P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ブランデーと朝のニュースと私

 結局あの後届いた料理を食べ尽くした私は、当初注文した量の倍ほどの量を追加で注文し、エールとラガーで流し込んだ。

 店主のサラやプライマリースクールで同学年だったというレオとレイラには盛大に引かれたが、カロリーを摂取しないとやってられない。

 それに、ここの料理は美味い。

 クリーチャーが作る料理には敵わないが、ホグワーツで出てくる料理と遜色ない。

 屋敷しもべ妖精レベルの料理が作れるのは純粋に誇れることだ。

 美味しい料理に舌鼓を打ちながら、ダラダラと酒を胃袋に流し込む。

 今までホグワーツにいたということもあり、あまり酒は飲んでこなかった。

 だが、アルコールはいいものだ。

 頭がふわふわしてくるし、嫌なことが遠ざかっていくように感じる。

 ああ、いい心地だ。

 

「ちょっと、飲み過ぎじゃありません?」

 

 あらかた注文した料理も食べ終わり、おかわりのビールを注文した段階で店主のサラから声が掛かる。

 まあ、確かに少し飲み過ぎな感じもするが、今日は全てをアルコールで洗い流したい気分だ。

 

「……今日は飲ませてよ」

 

「何か嫌なことでもあったんです?」

 

 もう店じまいなのか、サラは先ほどのレオたちと同じように私の横の椅子に座る。

 そして店のカウンターの奥に手を伸ばすと、グラスとテキーラの瓶を引き寄せてグラスに少し注いだ。

 

「聞きますよ、話。これでも聞き上手の女将として定評があるんです」

 

 サラはそう言って私の手に握られているジョッキにグラスをぶつける。

 

「家出でもしましたか? それとも学校で何か嫌なことが?」

 

 私は、透明のジョッキに注がれたエールの炭酸が抜けていくのをじっと見つめながら、独り言のように呟く。

 

「ずっと信じていた人に裏切られて……もう何を信じていいかわからないの」

 

 人格者だと思っていた。

 ダンブルドアなら、嘘をつくことなんてないと信じていた。

 だが、現実は違った。

 ダンブルドアは己の目的のために私に嘘をつき、私を利用しただけだったのだ。

 

「……そう、それは辛かったわね」

 

 サラは優しげに微笑むと、テキーラを少し煽る。

 

「私にも似たような経験があるわ。現実って、私たちが考えている以上に厳しいわよね」

 

 私はどこか楽観的に考えすぎていたのかもしれない。

 ダンブルドアについていけば間違いないと。

 私は勝ち馬に乗れていると。

 もっと、自分から動くべきだった。

 なんなら、ダンブルドアが魔力を失ったあの瞬間、洞窟の中でダンブルドアを殺しておけばよかった。

 そうすれば、私はお父さんを殺すことなんてなかったのに。

 私はジョッキの中に半分ほど残っているエールを胃の中に流し込む。

 

「もう、何もかもから逃げ出したくて。……いや、違うわね。全て壊して逃げてきたの」

 

「もし、本当に困っているのなら、少しでも力になるわよ?」

 

「いえ、そこまで世話になるわけにはいかないわ。というか、今は初対面の人間を信用できるような心境じゃないの」

 

 マグルの、それにただのパブの店主に何ができるというんだ。

 全ての事情を理解し、協力者になってくれたとしても、魔法省に記憶を操作され、全てを忘れてしまうのが関の山だろう。

 

「サラ、エールもう一杯……」

 

「もう店じまいです。ラストオーダーも過ぎてますよ」

 

「固いこと言わないでよ」

 

 サラは小さくため息をつくと、カウンターの向こうからグラスを一つ取り、水を注いで私の前に差し出してくる。

 

「貴方……今日はどこに帰るんです? 家まで送っていきますよ」

 

「いや……もう家には帰れないわ。所詮こんな私に帰る場所なんてないのよ」

 

「まったく……レオ、ちょっと来てください」

 

 サラは店の奥でテーブルの片付けをしているレオに声を掛ける。

 レオは空のジョッキや皿を両手に抱えたままサラの元へと駆けてきた。

 

