【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3   作:たあたん

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Chapter:6

 

 轟炎司は困惑していた。

 

 自宅に帰ってみれば末っ子そして末っ子と親密な仲に女性、結婚して家を出た次男がいて……まあそれは良いにしても、末っ子が見知らぬ少年を連れてきていて、彼が憧憬の眼差しを向けてくるのだから。

 

「篤志おまえ、こいつのこと好きなのか?」

 

 こくこくと頷く篤志。そのしぐさと、母・冷の「お父さんをこいつなんて呼ぶものじゃありません」という注意の声が重なる。

 一体なんなんだこの子はと当然訊き質して、経緯は理解した炎司。そういうことならやむをえないと前置きしつつ、

 

「……焦凍。ホークスが何を言ったか知らんが、今回の件におまえが手を出す必要はない。まだリハビリに専念すべきだ」

 

 その言葉はかつてのように無慈悲ではない、むしろ親としての気遣いが伝わる言葉だった。ゆえに焦凍も反発心は覚えない。それが三年かけて再構築した、彼らの親子関係の到達点だった。

 

「……気持ちだけ受け取っておく。でも、相手はもう普通の人間じゃない。俺の力を、少しは役立てたいんだ」

「………」

「それに、俺はひとりじゃない。八百万も手伝ってくれるしな」

 

 視線を向けられ、百が居住まいを正す。

 

「焦凍さんもわたくしもヒーローです。気持ちは、一緒ですわ」

「……そうか」

 

 瞑目した炎司は、それ以上何も言わなかった。止めても止まらない──子供だと思っていた末子も既に一人前の男でヒーローなのだと、ほんとうはわかっていた。

 

「きみ、篤志くんだったか」

「!」

 

 憧れのヒーローに名を呼ばれて、篤志が居住まいを正す。

 

「この家にいる間だけでも、息子と仲良くしてやってくれ。こいつは誰に似たのか、人付き合いが下手でな」

「……おい、余計なお世話だ」

「ふふっ……」

「八百万……」

 

 親密な仲の女性にまで笑われては、立つ瀬がなかった。

 そうこうしているうちに夕食ができて、一家は数年ぶりに食卓に揃った。

 

 

 *

 

 

 数時間後。

 

 あてがわれた和室で、篤志少年は深いため息をついていた。

 

 きょう一日は、彼にとって天変地異にも等しいものだった。"施設"から逃げ出してずっと、あのように"力"を誇示して生きてきた。ヒーローとの遭遇によりそれも潰えるかと思われたらば、連行された先はこんな広い屋敷で。誰もが自分を温かく迎え入れ、家族のように扱ってくれている。

 

──あつい、あついよぉ……!おにいちゃあん……!

 

──篤志……たすけて……

 

「……ッ、」

 

 燃えさかる紅蓮の記憶が、今この瞬間に幸福を見出そうとするのを許さない。自分はここにいていい人間ではない、やはりあの"施設"に帰るべきなのだと、仄暗い思考が脳裏をよぎる。

 そんな折だった──襖が、柔らかく叩かれたのは。

 

「!」

「篤志くん、ちょっと良いか?」

 

 落ち着きを醸しはじめた、青年の声。たしか──

 おずおずと了承を述べると、襖が開かれた。体格の良い、白髪の青年の姿が蛍光灯に照らし出される。

 

「よっ!」

「ナツオ……さん?」

「そ!」

 

 朗らかに笑う青年は、焦凍の兄だったか。既に妻子ある身だというが、いちおうはティーンエイジャーである篤志からすれば父より兄というほうがしっくりくる。

 

「なんか、用すか?」

「用ってほどでもないんだけどさ……まだ寝るには早いし。ちょっとおしゃべりしないか?」

「………」

 

 これまでの境遇ゆえすっかり猜疑心の育ってしまっている篤志は、注意深く夏雄を観察した。エンデヴァーの息子──体格は受け継いでいるようだが、強面ではない。物腰の柔らかさは母親に似たのだろうか。

 いずれにせよ、彼から二心は感じない……もとより憧れのヒーローの家族だから、まったくの他人相手に比べれば警戒心も薄かったが。

 

「夕飯、どうだった?美味かったか?」

「……っス。あと、風呂もすげぇ大きくて……」

「あぁ確かに。ひとり暮らし始めたとき、アパートの風呂が狭くてビビったよ。脚もろくに伸ばせないし……結局近場の銭湯通ってたの、思い出すなぁ」

「今は……結婚してるって」

「ん、まぁ……一昨年な。大怪我した焦凍がやっと退院したばかりだったから、正直気が引けたんだけど……家族に後押しされちゃってさ」

 

 そうして皆の祝福を受け、夏雄は夫となり、やがて一児の父となった。いっぺんの曇りもない、あかるい人生。でも──

 

