P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
次に目が覚めた時には、太陽はかなり高い位置まで上がっていた。
私は洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見る。
白い髪に青い瞳、年齢の割には童顔だが、人形のような整った顔立ち。
いつも通りの私の顔だ。
「にしても、流石にお腹が空いたわ」
私がそう呟いた瞬間、ぐぅとお腹が鳴る。
そういえば昨日から何も食べてない。
このままではお腹と背中がくっついてしまうだろう。
そんなことを考えながら洗面所から出ると机の上にホグワーツでよく出るような昼食が用意されているのを発見した。
きっと、大広間と同じ献立だろう。
大広間に出す料理の一部を魔法でこちらに移動させたに違いない。
「気が利くわね」
私は窓ガラスに叩きつけた椅子を元の位置に戻すと、椅子に座って食事を取り始める。
なんというか、勉強もせずに労働もせずに寝てるだけの生活ができるのなら、この生活も悪くないのではないだろうか。
「そうね、あとは一生掛かっても読み切れない本と、新聞があれば完璧ね」
「生憎、そういうわけには行かんの」
不意に部屋の隅からダンブルドアの声が聞こえてくる。
私はフォークを咥えながら声が聞こえた方を見た。
「そんなこと言わないでくださいよ。一生をここで暮らすのだとしたら、あまりにも退屈ではありませんか。ほら、退屈は人生における最悪の毒だと言いますし」
私はベーコンを齧りながら部屋の隅に出現したダンブルドアに対して言う。
ダンブルドアはそんな私を見て軽く首を振った。
「君がここで一生を終えるかどうかは、君次第じゃ」
「そんなこと言って。先生が私をここから出す理由なんてないじゃないですか」
やれやれと言わんばかりに私は肩を竦めると、フォークでベーコンを突き刺す。
だが、ダンブルドアはそんな私の言葉に対して静かに首を横に振った。
「わしは、条件次第ではお主をここから出してもいいと考えておる」
ダンブルドアの予想外の解答に、私は一瞬固まってしまう。
「……話を聞きましょうか」
ダンブルドアはその場から動くことなく、じっと私を見ながら話を続けた。
「まずは、謝ろうかの。乙女の秘密を洗いざらい喋らせたことをじゃ」
「それは謝ってください。プライバシーの侵害ですよ?」
私は冗談めかして言うが、ダンブルドアの表情は変わらない。
「じゃが、興味深い話が聞けた。サクヤ・ホワイト、君はわしの思っていた以上に秘密の多い生徒じゃった。一年生の時、密かにヴォルデモート卿と対決し、賢者の石を守り抜いた。二年生の時は結果的にホグワーツ休校の危機を救った」
「ええ、その通り。実は私は正義のヒーローだったんですよ」
「わしもそう思うよ。君は確かにグリフィンドール生にふさわしい正義の心と、勇気を持っておった。じゃが、三年生になる頃には殺人への抵抗があまりにもなくなりすぎた。君は自己満足と自己保身のためだけにシリウス・ブラックを殺した。それでも、まだ君は大きく道を踏み外していたわけではなかった。そして、それは四年生になっても変わらなんだ」
ダンブルドアは真剣な顔で私を見る。
「君は四年生の学期末、第三の試験の時まで、身の振り方を決めかねていた。君が闇の魔法使いへの道に手を出したのは、ヴォルデモート卿の復活に加担してからじゃ」
「……昨日の記憶が曖昧なもので、違うことを言っていたらすみません。私は別に、ヴォルデモートの娘でも、ヴォルデモートの崇拝者でもない。あくまで利害が一致していたから、ヴォルデモートに加担したにすぎません」
「心配せんでも、昨日も同じことを言っておったよ。自分はヴォルデモートの娘ではない。他の死喰い人に怪しまれないように、親子を演じることに決まったと」
私はフォークを再び手に取ると、皿に残ったレタスを突き刺し、口に運ぶ。
「昨日も話した通り、グリムがあの時介入していなければ、お主はハリーを殺す気などさらさら無かったのではないか? 殺人という行為に慣れた君でも、親友を殺すことは躊躇われた。じゃが、君の時間を止める能力を隠さなければならないというある種の強迫観念は、その最後に残された倫理を突破した」
「そりゃ……ハリーを殺さなくて済むなら、それに越したことはありませんよ。ハリーは私の親友ですし。でも、あんなことになったらもう殺すしかないじゃないですか。あの時ブラックが余計なことをしなければ、少なくとももう少し長い時間一緒にいることができた」
私の顔を見つめるダンブルドアの目が見開かれる。
私はその顔を見て首を傾げたが、急に食べていたレタスが塩辛くなったのを感じ、理由を察した。
私は、いつの間にか涙を流していた。
「すみません私ったら。なんで……」
私は無理矢理平静を装いながら手の甲で涙を拭う。
その様子を見て、ダンブルドアは軽く顔を伏せた。
「……すまなんだ。わしがもう少し早く君をこちらに引き戻せていたら、君は親友を手に掛けることもなかった」
「……遅いですよ。もう、何もかもが遅い。ハリーはもう帰ってこない。私が殺したから。私がこの手で──」
「遅くはない。わしは、その話をしにここを訪れた」
遅くはない?
