P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
ハグリッドが帰ってきてから一番最初の魔法生物飼育学の授業がやってきた。
私たちはいつもの四人で城を出ると、雪を掻き分けながら授業が行われる禁じられた森の近くへと向かう。
「ハグリッド、大丈夫かしら。あの後ハグリッドを説得に行ったんだけどやっぱり聞く耳持たなくて……」
ハーマイオニーが心配そうな声を出す。
まあ、ハーマイオニーの懸念もわかるが、ここまできたらハグリッドを信じるしかないだろう。
授業の集合場所に近づくにつれてグリフィンドールとスリザリンの生徒が増えてくる。
グリフィンドールとスリザリンは元々かなり仲が悪いが、あのクィディッチの試合以降、二つの寮の仲は過去最悪のものになっていた。
「おや、よく授業に顔を出せるねぇ。僕だったら恥ずかしくてホグワーツを自主退学してるところだよ」
少し遠くでマルフォイがロンを指差しながらスリザリンの女子生徒と話しているのが聞こえてくる。
ロンは顔を真っ赤にしてマルフォイに食ってかかろうとしたが、ハーマイオニーに腕を掴まれて止められた。
「ダメよ。ハリーが挑発に乗ってクィディッチを禁止になったのを忘れたの?」
「……わかってるよ」
ロンは力任せにハーマイオニーの手を振り解くと、ハッと我に返り小さくハーマイオニーに謝る。
私はため息交じりにマルフォイの方に視線を向けた。
マルフォイは私と目が合った瞬間、逃げるように視線を泳がせる。
まあ、別に私はスリザリンのあのプレイスタイルになんの不満も感じていない。
スリザリンのやり方は理不尽ではあるが反則でもなんでもない。
実際問題スリザリンのチェイサーの得点力は唸るものがあるし、ハリーにあれだけの時間スニッチを取らせなかったマルフォイのプレイングも大したものだ。
今年のスリザリンのクィディッチチームはかなりの仕上がりと言えるだろう。
私たちがハグリッドの小屋の前で待っていると、大きな牛の切り身を肩に担いだハグリッドが森の方から現れる。
「ええか? 今日は森の中で授業をするぞ。ほれ、ついてこい」
ハグリッドはそう言うと禁じられた森の中を指差した。
魔法生物飼育学で森の中に入るのは初めてのことだが、ハグリッドが一緒なら危険はないだろう。
私たちはハグリッドが踏み固めた雪の上を歩きながら森の中へと進んでいく。
「森の探索は五年生になるまで取っておいたんだ。より自然な生息地で勉強したほうがためになるっちゅうことだな。何にしても、今日のは珍しいぞ。連中を飼い慣らせとるのはイギリスでは多分俺だけだ」
それを聞いてマルフォイが近くのスリザリン生に何かをコソコソと耳打ちする。
きっと碌なものではないといった話をしているのだろう。
まあ、去年授業で飼育した尻尾爆発スクリュートという例があるので、碌なものではない可能性は捨てきれない。
私たちはハグリッドの案内で十分ほど森の中を歩くと、少し開けた広場のような場所に出る。
ハグリッドは広場の中心に担いでいた牛の肉を下ろし、全員が迷わずここまで辿り着いたことを確認した。
「よし、みんな揃っとるな。さあ、あいつらは肉の匂いに釣られて集まってくるだろう。だが、俺の方でも呼んでみる。俺が来たってことをあいつらも知りたいだろうからな」
ハグリッドは大きく息を吸い込み、甲高い叫び声を上げる。
まるで怪鳥の鳴き声のようなそれは何度か反響し森の中へと消えていった。
「冗談じゃないよ」
マルフォイが恐怖に顔を歪めながら呟く。
それに関してはスリザリン、グリフィンドール問わず同意だったようで、殆どの生徒が不安そうな表情をしていた。
それから数分ほど経っただろうか。
暗い森の奥から小さく足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
「……どうやら来たみたいだな」
ハグリッドが大きく太い指で森の奥を指差す。
ハグリッドが指差した先、木陰から現れたのはセストラルだった。
ドラゴンのような頭に骨張った馬のような体。
背中からは大きなコウモリのような翼が生えている。
なるほど、ハグリッドが授業でやりたかった動物とはセストラルだったのか。
