P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
人伝てに聞いた話だが、マルフォイはダームストラングへと転校することになったらしい。
私がヴォルデモートを殺したあの日、マルフォイは闇祓いに連行された。
ダンブルドアはアズカバン行きはないと話していたが、何もかも元通りとはいかないようだ。
まあ、親が死喰い人だったとかならともかく、マルフォイの場合は本人が死喰い人だ。
そのままホグワーツに通わせるわけにもいかなかったのだろう。
ダームストラングならいいのかという話になりそうだが、あそこはホグワーツと比べると闇の魔術や闇の魔法使いに寛容だ。
案外元死喰い人でも受け入れられるのかもしれない。
その辺も含めて、夏休暇に入ったら一度挨拶がてらマルフォイの家に行ってみよう。
門前払いされそうではあるが。
そんなわけで夏休暇まで残すところ一ヶ月と少しとなった六月の初め。
今日は大切な発表があるということで、全校生徒がホグワーツの大広間へと集められていた。
教員のテーブルも全ての席が埋まっており、普段行事には顔を出さないトレローニーの姿もある。
生徒たちも一体何が行われるのかと、ソワソワした面持ちで近くの生徒と囁きあっていた。
そんな中、ダンブルドアが静かに立ち上がる。
それと同時に大広間がシンと静まり返り、全校生徒がダンブルドアに注目した。
「大切な知らせがある。それは、皆にとっても決して無関係ではない話じゃ」
ダンブルドアは自らの右袖を捲り上げる。
そこには木と金属で作られた古めかしい義手が嵌められていた。
パッと見た限りでは、魔力的な機能は無さそうに見える。
「皆もよく知っての通り、わしは先の戦いで魔力を失った。今までは自らの魔法によって自由に動かせていた右手も、今ではただの飾りじゃ。わしの魔法使いとしての人生は終わりを遂げた」
ダンブルドアの魔法使いとしての死。
ここにいる全員が新聞を読んだり噂を聞いたりといった手段で知っていたことだが、改めて本人からその事実を突きつけられ大広間中に動揺が走る。
ホグワーツがイギリス魔法界で一番安全な場所だと言われていたのは、ひとえにダンブルドアの影響が大きい。
そのダンブルドアの魔力が失われたのだ。
「そこで、わしは来年度を待たずして校長の座を降りようと思う。今日この瞬間から、ホグワーツ魔法魔術学校の校長はミネルバ・マクゴナガル先生じゃ」
ダンブルドアはマクゴナガルの方を向き、大きな拍手を送る。
だが、生徒の殆どはこの知らせを喜んでいいのか悲しんでいいのかわからず、戸惑うばかりで拍手をしなかった。
ダンブルドアはそんな生徒たちの反応を見ると、小さく息を吐く。
そして静かな声色で話を続けた。
「この一人のおいぼれの新しい門出をどうか皆祝ってほしい。アルバス・ダンブルドアという魔法使いは確かに死んだ。じゃが、それと同時にアルバス・ダンブルドアという一人のマグルが生まれたのじゃ」
ダンブルドアは優しげな笑みを生徒たちに向けた。
「この歳まであくせくと働いてきたのじゃ。残りの余生は故郷にでも帰ってゆっくり本でも書きながら過ごすつもりじゃ。それとも君たちは、魔法も使えないこんなおいぼれにまだ仕事をさせようというのかな?」
その瞬間、ダンブルドアの横から嫌によく目立つ拍手が聞こえてくる。
雄大過ぎるあまり、少し小馬鹿にしているようにも感じてしまうようなその拍手は、他でもないレミリアから送られたものだった。
「貴方はよく頑張ったと思うわ。もう休んでもいいのよ」
その目はまるで我が子を寝かしつける母親のようだ。
まあ、歳の差を考えたらレミリアにとってダンブルドアは子供のようなものか。
そんなレミリアに釣られるようにして一人、二人と拍手が増えていく。
そして最終的には殆どの生徒がダンブルドアに拍手を送った。
その日の夜。私は大広間で夕食を食べ終わるとその足で校長室を訪ねた。
ダンブルドアは私を招き入れると、物が少なくなった校長室で紅茶を準備し始める。
