P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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集団脱獄と校長の肖像画と私

 あと少しで十一月も半ばという日曜の夜。

 私は談話室にある暖炉の目の前のソファーに座り、懐中時計の針を目で追っていた。

 現在時刻は夜の七時五十九分三十秒。

 あと三十秒でヴォルデモートとの約束の時間だ。

 私は懐中時計の針を目で追い、八時ぴったりに時間を止める。

 そして両面鏡をポケットから取り出した。

 

「……よし、几帳面なほどに時間通りな奴だ」

 

 数秒後、両面鏡にヴォルデモートの顔が映る。

 

「全員を脱獄させ終えたらまた声を掛ける。それまでは時間を止め続けろ」

 

「仰せのままに。我が主さま」

 

 私は鏡越しに微笑むと、時間停止を解除した両面鏡を机の上に置く。

 ヴォルデモートがアズカバンに姿現しし、全員を屋敷に付き添い姿現しするのに掛かる時間は数分ほどだろう。

 私はソファーに座ったままヴォルデモートから声が掛かるのを待った。

 

 

 

 私の予想通り、三分もしないうちにヴォルデモートの顔が両面鏡に映る。

 ヴォルデモートの肩越しに奥を覗き込むと、薄汚れたローブを着た複数人が胡坐を掻いて蹲っていた。

 

「いち、にい、さん……随分いますね」

 

「十人。そしてここにいる全員が私に忠誠を誓う忠実なしもべだ。私のいない魔法界でのうのうと暮らしていた裏切者どもとは違ってな」

 

 ヴォルデモートは鏡を机に置き、蹲った状態で固まっている魔法使いのもとへと歩いていく。

 

「ドロホフ、ルックウッド、レストレンジ……皆私を裏切らず、アズカバンに収監された。だが、それも今日で終わりだ」

 

 ヴォルデモートは少し目を細めると、両面鏡のもとへと戻ってくる。

 

「ご苦労だった。時間停止はもう解除してもいい」

 

「わかりました」

 

 私は両面鏡をポケットに仕舞うと、先程と同じ体勢を取り時間停止を解除する。

 今頃ヴォルデモートの屋敷の中ではヴォルデモートと囚われていた死喰い人たちが感動の再会を果たしていることだろう。

 

 

 

 

 

 次の日の朝、私が大広間に朝食を取りに下りていくと、大広間はいつもとは異なる雰囲気に包まれていた。

 話し声は聞こえるがいつものような笑い声ではない。

 不安そうな囁き声がどこのテーブルからも聞こえてくる。

 そして、そのような話をしているほぼ全員が顔を突き合わせて新聞記事を覗き込んでいた。

 

「サクヤ! 早くこっちに来て!」

 

 私がグリフィンドールのテーブルに近づくと、ハーマイオニーが大きな声で私を呼ぶ。

 私は大きな欠伸をしながらハーマイオニーの隣に座った。

 

「どうしたのハーマイオニー。二階のトイレが大爆発した?」

 

「それなら困るのはマートルだけだからいいんだけど……とにかく、この記事見て」

 

 私はトーストにバターを塗りながらハーマイオニーが突き出した日刊予言者新聞の記事を見る。

 そこには昨日の晩にアズカバンで集団脱獄が起きたと書かれていた。

 

「へえ、アズカバンで集団脱獄ねぇ。脱獄はシリウス・ブラック以来?」

 

「呑気なことを言ってる場合じゃないわ。つまり、今まで大きな動きを見せていなかった例のあの人が本格的に動き出したってことでしょう?」

 

「まあ、そうね」

 

 私は日刊予言者新聞をパラパラと捲る。

 

「アントニン・ドロホフ……ギデオンならびにフェービアン・プルウェットを惨殺した罪。オーガスタス・ルックウッド……魔法省の秘密を例のあの人に漏洩した罪。ベラトリックス・レストレンジ……フランクならびにアリス・ロングボトムを拷問し、廃人にした罪。どいつもこいつも札付きのワルってわけね」

 

 私は興味なさげに日刊予言者新聞を脇に避けるとトーストを齧り始める。

 ハーマイオニーはそんな私の態度を見て大きなため息をついた。

 

