P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
医務室に入った私はあっという間にマダム・ポンフリーに捕まり、ありとあらゆる魔法薬を口に突っ込まれベッドに叩き込まれた。
私は特に怪我らしい怪我をしたわけでも極度の疲労状態になったわけでもないので少々過剰だが、この先忙しくなることを考えると今のうちにしっかり睡眠を取っておいたほうがいいだろう。
翌日、朝食に間に合うように起床した私は、マダム・ポンフリーに見つかる前に医務室を抜け出し大広間へ向かう。
大広間には既に多くの生徒が集まっており、昨日の事件のことやこれからのことについて話しているのが聞こえてくる。
まあ、言ってしまえば昨日は歴史の転換点だ。
これからイギリス魔法界は良くも悪くも大きく変わる。
私はグリフィンドールの机に座ると、ベーコンの大皿とポテトサラダのボウル、そして食パンを数斤手元に引き寄せる。
そして黙々とお腹にカロリーを詰め込み始めた。
しばらくそうして食パンやベーコンをむしゃむしゃしていると、数えきれないほどのフクロウが大広間の中に舞い込んでくる。
朝のフクロウ便の時間だが、今日は普段より三倍ほどフクロウの数が多いように感じた。
まあ、それはそうか。
保護者からしたら、一刻も早く自分の子供の無事を確かめたいに違いない。
保護者のいない私からしたら関係のない話だが。
私は日刊予言者新聞社のフクロウから新聞を一部受け取り、机の隅に置く。
カロリーの摂取が終わったら談話室でゆっくり新聞でも読むことにしよう。
私がそう思っていると、少し離れたところで新聞を読んでいた生徒の一人が突然立ち上がり、周囲を見回し始める。
そして私の方を見て数秒固まり、ポトリと机の上に新聞を取り落とした。
「マジかよ……」
その生徒の様子に、周囲にいた生徒たちが一斉に新聞に群がり始める。
私はその様子から新聞に何が書かれているかおおよそ察し、折りたたまれている新聞を広げて一面を見た。
『例のあの人、滅びる 魔法界に夜明けをもたらしたのは新たな英雄』
私の予想通り新聞の一面はヴォルデモートが死んだという内容だった。
記事には死喰い人のホグワーツ襲撃から、ヴォルデモートが死亡したこと、私がヴォルデモートにトドメを刺したことなどが書かれている。
それと同時に、私とレミリアが勲一等マーリン勲章を授与されるという内容も書かれていた。
情報の波はあっという間に伝播していき、すぐに大広間にいる全員が私の方をチラチラと伺い始める。
きっと誰か一人でも私に声を掛けてきたら、堰を切ったように私の近くへ人が殺到するだろう。
出来れば、そうなる前に大広間から逃げ出したい。
だが、目の前には手付かずの料理が沢山ある。
食欲には勝てない、今は食べるしかない。
幸い私があまりにも一心不乱に食べているためか、今のところ皆遠慮して話しかけてはこない。
さて、どうしたものか。
ポテトサラダを食べながらそんなことを考えていると、大広間の扉が勢いよく開け放たれる。
そこにはやや疲れた表情を見せるレミリアと、普段と全く変わらない様子の小悪魔の姿があった。
レミリアは大きな欠伸をしながら大広間の真ん中を歩いていき教員用の机へ座ると小悪魔に何かを言う。
小悪魔はレミリアの言葉に面倒くさそうな表情を見せると、杖を取り出して机のあちこちから少しずつ料理をレミリアの方へと集め始めた。
あっという間にレミリアの目の前に豪勢なブリティッシュブレックファーストが出来上がる。
そして最後に仕上げと言わんばかりに血液の輸血パックを取り出し、封を切ってワイングラスへ注いだ。
いつもと何ら変わりないレミリアの朝食の風景だが、今日はやけに人目を引く。
私は今がチャンスだと思い、ポテトサラダをオレンジジュースで一気に胃の中に流し込み、新聞片手にそそくさと席を立った。
大広間横の階段を上がり、八階にあるグリフィンドールの談話室を目指す。
談話室でもきっとグリフィンドールの生徒に揉みくちゃにされるだろうが、遅かれ早かれ、それは避けられない。
だとしたら、早めに済ませておいたほうがいい。
私は太った婦人に合言葉を言い、談話室へと上がり込む。
そして暖炉の前のソファーに腰掛けると、改めて新聞を読み始めた。
仕方のないことだとはいえ、それから数日の間はどこへ行っても揉みくちゃにされる日々が続いた。
面識のある上級生や同級生からはまだしも、入ったばかりの一年生からも握手やサインを求められる始末である。
こんなことなら、功績を全てダンブルドアに押しつければよかった。
