P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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開心術と夢のお告げと私

「神経を研ぎ澄ませ。心を煙のように柔軟に……どこまでも深く、深く相手の中に入っていく」

 

 私は目の前に縛られている人間の目を瞬きすらせず見つめ続ける。

 目の前の人間は口封じの呪いが掛けられているため悲鳴の一つも上げることができないが、その表情は恐怖に歪んでいた。

 

「そうだ。集中しろ。心の隙間に潜り込め。相手の全てを暴きたいという強い意思が開心術を可能にする。目を見つめるという感覚ではダメだ。相手の眼球はあくまで心の入り口でしかない。お前が見たいのは相手の顔色ではない。その奥に巧妙に隠された相手の全てだ」

 

 一九九五年のハロウィンパーティーの前日。

 私はヴォルデモートがアジトにしている屋敷の一室で、ヴォルデモートから開心術の手ほどきを受けていた。

 もっとも、私がホグワーツを抜け出してヴォルデモートと接触していることがバレたら大問題だ。

 故に、今現在、私とヴォルデモート、そして目の前のマグル以外の時間を止めている。

 そうしていれば、私がヴォルデモートと何時間接触しようが、実際に流れた時間は零に等しい。

 

「相手を支配しろ。全てを掌握しろ」

 

 私の目の前で縛られている人間は私がつい先ほどロンドンから攫ってきたマグルだ。

 私はこのマグルの年齢も職業も家庭環境も知らない。

 いや、知らないからこそ意味がある。

 私はヴォルデモートに言われた通りに相手の心に意識を集中する。

 そして相手の目を入り口にして、相手の心に入り込んだ。

 

「マイケル・ウィルソン。年齢三十七歳、妻と子供が三人」

 

「よし、その調子だ。仕事は何をしている?」

 

「職業は……電気工事士」

 

「上出来だな」

 

 私の横に立っていたヴォルデモートは満足そうに頷く。

 私は一度強く目を瞑ると、軽く頭を振った。

 

「結構疲れますねこれ。これなら、拷問でもして吐かせた方が早いのでは?」

 

「情報を吐かせるだけならそれでいいだろう。だが、それでは真の意味で相手の心を暴くことは出来ない。それに、開心術にはある程度の秘匿性がある。相手の技量が未熟なら、相手はこちらが開心術を使っていることすら気が付かない」

 

「……ん? それなら過去私に対して開心術を使った魔法使いがいるんじゃ……」

 

 私がそう言った瞬間、ヴォルデモートが私の頭に手を乗せる。

 

「それに関しては心配いらない。前に話した通り、お前は無意識のうちに心を凍結させる術を身に着けていた。あれは私でも抜くことができない鉄壁の閉心術……いや、凍心術と言った方が正しいか」

 

「でも、いつからそれが出来ていたかは分からないですし……」

 

「そうだな……お前の顔を見た後、不可解な顔をされたことはないか?」

 

 ヴォルデモートにそう言われて私は過去の記憶を辿る。

 

「そう言えば、ロックハートが何度かそのような表情をしていたような……」

 

「だとしたら、二年生の時にはもう使えたと考えてよいだろうな」

 

 二年生の時から閉心術が使えていたとすると私の能力の秘密や殺人の経歴などは外部に漏れていないだろう。

 あの頃はダンブルドアも私に興味を抱いていなかったはずだ。

 ヴォルデモートは杖を取り出すと、マグルの男性に対して忘却術を掛ける。

 私も杖を取り出してマグルの男性の時間を止めると、服の裾を掴んでロンドンの街中へと瞬間移動した。

 私はマグルを攫った位置にマグルを再設置し、瞬間移動でヴォルデモートの屋敷へと戻る。

 

「お前のその移動魔法、姿現しとは違うようだな」

 

「ああ、この魔法ですか。この魔法はパチュリー・ノーレッジが考案した移動魔法です。杖がないと使用できないのでその点では姿現しには劣りますが、現状姿現しが禁止されている場所へも移動できます。まあ、まったく新しい魔法体系の理解が必要なので使えるようになるまでにかなり時間が掛かると思いますが」