「貴方ねぇ……学生の中で一番他人事じゃないでしょうに」

 

 まあ、不死鳥の騎士団の団員という立場から見ても、脱獄の共犯という立場から見ても他人事ではないのは確かだ。

 ある程度は興味ありげにした方がいいかも知れない。

 

「まあその通りなんだけど……で、記事にはなんて書いてあるの? どうやって脱獄したかとか──」

 

「それについては書いてないわ。でも、シリウス・ブラックと同じ手法じゃないかって話」

 

 シリウス・ブラックは過去に単独でアズカバン脱獄を成功させた猛者だ。

 ブラックがどのように脱獄を成功させたのかはわからない。

 今となってはもう遅いが、ブラックにどうやってアズカバンを脱獄したか聞いておくべきだったと、今になって少し後悔する。

 

「でもまあ、外部犯の犯行でしょうね。囚人だけで脱獄できるのならとっくの昔に脱獄しているはずだもの」

 

「それじゃあ、復活した例のあの人が──っ!」

 

 私は齧っていたトーストをハーマイオニーの口の中に突っ込む。

 

「復活したとか、大広間で言わないの。そのことを知っているのは本当にごく一部の魔法使いだけなんだから」

 

 ハーマイオニーは少し涙目になりながら文句ありげな視線を私に送ってくる。

 私はそんな視線を受け流し、新しいトーストにバターを塗り始めた。

 

「まあなんにしても、ハリーとロンにもそのことを教えてあげて」

 

「それはわかったけど……それにしても二人とも遅いわね。授業がある日なのにまだ大広間に降りてきていないなんて。談話室にはいなかった?」

 

「探してすらいないからハッキリしたことは言えないけど少なくとも目につくところには……って、来たみたいよ」

 

 私はバターナイフで大広間の入り口を指し示す。

 そこには心底具合の悪そうなハリーと、そんなハリーを看病しているロンの姿があった。

 二人は私たちを見つけると、足早に近づいてくる。

 そしてハリーとロンはハーマイオニーを挟んで私とは反対側の席に座った。

 

「あの……大丈夫? 貴方トロールみたいな顔色してるわよ?」

 

 ハーマイオニーが心配そうにハリーの顔を覗き込む。

 ハリーは空元気を振り絞るように笑顔で首を振った。

 

「全然! うん、大丈夫──」

 

「昨日の夜随分うなされてたんだ。今朝も体調が悪そうで……大丈夫そうには見えなかったけど」

 

 ハリーの言葉を遮るようにロンが教えてくれる。

 ハリーは逃げ場を探すように視線を泳がせたが、やがて諦めるように言った。

 

「わかった。正直に言うよ……夢を見たんだ。それもヴォルデモートの」

 

 ヴォルデモートの名前を聞いてロンとハーマイオニーが肩を震わせる。

 私はハリーの肩に手を置くと、耳に顔を近づけて囁いた。

 

「ここじゃ拙いわ。どこか人のこない……地下の空き教室なんてどうかしら」

 

 私たちは互いに頷き合うと大広間を後にする。

 そして大広間横の階段を下り、地下にある空き教室へ入った。

 

「それで、例のあの人の夢っていうのは……、学期末に見た、あの人が復活した時みたいな感じってこと?」

 

 私は教室内にあった椅子に適当に腰掛けながらハリーに聞く。

 ハリーは教室の壁に寄りかかると、小さく頷いた。

 

「それじゃあハリー、またあの人に関する何かを見たってことだよな。今度は、どんな感じだったんだ?」

 

「埃っぽい部屋の中心にヴォルデモートがいて、それをボロボロのローブを着た多くの魔法使いが囲んでいた。全員がヴォルデモートに跪いていて……やつがその魔法使いたちに話していた。『よくぞ帰ってきた。我が忠実なるしもべ達よ』って。それから魔法使い達は泣きながらヴォルデモートのローブの裾にキスをして……そこで夢から覚めたんだ」

 

「それってまさか……」

 

 ハーマイオニーは持っていた新聞記事をハリーとロンに見せる。

 ハリーとロンは新聞記事に目を通し、顔を強張らせた。

 

