【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3   作:たあたん

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Chapter:8

 

「そうか……やはり、燈矢か」

 

 襲撃の翌朝、轟邸の離れにある一室で、焦凍は父と向き合っていた。

 

 果たして現れた"怪物"は、焦凍たちに手出しをすることなく去っていった。姿を見せただけというのは不可解と言えるのかもしれないが、燈矢……荼毘の性格を思えば合点が行く。

 

──た、す……けて……にい、さん。

 

──おまえなんざ弟でもなんでもない。……役立たずは要らないんだよ。

 

 あれほど自分を慕っていた累を、あっさり切り捨てた──その酷薄を思い返して、焦凍は思わず身震いしそうになった。

 

「あいつも"アギト"になったということか……おまえと同じように」

「……確かに気配は、それに近かった……けど」

 

 だが、あの禍々しさ。かつて自分が、肥大化する力と憎悪を制御できずに暴走していた頃──"化け物"と呼ばれていたあの姿によく似ていると、焦凍は感じていた。ただ荼毘……兄は怪物であることを受け入れ、その力を愉しんでいる。

 

「それより、あの累って子のこと……どうにかならねえのか?」

 

 会話が袋小路に入りつつあるのをとらえて、焦凍は目の前にあるもうひとつの問題について訊いた。一瞬複雑な表情を浮かべたあと、父は静かにかぶりを振る。

 

「伝手を辿っているが、誰も彼も口が重い。そもそも件の研究施設自体、極秘裏に運営されていたものだ」

 

 確かにそんな施設があることさえ、ホークスの情報がなければ知りもしなかったのだ。

 

 累少年は怪物のひとりで、街を襲い、警官を殺害した──許されることではない。しかしそれは、あくまで法に則って裁かれるべきことだ。防衛軍の施設で極秘に取り扱われるなど、どう考えても良い想像はできない。

 

 と──渋い表情を浮かべる炎司の携帯が、不意に鳴動した。

 

「すまん、」

「………」

 

 さらに険しい表情を浮かべつつ、電話をとる。相手の声は聞こえないが、炎司の反応から誰なのか察した焦凍である。自分は"彼"に異心はないが、炎司が嫌がるのも今はわかる。

 

「……わかった、入れ。では」

 

 それだけ告げて、通話を終える。はああ、と深いため息。引退したにもかかわらず衰えを見せない炎司だが、こういうときは年相応のものを感じた。

 

「なんだ?」

「いや……あんたも老けたな、って思ってよ」

「……当然だろう、幾つになったと思っている」

「……60くらい?」

「53だ、馬鹿者」

 

 そう──身体つきこそ筋骨逞しいままだが、よく見れば顔には皺が増え、燃えるような赤髪にはところどころ白いものが混じっている。彼だけではない、母も姉も次兄も……当然焦凍も皆、重ねた年数のぶんだけ歳をとった。

 彼だけが……燈矢だけが、その名を失った日から時間が止まってしまっている。

 

 元々口数の少ないふたりは容易く沈黙に落ちる。しかしそのような空間に、口数においてもNo.1なのではないかというヒーローがやって来て。

 

「おはようございまーす。あっ、朝ごはん食べました?」

「おはようございます」

「……朝から五月蠅いぞ、ホークス」

 

 憧憬の象徴に叱られても、「スミマセーン」とへらへら笑っている。身体も小さい彼がNo.1ヒーローとは、わからない世の中になったものだ。

 

「行きつけのパン屋さんに無理言って、開店前ですけど焼きたて用意してもらったんです。申し訳ないことに家族の皆さんの分まではないんで……とりあえず、三人で食べません?」

「……そうだな」

 

 食事などする気分ではなかったが、エネルギー補給はヒーローの重要な務めである。彼の好意はありがたく受け取ることにした。

 とはいえ、である。

 

「エンデヴァー……なんか、怒ってます?」

「貴様……よほど俺に嫌われたいようだな」

「そんな、俺はいつだって貴方にいちばん好かれたいですよ」

「ならば、言うべきことがあるはずだ」

「………」

 

 パンの入った袋をデスクに置いて、鷹見はその場に膝をついた。

 

「療養中の息子さんを煽って戦場に駆り出してしまい、申し訳ありませんでした」

「なっ……ホークス!?」

 

 土下座。何もそこまでさせなくてもと、焦凍は父に抗議の視線を送った。尤も炎司は、呆れ半分の表情で鷹見を見下ろしていたが。

 

「──まっ、そういうわけで……責任もってサポートさせてもらいますよ」あっさり立ち上がり、「とにかく食べましょう。ね?」

「………」

 

