P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
孤児院と手紙と私
ロンドンにひっそりと佇む一軒の孤児院。
薄汚れたその孤児院の上空を一匹のフクロウが旋回していた。
フクロウは特殊な芸を仕込まれているのか、嘴には古めかしいデザインの封筒を咥えている。
どこか開いている窓を探しているようだったが、孤児院の窓は夏場にしては珍しくぴっちりと閉まっており、フクロウは困惑するように一度孤児院の屋根へと舞い降りる。
フクロウは封筒を咥えたまま、屋根の上を右往左往した後、覚悟を決めたように窓ガラスの一つに向かって一直線に飛び、そのまま激突した。
「──ッ!? 何!?」
フクロウが窓ガラスを突き破り部屋の中に突入する。
割れたガラスの破片が窓際に置かれた机に飛び散り、机に置かれていたノートや教科書を床にまき散らす。
そしてフクロウはそのままの勢いで勉強をしていた少女のお腹にぶつかった。
私は何故生きているんだろう。
私はどうして生まれてきたんだろう。
私の名前はサクヤ・ホワイト。
生まれてこの方、私はロンドンにあるウール孤児院という薄汚れた施設で育った。
私に両親や親族と言えるものはなく、この孤児院以外には全く身寄りがない。
拾われた当初は戸籍さえもあやふやだったらしく、私のこの名前、『サクヤ・ホワイト』というのも、この孤児院の院長が名付けたものだった。
なんにしても、ホワイトというのは的を射ている。
私は生まれながら色素が薄いらしく、髪に殆ど色が付いていない。
肌もイギリス人にしてはかなり白く、アルビノまではいかずともそれに近しいものがある。
目の色も色素がかなり抜けた青色で、澄んだ瞳はまるでガラス玉のようだ。
そんな私だが、普通の人間にはできない不思議なことをすることができる。
私は小さい頃から時間を止めることができた。
私の前ではハエはただ叩かれることを待つ身へと変貌を遂げ、覆水は盆には返らないが落ちることもない。
たとえプロボクサーであろうと私の前では赤子同然だ。
この能力を発見したときは浮かれたものだが、同時に気づいたこともある。
この時間を止めるという能力を私の人生に活かすなら、この能力は誰にも気が付かれてはいけないと。
能力が知られているというのは、その能力でしか不可能でありそうなことは必然的に私が犯人ということになるのだ。
この時間停止という能力は、誰にも知られていないからこそ効力を発揮する。
この能力を知られてはいけない。
この能力を話してはいけない。
不思議な力を持っていたとしても、私はスーパーヒーローになることはない。
きっと私はこの力を一生隠しながら、孤独な人生を終えるのだろう。
常日頃からそんなことが頭をよぎる。
気が付かれない程度にコソコソと、自分のためだけに能力を使い、平穏な人生が送れたらそれでいい、それで満足だと思っていた。
私は来月、公立のストーンウォール校への入校が決まっている。
私が暮らしているウール孤児院は薄汚れた見た目からも分かるようにあまり資金のある孤児院ではない。
学校に通わせてはもらえるが、入学金が一番安いストーンウォールに全員叩き込まれるのが通例だった。
ストーンウォールはあまりいい噂を聞く学校ではないが、教育を受けないよりかはマシだろう。
精々ストーンウォールで良い成績を取り、金利の良い奨学金を勝ち取って良い高校へと行き、一流の大学を出よう。
幸い私の能力はカンニングに非常に適している。
テストで良い点を取ることなど、朝食をつまみ食いするよりも簡単なことだった。
だが、何にしても素の頭がよくなければ豊かな生活など送れるはずもない。
そういうわけで私は入校が一か月後に迫る夏の夜、机に向かい孤児院のボロボロの数学の教科書の公式をノートに書き写していた。
この孤児院では就学前教育や初等教育は孤児院内で行う。
勉強が難しくなる中等教育から学校に行くのが習わしだ。
なんにしてもこの孤児院内だけでの教育ではあまり十分とは言えない。
ストーンウォールでの良い滑り出しのためにも、自己学習は欠かせなかった。
そんなわけで私が消灯までの数時間を勉強に費やしていると、窓の外を何かが横切る。
動きが速かったためそれが何なのかは全く分からなかったが、多分鳥か何かだろう。
私は勉強に集中しようと目線をノートに落とした。
次の瞬間だった。
「──ッ!?」
ガラスが割れるけたたましい音とともに何かが私のお腹へとぶつかる。
