P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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縫合とサンタと私

「で、興味本位で縫合を試してみたってわけですか」

 

 クリスマス当日の昼。

 私たちはムーディ、ルーピンの護衛のもと聖マンゴに入院しているアーサーの病室を訪れていた。

 

「傷口を針と糸で縫い合わせるなんて……アーサー、貴方は人形ではないのですよ!」

 

 モリーはベッドで横になっているアーサーを叱りつけている。

 なんでも蛇に噛まれた傷口に対してどうしてもマグルの医療を試したかったらしく、癒者と結託して傷口を縫合したらしいのだ。

 それでうまくいけばよかったのだが、結果としては大失敗。

 蛇の毒が縫合糸を溶かしてしまい、傷口がぱっくりと開いてしまったらしい。

 完全に説教モードに入ってしまったモリーの後ろで私とハリーとロン、ハーマイオニーは目配せしあう。

 そしてムーディに喫茶室に向かうと告げ、こっそり病室を後にした。

 

「まったく縫合だなんて……パパらしいけど」

 

 ロンは廊下を歩きながら呆れたような声を出す。

 

「一応マグルの医者の名誉のために言っておきますけど、普通の怪我では上手くいきますからね」

 

 ハーマイオニーは少し複雑な表情をしながら言った。

 私たちは六階にある喫茶室を目指して階段を上がっていく。

 五階まで上った時、ふとハリーが足を止めた。

 

「あの人……どこかで見たことあるような……」

 

 ハリーの言葉に、私たちは揃って五階の廊下に目を向ける。

 『呪文性損傷』の看板のすぐ下にその男性は立っていた。

 

「……あ、クラウチさんじゃない? ほら、国際魔法協力部でパーシーの元上司の」

 

 去年三大魔法学校対抗試合の運営の一端を担っていた魔法省の役人だ。

 確か息子のクラウチ・ジュニアに服従の呪文で操られていて、衰弱しているところを闇祓いに保護され、そして……。

 

「廃人になって魔法省を引退したって聞いてたけど、まさか聖マンゴに入院していたなんて」

 

 クラウチ・シニアは焦点のおぼつかない目で壁に手をつきながらふらふらと廊下を歩いている。

 どう見ても一人で病院内を彷徨いていい状態ではない。

 きっと何かの間違いで病室から出てきてしまったのだろう。

 

「こんにちはクラウチさん。私のことを覚えていますか?」

 

 私はクラウチ・シニアの前に立つと、にこやかに微笑みかける。

 クラウチ・シニアはやつれたシワだらけの顔をこちらに向けると、うめき声のような音を口から発した。

 

「そうですか。それは何よりです。っと、そんなことより、勝手に病室を出てはお癒者さんに怒られてしまいますよ。自分の病室がどこかわかりますか?」

 

 私はクラウチ・シニアに対し開心術を掛ける。

 ぐちゃぐちゃな思考で何を考えているか分かったものではないが、病室の場所ぐらいは見ることができた。

 

「サクヤ、この人って……」

 

「どうして入院しているのか。聞きたいことはそれ?」

 

 私はクラウチ・シニアの手を握って引っ張りながらハリーに問い返す。

 

「難しい話ではないわ。きっと一年もの間服従の呪文で操られ、酷使された結果、心が壊れてしまったんでしょうね。妻には先立たれ、息子は死喰い人として指名手配中。家で看病できる人もいないんでしょう」

 

 私はクラウチ・シニアの記憶にある病室を探しながらハリーに言った。

 

「っと、ここね」

 

 私はクラウチ・シニアの病室を見つけると、ドアノブに手を掛ける。

 だが、ドアノブを捻っても硬い手ごたえがあるだけで、扉が開くことはなかった。

 きっと扉に鍵が掛かっているのだ。

 私はクラウチ・シニアの手を離すと、時間を止めて杖を取り出す。

 そして扉についている鍵に対して鍵開けの呪文を使い、鍵が開いたことを確認してから時間停止を解除した。

 

「ちょっと立てつけが悪いわね」

 

