P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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死後硬直とマグルのパブと私

 私が親という概念について実感を持って理解したのは学校に入ってからだった。

 学校と言ってもホグワーツではない。

 ホグワーツに入学する前に通っていた、マグルの学校だ。

 孤児院で育った私は、親という言葉の意味は知っていても実際にどういうものなのかは理解していなかった。

 学校に通い始めたことで、親がいないというのは特殊な環境であると知った。

 クラスにいる誰しもが家に帰れば親が待っている。

 誕生日には家族と一緒にケーキを食べ、クリスマスにはプレゼントを貰う。

 孤児院でも似たようなことは開催されていたが、一般的な家庭のそれとは違うだろう。

 私の両親はどんな人だったのだろうか。

 そのことについて深く考えたことはなかった。

 私が今孤児院にいるということは、ろくな親ではなかったのだろう。

 つい最近まで私はそう考えていた。

 自分の親が一体誰なのか調べようともしなかった。

 そんなことは時間の無駄だと、本気でそう考えていた。

 だが、心の中では誰よりも家族を欲していたのだと、ここ最近気がついた。

 家族と一緒に過ごせるのなら、私は多くのものを犠牲にできるだろう。

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 私は私の周囲を取り囲む微弱な魔力を感じ、身動きすることなく時間を止めた。

 

「まあ、流石にここへは来るわよね」

 

 私はベッドから起き上がると、自分の部屋を見回す。

 そこには何人もの魔法使いが立っており、複数人が私に対して杖を向けていた。

 きっと魔法省から派遣された闇祓いだろう。 

 私は鞄の中から新しい下着と洋服を取り出すと、素っ裸の身体に身につけていく。

 シーツに包まっていたおかげで、闇祓いたちには裸は見られていないはずだ。

 

「さて……と。どうしようかしら」

 

 私はベッドに腰掛けると、改めて部屋の状況を確認する。

 私の部屋の中には男が三人と女が二人。

 五人全員、闇祓い局で見た覚えがある魔法使いばかりだ。

 

「素直に捕まるか、ここから逃げるか」

 

 それか、皆殺しにしてしまうか。

 まず自首だが、これは悪い選択肢ではない。

 アズカバンにて終身刑は間違いないが、殺されることもないだろう。

 悠々自適なアズカバンライフが満喫できる。

 次に逃走、これも悪い選択肢ではない。

 ちょうど少し旅に出ようと思っていたところだ。

 魔法省から逃げ回りながら、盗みで路銀を稼げばいい。

 最後に皆殺しだが、これは凄くいいアイディアだ。

 こいつらは一体誰の許可を得て、勝手に私の、私のお母さんの部屋に足を踏み入れているんだ?

 私はここへの立ち入りを許可していないし、母だって許さないだろう。

 ここはお母さんの部屋だ。

 ここは私の部屋だ。

 そんな私とお母さんを繋ぐ大切な部屋に土足で踏み入ったこいつらを許してはおけない。

 私は洋服のポケットから杖を引き抜くと、目の前の男性に向かって呪文を唱える。

 

「アバダケダブラ」

 

 私が放った死の呪文は男性に向かって飛翔すると、当たる寸前で時間が止まり空中に静止した。

 ことをあと四回、合計五回行う。

 そして、時間停止を解除した。

 時間が動き出した瞬間、静止していた死の呪文は速度を取り戻し、ほぼ同時に闇祓い達の頭部へ直撃する。

 たとえ緑色の閃光が認識できたとしても、人間の反射神経では反応できない。

 闇祓い達は糸の切れた操り人形のように、ほぼ同時に膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 

「……ざっこ。これが魔法界のエリートだなんて聞いて呆れるわ」

 

 私は闇祓いたちの死体を魔法で小さくすると、鞄の中に仕舞い込む。

 私の鞄の中は時間が止まっているため、死にたてホヤホヤの状態で保存出来るのだ。

 

「クリーチャー、どこにいるの?」

 

 私は杖を左手に構えたまま、自分の部屋を出て階段を下りる。

 声をかけても返事をしないだなんて珍しい。

 どこかに出かけているか、はたまた先ほどの闇祓いたちに捕まったのだろうか。

 階段を下り、廊下を少し歩いて玄関ホールに向かう。

 そこには、ピクリとも動かないクリーチャーの姿があった。

 

「クリーチャー? そんなところで寝ていたら風邪をひくわよ」

 

 私はクリーチャーの体を持ち上げる。

 夏も近いのにクリーチャーの体は酷く硬直し、冷たい。

 私はクリーチャーの頸動脈に手を当てると、脈がないことを確かめた。

 

「……魔法使い以外には容赦はしないのか。まあ、魔法省としては、屋敷しもべ妖精の一人や二人どうでもいいんでしょうね」

 

 私はクリーチャーの死体も魔法で小さくして鞄の中に入れる。

 クリーチャーの死体はブラック家の墓の近くに埋めてあげよう。

 クリーチャーならそれが一番喜ぶはずだ。

 

「結局一人旅か」

 

