P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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毒とナイフと私

「魔法が使えなくなった」

 

 ダンブルドアの言葉に、私は耳を疑う。

 

「魔法が使えなくなった?」

 

「左様。一切合切、まったくもって全てじゃ。今のわしの体には魔力の魔の字もない」

 

 ダンブルドアは左手で杖を抜くと、その辺に落ちている石に向かって振るう。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 だが、いくら振るおうが石が動くことはなかった。

 

「まさか……今となっては確認のしようがないが」

 

 ダンブルドアは先程と同じように水盆の中の液体に触れる。

 そしてしてやられたと言わんばかりに頭を抱えた。

 

「どうやらこの液体は、服用したものの魔力を完全に消し去る効果があったようじゃ。そして、それと同時に魔力を持つ者を阻む効果があった」

 

「魔力を持つものを阻む? ということはまさか──」

 

「魔力を持たぬマグルなら、何の問題もなく水盆の中のロケットを拾い上げることが出来る」

 

 だが、魔力を持たないマグルではそもそもこの小島へ辿り着くことが出来ない。

 つまり用意されていた最適解は、魔法使いとマグルが一緒にこの場を訪れ、マグルに水盆の中身を拾わせるというものだったのだ。

 

「だとしたら、すぐにでもこの場を離れましょう。先生が魔法を使えなくなったのだとしたら、一刻も早くこんな危険地帯から脱出したほうがいい」

 

「……そうしよう」

 

 私は時間を停止させると、右手でダンブルドアの左手を掴む。

 そして杖を引き抜き、パチュリー式の瞬間移動術で校長室へと移動した。

 ダンブルドアは校長室へ移動したことを周囲を見回して確かめると、おぼつかない足取りで椅子へと腰かける。

 そして何度か大きく深呼吸を行い、静かに目を閉じた。

 

「魔力がないというのは、このような感覚じゃったか。わしはマグルを理解していたようで、結局のところ何も理解しておらんかったのかもしれん」

 

「そんなに感覚に違いが?」

 

「静かじゃ。まるで一切の音がないかのような感覚──」

 

「あ、それは私が時間を止めているからですね」

 

 ダンブルドアと私の間に無言の時間が流れる。

 私は小さく咳払いすると、話題を変えた。

 

「なんにしても、ダンブルドア先生が魔力を失ったというのはかなりの大問題です。例のあの人と対等に渡り合える魔法使いはダンブルドア先生とパチュリー・ノーレッジぐらいですし」

 

「その点に関しては心配しておらん。残る分霊箱もあと一つ。わしが魔法を使えずともお主さえいれば何とかなるじゃろう」

 

 ダンブルドアはようやく落ち着きを取り戻したのか、机の引き出しを開けて中から一本のナイフを取り出す。

 そしてそのナイフを私へと差し出した。

 

「これは?」

 

「刃にバジリスクの毒が仕込んである。バジリスクの毒ならば、分霊箱でも問題なく破壊できることじゃろう」

 

「悪霊の火が灯ったままナギニが暴れたら危険ですもんね」

 

 私はダンブルドアからナイフを受け取ると、毒に気を付けて懐に仕舞いこむ。

 なんにしても、ダンブルドアが魔法を使えなくなったという事実は誰彼構わず吹聴していいネタではない。

 まず初めに誰に伝えるべきだろうか。

 私は少々悩みつつ、時間停止を解除する。

 

 その瞬間、爆音とともに校長室が大きく揺れた。

 

 

「え? なにごと?」

 

 まるで校長室の外で大爆発でも起きたかのような衝撃だ。

 ダンブルドアは周囲を見回すと、歴代校長の肖像画の一つに呼びかけた。

 

「ブルータス、何があった?」

 

「ダンブルドア、ようやく帰ってきたか! 敵襲だ! 巨人と人狼と吸魂鬼と死喰い人が山のようにホグワーツに押し寄せてきている。既にレミリア・スカーレットが外で交戦中だ」

 

「まさか……早すぎる」

 

 慌てた様子で校長室を飛び出す。

 私も急いでその後を追い、螺旋階段を駆け下りると三階廊下の窓から外を覗き込んだ。

 そこには信じられないような光景が広がっていた。

 ホグワーツの周囲には無数の吸魂鬼が飛び回り、完全に包囲を固めている。

 そして校庭には巨大な肉片が散らばっており、時折大きな爆発音が響いていた。

 

「いた! ついに帰ってきたわね!」

 