 

「ふむ。だが、時間が止まった世界ではそもそも魔法による結界や障壁は意味を為さなくなるのだろう? それならば、姿現しと変わらないのではないか?」

 

 ヴォルデモートは杖を仕舞いながら首を傾げる。

 

「まあ、その通りではありますね。ただ、私はまだ姿現しは覚えていないので……」

 

「……なんとも歪な習得状況だな。まあ、問題はあるまい。だが、この移動魔法は人目に付くところでは使うんじゃないぞ。見る者が見れば姿現し魔法でないことはすぐにわかる」

 

 これに関してはヴォルデモートの言う通りだが、この技術はパチュリーの本を読み解けば誰でも使えるものだ。

 私の時間を操る魔法とは違う。

 

「だが、まあそうだな。近いうちに昔の仲間をアズカバンへ迎えに行こうと思っている。その時はお前にも協力してもらうことになるだろう」

 

「時間停止を利用して姿現し出来るようにするということですね」

 

「そう言うことだ。とはいえ、時間を操る魔法は可能な限り秘匿したい。時間を止めたままこの屋敷に付き添い姿現しをする。アズカバンにいる奴らからすれば、いきなりこの屋敷に連れてこられたように感じるだろう」

 

 確かにそのようにすればアズカバンにいる死喰い人たちは私の術の一端も知ることはない。

 

「計画は追って伝える。それと、開心術の訓練はこれからも定期的に行おう。最終的には相手と目が合うだけで心を読めるようになるはずだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 私はヴォルデモートに対し頭を下げる。

 そしてそのままヴォルデモートの時間を停止させると、杖を取り出しホグワーツへと瞬間移動した。

 

 

 

 

 

 一九九五年、十一月。

 私はホグワーツの北塔の天辺にある占い学の教室で、『夢のお告げ』という教科書を枕代わりにして居眠りをしていた。

 城の外は雪でも降りそうなほど肌寒いが、この教室は常に暖炉に火が入っているのでポカポカと暖かい。

 居眠りするには格好の場所だと言えるだろう。

 それに、トレローニーは私に対し激甘だ。

 授業を妨害しない限り、私を注意することはない。

 この居眠り自体も授業の一環だと言わんばかりに私の睡眠を妨げることなく授業を進めていた。

 

「うぇへへ……スターゲイジーパイマーマイト味ぃ……」

 

 無意識に今見ている夢の内容が口から洩れる。

 その瞬間、私の肩がポンポンと叩かれた。

 トレローニーが授業の途中で私を起こすとは、随分珍しい。

 私は目を擦りながら体を起こした。

 そこには大きなピンク色のカエルが立っており、私をじっと見降ろしている。

 大きなカエルは大きく息をつくと、私の頭をクリップボードで軽く叩いた。

 

「授業中に居眠りとは感心しませんね。グリフィンドールは十点減点です」

 

 私は目をショボショボさせると、もう一度カエルの顔をちゃんと見る。

 そこには、ホグワーツ高等尋問官のアンブリッジが立っていた。

 

「おはようございます。アンブリッジ先生」

 

「はい。おはようございます。貴方は優等生だと聞いていますが、それにかまけて授業で居眠りすることは許されません。いいですね?」

 

「はいはいはーい」

 

「返事は短く、『はい』は一回」

 

「……はい」

 

 私が返事をすると、アンブリッジは満足そうに頷いて教室の隅へと移動していく。

 私は大きな欠伸を一つすると、横に座っているハリーに話しかけた。

 

「えっと、何しに来たのあの人」

 

「授業の視察だって言ってたよ。詳しい話はよく分からないんだけど……」

 

 私は形だけでも教科書を開きながら教室内を見回す。

 普段はゆったりとした雰囲気が流れている占い学の教室だが、今日に限ってはピリッとした張り詰めた空気が流れていた。

 