 私は玄関から外に出ると、屋敷の時間だけを停止させる。

 これでこの家には私以外の誰も入ることができない。

 これ以上この家が荒らされることもない。

 母から受け継いだ正式な遺産だ。

 私はポケットの中から懐中時計を取り出すと、今の時間を確認した。

 

「二十時……結構しっかり寝たわね」

 

 私が魔法省へ訪れたのが午前の十時ぐらいだ。

 ダンブルドアを殺したのが十一時だと考えると、九時間しっかり寝たことになる。

 いや、闇祓い達が来なければ明日の朝まで寝ていたかもしれない。

 私は取り敢えず駅のある方向へ足を向ける。

 この辺は住宅街のため、店らしい店はない。

 思えば朝から何も口にしていない。

 どこかパブにでも入って、この空腹を満たそう。

 

 

 

 

 キングズ・クロス駅周辺のパブに入った私は、お酒と料理を頼むためにカウンターへと向かう。

 カウンターを挟んで向かい側にいる女性の店員は、私の顔を見るとにこやかに言った。

 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 

「スペアリブの盛り合わせとフィッシュ&チップス、あとハンバーガーに子牛のロースト、あとエール」

 

 私はメニュー表を見ながらスラスラと注文していく。

 私の注文をメモしていた店員は、次第に表情が固くなり、最後のエールを聞いた瞬間、少々眉を顰めて言った。

 

「失礼ですが、何か身分を証明出来るものをお持ちでしょうか? 免許証とか、学生証でも構いません」

 

「ん? ……ああ、なるほど」

 

 私は普段若く見られることが多い。

 きっと未成年であると見られたのだろう。

 私はポケットを漁るフリをして杖を取り出す。

 そしてカウンターで隠すようにして杖を構えると、店員の女性に錯乱呪文をかけた。

 

「こんなおばさんを捕まえてからかうんじゃないよ」

 

 店員の女性は一瞬ぼんやりした表情になると、途端に慌てたように手を振る。

 

「いえ、そんなつもりは……エールですね。かしこまりました。合計で──」

 

「さっき払ったはずだけど?」

 

「え? あ、そうでしたね」

 

 私は店員からエールを受け取ると、カウンター席へと座る。

 しばらく待っていると、先ほどとは違う男性も店員が料理を運んできた。

 

「スペアリブにフィッシュ&チップス、ハンバーガーとローストビーフを……って、あれ? テーブルを間違えたかな」

 

 店員の男性はカウンターに私一人しかいないのを見て首を傾げる。

 

「合ってますよ」

 

「まさか。この量を一人で?」

 

 男性は冗談混じりに肩を竦めて見せたが、それ以上の追及はせずに料理をカウンターテーブルに並べた。

 

「それではごゆっくり……」

 

 男性は最後ににこやかに微笑みながら私の顔を見る。

 そして、目を丸くして呟いた。

 

「……サクヤ?」

 

「え?」

 

 男性は私の頭の先からつま先の先まで視線を走らせる。

 そして間違いないと言わんばかりの表情になった。

 

「まさか、サクヤ・ホワイトかい?」

 

 私は男性店員の顔をじっと見る。

 果たして、どこかで会ったことがあるだろうか。

 いや、もしこの男性が魔法界の関係者なのだとしたら、私を一方的に知っている可能性はある。

 

「えっと……ごめんなさい。どなただったかしら?」

 

 私はエールのジョッキをカウンターテーブルに置くと、改めて男性店員の方を向く。

 歳は私と同じぐらいだろうか。

 清潔感のある短髪を、ワックスで後ろに流している。

 顔立ちは整っているが、どこか目元に幼さが残っている印象だ。

 

「ああ、えっと、そうだよね。もう七年……いや八年か? それぐらい前だし。俺だよ。プライマリースクールの時一緒だったレオだ」

 

 プライマリースクール?

 私はそう言われて昔の記憶を辿る。

 そうだった。私はホグワーツに入学する前まではマグルの学校に通っていたのだ。

 私はレオと名乗った男性の顔をよく見る。

 見覚えがあるような無いような、いまいち確証がない。

 だが、私の名前を知っているということは、確かに昔少なからず交流があったのだろう。

 

「そんな昔のことよく覚えてないわ」

 

「まあ、あの時はお互いに幼かったからさ。サクヤは容姿が特徴的だから、すぐにわかったけど」

 

 レオは手に持っていたトレイをカウンターテーブルに置くと、私の横へと腰掛ける。

 その様子を見た女性の店員がカウンター越しにレオに言った。

 

「職場でナンパするな。他所の店で勤務時間外にやりなさい」

 

「ナンパじゃないって。プライマリーの頃のクラスメイトだったサクヤだよ。ほら、お前も覚えてるだろ?」

 

 カウンターの向こうでグラスを磨いていた女性は、グラスを一度置いて私の顔を見る。

 そして目をパチクリさせると、両手で口を覆った。

 

「え、マジじゃん。懐かしー! 確かストーンウォールに行ったんだっけ?」

 

「いや、行ってないけど……誰だっけ?」

 

「私よ私、レイラよ。ほら、遠足の時に一緒の班になったじゃない」

 

 レイラ? 遠足?

