P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
十二月に入るとホグワーツの校庭には真っ白な雪が降り積もり、窓の外の景色が白一色になった。
私は月明かりに照らされる純白の景色を眺めながら熱い紅茶を飲む。
机の向かい側では、青い髪の吸血鬼、レミリア・スカーレットが私と同じようにティーカップ片手に校庭を眺めていた。
「すっかり真っ白ね。白いドレスの貴方を地面に落としたら拾い上げるのに苦労しそう」
「それでしたら是非高い位置から落としてください。白が赤く染まって見つけやすいと思います」
「どんな高さから落としても赤く染まらなさそうだけどね。貴方は」
いやいや、私は人間ですので、と頭を振る。
レミリアはそれを聞いて不敵に笑った。
「あら、聞いた話と違うわ。最近じゃ貴方『白い悪夢』だなんて呼ばれているそうじゃない」
「私も聞きましたよ。『グリフィンドールのスニジェット』『白い稲妻』『ミス・秒殺』『チャーリーよりもやべぇやつ』」
「みんなちょっと好き勝手呼びすぎですよね」
私はティーカップをソーサーに戻すと、小さくため息を吐く。
「でも、わかってやったことでしょう? 貴方要領良さそうだし、やろうと思えば無駄に試合を引き延ばすことも出来たんでしょ?」
「そりゃ勿論出来ましたよ? これでも演技派なので」
「だったらなんで?」
レミリアの問いに、私は少し考える。
「そうですね……面倒くさくなったんですよ。ロンのフォローとか試合の駆け引きとか。マルフォイが何か仕掛けてくるかもしれませんし、客席から妨害があるかもしれない」
「だから、何かが起こる前に試合を終わらせたと?」
「言ってしまえばそういうことです」
私は澄ました顔をして紅茶を飲んだ。
グリフィンドール対スリザリンの試合から少し経ったある日。
私はレミリア・スカーレットの私室にお茶に呼ばれていた。
てっきり占い学で使っているあの教室がレミリアの私室そのものだと思っていたが、教室とは別にもう一つ私室を与えられているらしい。
ホグワーツの四階。私が一年生の頃にハグリッドのペットのケルベロス、フラッフィーがいた部屋の隣がレミリアの部屋になっていた。
私は紅茶を飲みながら改めて部屋を見回す。
大きなベッドに、今私たちが座っているティーテーブル。
それとは別に書斎机があり、壁の一面は本棚となっている。
床にはかなり高級そうなラグが敷かれており、まるで大きな動物の上に乗っているかのような感覚になった。
「まあ、クィディッチにかまけている場合じゃないというのは確かかもね。分霊箱もまだ片付いていないのだし」
「新しい分霊箱の情報は何かありますか?」
私が聞くと、レミリアは難しい顔をして俯いた。
「実を言うと相当いいところまでは調査出来てるのよ。でも、肝心の髪飾りが見つからない」
「髪飾り?」
私の言葉にレミリアが頷く。
「そうね。折角だし、レイブンクローの髪飾りにまつわる話をしてしまおうかしら」
レミリアは得意げに笑うと、右手の親指に嵌めたゴーント家の指輪を撫でながら話し始めた。
「レイブンクローの髪飾りにはそれにまつわるとある伝説がある。聞いたことはある?」
「確か、身につけることでレイブンクローの叡智を授かることができる……でしたっけ?」
「その通り。でもそれって、作られてから千年以上かけて話に尾鰭がつきまくったとか、そういう話じゃないの。レイブンクローの髪飾りは作られた当初から叡智を授ける力を持っていた」
つまりは、そのような効果がある魔法具だったということなのだろう。
頭冴え薬という魔法薬があるように、魔法界には一時的に知能を上げる方法がいくつか存在する。
決して実現不可能な力というわけではない。
「当然、それを欲する者も多くいた。ホグワーツ創始者、ロウェナ・レイブンクローの娘、ヘレナ・レイブンクローもそのうちの一人だった。彼女は髪飾りを盗み出し、母親の元から姿を消した。ヘレナはアルバニアの森に隠れ住んだと言っていたわ。ロウェナは娘の裏切りに心を痛め、重たい病気に罹った。それでも最後に娘に一目会いたいと願ったそうよ」
「見てきたように語りますね」