私は飛び込んできた何かの勢いを殺しきることができず、そのまま椅子ごと床へと倒れた。
「な、なに!?」
全く状況が読み込めず、慌てて時間を止める。
そのまま転がるように立ち上がり、飛び込んできた何かを床へと叩きつけた。
その何かはフクロウだった。
フクロウはぐったりと床に倒れており、ピクリとも動かない。
一瞬フクロウを殺してしまったと思ったが、すぐにただ時間が止まっているだけだと気が付いた。
「ふく……ろう? ……なんにしても、鳥も壁にぶつかるのね」
私は数回深呼吸をすると、割れた窓を見る。
ガラスは粉々になっているが、窓枠には破損がない。
これならばガラスさえ交換してしまえばすぐに直すことができるだろう。
私はガラスの破片には触れないようにしながら、先程まで机の上に広げていた勉強道具だけを拾い集め、机の隅に置く。
その段階で、私は机の上に見覚えがない一通の手紙を見つけた。
「ん? 手紙?」
私は封筒を手に取り、宛先を見る。
「しかも、私宛だ……」
分厚く黄色みがかった羊皮紙に、ウール孤児院の住所と私の名前がエメラルド色のインクで書かれている。
裏には紫色の封蝋で封印がされており、その封印のデザイン自体も古めかしい。
まるでおとぎ話に出てくる手紙のようだ。
「切手も貼ってない。このフクロウが運んできたのかしら」
私は地面に這いつくばるフクロウを見る。
フクロウが手紙を運ぶ?
確かに伝書鳩という通信手段はあるが、あれは鳩の帰巣本能を利用している。
出先から自宅まで鳩を飛ばすことはできても、手紙を自由自在に運ばせるなんてことができるとは思えない。
「……」
私は時間を止めたまま、恐る恐る封筒の封印を解く。
そして中に入っていた二枚の手紙を取り出した。
「えっと、何々……ホグワーツ魔法魔術学校? 校長、アルバス・ダンブルドア? このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたことを心よりお喜び申し上げます?」
誰かのいたずらだろうか。
ホグワーツなど聞いたこともないし、何より魔法魔術学校というところが胡散臭すぎる。
いくら秘密結社や魔術結社が珍しくないロンドンといえど、魔法の学校など聞いたこともなかった。
私はもう一枚入っていた手紙に視線を向ける。
そこには聞いたこともない書物の名前や、鍋や杖などの如何にも魔法使いの持ち物のようなものが書かれていた。
いたずらにしてはあまりにも手が込んでいる。
それに、そもそもこんな手の込んだいたずらを仕掛けてくるような相手が私にはいなかった。
「なんにしても、この惨状を何とかしないと……」
いくら八月とはいえ、雨が降らないとも限らない。
天気予報を確認したわけではないが、今日一日どんよりとした雲模様で、いつ雨が降り始めてもおかしくはなかった。
私は時間停止を一度解き、暴れ始めるフクロウを横目で見ながら窓を塞ぐものを取りに行くため、部屋を出ようとする。
次の瞬間、部屋の扉がノックされた。
「サクヤ!? 凄い音がしたけど何かあったの!?」
慌てふためく金切声が激しいノックとともに聞こえてくる。
聞こえてくる声は、職員のセシリアのものだろう。
「今開けます」
騒ぎを聞きつけてから駆け付けたにしてはあまりにも到着が早い。
それに廊下を走る音もしなかったため、フクロウが飛び込んできた瞬間には既に扉の前にいたのだろう。
私は部屋の鍵を開けると、ドアノブを回して扉を引く。
セシリアは部屋の惨状をぐるりと見回すと、私の体をペタペタと触って怪我がないことを確かめた。
「ああ、よかった。怪我はしていないようね」
セシリアは安堵のため息をつくと、ぎゅっと抱きついてくる。
私はセシリアの心配性に少々呆れつつ、セシリアの肩越しに扉の奥を見据えた。
そこには一人の女性が立っていた。
エメラルド色のローブを着た背の高い女性は、部屋の状態に少々呆れつつも厳格な表情で私を見ている。
まるで値踏みでもするかのような視線を受け、私はすぐに顔に笑顔を張り付けた。
「セシリア先生、私は大丈夫ですので……そちらの女性は?」
私はセシリアを引きはがし、数歩後ろに下がる。
手に持っていた手紙を後ろ手に隠し、そのまま手を組んで姿勢を正した。
「え? ああ、こちらの女性は貴方に用事があるみたい。詳しい用件は直接聞いて頂戴」
セシリアはそのままガラスの破片の片づけを始めようとするが、それを後ろに立つ女性が制止する。