 うーん、覚えているような、覚えていないような。

 確かにプライマリースクールで遠足に行った記憶はある。

 何人かの女子と班を組んだ記憶もある。

 だが、それが誰だったかまではまるで覚えていない。

 

「そうだっけ?」

 

「まあ、物凄い昔の話だし、忘れるのも無理はないけどさ」

 

 レイラは私を挟んでレオとは反対側の椅子に座る。

 私を挟むようにして三人横並びになった形だ。

 にしても、まさか私のことを覚えている者がいるとは思わなかった。

 こうして話しかけられるまでは、自分がマグルの学校に通っていたことすら忘れていたぐらいだ。

 

「こうして貴方の顔を見てるとなんだか懐かしくなってくるわね」

 

「私の顔を見て懐かしくなるの?」

 

「ええ、だって良くも悪くも貴方目立ってたもの」

 

 そういってレイラはいたずらっぽく笑う。

 レオもそれには同意なのか、何度か頷いた。

 

「確かにな。良くも悪くも浮いていたというか、おとぎ話から出てきたような容姿をしているからな。サクヤは。苗字がホワイトなのもあって、ここまで行くともはやギャグだぜ」

 

「その感性はあながち間違ってないわ。ホワイトって苗字は孤児院の院長が赤子の頃の私の姿を見てつけたものだし」

 

「孤児院? そういえばサクヤって施設育ちだったんだっけ? 今は自立してるのか?」

 

 レオの質問に、私は少し考える。

 今の私は果たして自立しているのか?

 一応、まだ学生という身分だ。

 だが、孤児院はもう出ているし、自分の家もある。

 一時期マーリン基金の世話になっていたが、今は対抗試合の賞金を切り崩して生活できている。

 

「流石にね。もう成人してるし」

 

「ん? いや、まだ成人はしてないだろ。同い年ってことは、十七のはずだぜ?」

 

「ん、あ、え。あ! うん、そうね。あと成人までは一年あるわね」

 

 忘れていた。

 魔法界では十七歳から成人だが、マグルの社会では十八歳から成人なのだ。

 

「といっても、サクヤは十七には見えないけどね。二つは下に見えるわ」

 

「言ってくれるじゃない。私だってそのうち背も大きく……」

 

「いや、流石にもう無理だろ。俺たちもうすぐ成人なんだぜ? 今からは望み薄なんじゃ……」

 

 私はレオの頭を平手で叩く。

 レオは笑いながらごめんと謝った。

 

「私はまだ伸びるの!」

 

「わかった! ごめんって!」

 

 その様子を見て、レイラがケラケラ笑う。

 そのような感じで私たちが騒いでいると、先程受付にいた女性がこちらに近づいてきた。

 

「二人揃って油売ってるんじゃありません。って、そこのお客さんはお二人のお知り合いですか?」

 

「ああ、紹介するよ。プライマリースクールの時一緒だったサクヤだ。こっちは店主のサラさん」

 

 私はカウンターの回転椅子をクルリとさせると、店主のサラと握手を交わす。

 サラはにこやかな笑顔で私の右手を握ると、そのままガッチリとホールドした。

 咄嗟のことに、私の左手が杖に伸びる。

 だが、私の心配とは裏腹に、サラはにこやかな笑みを崩さずに言った。

 

「やっぱり未成年だったんですね」

 

「あ、いや、その……ちゃんと確認しなかった店主さんの責任では?」

 

「なかなか言いますね。ですが──」

 

「まあまあ硬いこと言わないでくださいよサラさん。サラさんだって親同伴なら未成年にもお酒出してるでしょ?」

 

 イギリスでは飲酒が出来るのは十八歳からだが、パブによっては十七歳でも親同伴なら飲酒が出来る店が多い。

 サラはレオの説得を受けて、ため息をつきながら私の手を離した。

 

「まあ、いいでしょう。お二人に免じて見なかったことにします。お二人も、スタッフが二名も油を売っていては店が成り立たないので、仕事に戻ってください」

 

 サラにそう言われ、レオとレイラは渋々といった表情で席を立つ。

 私は二人に軽く手を振ると、改めて食事を再開した。




設定や用語解説

時間停止中の魔法の使用
 時間が止まっている世界では、サクヤが意識して時間を動かそうと意識している魔法以外は空中を進んでいるうちに時間がゆっくりになり、やがて空中で停止する。時間停止を解除すると、速度を取り戻す。

時間の止まった家
 時間が止まっているので、扉や窓を開けることができない。また、内部の空気も止まっているため、中に姿現しした場合、身動きが取れなくなり、呼吸をすることさえできない。

イギリスの飲酒事情
 イギリスの法律では18歳からお酒を飲むことができる。だが、日本より未成年の飲酒には寛容で、保護者連れなら16歳ぐらいからお酒を提供してもらえたりする。

プライマリースクール
 日本で言うところの小学校。

レオ&レイラ&サラ
 オリキャラ。ちょい役。多分大きな出番は無し。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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