「きっと僕が見たのはこの脱獄のすぐ後の様子だったに違いない。新聞記事に載ってる写真の人物が確かにあの中にはいたよ。特にこのレストレンジって女性。一人だけ女性が交じっていたからよく覚えてる」

 

「それじゃあ、ただの夢ってわけじゃなくて、本当に例のあの人の様子を覗き見たってことね」

 

 ハリーは額の傷に手を伸ばす。

 

「うん。きっとそうだ。それに、今はだいぶ良くなったけど起きた時からずっと傷痕が痛むんだ」

 

「大丈夫? イブプロフェン飲む?」

 

「イブ……え?」

 

 私は鞄の中を漁り頭痛薬を取り出す。

 ハリーは私から頭痛薬を受け取ると、曖昧にお礼を行ってポケットの中にしまった。

 

「何にしても、そのことに関しては私からダンブルドア先生に伝えておくわ。アズカバンからの集団脱獄に対して騎士団がどう動くのかも聞きたいし」

 

「そういえば、サクヤは最近不死鳥の騎士団員としての仕事はしてるの?」

 

 ハリーの問いに、私はエヘンと胸を張る。

 

「貴方が今こうして生きていること。それが私の仕事よ。まあ、新学期が始まってから暇してるのは確かだけど……でも四六時中闇祓いが貴方の身辺警護についてたら貴方も気が滅入っちゃうでしょう? 変な目でも見られるだろうし。私なら極々自然な形で貴方の護衛ができるわ」

 

「でも、僕のために命を張ったりだとか、そういうのはやめてね。自分が傷つく以上にサクヤが傷つくところは見たくないよ」

 

 私はハリーのおでこを指でつつく。

 

「そのままお返しするわ。私も貴方が傷つくところを見たくない。ハーマイオニーも、ロンも同じ。自分の大切な人間が傷つくところなんて誰も見たくはないわ」

 

「……うん、そうだね」

 

 ハリーはおでこを軽く手で押さえると、気まずげに笑った。

 一通りの話を終えた私たちは、扉の鍵を開けて空き教室を出る。

 

「さて、私は授業が始まる前にダンブルドア先生にこのことを報告してくるわ。貴方達は先に教室に向かってて」

 

「それなら、僕も一緒に──」

 

「大丈夫よ。もし詳しい話が聞きたいんだったらダンブルドアが直接貴方を呼び出すと思うわ」

 

 私はハリーにそう言うと、三人に手を振ってホグワーツの廊下を駆けていく。

 そしてそのまま何度か曲がり、人のいなくなったタイミングを見計らって時間を停止させた。

 

「流石にこのことはヴォルデモートには伝えておいた方がいいわよね」

 

 ハリーとヴォルデモートにどのような繋がりがあるかはわからない。

 だが、ハリーがヴォルデモートの様子を覗き見ることが出来ているのは事実だ。

 私はポケットから両面鏡を取り出す。

 すると両面鏡の時間と共にヴォルデモートの時間も同時に動き始めた。

 

「私です。サクヤ・ホワイトです」

 

 私が鏡に話しかけると、十秒ほどで両面鏡にヴォルデモートの顔が現れる。

 

「ああ、サクヤか。その様子だと、何か緊急で私に伝えたいことがある、と言ったところだな」

 

「はい。その通りでございます」

 

 私はヴォルデモートにハリーが見た夢の内容を説明する。

 ヴォルデモートは長く白い指を口に当てると、小さい声で呟いた。

 

「……なるほど」

 

「この情報はお役に立ちましたでしょうか」

 

「……ん、ああ。そうだな。お前の情報で、私の計画がまた一歩先に進んだ」

 

 ヴォルデモートは満足そうに頷く。

 

「まったく……お前はつくづく有能だな。学生にしておくのは惜しいほどだ」

 

「勿体なきお言葉です。それもこれも我が君の存在があってこそ」

 

「そう謙遜せんでもよい。それに、お前は開心術の覚えもいい。年を越す前には私の指導がいらないほどには習熟させることができるだろう」

 