「ウィルソンさん、ここから先は私一人で大丈夫ですので、貴方は通常勤務に戻ってはいかがですか?」
女性はそう言うと、まっすぐな木の枝のようなものを取り出し、セシリアの頭を軽く叩く。
一体何をしたのかは分からなかったが、頭を小突かれた瞬間セシリアの表情がぼんやりと、まるで今にも眠ってしまうのではないかという表情になった。
「ええ、そうね。そうすることにするわ」
セシリアは素直に女性の言葉に従うと、そのまま部屋を出ていく。
女性は廊下から私の部屋へと踏み込むと、ぴしゃりと扉を閉めた。
「さて」
女性は飛び散ったガラスに目を向けると、棒状の何かを一振りする。
するとまるで時間を巻き戻したかのように、飛び散ったガラスは元の窓枠に収まり新品同様の輝きを取り戻した。
私はその光景を見て察する。
この女性は魔法使いであり、手に持っているのは魔法の杖なのだと。
「その様子ですと、今手紙を受け取ったようですね」
女性は厳格な口調でそう言った。
どうやら、この女性は魔法学校の関係者らしい。
私は手に持っていた手紙にもう一度目を向ける。
「ホグワーツ魔法魔術学校……」
「そうです。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツにて副校長を務めています。貴方からお返事がなかったので、こうして直接訪ねたのですが、まさかまだ手紙を受け取っていなかったなんて」
手紙の最後のほうにミネルバ・マクゴナガルという名前が見て取れる。
どうやらこの手紙の送り主は、目の前に立つ魔法使いのようだった。
「その様子ですと、貴方は魔法について何も知らないようですね。いいですか? 貴方がホグワーツに入学することは、貴方が生まれたときから決まっていたことです。ミス・ホワイト……貴方は魔法使いです」
私の手から手紙が零れ、床へと舞い落ちる。
「そんな……御冗談を。私が魔法使いなんて……私はただの平凡な……」
「今まで貴方の身の回りで不思議なことが起こった経験はありませんか?」
不思議なこと。
私はその言葉に少し表情を強張らせる。
心当たりは沢山ある。
何より、私のこの時間を止める力は、言い訳ができないほどの不思議なことだった。
「その様子ですとあるようですね。この国の魔法使いの子供は、みな例外なくホグワーツに入学することになっています。ですので貴方もこの紙に書かれている物を準備し、九月一日に鉄道にてホグワーツに向かいます。これは決定事項です」
「そんな……」
私は、平穏な人生が送れればそれでいい。
魔法や奇跡といった、スリリングな世界など求めてはいなかった。
「それに、私……お金持ってないです。この紙に書かれている物を買い揃えるのにどれほどのお金が必要なのかはわかりませんが、きっと私のお小遣いでは支払えません」
所詮世の中は金である。
学校だって慈善事業ではない。
入学金や準備物のお金が払えないとなったら、きっと相手も諦めるだろう。
「ご安心ください。貴方の学業に関わるお金に関してはマーリン基金から支払われることになっていますし、ホグワーツ自体の学費は全て魔法省が負担しています。また、ホグワーツは全寮制であり、衣食住にはお金は掛かりません」
マーリンが誰かは知らないが、傍迷惑な偉人がいたものである。
「とにかく、明日の朝もう一度この孤児院を訪ねます。入校に必要なものを買い揃えに行きますので準備をしておいてくださいね」
マクゴナガルは羊皮紙に何かを走り書きすると、フクロウの足に結び付けて窓から外に放つ。
そしてバチンという破裂音と共にマクゴナガルは姿を消した。
すっかり元通りになった部屋には、私一人が取り残される。
まるで夢か幻のような出来事だったが、床に落ちている二枚の手紙が今の出来事が現実のものであると物語っていた。
後書き
というわけで孤児の少女サクヤ・ホワイトちゃんのホグワーツ入校が決定致しました。時間を止めることができるサクヤちゃんですが、果たしてどのようなホグワーツ生活を送るんでしょうね?
ここから先は前作、前々作を読んでいただいている方向けへの解説を少し
前作と異なっている設定は一つです。この世界では、サクヤちゃんは紅魔館に拾われていません!
まだ、拾われていません←ここ重要
最終的には吸血鬼異変、紅霧異変へと繋がる予定ではあります
それでは、次回もお楽しみに……
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