P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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蜂蜜酒と心臓と私

「誰って……君の母親に決まっているじゃないか」

 

「……え?」

 

 スラグホーンの声がスッと遠くなるのを感じる。

 いま、目の前の男はなんて言った?

 君の母親? 君っていうのは、私のことか?

 

「母親? 一体誰の母親──」

 

「勿論君に決まってる。サクヤ、この教科書の元の持ち主は君の母親だよ」

 

 スラグホーンは私に教科書を押し付けると、机に置いていたグラスを手に取る。

 

「なんだね。気が付いていなかったとは……」

 

「先生は私の母親をご存じなのですか?」

 

「ご存じも何も、私の教え子だよ」

 

 頭の中がフワフワしている。あまりにも現実感がない。

 私は今、夢でも見てるんじゃないだろうか。

 

「私の母親は魔法使いだったんですか?」

 

「勿論だとも。優秀な魔女だった。スリザリン生で、世代的にはそうだな……セブ、スネイプ先生の一つ下だ」

 

「そう……なんですね」

 

 私の母親が魔女だった?

 しかもホグワーツに在籍していた?

 スネイプの一つ下ということは、学校の教員の半分以上が私の母親が在学中にホグワーツで教鞭を取っていたはずだ。

 私の母親はマグルではなかったのか?

 では、何故私はマグルの孤児院で暮らしていたんだ?

 

「……その様子だと、私の勘違いか? 容姿が似ていたからてっきり私は彼女の子供だと思っていたのだが。彼女も君と同じようにとても綺麗な女性だった。透き通るような白い肌に、雪のように真っ白な髪。空のように澄んだ青い瞳。まさに君に瓜二つだよ」

 

「でも、そんな話誰からも……スネイプ先生の一つ下ということは、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生……いや、ホグワーツの教師の殆ど全員が私の母親を知っているわけですよね?」

 

「ふむ。それじゃあ本当に私の勘違いかもしれんな。結婚して名字が変わったからホワイト姓なのかと思ったが、彼女の最期を思うとそれは考えにくい……」

 

「最期、ということはもう既に?」

 

 スラグホーンはグラスに入った黄金色の液体をじっと見つめる。

 私の母親は、私を産んですぐに死んだということか?

 だから私は孤児院に──

 

「でも……母親が死んだとしても父親はいるはずですよね? なんで私は孤児院に……なんで私に家族がいないんです? 父親は? 私のお父さんはお母さんが死んだときどこへ──」

 

「君の父親が誰かは知らない。ただ、在学中の様子を見る限り、考えられるのは一人しかいないだろうな」

 

「お父さんは、私のお父さんは生きているんですか?」

 

 スラグホーンはぐっと押し黙る。

 そして覚悟を決めたようにグラスの中身を一気に煽ると、吐き出すように言った。

 

「ああ、生きているよ。彼女と常に一緒にいたのは──」

 

 次の瞬間、スラグホーンは酒が気管に入ったかのように咳き込み始める。

 

「先生? 先生大丈夫ですか? もう一気飲みなんてするから……」

 

 私はスラグホーンの背中をポンポンと叩く。

 

「す、すまん。わしももう歳だな」

 

 スラグホーンは何かを吐き出すように大きく咳き込む。

 喉に何かが詰まっているかのような咳き込み方だ。

 いや、何かがおかしい。

 むせただけにしてはあまりにも咳き込みすぎではないか?

 

「先生? 本当に大丈夫ですか? スラグホーン先生?」

 

「大丈夫……だいじょ……」

 

 スラグホーンは大きく息を吸い込むと、今までで一番大きな咳をする。

 

 

 その瞬間、スラグホーンの口から心臓が吐き出された。

 

 

「……え?」

 

 スラグホーンは無言で床に転がった心臓を見つめると、口から大量の血を溢れさせながら崩れ落ちる。

 私は数秒の間、そのあまりにも非現実的な光景を見つめるしかなかった。

 だが、すぐに我に返る。

 

「──ッ!? 先生!?」

 

 私は左手でポケットの中に入れていた懐中時計を握りしめると、大慌てでスラグホーンの時間だけを停止させる。

 これで少なくともこれ以上症状が進行することはないだろう。

 

「い、急いでダンブルドアを呼ばないと……でも時間操作を使ってるからマダム・ポンフリーは呼べないし……」

 

 私はスラグホーンの私室の扉を施錠し、杖を抜く。

 そして移動魔法を使って校長室へと瞬間移動した。

 

「ダンブルドア先生! 校長先生はいますか!?」

 

 私は移動した瞬間校長室の中で叫ぶ。

 だが、私の期待に反して校長室の中には誰もいなかった。

 どうする……どうすればいい?

