P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
占い学が終わり、私は大広間でロン、ハーマイオニーの二人と合流して昼食を食べていた。
「数占いでしこたま課題を出されたわ。NEWTから一気に授業のレベルが上がるとは聞いていたけど……」
ハーマイオニーは分厚い本の山を見ながら少しげんなりとしている。
彼女が勉強の分野でこのようなことを言うのは珍しいことだ。
「闇の魔術に関する防衛術の宿題も相当だぜ。二人が授業でいない間に少し進めたけど、さっぱりって感じ」
「なんというか全体的に量が多いわよね。でも、そう思えば占い学は宿題っぽい宿題を出されなかったわ」
私は大きなソーセージを齧りながら言う。
「占い学はあの吸血鬼のお嬢様の授業だろ? どんな感じだった?」
「うーん……結構普通よ? 今までの授業をもう少し詳しくやるような感じで。あ、でも使い魔を助手として使っていたわね。確か小悪魔とか呼ばれてたわ」
「小悪魔? 名前は?」
ハーマイオニーは首を傾げる。
「いや、名前は言ってなかったわ。レミリアさんも基本的に種族名呼びだったし」
だからまあ、彼女を呼ぶ時は『小悪魔さん』が正しいのだろう。
「そういえば、レミリアさんはホグワーツに泊まり込みなのかしら。だとしたら従者の美鈴さんも連れてきてそうだけど」
実際どうなのだろうか。
レミリアはダンブルドアから分霊箱の捜索を頼まれている。
だが、レミリアがここで教鞭を取る以上、彼女自身が分霊箱を探しに行く時間はあまりないはずだ。
だとしたら、実際に分霊箱の捜索に出ているのは美鈴だけなのかもしれない。
もしそうなら美鈴の姿が見えないのも納得だ。
「なんにしても、次の授業はスラグホーン先生の魔法薬学ね」
私はソーセージの山を一つ平らげ、今度はポテトサラダが盛られたボウルを手元に引き寄せる。
そして無造作にスプーンをボウルの中に突っ込んだ。
昼食の時間が終わり、私たちは地下にある魔法薬学の教室へと来ていた。
授業はまだ始まっていないが、既に教室には魔法薬を煮詰める独特な臭気に満ちている。
どうやらスラグホーンが事前にいくつか魔法薬を調合していたらしい。
というか、今も現在進行形でスラグホーンは教室の中心にある大鍋をかき混ぜていた。
鍋の中にはドロのような液体がボコボコと泡を立てている。
スラグホーンは私たちが教室に入ってきたのに気がつくと、鍋をかき混ぜる手を止めた。
「おっと、もうこんな時間か。いやはや、なんとか最初の授業に間に合わせることができたか──っと、どうぞ座って。みんな席に着いて」
教室の真ん中にあるいくつかの大鍋を取り囲むような形で配置されている机に私たちは座っていく。
魔法薬学は従来通りスリザリンとの合同授業らしく、教室の中にはマルフォイの姿もあった。
「さてさて、それじゃあ授業を始めよう。みんな秤と魔法薬キットを出して……あと教科書の『上級魔法薬』も」
スラグホーンの言葉に皆自分の鞄から道具を取り出していく。
私も秤やナイフなどの道具を机の上に広げ、最後に教科書を取り出そうと鞄の中を覗き込んだ。
「……あ、あれ?」
だが、普段教科書を並べている場所に『上級魔法薬』が見当たらない。
荷造りの際に適当に放り込みすぎて変な場所に入り込んでしまったのだろうか。
私は机の上に鞄を寝かせるような形で置き、上半身を鞄の中に突っ込んだ。
「おかしいわね。この辺にいつも入れてるんだけど……」
「サクヤ、貴方今鞄に食べられてるみたいになってるわよ?」
まあ、側から見たらかなり奇妙な光景だろう。
ここが魔法界でなかったら私は世紀の大マジシャンだ。
私はそのまま鞄の中に潜り込み、大量の書物の中から『上級魔法薬』を探す。
だが、どれだけ探しても『上級魔法薬』は出てこなかった。
「……まさか」
私は鞄の中から這い出ると、必死になって記憶を探る。
「あ、多分家に置きっぱなしだわ」
そして自室にある醸造台の引き出しに入れっぱなしだということを思い出した。
「──ッ、レミリアが言ってた『恥を掻く』ってこのこと!?」
私はハッとして教室を見回す。
そこには、生徒はおろかスラグホーンまでもが私の方を見てポカンとしていた。
「あー、サクヤ? 教科書を忘れたのなら教室にあるお古を貸すが……」
スラグホーンの言葉に、私は無言で小さく頷く。
私の横では、ハーマイオニーが息を殺して笑っていた。
「……なんというか、貴方でも忘れ物するのね」
「人生で初めてよ……グリンゴッツに預けている金貨以外、全財産を持ち歩いているから」
私は大きなため息をつくと、鞄を机の脇に退ける。
五分もしない間に、スラグホーンが頭に少し埃を積もらせながら教室に戻ってきた。
