P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
私が小部屋に監禁されてから三日が経った。
私はホグワーツの制服を着こむと、鏡の前で身なりが整っているかを確認する。
私が鏡の前でくるくる回っていると、今まで一度も開くことのなかった扉がノックされた。
「どうぞー」
私は気の抜けた返事を扉に向かって返す。
すると、扉がゆっくりと開かれ、ダンブルドアが部屋の中に入ってきた。
「約束通り、今日から授業に復帰じゃ」
ダンブルドアは机の上に私の杖や懐中時計などの魔法省で取り上げられた小物を並べる。
私はそれらをローブや制服のポケットに仕舞いながら言った。
「没収されたナイフが一本もないんですが」
「学業には必要なかろう」
ごもっともだ。
私は最後に杖を手に取り、軽く力を込める。
すると杖の先から七色の光が飛びだし、周囲に散った。
「よし、状態は上々ね。他の先生方はどこまで状況をご存じで?」
「ハリー君を殺したのが君であるということを知っておるのはわしだけじゃ。他の先生方や生徒には、君は今の今まで聖マンゴの集中治療室で怪我の治療を受けておると説明してある」
「ブラック……グリム先生に関してはなんと?」
私がグリムの名前を出すと、ダンブルドアは小さく顔を伏せた。
「サクヤ、君を英雄として祭り上げる必要がある以上、シリウス・ブラックの名誉を回復させるわけにはいかなくなった。シリウス・ブラックには、グリムという謎の人物のまま存在を消してもらうことになる。シリウス・ブラックはあの場にいなかった。そして、グリム先生は情勢の変化もありホグワーツの教授職を去ったという設定じゃ」
「それじゃあ、表向きはグリム先生は死んでいないと、そういうことですか」
「そうじゃ」
まあ、真実がどうであれ、それが一番丸く収まる筋書きだろう。
「でも、パチュリー・ノーレッジはそれで納得するんですか?」
「パチュリー・ノーレッジとしても、今回のグリムの行動は予想外のものだったようじゃな。逆に弟子の独断専行に対する謝罪を貰ったぐらいじゃよ」
「そうですか……ということは、パチュリー・ノーレッジは今回の件についてかなり正確に把握していると?」
私の問いに、ダンブルドアが頷く。
「流石にわしの口から真実を説明した。グリム先生……シリウス・ブラックと同じように、彼女もお主の正体について知り得ていたようじゃからの。事情を説明しておかねば、双方にとって不都合な事態になりかねん」
まあ、それはそうだろう。
弟子であるブラックが知っていて、その師匠であるパチュリーが知らないなんてことはあるはずがない。
なんにしても、闇の魔術に関する防衛術の先生が新しくなるのは確かだ。
「さて、それでは参ろうかの。全校生徒が君の帰りを待ちわびておる」
「ええ、そうしましょう」
私はダンブルドアのあとに続いて小部屋を出る。
部屋を出た先はホグワーツで見慣れた石造りの廊下だった。
確証はないが、ここはグリフィンドールの寮がある階の一つ下、七階だろう。
「思うんですが、死喰い人との繋がりがある殺人鬼を生徒たちの暮らす城に監禁するのってどうなんです?」
「アズカバンに収容するよりも安全だと判断したまでじゃよ」
まあ、それもそうか。
現状私を制御できるのはダンブルドアだけだ。
だとしたら自分の手が届く場所に置いておくというのは正しい判断だろう。
私とダンブルドアは階段を下り、ホグワーツの玄関ホールまで移動する。
私はポケットから懐中時計を取り出すと、今の時間を確認した。
「えっと……あ、止まってる」
私はぜんまいを巻きなおし、天井を見上げて裏から透ける大時計の時間に懐中時計を合わせた。
「ちょうど昼食の時間じゃ。皆大広間で食事を取っておる」
ダンブルドアは優しく私の背中を押す。
私は懐中時計をポケットに仕舞い直すと、ダンブルドアに軽く会釈して大広間の中に入った。
私はいつもの足取りでグリフィンドールのテーブルへ近づき、ロンとハーマイオニーの二人を見つけ、その隣に腰かける。
二人は私を認識するのに少し時間が掛かったようだが、私だと理解した瞬間二人してフォークを取り落とした。
「もうお腹ペコペコよ。ロン、そっちのミートパイ取って」
私は空のゴブレットにかぼちゃジュースを注ぐと、手当たり次第に料理を自分の近くに引き寄せ始める。