「どうしました? って、サクヤだいぶ酔ってるな」

 

「こんな状態なので送っていこうかと思っているんですが、どこに住んでいるかご存知ですか?」

 

「いや、昔施設にいたってぐらいしか知らなくて……レイラ、どこの孤児院だっけ?」

 

「私に聞かないでよ。でも確か、ケルトとかそんな名前だったはずだけど……」

 

 サラはそれを聞き、少し首を傾げる。

 

「ケルト……そんな孤児院は近くにないと思いますが」

 

「うーん……サクヤ、なんだっけ?」

 

 レイラの質問に、私は重たい頭を上げる。

 そしてほぼ無意識的に呟いた。

 

「惜しい。ウール孤児院よ」

 

「あ、そうそうウール孤児院。まだそこにいるの?」

 

「いえ、流石にもう独り立ちしているわ」

 

「あ、じゃあ大学には進まなかったのね」

 

 ある程度片付けが終わったのか、レイラが高そうなブランデーの瓶を片手に私の隣に座る。

 そしてグラスに並々と注ぎ、私の前に差し出した。

 

「はいかんぱーい!」

 

「こらレイラ! これ以上飲ませては──」

 

 私は差し出されたブランデーを一気に呷る。

 ああ、これはいい酒だ。

 

「それにその瓶は昔よく来ていたお得意様のキープしているものです!」

 

「もう何年も現れてないんでしょ? だったらもう来ないわよ」

 

 レイラはあっけらかんとした表情で自分のグラスにもなみなみとブランデーを注ぐ。

 そして空になった私のグラスに瓶に残ったブランデーを全て注いだ。

 

「ほんとひっさしぶりよね。サクヤは今何やってるの? モデルや俳優……がお似合いではあるけど、流石に違うわよね? 名前聞いたことないし。水商売とか?」

 

「わらひは……そうね。まほうつかいやってるわ」

 

「魔法使い? あはは、確かに魔女っぽい! そういう源氏名とか?」

 

 サラは全てを諦めたのか、大きなため息を吐くと席を離れていく。

 私はぐにゃりと歪む視界の中、なんとかグラスを持つと慎重に口に近づけた。

 

「風俗じゃにゃいわよ。まだ学生のみぶんだす……」

 

「じゃあ何よ。占いとか?」

 

「……あー、んー。そんなとこ」

 

「はー、施設育ちは大変ね。私は国内大手の証券会社を狙っているの。学校での成績も常にトップクラスなんだから」

 

「そう。すごいわね……はーまいおにーみたい」

 

「誰だか知らないけど、一緒にしないでくれる? 絶対私の方が頭がいいわ」

 

 そうか、ハーマイオニーよりもか。

 それはなによりなはなしである。

 わたしは歪む視界の中なんとかグラスを掴み直すと、口を近づけゆっくりと傾ける。

 もう、あじなんてわからない。

 

「って、サクヤお酒弱過ぎ。ここまでべろべろだと一周回って可愛いわね」

 

「なによぅ。ふだんのわたしはかわいくないっての?」

 

「知らないわよそんなこと。でも男にはモテなさそうな顔してるわよね」

 

「そうなのね……たしかに……」

 

 ああ、だめだ。

 もう意識を保てない。

 私はグラスを手放すと、カウンターに突っ伏す。

 隣でレイラが大爆笑しているのが聞こえる。

 

「ざっこ。やっぱ顔だけね」

 

 楽しそうで何よりだ。

 私は睡魔に誘われるがままに、夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

「もう、潰してどうするんですか」

 

 カウンターで突っ伏し居眠りを始めたサクヤを見て、サラがため息を吐く。

 レイラはサクヤの頬を指で突くと、神妙な面持ちで言った。

 

「ふん、こんなやつ、路上に投げ捨てておけばいいのよ」

 

「この子のこと、嫌いなんですか?」

 

 サラはサクヤにそっと毛布を掛ける。

 レイラはサクヤの真っ白な髪を指で弄る。

 

