【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3   作:たあたん

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Chapter:7

 

──同時刻 警視庁

 

『……じゃあ俺、帰るけど』

 

 トレーラー内に残る同僚に、心操人使はそう告げて頭を下げた。「ああ……お疲れ様です」と、心ここにあらずの答が返ってくる。

 その気持ちは心操自身、嫌というほど理解できた。むしろ共有と言うべきかもしれない。

 

 あの"G4"なる兵器──常人が扱うにはあまりに危険な代物だった。ゆえに封印したわけだが……そんなものを別の組織に渡してしまう今の警察、そしてそれを使って憚らない防衛軍の面々が、今では得体の知れない存在としか思われなかった。少なくとも、かつてグロンギに立ち向かった頃とは様変わりしてしまっている。

 

──未確認生命体関連事件の終息を見届けたあと、当時の本郷猛警視総監は任期を残してすっぱり引退してしまった。その後は山中深くに居を構え、自給自足の暮らしや趣味の武道を楽しみながら余生を送っていると噂されている。彼が現役だったなら、こんな事態は起きていなかったのではないか。組織の頭は頻繁に挿げ替わるものだから、そのような"もしも"を語っても仕方ないことかもしれないが。

 

 いずれにせよ、自分は少しでも心身の万全な状態で戦えるよう努めるしかない。そう意を決して踵を返そうとしたらば、Gトレーラーの無線が甲高い音を発した。ぼうっとしていたせいか即応できなかった発目に代わり、心操が咄嗟にそれを受ける。

 

『──こちら、G3ユニット』

 

 果たして無線は、G3ユニットの出動を要請するものだった。元No.1ヒーロー・エンデヴァーの邸宅付近で、謎の怪物が"第4号"と思しき存在と交戦していると。

 

『了解、出動します。──発目、』

「!、あ……はい!」

『班長が戻り次第出るぞ。G3システムのチェック、急いでくれ』

 

 沈む発目を叱咤激励するように手早く指示を出すと、心操は庁内にいる玉川に電話をかけた。玉川は庁内にいる──防衛軍との一件でいろいろと忙しくしているところだったが、すぐに駆けつけると言明してくれた。彼もどちらかというと前線で働いていたい性質なのだ。

 

 程なく玉川を収容し、Gトレーラーは出動した。サイレンを鳴らし、警視庁地下から夜の街に躍り出ていく蒼い車体。

 

──その姿を、夜陰に紛れて観察している者がいて。

 

「ポイントK1-1より本社へ。"第三"が動きました」

 

 通信を受け──深海大尉は、ルージュに染めた唇を艷やかにゆがめた。そしてその眼差しを、部下へ向ける。

 

「………」

 

 彼──水城少尉はそれを受けて、静かに立ち上がる。処刑台に上るような心持ち、しかしそれは恐怖とイコールではない。むしろ歓びであり、また渇望でもあったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 轟焦凍の変身した"アギト"、そしてどこか面影の似た怪物が──死闘を繰り広げていた。

 

「ふ──ッ!」

 

 氷の束をつくり出し、四方から敵めがけて放つアギト。対する怪物──"累"は、

 

「ははははは……ッ!」

 

──嘲っていた。その掌から網目を結んだ糸の群れを放ち、氷を打ち砕く。

 

 そしてそのまま、目にも止まらぬ勢いで跳躍した。

 

「ハァ──ッ!」

 

 鋭く尖った爪を、敵の脳天めがけて振りおろす。直撃を受ければ超人の肉体といえども無事では済まない。アギトは咄嗟に飛びのき、"左"から炎熱を発する。空気ごと灼くようなそれは、しかし累には命中しなかった。そのスピードでもって、彼はレンジの外まで逃げていたのだ。

 

(ッ、こいつ、昼間より……!)

 

──速く、なっている。

 

「すごいだろ?にいさんの血を分けてもらえば、こんな簡単に強くなれちゃうんだ」

「……!」

 

 玩具を自慢する幼児のような口調で、目の前の化け物は言った。

 

「同じ"覚醒(めざめ)た者"でも、にいさんはおまえとは格が違う……!」

「!、にいさんって……まさか、荼毘のことを言ってるのか?」

 

 その名を呼んだ途端、化け物の纏う気がどす黒いものに変わった。

 

「おまえごときがッ、にいさんを呼び捨てにするな!!」

 

 刹那、怪物の姿が目の前からかき消えた。どこに──捜す間もなく、頭上から哄笑が響いて。

 

「サイコロステーキみたいになって死ねよ!!」

「!」

 