「はぁ……面倒くさい。今日は魔法史の授業がないから睡眠時間が足りてないのに」

 

 まあなんにしても、魔法省の役人に目を付けられると面倒だ。

 今日ばかりは真面目に授業を受けているフリをした方がいいだろう。

 

「それでは、二人組になってくださいまし。『夢のお告げ』を参考になさって一番最近ご覧になった夢をお互いに解釈なさいな」

 

 トレローニーはそう言うと、教室を巡回し始める。

 私はハリーがロンとペアを組んだのを確認すると、椅子から立ち上がりネビルが座っている机へと移動した。

 

「はぁいネビル。ご一緒いかが?」

 

「え? あ、うん。よ、よろしく」

 

 ネビルは少し顔を赤くすると恥ずかしそうに教科書で顔を隠す。

 私も教科書を机の上に広げた。

 

「えっと……で、なんだっけ? 夢の内容から未来を予知すればいいのよね? ネビルは最近どんな夢を見た?」

 

「えっと、魔法薬学の時間に鍋を溶かしちゃって……スネイプとうちのおばあちゃんの二人に説教させる夢を見たよ」

 

「それは随分な悪夢ね。きっと来週にでも実家から吼えメールが届くわ」

 

「シャレになってないよ……」

 

 ネビルは今にも泣きそうな顔をする。

 

「そ、それで……サクヤはどんな夢を見たの?」

 

「そうねぇ。マーマイト味のスターゲイジーパイをいそいそと量産する夢を見たわ」

 

 私はつい先ほど見た夢をネビルに伝える。

 ネビルは教科書を捲りながらウンウンと唸り始めた。

 

「えっと、夢を見たのが今日で、年齢は僕と同じだから……」

 

 私はそんなネビルの様子を横目に見ながら教室をぐるりと見回しアンブリッジの方を見る。

 アンブリッジは教室の隅の方でトレローニーと話をしているようだった。

 

「貴方はこの職に就いてからどれぐらいになります?」

 

「……かれこれ十六年ですわ」

 

 トレローニーは自分の授業を穢されていると感じているのか、いつになく機嫌が悪そうだ。

 だが、アンブリッジはそんなことはお構いなしに話を続ける。

 

「相当な期間ね。任命はダンブルドア先生が?」

 

「そうですわね」

 

 トレローニーはまたもや素っ気なく答える。

 

「それで、貴方はあの有名な『予見者』カッサンドラ・トレローニーの曾々孫だとか」

 

「ええ」

 

 アンブリッジはクリップボードに何かをメモする。

 

「それで、わたくしの記憶が正しければ……貴方はカッサンドラ以来初めての『第二の眼』の持ち主だとか」

 

「こういうものはよく隔世しますの」

 

 アンブリッジはそれを聞き、ニヤリと笑う。

 

「そうですわね……それでは、わたくしのために何か予言をしてみてくださらない?」

 

「……おっしゃることがわかりませんわ」

 

「わたくしのために、一つ予言をしていただきたいの」

 

 アンブリッジははっきりとトレローニーに告げる。

 トレローニは怒りを我慢するように拳を握りしめると、絞り出すように言った。

 

「『内なる眼』は人に指図されて予見したりしませんわ!」

 

「そう、それなら結構」

 

 アンブリッジはそれが聞きたかったと言わんばかりにクリップボードにメモを取り始める。

 それを見て流石にまずいと思ったのか、トレローニーは慌ててアンブリッジに声を掛けた。

 

「わたくし……あの、お待ちになって! あたくしには見えますわ。何か貴方に関するものが……何かを感じます。何か暗いもの……恐ろしい危機が……」

 

 トレローニーは震える指でアンブリッジを指さす。

 

「お気の毒に……貴方は恐ろしい危機に陥ってますわ!」

 

 教室がシンと静まり返る。

 アンブリッジは微笑を浮かべたままクリップボードに何かを書き留めながら言った。

 

「そう……それが精いっぱいということでしたら」

 

