんデートに使える店んいっちょくらい知っとるばい」
「はは、そいもそーか。元気でやっとった?」
「ぼちぼちね。そっちは……なんて、訊くまでもなかね」
ふたりしてチキンカレーを頬張りつつ、お国言葉でおしゃべりに花を咲かせる男ふたり。ふたりとも既に而立の齢なのだが、揃ってさほど体格は良くなく──着痩せしているだけで華奢ではないのだが──、しかも童顔なので、こうしていると学生同士にしか見えないのだった。
「こん前、忙しくてアニメ観とう暇もなかちゃ。No.1っちゅうんは気苦労ばかり増えてかなわん」
「はは、そげなこつ言うているっち怒られるぞ、エンデヴァーに」
その名前にはどうも弱い鷹見は、何も言わず残りのルーとライスを掻き込んだ。皿をぺろりと平らげ、ふうぅとため息をつく。
「美味かったぁ……よか店やね、ほんに。通い詰めちゃうかもしれん」
「そーしたらばよかよ。ここ、若いヒーローん子たちのちゃくきんしゃーから」
「へー、そいやったら?」
回答代わりに、カウンター脇の壁を指差す森塚。"爆心地"、"インゲニウム"、"ウラビティ"……先ほど名前の挙がったエンデヴァー、ショート親子のサインもある。ここまでところ狭しと並べられていると、背景のようになってかえって目に入らないものらしい。
「エンデヴァーさんも来とうんか」
「未確認ん帳場ぁ立っとった頃にね。──ここでバイトしよった学生の、4号やったから」
「!」
当時、あれこれ調べても手に入らなかった情報。それをあっさりと暴露されて、鷹見は一瞬言葉を失った。
「……そい、俺に言うてよかと?」
「きさんなら言いふらしたりせんやろ。"アギト"んこつばってん、もうとっくに知っとーんやろ?」
「……まいな」
──そう、きょう数年ぶりに森塚と顔を合わせたのは、旧交を温めるためだけではない。現職の警察官である彼から情報を入手すという、ホークスとしての本懐があった。
「じゃ、ここから本題だ」
ぱっと口調が切り替わる。
「例の"
「仲間に?」
小さく頷き、ワイシャツのポケットから一枚の写真を取り出す。そこには、既に鷹見も目にしたことのある怪物たちが写っていた──四体も。
「……まさか、こいつらがあそこの子らだって?」
「うん、それは間違いない。うちのG3ユニットが現場でウラをとってる」
「……あいつ、どうやってそんなことを……」
「そこまでは。でも人間を同族に変えちまうグロンギもいたからねぇ……まあそいつは連中の大ボスだったワケですけど」
今わかっている範囲でいえば、荼毘は未確認生命体第0号──グロンギの支配者だった、ン・ガミオ・ゼダと同様の能力をもっていることになる。わざわざ国防省の施設を襲撃しているあたり、彼のように無差別に怪物をつくり出せるわけではないのだろうが。
「そうそう、イチガヤといえば……奴さんら、G4を公然とパクったらしい」
「G4って、たしか死人が出かねないとかで封印されたっていう……」
「そ。ンなゲロヤベェもん、ウチの重鎮たちはヨソにあげちゃったワケだ」
「……きな臭いな。その辺の調べは?」
「調査中。っつっても露骨にやりすぎると睨まれかねないから、コソコソ嗅ぎまわるのが関の山だけど」
「こっからは僕の勘ね」と、森塚が人差し指を立てる。
「これ、どうも殿上人の皆さん方アンケンな気がするんだよね」
「まあ、桜田門と市ヶ谷はサシで話せるほど仲良くないしな」
「へへへ、なんか良かよねこーゆうん、スパイのごたぁで。……おっと失敬。だから啓悟も気ぃつけなよ。おまえなんか、シゴトの
「……ははっ」
思わず空疎な笑い声が漏れる──笑いごとでないのは当然理解しているが。
「じゃ、僕はそろそろ帰るかなぁ。録りため消化しなきゃだし」
「……ありがとうな、駿。また何かわかったら頼む」
「ハハッ、こき使ってくれるねぇ。働き方改革!……と言いたいとこだけど今回は馬車馬になったげるよ。僕の
「!、警察、辞めるんか?」
思わず素に戻って訊く。と、森塚は寂しそうな笑みを浮かべて振り返った。
「やっぱり、ルパンっちゼニガタは物語ん中でこそ輝くんばい。だから、しょっちん勉強ばしちゃうかっち思っとる」
「……しろしいな。いっぺんくらい、きさんっちコンビ組んで仕事したばいかったんに」
「ハハッ、僕もばい」
ひらひらと手を振って去りかけた森塚だったが、扉に手をかけたところで「あ、」と声をあげた。
「言い忘れてた。──
「ギルス?」
「そ、意味は知らんけど、アギトと響きは似てるよねぇ。──以上、森塚捜査員でした〜」
名残惜しむそぶりもなく、今度こそトレンチコートの裾を翻して去っていった。
「……もう、コート着る季節じゃなか」