P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
ホグワーツ地下にある魔法薬学の教室中に青みがかった湯気が立ち込める。
教室にいる生徒たちはどうにかして自分が『幸福薬』を手に入れようと、必死になって自分の『生ける屍の水薬』を仕上げていた。
私はというと、借りた教科書に書き込まれた文章を読み解きながら、正規の工程より更に複雑な工程を進めていく。
ただでさえ細いカノコソウの根を千切りにし、切りにくい催眠豆の薄皮を剥き、正方形になるように刻んでいく。
そして、通常ならば反時計回りだけでいい撹拌を上層と下層で魔法薬の速度が変わるよう、細心の注意を払って混ぜた。
確かパチュリーのレシピでは、材料は刻まずすり鉢に入れて全部押しつぶし、煮詰めてフィルターで濾した液を魔法で冷やす、みたいな感じだったはずだ。
私はクヌート硬貨を縦に積み上げるような慎重さで鍋をかき混ぜ続ける。
しばらく混ぜていると、最終的には空のような澄んだ青色の液体へと変わった。
本来『生ける屍の水薬』の色は淡いピンク色だ。
この魔法薬がどのような効果があるかはわからないが、少なくとも見た限りでは『生ける屍の水薬』には見えなかった。
「はい! やめ、やめ! 制限時間だ」
その瞬間、スラグホーンの大声が教室に響く。
生徒たちは名残惜しそうに鍋をかき混ぜる手を止めると、みな近くの席の鍋を覗きあった。
「……サクヤが煎じ間違えるなんて珍しいわね」
ハーマイオニーは私の鍋を覗き込みながら呟く。
私は肩を竦めると、ロンの鍋にへばりついている、タール状の物質を指差しながら答えた。
「あら、アレよりかは飲みやすそうな色をしているとは思わない?」
「アレとか言うなよ!」
ロンは少し声を荒げるが、酷い自覚があるのか少ししょんぼりしてタール状の何かを鍋からこそぎ落とし始める。
スラグホーンは順番に生徒の鍋を覗き込みながら、時折匂いを嗅いだり、匙で掬ったりしていた。
そのままぐるりと教室を周り、ついに私たちの席の前へとくる。
スラグホーンはハーマイオニーの鍋の中身を見て感心したように頷いたあと、私の鍋の色を見てイタズラっぽく笑った。
「サクヤ、レシピにアレンジを加えたね?」
スラグホーンの言葉に、私は素直に頷く。
スラグホーンは魔法薬の匂いを嗅いだり掬ってみたりしたあと、ニコニコしながら首を横に振った。
「色は違うが、これは確かに『生ける屍の水薬』だ。だが、少し完成度が低いな」
スラグホーンは私の肩にポンと叩くと、ローブから小瓶を取り出し、私の『生ける屍の水薬』を少量小瓶に移した。
「結果が出た。フェリックス・フェリシスの小瓶を手にするのは……」
スラグホーンは少し溜めると、私の横にいるハーマイオニーを指差す。
「ミス・グレンジャー。君だ。いやはや、よく頑張った!」
そして大きな拍手と共に、ハーマイオニーに『幸福薬』の小瓶を手渡した。
ハーマイオニーはまさか自分が貰えるとは思ってもみなかったのか、顔を手で覆い隠して喜んだ。
「まあ! どうしましょう! 取っておきたい気持ちもあるし、使ってみたい気もするし……」
ハーマイオニーは小瓶を鞄の中に大事そうに仕舞い込む。
スラグホーンはその様子を横目に見ながら、私が作った魔法薬を小瓶越しに透かすように覗いていた。
「あー、今日の授業はこれにて終了だ。皆片付けをして帰るんだぞ。あ、それと、次の授業までに教科書の二十五ページから三十ページを予習してくること。次もすぐに実習に入る」
スラグホーンはそれだけ伝えると、真っ直ぐ私の元へ歩いてくる。
そして小さな声で囁いた。
「君なら必ずやると思っていた」
スラグホーンはニコリと微笑むと、教室の中心にある鍋を片付けに歩いていってしまう。
スラグホーンは教科書の落書きのことを知っていたのだろうか。
私は中身を消失させ、綺麗になった鍋を鞄の中に仕舞いこむ。
完成度が低いとスラグホーンは言っていた。
書き込みの通りに調合できた気がしていたが、どこかで手順を誤ったのだろうか。
私は秤と一緒に『上級魔法薬』を鞄の中に入れる。