「……そういうのも、全部、ウソになるかもしれない」

「?」

 

 篤志の瞳が昏く堕ちるのを、夏雄は見た。その表情は彼に、ある人物を想起させる。

 

──……夏、

 

「俺も……そう思うとき、あるよ」

「えっ……?」

 

 その言葉に篤志が我に返ったとき、夏雄は彼と同じ表情を浮かべていた。

 

「ウチの家族、一緒にメシ食ってみてどう思った?」

「どう、って……」

 

 理想的な家族、そうとしか思われなかった。寡黙だが子供たちに理解のある元ヒーローの父親。穏やかでよく気の回る母親、姉。そしてこの明るい夏雄──彼らに囲まれた、末っ子の焦凍が羨ましく思えるほどには。

 

「そっか……きみは知らないか。無理もないよな、()()()()はまだ小さかっただろうし」

「……?」

 

 "あのとき"については──家族の中でも忌避された話題だった。夏雄とて、できるだけ思い出したくはない。

 しかし今に至るまで、何も解決してなどいないのだ。──轟家には、欠けたまま戻らないピースがひとつある。その、現実は。

 

「……燈矢兄が帰ってくる日まで、俺たちはほんとうの家族にはなれない」

 

 夏雄の放った言葉を──他でもない、焦凍も聞いていた。廊下をたまたま通りかかって。

 

「………」

 

 そう、兄の言う通りだ。"荼毘"が"轟燈矢"に戻らない限り、自分たちは永遠に未完成のまま。だからこの状況は……不謹慎だと自覚はあるので誰にも言えないが、好機だと思う部分もあった。かつての自分にも、父にもできなかった。でもあれから、様々なものを見聞きし、この身に感じとってきた今なら。

 

(燈矢兄さん……今度こそ、必ず──)

 

 

──その頃、轟邸に迫る小さな人影があった。

 

「………」

 

 ふらふらと、力のない足取りで歩く少年。華奢な身体つきや夜の闇に映えるほど生白い肌と相俟って、まるで幽鬼のようだった。

 

 そんな彼を、自転車の灯火が照らし出した。

 

「きみ、そんなところで何してる?」

 

 その場に現れたのは、巡回中の制服警官だった。轟邸は以前ヴィランに襲撃を受けたこともあり、警邏ルートに加えられている。ヒーローが警察官に守られるなど本末転倒……以前のエンデヴァーならそう主張したかもしれないが、何より家族の安全のためである。警察の厚意には甘えることにしていた。

 

「子供が出歩いていい時間帯じゃないよ。おうちはどこだい?」

「………」

 

 答えない少年。表向きは優しく問いながら、警官は彼の動向を注視していた。見かけは子供といえども、現代においてはまったく油断できない。子供ほど強力な個性をもっていて、その制御も甘い。暴走すれば大きな脅威になると、彼らは教育以前に本能で察知していた。

 

「……ともかく、いったん交番に来なさい。事情はそこでゆっくりと──」

 

 慎重に一歩を踏み出そうとした瞬間──少年の手で、何かが光る。身構えようとした警官の視界に、刹那、無数の切れ込みが入った。

 

「……え、」

 

 何が起きたのか、警官にはわからなかった。自覚するより前に視界がぐずりと崩れ、真っ暗になる──そしてその意識ともども、二度と浮上することはなかった。

 

「………」

 

 警官"だったもの"を無感動に見下ろすと、少年は己の"個性"である糸を身体にしまい込む。そして再び、轟邸へと目を向けるのだった。

 

 

「──!」

 

 まさにその瞬間、焦凍の身体には稲妻が奔っていた。むろん"それに似た感覚を味わった"というのが正確なのだが、いずれにせよそれは理屈ではない、第六感とでも言うべき超感覚で。

 

──この屋敷に、危険が迫っている。

 

 反射的に踵を返そうとした焦凍だったが、そのとき、まるで図ったかのようにして襖が開いた。

 

「あ……!」

「!、篤志……」

 

 篤志の顔には、つい今までのんびりと夜話をしていたとは思えない、玉のような脂汗が滲んでいた。夏雄も当惑した様子で部屋から出てくる。

 

「ど、どうしたんだ……?ってか焦凍、聞いてたのか?」

 

 その問いには直接答えず、

 

「……夏兄、八百万を呼んできてくれ。あと、親父とお母さん、冬美姉さんを一か所に集めて」

「!、まさか、敵?」

「ああ。絶対、外には出ないよう見張っててくれ……特に親父」

 

 他の家族はともかく、父・炎司は元No.1ヒーローである。荼毘の絡んだ事件である以上、己が傷もつ身であることも放って戦場に飛び出してこようとするかもしれない。いや──きっと、