 アンブリッジは教室の隅の方へ移動すると、ソファーに座りクリップボードにペンを走らせ続ける。

 私は時間を止めるとアンブリッジの近くへと移動し、クリップボードを覗き込んだ。

 

「えっと、何々……『予言者としての才能は感じられず、教員の入れ替えを検討する必要あり』。ああ、まあ正当な評価よね」

 

 確かにトレローニーには占いの才能は無いように見える。

 占い学という分野について詳しいのは事実だが、予言者としての才能は皆無だろう。

 私は自分の席に戻ると先程と同じ体勢を取り時間停止を解除する。

 

「えっと、占いの結果が出たよ。『月』と『罰』だって。どういう意味だろう?」

 

「『月』……パイに入れられたニシンが月を示しているということかしら。それに『罰』……」

 

「まあ。スターゲイジーパイって見た目は完全に罰ゲームだよね」

 

「違いないわ」

 

 私はネビルと笑い合うと、トレローニーに視線を戻す。

 トレローニーはラベンダーの授業に関する質問に答えていたが、その表情は無理に取り繕った表情だった。

 

 その日の夜の夕食の席。

 私は料理を皿に盛りつけながらハーマイオニーとロンの話に耳を傾けていた。

 

「それにしても、今まで授業の視察なんてしていなかったよな。それなのに今日は占い学に引き続き、闇の魔術に対する防衛術、それに変身術の授業と連続でアンブリッジだ。参っちゃうよ」

 

「でも、新学期が始まって二か月も経つのに、どうして今になって視察なんて始めたのかしら。サクヤは何か話を聞いてる?」

 

「いえ、何も聞いていないわ。でも、そこまでおかしな話でもないと思うわよ。単純に生活環境や設備の視察が終わったから授業の視察をし始めただけじゃない? まあ、視察を始めたっていうのは色々と問題だけど」

 

 私はため息を吐くと、大きく切ったベーコンを口の中に運んだ。

 

「お陰で私の居眠りの時間がゴリゴリと削られてるわ。この調子だと魔法史の授業でも居眠り出来なさそうだし……はぁ。こっそりアンブリッジを暗殺しようかしら」

 

「あ、うん。いい考えだ。きっとみんな喜ぶよ」

 

 ロンが私の冗談に乗っかる。

 私はそんなロンの言葉に首を傾げた。

 

「あら、そうなの? 随分とあの先生を嫌ってるのね」

 

「みんな嫌いだよ。サクヤもだろ?」

 

「でも、特に何か罰則を受けたというわけでもないでしょう? 授業も受け持ってないわけだし。あ、私は今日十点減点されたか」

 

「まあそうなんだけどさ。なんというか、僕は苦手だな。みんなもそうだろう?」

 

 ロンが同意を求めると、ハリーとハーマイオニーが頷く。

 

「へえ、意外ね。ハーマイオニーはアンブリッジ先生と気が合いそうだと思ったけど」

 

「心外だわ。私もあの先生は苦手。なんかお腹の中にドス黒いものを隠しているというか……表面だけ取り繕っている感じが苦手」

 

 まあ、アンブリッジは明らかに魔法省から送り込まれた役人だ。

 ファッジとダンブルドアが対立している今、アンブリッジが何を企んでいるかは容易に想像がつくというものだ。

 

「まあ、アンブリッジが何か仕掛けてくるとしたら、授業の視察が全て終わった後でしょうね。とんでもない改革案を出してこないといいけど」

 

 私は職員の机でスープを飲んでいるアンブリッジをちらりと見る。

 アンブリッジがあの微笑の下で何を考えているかは分からない。

 だが、ろくでもないことなのは確かだろう。




設定や用語解説

サクヤの開心術
 未だ修行中だが、習得自体は鬼のように早い。きっと才能だろう。

許されたマイケル・ウィルソン
 時間も進んでおらず忘却術も掛けられているので何の違和感もなく日常生活へ戻ることが出来た。ヴォルデモートの機嫌が悪かったら殺されていた。

動き出すアンブリッジ先生
 概ね原作通り。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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