そしていざ料理を口に運ぼうとした瞬間、ハーマイオニーに押し倒された。
「サクヤ……っ!!」
「ぐへ」
私は無防備な脇腹にハーマイオニーのタックルに近い抱擁を受け、そのまま椅子から落ちる。
「ハーマイオニー、貴方ねぇ……」
私は椅子から落ちても離さなかったフォークに刺さったポテトを口の中に入れながらハーマイオニーに文句を言う。
だがハーマイオニーは私のお腹の上で泣き続けるだけで、私の文句に対して返事をしなかった。
「本当に……、本当に無事でよかった……」
ハーマイオニーは嗚咽交じりの声で言う。
私は手を伸ばしフォークを机の上に戻すと、ハーマイオニーの頭を撫でた。
「私が死ぬわけないでしょう」
「でも、ハリーは……それに、貴方だって大怪我したって──」
そうか、私は聖マンゴに入院していた設定だった。
私はハーマイオニーごと体を起こすと、ため息交じりに言った。
「だったらなおさらよ。病み上がりの人間に対して体当たりするべきじゃないわ」
「あ、その……ごめんなさい。私ったら……」
私はハーマイオニーを気遣うように起き上がると、先程まで座っていた椅子に座り直す。
ハーマイオニーが起こした一連の騒ぎで大広間中の人間が私の存在に気が付いたのか、皆こちらを見ながらひそひそと話し合っていた。
「サクヤ、もう体はいいの?」
ロンがミートパイの大皿を私の近くへ寄せながら聞く。
私はミートパイを大きく切り分けながら言った。
「肉体的な怪我じゃなくて呪いによる怪我だったから時間が掛かったけど、もう万全よ。後遺症も残ってないわ」
「……そっか。サクヤが元気なようで何よりだよ」
ロンは少し表情を暗くする。
やはり、ハリーの死をまだ引きずっているようだ。
「私が寝ている間に、色んなことが起こってそうね。ホグワーツに戻る前に病室で少し新聞で読んだけど、ファッジ大臣が辞任したんでしょ?」
私は口いっぱいにミートパイを頬張る。
「そう。その影響もあってかアンブリッジが魔法省に戻ったわ」
「まあ、そうでしょうね。でもそれじゃあ、アンブリッジが出した教育令は全て撤廃されるわけ? フレッドとジョージがクィディッチチームに復帰できるわね」
私がそう言うと、ハーマイオニーが呆れた声を出す。
「呑気ねぇ。でも、今年はクィディッチの試合は中止になったわ」
「中止? ……ああ、まあそうか」
この一週間ほどで、ホグワーツでは優秀なクィディッチ選手が二名も死んでいるのだ。
試合を行なって盛り上がれるような雰囲気でもないのだろう。
「あと、これはダンブルドア先生から聞いたんだけど、アンブリッジ先生のほかにグリム先生もホグワーツの先生を辞めたんでしょう? 代わりの先生は来た?」
「そのことなんだけど……」
ハーマイオニーはチラリと職員用のテーブルを見る。
そこには私もよく知る魔女がちょこんと椅子に座り、スコーンをお茶請けに紅茶を嗜んでいた。
「嘘でしょ……」
そこに座っていたのはパチュリー・ノーレッジだった。
彼女は見た目だけはホグワーツの一年生とあまり変わらないので、職員用のテーブルで一人異彩を放っている。
だが、ダンブルドアと同い年の熟練の魔女だ。
グリムという弟子が死んだことで何かしらのアクションを起こすのではないかとか薄々思っていたが、まさか直接乗り込んでくるとは思っても見なかった。
パチュリーは私の視線に気がついたのか、私の顔を軽く見つめ返すと、興味なさげに視線を手元の本に落とす。
彼女の視線から怒りや警戒は感じなかったが、確実にこちらに対して思うことはあるはずだ。
「それじゃあ、彼女が闇の魔術に対する防衛術を担当するのね」
私が確認するようにそう尋ねると、ハーマイオニーは静かに頷いた。
「あくまで六月まで、今年度の間だけみたいだけど。この前行われた初めての授業ではそう言っていたわ」
途中でいなくなった弟子の穴を埋めるために師が直々に教鞭を取ると言うことか。
ダンブルドアはパチュリーから謝罪を受けたと言っていたが、まさかこのような責任の取り方をするとは思ってもみなかった。
「なんというか、ここ数年彼女活発的に動きすぎじゃない? ホグワーツ卒業してからずっと引きこもって研究していたんでしょ?」
私が呆れたように言うが、反対にハーマイオニーは目を輝かせる。