私はダンブルドアの顔を見上げる。
「どういうことです?」
「ヴォルデモート卿が復活し、ハリー・ポッターという英雄が死んだ今、魔法界は新たな英雄を欲している」
新たな英雄。
私はその言葉を聞いただけで、ダンブルドアが私に何をさせたいのかを理解した。
「……私を第二の生き残った子供に仕立て上げると?」
「察しが良いの。ハリーを殺したのはサクヤ、君ではなくヴォルデモートじゃ。君はヴォルデモートの手を逃れ、生き残った女の子。三大魔法学校対抗試合の優勝者にして、魔法決闘の天才。魔法界中が君に期待し、希望を持つじゃろう」
確かに、その通りではあるだろう。
少なくとも事実をそのまま公表するよりかは、そちらの方が何倍もマシだ。
ハリーが死んだという事実は偽装のしようがない。
だが、ハリーを殺したのが誰か、という事実ぐらいは偽装することができる。
「……ちょっと待ってください。ダンブルドア先生、それじゃあ、貴方はまさか──」
「サクヤ・ホワイト。わしに協力して、ヴォルデモートを殺す手助けをしてほしい。それが、この部屋から出す条件じゃ」
ダンブルドアは私に一歩近づくと、右手をそっと私に伸ばす。
「ヴォルデモートを裏切れと、先生はそう言っているわけですね」
「今のお主にとっては、それが一番の道じゃと思うが」
私は手に握っているフォークをじっと見つめると、そのフォークを床に投げ捨てる。
「やーめた」
私は椅子から立ち上がると、軽い足取りでダンブルドアに近づく。
そして、先程までフォークを握っていた右手でダンブルドアの右手を握った。
「いいでしょう。ヴォルデモートを殺すのに協力します。ですが、ヴォルデモートを殺した瞬間、手の平を返して私をアズカバンに閉じ込める、とかはやめてくださいよ?」
「もちろんじゃとも。ヴォルデモートが死んだ暁には、君が犯した罪は墓場まで持っていく秘密にすることを誓おう」
ダンブルドアは私が投げ捨てたフォークに軽く目を向ける。
「ところで、フォークを床に捨てるのは少々行儀がよろしくないのではないかな?」
「貴方を殺すのをやめたという意思表示ですよ。私の能力は分かっているでしょう? あんなものでも、無抵抗の老人一人殺すには十分です」
私は冗談交じりにダンブルドアにそう告げる。
だが、ダンブルドアは余裕そうな表情を崩さずに言った。
「そのことなんじゃがのう……流石に手を打たせてもらった」
私は眉を顰めると、握手していた右手を放し、時間を停止させる。
だが、ダンブルドアの時間が止まることはなかった。
「ヴォルデモートと君が連絡を取り合っていた手段にヒントがあった。両面鏡じゃよ」
「両面鏡? ……ダンブルドア先生、まさか──」
「そのまさかじゃ。両面鏡の欠片を君とわしの体に埋め込んである。君が止まった時間の中を動き出したら、わしも一緒に動き出すといった寸法じゃ」
「……変態」
私は全身をくまなくまさぐるが、鏡の欠片を感じることは出来ない。
きっと摘出が困難な場所に埋め込まれているのだろう。
「悪く思わんでくれ。必要な処置じゃ。君をこの先監禁せずに、ホグワーツで日常生活を送らせるためにはの」
「日常生活? つまりは、普通に授業に参加していいと?」
私の問いにダンブルドアは頷く。
「勿論じゃとも。むしろ、普通に授業に参加して貰わなければ困る。君はあくまで英雄として、魔法界に存在しなければならない」
「授業に出るということは、杖は返していただけるんで? 私だけその辺の木の枝を振り回すというのはあまりにも滑稽ですから」
「それも勿論じゃとも。既に魔法省から回収してある。じゃが、一つ忠告しておこう。パチュリー・ノーレッジの瞬間移動の呪文を使って移動することはできるが、どこへ移動したかはわしには筒抜けじゃ」
「それも、両面鏡の欠片の効果……というわけですか」
そうか、私が全てを正直に喋ったのだとしたら、パチュリー・ノーレッジが開発した瞬間移動魔法に関しても知り得ているか。
これで私が密かにヴォルデモートに接触することを阻止しようということだろう。
「そこまで心配しなくとも大丈夫ですよ。今更ヴォルデモート卿につくメリットないですから」
私はもう一歩ダンブルドアに近づき、ダンブルドアの顔を見上げる。
「というか、私に裏切ろうと思わせないでくださいよ?」
「ほっほっほ。そう在れるように努めよう」
私は地面に投げたフォークを拾い上げると、空になった皿の上に投げる。