私の時間停止の能力や分霊箱のことを公表するわけにはいかないため、ダンブルドアは魔法省やマスコミには殆ど嘘のようなことを報告した。
ダンブルドアが自らの魔力を犠牲にしてヴォルデモートを封じ込め、私がトドメを刺したと。
確かにその筋書きなら分霊箱のことも、私の能力のことも語らずに済む。
そして、自然な流れでダンブルドアの魔力が失われたことも公表できるというわけだ。
だが、どれほど自然な流れで公表したとしても、ダンブルドアが魔力を失ったという事実は魔法界を震撼させた。
ヴォルデモートの死、そしてダンブルドアの魔法使いとしての死によって、人々は一つの時代が終わったのだと実感させられたことだろう。
「にしても、自らの魔力を犠牲にしてヴォルデモートの魔力を封じ込めるなんて、無茶なことをするわ」
魔法省地下一階にある応接室でレミリアが紅茶を飲みながら呟く。
五月の終わり、私はマーリン勲章の授賞式のためレミリアと二人で魔法省を訪れていた。
今までなら護衛として闇祓いの数人が近くに配置されるところだが、今回は一人もいない。
どうやら魔法省は私とレミリア・スカーレットに護衛は必要ないという判断をしたようだ。
まあ、単純に戦後の後処理に追われて人手が割けないだけかもしれないが。
マーリン勲章の授賞式は魔法大臣室で行われる。
ホールなどに人を集めて大々的に行われるものとばかり思っていたが、そうではないらしい。
参列者も魔法省の役員何名かと、日刊予言者新聞の記者が数名来るだけのようだ。
レミリアは不満そうな様子だったが、私としては大助かりだ。
「というか、そんなこと出来るんです? 私は聞いたことないですけど」
レミリアの横に控えていた美鈴が首を傾げる。
ホグワーツにいる時は小悪魔を従えているレミリアだが、今日はロンドンの近くということもあり美鈴を連れてきたようだ。
「そんなに詳しいわけじゃないけど、少なくとも私は聞いたことがないわ。でも、呪いというものは背負う代償が重ければ重いほど強い力を発揮する。もっとも強い呪いは術者自らの命を代償とするものだけど、ダンブルドアにとっては魔力を失うというのはそれに匹敵するほどの重い代償と成り得るし」
レミリアは静かにティーカップをソーサーに戻す。
「魔法の使えないダンブルドアなんてただのヨボヨボのジジイでしかない。もっとも、魔力を失ったからって過去の功績が消えるわけではないけどね。残りの余生はホグワーツの理事でもやりながら自伝でも書けばいいんじゃないかしら」
ダンブルドアの自伝なら、それだけでも一財産築けそうだ。
「にしても、今回はお手柄だったわね、サクヤ。貴方がヴォルデモートを殺したのでしょう?」
「あ、えっと……そうですね」
「なによ。歯切れが悪いわね。もしかして、本当はダンブルドアが全部蹴りをつけちゃったとか?」
私はレミリアの問いに小さく首を横に振る。
「ヴォルデモートを殺したのは私で間違いないです」
「なら、それを誇るべきだわ。学生のうちにマーリン勲章を授与されるなんて滅多にないことよ」
レミリアはソファーから立ち上がると私の肩に手を回す。
「魔法界の英雄という肩書きは貴方に一生ついて回るもの。それは貴方も理解しているでしょう?」
「理解……どうでしょう。全てが終わった今、この先どうすればいいかよくわからなくて」
「好きに生きればいいわ。ホグワーツ卒業まであと一年あるんだし。したいことをすればいいと思うわよ」
私のしたいことか。
私が望むものは、後にも先にも平穏だけだ。
そして、私はその平穏を掴み取った。
イギリス魔法界は、私の望む平穏な時代に移り変わりつつある。
「そうですね。卒業まで時間がありますし、ゆっくり考えることにします」
「サクヤちゃんはホグワーツを卒業したら何かやりたいことはあるんです? やっぱり闇祓いとか? でもサクヤちゃんなら将来魔法大臣にもなれそうだよねー」
今度は美鈴がレミリアから私を引き剥がすようにして抱きついてくる。
半ば突き飛ばされる形になったレミリアはフラリとよろめくと美鈴を睨みつけた。
「美鈴!」
「……はーい、ごめんなさーい」
美鈴は私を後ろから抱きしめながらレミリアに背を向ける。
私は美鈴の腕に手を添えながら言った。
「あんまり魔法省に入る気はないんですよね。なんか忙しそうですし。のんびり紅茶でも飲みながらマグル向けの絵本でも描いて暮らしたいです」
「そう。素敵な夢ね」
レミリアは私から美鈴を引き剥がすと私の身なりを軽く整える。
それと同時に大臣補佐のパーシーが応接室に入ってきた。
「準備が整いました。こちらです」
私たちはパーシーの案内で応接室を出ると、廊下を少し歩いて大臣室の前へと移動する。