 そうだ……鷹見啓悟は、こういう男だった。

 

 

 *

 

 

 

「……ギルス?」

 

 耳慣れぬ単語に怪訝な表情を浮かべる親子を、鷹見はクリスピーチキンサンドを頬張りながら交互に見遣った。

 

「ええ。荼毘は今、そう名乗ってるようで。個人としてなのか、組織としてなのかは判然としませんけど……まああの怪物引っくるめて、と考えていいんじゃないかと」

「……拐った子供たちがみな似た姿に変貌している理由は、わかったのか?」

「それについては、気になるものがひとつ」

 

 そう言って、鷹見は一枚の紙を取り出した。細かい数値の羅列が記載してあるそれは、焦凍より炎司にとって身近なもので。

 

「……健康診断結果、か?」

「一般的にはそう言いますかね。あぁ、エンデヴァーさんはちゃんと受けてます?いくら鍛えてても油断しちゃダメですよ、もうお歳なんですから」

「貴様に心配される筋合いはない。──それより、これは……」

「ご推察の通り、囚人No.0470216──轟燈矢の脱獄ひと月前のモノです。あ、ちなみに赤字が要精密検査」

「……多いな」

 

 よほど不健康な生活を送っていたのか──ヴィランであったからにはそれも間違いではなかろうが、彼が逮捕されてから既に五年以上は経過している。現代の刑務所というのはたとえ重犯罪者といえど住人の健康には留意しているはずだから、このような状態を放置しているとも思えないが。

 

「特に血液、ありえない数値でしょう。見ての通り」

「血液……──!」

 

 その名詞に、焦凍は思い当たることがあった。死闘のさなか、累が語った言葉の一片。

 

──にいさんの血を分けてもらえば、こんな簡単に強くなれちゃうんだ。

 

「血を、分ける……?」

 

 ピンと来ていない様子の鷹見。一般的にはその言葉は、親兄弟を表す比喩的な言葉として使われることが多いだろうが。

 

「俺の勘でしかないですが、たぶん、そのままの意味なんだと思います」

「……怪物は皆、燈矢の血を分け与えられて怪物に変貌したということか」

 

 悪に堕ちた息子が遂にはそのような怪物に成り果ててしまったことに、悲嘆のいろを隠せない炎司。その表情には、自責の念も多分に表れている。

 そんな彼に対し、鷹見はかけるべき言葉をもたない。自らの不徳のために我が子を貶めてしまった父親の心など、まともな恋のひとつさえしたことのない自分にわかるわけがないのだ。

 

「……結局、ヤツを止めるしかないですよ──この件に関しては」

「……"この件"?」

 

 敏くその言葉に引っ掛かる炎司。流石に元No.1ヒーローである。

 

「もしかして、G4のことですか?」

 

 そして、直接戦場で"それ"と相見えている彼の息子。彼らを相手にしては濁しても良いことはあるまいと、鷹見は胸襟を開くことにした。その表情には、軽薄な笑みを張りつけて……であるが。

 

「そ。荼毘の件と並行して、そっちも調べてまして。どうもこの辺、色んな人の色んな思い……まあ、悪く言っちゃうと欲望みたいなモノが、複雑に絡みあってるような気がするもんですから」

「……その見立てが正しいとして、貴様は大丈夫なのか?問題の根が深ければ深いほど、貴様も絡めとられかねんぞ」

「えっ、ひょっとして俺のこと心配してくれてます!?嬉しいけど恐縮しちゃいますね、あはは」

「馬鹿者、貴様は仮にもNo.1ヒーローだろうが。貴様の身に何かあれば、社会が大きく動揺する。少しは自覚せんか」

「ははは……その物言い、やっぱり親子だなぁ。ねえ、ショートくん?」

「………」

 

 親子が揃って微妙な表情を浮かべていると、不意に障子の向こうでぎしりと床が鳴る音がした。

 

「!、誰だ?」

 

 真っ先に立ち上がったのは他でもない、鷹見だった。軽薄な表情が消え、その目つきがまさしく鷹のように鋭いものとなる。

 恐る恐るといった様子で襖が開き、"闖入者"が現れる。

 

「………」

「……篤志?」

 

 母屋にいたはずの篤志少年だった。所在なさげに視線を彷徨わせる彼。その思うところを、焦凍は察した。

 

「心配すんな。おまえの友だちは、必ず救け出す」

「!」

「見ろよ。今ここには現No.1と元No.1、それに未確認生命体と戦ってきた"アギト"がいるんだ。どんな敵にだって負けやしない」

「──あら、わたくしを忘れていただいては困りますわ」

 