「理由は分からないけど……ファンとしてはうれしいわね。だってノーレッジ先生の生の授業が受けれるのよ! 前回だって凄かったんだから。魔法を極めるというのは、こういうことなんだって感じで。……と、そういえば、次の授業は闇の魔術に対する防衛術よ。サクヤは……もう授業には参加できるの?」
私はいつもの鞄を取り出そうとポケットをまさぐったが、寮のベッドの下に置きっぱなしになっていることを思い出す。
「そうね。一度教科書を取りに寮に戻らないといけないけど、午後の授業には問題なく参加できるわよ」
私は懐中時計で時間を確認する。
今すぐ席を立たなければ、寮に鞄を取りに行く時間はないだろう。
私は自分の皿に盛った料理を口の中に詰め込むと、かぼちゃジュースで一気に流し込む。
「それじゃあ、午後の授業で会いましょう」
そして多くの生徒の視線を受けながら大広間を後にした。
「前回は私の自己紹介と授業の進捗状況の確認で終わってしまったし、今日から本格的に授業に入っていこうかしら」
私が復帰してから最初の授業。
闇の魔術に対する防衛術の教室では、大きな黒板の前に紫色のローブを着た小さな先生が立っていた。
そう、魔法研究の第一人者、パチュリー・ノーレッジその人である。
パチュリーは自分の著書である『明日への一歩を踏み出すための防衛術』を裏から捲ると、何かを思い出したかのように教科書を宙へ放り投げた。
教科書はそのまま放物線を描いて地面に落ち、そのまま床をすり抜けどこかへ消えていく。
ハーマイオニーはその様子を見てサーカスを見る子供のように目を輝かせた。
だが、次にパチュリーの口から放たれた一言によって眉を顰めることになる。
「そうね。それじゃあ、今日は『リクタスセンプラ』をやろうかしら」
「り、リクタスセンプラですか?」
パチュリーの前に座っていたシェーマスがつい聞き返してしまう。
それはそうだろう。
『リクタスセンプラ』とは抱腹絶倒魔法。
掛けられた相手はただ笑い続けるというものだ。
勿論、ホグワーツで習うことはない。
だが、難しい呪文かと言えばそうではなく、練習さえすれば一年生でも使うことができるような魔法である。
「え? ダメかしら」
「いや、別にダメってことはないと思いますけど……」
シェーマスは困った表情を浮かべ、横にいるネビルに助けを求める視線を向ける。
私は声を潜めて横にいるハーマイオニーに聞いた。
「ねえ、グリムの最期の授業って何をやったっけ?」
「グリム先生の最後の授業? 確か強力な呪いをかけられたときの応急対処だったはずよ。ほら、教科書百五十七ページの」
私は教科書を鞄の中から取り出すと、ハーマイオニーに言われたページを開く。
するとそこには恐ろしいほど実用的な呪いの初期対処の方法が書かれていた。
「え? 普通この続きから授業始めるわよね? なんで抱腹絶倒呪いなのかしら」
私の問いにハーマイオニーは首を傾げて答える。
そのやり取りを聞いて、ロンが堪らず手を上げた。
「あのー、ノーレッジ先生? 前回は呪いの対処をやったので、その続きから授業を行っては?」
「呪いの対処の続き?」
パチュリーは虚空からもう一度教科書を取り出すと、表から捲って納得したように頷いた。
「ああ、そっちね。勘違いしていたわ。それじゃあ今日は強力な呪いを掛けられた時の解呪方法についてをやりましょうか」
パチュリーはそう言うと黒板にひとりでに文字が浮かび上がる。
そして教科書の内容に従って授業が始まった。
「なんだったのかしら」
ハーマイオニーが羊皮紙に黒板の内容を書き写しながら首を傾げる。
私は少し気になり、教科書を裏から捲り始めると、百五十七ページを開き、そこに書かれている内容を読み取った。
「……ああ」
そして、納得する。
そこには『磔の呪文の代用魔法の研究』という項目があり、その中で挙げられている一つに抱腹絶倒魔法が記載されている。
その内容を読む限りでは、抱腹絶倒魔法でも上手く調整すれば磔の呪文に近い効果を得ることができるらしい。
「いや、授業でやる内容じゃないでしょうに」
私は確かめるように教科書に隠された文章を拾い上げていく。
『効率のいい口の割らせ方』、『人体における急所と痛覚における急所』、『相手を殺さずに後遺症だけを残すためには』などの物騒な単語が並んでいる。