そしてパーシーに促されるままに大臣室へと入った。
授与式自体はそう長くは掛からなかった。
ルーファス・スクリムジョールが私とレミリアに勲章を授与し、その後新聞用の写真を何枚か撮って終わりだ。
時間にして十分も掛かっていないんじゃないだろうか。
私とレミリア、美鈴の三人は授与式が終わると、スクリムジョールと社交辞令程度の挨拶を交わして大臣室を後にする。
私は授与された勲章を制服から外し、ケースに入れて鞄の中に放り込んだ。
「さて、それじゃあホグワーツへ帰りましょうか。明日も授業あるし」
地下八階へと向かうエレベーターの中でレミリアが私に対して言う。
「えぇ〜、もう帰っちゃうんですか? このままサクヤちゃんとダイアゴン横丁にでも行こうと思ってたのに」
「この前ホグズミードに遊びにいったばかりじゃない。美鈴も館に帰って仕事しなさい」
不満を露わにする美鈴に対し、レミリアが冗談じゃないと言わんばかりに肩を竦める。
私としてもダイアゴン横丁で見ず知らずの魔法使いたちに囲まれて馬鹿騒ぎをされるのは避けたかった。
「そうですね。学期末試験も近いですし遠慮させてもらいます」
「流石次期主席候補は言うことが違うわね。というわけよ美鈴」
レミリアは少々得意げな顔で美鈴を追いやるような仕草をする。
そんなレミリアに美鈴は少し頬を膨らませたが、すぐにいつもの顔へと戻った。
「まあ、そういうことなら仕方がありません。でも、また近いうちに遊びに行きますね」
チンという軽い音と共にエレベーターの扉がガラガラと開く。
私たち三人はエレベーターから出ると、近くの暖炉へ向けて歩き始めた。
今日ここへはレミリアの私室にある暖炉から煙突飛行をしてきた。
つまり、帰りもレミリアの私室へ煙突飛行だ。
レミリアは暖炉の上に置いてある小鉢の中から煙突飛行粉を掴むと、暖炉の中へと投げ入れる。
「先に行くわ。間違えて寂れた占い用品店に出ないようにね」
「トレローニーさんが聞いたら泣きますよ」
レミリアはケラケラ笑いながら緑色の炎の中へ消えていく。
私は炎の色が緑色から橙色に戻ったのを確かめると、レミリアと同じように煙突飛行粉に手を伸ばした。
「サクヤちゃん」
その時、不意に美鈴から声を掛けられる。
私は煙突飛行粉を握りしめながら振り返った。
「何か──」
その瞬間、美鈴の体が私の視界を遮る。
一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、美鈴が私のことを抱きしめたのだ。
突然のことに目を白黒させていると、美鈴が声を潜めて囁く。
「レミリア・スカーレットと小悪魔に気をつけて。絶対に気を許してはいけません」
その声色に普段の暖かさはない。
私は美鈴が私を抱きしめた意図を察すると、こちらも声を潜めて聞いた。
「それはどういう意味ですか?」
「詳しくは言えません。ですが、貴方がこの平穏を壊さない限り、お嬢様の方から何か行動を起こすことはないと思います。でも、小悪魔の方は──」
美鈴は私の頭に手を回し、自身の胸元に引き寄せる。
「全く油断なりません。どうか警戒を解かないで」
美鈴はそっと私を解放する。
私が美鈴の顔を見上げると、いつものヘラヘラとした不真面目な笑みに戻っていた。
「私はですね、サクヤちゃん。貴方と一緒に働きたいと常々思っていました。卒業後の進路、スカーレット家の従者というのはどうです?」
「え? あー、それはちょっと考えたことなかったですね」
家事や料理は孤児院育ちということもありある程度こなせるが、レミリアのようなお金持ちに出せるほどの料理は作れない。
何より、誰かに忠誠を誓って生きていくという人生がどうしても想像出来なかった。
「まあ、選択肢の一つとして頭の片隅にでも置いておいてください。それでは!」
美鈴は元気よく挨拶をすると、向かい側の暖炉の方へと歩いていく。
私は手に握りしめたままの少し汗ばんだ煙突飛行粉を暖炉に投げかけ、色の変わった炎の中へと進んだ。
「ホグワーツ、レミリアの私室」
私がそう言った瞬間、私の体は煙と共に煙突に吸い込まれていく。
レミリアと小悪魔に気をつけろ、美鈴はそう言った。
それがどういう意味かはわからないが、あのような真面目な様子の美鈴は初めて見る。
私はその言葉の真意を思考しながら、ジェットコースターのような煙突飛行に身を任せた。
設定や用語解説
マーリン
魔法界の昔の偉人。よく冗談を言う時に使われる。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。