 風呂敷のようにぶわあと広がる糸の網。それは獲物の逃げ場をすべて塞ぎ、確実に殺害する累の奥義と呼ぶべきものだった。それは超人が相手でも変わらない。

 ただ、アギト──轟焦凍の個性は糸に対して有効だった。凍らせ、燃やす。シンプルだが、それで糸そのものを破壊することができる。

 

「こんなモンに……!」

「……あぁ、そう」

 

 この超人相手に自身の能力は相性が悪いと、累は自覚していた。それでもなお単独で戦いを挑んだのは、

 

「それでも……殺すから」

 

 憎悪、憤懣──嫉妬。そして、"にいさん"に認められたいという一途な想い。

 

 糸の破壊に注力せざるをえなかったアギトは、自らの行動によって一瞬視界が塞がれることもやむなしと思っていた。"怪物"の身体能力より個性のほうが危険──そう考えていたし、ここまではその通りだった。

 

 だが、彼は荼毘の手によりさらなる力を得ていた。

 

「──ウ゛ォア゛ァァァァァッ!!!!」

 

 凄まじい咆哮。それは超音波となって辺り一面に響き渡る。コンクリートの地面に亀裂を走らせる。そんなものを至近距離で聴かされれば、当然平気ではいられない。

 

「ぐ……!?」

 

 堪らず耳を押さえるアギト。それは視覚に加えて、聴覚、さらには両手の自由までもを奪ってしまう行為だった。戦場においては、致命的な隙。

 

 そしてその隙を、累は逃さなかった。

 

「────、」

 

 手首から生えた突起が、まるで意思をもっているかのように鋭く長く伸び……アギトの肘先に、突き立てられたのだ。

 

 あ、と思う間もなく──ごとりと音をたて、何かが落下する。それがアギト……焦凍の腕だと理解した瞬間、篤志は色をなくしていた。

 

「しょう、と……?」

「──篤志さん!」

「!」

 

 呆然とする篤志のもとに、夏雄から事情を聞いた百が駆けつけてくる。──尤も、目の前で行われているのは超人同士の戦いであって、彼女の到来が篤志の心に希望の灯をともすことはないのだけれど。

 

「篤志さん、お怪我は?」

「ッ、それより焦凍が!焦凍の……腕が……」

「え、──!」

 

 その光景を目の当たりにして、百もまた目を見開いていた。切り離され、生身を晒した左腕の残骸はあまりに生々しい。

 真っ青になった篤志は、こみ上げる吐き気を懸命にこらえていた。燃える炎に灼かれていく家族の姿が脳裏にフラッシュバックする。

 

 そんな彼の肩に、八百万がそっと手をかけた。

 

「大丈夫ですわ、篤志さん」

「大丈夫って……そんな!」

 

 恋人の右腕が飛んで、なぜそんなことが言えるのか。篤志の疑念と驚愕は尤もだったが、

 

「あれは……義手ですの」

「……義手?」

 

 彼が気づかないのも無理はなかった。焦凍のそれは、世界にふたつとないほど精巧に造られているので。

 ゆえに、取り替えがきかないわけではないが……危険な状況に陥っていることは、間違いない。この超人同士の戦いでどれほど自分が助力できるか、百は思考を巡らせた。

 

 一方で、アギト相手に戦果を挙げた累は──笑っていた。

 

「ははははは……!やった、やったよにいさん……!」

「……ッ、」

「でも、右腕だけじゃ足りないよね……。わかってる、次はバラバラに切り刻んでみせるから……!」

 

 ここにはいない"にいさん"に応えるように、つぶやく。彼は完全に陶酔していた。荼毘の血を注がれたその身は、もはや彼ひとりの身体ではない。

 ゆえに──焦凍は。

 

「……いい加減にしろ……!」

 

 彼の纏う闘気が大きく膨れあがったのを、篤志は感じた。無論、異形となったその貌に表情はない。だからこそ、その感情は指一本にまで現れる。

 

「にいさんは……燈矢兄は、俺たちの家族だ!おまえのじゃねえ……!」

「へえ……にいさんはそう思ってないけど?」

「関係ねえ!燈矢兄は……必ず取り戻すッ!」

 

 刹那、アギトのもつ六本角──"クロスホーン"が、眩い輝きを放つ。同時に、彼の足下に現れる紋章。彼の頭部をディフォルメしたようなそれは、ゆっくりと足に吸い込まれていった。

 

「結局、()()しかないよね……ははははっ」嗤いつつ、「いいよ。だったらボクも、本気で相手をしてあげる……!」

 

 累が、全身に力を込める。苦悶するような唸り声。──そして全身の皮膚という皮膚が裂け、鮮血が噴き出す。その尋常でない姿に、篤志は慄いた。

 しかし既に、決着の瞬間は止められない。

 