 私は誤魔化すようにそう言うと、病室の扉を押し開ける。

 そこには、赤と白の暖かそうな服を着た……いや、言い方を変えよう。

 

 そこにはサンタ服を着た死喰い人のクラウチ・ジュニアが血まみれのナイフを片手に握りしめ立っていた。

 

 クラウチ・ジュニアは急に扉が開いたことに驚いていたようだったが、私たちの顔を見てすぐに平静を取り戻す。

 

「なんだ。お前らか。癒者か闇祓いかと思って無駄に驚いたじゃないか」

 

 クラウチ・ジュニアは小さく安堵の息をつくと、血まみれの手で髪をかき上げる。

 クラウチ・ジュニアの後ろには血だまりができており、その中に二人の男女が横たわっていた。

 いや、その二人だけではない。

 どのベッドを見回してもシーツやマットが赤く染まっており、血の匂いが部屋に充満している。

 どうやらクラウチ・ジュニアはこの病室いる全ての患者を刺し殺したようだった。

 私は形だけでもと思い杖を抜く。

 それを見て後ろの三人も慌てて杖を抜いた。

 

「こんなところで何をしているの? バーテミウス・クラウチ・ジュニア」

 

 私がその名前を呼ぶと、ハーマイオニーがハッと息をのむ声が聞こえてくる。

 そう、私はともかく、後ろの三人もクラウチ・ジュニアと初対面というわけではない。

 クラウチ・ジュニアは私たちが四年生の時にムーディに変装してホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えていたのだ。

 

「何って、見たらわかるだろう? お前たちが連れているそいつ……俺の親父のお見舞いだよ。もっとも、お見舞いはお見舞いでもナイフをお見舞いしに来たってわけだが」

 

 クラウチ・ジュニアは手に持っているナイフをくるくると回す。

 

「だが、どうやら俺は相当運がいい。いや、あいつが殺せと、俺を導いたのかもな。我が君の怨敵、そしてあいつの仇であるロングボトム夫妻が親父と同じ病室だとは」

 

「ロングボトム夫妻……まさか、そこに倒れているのって……」

 

 私の後ろでハリーが呟く。

 クラウチ・ジュニアはそれを聞いてニヤリと口を歪ませた。

 

「お前の察しの通りだハリー・ポッター。あのドジでスクイブのネビル坊ちゃんのご両親だ。アズカバンに収監されているときから、こいつら二人のことがずっと気がかりだった。だが、これでようやくスッキリしたぜ」

 

 クラウチ・ジュニアはまっすぐ私の顔を見る。

 そして一瞬優し気な表情を浮かべると、私に対してナイフを向けた。

 

「だが、まだ俺の仕事は終わっちゃいない。サクヤ・ホワイト。お前が連れているそいつ、俺の親父をきちんとあの世に送り届けてミッションコンプリートだ」

 

 クラウチ・ジュニアはナイフを向けたまま私の方へと歩き出す。

 それを見てハリーとロンが私の前に飛び出し、杖をクラウチ・ジュニアに向けた。

 

「エクスペリアームス!」

 

 ハリーの武装解除呪文がまっすぐクラウチ・ジュニアに向かっていく。

 だが、クラウチ・ジュニアは少しだけ身を逸らすだけで武装解除呪文を避けると、手に持っていたナイフを投擲した。

 投擲されたナイフは鋭い風切り音と共に私の顔スレスレを掠める。

 そして私のすぐ後ろにいたクラウチ・シニアの額に深々と突き刺さった。

 

「ははっ! 命中!」

 

 クラウチ・ジュニアは余裕のある動きでローブから杖を取り出す。

 その時、私の後ろで間の抜けた声がした。

 

「あれ? ハリーに、ロンに、ハーマイオニー。それにサクヤも。なんでここにいるの?」

 

 私はクラウチ・ジュニアを視界の隅に捉えながら後ろを振り返る。

 そこにはネビルと、ネビルの祖母と思わしき老年の魔女が立っていた。

 

「ネビル! 来ちゃだめだ!」

 

 ハリーが慌ててネビルに叫ぶ。

 だが、ネビルの祖母はすぐに状況を理解したのか神業とも思える速度で杖を引き抜くと部屋の中に滑り込み、クラウチ・ジュニアに杖を突き付けた。

 