フォークは放物線を描いて宙を舞うと、音を立てて皿の上に落ちた。
それから数日の間、辻褄を合わせるために私はダンブルドアの用意した部屋で新聞を読んで過ごした。
どうやら私の予想通り、魔法界の情勢にかなり大きな動きがあったらしい。
まず一番大きく取り上げられているのは、ヴォルデモート卿の復活だ。
流石のファッジも、魔法省の中を堂々と散歩されてはヴォルデモートの復活を信じざるを得なくなったらしい。
新聞記事を読む限りでは、魔法省のエントランスホールでダンブルドアとヴォルデモートがかなりの大立ち回りを演じたようだ。
きっとその時、ダンブルドアがヴォルデモートと決闘せず、そのまま見逃して予言の間に直行していれば、私はブラックとハリーを殺すことなくダンブルドアに拘束されていただろう。
ヴォルデモート卿の復活を認めたファッジは、すぐに自らの力不足を認め、魔法大臣を辞任。
突然の辞任に無責任だとの声も上がるが、こればっかりは仕方がない。
真相を知っている私たちからしたら当然の辞任だが、何も知らない者たちから見たらヴォルデモートに怯えて魔法大臣を辞任したようにしか見えないからだ。
実際のところはファッジ派閥の解体と、ダンブルドアと連携が取りやすい人物を魔法大臣に据えるための工作だろう。
ファッジの後釜として闇祓い局局長のルーファス・スクリムジョールが魔法大臣に就任した。
スクリムジョールは入省以来第一線で戦い続けた歴戦の闇祓いだ。
ヴォルデモートが復活し、魔法界中が戦火に飲まれようとしている今のご時勢にはぴったりな人選だろう。
その次に大きく取り上げているのは、ハリー・ポッターがヴォルデモートに殺されたという記事だ。
ダンブルドアが私に説明した通り、ハリー・ポッターはヴォルデモートに殺されたということになったらしい。
それと同時にホグワーツで起きた事件について取り上げられている。
魔法省、ホグワーツの正式な発表はこうだ。
『ハリー・ポッターとサクヤ・ホワイトをホグワーツの外に誘き出すために死喰い人がセドリック・ディゴリーに服従の魔法を掛け、二人を襲わせた。死喰い人の狙い通りサクヤ・ホワイトが誤ってセドリック・ディゴリーを殺傷。魔法法に則り開かれた裁判の隙を突いて死喰い人がハリー・ポッターとサクヤ・ホワイトを誘拐した』
そこで、ハリーは殺されてしまったが、私はヴォルデモートの隙を突き、命からがら逃走した、という筋書きだ。
今回の事件を受け魔法省は私の無罪を認め、『生き残った女の子』として英雄視し始める。
日刊予言者新聞もそれに乗っかり、事件から三日も経たないうちに私は第二のハリー・ポッターとして魔法界で持ち上げられることになった。
「これ、死喰い人達からしたら相当な謎よね」
私は新聞を捲りながら一人零す。
何せ、ヴォルデモート卿の娘がいつの間にかヴォルデモート卿を倒す英雄として魔法界で持ち上げられているのだ。
いや、まあそれでもヴォルデモートは何が起こったか正確に理解しているだろう。
殺すつもりのなかったハリー・ポッターの死に、連絡が取れなくなったサクヤ・ホワイト。
状況からしてハリーを殺したのは私以外には考えられない。
きっとヴォルデモートは私がダンブルドアに寝返った、もしくは脅されて利用されていると考えるだろう。
まあ、どちらも正解だが。
ダンブルドアに協力しなかったら、私は今いるこの小部屋に一生閉じ込められることになる。
ダンブルドアに協力してヴォルデモート卿を殺すしか選択肢がない。
それに、両面鏡の欠片の効果でダンブルドアには時間を操る能力が通用しない。
だとしたら、ダンブルドアを殺すよりヴォルデモートを殺す方が簡単だ。
「ヴォルデモートには悪いけど、私の平穏のために死んでもらうわ」
私は新聞を丁寧に折りたたむと、ベッドに向かって放り投げた。
設定や用語解説
ダンブルドアの決断
サクヤを仲間に引き入れるという決断に慈悲は存在しない。ただやむを得ず、それしか方法がないからというのが正しい。
身体に埋め込まれた両面鏡
これによってダンブルドアはサクヤの時間操作の影響を受けない。また、サクヤの閉心術は己の時間を少しズラすことで心を読まれないようにしているため、今のダンブルドアならサクヤに開心術を掛けることができる。
祭り上げられたサクヤ
ハリーに代わり、サクヤが英雄として祭り上げられることになった。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。