ホグワーツ城からホグズミード駅までの馬車引きをしているのは知っているので、そこまで飼育が難しい魔法生物だとは思わなかった。
セストラルは真っ直ぐハグリッドの元まで近づいていくと、地面に置かれた生肉を食べ始める。
「さて、と。よくわからんって生徒が大半だろうな。ほれ、もう一頭来たぞ」
「もう一頭って、まだ一頭も来てないじゃないか」
マルフォイが顔を青くしながらハグリッドに言う。
「まあ、その指摘はもっともだな。さて、そいじゃ……こいつが見えるっちゅうやつは手を挙げてみろや」
私は小さく手を挙げる。
私の他にもスリザリンの男子生徒一人と、ネビルが手を上げた。
「三人か。まあそんなもんだろうな。ほれ、見えん生徒も俺の足元の生肉をよく見てみろ。何かが啄んどるのが見えるだろう? こいつらは見えんだけで確かにそこにいる。さて、この動物の名前がわかるものはいるか?」
ハグリッドの質問に、ハーマイオニーが真っ直ぐ手を挙げる。
ハーマイオニーには見えていないようだが、話に聞いた特徴だけで何の生物か当たりをつけたらしい。
「よし、そんじゃハーマイオニー、言ってみろ」
「セストラルです」
ハグリッドはハーマイオニーにニッコリ微笑む。
「そう、こいつらはセストラルだ。ホグワーツのセストラルの群れはみんなこの森に住んどる」
「確かセストラルってとーっても縁起が悪いってトレローニー先生が言っていたような……」
恐る恐るといった様子で消える生肉を観察しているパーバティがラベンダーに呟く。
ハグリッドはそれを聞いていやいやと首を振った。
「パーバティ、そいつは迷信だ。こいつらはどえらく賢いし、それに役に立つ。ほれ、ここにいる全員が毎年こいつらの牽く馬車に乗ってホグワーツまで移動しちょるだろうが」
それを聞いて、ハリーが「あっ!」と声を上げる。
私やネビルの目にはしっかりと馬車を牽くセストラルが見えていたが、ハリーたちには馬車が一人でに動いているように見えていたのだろう。
「さて、見ての通り……いや、見えてない者の方が多いと思うが、セストラルを見える者と見えない者がいる。どうして見える者と見えない者がおるのか知ってる者はいるか?」
ハグリッドはぐるりと生徒の皆を見回す。
先程と同じようにハーマイオニーが手を挙げた。
「セストラルを見ることができるのは……死を見たことがある者だけです」
そう、ハーマイオニーが答えた通り、セストラルを見ることができる者というのは、死を見たことがある人間だけだ。
何人も殺している私は勿論のこと、ネビルやスリザリンの生徒も何かの機会に人の死というものを見たことがあるのだろう。
「その通りだ。グリフィンドールに十点! さて、セストラルは──」
「ェヘン、ェヘン」
ハグリッドがセストラルの解説をしようとした瞬間、少し離れたところからわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
私が咳払いのした方向に視線を向けると、そこには緑の帽子とローブを着たアンブリッジが立っていた。
手にはクリップボードを構えており、ハグリッドをしげしげと見上げている。
「おお、アンブリッジ先生」
アンブリッジに気が付いたハグリッドがニコリとしながらアンブリッジに話しかける。
アンブリッジはハグリッドのほうに少し近づくと、大きな声でゆっくりと話し始めた。
「今朝あなたの小屋に送ったメモは受け取りましたか? 授業を査察すると書きましたが」
「ああ、そういえばそうだったな。この場所がわかってよかった。見ての通り──あ、いや、見えるかどうかは分からんが、今日はセストラルをやっちょる」
ハグリッドは近くにいるセストラルを指し示すが、アンブリッジには見えていないらしく、アンブリッジは顔を顰めて大声で聞き返した。
「え? 今なんと言いました?」
「あー……セストラル! 翼のある大きな馬だ。ほれ、こんな感じの」
ハグリッドは大きな声と身振りでアンブリッジにセストラルを説明しようとする。
アンブリッジはその様子に眉を吊り上げるとクリップボードにブツブツ言いながら書き始めた。
「原始的な……身振りに……頼らねば……ならない」
どうやらアンブリッジはハグリッドのことをトロールか何かと勘違いしているらしい。