「見てきた人から聞いた話だもの。ロウェナの願いを聞いたある男は必死の捜索の末、ついにアルバニアにいるヘレナの元へと辿り着いた。でもそこで悲劇が起こる。帰ることを拒んだヘレナを、男はカッとなって殺してしまったの。男はすぐに我に返り、後悔に打ちひしがれてその場で命を断った。これが、レイブンクローの髪飾りにまつわる悲しいお話」
私は紅茶を一口飲むと、レミリアに言う。
「では、髪飾りはアルバニアの森に?」
「五十年ぐらい前まではね。五十年ほど前に私と同じようにこの話を知り得た人物がいた。そう、トム・リドルよ」
「リドル……例のあの人もスカーレット先生と同じように蘇りの石の力でこの話を?」
私の問いに、レミリアは首を横に振る。
「多分リドルはこの石が蘇りの石だとは気がついていなかったでしょうね」
「では、どうやって?」
「本人から聞いたのよ。レイブンクロー寮に憑いている灰色のレディ、彼女こそがヘレナ・レイブンクローその人なのだから。ついでに言えばヘレナを刺した男は血みどろ男爵ね。スリザリン憑きの」
灰色のレディはあまり話題に上がるゴーストではないが、血みどろ男爵といえばホグワーツのゴーストの中でも重鎮だ。
まあでも、千年ほど前からホグワーツでゴーストをやっていたのだとしたら、重鎮にもなると言うものだ。
「リドルはヘレナから髪飾りの話を聞き、アルバニアの森へ探しに行った。その後リドルがどこに髪飾りを隠したのか。それに関してはまだ情報が集まりきってないわ」
「美鈴さんもあちこち駆けずり回ってるんですけど、成果なしです」
小悪魔がやれやれと言った表情で肩を竦める。
私はそれを聞いて、前から疑問に思っていたことを口にした。
「そういえば、珍しいなとは思ってたんですよ。普段外で見かける時は大体美鈴さんと一緒にいますよね」
「ああ、なんで美鈴じゃなくてこいつかって話?」
レミリアは小悪魔の脇腹を指でツンツンと刺す。
「単純な話よ。美鈴を長い時間屋敷から離したくなかったから。妹の世話もあるし……なにより、美鈴は授業の役に立たないけど、魔法が得意な小悪魔なら多少なりともサポートにはなるからね」
それに……とレミリアは少しだけ声を小さくする。
「あの子は人喰いだから。ご馳走の中に放り込んで抑えが利かなくなった時、何が起こるかは目に見えてるわ」
「あ、彼女も人を食べるんですね」
「うちで食べないのは小悪魔ぐらいよ」
美鈴が人間でないことはわかっていたが、まさかそこまで獰猛な存在だとは思っても見なかった。
「それで思ったんですけど……」
吸血鬼の食事事情を聞こうとして、途中で口を閉じる。
もしかしたら失礼に当たる質問かもしれない。
だが、レミリアはそんな私の心境を察したのか、なんでもないことにように言った。
「献血って便利な制度よね」
「あ、そんな感じなんですね」
なんとも平和的だった。
「いちいち人間を襲ってちゃキリがないでしょ? それこそ闇祓いに退治されちゃうわ。だからマグルの世界にパイプを作って、定期的に新鮮な血液が届くようにしているの」
それを聞いて小悪魔がニヤリと微笑む。
その表情を見るに、薄ら暗い裏があるのだろう。
「なるほど。吸血鬼も大変なのですね」
私は深くは踏み込まず、そこで話を終わらせることにした。
少なくとも表向きはマグルの献血を横流ししてもらってるということになっている。それだけでも十分である。
「大変というほどでもないわ。それが営みなわけだし。気を使っているといえばその通りだけれどね」
レミリアは飲み終わったカップをソーサーに戻すと、小悪魔に一瞬視線を飛ばす。
小悪魔は小さくため息を吐くと、レミリアのカップに紅茶を注いだ。
「そういえば、スラグホーンの方は良い感じかしら。何か聞き出せた?」
「いえ、まだ近づき始めたばかりで……詳しい話は何も」
「そう。まあそっちに関してはあくまで保険だから、そんなに焦る必要はないわ。何も知らない可能性だってあるのだし。リドルがレイブンクローの髪飾りを欲したという事実を掴んだこともあって、残るスリザリンのロケットも分霊箱である可能性が一段と高くなったしね」
問題は隠し場所を突き止める手がかりが殆どないということだろうか。
ノーヒントで探し回るには、世界は少々広すぎる。
お茶会が始まって三十分余り。
話題は分霊箱から次第に離れていき、占い学の話題を経由した後、最終的に書き込みがなされた魔法薬学の教科書までシフトしていた。