「クゥウウウラァァアアアウゥゥゥチィィィィイイイイイイ──ッ!!!」

 

 ネビルの祖母は部屋の惨状を見るや否や獣のような雄たけびを上げてクラウチ・ジュニアに突っ込んでいく。

 クラウチ・ジュニアはそれを見て満面の笑みを浮かべた。

 

「俺の裁判以来だなロングボトムのババア! とっくの昔にくたばったもんだと思ったぜ!」

 

「やはりお前はアズカバンなんぞに入れず、あの場で殺しておくべきだった!!」

 

 クラウチ・ジュニアとネビルの祖母との間で閃光が飛び交う。

 私はその攻防を目で追っていたが、怒りで我を忘れて攻撃しているネビルの祖母とは対照的に、クラウチ・ジュニアはどこか遊んでいるかのように楽しげだ。

 私はもう一度病室内を見回す。

 中にいる患者はクラウチ・シニア含め全員が死亡している。

 クラウチ・ジュニアの目的が自分の父親の抹殺だとしたら、目的は既に果たしているはずだ。

 下の階にいるムーディやルーピンが駆け付ける前にクラウチ・ジュニアを逃がした方がいい。

 私はクラウチ・ジュニアに対し叱りつけるような視線を送る。

 クラウチ・ジュニアはすぐにその視線に気が付いたのか、わかりましたよと言わんばかりに気まずげな表情を浮かべた。

 

「ルーモス・マキシマ!」

 

 クラウチ・ジュニアが呪文を唱えた瞬間、強い光が目を焼き一瞬周囲が見えなくなる。

 その時、バシッという姿くらまし特有の破裂音が聞こえ、視力が回復する頃にはクラウチ・ジュニアの姿は跡形もなく消え去っていた。

 

「──っ、逃げられた……いや、助かったと言った方がいいのかしら」

 

 私はしゃがみ込み、足元に転がるクラウチ・シニアの死体を調べる。

 クラウチ・ジュニアが投げたナイフはかなり深く突き刺さっており、頭蓋骨を貫通して脳にかなりの損傷を与えているように見えた。

 

「これじゃあもう助からないわ」

 

 私はそのまま視線を前方に向ける。

 そこには血溜まりの中に倒れ伏すロングボトム夫妻を見下ろすネビルの姿があった。

 

「ネビル……その、なんて言ったらいいか……」

 

 ハリーがネビルに近づいていき、オロオロとした視線を向ける。

 だが、ネビルは悲しげというよりかは困惑したような表情だった。

 

「正直、物心つく前から正気じゃなかったから、どんな顔していいかわからないんだ。わからないんだけど……」

 

 ネビルは誰に言うでもなく呟く。

 だが、その目からは自然と涙が出て溢れ、足元に広がる血溜まりと混ざり合った。

 

 

 

 

 

 数日後、ロングボトム夫妻の葬式がロングボトム家でひっそりと行われた。

 葬式の規模は決して大きくはなかったが、不死鳥の騎士団員以外にも多くの参列者が集まった。

 ロングボトム夫妻が生前どれほど慕われていたかがよくわかる。

 

「優秀な闇祓いだった。二人のお陰で命を救われた騎士団員は大勢いる」

 

 葬式が行われた日の夜。

 騎士団本部のダイニングでムーディは自分のスキットルから少しスコッチを煽ると、軽く顔を振った。

 私は懐中時計を取り出し、今の時間を確認する。

 現在時刻は深夜の二時半。

 もう殆どの者が寝付いており、ダイニングに残っているのは私とムーディだけだった。

 

「死喰い人に拷問されて聖マンゴに入院しているという話は聞いていましたが……一体何があったんです? 発狂するまで拷問されるなんて、ただ事じゃないですよね?」

 

 私は手元で懐中時計を弄りながらムーディに聞く。

 ムーディは話しにくそうに少し唸ったが、スコッチをもう一口煽ってから口を開いた。

 