 私はもう一度スラグホーンの私室へ瞬間移動すると、今度は世界全体の時間を停止させた。

 私は時間の止まったスラグホーンの私室で、大きく深呼吸すると、机の上に杖を置く。

 そして近くにあるソファーに腰かけた。

 私は血だまりの上に倒れ伏すスラグホーンと、床に転がっている心臓を静かに見つめる。

 スラグホーンではなく、世界の時間を停止させたのは時間稼ぎのためではない。

 私の予想が正しければ、すぐにでも、どんな状況でもすっ飛んでくるはずだ。

 私がじっと待っていると、私のすぐ横でバチンという空気を押しのける音が響く。

 音がした方向を向くと、ダンブルドアが私に対し杖を構えて立っていた。

 

「お早い到着で、ダンブルドア先生」

 

「そのためにお主に両面鏡の破片を埋め込んだのじゃ」

 

 ダンブルドアは私から意識を逸らすことなく視線を部屋の中に巡らせる。

 そして地面に倒れ伏すスラグホーンを発見した。

 

「説明してもらおうかの。何故ホラスが血まみれで地面に倒れておるのか。お主が殺したのか?」

 

 私は静かに首を振る。

 そして両手で顔を覆い隠した。

 

「蜂蜜酒を呷った瞬間、急に咳き込み始めて……ただ咽ているだけだと思ったんですが……」

 

 私は地面に転がる心臓を指さす。

 ダンブルドアはそれを見て状況を理解したのか、杖をローブに仕舞った。

 

「咄嗟に時間を止めたのは英断じゃった。ホラスはまだ生きておる。そうじゃな?」

 

 私は無言で頷く。

 ダンブルドアは机の上に置かれた蜂蜜酒に手を伸ばしたが、咄嗟のところで私に視線を向けてきた。

 私は蜂蜜酒の時間停止を解除し、ダンブルドアに視線を返す。

 ダンブルドアはそれで察したのか、今度こそ蜂蜜酒を手に取る。

 そして瓶の中身を少量小瓶に移すと、机の上に置いて解析魔法で成分を調べ始めた。

 

「あの、先生……早くスラグホーン先生を──」

 

「どのような効果の毒なのか、それを調べるのが先じゃ。お主のお陰で時間だけは無限にある。時間を動かし始めたらすぐにでも処置を施さなければホラスは今度こそ死に至るじゃろう」

 

 ダンブルドアの言う通りだ。

 私はダンブルドアが薬を解析しているのを静かに見守る。

 確かにそうだ。時間だけは無駄に確保できたため万全の状態で治療に臨んだ方がいいに決まっている。

 それにダンブルドアのことだ。

 すぐにでも毒薬の成分を解析し治療を開始するだろう。

 だが、私の予想に反して一時間、二時間と時間が経過していく。

 あまりにも解析に時間が掛かりすぎている。

 私は少し心配になり、ダンブルドアの顔を覗き見た。

 

「え?」

 

 いつもの飄々とした顔はどこへやら、ダンブルドアの顔には焦りの色が浮かんでいた。

 私はソファーから立ち上がると、ダンブルドアのそばへと近寄る。

 ダンブルドアは私が横に来たことなど気が付いていないかのように小瓶の中身に集中していた。

 

「既存の毒ではない……」

 

「自分の心臓を吐き出すなんて聞いたことありません。人間の体の構造上あり得ない」

 

「じゃが、事実としてホラスの心臓は地面に転がっておる」

 

「何か手伝えることはありますか?」

 

「ホラスの時間を止めたまま、この部屋にある魔法薬の道具のみの時間を動かすことはできるじゃろうか」

 

 私はダンブルドアの指示通りスラグホーンの部屋にある調合台や秤などの時間を動かす。

 ダンブルドアは手当たり次第に器材をかき集めると、大きく深呼吸してさらに詳しく毒の成分を解析し始めた。 

 

 

 

 

 