 突如真横からレミリアの声がして、私とダンブルドアは弾かれたように振り向く。

 だが、レミリアの姿はそこにはなかった。

 

「どこ見てるのよ! こっちよこっち!」

 

 もう一度声が聞こえ、私は声がしたほうに視線を落とす。

 そこには窓の枠に一匹のコウモリが留まっていた。

 

「レミリアか?」

 

 ダンブルドアは窓枠に留まっているコウモリに呼びかける。

 コウモリは野性味を全く感じさせない仕草で羽を腰に当てると、やれやれと言った様子で首を振った。

 

「レミリアか? じゃないわよ。魔力を探ればすぐにわかるでしょ? って、そんな軽口叩いている場合じゃないわね。状況はかなりまずいわ。巨人を中心とした死喰い人の軍隊がホグワーツを襲撃中よ。今のところ何とか城内には踏み入らせてないけど、これ以上敵が増えたら私一人じゃどうにもならないわ」

 

「他の先生方は?」

 

「生徒の避難誘導中。今頃は大広間に生徒を集め終わって守りを固めている頃でしょうね。こっちに援軍に来れるのはまだ先になりそう」

 

 ドカンと大きな音がして、私たちの横の城壁が砕け散る。

 巨人が投げた岩が城壁を破壊したのかと思ったが、すぐに瓦礫を押しのけるようにして人影が立ち上がった。

 

「いつつ……よくもやったわね!」

 

 立ち上がったのはレミリアだった。

 レミリアはこちらに一瞬視線を向けたが、すぐに城の外へと飛び出していく。

 どうやら飛んできたのは岩ではなく、巨人に投げられたレミリアだったようだ。

 

「とまあ、こんな感じで多勢に無勢なわけよ。それに、巨人や人狼、下っ端死喰い人の姿はあるけど、ヴォルデモートや幹部クラスの死喰い人はいない。まずは雑魚で戦力を削る作戦なのか、もしくは──」

 

「わかった。急いで対処する」

 

「そうして頂戴。正直伝令コウモリ一匹出す戦力も惜しいんだから。今日が満月じゃなかったら危なかったわね」

 

 コウモリはそう言うが早いか外へと飛び出していく。

 ダンブルドアはもう一度校庭の様子を見回した後、階段へ向けて走り出した。

 

「まずは大広間にいる先生方と合流しないとですね」

 

「いや、七階へ向かう」

 

 一階に下りる気満々だった私とは裏腹に、ダンブルドアは階段を上り出す。

 私はその後を慌てて追いかけながら言った。

 

「七階ですか?」

 

「ヴォルデモートが城内に侵入するとしたら、七階からじゃろう」

 

 ダンブルドアの考えはわからないが、そのように確信できるだけの根拠がダンブルドアの中にあるのだろう。

 今はダンブルドアを信じてついていくしかないだろう。

 私たちは階段を一気に駆け上がり、七階の廊下を走る。

 そしていくつかの角を曲がった瞬間、ダンブルドアがピタリと足を止めた。

 そこに立っていたのはヴォルデモート率いる死喰い人の集団だった。

 ヴォルデモートを筆頭に、バーテミウス・クラウチ・ジュニア、ベラトリックス・レストレンジ、アントニン・ドロホフ、カロー兄弟、そしてセブルス・スネイプの姿もある。

 死喰い人の中でも武闘派で知られる魔法使いばかりだ。

 そしてヴォルデモートのすぐ横には、最後の分霊箱であるナギニの姿もあった。

 ちょうど近くの部屋から出てきたばかりのようで、すぐ横の扉が半開きになっている。

 

「止めるのじゃ!」

 

 ダンブルドアの叫びに、私は瞬時に時間を止めた。

 ダンブルドアは肩で大きく呼吸しながら、壁を背もたれにして座り込む。

 その様子はまるで老後施設通いの老人のようだった。

 

「いや、まさにそのものか」

 

 魔法の使えないダンブルドアなど、ただの物知りな面白お爺ちゃんだ。

 私は鞄の中から水差しとコップを取り出すと、コップに半分ほど水を注いでダンブルドアに手渡した。

 

「もう歳なんですから無茶しないでください」

 

「ありがとう。魔法の使えない体がここまで不便とはのう」

 

 ダンブルドアは額に浮かんだ汗を左手で拭うと、コップの水を一口飲む。

 

「ですが、どうして例のあの人がホグワーツの七階にいるのでしょう」

 

「七階に少し特殊な隠し部屋があってのう。そこから侵入したに違いない。この一年、とある生徒がせっせと隠し部屋にて作業を進めておった」

 