 男ばかりの空間に華やぎを与える声。──篤志の背後から、大きな箱を抱えた八百万百が姿を現した。

 

「轟さんの右手、直しておきましたわ」

「もう出来たのか?流石、仕事が早ぇな」

「切断面があまりに鮮やかだったものですから……。ただ、あくまで応急処置です。無理はなさらないよう」

「わかった。……ありがとな、八百万。やっぱりおまえが一緒に来てくれてよかった」

 

 そう告げて、微笑みかける焦凍。当然その表情は、先達ふたりの目に入るわけで。

 

「ショートくん、お父さんにはあんま似なかったんですねー」

「……どちらかといえば、うちは皆母親似だからな」

「あれ、ひょっとして拗ねてます?」

「黙れ」

「スミマセーン」

 

 英雄たちのほぐれたやりとりは、かえって篤志少年の心に安心感を与えた。彼らは文字通りのプロフェッショナルで──ゆえに辿りつくべき場所を既に見定めているのだと、明確に伝わってきたから。

 

 

 *

 

 

 

「エンデヴァーさんはああ言いましたけど、搦手から攻めるのが俺の得意分野なので。死なない程度に危ない橋渡りながら、追ってみますよ──真実ってヤツを」

 

 そう言って、鷹見は轟邸を飛び立っていった。炎司としても彼の得意分野は理解しているので、注意を促すことくらいしかできない。ただその表情は、最後までどこか気遣わしげであったが。

 

「心配なら心配と、素直に仰ればよろしいのに」

「お、」

「ム……、」

 

 末子の恋人からの思わぬ口撃に、炎司は言葉に詰まった。焦凍も目を丸くしているが。

 

「ホークスさんのような方は、額面通りにしか言葉を受け取ってくださりませんもの。大切に思われていると自覚させてさしあげないと、どこまでもご自分を後回しになさいますわ」

「……そういうものか」

「ええ」

「わかった……今後は気をつける」

 

 素直に非を認める炎司。百の柔らかくも芯の通った物言いの効果もあろうが、彼は間違いなく変わった。それは間違いなく万人に歓迎されうる変化であって、焦凍にとっても例外ではない。ただ、胸がくすぐったくなるようなときもあれば、あんたはそんな人間じゃないだろうという憤りにも似た感情が浮沈するときもある。ヒトの感情というのは複雑なものだと、焦凍はこの数年間で身をもって学んだ。

 

 兄は……燈矢は未だ、憎悪の焔に囚われているのだろうか。そのやみいろの中に埋もれたものも、忘れたままで。

 

「焦凍、」

「!」

 

 厳かなバリトンボイスで呼びかけられ、焦凍は我に返った。

 

「俺はホークスとは違うルートで、燈矢や防衛軍の動きを探ってみる。おまえたちはどうする?」

「……そうだな、」

 

 ホークスのような裏社会との関係も、父のもつ表の上流社会における伝手も、まだ自分にはない。

 だが──人と人との繋がりなら、ふたりに負けないものを持っている自負がある。ここにいる百も含めた、三年間苦楽をともにした同級生たち。それぞれの道を歩む彼らに労苦をかけるのは心苦しくもあるが、助力を乞えばみな喜んで力を貸してくれるだろう。

 

「俺と八百万は直接足取りを追う。飯田たちにも声をかけてみようと思う」

「そうですわね。デリケートな案件だからこそ、ほんとうに信頼のおける方々は巻き込んでいくべきですわ!」

 

 そう──なんでも自分で抱え込んでしまう、親子揃っての悪癖だった。炎司はヒーロー事務所を差配する身だったから多少はマシだったが。

 

 そのヒーロー事務所に所属する面々に屋敷の警護を依頼し、彼らは行動を開始した。──家族の、声援を背に。

 

 

「……お父さんたち、大丈夫かな」

 

 笑顔で見送りつつも、表情を翳らせる冬美。家族の中では唯一、その辿ってきた逕路を見てきた彼女である。それはふたりの脆い部分を、最もよく知っているということでもあるのだ。

 

 ただ、一度心を壊した彼女は、今では誰よりも泰然としていた。

 

「大丈夫よ、お父さんも焦凍も。信じましょう?」

「お母さん……」

 

 瓜二つの母と姉の会話を傍らに聞きながら……夏雄は、じっと虚空を睨んだ。

 

(燈矢兄……俺たち、やっと家族になれそうなんだ)

 

──だから、早く帰ってきてよ。

 

 ふと視線を感じて目を落とすと、篤志が不安げな瞳でこちらを見上げている。その顔立ちにかつての兄を重ねた夏雄は、柔らかな髪をくしゃりと撫でた。

 

 

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