 日当たりのいいふかふかのソファーにだらしなく横になっている私は、机の上に置いてある糖蜜ヌガーの瓶に手を伸ばす。

 今日は土曜のため学校は休日だ。

 習い事もないし今日ぐらいヌガーでも齧りながら昼寝でも……

 だが、糖蜜ヌガーに向かって伸ばした私の右手は寸前で叩かれた。

 

「こーら、お行儀が悪いわよ」

 

「はーい」

 

 私は少し頬を膨らませると、体を起こして再度糖蜜ヌガーに手を伸ばす。

 そして粘度の高すぎるそれに悪戦苦闘しながら齧り付いていると、不意に私の頭に温かい手のひらが置かれ、優しく撫でられた。

 私はヌガーでベトベトになった顔のまま、その手のひらの主を見上げる。

 私と同じ白い肌に白い髪、青く澄んだ瞳を持ったそ女性は──

 

 

 私の意識が覚醒する。

 私は大きな欠伸を一つすると、スラグホーンの私室にある机の上で試験管を振っているダンブルドアの横へと向かった。

 

「どうです? 丸一日ぐらい経ちましたけど」

 

 ダンブルドアは無言で首を横に振る。

 私はダンブルドアが成分をメモしたのであろう羊皮紙を手に取った。

 

「見たことない成分ばかりですね……少なくとも魔法界で知られているような成分じゃない」

 

 私は鞄から魔法薬について詳しく書かれたパチュリー・ノーレッジの著書を取り出す。

 だが、蜂蜜酒の毒に含まれている成分の殆どが一致しなかった。

 

「ノーレッジ先生の著書にも記載がない。ダンブルドア先生、これって──」

 

「この毒を調合したものは魔法界一の知識と技量を持っておるということじゃ」

 

「ノーレッジ先生より技術が上? そんなことってあるんですか?」

 

 ダンブルドアは分離した成分に更に追加で解析魔法を走らせる。

 

「パチュリー・ノーレッジという魔女は万能ではあるが、全ての分野に於いて一番優れているというわけでもない。魔法薬学の技術や知識はパチュリーの方が上じゃが、ドラゴンの血に関する知識はわしの方がほんの少しばかり上であると自覚しているところじゃ」

 

「なら、ノーレッジ先生を頼るというのはどうでしょうか。彼女も私の能力を知っています。というか、ダンブルドア先生以外に私の能力を知っているのはノーレッジ先生と例のあの人ぐらいなので実質誰か人を頼るとしたらノーレッジ先生ぐらいしかいないと思います」

 

 私の提案に、ダンブルドアは静かに首を振る。

 

「彼女の居場所がわかればそれも可能だったかもしれんの。じゃが、彼女は巧妙に存在を隠しておる。コンタクトを取るのは至難の業じゃろうて」

 

 確かに。ここ最近顔を合わせる機会が多かったため感覚が麻痺しているが、パチュリー・ノーレッジという魔女は数年前まで全く世間に姿を現さなかったことで有名な魔女だ。

 本来会おうと思って会えるような相手ではない。

 

「では、どうするのです? このままスラグホーン先生を見殺しにしますか? あ、でも死ぬ前に分霊箱の秘密だけは渡して欲しいですね」

 

「サクヤ、悪いところが出ておるぞ。わしはホラスを見殺しにするつもりはない」

 

 ダンブルドアは机の上に広げていた色々を一度綺麗に片付けると、透明なガラス瓶に水をコップ一杯ほど注いだ。

 

「パチュリーのくだりで思い出したことがある。サクヤ、お主の懐中時計の中に隠されている石の存在じゃ」

 

「……なるほど!」

 

 私はポケットの中の懐中時計を手に取ると、裏蓋を外し中に隠されている賢者の石を取り出す。

 

「最近能力を使っていなかったのですっかり忘れてました」

 

「ほほう。ではお主は命の水を飲んではおらんのじゃな」

 

「もう少しだけ身長を伸ばしたいんですよ。まだほんの少しずつですが身長が伸びていますので」

 

 私の体はまだ少し幼さが残っている。

 永遠の美貌を手に入れるのはもう少し後でいい。

 

「飲む気はあるんじゃな?」

 

「そりゃまあ、永遠の若さは全ての女が追い求めるものですので。……没収ですか?」

 