「とある生徒? まさかドラコのことですか?」

 

 ダンブルドアは私の問いに力なく頷く。

 

「左様じゃ。姿をくらますキャビネットという魔法具が魔法界には存在しておる。対になったキャビネットからキャビネットへと移動ができる魔法具じゃ。ドラコ君は隠し部屋に置かれたキャビネットを修復し、死喰い人の根城とホグワーツを繋いだのじゃろう」

 

「いや、そこまで分かっていたなら止めましょうよ。なに呑気に修復が終わるのを待ってるんですか」

 

「修復が終わったのを見計らって、先にこちらから仕掛けるつもりじゃった。じゃが、わしの見立てよりもひと月以上早くドラコ君はキャビネットの修復を終えたようじゃの。大したものじゃ」

 

 ダンブルドアは呼吸を落ち着けながら感心したように頷く。

 

「なるほど。分霊箱を破壊し終わった後の計画について聞いていませんでしたが、そのような作戦だったわけですね」

 

「なんにしても間一髪。ギリギリセーフといったところじゃろう」

 

 ダンブルドアはコップを地面に置くと、ゆっくり立ち上がる。

 そして、私に対して指示を飛ばした。

 

「決着をつけるのじゃ。サクヤ」

 

「──はい。わかりました」

 

 私は先程受け取ったナイフを引き抜くと、まっすぐヴォルデモートの元へと向かう。

 そしてそばにいるナギニの脳天へナイフを突き刺したあと、ヴォルデモートの心臓へ向けてナイフを振り下ろした。

 ドスリという鈍い音と共に、ナイフの刀身がヴォルデモートの体へと吸い込まれていく。

 私はヴォルデモートの体にナイフを突き刺したまま、ダンブルドアへと振り返った。

 

「終わりました。他の死喰い人も始末しますか?」

 

「その必要は──サクヤッ!」

 

 ごぼりという水の溢れるような音が背後から聞こえた。

 一体何の音だ?

 時間の止まっている世界で、私たち以外の音が鳴るはずがない。

 その時、突如背後から何者かが私に覆いかぶさった。

 

「とどめを──」

 

 ダンブルドアの叫び声が遠くに聞こえる。

 私は自分に覆いかぶさってきたものの正体を確かめるために首を後ろへと捻った。

 

 私に覆いかぶさっていたのはヴォルデモートだった。

 私が突き刺したナイフと皮膚の隙間から止めどなく血が溢れ出ているようで、背中に生暖かい感触が広がっていく。

 

「な、なんで……時間は止まっているはずなのに……」

 

 このままではまずい。

 ヴォルデモートが私の体に触れている限り、ヴォルデモートも時間の止まった世界で動くことが出来る。

 すぐにでもとどめを刺さなければ、私の命はないだろう。

 私は反撃をするために身をよじり、体を反転させる。

 もう既に分霊箱は全て破壊済みだ。

 心臓一突きで死なないのなら、首を切断するだけだ。

 私は左手をヴォルデモートと私の体の間にねじ込み、無理矢理ナイフを引き抜く。

 そしてそのまま抱きつくような形でヴォルデモートの首を落としにかかった。

 

 その時だった。

 

「……ぁぁ、我が愛しい娘よ──」

 

 ヴォルデモートが私の耳元で囁く。

 そしてそのまま腕を回し、私の体を優しく抱きしめた。

 

「──お前は光のもとで……幸せに……」

 

「何を──」

 

 ヴォルデモートの口から大量の血が溢れ出る。

 そしてそのまま私に身を預け、動かなくなった。

 

 一九九七年、五月二十二日。

 私はヴォルデモートを殺した。




設定や用語解説

ウィンガーディアム・レビオーサ
 日本一有名な魔法。次点で「エクスペクト・パトローナム」

ダンブルドアのマグル化
 一切合切全ての魔力を失ったダンブルドアはマグルの老人と変わらない。

バジリスクの毒
 猛毒であり、極少量で人を死に至らしめる。分霊箱を破壊する数少ない方法の一つ。

レミリアの伝令コウモリ
 というかレミリア本人。意識を共有しているのではないため、コウモリで見聞きした情報をレミリア本人が知るには、一度コウモリを手元に戻す必要がある。

ダンブルドアのヴォルデモート殺害計画
 分霊箱を徹底的に破壊した後は、ドラコの開通させた抜け道を通って死喰い人のアジトへと行き、ヴォルデモートを殺すつもりだった。

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