「はあ──ッ!」

 

 大地のエネルギーに突き上げられるかのごとく、跳躍するアギト。そのまま空中で一回転、態勢を整え──キックの構えをとる。

 一方で、迎え撃つ累。彼は強引に筋力を上げた右腕に、己の糸を大量に巻きつけ拳を突き出す。

 

「うぉおおおおおおおおおお────!!」

「グォアァァァァァァァァァ────!!」

 

 雄叫びと咆哮とがまずぶつかり合い、次の瞬間に純然たる"力"が衝突する。そして生み出される、激しい光の束。

 

「──ッ!」

 

 その熱と衝撃に吹き飛ばされそうになる篤志を、咄嗟に百が抱き止める。少なくとも今は、彼の身だけは守らなくては。

 

 数秒、数分かもわからないほど五感を白に染めた閃光は、いつしか止んでいた。ゆっくりと視界が戻ってくる。

 そこに、立っていたのは。

 

「……俺の、勝ちだ」

 

 アギト──轟焦凍。その視線の先には、かの怪物が全身から血を流して倒れている。

 

「う、そだ……ボクが……アギトなんかに……」

 

 その身体がみるみると縮み、もとの少年の姿が露になる。紅い瞳が悔しげに敵を睨みつけるが、累はもはや起き上がることさえできる状態ではない。

 

「………」

 

 そんな彼に、歩み寄ろうとするアギト。──と、何処からサイレンの音が接近してきて。

 

『轟!』

 

 果たしてそれはガードチェイサーとG3-X──心操人使だった。彼が駆け寄ってくるのを認めて……がくんと、膝から力が抜けた。オルタリングが光を失い、もとの轟焦凍の姿が露になる。

 

『おいっ……大丈夫か?』

「あぁ……悪ィ」

『別にいいけど……おまえ、腕まで……』

 

 せっかくの精巧な義手が、地面で見るも無残な姿を晒している。同じくハンディキャップを抱える身の心操にとり、少なくとも快い光景ではなかった。

 

「……俺のことはいい。それより……あの子を」

 

 意識も朦朧としている様子の累を、残った右手で指差す焦凍。確かに、彼をいつまでも野放しにしておくわけにはいかなかった。

 

「──累っ!!」

 

 心操より早く駆け出したのは、篤志少年だった。危険だ、と百や焦凍が制止しようとするが、彼は聞く耳をもたない。

 しかしそれでもなお、彼は累のもとへは辿りつけなかった。──物理的な障壁……巨大な四駆車両が、唐突に立ちふさがったのだ。

 

「……!?」

 

 皆が呆気にとられる中、迷彩色のそれから屈強な男たちが次々飛び出してくる。彼らは累を取り囲むと、その四肢に拘束具を装着していく。恐ろしいほど無機質で、鮮やかな手口だった。

 

「あら……昼間ぶりですね、皆さん?」

「!、あんたは……」

 

 ゆったりと車から降り立ったのは他でもない、深海理沙を名乗る女自衛官だった。そして──まるで彼女を護衛するかのように、G4が傍に控えている。

 

「おい……その子、どうするつもりだ?」

「彼の身柄は元々我々が預かっていたのです。彼だけではなく、そちらの子も」

「……!」

 

 怯える篤志は、咄嗟に焦凍の背中に隠れた。それで、彼が「戻りたくない」と言っていたのは何処なのかを察する。ならば当然、はいそうですかと差し出すわけがない。

 

「どういう根拠でモノ言ってるかは知らねえが……この子は戻りたくないと言ってる。ヒーローとして、その気持ちを無視するわけにはいかねえ」

 

 焦凍の言葉に反応するかのように、一歩を踏み出すG4。その剣呑な雰囲気を察してG3-Xが焦凍を庇いに入ろうとした瞬間──強烈なプレッシャーが、辺り一面を覆い尽くした。

 

「ッ!?」

 

 対峙していたことを一瞬忘れてしまうような、異様な気配。皆がその出処を探してしまうのは本能に定められた行動と言うよりほかになかった。

 

 

──そして"それ"は、姿を現した。

 

 累が変身していた怪物と、よく似た姿。しかしその関節部からは鋭く長大な棘が幾つも生え、胸部ではみひらかれた瞳のような意匠が存在を主張している。

 

「おまえ、は……」

 

 禍々しい……しかしその一片に茜色の夕暮れのような、えも言われぬ雰囲気を、焦凍は感じとっていた。まさかという思いが、脳裏をよぎる。

 そして、

 

「八年ぶりだな、焦凍」

 

 

 紛れもないそれは、失われた兄の声だった。

 

 

 

 

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