「わしはお主と、その石をお主に託したパチュリーを信じようと思う。じゃから、親友を救うために少しの間借りるだけじゃ」

 

 私はダンブルドアに賢者の石を渡す。

 ダンブルドアは賢者の石をそっとガラス瓶の中の水に沈めた。

 その瞬間、ガラス瓶の中の水が一瞬泡立ち、それが収まると同時に淡い光を放ち始めた。

 

「サクヤ、ホラスの心臓の時間停止だけを解除できるかの?」

 

 私は小さく頷くと、床に転がったまま時間が止まっている心臓の時間停止を解除する。

 時間停止が解かれた心臓は千切れた血管から血が溢れ始めた。

 ダンブルドアは魔法で心臓を浮かせると、そのまま清めの魔法を掛けて殺菌と洗浄を行う。

 そして賢者の石から生成した命の水を心臓に掛けた。

 

「スラグホーン先生に飲ませるのではないのですか?」

 

「勿論、ホラスにも飲ませる。じゃがまずは吐き出してしまった心臓をホラスの中に戻さねばの」

 

「千切れた体の部位にも命の水は有効なのですか?」

 

「命の水は老化を止めるだけではない。死にかけた身体を回復させる力がある。それは死にかけている細胞にも有効じゃ」

 

 なるほど。命の水は私の思っていた以上に汎用性が高そうだ。

 

「さて、勝負は一瞬じゃ。サクヤ、わしが合図すると同時に時間停止を解除するのじゃ」

 

 ダンブルドアはスラグホーンの心臓をスラグホーンの近くへと移動させる。

 そして一瞬私に視線を飛ばし、静かにカウントを始めた。

 

「三……、二……、一……、今じゃ」

 

 私はダンブルドアの合図と同時に時間停止を解除する。

 世界に音が戻ると同時にダンブルドアは心臓をスラグホーンの体内へと押し込んだ。

 そして血で溢れかえるスラグホーンの口に命の水を流し込む。

 最後にダメ押しと言わんばかりに治癒の魔法をスラグホーンの体に掛けた。

 

「……どうです?」

 

 私はスラグホーンから目を離さずにダンブルドアに尋ねる。

 ダンブルドアは全く油断することなくじっとスラグホーンに集中していた。

 

「心臓は元の位置に収まり、当初の仕事を再開しておる。投与した命の水も問題なく機能しておるようじゃ」

 

 意識が戻ったのか、スラグホーンは小さく呻き声を上げる。

 そして血溜まりに手をつくと、重たそうに体を持ち上げた。

 

「失敬失敬、少し咳き込んでしまったよう……ダンブルドア、これは私の血か?」

 

 スラグホーンは自分の服や身体にベッタリとついている血液を確認すると、床に広がる大きな血溜まりに唖然とする。

 

「ホラス、用心深い君らしくもないの。君は何者かに一服盛られたのじゃ」

 

「一服盛られた? もしや、あの蜂蜜酒に何か入っていたのか?」

 

 スラグホーンはややふらつきながら机の上に置いてある蜂蜜酒に手を伸ばす。

 

「とてつもなく奇妙で不可解な毒じゃ。わしとて見たことも聞いたこともないほどの」

 

「なるほど……何にしても助けられたな。私の方でも解析してみることにしよう」

 

 スラグホーンは杖を引き抜くと、自分の服や地面に付いた血を綺麗にしていく。

 そして、ふと思いついたかのようにダンブルドアの方を向いた。

 

「おっと、そうだった。大事なことを忘れていた」

 

 スラグホーンは杖をローブに仕舞い、ダンブルドアに近づいていく。

 

 

 

 そしてダンブルドアの右手首を両手で握り締め、機械音声のような抑揚のない声で言った。

 

「五秒後に爆発します。五、四、三──」

 

「サクヤ、逃げるのじゃ!」

 

 私は咄嗟に机を横倒しにし、その陰に隠れる。

 次の瞬間、耳をつんざくほどの爆発音が部屋全体に響き渡った。




設定や用語解説

学者としてのパチュリー・ノーレッジ
 パチュリーの専門は道具に魔法を付与すること。魔道具を作ることにおいて魔法界で彼女の右に出る者はいない。

蜂蜜酒に入れられた毒
 あまりにも異質で、あまりにも異様。少なくとも、魔法界に似たような効果のある成分は存在しない。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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