 それじゃあ、時間を止めた開心術の特訓もあとひと月もせずに終わりか。

 確かにさりげなく相手に開心術を掛けることにもだいぶ慣れてきた。

 相手が強固な閉心術で心を閉ざしていない限り、ある程度相手の思想を読むことが可能だ。

 

「かしこまりました。では、私はこれで……」

 

「……待てサクヤ。もう一つ話しておくことがある」

 

 私が両面鏡を仕舞おうとすると、ヴォルデモートから呼び止められる。

 

「今年のクリスマス休暇の間に、私の元へと帰ってきたしもべたちにお前のことを紹介しておきたい。顔を合わせておくことで今後の計画も円滑に進むというものだ」

 

 私の元へと帰ってきたということは、昨日アズカバンから連れ戻してきた死喰い人たちに私のことを紹介したいということか。

 

「かしこまりました。私がいなくなってもダンブルドアに不審に思われないよう手を打っておきます」

 

 私は鏡越しにヴォルデモートに頭を下げると、両面鏡をポケットに仕舞う。

 そして時間停止を解除し、今度は三階に向けて歩き出した。

 午前の授業が始まるまでにまだ二十三分と三十九秒ある。

 ダンブルドアにハリーの夢のことを伝えにいっても十分間に合うだろう。

 私は三階の廊下にあるガーゴイルの石造の前に立つ。

 そして石造に向かって合言葉を唱えた。

 

「糖蜜ヌガー」

 

 合言葉を唱えた瞬間、ガーゴイルの石造は魂が宿ったかのように動き出し、ピョンと脇に退く。

 そしてガーゴイル像がいた壁が左右に開き、動く螺旋階段が現れた。

 私は螺旋階段を上っていき、奥にある重厚な樫の木の扉をノックする。

 すると扉はひとりでに開き、私を中へと招き入れた。

 

「おじゃましまー……って、誰もいないわね」

 

 私は校長室を見回すが、ダンブルドアの姿はない。

 まあアポなしでここに来た私が悪いのだが、まさかダンブルドアが留守なのに校長室に入ることができるとは思ってもみなかった。

 

「お客さんかな? 見ての通り、ダンブルドアはいないよ」

 

 不意に後ろから声を掛けられ、私は肩をびくつかせる。

 声の掛けられた方を振り向くと、いつもは寝ている歴代校長の肖像画のうちの一枚がこちらを見ていた。

 

「ええ、どうもそのようで。時間を改めることにします」

 

 私は肖像画に対して小さく頭を下げると、校長室を出るために扉に手を伸ばす。

 

「そうだ。思い出した。サクヤ・ホワイトか」

 

 だが、肖像画が私の名前を呼んだため、私はもう一度肖像画の方を向いた。

 

「私をご存じで?」

 

「よく知っているとも。今あの屋敷の主となっている者の名前ぐらいは」

 

 私は肖像画に近づき、下に書かれている名前を見る。

 そこには『フィニアス・ナイジェラス・ブラック』と書かれていた。

 

「フィニアス・ブラック……そう、貴方はブラック家の……」

 

「左様。少し前まではあの屋敷にも私の肖像画が飾られておったのだが、ノーレッジとかいう小娘に撤去されてしまった。あやつ、永久粘着呪文が掛けられた肖像画ですらもいとも簡単にはずしおったぞ。リフォームするとは言っておったが、あそこまで徹底的にやることもないだろうに」

 

「それはそれは……お邪魔させていただいております」

 

「ふん、別にいい。私が住んでいたわけではないしな。それに……いや、余計なお世話か。お前はサクヤ・ホワイトなのだからな」

 

 フィニアス・ブラックはそう言い残すと、早々に寝息を立て始める。

 私はもう一度フィニアス・ブラックの肖像画に頭を下げ、今度こそ校長室を後にした。




設定や用語解説

シリウスが動物もどきだと知らないサクヤ
 シリウスが動物もどきだと知っているのはルーピンとピーターの二名のみ。ダンブルドアですらシリウスが動物もどきだと知らない。

イブプロフェン
 マグルの痛み止めの薬

フィニアス・ナイジェラス・ブラック
 昔ホグワーツで校長の職についていた魔法使い。シリウスの祖先。ホグワーツの歴代校長で最も人望がなかった。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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