「フクロウで教科書を送ってもらうまではこれを使うといい。それに、誰にだって失敗はある。さあ、気を取り直して本日の授業に移ろう」
スラグホーンは私の肩をポンポンと叩くと、机の上にボロボロの『上級魔法薬』を置いて教壇へと戻っていく。
私は少しカビ臭い『上級魔法薬』を開き、状態を確認した。
「うわー、教科書忘れた私が悪いんだけど……これは酷いわ」
教科書には余白が存在しないほど書き込みがなされており、酷いところでは教科書の文章が塗りつぶされたりもしている。
「別に読めなくはないけど……これは早急にロンドンから教科書を取り寄せた方がよさそうね」
私は教科書を閉じると、机の隅へ追いやる。
教壇では丁度スラグホーンが出席を取り終わったところだった。
「よし、授業を始めるに先立って、いくつか魔法薬を煎じておいた。NEWTを終える頃には、このような魔法薬も煎じれるようになっているはずだ。さてさて……この魔法薬の名前がわかるものはいるかな?」
スラグホーンは無色透明な魔法薬の前に立ち、匙で少し掬ってみせる。
そして私に対して期待を込めた視線を送ってきた。
だが、私の横にいるハーマイオニーの手が真っ先に上がる。
それを見て、スラグホーンは少々目を丸くしながらもハーマイオニーを指した。
「『真実薬』です。無色透明で、飲ませた者に無理矢理真実を吐かせます」
「大変よろしい!」
ああ、よく知っているとも。
その効果は一度この身で味わった。
いつかダンブルドアにも飲ませて、赤裸々な話を洗いざらい吐かせたいものだ。
スラグホーンは上機嫌で隣の鍋へと移動する。
先程かき混ぜていたドロのような魔法薬だ。
「では、これはどうだろう。名前はかなり有名だと思うが……」
またもやハーマイオニーの手が鋭く天を突く。
スラグホーンは私の顔をチラリと伺ったあと、またハーマイオニーを指した。
「はい、ポリジュース薬です」
「その通り! ではこちらは──」
「アモルテンシア『魅惑万能薬』!」
ハーマイオニーが間髪入れずに答えた。
スラグホーンは驚きと称賛に満ちた目でハーマイオニーを見ると、にこやかに微笑む。
「聞くのは野暮なぐらいだが、勿論どのような効能か知っているね?」
「はい。魅惑万能薬は世界一強力な愛の妙薬です。何に惹かれるかによって、一人ひとり違った匂いがします。私の場合は刈ったばかりの芝生や新しい羊皮紙のような──」
「えー、ミス? 名前を伺っても?」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
スラグホーンは感心したように髭を撫でると、思い出したかのように言った。
「グレンジャー……というと、ひょっとしてヘクター・グレンジャーと関係はないかな? 超一流魔法薬師協会の設立者の」
「いえ、多分関係ないと思います。私の両親はマグルですから」
ハーマイオニーは少し声のトーンを落として言う。
スラグホーンはそれを聞いて少し驚いたような表情を作ったが、すぐに笑顔に戻った。
「いやはや素晴らしい! マグル生まれで優秀な魔法使いは沢山見てきたが、君はその中でもトップクラスに頭が良さそうだ。グリフィンドールに二十点をあげよう」
それを聞いてハーマイオニーは少し顔を赤くする。
だが、ハーマイオニーは気がついていないが、スラグホーンはマグル生まれの中ではという言い方をした。
まあ、過去にスリザリンの寮監を務めていた男だ。
彼の思想の根っこには純血主義があるのだろう。
「さて、グレンジャー君が言ってくれたように、この魔法薬は人によって異なる匂いがする。私にとっては砂糖漬けのパイナップルの匂いがするし……そうだな。サクヤ、君はどんな匂いに感じるかね?」
急に質問を振られ、私は顔を上げる。
そして率直に感じた匂いを答えた。
「昔お世話になった人の香水の匂いです」
そう、この匂いは孤児院にいたセシリアがよく漂わせていた匂いだ。
私の脳裏にセシリアの優しげな笑みと血の海に伏す人影がフラッシュバックする。
彼女は無事天国へと行けただろうか。
そういえば、蘇りの石をレミリアが所持している。
また暇な時間にでも頼み込んで、彼女に会ってみるのもいいかもしれない。
スラグホーンは私の答えに満足したのか、何度か頷いたあとに授業を再開した。
「『魅惑万能薬』がもたらす愛は勿論、本物の愛というわけではない。この魔法薬がもたらすのはせいぜい強力な執着心と、ある種の強迫観念だ。だが、この教室にある魔法薬の中では最も強力で、危険な代物だろう」
苦い経験があるのか、スラグホーンはブルリと体を震わせる。
「さて、では実習に移ろうか」
そしてスラグホーンは最後に残された小さな鍋をスルーして授業に入ろうとした。
無論、わざとだ。