どうやらこの教科書は裏から読むと『闇の魔術に対する防衛術』の教科書ではなく、『闇の魔法使いに対する攻撃術』の教科書に変化するようだ。
書かれている内容があまりにも攻撃的すぎる。
「呪いというのは言ってしまえば魔法による副作用を利用した術。自らに掛けられた呪いの魔力を中和することができれば、呪いの効果を軽減することができるわ。よくある解呪の魔法薬とかはこれを外部的に行っているわけ。魔法薬の材料の成分によって体内に残留する呪いの魔力を中和する」
私は無表情で淡々と授業を進めるパチュリーを見る。
シリウス・ブラックが独断専行の挙句勝手に死んだから代理としてホグワーツの教員を引き受けたとダンブルドアは言っていたが、本当にそれだけだろうか。
私の中のパチュリーの印象では、そんな程度で表の場に出てくるような魔法使いとは到底思えないのだ。
私はパチュリーの行う授業をぼんやりと聞きながら、その裏に隠された真意に思考を巡らせた。
闇の魔術に対する防衛術の授業の終わり、私は教科書や羊皮紙を片付けながら教室から人が減るのを待っていた。
ブラックのこともある。彼女とは一度話をしておかなければならないだろう。
「ロン、ハーマイオニー。私少しノーレッジ先生と話があるから先に行ってて頂戴」
「授業の質問? だったら私も一緒に──」
私はついてこようとするハーマイオニーの鼻を小突く。
「あうっ」
「個人的な話よ。時間掛かるかもだから先に行ってて」
ハーマイオニーは少し涙目になりながらも納得したのか、ロンと二人で教室を出て行く。
私は二人を見送ったあと、改めて授業の片付けをしているパチュリーのもとへと向かった。
「あの、ノーレッジ先生。少しお時間よろしいでしょうか?」
パチュリーは私に対して視線を向けると、小さく頷く。
「勿論。私は先生で、貴方は生徒なのだから。教師は生徒の疑問に答えるものよ」
私は教室に私たちしかいないことを確かめると、少し声を潜めてパチュリーに聞いた。
「あの、グリム先生のことなんですけど……」
「貴方が気に病む必要はないわ。ブラックは自分のやりたいようにやった。その結果、守りたい者も守れず、志半ばで死んだとしてもね」
「その、私が今住んでいる家は──」
「貴方の好きに使いなさい。あそこはもう正式に貴方の所有物よ。話はそれだけ?」
パチュリーの問いに、私は首を横に振る。
「……先生は、私の能力をご存知なんですよね。私の出生の秘密や、私がどういった立場にいただとか」
「勿論、知っているわ。正直貴方のことはブラックを拾った時から目をつけていたし。貴方がヴォルデモートの娘であることや、死喰い人として活動していたこと……そして、その能力のことも知っている」
鼓動が速くなるのを感じる。
私の本能がこの場で殺せと囁く。
だが、それは出来ない。
いや、それをしたら今度こそ私はダンブルドアに殺されるだろう。
「安心しなさいな。ダンブルドアが貴方を英雄として祭り上げようとしているのは知ってるし。それを邪魔する気はないわ。まあ、貴方の能力が気になるのは確かだけど」
パチュリーは授業で使用した資料を虚空へと収納する。
「今学期の授業が終わったら、私はまた隠居しようと思っているわ。今回ホグワーツの教師を引き受けた影響で、死喰い人に敵視されていたら面倒臭いもの」
「どちらの陣営にもつく気はないと?」
「ええ。だって私には関係ないもの」
パチュリーはそう言うと音もなく消え去る。
私は先程までパチュリーがいた場所を見つめながらボソリと呟いた。
「味方にはなってくれなさそうね」
私は誰もいなくなった教室を後にし、次の授業へと向かった。
設定や用語解説
サクヤの監禁場所にホグワーツを選んだ理由
サクヤを新しい英雄として自陣に引き入れる予定だったため。もしサクヤがダンブルドアの誘いを断っていたら、アズカバンではなくともホグワーツではないどこかへ監禁場所を移していただろう。
闇の魔術に対する防衛術の教授、パチュリー・ノーレッジ
死んだグリムの代わりに教鞭を取ることになった。
抱腹絶倒魔法
相手をただ笑わせる魔法。防ぐことは容易なので決闘の場では使えたものじゃないが、相手を完全に拘束し、抵抗できない状態で何時間にも渡りかけ続ければかなり相手の精神に負担を掛けることが出来る。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。