「で、これが例の教科書ってわけね」
レミリアは私から教科書を受け取ると、興味深そうにページを捲る。
小悪魔も横から教科書を覗き込んだ。
「相当な量の書き込みがなされてますね」
「ええ、そうね。というか、教科書に書かなくてもいいでしょうに」
レミリアは呆れたように言う。
だが、そんなレミリアに対し小悪魔が言った。
「それが案外結構普通のことなんですよ?」
「教科書に落書きするのが?」
レミリアが信じられないと言った顔で小悪魔の方を見る。
「学生は基本的に教科書と羊皮紙しか持ち歩きませんから。羊皮紙は何かの拍子に捨てちゃうこともありますから、恒久的に残しておきたいことは教科書に書き込んでおくのが一番手っ取り早いんですよ」
小悪魔は教科書をパラパラと捲る。
「多分この白黒姫さんもそのような考えで教科書に書き込んでいたんだと思います」
「手帳ぐらい持ち歩けばいいのにねぇ。にしても白黒姫か……」
「心当たりがありますか?」
私が聞くと、レミリアは首を横に振る。
「ないわね」
「ないですねぇ」
小悪魔もレミリアに重ねるように言った。
「でもまあ、インクの劣化具合と文体からして、そんなに昔じゃないわね。割と最近書かれたメモよ」
「最近?」
「私の経験則から言うと、大体二十年前ね」
レミリアは右手の指を二本立てる。
小悪魔はそんなレミリアの仕草を見て、笑いながら教科書のページを捲った。
「なんにしても、こういう書き込みのなされた教科書というのは、何かしら隠されたメッセージが刻まれていることが多いです。解き明かしてみたらあっと驚くような事実が判明するかもしれませんよ?」
「あら、そうなの?」
レミリアの問いに小悪魔が肩を竦める。
「だってそうでなければ学校に教科書なんて隠さないでしょう? 隠すということは、他人に見られることを前提としているということですよ。お嬢様」
小悪魔は本を閉じると、私の前に差し出してくる。
私は本を鞄の中に仕舞い直した。
「見た限り、レシピの改善とは別に、独自のレシピがいくつか記載されてます。そういったレシピを解き明かしてご覧なさい。きっと貴方の役に立つと思いますよ」
確かにこの教科書には何ができるか想像もつかないレシピが乱雑に記入されている箇所がある。
「そうですね。時間がある時にでも」
「学生なんだから時間なんていくらでもあると思うけどねぇ」
レミリアは何かを思い出したのか、机の上にぐでっと潰れた。
「占い学の先生なんてそんなにやることもないと思ってたんだけど……あのヒゲジジイめ。何でもかんでも私に頼むんだから」
「それだけ頼りにされてるんですよ」
小悪魔は拗ねたレミリアを宥めるように微笑む。
でも確かに、レミリアは他の教師たちとかなり仲が良いように感じる。
大広間で見かける時はいつも誰かしらと一緒に食事を摂っているし、中庭であのスネイプと談笑している姿を見たこともる。
唯一レミリアに苦手意識を持っているのはスラグホーンぐらいだろうか。
「そんなにダンブルドア先生から頼まれごとを?」
「そうよ。分霊箱の捜索から始まってホグワーツの夜間の警戒やら何かあるごとに力仕事を頼まれたり……まあ私が宇宙一最強の生物だってことをよく理解している良い証拠でもあるけどね!」
レミリアはそう言って羽をバタつかせる。
小悪魔は宇宙一は言い過ぎじゃ……と曖昧に笑っていた。
「っと、もうこんな時間ね。いくら私が夜を支配する絶対王者だからって学生を消灯時間後まで拘束してちゃまたダンブルドアに叱られちゃうわ。今日はこのくらいにしましょうか」
ふと時計を確認したレミリアが、少々慌てた様子で言う。
私も懐中時計で時間を確認すると、静かに席を立った。
「今日は素敵なお茶会にお招き頂きありがとうございました」
「いいのよ。いつでも来て頂戴。貴方なら歓迎するわ」
レミリアは窓を開けると、どこからともなく蝙蝠を発生させ、窓の外に放つ。
私は小悪魔の見送りのもと、レミリアの私室を後にした。
設定や用語解説
輸血パックをちゅーちゅーする吸血鬼
血を上手く吸えず服をベタベタにしてしまうレミリアからしたら輸血パックにストローという組み合わせは非常に飲みやすい。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。