そして、ロンとハーマイオニーと共に地下牢を後にした。
その日の夜。
私は少し早めにベッドに上がり、スラグホーンから借りた『上級魔法薬』のページを捲っていた。
魔法薬学の授業中に少し見た通り、どのページにも少し上から目線な注釈が書き込まれている。
中には個人的なメモや覚え書きなども書き込まれており、前の持ち主はこの教科書をメモ帳代わりにでも使っていたようだ。
「にしても、どの調合法も緻密で繊細……自分以外に調合させる気がないような感じ……」
あるいは、既存の調合法がガサツだとせせら笑っているかのような、そんな書き味だ。
私はそのままパラパラと教科書を捲り続ける。
そして最後のページにある記載を発見した。
『白と黒のプリンセス蔵書』
「『白と黒のプリンセス』? 偽名にしても意味不明だわ」
プリンセスというぐらいだから女性なのだろう。
だが、それ以上のことは名前からはわからない。
やはり、少しずつ教科書の書き込みを紐解いていくしかないか。
私は謎に満ちたお姫様の教科書をベッドの脇に放り投げると、毛布に包まり眠りに落ちた。
新学期が始まって一週間ほどが経過した日曜日。
私はダンブルドアに許可を取ってロンドンにある魔法省を訪れていた。
まあ、特に何か用があるわけではない。
魔法大臣の要請で、私が魔法省に出入りしているという事実を作っているだけだ。
魔法省としては、新たに英雄として祭り上げられている私と協力関係にあるということを民衆に示したいらしい。
「それじゃあ、闇祓いによる捜査も難航していると。魔法省も大変ですね」
私は目の前にいる男、魔法大臣のルーファス・スクリムジョールの言葉に相槌を打つ。
協力関係にあるという体だ。
ある程度の情報交換はしておかなければならない。
「ああ、奴らはいやらしいほどに狡猾だ。中々尻尾を見せないし、見せたとしてもそれは既に体から切り離されていることが多い。……逆に、騎士団の方はどうなのかね。何か大きな動きはあったかな?」
「変わらず、と言ったところでしょうか。レミリア・スカーレットが仲間に入り、組織としての体制が整いつつありますが……今のところ大きな動きはないですね」
まあ、ダンブルドアとレミリアなど、分霊箱捜索に関わっている者は少なからず動いてはいるが。
だが、分霊箱の存在を知っているのは騎士団の中でもダンブルドアとレミリア、美鈴、私ぐらいだ。
ダンブルドアとしては分霊箱という存在を可能な限り秘匿しておきたいらしい。
「例のあの人は確実に勢力を強めてきている。数日前、例のあの人が巨人を傘下に入れたという情報が入ってきた。まさに十数年前と同じ流れだ」
「巨人ですか。アレらに人に付き従う知能があるんです?」
私がそう質問すると、スクリムジョールは苦い顔をした。
「厄介なことにな。中には英語を喋れる個体もいると聞く。全く、こんなことなら種の保存なぞ考えず絶滅させておけばよかった」
「ええ、全くもってその通りだと思います。こちらに危害を加えてくるのだとしたら、害獣以外の何者でもありませんもの」
私は壁に掛けてある時計を見る。
大臣も仕事があるだろうし、世間話はこのぐらいでいいだろう。
「っと、もうこんな時間ですね。あまり長い時間お仕事の邪魔をするわけにもいきませんし、私はこの辺で失礼します」
「ああ、いつでも来なさい。歓迎しよう」
私はスクリムジョールにお辞儀をすると、大臣の執務室を後にする。
そしてそのまま近くのトイレへと入り、杖を取り出してグリモールド・プレイスにある自分の自宅へと瞬間移動した。
「さてさて、魔法薬学の教科書はっと」
そう、私はただ魔法省で暇を潰すためだけにホグワーツを抜け出してきたわけではない。
本来の目的はこっち、家に忘れてきた『上級魔法薬』を取りにきたのだ。
私は醸造台の引き出しの中から分厚い教科書を取り出すと、鞄の中に入れる。
「これでよし」
あとは古い教科書をスラグホーンに返せばいいだけなのだが、流石にあの書き込みをした人物の正体が気になる。
ただの学生の落書きにしては書いてある内容が緻密で、あまりにも高度だ。
もしこれを学生の頃に授業の合間に書き込んだのだとしたら、天才以外の何者でもない。