スラグホーンの思惑通り、前の方に座っていたマクミランが言う。
「先生、まだこの鍋の中身を教えてもらっていません」
「ほっほう。さてさて、この魔法薬だが……」
そしてまさにこれこそ狙っていた演出だと言わんばかりに小匙で鍋の中身を掬うと、少しずつ鍋の中に落とした。
中身の金色の液体は水面でぴちゃんと跳ねるが、一滴も溢れることなく鍋の中に収まっていく。
「サクヤ、これが何かわかるね?」
「フェリックス・フェリシス。幸運の液体」
私が端的に答えると、スラグホーンは満足そうに頷いた。
「いかにも。これは幸福薬。名前の通り、これを飲んだものは一定の時間、全てにおいて上手くいくようになる。まさに幸福をもたらす液体というわけだ。もっとも、調合が恐ろしく難解で、少し手順を違えただけで酷い結果になる。だがまあ、NEWTで『優(O)』を取れる生徒ならば、調合できなくもないだろう」
「先生は飲んだことはあるんですか?」
マイケルが興味津々といった様子でスラグホーンに質問する。
スラグホーンは何かを思い出すように目を瞑ると、恍惚とした表情で語り出した。
「二度だけある。二十四歳の時に一度、五十七歳の時に一度だ。何も予定がない日に朝食と一緒に大さじ二杯。それはそれは素晴らしい日になった」
スラグホーンはもう一度匙で幸福薬を掬うと、今度は小瓶に詰める。
そしてコルクで蓋をして、軽く振ってみせた。
「これを今日の授業の褒美として提供する。フェリックス・フェリシスの小瓶一本。朝から晩までの幸福に十分な量だ。この中身を朝食のかぼちゃジュースと一緒に呷るだけで、その日一日は何をやってもラッキーになる」
教室にいる生徒全員の目がスラグホーンの手元に注がれていた。
私も私で、己の不幸を呪う。
ダンブルドアに両面鏡の破片さえ入っていなければ、今目の前にある魔法薬をいくらでも拝借できるというのに。
もっとも、私はポリジュース薬や真実薬を調合できないわけではないし、なんなら教科書に書いてある方法より何倍も効率のいい調合の仕方を知っている。
だが、強い力を持った魔法薬というのは純粋に材料が貴重であったり、煎じるのに莫大な時間が掛かったりすることが殆どだ。
幸福薬など、その最たる例だろう。
「さて、この素晴らしい賞をどうやって取得するか。『上級魔法薬』の十ページ。あと一時間と少しの時間で、君たちには『生ける屍の水薬』に取り組んで貰う。これまで君たちが煎じてきた魔法薬よりもずっと複雑なことはわかっているから、完璧な出来は期待しない。しかし、一番よく出来た者は、この愛しの幸福薬を手にすることができる。さあ、始め!」
スラグホーンの掛け声と共に、各々が大急ぎで大鍋を引き寄せ、教科書を捲り始める。
私も貸し出された教科書の十ページを開き、そこに書いてある材料を暗記すると材料棚に素材を取りに行く。
そして自分の席に戻り、もう一度教科書を覗き込んだ。
「うーん、なんか前の持ち主、教科書の作り方に滅茶苦茶修正を加えてるわね」
『生ける屍の水薬』のレシピには注釈していないところがないほど書き込みがなされており、ところどころ絶対に判読できないレベルで塗りつぶされている。
だが、その注釈や書き込みは、どこかパチュリーの短縮レシピに似た何かを感じさせた。
「……まさか、いや、まさかよね?」
一瞬この本に書き込みをしたのがパチュリーかと思ったが、多分違うだろう。
パチュリーのレシピに似た空気は感じるが、彼女のレシピほどの異様さを感じない。
教科書のレシピは粗が削ぎ落とされておらず、無駄な工程が多々ある。
パチュリーの蔵書に書かれたレシピは極限まで作り方を簡略化し、猿でも魔法薬を調合できるものになっている。
だが、書き込みのレシピはどこか芸術作品のような、針の上に針を立てるような……なんなら教科書のレシピより繊細で、難易度が高くなっているように感じた。
まるで「お前にこのレシピが再現できるか?」と挑まれているかのように。
「……やってみるか」
私は周囲を見回し、皆が自分の鍋に集中していることを確認すると、書き込みの指示通りカノコソウの根を刻み始めた。
設定や用語解説
サクヤの鞄
内部に無限の空間が広がっている。もっとも空間は無限に広がっていたとしても、使っているのはそのうち教室一つ分ぐらいの空間でしかない。だが、サクヤの能力で鞄の中の時間を停止しているため、時間停止の影響を受けないサクヤ以外は鞄の中にアクセスすることができない。現在はダンブルドアも鞄の中に手を突っ込むことが出来る。
サクヤの忘れ物
常に全財産を鞄の中に入れて携帯しているサクヤが忘れ物をするのは非常に珍しい。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。