「嫌い。気に入らないわ。昔から私の邪魔ばかり。こいつのせいで私はジョージにフラれたんだ。小さい頃から、こいつは可愛過ぎたのよ」

 

「今も物凄く可愛いですけどね。まるでお人形さんみたい」

 

「それも気に入らない。サクヤと同じ学校に行きたくなかったから、私は勉強を頑張った。ざまあみろ……」

 

「可愛過ぎるのも罪……ね。でも、それとこれとは話は別。この子は何も悪くはないでしょう?」

 

 レイラは不貞腐れたような表情になると、プイとソッポを向いた。

 

「もう時間も時間だし……うちに泊めるしかないですね。潰した罰として、責任もって二階に運んでくださいね」

 

「えぇ……なんで私が……」

 

「なんでじゃありません。まったく……」

 

 サラは軽く頭を振りながら自分が飲んでいたグラスを流しに置く。

 レイラは不満そうな顔でリリーを見つめたあと、諦めたように立ち上がった。

 

「レオ! 手伝って!」

 

「手伝ってって何を……って、こりゃ酷い」

 

 レオはカウンターでぐったりと寝ているサクヤを見て、大体の事情を察する。

 レイラは寝ているサクヤを後ろから羽交締めにすると、カウンターの椅子から引きずり下ろした。

 

「足持って」

 

「後で訴えられたりしないよな?」

 

「寝てるし、たとえ起きていたとしても覚えてないわよ。なんならあんた一緒にベッドに入る?」

 

「冗談キツいぜ」

 

 レオはサクヤの足を持つと、レイラと二人でサクヤを持ち上げる。

 そしてそのまま店の奥、サラの住居スペースがある二階へと運んでいった。

 

 

 

 

 

 私がいる。

 私が笑っている。

 私と私が笑っている。

 私が手を振っている。

 私が私を叱っている。

 優しそうな私と、冷たそうな私。

 どっちも私のはずなのに。

 

「……どこ?」

 

 目が覚めた。

 私はハッキリしない視界の中、首だけで周囲を見回す。

 どうやら私はソファーの上で寝ていたらしい。

 私は大きな欠伸を一つすると、体を起こしソファーに背中を預ける。

 そして改めて周囲を見回した。

 

「……誰かの、家ね」

 

 ソファーに、小さな机に、部屋の隅にはテレビが置いてある。

 内装を見る限り、一人暮らしの女性の部屋のようだ。

 

「あ、そっかー。昨日パブで寝ちゃったんだっけ」

 

 ぼんやりとした昨日の記憶。

 でも、パブに入った記憶はある。

 小さい頃の自分を知っている人物に会って、しこたまお酒を飲んで……

 

「酔って潰れてお持ち帰り……いや、多分店主の家ね」

 

 私はまだ少しぼんやりとする頭を軽く振ると、手元のリモコンでテレビをつける。

 テレビを見るなんて何年ぶりだろう。

 私はテレビっ子というわけではなかったが、孤児院にもテレビぐらいはあった。

 私は眠い目をしばしばさせながら、単調な口調でニュースを読み上げるキャスターの声を聞いた。

 

『今朝のニュースをお伝えします。ロンドンにあるハイド・パークにてボートのリニューアルが行われ、来園者数が昨年比五十パーセント増となる順当な──』

 

「今日もロンドンは平和ですねぇ」

 

 不意に後ろから声をかけられ、後ろを振り返る。

 そこには昨日知り合ったパブの店主であるサラが寝巻き姿で立っていた。

 

「二日酔いは?」

 

「ぼーっとするぐらいぃ……」

 

「大丈夫そうですね。何か食べます?」

 

「んあー……」

 

「まずは紅茶をご所望のようね。お姫様」

 