まあ、ハグリッドが巨人とのハーフであるというのは事実なので、ハグリッドのことを何も知らなければそのような対応になるのも無理はないだろう。
「あー、とにかくだな……セストラルっちゅうのは……。っと、どこまで話したかな?」
「記憶力が弱く……直前のことも覚えていない……っと」
アンブリッジは呟き声を隠すことなく、またメモを取った。
わざと生徒に聞こえるように言っているのはもはや明白だ。
ハグリッドにもアンブリッジのブツブツ声は聞こえているらしく、明らかにアンブリッジを意識しながら口を開く。
「ああ、そうだ。ここにいるセストラルだがな。最初は雄一頭と雌五頭で飼い始めた。つまりは、こいつらはこの森で繁殖しちょる。イギリス魔法界でもこいつらの繁殖に成功しちょるのは俺ぐらいだろうな」
「当たり前です。魔法省はセストラルを『危険生物』に分類しているのですから。誰が好き好んで殖やすものですか。勿論、そのことを理解して繁殖させているのでしょうね?」
ハグリッドの授業を遮ってアンブリッジが口を挟む。
ハグリッドは待て待てと言わんばかりに反論した。
「勿論知っとるが……こいつらはそんなに危険じゃねえ。そりゃ、散々痛めつけたりすれば噛み付くこともあるかもしれんが──」
「暴力の……行使を……楽しむ……傾向がある……っと」
「そりゃ違うぞ! そんなことはしねえ!」
ハグリッドは少々心配そうな顔でアンブリッジに反論する。
だが、アンブリッジは聞く耳持たずと言った表情で続けた。
「普段通り授業を続けて下さいな。わたくしは歩いて見て回りますので」
アンブリッジは歩くようなジェスチャーをする。
「生徒たちの間を。そして、質問をしますので」
そして、生徒一人ひとりを指差し、口の前で手をパクパクと開閉させた。
ハグリッドはアンブリッジのその謎のジェスチャーの意図がわからないと言った様子でポカンとしている。
対照的に、それがアンブリッジの煽りであると瞬時に理解したハーマイオニーは顔を真っ赤にしながら悔しそうに拳を握りしめていた。
その後もアンブリッジは授業の査察を続け、授業の終わりにクリップボードを確認しながらハグリッドに言った。
「さて、査察に関してはこれでなんとなります。結果を貴方が受け取るのは十日後です」
アンブリッジは大きな声と身振りでハグリッドに伝えると満足げな表情を浮かべて城の方へと戻っていく。
ハグリッドは今だに何が起こったのか理解出来ていないような表情だったが、ハーマイオニーは顔を真っ赤にして悪態をつく。
「あの腐れ嘘つき怪獣ババア!!」
私たちはそのまま城への帰り道を辿る。
「アンブリッジが何を目論んでいるかわかるでしょう? ハグリッドをウスノロのトロールか何かに見せようとしているのよ。ただお母さんが巨人ってだけで……本当に不当だと思わない? 授業はとっても良かったのに」
確かに今日の授業は非常にまともだった。
「とっても面白いと思わない? 見える人と見えない人がいるなんて」
「ええ、本当に。不思議な生物よね」
私はハーマイオニーを見ながらクスクスと笑う。
でも、ハーマイオニーが言うようにアンブリッジがハグリッドを追放するのはそんなに難しい話ではないだろう。
魔法省がダンブルドアから戦力を引き裂こうとしているのは確かなようだった。
一つ気がかりなのは、ヴォルデモートの復活を見た本人である私に対する攻撃が無いところだろうか。
もっとも、私自身がアンブリッジに口実を与えないように立ち回っているというのもある。
だが、ファッジとしてはどうにかしてダンブルドアから私を引き剥がしたいと考えている筈だ。
確実にファッジの息がかかっているアンブリッジには今後ともに注意した方がいいだろう。
クリスマス休暇に入る最後の週の闇の魔術に対する防衛術の授業。
いつもと同じように教科書通りに授業を進めていたグリムが、授業の終わりに生徒に向かって仮面の下から呼びかけた。
「今日が休暇に入る前の最後の授業だ。年が明けてからは新しい範囲に入ろうと思っているが……ここまでの授業で何か質問があるものはいるか?」
生徒たちは互いに顔を見合わせると、小さく首を振る。
だが、ハーマイオニーだけは真っ直ぐと手を挙げた。
「質問よろしいですか?」
「ああ、勿論だとも。何が聞きたいんだいハーマイオニー」
ハーマイオニーは椅子から立ち上がる。