「二人が死喰い人たちに捕まったのは例のあの人がハリー・ポッターに敗れた数日後だ。フランクとアリスはその時死喰い人の残党狩りに駆り出されていた。確かその時追っていたのはセレネ・ブラックとかいう死喰い人の魔女だ。二人は死喰い人を追い詰め、そして打ち破った。生きて捕えることはできなかったようだが……命がけの決闘だ。相手を殺していなかったら、殺されていたのは二人の方だろう。……そこまではよかった」

 

 ムーディは怒りをかみ殺すようにスキットルを傾ける。

 

「その現場にバーテミウス・クラウチ・ジュニアが現れたのだ。クラウチ・ジュニアは死喰い人との決闘で既に満身創痍だった二人に襲い掛かり、二人を捕えて死喰い人のアジトに監禁した。自分たちのご主人様を倒されたことに相当腹を立てていたのだろう。クラウチ・ジュニアやベラトリックス・レストレンジといった狂信的な死喰い人が腹いせと言わんばかりに二人を拷問したのだ」

 

「じゃあ、その拷問で二人は──」

 

「クラウチ・ジュニアやレストレンジが捕まり、二人は無事救出された。だが、長時間にわたる拷問に晒された二人の精神は無事では済まなかった」

 

 まあそうだろう。

 磔の呪文は人間に最大限の苦痛を与える呪文だ。

 数秒喰らうだけでも穴という穴から液体を垂れ流し、無様な姿を晒すことになる。

 

「それじゃあ、どうしてクラウチは今になって二人を殺害するようなことをしたのでしょうか」

 

「父親を殺しに来たついで……と言ったら言い方が悪いが、二人の殺害が主目的ではないことは確かだろう。バーテミウスという優秀な役人が復帰する前に殺しておきたかったのだろうな」

 

 確かにクラウチはあの病室に入院していた患者を全て殺していた。

 ロングボトム夫妻もその流れで殺されたと考えるのが自然だろう。

 だが、私の脳裏にクラウチの言葉が引っかかる。

 クラウチはあの時ロングボトム夫妻のことを『あいつの仇』と言っていた。

 『あいつ』というのは、ムーディが言っていた『セレネ・ブラック』のことだろう。

 魔法界でブラックと言ったらブラック家が真っ先に思い浮かぶ。

 まあ、ブラック家というのは魔法界ではかなり大きな一族だ。

 直系は私がシリウス・ブラックを殺したことによって途絶えたが、分家はかなりの数存在しているはずだ。

 

「結局、あの後クラウチ・ジュニアを捕えることは出来ていないんですよね?」

 

「相当用心深い性格だ。それに度胸もある。わしに成り代わって一年間もダンブルドアのすぐそばに潜むような男だ。そう簡単には捕まらないだろう」

 

 まあ、私としてはクラウチには捕まって欲しくはないが。

 近いうちにクラウチからも話を聞いてみたほうがいいかもしれない。

 私はわざとらしくあくびをすると、椅子から立ち上がった。

 

「そろそろ寝ます。ムーディさんもお酒はほどほどに……」

 

「余計なお世話だ」

 

 私は小さく肩を竦めると、ダイニングを後にする。

 そして自分の部屋へと続く階段を上り始めた。




設定や用語解説

入院中のクラウチ・シニア
 原作では五月にホグワーツの禁じられた森で殺されている。今作では対抗試合の代表選手がハリーではなくサクヤだったので、第二の課題のヒントが隠されている卵を開けるために監督生用の浴場に深夜に忍び込むこともなく、帰り道に忍びの地図でクラウチの名前を見ることもなく、クラウチ・ジュニアが忍びの地図の存在を知ることもなかったため、クラウチ・ジュニアがわざわざホグワーツへクラウチ・シニアを呼び寄せて殺すということはしなかった。

クラウチ・ジュニアの本来の任務
 本来は無言者のブロデリック・ボードの口封じが任務だが、目的の秘匿のために自分の父親を殺しに来たということにした。

セレネ・ブラック
 第一次魔法戦争で猛威を振るった魔女。魔法薬のスペシャリストであり、最もヴォルデモートと距離の近かった死喰い人。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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