「わしが子供の頃と比べると、明らかに便利になった」
ダンブルドアはオイルライターで小さなアルコールストーブに火をつけ、その上にやかんを置く。
「このように、魔法など使わずとも簡単に火を起こし、お湯を沸かすことができる」
「何言ってるんですか。今はガスコンロの時代ですよ」
少し得意げなダンブルドアに向かって、私は肩を竦めてみせた。
「この後はどのようなご予定で? 故郷へ帰ると言っていましたが」
「今日の夜にでも出発する予定じゃよ。といっても、すぐに故郷へと戻るわけでもない。数日のうちは漏れ鍋に滞在する予定じゃ」
「漏れ鍋に?」
私の問いにダンブルドアは微笑む。
「正式に手続きをしてマグルが多く住む村の空き家を買う予定じゃ。わしの歳だと施設に入るのがマグルでは自然ではあるじゃろうが」
それに、魔法省にも用事があるしの。とダンブルドアは続ける。
「マグルの世界で必要な書類を受け取らねばならんくての。それに、グリンゴッツで金貨の換金もせねば」
「なんというか、楽しんでいるようで安心しました。まさに、第二の人生というわけですね」
「そんな大層なものではない」
ダンブルドアは私の前にティーカップを置き、紅茶を注ぐ。
「始まりではなく、終わりじゃ。巨悪を倒し、エンディングを迎える。後はエンドロールを残すのみじゃ」
「観客が飽きて席を立つような、長いエンドロールになることを期待しています」
「ありがとう」
私はダンブルドアの淹れた紅茶を一口飲む。
そして、一息ついてから今日ここに来た本来の目的を口にした。
「ところで、私のお父さんの件なんですけど」
「安心して構わない。既に手回し済みじゃ」
まるでその話題が来ることを予想していたかのように、ダンブルドアは表情を変えずに言った。
「裁判を行い、形式上一度アズカバンに投獄されることにはなる。身元引受人の君がホグワーツを卒業するまでの間じゃ」
「では、一年はアズカバンでの生活ということですね」
「そういうことになるの。不満かね?」
「いえ、妥当な落とし所かと」
流石に元死喰い人でヴォルデモートの崇拝者を一人で世間に野放しにしろとは言えない。
元々はアズカバンで何年も生活していたのだ。
今更戻ったところで慣れたものだろう。
「でも、卒業前に会って話をすることは可能ですよね? いきなり一緒に暮らしましょうだなんて言っても困惑されそうですし。出来れば何度か面会に行って話をしたいのですが」
「確約は出来ん。じゃが、努力はしよう」
クラウチが私のことをどのように思っているのか。
それが一番の問題になるだろう。
今までの態度からして、もしかしたら私のことを娘だと認識していない可能性もある。
セレネ・ブラックの娘であると言って、信じて貰えるだろうか。
いや、信じて貰えるはずだ。
スラグホーンは私を一目見てセレネ・ブラックの娘であると断定した。
母の姿は見たことがないが、きっと瓜二つなのだろう。
だとしたら、私のことを娘であると認識している可能性が高いか。
もしかしたらヴォルデモートからある程度の事情を聞かされているのかもしれない。
ヴォルデモートは死喰い人たちには私のことを娘だと説明した。
クラウチにも口裏を合わせるように、ヴォルデモートが命令したのだろう。
でないと、死喰い人内で混乱が起きてしまう。
私が少しの間考え込んでいると、ダンブルドアが静かに言った。
「バーテミウス・クラウチ・ジュニアは長く暗い闇の奥底にいた。そんな彼を日の当たるところへ引っ張り上げるのはかなりの困難を要することじゃろう。それこそ、この先の人生を捧げるほどに。サクヤ、君にはその覚悟はあるかね?」
「たとえそうだとしても、彼は私に残された唯一の家族なんです。たとえ時間がかかっても、私はお父さんと共に生きてみたい」
「……そうか。君の覚悟はよくわかった」
ダンブルドアは軽く顔を伏せると、ティーカップに入った紅茶を一口飲む。
「その覚悟があるのなら、きっと二人で幸せを掴むことができるじゃろう」