「あの、授業やグリム先生についてではないんです。……その、パチュリー・ノーレッジ先生についてお聞きしたくて」
ハーマイオニーがその名前を出すと、教室内が一瞬ざわつく。
グリムは何かを考えるように仮面を指でさすると、ハーマイオニーに対して聞いた。
「ふむ、ノーレッジ先生についてか……具体的には何を聞きたいのかな?」
「えっと、ホグワーツを卒業してからの数十年間、何をされていたのかとか、最近になって世間に姿を現し始めたのはどうしてかとか……そのようなことをお聞きしたいのですが」
ハーマイオニーの問いにグリムは腕を組んで考え込む。
ハーマイオニーはその様子を見て、途端に不安になったかのように言葉を付け足した。
「す、すみませんこんな授業には関係ないことを。私ノーレッジ先生のファンでして、つい……」
ハーマイオニーは顔を赤くして椅子に座ろうとする。
だが、ハーマイオニーが椅子に座るよりも早くグリムが口を開いた。
「先生は基本的に自分の研究室に籠って新しい魔法の開発や既存の魔法の改良、魔導書の執筆などを行っておられる。あの人は天才だ。いや、狂人と言った方が正しい」
グリムは何度か首を振るとパチュリーが執筆した教科書に手を添える。
「パチュリー・ノーレッジとアルバス・ダンブルドアがホグワーツの同級生だというのは知っているかな? ダンブルドアが男子の首席、ノーレッジ先生が女子の首席だったらしい。ダンブルドアはホグワーツ卒業後、様々な偉業を成し遂げ、最終的にはホグワーツの校長というポストに収まった。ダンブルドアは優秀な魔法使いのお手本のような存在だと言えるだろうね。一方、ノーレッジ先生はどうだったか──」
グリムは教科書を手に取ると、私たちに背を向ける。
「ノーレッジ先生はホグワーツを卒業してすぐ、自身の研究室を構え、研究に没頭した。ダンブルドアと並ぶとも劣らない知力と才能を持った魔法使いが己の全てを魔法という学問の研究に捧げたんだ。それがどれほどのことか、わからないものはいないだろう?」
その光景を想像し、私の背中に一筋の汗が流れる。
「ホグワーツを卒業して約百年。あの人の魔法は今だに進化を続けている。この本に書いてある内容だってそうだ。魔法省の教育方針に沿った内容ではあるが、書かれていることは今までの魔法の概念を覆しかねない内容ばかりだ」
グリムはそこで一度言葉を切ると、教科書を机に置き、自らも椅子に座り込む。
「だが、最近になって、ノーレッジ先生が世間に顔を出すようになった。百年もの間、研究に全てを捧げてきた先生がだ」
グリムはそこで一度言葉を溜めると、小さな声で言った。
「きっとここ数年で魔法界は大きく動く。先生が私をホグワーツに送り込んだのもそれが理由だろう。子供たちにこの先を生き延びる術を授けるために。あの人は、もしかしたら第二次魔法戦争が起こることを予期しているのかもしれない」
息が詰まるような沈黙が防衛術の教室に流れる。
グリムは机の上の資料や教科書を鞄に詰め込むと、小さく咳払いをした。
「では諸君、年が明けたらまた会おう」
グリムはそう言うと教室から出ていく。
教室には呆然としたまま動けない生徒たちと、立ったまま固まっているハーマイオニーが残された。
設定や用語解説
セストラル
骸骨のような身体に蝙蝠のような翼を持つ天馬。死を目撃した者にしか見えず、その見た目も相まって不吉の象徴とされている。
セストラルが見えないハリー
セドリックが生きているため。また、赤子の頃に両親の死を目撃しているが、それはノーカウント(原作と同じ扱い)
相変わらず地雷の上でタップダンスを踊るハーマイオニー
ハーマイオニー視点で見ると、サクヤがセストラルが見える理由はブラックを殺したからということになる。それに気が付かず「面白い」というハーマイオニーと、わかってて同意するサクヤ。
大天才パチュリー・ノーレッジ
ダンブルドア以上の才能を、百年以上研究のためだけに費やした魔女。世間の認識ではダンブルドアの方が優秀だという風潮があるが(そもそも存在を知らない魔法使いが大半)、魔法を純粋に学問として見た場合、彼女の右に出るものは殆どいない。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。