 

「……わかった。気をつけろよ、焦凍」

「ああ、──篤志」

「!」

「おまえも……"そう"なのか?」

 

 抽象的極まりない問いだったが、篤志ははっきりと頷いた。それで確信した。──彼もまた、自分と同じ感覚を目覚めさせている。

 

「焦凍……さん。俺も連れてってくれ……!」

 

 ゆえにそれは、予想だにしない申し出ではなかった。

 

「……危険だ。おまえも強い個性を持ってるんだろうが、相手はふつうの人間じゃ──」

「──わかってるッ!でも……!でも、行かなきゃならない気がするんだ……だから!」

 

 相手が人間でないと伝えて、些かも驚いた様子がない。不審に思わないといえば嘘になるが、今はこれ以上の時間が惜しかった。

 

「……俺の背中から離れるな。約束だぞ」

 

 結局、彼の意志を尊重し、そう告げた。その想いを無碍にしてはならない──これも常人には理解しがたい感覚によって、判断されたことだった。

 

 

 そして、表門を飛び出したふたり。

 果たしてそこには、夜の闇に光るような白い肌の少年の姿があった。

 

「ああ、もう出てきたんだ……。この家ごと、切り刻んでやろうと思ってたのに」

「!、おまえは……」

 

 その少年の姿は、焦凍の記憶に明確にとどめられていた。──昼間、死闘を繰り広げた怪物の群れのひとり。改めて対峙すると、ほんとうに子供だ。篤志と同い年か、少し幼くも見える。

 

 その篤志が──声をあげた。

 

「累……!」

「!」

 

 "累"──相手の少年を、篤志は確かにそう呼んだ。少年──累もまた、篤志の顔を認めて目を丸くした。

 

「篤志……なんできみが、ここに?」

「なんでって……おまえ、今までどうしてたんだよ!?おまえだけじゃない……皆……」

 

 思わず歩を踏み出そうとする篤志を、焦凍が咄嗟に押しとどめる。「行かなきゃならない気がする」──その正体がわかったのだろう。しかし相手は、必ずしも篤志と同じ思いではいないようだった。

 

「はは……っ、はははは……!よかったぁ、元気で生きててくれて。きみを連れていけば、にいさんにも喜んでもらえる……!」

「!?、何、言って……。にいさんって、誰だよ……?」

 

 もはや、篤志の声は累の耳に入っていなかった。うっとりと陶酔したような表情で夜空を見上げたかと思えば──次の瞬間には、かっと目を見開いてふたりを睨みつけた。

 

「まずは目障りな"アギト"……おまえを、消すッ!」

 

 累の端正な顔立ちに、ぎしりと音をたてて亀裂が走る。ふたりがぎょっとするのもつかの間、その亀裂は瞬く間に全身へと広がっていった。

 

──そして、

 

 

「ウォオオオオオオ──ッ!!」

 

 咆哮する、怪物。昼間相見えたのと同じ悍しい姿が、目の前に姿を現した。

 

「あ……」

 

 篤志の顔が青ざめていく。詳しいことはわからないが、あの累という少年とは少なくとも見知った仲なのだ、変貌に恐懼するのも無理はない。

 

「ハハハハハ──ッ!!」

 

 少年のいろを残した哄笑とともに、蜘蛛の巣状の糸が放たれる。視認するのがやっとのそれは、自身のつくる、分厚い氷壁を砕くほどの切れ味を誇る。そう、焦凍は知っている。

 

「篤志ッ、下がってろ!!」

 

 茫然自失の篤志に向かって声を張り上げるや、焦凍は個性の左半分を発動させた。劫火が噴き上がり、糸を呑み込み、融かしていく。

 

 その紅蓮を目に焼きつけながら──焦凍は、叫んだ。

 

「変、──身ッ!!」

 

 腰に顕現する、ベルト状の装飾品──"オルタリング"。両のバックルを同時に押し込めば、いっそう激しい光が焦凍の身体を包み込んだ。

 

「……!」

 

 その眩さに、堪らず目を瞑る篤志。程なく光が収まり、視界が戻ったとき──累の"変貌"に衝撃を受けたことも一瞬忘れるほどに、彼は"それ"に目を奪われていた。

 

 闇の中に燦然と煌めく赤と青、黄金。そして虹色の瞳が、まっすぐに敵を見据えている。──"異形"などという言葉ではとても言い表せない、神秘的なその姿。

 

(これが……アギト……)

 

 初めて目の前にした"アギト"は、画面越しに見るよりずっと、ずっと──美しかった。

 

 




累でバレたと思いますが、篤志くんも含め荼毘配下の子供たちはえんむ以外の下弦の鬼モチーフです
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