 サラはニコリと笑うと、コンロでお湯を沸かし始める。

 私は眠たい目を擦りながら鞄を取り出すと、中からストックしてあるイングリッシュ・ブレークファーストのプレートを二つ取り出して机の上に並べた。

 こういう時、この鞄は非常に便利だ。

 中に入れた物の時間は止まるため、料理は出来立てホカホカのままだし、中でぐちゃぐちゃになることもない。

 止まっていた時間が動き出したイングリッシュ・ブレークファーストからは、ベーコンやトマトソースの匂いが立ち上り始める。

 サラもその匂いに気がついたのか、こちらを覗き込み、何度か目を擦った。

 

「え……あれ? それどこから持ってきたんです?」

 

「え、学校の厨房からだけど」

 

 私は鞄の中からカトラリーを取り出し、プレートの横に並べる。

 サラは目を白黒させながらも紅茶の入ったティーポット片手にキッチンから出てきた。

 

「今起きたばかりなものだと思っていましたが……朝のお散歩に出掛けていたんですね」

 

「あー、まあそれでいいや」

 

 説明するのも面倒くさい。

 別れ際に殺せばいいだろう。

 

「……」

 

 今、私は何を考えた?

 何故、サラを殺す必要がある?

 魔法が使えないマグルの身ならまだしも、私は魔法使い。

 記憶を弄る方法などいくらでもあるじゃないか。

 何も殺す必要などない。

 

「一晩泊めてくれたお礼とでも思ってくれれば」

 

「……はぁ、こんなにしっかりしてるのに。潰れるまで飲んじゃダメですよ」

 

 サラはそう言って微笑む。

 そしてティーカップに紅茶を注ぐと、私の前に差し出した。

 

「昨日はうちのレイラがごめんなさいね」

 

「なんのことです?」

 

 私が首を傾げると、サラは少し迷ったような表情を見せる。

 だが、小さく首を振ると、小さい声で言った。

 

「あの子ったら貴方に嫉妬してるみたいで。昨日だってわざと度数の高いお酒を飲ませて……」

 

「ああ、そのこと」

 

 確かに、レイラはどこか私のことを馬鹿にしていた。

 それに気がついていないわけではない。

 

「気にしてない……いいえ、違うわね。ちょっと嬉しかったわ。ああやって私に突っかかってくれる子、私の周りにはいないから」

 

 私は紅茶を一口飲むと、朝食に手を付け始める。

 

「みんな私のことを別世界の人間のように扱うの。サクヤには敵わない、でもそれが当たり前で。私の一番の親友だってどこか一歩引いた位置からしか私に接してくれない」

 

「お姫様ってのは、あながち間違いでもなかったみたいですね」

 

「そんな高貴な生まれじゃないわ。私は孤児院育ちで……」

 

 父親が闇の帝王で、母親がブラック家の令嬢なだけ……

 

「って、割と高貴な生まれなのかも?」

 

「やっぱり。じゃあノブレス・オブリージュの広い心で許してあげてくださいね」

 

 サラはクスクスと笑うと、カトラリーを手に取り朝食を食べ始める。

 

「あら、物凄く美味しいですね。もしやお抱えのシェフが?」

 

 そして冗談交じりにそんなことを言い、微笑んだ。

 その時だった。

 

『速報です。先日未明、ロンドン、キングズ・クロス駅周辺の住宅街で五人が殺害される殺人事件が発生しました。ロンドン警視庁は監視カメラの映像を元に事件現場周辺に住居を構えるサクヤ・ブラックをこの殺人の容疑者であるとみて捜査を進めています。被害者たちの遺体はいずれも損傷が激しく、身元の特定には──』

 

「……え?」

 

 サラは笑顔のまま握っていたフォークを取り落とす。

 テレビの画面には、気味が悪いほどいい笑顔を浮かべる私の顔が映し出されていた。




設定や用語解説

お酒よわよわサクヤちゃん
 普段飲みなれていないだけで、決してアルコールに弱いわけではない

レイラ
 今後出番があるかわからないちょい役。告白した男子がサクヤに恋をしていたためフラれた経験がある。

サクヤの鞄
 無限の空間が広がる鞄。内部の時間は止まっており、時間操作能力を持つものでしか内部のものを取り出せない。中に入れた物の時間も止まるため、料理は温かいまま保管できる。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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