「言われなくても」
当たり前の幸せの尻尾をようやく捕まえたのだ。
たとえ時間が掛かっても、私はクラウチを、お父さんを更生させてみせる。
その後もダンブルドアと簡単な世間話を交わし、消灯時間も近づいてきたため私は校長室を後にする。
なんにしても、ダンブルドアが私との約束を守る気があるようで何よりだ。
ここまで頑張って約束を反故にされてはたまったものではない。
私はガーゴイル像の横を通り薄暗い廊下へ出ると、八階へ続く階段を目指して歩き出す。
学期末の試験も近い。
ヴォルデモートが倒れた今、来年受けるNEWT試験の結果は今後の人生に大きく関わってくる。
まともな人生を歩むためにも、しっかりと勉強しておいたほうがいいだろう。
三階から四階へ、四階から五階へと階段を上がっていく。
その時、階段の上の方から声が聞こえ、私はふと立ち止まり耳をそばだてた。
消灯時間ギリギリということもあり、フィルチ辺りに捕まったら面倒だ。
相手によっては迂回しなければならないだろう。
私が息を殺して聞き耳を立てていると、次第にはっきり声が聞こえるようになってくる。
どうやら階段を下りながら話をしているようだ。
「話が違うんじゃない?」
「そうは言うけど、私もこんなに早く決着がつくとは思ってもみなかったの」
声の主の一人はレミリアだ。
何かのミスを、もう一人の誰かに叱責されているように聞こえる。
「ここから軌道修正することはできるの? そりゃ貴方は自身の目的の半分は達成しているワケだからそのままでいいのかもしれないけど、私の目的は何一つとして達成できてないわ」
「……ねえ、本当にそこまでする必要があるの? 奪い取らずとも、手を貸してもらえばいいじゃない」
「それでは、──を超えたことにはならないわ」
私は静かに階段を上り、廊下の陰へ隠れる。
上から階段を降りてきたのはレミリアと小悪魔だ。
レミリアはいつもの様子で羽をぴょこぴょこさせているが、小悪魔の様子がおかしい。
普段丁寧で誰に対しても敬語を使う小悪魔が、主人であるレミリアに対して対等な立ち位置であるかのような態度で接している。
「まあ、少し待ちなさい。別に考えなしってわけでもないわ。私の予想が正しければ、この平和は長くは続かない。必ずどこかで綻びが生じて、そこから崩れ始める」
レミリアはさも見てきたような顔で言葉を続ける。
「それからでも遅くはないわ。私も、中途半端は嫌だもの。上手くいけば、かなりの時間を短縮できるし」
レミリアと小悪魔は私の隠れている階を通り過ぎ、そのまま階段を下っていく。
「そういえば、ダンブルドアの死の予言がもうすぐね。どうするの?」
「なんのために故郷へ帰るよう説得したと思ってるのよ。でも、ギリギリまで待つわ。私の予想が正しければ──」
「そこで予言って言わないあたり、貴方相当のリアリストよね」
次第に声が遠ざかり、会話が聞き取れなくなる。
私はそのまま廊下の壁に背中を預け、思考を巡らせた。
レミリアの目的は半分達成している。
だが、逆に言えば半分は未達成ということだ。
レミリアは何か目的があってダンブルドアに協力していたのか?
ヴォルデモートの打倒がレミリアの目的だとしたら、それは達成済みのはずだ。
そして小悪魔。彼女の目的は未達成らしい。
あの様子からして、現状のままでは達成は困難なのだろう。
それにレミリアに対するあの態度。
ただの従者ではないのかもしれない。
美鈴の言っていた、レミリアと小悪魔に気をつけろとはこのことか?
私はレミリアと小悪魔の足音が聞こえなくなったのを確かめ、階段を上り始める。
正直先ほどの会話の真相が気になるが、藪を突いて蛇を出すわけにもいかない。
何も起こらないことを祈りながら、今は静観するしかないだろう。
設定や用語解説
ダンブルドアの故郷
ダンブルドアはハリーと同じくゴドリックの谷出身。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。