「……もう少し調べてみる必要があるわね」
スラグホーンには新品の教科書を返すことにしよう。
中古の教科書が新しくなる分にはスラグホーンも文句を言わないはずだ。
いや、そもそもスラグホーンはこの教科書に書き込みがあることを分かった上で私に貸した節がある。
私は教科書を鞄の中に入れると、杖を取り出しホグワーツにある校長室へと瞬間移動する。
校長室の椅子にはダンブルドアが座っており、私が出発した時と同じように書類仕事を片付けていた。
「ただいま戻りました」
私が報告すると、ダンブルドアが机から顔を上げる。
「ルーファスはなんと?」
「魔法省も死喰い人の追跡には難航しているようです。あと、あの人が巨人を味方につけた可能性があると」
まあ、その情報は今更だ。
ハグリッドが巨人を訪ねた時点で、巨人は既にヴォルデモートの傘下になっていた。
「まあ、つまりは新しい情報はないですね」
「ご苦労じゃった。それと、もう一つ用事があったようじゃが」
ダンブルドアの言葉に、私は家から取ってきた教科書を取り出す。
「いやはや全く、まさか忘れ物をするとは思いませんでした」
「どれほど優れている者でも、過ちを犯すものじゃ」
ダンブルドアは恥ずかしそうに後頭部を掻く私を見て優しげな笑みを浮かべる。
私は教科書を仕舞い直すと、ダンブルドアに一礼して校長室を後にしようとした。
「サクヤ、ちょっと待ちなさい」
だが、そんな私をダンブルドアは引き止める。
「来週の週末、グリンゴッツにある死喰い人の金庫へ強制捜査に入ろうと思っておる。君の能力の助けが必要じゃ」
私はドアノブに伸ばしていた手を引っ込めると、ダンブルドアの机の前へと踵を返した。
「強制捜査? そんなの、ゴブリンたちが納得するでしょうか?」
「もちろんゴブリンには内緒で、秘密裏にじゃ」
強制捜査と言えば聞こえはいいが、ようは私とダンブルドアの二人で金庫破りをするという話だろう。
「目的は……分霊箱の捜索でいいんですよね?」
「その通り。前にレミリア嬢とも予想した、レイブンクローの髪飾り、ハッフルパフのカップ、スリザリンのロケット。この三点の捜索じゃよ。もっとも、この全てがグリンゴッツにあるとは思っておらん。一つもない可能性の方が高いじゃろう」
「でも、地球上を闇雲に探すよりかは可能性が高い。そういうことですよね?」
ダンブルドアは無言で頷く。
「それで、誰の金庫へ侵入するんです?」
「ヴォルデモートがハリーに敗れる前から死喰い人であった者の金庫を順番に回る。既にどこに誰の金庫があるかは確認済みじゃ」
そんな情報どこから……と思ったが、そう言えばロンのお兄さんであるビルがグリンゴッツ勤務だったか。
実質的な金庫の管理はゴブリンが行っているにしても、金庫の情報ぐらいは入手できるということだろう。
「未知への場所への正確な姿現しが要求されるため、わしの付き添い姿現しで移動を行う。サクヤ、君は──」
「姿現しができるように時間を止める。ですよね?」
「その通り」
まあ、それが一番だろう。
時間さえ止めておけば、どれだけの数の金庫を調べたとしても経過時間は一秒に満たない。
気が付かれる可能性もゼロに近いだろう。
「わかりました。来週の予定は空けておきます」
私はもう一度ダンブルドアに一礼し、今度こそ校長室を後にした。
設定や用語解説
魔法省のプロパガンダに利用されるサクヤ
魔法省は前任の魔法大臣の失態で支持率をかなり落としており、新しく魔法大臣に就任したスクリムジョールとしてはいち早く市民の支持を回復させたいと思っている。そのため、魔法省の失態をハリーという英雄の死と、新しい英雄の誕生で有耶無耶にし、その新しい英雄と協力関係にあるというのを市民に見せつけることで支持率の回復を図った。
サクヤがプロパガンダに使われることに反対しないダンブルドア
ダンブルドアとしては、サクヤが魔法省や不死鳥の騎士団側であるということを魔法界に浸透させることによって、サクヤが死喰い人に戻りづらい環境を作りたかった。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。